2017年12月18日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅55

43135
2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午前9時過ぎには静岡県島田市大井川河畔付近に居ました。こちらは、河畔近くに見たイラストです。現在地としては、写真やや左の「せぎ跡」付近にいることになります。
43136
こちらが、その「せぎ」のようです。石積みがなされています。
43137
案内にも、簡単に「せぎ跡」とあります。今回、ブログを記載する際に「せぎ」について調べてみました。せぎ=堰のようです。せぎとは甲州弁で用水路、小川を指すようです。この場合は、小さな防波堤のことでしょうか。
43139
せぎ跡の横には島田市博物館があるのでした。博物館には興味があるのですが川越遺跡町並で充分に堪能させて頂いたので通過することにします。
43140
勿論、川渡しは現在ありませんので、現在地の左にある大井川橋を渡ることになります。
43141
現在の大井川堤防沿いを歩くことになるのですが、橋はかなり遠くに存在するのでした。今でも非常に広い川幅がありました。

2017年12月17日 (日)

竜馬がゆく---第3巻

31
前回に引き続き今回も司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく第3巻」を選択しています。帯には以下のように紹介されています。
浪人となった竜馬は、幕府の要職にある勝海舟と運命的な出会いをする。勝との触れ合いによって、竜馬はどの勤王の志士ともちがう独自の道を歩き始める。生麦事件など攘夷論の高まる中で、竜馬は逆に日本は開国して、海外と交易しなければならないとひそかに考える。そのために「幕府を倒さねばならないのだ」とも――司馬文学の金字塔、シリーズ累計2500万部超の第3巻。
こちらの巻では、多数の可笑しな笑える内容、格言的なものがあります。ちょっとだけ抜粋してみましょう。
「長州の殿様は、べつに愚鈍ではなかったが、英邁でもない。明治になったとき、維新の功臣たちに、---おい、おれはいつ将軍になるんだ」p59。
「古来、公卿などというものは、歴史上ろくなことをしていないが、奇妙な権威がある」p107。
勝海舟がアメリカ航海から帰朝して将軍に謁見したときのこと。「アメリカでは政府でも民間でも、およそ人の上に立つ者はみなその地位相応に利口でございます。この点ばかりは、まったく我国と反対のように思います」p169.
 

近所の散策2017---大雪過ぎ3

Imgp0986 こちらも今朝のjogging中に見かけた植物です。何かの植物の実でしょう。朝日を受けて綺麗だったので撮影してみました。
 
さて、今朝も午前6時頃には起床して、録画していた昨日の有村架純さんのカナダへの旅の番組を見ながら朝食を頂き、午前7時半前から約3Kmのjoggingへ出かけています。12月も中旬過ぎとなると、この時間帯は寒く、帽子、手袋が必需品となります。
実は、12/15の金曜日は休暇を取得し3連休としています。午前7:30分発の高速バスに乗車し博多まで1泊2日の小旅行へ行っていました。12時半前に博多駅バスターミナルに到着し、昼食を摂り、紀伊国屋書店、丸善を散策後、、初めて筑紫口にあるヨドバシカメラ店舗に入店しました。売り場面積が非常に広く、戸惑っていました。博多での常宿である西鉄ホテルクルーム博多に投宿したのは17時前だった思います。18時頃から博多港までjoggingへ行っています。jogging後は、大浴場、サウナを堪能しました。昨日も朝7時頃から博多港までjoggingをしています。前日、12/15のニュースで知ったのですが、マリンメッセでは福岡モーターショウが開催されているようです。早朝なので特にその気配は感じられませんでした。jogging後、シャワーを浴び、再度、書店を散策しています。13:05分発の高速バスに乗車し、運よく17:30分宮交シティ発のバスに乗車でき、無事、帰宅しています。
今日は特に予定はありません。雑用をしているうちに時間が経過することでしょう。

2017年12月16日 (土)

