2019年1月18日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その24

Dscf2124

2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午前9時半過ぎには旧東海道舞阪宿から新居宿へ向けて歩いていました。旧東海道では、この間は舟での通行となっていました。道路反対側には、こちらの案内板が見えました。「海と関所のまち 湖西市」とあります。その上には、新居関所1.5Kmとの記載もあります。新居関所に近づいたことが判って安堵するのでした。

Dscf2125
約10分、新居方向へ進むと、こちらのガソリンスタンドがありました。その名称は、「新居関所給油所」です。そのものズバリで感動して撮影するのでした。
Dscf2128
数分、進むと道路対側に新居町駅が見えてきました。
Dscf2133
新居町駅前広場には、こちらのモニュメントがありました。「何かな」と思い近づいてみます。
Dscf2134
「遠州新居手筒花火」とあります。この付近は、手筒花火が有名なようです。
Dscf2137
さらに駅前には、湖西市案内図もありました。オヤジとしては、勿論、近づいてみることになります。
Dscf2138
現在地は、JR新居町駅となります。旧東海道は緑色で提示されています。これから、旧街道を進むと、新居関所、紀伊国屋、本陣跡があることが分かりますね。

2019年1月17日 (木)

ペットマト---オクラの生長記録その16

Img_2347
仕事場事務所窓際で水耕栽培しているオクラの今週の状況です。本来の株です。こちらは黒いキャップの株です。先週まで、その先端に蕾があったものです。今週になり、開花しました。撮影時は既に開花を過ぎ、やや萎みかかっています。
Img_2349
挿し木をした株です。小さな小さな蕾は生長しています。今後、上の写真のように開花することを期待しています。
Img_2351
こちらも挿し木をした株です。オクラの実は成っています。小さな葉のみですが、今後もこちらの実は成熟するのでしょうか?
オクラの生長記録もそろそろ終盤のようです。

2019年1月16日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その23

Dscf2109

2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午前9時過ぎには旧東海道舞阪宿から新居宿へ向けて歩いていました。旧東海道では、この間は舟での通行となっていました。弁天島駅に到着しました。こちらの駅舎は平屋のようですが、かなり立派な駅となります。

Dscf2110
駅前には、案内板がありました。現在地は弁天島駅となります。写真左から右方向へ進んでいます。写真上が太平洋側、下が浜名湖方向となります。地図にも海中鳥居の記載があります。
Dscf2111
弁天島駅を通過して、駅方向を振り返って撮影しています。この附近には、このような石垣があるのでした。この石垣の上を東海道本線線路があります。時代ものでしょうか?
Dscf2113
この付近からも、例の海中鳥居が見えるのでした。
Dscf2117
弁天島から新居方向への歩道は、こちらの写真のようになっています。歩道にしては贅沢なことに、幅員は5m程度あったと思います。
Dscf2118
やはり、この附近には地上横断歩道がありません。新居町新居地下道を利用し、道路を横断します。この地下道の名称から「新居」に入ったことを知ります。
Dscf2119
新居関方向へ進むと、遠州鉄道新弁天のバス停がありました。通過した弁天島には温泉があったことを、こちらのバス停で知りました。

2019年1月15日 (火)

椿の生長記録2018-2019---その4

P1080882
当家南側庭に植樹されている椿の生長記録です。こちらはロゼフローラです。恐らく今までに撮影してきた株だと思います。この1週間で一機に生長し、一部の株はこちらの写真のように開花しています。なかには既には一部、花が落下しています。
P1080878
こちらは、カメリアファイヤーダンスです。こちらは今までに撮影した来た株だと思います。樹木の高い方では既に開花しているものもあります。
P1080881
こちらは、河津桜です。少々、focusが甘いようです。蕾の先端の部分は更に緑色の占める割合が増え、蕾の生長を伺えます。
本日は、接写の効くデジカメを使用する時間的余裕がなく、少々、全体的にfocusの甘い写真となりました。

2019年1月14日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その22

Dscf2101

2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午前9時前には旧東海道舞阪宿から新居宿へ向けて歩いていました。旧東海道では、この間は舟での通行となっていました。弁天橋を渡ると、「今上天皇陛下御乗船記念碑」なる大きな石碑がありました。

Dscf2103
こちらの記念碑の道路反対側には弁天島海浜公園があるようです。入場ゲートがありました。
Dscf2104
弁天島海浜公園を西方向へ少々、進むと弁天神社の鳥居がありました。
Dscf2105
鳥居の横には、こちらの案内がありました。「弁天島と天女」とあります。案内には、「この付近の白砂清松の美しさに誘われ天女が舞い降りたものの三保の松原へ去ったこと、江戸時代の宝永6年(1709)、今切渡船の安全祈願のために神社が建られたこと」等が記載されています。
Dscf2106
遠く道路対側に、JR東海道本線弁天島駅が見えてきました。
Dscf2107
弁天島駅に寄ってみるには、地下道横断歩道を利用する必要があります。地上には横断歩道はないのでした。

2019年1月13日 (日)

翔ぶが如く---第1巻

1

今回はこちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「翔ぶが如く---第1巻」です。
本の帯には以下のように紹介されています。

明治維新とともに出発した新しい政府は、内外に深刻な問題を抱え絶えず分裂の危機を孕んでいた。明治六年、長い間くすぶり続けていた不満が爆発した。西郷隆盛が主唱した「征韓論」は、国の存亡を賭けた抗争にまで沸騰してゆく。征韓論から、西南戦争の結末まで新生日本を根底からゆさぶった、激動の時代を描く長篇小説全十冊。

こちらの本を選択したのは、朝の武田鉄矢氏のラジオで取り上げていたこと、今年は何度か鹿児島へ旅行したこと等からです。
こちらの本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。

