2018年8月20日 (月)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その30

Dscf0932 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。日記によると4/14は午前5:50分に起床してホテル1804号室から南草津駅を撮影してます。写真左が草津駅方向となります。南草津駅の北口方向は、どちらかというと裏となります。南口方向が店舗が多い繁華街となります。
Dscf0934 6:30分からホテル内で朝食を頂き、旧東海道を歩くべく7:20分過ぎにホテルの部屋を出発しています。エレベーターホールには、こちらの案内がありました。ホテル近くに水生植物園みずの森があるようです。綺麗は花の写真が掲げてありました。機会があれば行ってみようかと思いましたが、いつになることでしょう。
Dscf0940 南草津駅からホテルを撮影しています。今回、宿泊したのは以前も宿泊したことがあるアーバンホテル南草津です。Dscf0947 ホテルを出発して前日の到着地点まで向かっています。その目印となったのが、こちらの看板です。新宮神社とあります。国の重要文化財とのことです。
Dscf0949 さて、前日到着地点まで戻って来ました。4/14の旧東海道徒歩の旅の出発です。Dscf0951 歩き始めて10分ほどで、小さな公園のようなものが見えてきました。

2018年8月19日 (日)

世に棲む日日---第2巻

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今回も前回に引き続き司馬遼太郎氏の「世に棲む日日第2巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

海外渡航を試みるという、大禁を犯した吉田松陰は郷里の萩郊外、松本村に蟄居させられる。そして安政ノ大獄で、死罪に処せられるまでの、わずか三年たらずの間、粗末な小屋の塾で、高杉晋作らを相手に、松陰が細々とまき続けた小さな種は、やがて狂気じみた、すさまじいまでの勤王攘夷運動に成長し、時勢を沸騰させてゆく.
こちらの本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。

「事にあせるばかりで十分な準備と工夫をしかなかったためであった」p44。
「実物、実景を見てから事態の真実を見きわめるべきで---」p57。
「わき見をしてくれるなよ。人間は馬とはちがい、自分で自分の手綱をもたねばならぬ」高杉晋作の祖父の言葉、p71。
「もともと教育という公設機関は、少年や青年というものの平均像を基準として、一定の過程を強制することによって、平均的成長を期待しうるものとして設置されている(一部改変)」p78。
「余は人の悪を察すること能わず、ただ人の善のみを知る」松陰の言葉、p156。
「中庸的人物こそ偉大である」高杉晋作の父の言葉、p198。
こちらの本にも、色々と心に響く言葉が散らばっています。

 

休日の過ごし方

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当方のお気に入りのマグカップの持ち手が壊れました。妻が片付ける際に落としたようです。20年程前にも同様に落下にて持ち手を補修した記憶があります。
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道具箱を探してみると、その20年前に使用したエポキシ系接着剤がありました。キャップを外すことは不可でしたが、お尻の方から搾り出して2剤を混合して使用しました。
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どうにか接着できたようです。
こちらのマグカップで毎朝、紅茶を飲んでいます。このマグカップの大きさ、容量が当方にとって丁度良く、今まで愛用して来ました。今回の修理、補修でまた使用可能となるでしょうか。休日には、こんなことをして過ごしています。

さて、今朝も午前5:30分頃には起床して朝食を頂き、6:30分頃から約3Kmのjoggingへ出掛けています。霧雨のような天候でしたが、今週、また、台風が九州地方に接近し、走ることができないようなので走ってきました。運よく、jogging中に多量の降水とはならず良かったです。シャワーを浴び、マグカップを補修、修理して現在の時間となりました。
外は少々、雨が降っています。昨夜は殆どエアコン冷房を必要としませんでした。現在も扇風機のみ対応できます。まあ、今日も読書でもして過ごすことになりそうです。

2018年8月18日 (土)

近所の散策2018---立秋過ぎ1

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近所のお宅の生垣が枯れ、その代わりにヘチマが植えられたようです。黄色の花が開花しています。
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花の下には、大きなヘチマの実が成熟しているのでした。こちらのヘチマで全長は30cm程度でしょうか。他にも全長40cmくらいで、まさに大根のようなヘチマの実もありました。
その昔はスポンジなどなく、ヘチマをスポンジ代わりにして体を洗っていたのですが、最近の若い人はそのようなことは知らないでしょう。
さて、今朝は夜勤明けで午前9:10分頃には帰宅しています。以後、洗濯したり、スニーカーをコンイランドリーに持参して洗浄しています。

本日は曇天で、日差しもなく、今のところエアコンは不要で扇風機で過ごしています。
この週末は特に予定はありません。雑用をして経過することでしょう。

2018年8月17日 (金)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その29

Dscf0921 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/13午後3時前にはJR琵琶湖線南草津駅付近に居ました。こちらは、4/13行程の終了目標となっていた願林寺の石柱となります。Dscf0923 さらに進むと、このような立て看板がありました。野路町生活道路への立命館大学生の自転車、バイクでの進入自粛を呼び掛けるものです。しかし、大学生と思われる若者が乗車して数台の自転車が当方の横を通り過ぎるのでした。

Dscf0924 旧東海道には、このような傍示石もあるのでした。「野路在郷軍人用地」とあります。Dscf0925 こちらの傍示石があるのは、野路五丁目6の住所表示のある電柱の袂にあるのでした。土地は更地ではなく、既に一般家屋が建っていました。よく分かりません。Dscf0927 更に、八幡神社前を通過して、Dscf0931 南草津駅に到着しています。その後、新快速に乗車して山科駅まで移動し、地下鉄京都市営東西線に乗り換え会議をしている東山駅まで移動しています。山科駅で乗り換えてみたかったのでした。

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4/13の行程は、地図上の赤い線となります。つまり手原駅から南草津駅まで徒歩したようになります。

2018年8月16日 (木)

井堰シリーズ筑後川編---その8

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7/14-7/15と大宰府日田筑後川の旅に行ってきました。7/15午後4時前に朝倉の3連水車へ到着しています。当方が見学にいく数日前に、三連水車が再稼働し始めたとの報道がありました。前年の九州北部豪雨で被害があったのでしょうか。こちらが、朝倉の三連水車となります。近くには無料の駐車場もあり、20人前後の観光客もいるのでした。
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案内がありました。他にも三島二連水車まで80m、九重二連水車まで350mとあります。この付近に多数の水車があることは、事前に朝倉市観光協会に連絡してパンフレットを入手して知っていました。
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日本疎水百選堀川用水の案内板もありました。案内によると堀川用水が1663年に完成したこと、水田を潤す、ただ1つの揚水車として、今なお原形をとどめて稼働していること等が記載されていました。
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三連水車をやや下流側から堀川用水を撮影しています。
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ついでなので、二連水車も見学することにしました。こちらは三連水車から80mの三島二連水車となります。大きさは三連水車とほぼ同等かやや小さいくらいでしょうか。
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二連水車の上流側には異物が入り込まないように柵もありました。Imgp0159
堀川の水流は速く、従って水車の回転の速いのです。結果的にかなりの量が揚水されているのでした。

2018年8月15日 (水)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その28

Dscf0914 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/13午後3時前にはJR南草津駅近くに居ました。旧東海道沿いに「平清宗胴塚」なる案内がありました。こちらの清宗は源平合戦で生虜となり、この地で永眠されたのでしょうか?胴塚については、こちらを参照で。首塚っていうのは聞いたことがありますが、胴塚というのは今回、初めて知りました。Dscf0915_2 表札には、遠藤とあります。

  Dscf0916 遠藤さんのお宅は、このようにかなり立派な家屋となっています。経営されている南草津病院とは同一敷地内にあるようです。Dscf0917 近くの案内板には、「南草津病院を営む遠藤勉医師宅の庭には、平家の悲劇の若武者平清宗の胴塚(五輪塔)がある」と記載されています。

Dscf0918 現在地は、こちらとなります。4/13の行程としては、願林寺を過ぎてから右折して南草津駅へ向かう予定としています。Dscf0920 この付近の旧街道には、こちらのような大きな日本家屋が現在となってはひっそりの佇んているのでした。

2018年8月14日 (火)

井堰シリーズ筑後川編---その7

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7/14-7/15と大宰府日田筑後川の旅に行ってきました。こちらは大石井堰の用水路取水口となります。写真上が筑後川、下が取水口となります。