旅の思い出---信州への旅19

Dscf0224_2 2017年10月に有給休暇を取得して出掛けた信州への旅を回顧しています。10/14午後4時前には長野県上田市別所温泉にいました。別所温泉駅から温泉中心部に向かって歩いていくと、このような案内がありました。「将軍塚」というようです。案内には、「鬼女(嫁ではない)を打ち滅ぼした余吾将軍平維茂の塚」とあります。まあ、そうなんでしょう。Dscf0225 こちらが将軍塚の全体像となりまる。Dscf0226 将軍塚から安楽寺、北向観音方面へ歩きます。

Dscf0227 現在地を確認しましょう。目的地は写真左にある「石湯」となります。Dscf0228 当方が歩いている道から川を隔ててかしわや本店さんの前の街路樹は紅葉しているのでした。観光客が紅葉の下で喫茶しているのを見かけています。

2017年12月15日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅54

43130
2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午前9時過ぎには旧東海道島田宿大井川沿いに居ました。大井川河畔には、「朝顔の松」という石碑がありました。どうも、こちらは朝顔の松公園というようです。
43131
石碑の後ろにある樹木が「朝顔の松」か?と思って、こちらの写真を撮影したのですが、どうやら違うようです。
43132
隣にあった、こちらの松が「朝顔の松」のようです。ガイドブックには、「浄瑠璃 生写朝顔話にちなんで命名された」とあります。詳しくは、こちらを参照で。
43133
松の横には、こちらの石碑もありました。厳谷小波の朝顔の松句碑というのが正式名称のようです。石碑には、「爪音は松に聞けやと春の風」とあるようです。当方には殆ど判読不可能です。くわしくは、こちらで。
43134 朝顔の公園を出て、現在の堤防方向へ進みます。旧東海道の案内がありました。こちらのように木製部分は非常に劣化しているのでした。

2017年12月14日 (木)

旅の思い出---信州への旅18

Dscf0214 2017年10月に有給休暇を取得して出掛けた信州への旅を回顧しています。10/14午後0時半過ぎから約2時間を池波正太郎真田太平記館で過ごした後、まちなか循環バスに乗車し、上田電鉄上田駅へ移動しています。別所温泉へ向かうためです。本来であれば、別所温泉の散策は10/15j午前に予定していたのですが、生憎、10/15の天気予報が雨だったので、予定を前倒しして急遽、行くことにしました。上田駅に到着すると発車時間まで2-3分でした。飛び乗ったとの印象が残っています。こちらが乗車した上田電鉄1000系電車となります。東急1000系電車が譲渡されたようです。中間車からの改造型を6000系と称しているようです。なんだか、鉄ちゃんのようです。Dscf0216 別所温泉駅に到着し、駅にあった時刻表を撮影してみました。約30分に1本の頻度で運行されています。意外に本数が多いので少々、驚きを感じました。上田駅-別所温泉駅間11.6Kmを28分で走行します。Dscf0218 別所温泉駅の駅舎とホーム(写真左)となります。

Dscf0219 駅舎から登坂すると、こちらの案内がありました。別所温泉は侵襲の鎌倉というようです。Dscf0220 別所温泉駅から温泉街へ向かって歩いて行きました。空からは雨が降り落ちることはありませんでしたが、厚い雲に覆われているのでした。Dscf0222 道路を歩いていると進行方向左に「山極内科医院」がありました。「あれ、人工癌で有名な山極勝三郎先生と血縁者かな」なんて思いながらオヤジは道を歩くのでした。

Dscf0221 こちらが、山極内科医院建物です。何だかちょっと、年季がはいっているのでした。

2017年12月13日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅53

43125
2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午前9時過ぎには旧東海道島田宿大井川川越遺跡町並付近に居ました。川会所の入口近くに島田大堤の案内板がありました。慶長の大洪水(1604-1605)で川除堤が決壊したこと、この大洪水で島田宿が流失したこと、1644年までに水門と灌漑用水を併せ持つ大堤が完成したこと、この治水灌漑工事でコメの生産高が20倍の増加したこと。堤の高さは3.6m、全長は5.7Kmに及ぶこと等が記載されています。
43126
こちらの石積みが、その大堤のようです。
43123
角度を変えて撮影です。現在でも大堤の上部は道路になっているようです。写真左の大井川沿いに向かいます。
43127
少々、進むと八重枠稲荷神社がありました。その案内となります。「昔、ここは大井川の出し堤防があり、洪水時には蛇籠に石を詰めて杭で固定し、これを幾重にも並べて、激流から村を守りました。八重枠稲荷の名前はここから来ています(以下、略)」とあります。
43128
こちらが、八重枠稲荷神社の鳥居と本堂となります。写真右に案内板があります。
43129
神社近くにも、島田宿大井川川越遺跡町並とありました。こちらまでが町並となるようです。

仮想日本縦断鉄道の旅---その24

20171102 2017年11月1日から11月30日までjoggingで94Km走っています。11月は比較的天候が順調ではありましたが、100Km越えは出来ませんでした。さて、今回の仮想乗車区間は、JR越後線内野駅から村上駅で乗り換え、JR羽越本線の越後寒川駅まで乗車したことと仮定します。この間は102Km、合計27駅で通常各駅停車で162分で走行するようです。料金は1940円だそうです。残のうち8Kmを使用します。残は33Kmとなります。 前回の条件で旅行したとすると、15:10分内野駅発、17:04分村上駅着、同駅17:10分発酒田駅行に乗車して、17:42分越後寒川駅着となります。

この間で知っている地名は、新潟、新発田程度でしょうか。少々、縁遠い地域となります。新潟は勿論、県庁所在地として知ってはいます。新発田は何だか、高校野球で見かける地名のような気がします。そして、堀部安兵衛の出身地であったような気がします。どちらも行ったことはありません。堀部安兵衛の出身地が、後の赤穂浪士討ち入りに関係しているようです。さらに近くに「胎内」という面白い地名もあります。

2017年12月12日 (火)

旅の思い出---信州への旅17

Dscf0200 2017年10月に有給休暇を取得して出掛けた信州への旅を回顧しています。10/14午後0時半過ぎには上田市柳町の北国街道を散策していました。散策途中で、保命水と刻まれた石碑を見かけました。Dscf0201 井戸のようにも見えますが、水が湧き出ているかのようにも見えます。案内板がありました。Dscf0202 「明治14年(1881年)、先人達が新田の海禅寺の境内に湧きでる清水を木管で引き、町の南北に四角な石升を造り、生活用水、非常用水とした」とあり、「北国街道を往来する人々にも喜ばれ、昭和24年(1949年)の水道事故の際には水源として功績をあげた」とも書かれていました。Dscf0206 北国街道の散策を終え、木屋バス停に戻ることにしました。すると、こちらの店舗が目に入りました。Dscf0207 手打百芸おお西とあります。お蕎麦屋さんでした。外から店舗内を覗くと、丁度、お昼時でもありかなり混雑しているのでした。当方には、この後にも見学予定の場所があり、先を急ぐことにしました。Dscf0209 帰路に再度、岡崎商店さん前を通ると、「2015年関東信越国税局酒類鑑評会 信州亀齢 最優秀賞受賞」との幟がありました。どうやら有名なお酒のようです。あまり、お酒を飲めない当方は、ただ、通り過ぎるのでした。Dscf0211 木屋バス停からブラブラと歩いて移動しています。歩くこと数分でしょうか。池波正太郎真田太平記館に到着しています。今回の旅の第2の目的は、こちらの記念館を訪れることでした。丁度、同氏の真田太平記を読書していたので、来てみたかったのです。そうです、基本的には当方はミーハーなのです。

ペットマト2---その15

Img_2127 職場窓側で栽培しているペットマト2プチトマトの今朝の状況です。今回は本来の株が写真右で、挿し木をした分株が写真左となっています。先週に比し分株の方にも実がなりました。Img_2133 こちらは本株の方です。最も大きなプチトマト(写真右下)は直径27mm程度となりました。未だ赤くはなっていないので成熟はしていないのでしょう。Img_2131 分株の方にも、こちらの写真のような実がなりつつあります。最も大きなもので直径16mm程度あります。分株の方が花の数が多く、沢山の実がなるかもしれません。

«旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅52

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック