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2016年5月26日 (木)

井堰シリーズ---松井用水路その5

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松井神社の横には、このような石碑もありましたが、ちょっと判読できません。

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その石碑近くにこのような案内もありました。案内板は前半部分が剥がれて判読できません。2段落目には以下のように記載されています。「江戸時代のはじめ、飫肥藩清武郷の一部であった旧赤江町は、水に乏しく干ばつの被害を受けていました。清武郷の地頭、松井五郎兵衛儀長は清武川と赤江川(大淀川)の満潮の時の潮の流れを調べて、清武川が高いことを知り「万一工事が失敗したときには切腹して謝罪する」と強い決意を示して飫肥藩庁に申し出ようやく採用されまさした。儀長は当時すでに70才でした。工事は須田木(清武町沖電気の東)の丘陵の岩盤を人力で掘り抜き(こちらの赤①付近)、用水路を通す大事業でしたが、1年後の寛永17年(1640年)ようやく完成しました」とあります。

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こちらはドラッグストアダイレックス付近を撮影したものです。県道337号線に沿って水路があることが判ります。こちらが松井用水なのです。普段、何気なく見ていて川かなと思っているものが歴史的に重要であったことを初めて知りました。もともと宮崎人である妻も知らなかったようです。

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