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取水口から水門方向を撮影しています。青い構造物が現在の水門となります。
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少々、アングルを変えて筑後川北側の山を撮影です。小説「水神」には北側の山の名称は出てこなかった記憶です。何という山でしょうか?
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境内には大石水神社の由来もありました。「大石水神社は、大石水道の完成に際して、首唱五庄屋が自然石を建てて、堰や水路の守り神としたものである」とあります。
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境内には古い水門と思われる構造物もある(石垣で囲まれている部分)のでした。大石水神社の見学を終え、次の目的地まで移動します。
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その途中にも、水をなみなみと流す水路があるのです。写真上から下方向へ幅5m程度の水路がありました。
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その付近には、このような施設もありました。水量を調節しているのでしょうか?特に案内板はなく、よく判りません。

2018年8月13日 (月)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その27

Dscf0904 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/13午後2時半過ぎには旧東海道草津色矢倉を過ぎJR南草津駅方向へ歩いていました。一里塚がありました。大きく分かりやすいように赤い文字で、そのものズバリ記載されています。Dscf0905 東屋の天井(たぶん)部分に、こちらの浮世絵がありました。東海道五十三次草津とあります。当時のこの付近を描いたもののようです。Dscf0906 このようなプレートもありました。プレート後半には、「東海道分間延貝絵図(文化5年)には、この野路の北川の北方の街道の両側にも長く松並木とともに一里塚が描かれている」との記載がありました。まあ、そうなのでしょう。Dscf0907 さらに旧東海道は、現在の道路によって、この写真のように分断されているのでした。結果的には写真左歩行へ進み横断歩道を渡り、旧街道へ復帰することになります。Dscf0911上北池公園を過ぎ、 教善寺前まで歩いてきました。その横には草津歴史街道なる案内板がありました。Dscf0912 案内板には、草津宿には70軒の旅籠、500軒の民家が存在したことが記載されていました。他は、一般的な東海道の説明なのでした。

2018年8月12日 (日)

世に棲む日々---第1巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「世に棲む日日第1巻」です。同氏の「花神」を読書した後、そういえば当方は吉田松陰に関しては、あまり知識がないことに気づき、こちらの本を選択しました。本の帯には以下のように紹介されています。

時は幕末。嘉永六(1853)年、ペリーの率いる黒船が浦賀沖に姿を現して以来、攘夷か開国か、勤王か佐幕か、をめぐって、国内には、激しい政治闘争の嵐が吹き荒れる。

長州萩・松本村の下級武士の子として生まれた吉田松陰は、浦賀に来航した米国軍艦で密航を企て罪人に。生死を越えた透明な境地の中で、自らの尊王攘夷思想を純化させていく。その思想は、彼が開いた私塾・松下村塾に通う一人の男へと引き継がれていく。松陰の思想を電光石火の行動へと昇華させた男の名は、高杉晋作。身分制度を超えた新しい軍隊・奇兵隊を組織。長州藩を狂気じみた、凄まじいまでの尊王攘夷運動に駆り立てていくのだった……
骨肉の抗争をへて、倒幕へと暴走した長州藩の原点に立つ吉田松陰と弟子高杉晋作を中心に、変革期の青春群像を鮮やかに描き出す長篇小説全四冊。
吉川英治文学賞受賞作。

こちらの本からも気になった箇所を抜粋してみましょう。
「年齢の上の者に対しては礼儀をまもれ、後輩には親切に導け、他人には寛容であれ、意見があれば遠慮なく言え」松陰の言葉p41。
「実行のなかにのみ学問がある。行動しなければ学問ではない」王陽明の伝習録からp87。
「人間の運命をきめるものは、往々にしてその能力であるよりも性格によるものらしいが」著者の記載p95。
「鉄砲の操法や部隊の進退法に達しない者は戦術を語るな。つまり実技のやれないものは理論をいうな。その逆も真である」著者の記述p180。
「孔明も天祥も戦場で三軍を指揮した実務家であり、市井の詩文の徒ではない。かれらが後世の心をふるわせつづけるのはその詩文よりも、その作品に裏打ちされた劇的行動によるものなのである」著者の記述p222。
このように、こちらの本にも勉強となる記載が多数ありました。

さらに、「もともと日本人の倫理は忠孝をやかましくいうが、横の関係である友情や友誼についてはさほどに言わない。この倫理が日本人のなかに鮮明になってきたのは、むしろ明治後、西洋からそういう思想が輸入されたからだといってもいい」著者の記載p139。だそうです。そうなんですね。

«仮想日本縦断鉄道の旅---その32

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