2018年2月18日 (日)

近所の散策2018---立春過ぎ5

Imgp1205当家の樹木の本日の状況です。こちらは河津桜です。ほぼ満開となりました。蕾はピンク色でしたが、その赤味が開花すると薄くなりました。

Imgp1213 こちらは、ロゼフローラです。こちらも満開を過ぎ、花弁が落下しているものもあります。メジロが飛来して河津桜、ロゼフローラの蜜を吸っていきます。メジロが花弁を落下させているようです。まあ、いいでしょう。
Imgp1218 こちらは、カメリアファイアーダンスです。相変わらず蕾のままで開花する気配もありません。
週末は、このようにデジカメで近所を撮影して時間が経過して行きます。

My favorite book series---長英逃亡(下)

Photo今回は、前回に引き続きこちらの本を選択しています。吉村昭氏の「長英逃亡(下巻)」です。本の帯には以下のように紹介されています。

放火・脱獄という前代未聞の大罪を犯した高野長英に、幕府は全国に人相書と手配書をくまなく送り大捜査網をしく。その中を門人や牢内で面倒をみた侠客らに助けられ、長英は陸奥水沢に住む母との再会を果たす。その後、念願であった兵書の翻訳をしながら、米沢・伊予字和島・広島・名古屋と転々とし、硝石精で顔を焼いて江戸に潜伏中を逮捕されるまで、6年4か月を緊迫の筆に描く大作。

こちらの本を読了して感じたことは、「能力のある人(長英)が不運に見回れたな」ということです。長英脱獄後、蛮社の獄で長英に永牢を言い渡した鳥居耀蔵の失脚、薩摩藩内のお家騒動等など不運に遭遇しているのです。鳥居耀蔵の早期失脚があれば無罪放免で出獄も可能であったでしょうし、薩摩藩のお家騒動がなければ薩摩藩領内に庇護されることも可能であったでしょう。何とも不運な方です。時代の潮流に押し流されたということでしょう。

近所の散策2018---立春過ぎ4

Imgp1196こちらもjogging course沿いにある樹木です。蕾が生長しつつあります。「梅かな、桜かな」なんて思いながらjoggingを中断して撮影しています。Imgp1202こちらもjogging course沿いにある紅梅です。綺麗に開花していました。天気が良く、背後の青空も綺麗です。

さて、今日は少々、寝坊をして午前6:30分頃に起床しています。朝食を取った後、7:30分頃から約6Kmのjoggingへ出かけています。ニュースでは、昨日の平昌オリンピック男子フィギュアスケートの羽生結弦選手と宇野昌磨選手の金銀メダル取得を報道しています。お二人とも達成感を感じられていることでしょう。当方の年代ともなると、あまり達成感を感じることが少なくなりました。まあ、年齢的に仕方がないかと思っています。昨日は、色々と雑用をして過ごしました。本来であれば、今日までの晴天の休日を上手く活用すべきではありますが、あまり変わったことはないでしょう。

2018年2月17日 (土)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅6

Dscf0391暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時過ぎには県道47号線宮崎北郷線を宮崎国際大学方向へ向かって歩いていました。平野団地前(宮崎駅方向)のバス停近くには、Dscf0392宮崎自動車道があるのでした。Dscf0393バス停付近から国際大学方面を撮影しています。こちらの橋を渡ることになります。Dscf0394橋の名称は、経田橋というようです。Dscf0396こちらは平野団地前(国際大学方向)のバス停から県道47号線を撮影したものです。宮崎市内から清武町方向へは、やはり、国道269号線が主の道路となり、こちらの道路の通行量は決して多くはないようです。Dscf0397国際大学方向へ歩くと、謎の廃車バス置き場がありました。門扉には特に名前はありません。よく判らない施設です。Dscf0399歩行を続けると、チロリアンハットが開花しているのでした。心が和みますね。

近所の散策2018---立春過ぎ3

Imgp1183こちらは、いつもの加江田神社です。今朝jogging中の午前8時半頃に撮影しました。朝日を受けて非常に綺麗です。Imgp1189こちらは先週も撮影した加江田神社近くのヒマラヤ桜です。ほぼ、満開となりました。花としては綺麗なのですが背後にある電線が興醒めです。

今朝は午前5時過ぎに自然と目が覚め、録画していた知恵泉を見ながら朝食を頂き、その後、二度寝をしてしまいました。というこので8:30分頃からのjoggingとなりました。この時期、この時間帯は天候が良ければ日差しが非常に明るくなっています。屋外では少々、寒いのですが、屋内にいるとその日差しで暖かく感じます。
今週2/12が振替休日だったので4日間のみ仕事をして、またもや連休となりました。勿論、特に予定はありません。いつもの週末のように家の雑用をしているうちに過ぎてしまうことでしょう。

2018年2月16日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅81

Dscf3345 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時半過ぎには旧東海道日坂宿に居ました。こちらは日坂宿脇本陣黒田屋さんのようです。旧脇本陣も今となっては一般、民家のようです。

Dscf3346 案内には、黒田屋の構えは1862年の宿内軒並取調上帳には、間口8間、奥行15間、畳101畳、板鋪(敷?)15畳、惣坪数〆120坪とあります。さらに明治天皇が、街道巡幸の際、明治2年3月21日、明治11年11月2日に、ここ脇本陣で小休止を取られたとの記載もあります。

Dscf3347 近くには、日坂宿の浮世絵もありました。

Dscf3348 浮世絵の横には、風情のある古風な家屋があるのでした。

Dscf3349 案内には、日坂宿最後の問屋役を務めた伊藤文七邸とあります。子々孫々、栄えた家のような説明文があります。

Dscf3350 さらに、近くには萬屋さんがありました。今回、ブログを記載するに当たり説明文を拡大して見てみると、こちらの萬屋さんは庶民が利用する旅籠だったようです。

Dscf3351 こちらも、木造の古風な日本家屋なのでした。案内には、安静年間(1854-1859年)の早い時期に建築されたとの記載がありました。

2018年2月15日 (木)

My favorite book series---長英逃亡上

Photo今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭氏の「長英逃亡上巻」です。読書する本がなくなったので久しぶりに自宅書庫内を見渡しました。すると、こちらの本が目に入り選択した次第です。本は平成20年第九刷なので、9年前に一度、読書したものです。本の帯には、以下のように紹介されています。

シーボルトの弟子として当代一の蘭学者と謳われた高野長英は、幕府の鎖国政策を批判して終身禁固の身となる。小伝馬町の牢屋に囚われて五年、前途に希望を見いだせない長英は、牢名主の立場を利用し、牢外の下男を使って獄舎に放火させ脱獄をはかる。江戸市中に潜伏した長英は、弟子の許などを転々として脱出の機会をうかがうが、幕府は威信をかけた凄まじい追跡をはじめる。

さて、こちらの本でも気になる箇所を抜粋してみましょう。「人間というものは自分の力だけで生きることはできず、他人の力を得なければ生きてはゆけぬものだと改めて思った」(p198)。

「(福田)宗禎は、長英にそのようなこと(政治、海防のこと)にかかわるべきではない、と年長者として何度も強く忠告したが、長英は耳をかそうとはしなかった」(p230)。

この本にも人間が生きていく上で、重要なことを読み取ることができます。

2018年2月14日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅80

Dscf3340 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時半過ぎには旧東海道日坂宿に居ました。日坂宿に入る前に道を少々、間違え、地元の人に聞いています。こちらは、日坂宿の案内板です。白い帽子のご婦人が写真左に写っているので、案内板の大きさがお判り頂けると思います。そうです。この白い帽子のご婦人とは掛川まで一緒に歩くことになりました。
Dscf3339 現在地を拡大して撮影しています。道を間違えたのは、旧国道1号線から日坂郵便局前を通過して、こちらの案内板に到着しているのです。一人で歩いていれば、引き返して旧街道を歩くのでしたが、白い帽子のご婦人が一緒だったので、そのまま歩くことにしたのでした。
Dscf3341 案内には、要約すると、江戸から54里、東海道三大難所の小夜の中山峠の西麓にあること、家数168軒、人口750人、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠33軒、宿場の東口から西口までの距離は700mとあります。
Dscf3342 こちらが、東海道を示す道標です。掛川市日坂本陣跡とあります。
Dscf3343 本陣扇屋さんの跡地は、公園になっているようでした。
Dscf3344 そして、問屋場跡は何の変哲もない普通の門扉内にあるのでした。何故か家屋はないようです。

2018年2月13日 (火)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅5

Dscf0381暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時頃には宮崎市清武町下加納付近に居ました。日豊本線を横断すべく踏切に来ています。加納駅方面を撮影したものです。すると、こちらの踏切の名称が書かれた機材がありました。機材には飫肥街道踏切とあります。こちらの踏切は今までに何度もクルマで横断していますが、初めてその名称を知りました。こちらの県道47号線が旧飫肥街道であることを裏付けるものですね。Dscf0385こちらは、飫肥街道踏切から都城方向を撮影したものです。学生時代に居住していたアパートが写っているようです。Dscf0386踏切から宮崎国際大学方向へ歩くと直ぐに、牧の札バス停がありました。Dscf0387時刻表を見てみると、結構な便数があることが判ります。Dscf0388しかし、12/25-1/5間は学校が冬休みとなるので学休日運休ダイヤとなる旨が記載されています。学生さんの利用が多いようです。Dscf0389さらに少々、登坂を続けると旧家を思わせる大きな和風家屋があるのでした。

2018年2月12日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅79

Dscf3335 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時過ぎには、静岡県掛川市中山峠付近に居ました。二の曲がりと沓掛の案内がありました。
Dscf3336 こちらの急カーブを「二の曲り」というようです。
Dscf3337 二の曲りを過ぎ、坂を下った場所にこちらの案内がありました。沓掛は不明でした。
Dscf3338 案内には、「東海道五十三次 日坂 浮世絵版画 安藤広重作 狂歌入東海道」とあります。017 こちらが、高校同級生から頂戴した浮世絵の東海道日坂を描画したものです。安藤広重の東海道五十三次の浮世絵にも、図柄が異なるものがあるのでしょうか?

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