「幕府は時勢のために倒れた。(中略) 悍馬は居る。西郷の尻の下にだけ居るのだ。西郷というこの巨人はもう役目が終わったはずの悍馬に、なおも騎りっぱなしに騎っているのだ。新政府に不満をもつ連中は、ことごとくその騎乗の西郷を仰いで第2の維新を願望するだろう」沼間守一の言葉、p53。
西南戦争発生以前に既に、沼間守一は上記のような発言をしています。時代の先を読む能力があったようです。

この本の第一巻を読み終えて感じることは、著者は西郷、大久保を記載したいのではなく、明治という時代を記載したかったようです。

こちらの本は、TVでドラマとなっていますが、ドラマと成らない著者の脱線内容の方が面白いと感じています。10巻まで続く本ですが、何だか、今後の展開が期待されます。

2019年1月12日 (土)

仮想日本縦断鉄道の旅---その37

02
2018年12月1日から12月31日までjoggingで122Km走っています。2018年7回目の100Km超えとなりました。今回の仮想乗車区間は、JR根室本線浜中駅から音別駅まで乗車したことと仮定します。この間は約117Km、駅数不明で通常各駅停車で4時間32分(乗車時間は145分)で走行するようです。料金は2160円だそうです。残は28Kmとなります。 前回の条件で仮想乗車したとすると、浜中駅6:39分発で釧路駅8:04分着となります。少々、待機時間があり釧路駅10:11分発音別駅11:11分着となります。

この行程で知っている地名は釧路のみです。何だか湿原が有名なようですが、他は知りません。一度、湿原へも行ってみたいと思っていますが生きているうちに行けるかどうか不明です。

2018年12月から少々、趣向を変えることにしました。実は2018年11月下旬から万歩計を付けて生活するようにしています。勿論、装着を忘れることもあります。
Bilink20181202
万歩計によると12月の歩数は約19万歩、消費カロリーは4564Cal、脂肪燃焼量は267gのようです。歩行距離は歩幅設定が不正確なためでしょう。月間約100Kmのjoggingで消費カロリーが4500Cal程度に留まることに驚きを実感します。4500Cal程度なら、場合によっては1日の食事で摂ってしまっている可能性もありますよね。

2019年1月11日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その21

Dscf2089

2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午前8時半過ぎには旧東海道舞阪宿北雁木付近に居ました。北雁木の近くには、「那須田又七顕彰碑」なるものもありました。説明文を読むと、どうも地元に功績のあった名士のようです。名字帯刀も許されたとあります。

Dscf2090

こちらが、その顕彰碑となります。金網で周囲を囲んでありました。

Dscf2092

さて、現在では渡し舟はないので、陸路を新居まで向かうことにします。弁天島へ向かうべく弁天橋を渡ることになります。

Dscf2093

弁天橋は、その名が示すように赤い欄干となっているのでした。

Dscf2094

北側の海側には、鳥居が見えました。

Dscf2095

弁天橋の袂には、こちらの灯台がありました。その足元には、「京まで57里26町」とありました。

Dscf2098

こちらは、弁天橋上から浜名湖方向(北側)を撮影しています。国道1号線と新幹線の橋梁が見えます。その下に、白波が写っています。浜名湖から海へは、なかりの流速で水が流れていました。本当に驚く位の速さだったのを記憶しています。

2019年1月10日 (木)

ペットマト---オクラの生長記録その15

Img_2341
仕事場事務所窓際で水耕栽培しているオクラの今週の状況です。本来の株です。写真左が黒いキャップの、右が赤いキャップの株です。こちらは先週と比し、殆ど変化がないようです。
Img_2342
黒いキャップの先端を接写拡大撮影しています。こちらは、今後、オクラの実に生育していくのでしょうか? 期待できるかな?Img_2346
こちらは挿し木をした株です。こちらも先週と比し、あまり変化がないようです。写真右の株の先端を拡大撮影すると、
Img_2344
長径で7mm程度のオクラの蕾のようです。花となるのでしょうか? このままオクラの実になることはないはすですが。

2019年1月 9日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その20

Dscf2078 2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午前8時半過ぎには旧東海道舞阪宿付近にいました。旧街道沿いに、こちらの案内がありました。「舞阪宿の渡船場 本雁木跡」とあります。案内には、「渡船場を雁木といったこと、雁木は階段状となっている船着場であること、東海道を旅する人が一番多く利用した本雁木跡で東西15間、南北20間の石畳が往還より海面まで板になって敷かれていたこと、新居へ向かう船は朝一番方は午前4時、夕方の最終船は午後4時であったこと」等が記載されています。

Dscf2079

本雁木の跡はチョット、ハッキリしません。写真右の石垣がその跡でしょうか?

Dscf2083

旧街道を進みます。すると直ぐに、こちらの石畳が見えてきました。小さな灯台、灯篭のようなものも見えます。

Dscf2084

かなり広い石畳となります。写真左にはクルマも駐車しています。

Dscf2085

案内板がありました。近づいてみましょう。案内には、「史跡 北雁木」とあります。案内には、「明暦3年(1657年)から寛文元年(1661年)にかけて構築されたこと、舞阪宿には3つの渡船場があったが、一番南側は主に荷物の積み降ろしをした渡荷場、真ん中は旅人が一番多く利用した主要渡船場で本雁木と呼ばれたこと、北雁木は主に大名や幕府公用役人が利用したことろで、往還から幅10間(約18m)の石畳が水際まで敷き詰められていること」等が記載されています。

Dscf2086

案内文の近くには、このような注意喚起の立て札もありましたが、クルマが駐車されていました。

Dscf2088

「東海道舞阪宿 渡船場跡北雁木」の傍示石と灯台でしょうか。

«椿の生長記録2018-2019---その3

2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック