2018年9月19日 (水)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その46

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時過ぎには瀬田唐橋付近に居ました。今回の旧東海道徒歩の旅で最も見てみたいと思っていたのが瀬田唐橋です。漸く、唐橋東詰交差点の横断歩道を渡りました。例の旧街道案内板がありました。

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現在地はまさにWCの下となっています。
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下の案内には、橋守神社は、正しくは龍王宮秀郷神社といい、藤原秀郷(俵藤太)が百足を退治して龍王乙姫と結ばれたことに由来しているようです。なんか、昔、俵藤太の名前は聞いたような記憶があるけど---。
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こちらが、橋欄干にある瀬田唐橋の名称です。非常に立派なものでした。
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でも、直ぐに唐橋を渡るのは勿体ないので、下流側琵琶湖側へ河岸へ行ってみました。唐橋の全体像が、こちらの写真となります。瀬田川の川幅もかなり広いことが判ります。
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対岸側には、高層マンション、ホテル、旅館等が川辺付近にあるのでした。写真右が琵琶湖側となります。
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瀬田川では、大学生でしょうか、ボートの練習をしているのでした。

2018年9月18日 (火)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その45

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時過ぎには大津市神領3丁目付近の旧東海道に居ました。このような看板がありました。「近江国一之宮建部大社 良縁をむすぶ社 御祭神 日本武尊」とあります。良縁と日本武尊とどのような関係があるのか、チョット、理解できないのでした。

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看板左には、御旅所ともあります。
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こちらが、その御旅所となる所です。4/15に向けテントが準備されていることから、山車あるいは御祭神が出発または到着するのでしょうか。そんなことを考えていました。
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さて、唐橋東詰交差点が近づいて来ました。昔からの交通の要衝であることから、かなりの交通量があります。まあ、橋梁が掛かっている場所は、交通量が必然的に多くなってはいるとは思います。
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唐橋東詰上流側には、写真のような石燈篭もあるのです。
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こちらの写真も、京都方面から草津方面へ向かう車両を撮影しています。橋を渡る車両が多いことが判ります。草津方面から京都方面へもクルマがかなり並んでいた記憶が残っています。
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唐橋東詰の下流方向を撮影したものです。写真右に見えるのが公衆トイレだった記憶があります。水量監視所だったかもしれません。記憶が曖昧です。

2018年9月17日 (月)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その44

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時前には大津市神領3丁目付近の旧東海道に居ました。旧街道から、こちらの店舗が見えました。「瀬田名物 たにし飴製造元 辻元製菓舗」とあります。「えっ、たにしを飴にするの?」と知らない人は思うでしょう。型が似ていることで命名されているようです。普通にニッキ味のようです。

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さて、近江鉄道神領建部大社前バス停まで歩いてきました。
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建部大社は進行方向とは逆に位置します。写真左に大社の杜が、右には官幣大社建部神社と石碑があります。高齢の団体観光客がガイドさんに引率されて建部大社方向へ歩いて行きました。
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例の旧東海道案内板がありました。地名は神領3町目とあります。瀬田唐橋まで300mとの記載もあります。」
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現在地は、瀬田唐橋の東300mに居るようです。この案内板から、中洲が存在することが判りますね。
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建部大社に関する記載もありました。755年に現在地に移設されたこと、祭神は日本武尊であることが記載されています。勿論、神社、お寺さんには興味がないのでpassします。
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信号にも、「神領」の地名が記載されていました。

2018年9月16日 (日)

国銅---上巻

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読書しようと思う本がなくなり、今回は帚木蓬生氏の「国銅上巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

歯を食いしばり一日を過ごす。星を数える間もなく眠りにつく。都に献上する銅をつくるため、若き国人は懸命に働いた。優しき相棒、黒虫。情熱的な僧、景信。忘れられぬ出会いがあった。そしてあの日、青年は奈良へ旅立った。大仏の造営の命を受けて。生きて帰れるかは神仏のみが知る。そんな時代だ。天平の世に生きる男と女を、作家・帚木蓬生が熱き想いで刻みつけた、大河ロマン。

さて、こちらの本からも気になった箇所を抜粋してみましょう。
「ひとりでぽつぽつと歩け。自分ひとりになってこそ、おまえたちにふさわしい道が開ける」p90,行基の言葉。
「お前がお前の灯火。その明かりで足元を照らせ」p199、景信の言葉。
「お前はそのままでいい。このまま突き進み、お前の考えたとおりに生きていけば、必ずうまく行く」p202、景信の言葉。
「先を考え過ぎてはいけません。せめて今日とあしたのことを思っているほうが楽です」p303、国人の言葉。

こちらの本にも多数の有意義な言葉が散在していました。物語は淡々と続くのでした。

2018年9月15日 (土)

近所の散策2018---白露の頃2

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こちらは、近所のお宅の門扉前に開花しているブーゲンビリアです。朝日を受けて綺麗に開花しています。こちらのブーゲンビリアの開花期間も長い印象です。
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こちらは、jogging course沿いの土手に生長しつつある彼岸花です。既にお彼岸前に開花している株もあるのですが、このブログでは生長段階のものを掲載することにします。
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関東地方の天候は曇天、雨のようにですが、今朝の南九州地方はよく晴れています。気温も31℃まで上昇すると報道しています。今朝は午前6時ころに起床して朝食を取り、約3Kmのjoggingへ出掛けました。午前7時前に走り出したのですが、日差しが強いです。もうちょっと、早く起床してjoggingを開始すれば良かったと少々、後悔しています。

2018年9月14日 (金)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その43

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。さて、近江国庁跡を散策した後には、旧東海道へ戻っています。4/14午前9時半過ぎには大津市大江3丁目付近の旧東海道に居ました。なんだか大きな樹木が見えてきました。接近してみましょう。

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案内板には、「大場の桜」との記載があります。樹齢約200年で、旧東海道と芦浦街道との分岐合流点に位置しているとの説明です。とまあ、説明文は良いのですが、名所附近がゴミ集積場となっているのは、少々、興ざめですね。
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こちらが、大江3丁目の案内となります。瀬田の唐橋まで700mと案内されています。
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現在地を確認しましょう。現在地から右斜め上方向へ進むことになります。赤くWCとあるのが、瀬田の唐橋です。
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旧東海道を進みます。内田組の前に東海道の矢印がありました。
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その方向へ進むと、建部大社春祭りの交通規制の案内がありました。明日4/15午後1時から交通規制があるようです。1日早かったのが、良かったのか、悪かったのか、どうでしょう。
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近江鉄道瀬田南小学校前バス停まで歩いてきました。この付近の旧東海道は交通量が多く、バスも需要があるのでしょう、バス停も劣化はしていません。

2018年9月13日 (木)

君たちはどう生きるか

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今回はこちらの本を選択しています。吉野源三郎氏の「君たちはどう生きるか」です。2017年秋頃から、その漫画本を書店で見かけるようになり、以後、ベストセラーになったものです。いつものように文庫本を選択しています。Amazonでは、以下のように紹介されています。

著者がコペル君の精神的成長に託して語り伝えようとしたものは何か。それは、人生いかに生くべきかと問うとき、常にその問いが社会科学的認識とは何かという問題と切り離すことなく問われねばならぬ、というメッセージであった。著者の没後追悼の意をこめて書かれた「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」(丸山真男)を付載。

さて、こちらの本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。

「自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう」p26。
「出来るだけ広い経験を、それぞれの方面から、矛盾のないようにまとめあげていったものが、学問というものなんだ」p94。
「人間として、自尊心を傷つけられるほど厭なおもいをすることはない」p129。
「正しい理性の声に従って行動するだけの力が、もし僕にないのだったら、なんで悔恨の苦しみなんか味わうことがあろうか」p255。

こちらの本の中にも多数の有益、有用な言葉がありました。

こちらの本には、文庫本としては珍しく挿絵があるのです。何だか小学校の時に教科書を読んでいるような感じです。同タイトルの漫画版もあるようですが、文章が省略されているようです。

当方個人としては、第9章の水仙の実とガンダーラの仏像が最も興味を惹かれました。ガンダーラの仏像を作成したのはギリシア人で、あのアレキサンダー大王の大遠征と関連があるとは知りませんでした。高校世界史の先生は、もっと、生徒の興味を引くような授業をしてほしいものです。

こちらの本は、岩波文庫なのですが、版権の切れた本にしては高価な印象があります、なんだか他の岩波文庫も高いよなー。

2018年9月12日 (水)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その42

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前9時半頃には近江国庁跡付近に居ました。国庁跡は、いまでは高齢者のゲートボール場として有効活用されているようです。多数の高齢者がゲートボールに興じているのです。

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ゲートボールを横目でみながら、南方向へ進むと、こちらの石碑がありました。近江国衙跡とあります。衙は、ガ、ギョと読むようです。
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こちらの案内図には史跡近江国府跡周辺案内図と記載されています。推定国府域が肌色で示されています。
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ここでは、「国司が徴税、裁判、軍事など、いまでいう県庁、裁判所、警察署、税務署として近江国の統治と都との連絡にあたっていました」との記載があり、また「国庁は東西2町(約216m)、南北3町(約324m)の区画があり、その外側に9町(約972m)四方の街路があった」との記載もありました。結構な広さとなりすね。
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こちらが、国庁跡中枢部復元図のようです。かなり立派な建物です。 
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こちらは、その平面図となりますが、上の写真の方が想像するには良いようです。
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こちらの案内図は、ゲートボールに来ている高齢者の自転車やバイクの駐輪場となっているようで、写真撮影では、自転車の前かごが入り込みのでした。

2018年9月11日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その33

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2018年8月1日から8月31日までjoggingで112Km走っています。今年3回目の100Km超えとなりました。今回の仮想乗車区間は、JR千歳線札幌駅からJR函館本線深川駅まで乗車したことと仮定します。この間は約106Km、合計17駅で通常各駅停車で114分(乗車時間は94分)で走行するようです。料金は2160円だそうです。残は34Kmとなります。 前回の条件で仮想乗車したとすると、札幌10:36分発(JR区間快速いしかりライナー岩見沢行)、岩見沢11:13分着、同11:33分発深川12:30分着となります。
この区間で知っている地名は、滝川、岩見沢程度です。滝川は高校野球で聞いたような、岩見沢も何だか聞いたことがあるかな。それじゃあ、知っていることにならないじゃん。

九州在住の人間にとっては、やはり、北海道は遠い、馴染みのない土地なのです。

2018年9月10日 (月)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その41

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前9時半前には大津市大江6丁目付近の旧東海道に居ました。例の案内板がありました。瀬田の唐橋まで約1.4Kmとの記載があります。期待が膨らみます。

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現在地は、写真中央の赤い▲の地点となります。全体像が把握可能な地図となっています。
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案内板下部には近江国庁跡に関する記載があります。奈良時代中頃建設され、平安時代中頃まで存在してとの記載があります。
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電信柱上部には、近江国庁跡まで100mとの記載があります。「まあ、100mなら行ってみるか」と感じ、旧東海道を離れることになります。
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旧東海道は、こちらの道となるのですが、少々、国庁跡を散策してみることにします。
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道を進むと、この写真のような広場となりました。かなり広い広場です。どうやら、こちらが国庁跡のようです。

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