2019年10月22日 (火)

旅の思い出---第7次旧東海道徒歩の旅その2

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2019年4月26日金曜日から第7次旧東海道徒歩の旅へ出発しています。第7次は旧東海道といっても名古屋市宮の渡し公園から桑名宿まで国道1号線を歩いています。宮の渡し公園を出発して直ぐに、熱田魚問屋モニュメントがありました。案内には、この付近にはかつて熱田魚市場が存在したことが記載されています。

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案内板中央にあった地図となります。現在地は、宮の渡し公園から左やや上方の大瀬子公園となります。青い点線で旧東海道が示してあります。

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こちらが、熱田魚問屋モニュメントとなります。

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魚問屋モニュメントを過ぎ、白鳥橋東交差点で国道1号線と合流することになります。

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道路案内標識には、四日市、弥富の文字が見えます。4/26は、弥富まで歩いたことになります。国道1号線を西進します。

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白鳥東交差点から約40分の歩行で昭和橋バス停まで到着しています。バス停以外にあまり撮影するようなものがありません。

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さらに40分程度、歩行すると松陰公園前バス停まで到着しました。こちらは、「しょういん」とは読まず「まつかげ」と読むようです。吉田松陰とは全く関係がないのでしょう。

2019年10月21日 (月)

旅の思い出---第7次旧東海道徒歩の旅その1

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2018年5月下旬に第6次旧東海道徒歩の旅は現在の名古屋市宮の渡し公園まで到着していました。旧東海道はこの宮宿(熱田宿)から桑名宿までは「7里の渡し」といい旧東海道で唯一の海路となります。どのように対応しようかと考えていましたが、丁度、2019年4月に名古屋で会議があるので、これに便乗して宮宿から桑名宿まで現在の国道1号線を歩くことにしました。江戸日本橋から折角、名古屋まで徒歩で来たので、ここはついでに歩くことにしたのでした。距離的には、7里の渡しとのことで約28Kmを想定していました。「28Kmなら2日の行程で歩行可能」と思いました。ということで、2019年4月26日金曜日、宮﨑空港8:50分発中部国際空港行きのANA342便へ搭乗するのでした。

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中部国際空港に到着後、荷物をホテルへ預けるべく名古屋市栄地区へ到着しています。写真に撮影日時を挿入するのを失念していますが、午前11:20分頃に撮影しています。やはり名古屋は都会です。もともと当方は、no sense of directionなのですが、予約しているホテルを発見するまで少々、彷徨するのでした。

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無事、荷物をホテルに預けた後、地下鉄名城線栄駅から宮の渡し公園近くの伝馬町駅まで移動しています。こちらは、地上の出入り口です。空に雲はありますが、晴天です。街はランチを終了したサラリーマンが居るのでした。

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この付近の看板で、現在地を撮影しています。現在地の近くには、「歩道橋をジグザグに上り堀川側の公園に降りる」と記載されています。その通りに歩きます。

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1年ぶりに宮の渡し公園へ到着しました。大きな燈籠が当方を出迎えてくれました。

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こちらは、堀川から伊勢湾方向を撮影したものです。本来であれば、旧東海道はこちらから海路となり、当方も船上の人になるはずでした。

2019年10月20日 (日)

真田騒動

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今回は、こちらの本を選択しています。池波正太郎氏の「真田騒動」です。本の帯には以下のように紹介されています。

信州松代藩――五代目・真田信安のもと、政治の実権を握り放縦な生活に走った原八郎五郎を倒し、窮乏の極にある藩の財政改革に尽力した恩田木工を描く表題作。関ケ原の戦い以来、父昌幸、弟幸村と敵対する宿命を担った真田信幸の生き方を探る『信濃大名記』。ほかに直木賞受賞作『錯乱』など、大河小説『真田太平記』の先駆を成し、著者の小説世界の本質を示す“真田もの"5編を収録。

こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「血で贖ったものには、必ずその痕跡が残るものだ」恩田木工の言葉、p180。

「太平の世がつづくにつれて増える一方の浪人たちが各国の農村にも入り込み、百姓から庇護を受ける代わりに、領主の民治に対する百姓たちの対策を指導する」記述、283。

「これだけの騒ぎになれば、領内に点在する天領に聞こえぬ筈はない」記述、p284。

「おれ達の一生が、おれ達の後につづく人々の一生も幸福にするし、不幸にもする」恩田木工の言葉、p350。

第2項目で一揆の発生の裏側を、第3項目で幕府の全国統治方法を理解することが出来ました。それで天領は全国に分散しているのですね。

 

さて、2年前の今頃でしょうか、同氏の真田太平記を読書していました。非常に面白く全12巻を一気に読み上げたことを覚えています。その関連小説が、こちらとなります。時代は真田信幸から5代目の真田藩財政逼迫の時期となります。こちらは、本来、5編の短編を集めたものですが編者が優秀なのでしょう、いずれもが関連して物語が展開していきます。解説を読み、池波正太郎氏のいわゆる真田ものとして、「獅子」なる小説の存在を知りました。いずれ「獅子」も読書することになろうかと思います。

2019年10月19日 (土)

仮想日本縦断鉄道の旅---その46

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2019年9月1日から9月30日までjoggingで133Kmを走りました。9月も100Km越えとなりました。やっぱり、他にすることもないので、ただ、走っているのです。

今回の仮想乗車区間は、三陸鉄道リアス線岩手船越駅からJR気仙沼線BRT志津川駅で乗車したと仮定します。この区間は距離143Km、駅数は44駅です。料金は¥3380で乗り換え2回、乗車250分、その他58分で合計5時間8分とのことです。残17Kmのうち10Kmを使用します。残は7Kmとなります。

前回の条件で列車に乗車したとすると、岩手船越駅15:02分発-盛駅16:35分着、JR大船渡BRT盛駅17:20分発-気仙沼駅18:32分着、JR気仙沼線BRT気仙沼駅18:44分発-志津川駅20:10分着となります。

当方は知らなかったのですが、BRTとはbus rapid transitの略で、バス専用レーンを使用して運用されているようです。この企画の趣旨は鉄道の旅なのですが、東日本大震災による線路被災により、このような運用がされているようです。

この付近で知っている地名は、気仙沼のみです。なんだか、漁業基地のイメージがあります。あと、新沼謙治さんの出身地だったかな。

 

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さて、9月の万歩計の結果です。総歩行数は13.5万歩、消費カロリーは3272Cal、歩行距離は74Km、脂肪消費量は199gとのことです。

 

2019年10月18日 (金)

帰ってきたよ、ばあちゃん

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今回は、こちらの本を選択しています。島田洋七氏の「帰ってきたよ、ばあちゃん」です。本の帯には以下のように紹介されています。

埼玉に住んでいた十年前のある日、佐賀の実家からの電話を取った嫁のリツコの顔が青ざめた。「お母さんが…脳梗塞で倒れた!」義母の介護のために、四十年ぶりに佐賀に戻り、新たな生活を始めた洋七一家。そこには予期せぬ驚きと不安、そして何ものにも変えられぬ喜びが待ち受けていた…。家族の絆を笑いと涙で綴る、がばいシリーズ最新作。

こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「明るく元気にやっていれば、また何かみえてくるものもある」記述、p9。

「幸せは、突然やってくる」ばあちゃんの言葉、p9。

「わからないことがあったら聞けばいいんだよ。偉そうにするから、誰も教えてくれない」ビートたけしの言葉、p139。

「お金にも金利はつくけど、人間につく金利ほど素晴らしいものはない」ばあちゃんの言葉、p188。

「三人(たけし、さんま、紳助)に共通しているのは、どんなに売れてもいっさい休まず、仕事には手を抜かず、地道な努力を積み重ねているということだ」記述、p190。

「平凡な毎日を非凡にするのは自分次第」記述、p196。

この本にも、素敵は言葉が沢山あるのでした。島田洋七さんは、ただものではないようです。

2019年10月17日 (木)

小説 遠山金四郎

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今回は、こちらの本を選択しています。童門冬二氏の「小説 遠山金四郎」です。本の帯には、以下のように紹介されています。

出版統制令の真っ只中で「柳亭種彦が自決した」という知らせが飛び込んできた。「バカ野郎……」そうつぶやいた金四郎の目に思わず涙が込み上げてきた。江戸の改革という大義名分のもと、次々と禁令を発して取り締まる老中・水野忠邦と鳥居燿蔵。一方、江戸の遊興を守ろうと立ち上がった町奉行・遠山金四郎。組織の論理と戦いつつ、己れの信念を貫き通した金四郎の実像。

言わずと知れた「遠山の金さん」に関して、当方が好きな作家である童門冬二氏が記載しているのです。ブックオフを散策していたら目に入ったので勿論、購入しました。こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「どんなに意に染まないことがあろうと、直ぐに手をつけるな。しばらくはじっとしておれ」老中水野忠邦の言葉、p18。

「(上役や同僚たちは)、たとえ仕事がなくとも仕事をしているふりをしている役人が好ましい.のである」記述、p91。

「問題の本質と真っ向から向き合わないということだろう。本質を据え置いたまま、他の面に問題を逸らしてしまう。そして、相手があれよあれよと思っている間に、片付けてしまうのだ」金四郎の父を評して、p99。

「罰を受ける武士にはやはり共通した性格があった。・酒癖が悪いこと。・口数が多いこと。・常に不平不満が多いこと。・上司や上層部の批判ばかりしていること。・部下からの人望がないこと。・幕府(組織)が問題としている人物と親しいこと」記述、p111。

「自分の思うようにならないからといって、すぐさま人事異動を考えるようでは駄目だ。自分の意に沿わない人間、自分の行動を批判する人間などを全部抱えながら、改革を推し進めていくところに老中首座としての器量があるのではないか」将軍家慶の考え、p153。

「なんでも言ってくれ。特に耳の痛い意見を歓迎する。と、いまでも口にするトップ層がいるが、これはウソだ。部下が本気になってそんなことを言えば、必ず飛ばされる」記述、p275。

こちらの本にも素敵な言葉がありました。でも、著者は何の目的があってこちらの書籍を書いたのでしょうか?ドラマで見る遠山金四郎という虚像に対して、実像に近い金四郎を記載したかったのでしょうか。人気者には虚像が付いて回るようです。

 

2019年10月16日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その164(第6次の最終回)

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午後4時半前には旧東海道宮宿を通過し名鉄神宮前駅付近に居ました。こちらから神宮前駅の名鉄線のりばへ向かいのでした。

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恐らく、16:40分神宮前駅発の特急に乗車したような記憶があります。

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こちらが、神宮前駅に入線して来た特急電車のはずです。

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5/29の行程は、GPSロガーによると知立駅から宮の渡し公園までの約24Kmとなりました。写真の茶色で提示されています。

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翌5/30は豊橋から宮崎への移動のみです。6:30分からホテルで朝食を取り、6:50分過ぎには豊橋駅に向かって歩いていました。

こちらは、豊橋駅前階上から撮影しています。

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名鉄線に乗車し、8:40分頃には中部国際空港に到着していたようです。写真右が国内線出発ゲートとなります。

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10:45分中部国際空港発のANA345便へ搭乗し、宮﨑へ戻っています。第6次の旧東海道徒歩の旅も天候に恵まれ予定行程を歩くことができました。良かった良かった。

 

2019年10月15日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その163

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午後4時前には旧東海道宮宿に到達していました。宮の渡し公園内にあった地図となります。現在地は、赤い△で記載されている場所です。

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こちらの写真が順光で、比較的よくこちらの公園を表現したものになりそうです。写真右には、七里の渡しとの道標があります。写真左が港となります。

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案内には、1826年にシーボルトが通過した記載があり、

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松尾芭蕉が滞在した記載もありました。この後、ベースキャンプへ戻るべく名鉄名古屋本線神宮前駅まで徒歩で移動することになります。

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熱田神宮手前に、「ほうろく地蔵」なるものがありました。説明文を読んでも、当方にはよく理解できないのでした。要は、石仏があるようです。

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こちらが、その「ほうろく地蔵」なのです。

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ほうろく地蔵から、約10分程度の歩行で、熱田神宮参道?付近に到着しました。神宮前駅を相対しています。

2019年10月14日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その162

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午後3時半過ぎには旧東海道宮宿手前まで到達していました。現在の名古屋市熱田区伝馬1丁目付近に居たことになります。歩道橋上から、これから進むべき方向を撮影しています。写真中央の道が旧東海道です。

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歩道橋を降りるとすぐに、宝勝院がありました。なんだか、色々と説明が記載されていますが、お寺さんには興味がないのでpassします。

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といいながら、法勝院正面を撮影するのでした。

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そして漸く、今回も目的地である宮の渡し公園へ到着しました。旧東海道宮宿となります。

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熱田常夜燈の説明がありました。解説では、1625年に建立されたとのきおとです。こちらの常夜燈は昭和30年に復元されたもののようです。

こちらの常夜燈を管理していたのが、先の宝勝院とのことです。

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こちらが、その常夜燈です。少々、逆光となってしまいました。

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この辺りには、歌川広重による「宮の宿舟着場風景」がありました。

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高校同級生に頂いた宮/熱田・熱田神宮の浮世絵は、こちらとなります。舟着場風景とは異なります。色々のバージョンがあるのでしょう。

2019年10月13日 (日)

がばいばあちゃんスペシャルかあちゃんに会いたい

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今回は、こちらの本を選択しています。島田洋七氏の「がばいばあちゃんスペシャルかあちゃんに会いたい」です。シリーズ第4弾となるようです。アマゾンでは以下のように紹介されています。

がばいばあちゃんの血をひく、すごいかあちゃんがいた! 
「ひとつ芸を身につけておけば、何があっても身を助けるばい!」ばあちゃんの言葉に従い、3歳の時から三味線、踊りといった芸事を始めたかあちゃんは、7歳で満州に慰問に行き、兵隊さんたちに大人気。女学生の時じいちゃんを亡くし、生活が苦しくなるとすぐ学校をやめて中華料理店で働き出し、歌と踊りの芸能部を作って活躍。とうちゃんを原爆症で亡くしたあとは、女手ひとつで子供たちを育てあげ、「どんなときも楽しく生きる」ばあちゃんの心を受け継いだかあちゃん。そんなかあちゃんと洋七との母と子の愛情を、涙と笑いと感動でつづる、「がばいばあちゃん」シリーズ第4弾!

 

こちらの本でも気になって付箋をつけた箇所を抜粋してみましょう。

「俺が考えるに、強さというのは明るさじゃないだろうか」記述、p6。

「人はまず、仕事しろ。仕事さえすれば、米、みそ、しょうゆ、友だち、信頼がついてくる」ばあちゃんの言葉、p9。

 

以下はかあちゃんの手紙から

「厳しい言葉の中にも、優しさをみつけろ。優しい言葉の中にも、厳しさがあることに気づけ」

「苦しいと思ったら、人に親切にすること。いつかは全部、自分に戻ってくるから」

「苦労は幸せになるための準備運動だから、しっかりやれ」

「人に頑張れと言わなくとも、自分が頑張れば、周りも自然と頑張ってついてくる」

「みんな誰かに嫌われているから大丈夫。愛する夫も、愛する妻も、誰かに嫌われているから、気にせず自然に生きていけ」

 

こちらの本は、上記したように、あとがきにある母ちゃんの手紙からの言葉が最も印象に残るのでした。

 

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