2019年11月21日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その9

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後2時過ぎには桑名市の員弁川(いなべかわ、町屋川)を渡っていました。川を渡ると電信柱上に東海道の案内がありました。これに従い旧街道を進みます。

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こから進む旧街道は、微妙なカーブがあるのでした。この曲り型や道幅が旧街道らしいです。

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一里塚跡前を通過します。

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こちらは、「やましたこどもクリニック」の看板を撮影したものではなく、写真右の仕出し屋さんを撮影したものです。ちなみに、こちらの店舗は「食事処 仕出し 日乃出」と記載されているようです。その店舗家屋上を望遠で撮影しましょう。

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そうです、旧東海道の案内があるのでした。個人的には、こちらの店舗には好意を持つのでした。

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「食事処 仕出し 日之出」さんのすぐ近くに、こちらの案内板がありました。地図があります。

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現在地は、近鉄名古屋線伊勢朝日駅の近くとなるようです。

2019年11月20日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その8

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後2時過ぎには現在の桑名市安永の町屋川付近に居ました。案内板のある公園は、安永第一公園という名称のようです。

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町屋橋の変遷を記載した案内板がありました。

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「員弁川(町屋川にかかる町屋橋と呼ばれる橋は、東海道の一部として、寛永12(1635)年に架けられたといわれています。場所はここよりも上流約100mでした。享和2(1802)年八巻の久波名名所図会に、当時の町屋橋周辺の賑わいを見ることができます(以下略)」とあります。

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こちらが、江戸時代の町屋橋のようです。

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国道1号線に架かる現在の町屋橋を渡ります。

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橋梁上から遠く、四日市コンビナートを思わせる工業施設が望見できます。

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町屋川は、現在、員弁川(いなべかわ)というようです。なかなか読めない漢字です。

2019年11月19日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その7

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後2時過ぎには旧東海道桑名宿から四日市宿へ向かって歩いていました。こちらで、旧東海道は地下道を通ることになります。地下道の名称は安永地下道というようです。

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対側の旧東海道は正面の信号が点灯している道路となりますが、クルマが邪魔でよく見えていませんね。

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地下道を通り対側の旧東海道へ出ました。すると伊勢両宮常夜燈の説明文がありました。「この常夜燈は、文政元年(1818)に東海道のみちしるべとして、また伊勢神宮への祈願を兼ねて桑名・岐阜の材木商によって寄進されたものである。(中略) 安永は、町屋川(員弁川)の舟運や東海道筋の通行客を相手とする茶屋などで賑わった場所であり、この常夜燈はその頃をしのばせる遺物である」とあります。

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こちらが、その常夜燈と傍示石となります。

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常夜燈の直ぐそばにある町屋公園には、町屋橋跡の案内板がありました。

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現在地は、こちらとなります。現在では、旧東海道には架橋はされておらず、国道1号線にある橋を渡ることになります。

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案内板はかなり劣化しています。「江戸時代、ここ安永は桑名入口の立場(旅人が休憩する茶屋が集まっている所)であり、また町屋川の舟運が舟着場でもあったので、大い賑わい、茶店では街道名物の安永餅を売っていた。この地点から対岸の縄生(三重郡朝日町)の間に町屋橋がかかていた。寛永12年(1635)にはじめて架橋され、川の中州を利用した大小2本の板橋であったり、1本の板橋であったり、しばしば変わってる。下図の橋は江戸時代中頃のもので、中央は馬が退避できるように幅がやや広くなっていた。昭和8年(1933)、国道1号線の橋がかけられ、旧東海道の町屋橋は廃止された」との記載です。

2019年11月18日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その6

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後1時半過ぎには旧東海道桑名宿から四日市宿の中間地点付近である矢田立場付近に居ました。 こちらは矢田立場の火の見櫓となります。

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案内板がありました。「江戸時代の矢田町は、東海道の立場(宿場と宿場の中間にあって、旅人が休憩する茶店などが集まっている所)であった。(中略) 福江町へ曲がる角には火の見櫓(現在の火の見櫓は平成3年に再建したもの)もあった。現在でも、馬を繋ぎとめた鉄環のある家や連子格子のある家も見られる」とあります。

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現在地です。写真右から現在地に着き、写真下方向へ向かいます。

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こちらが、これから歩行する旧東海道となります。

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旧街道沿いには立派なお寺さんが多く存在します。こちらは了順寺です。鐘撞堂のようなものが見えます。

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この付近には、日立金属桑名工場がありました。監視カメラが稼働しているようです。当方も怪しい人物として録画されていることでしょう。

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日立金属工場前には、こちらのプレートがありました。江場松原跡とあります。「七里の渡し場から大福までの東海道は両側とも言えが立ち並んでいたが、江場から安永にかけての192間(約345m)は両側とも家がなく、松並木となっていた。眺望がよく、西には鈴鹿の山脈が遠望され、東は伊勢の海が見られた。昭和34年(1959)の伊勢湾台風ごろまでは松並木も残っていたが、現在は家が立ち並び、一本の松も残っていない」と記載されています。表題の「松」は「杉」に見えてしまうのは当方だけでしょうか?

2019年11月17日 (日)

がんばらない

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今回は、こちらの本を選択しています。鎌田實氏の「がんばらない」です。アマゾンでは、以下のように書籍の紹介がなされています。

リンパ肉腫の青年が言った。「自分の入る墓を見てきた。八ケ岳の見える景色のいい所だったよ」青年にぼくはささやいた。「よくがんばってきたね」最後まで青年は誠実に生きて、死んだ。そこには忘れさられた「魂への心くばり」があった。テレビドラマ化されるなど、マスコミの話題をさらった感動の書をあなたに。

さて、こちらの本でも多数、付箋を貼付した箇所があります。幾つかを抜粋してみましょう。

「希望を持たなければ、何事も始まらない」卵巣がんの患者さんの言葉、P13。

ぼくは「がんばらない、がんばらない。これまでよくがんばってきた、もうがんばらなくていいよ、きみはきみのままでいいんだよ」著者の悪性リンパ腫青年への言葉、p35。

「いいことをしようとして結果としてまずいことが起きても、人は理解してくれる」記述、p92。

「自分の身の回りに注意してみると、今がんばれない人がいることに、気づいた。ただ、今がんばれないだけ。いつか、必ず、またエネルギーが湧いてきて、がんばれるときがくるんじゃないか、とぼくは思うようにしている」著者の言葉、p154。

「私たちの心は肉体よりも年とっているが、遅れているか、どちらかである」ヘルマンヘッセの言葉、p184。

「医療の仕事は、生を支えると同時に、死をどのように支えるかということも問われているように思えてならない」記述、p206。

「大事なことは、「命の長さ」じゃなくって、「生きていることを喜べる」ということなのだろう」記述、p213。

 

2000年当時、非常に話題となった言葉であり著書です。遅ればせながら、今回、古本屋さんで見つけたので読書しました。以上のように素敵な言葉が多数、散りばめてありました。まあ、どの時点で医療をするかということで医師の考え方が変化するのでしょう。

2019年11月16日 (土)

近所の散策2019---立冬過ぎ2

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こちらは当家のトキワマンサクです。先月、出入りの庭師さんが手入れをしてくれました。散髪をしたように刈り取られ、チョット、寂しいくらいになっていましたが、赤い新葉が出てきました。来年は、綺麗は花を付けてくれるでしょうか。

さて、本日も午前6時前には起床し、朝食を頂き、約6Kmのjoggingへ出掛けています。既に、朝夕は寒いくらいとなり、joggingの際には帽子と手袋が必要となりました。吐く息も白かったです。

シャワーを浴び、週末のroutine作業を実施し、少々、落ち着いてブログを記載しています。これから、新規領域の勉強でもしようかと思っています。そうそう、今朝のニュースで、始発から山の手線が線路工事のため運休しているとのこと。当方の実家に帰省する場合には、「羽田空港から横浜経由で電車を利用するか、新百合ヶ丘または聖蹟桜ヶ丘までバス移動かな」なんて考えながら、ニュースを見ていました。

さあ、勉強でもするか。

2019年11月15日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その5

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後1時半過ぎには旧東海道桑名宿から四日市宿へ向かって歩いていました。こちらで旧東海道は右折するようです。指示に従います。 

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広瀬鋳物工場跡なるプレートがありました。「江戸時代はじめに、桑名藩主本多氏の招きにより、鋳物師広瀬氏が当地に工場を設けた。そのためこの付近は鍋屋町と称するようになった。文政9年(1826)シーボルトは東海道を通り、この工場を見学している。昭和20年まで工場は使われたが、戦災で焼失。現在は個人の住宅となっている」との記載です。

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こちらが広瀬鋳物工場跡となります。立派な門構えの住宅となっています。お金持ちの方が所有していることでしょう。

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その後、天武天皇社が街道沿いにあります。

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プレート最後には、「天武天皇を祭祀する全国唯一の神社」の文言があります。

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さらに街道を進むと、一目連神社があります。その道路対側には、

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こちらの古い傍示石がありました。「左 東海道渡船場、右 西京伊勢道」とあります。石が損傷しているのでしょう、鉄材で補強されています。

2019年11月14日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その4

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後1時過ぎには旧東海道桑名宿吉津屋見附付近に居ました。傍示石の案内に従ってクランクを通過します。 

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こちらの店舗で再度、右折することでクランクが終了します。当方が小学生中学年頃はプラモデルのブームがありました。小学校近くには必ず模型店がありプラモデルが陳列されていたものです。当時は今井模型のサンダーバードシリーズが人気があった記憶があります。先を急ぎます。

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泡洲崎八幡宮の前を通過します。

 

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浄土宗光徳寺の前には、こちらの格言が記載されていました。才能期20歳~30歳代、信用期40歳から60歳代、徳望期80歳~。まあ、そうかもしれません。ガラスに当方の撮影する姿が映っています。

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さらに進むと十念寺があるのでした。説明文後半には、「森陳明は明治維新の際に、桑名藩が敗北した責任を取り、藩を代表した切腹した」との記載があります。

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十念寺の山道は、こちらとなります。

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こちらにも、戊辰戦争での東京上野の戦いで新政府軍と戦った桑名藩士森陳明の記述があります。

2019年11月13日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その3

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。 5/24午後1時過ぎには桑名市博物館を出発しています。来た道を戻るような形となります。旧東海道を示す傍示石がありました。写真左へ向かうようです。

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傍示石の前には、何だかお堂のようなものがありました。

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旧東海道は、こちらの道となります。その幅員といい、微妙にカーブしているのが旧街道の特徴となります。

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旧街道沿いには、こちらの古そうな傍示石もあるのでした。「右 京いせ道」と刻んであるようです。

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現在地です。写真右から左へ向かって進んでいます。吉津屋見附跡の文字が見えます。この付近で旧街道はクランクとなっています。

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吉津屋見附跡の案内プレートです。「江戸時代始めは、この付近は吉津屋町に属しており、東海道上に吉津屋門と番所があって、吉津屋見附と言った。のち鍛治町として独立したので鍛治町門(または小字名の七つ屋門)という。この道路は四角形の三辺をまわる升形道路となっていた。この升形道路は現在でも使われており石取祭車が通る道である」とあります。

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写真左から中央上に向かう道がクランクとなる道路となります。

2019年11月12日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その2

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/24午前10時過ぎには名古屋中部国際空港高速バス乗り場付近に居ました。午前11:00発の高速バスに乗車することにしていました。鉄道で移動しても良いのですが、キャスター付きの荷物があったため、乗り換え時の手間を考えると高速バスの方が便利と考え選択しました。

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高速バス内で少々、早い昼食をサンドイッチとおにぎりで済ませ、午後0:30過ぎには桑名駅前に到着しています。桑名駅と西桑名駅は殆ど隣接した場所にあります。北勢線は、かめさんも乗車したNarrow gaugeの路線となります。

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今回、2泊するベースキャンプとなるホテルです。三光イン桑名駅前となります。残念ながら、大浴場、サウナの設備はありません。まあ、贅沢は言えないのです。

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こちらは、桑名駅前広場となります。駅舎の工事中のようです。殆ど、構造物がありません。第7次の旅の際、桑名宿は熱田宮宿に次ぐ旅籠数があり、旧東海道第2の宿場町であったとの記載がありましたが、往時の賑わいはないようです。

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さて、ホテルに荷物を預けて旧街道徒歩の旅へ出発します。まずは前回の到着地である桑名市博物館を目指します。写真右にその方向が示されています。約110mのようです。

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博物館前に現在地を示す地図がありました。赤い文字で示されています。これから写真下方向へ少々、戻り、京町見付跡から写真右方向へ進むことになります。

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博物館では、「元号と宸筆(しんひつ)」展が開催されていました。宸筆 とは、天皇自筆の文書のことを言うようです。

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