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2016年5月

2016年5月31日 (火)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅27

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1正午前には西海子坂の手前まで来ています。こちらが旧東海道となります。

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旧東海道は国道1号線または箱根新道の上を通っています。空飛ぶ旧街道です。

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しばらくすると、このような石畳に関する案内がありました。白色の矢印が不鮮明で判り難いのですが、断面図では大きな石と小さな石を斜めになるように配置して水が小さな石に沿って流れるように工夫されているようです。

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石畳の構造に関する案内もありました。同じように表面に大きな石を置き、その下に小さな石を配置することにより水は縦の排水路に誘導されるようです。谷側には並木があり土手を形成しているようにも見えます。よく考えられていますね。

2016年5月30日 (月)

井堰シリーズ---松井用水路その6

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長女の送迎の復路に、宮崎市岩切交差点付近(こちらの赤①付近)を散策してみました。いつも通過している交差点です。宮崎に来てから通過するのみで、クルマを降りたのは初めてです。写真左が旧宮崎沖電気側(現ラピスセミコンダクタ)、写真右が宮崎第一高校方面となります。道路(写真上、赤江方面)が切り通しになっているようです。

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交差点を左折し岩切バス停付近に来ました。水路があることが判ります。

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交差点を赤江方面に歩いて交差点を振り返ってみます。すると、先ほどの水路の西側(写真右)が崖になっていることが判ります。松井神社の案内板にあった崖を掘削した場所と推定されます。

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赤江方面へは、このように水路が繋がっていきます。写真左を通る道路は、過去に何回も通過しているのですが、この水路を見たのは初めてでした。

どうやら、岩切交差点の道路(県道337号線)は水路を掘削したときに切り通し、水路の横を道路としたのではないでしょうか。

2016年5月29日 (日)

稲の定点観測2016---その10

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宮崎平野の早期水稲定点観測地点の今週の状況です。昨日、今日といい梅雨に入ったかのように降雨です。このため、いつもの山には雲が掛かっており山肌が削れれていることも判然としません。
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早期水稲の方は写真のように順調に成長しているようです。写真は先ほど8時頃に撮影しました。
さて、連休となった昨日、今日はまとまった雨となってしまいました。折角の連休なのに少々、がっかりです。昨日は妻が不在で長女の送迎と歯科受診で時間が経過してしまいました。歯科では未だ残存している上の親知らず2本の抜歯を勧められました。心の準備が出来ていなかったので延期としました。今日も特に予定はなく、10時過ぎからマイナンバーカードの受け取りにでも行きましょうか。なんだかパスワードのみが増加して全く管理不能となっています。

2016年5月28日 (土)

こぼれ種朝顔2016---その5

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今週末のこぼれ種朝顔の状況です。種を蒔いてから約4週間が経過しました。こぼれ種朝顔は順調に成長しているようです。鉢の中では少々、窮屈そうですね。
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プランターの方の朝顔も成長しているようです。何株あるかが分かり難くなっています。
種を土に蒔き、その後、水を与えているだけで成長する植物って何だが非常に不思議なものだと思います。ある意味、神秘的ですよね。
さて、今日は朝から降雨です。今朝も午前6時頃には起床しましたが雨でjoggingには出かかけられません。この後、午前9時から歯医者さんの予約があるので行って来ます。今日で最後になるはずなのですが、如何でしょう。

2016年5月27日 (金)

仮想日本縦断鉄道の旅---その5

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2016年4月1日から4月30日までjoggingで108Km走っています。今回の仮想乗車は、鹿児島本線八代駅から久留米駅まで乗車したと仮想します。この間は115Km、31駅で通常各駅停車で135分で走行するようです。料金は2130円だそうです。持ち越し分の7kmを使用します。残は79Kmです。

今回は新幹線は乗車しないことを前提としています。仮想乗車なので在来線であろうと、新幹線であろうと無関係なのですが。先日の熊本地震では九州新幹線回送車両が脱線し復旧まで約2週間を要しました。4/28or4/29に全線が開通し、本格的な復興が始まったようです。鉄道、高速道路等物流に関連するインフラが比較的早期に開通して良かったです。九州新幹線、九州自動車道が開通していないと、宮崎から博多方面へは飛行機による移動しかありません。日豊本線で北九州経由での博多行きは時間がかかり現実的ではないと思っています。

2016年5月26日 (木)

井堰シリーズ---松井用水路その5

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松井神社の横には、このような石碑もありましたが、ちょっと判読できません。

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その石碑近くにこのような案内もありました。案内板は前半部分が剥がれて判読できません。2段落目には以下のように記載されています。「江戸時代のはじめ、飫肥藩清武郷の一部であった旧赤江町は、水に乏しく干ばつの被害を受けていました。清武郷の地頭、松井五郎兵衛儀長は清武川と赤江川(大淀川)の満潮の時の潮の流れを調べて、清武川が高いことを知り「万一工事が失敗したときには切腹して謝罪する」と強い決意を示して飫肥藩庁に申し出ようやく採用されまさした。儀長は当時すでに70才でした。工事は須田木(清武町沖電気の東)の丘陵の岩盤を人力で掘り抜き(こちらの赤①付近)、用水路を通す大事業でしたが、1年後の寛永17年(1640年)ようやく完成しました」とあります。

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こちらはドラッグストアダイレックス付近を撮影したものです。県道337号線に沿って水路があることが判ります。こちらが松井用水なのです。普段、何気なく見ていて川かなと思っているものが歴史的に重要であったことを初めて知りました。もともと宮崎人である妻も知らなかったようです。

2016年5月25日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅26

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1正午前には畑宿一里塚に到着しています。江戸から23里目の一里塚となり、一里塚が道の両側に残っているのは戸塚の品濃坂についで2つ目とのことです。

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案内板には、「一部が削られてしまうなど江戸時代往時の姿は失われてしまいましたが、発掘調査と文献調査の結果を基に復元整備を行い、箱根町の中では唯一往時の様子を現代に伝えるものです」とあります。

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木材製の案内には、「国指定史跡箱根旧街道の石畳が残っていますので、車輌の進入を禁止します」とあります。写真右に石畳があることが判りますね。

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こちらが残存している一里塚跡です。対側にも同じような塚が残っていました。まあ、塚としてはあまり変わり映えはしませんので、対側の塚は割愛します。

2016年5月24日 (火)

井堰シリーズ---松井用水路その4

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先日の休日、昼食を長崎ちゃんぽんで取った後、妻と一緒に寄り道をしてみました。宮崎南警察署の裏になります。駐車場がなかったのでヤマダ電器さんの駐車場にクルマを停めています。赤江稲荷神社の鳥居です。写真中央に赤江稲荷神社への案内板がありました。階段を登ります。
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階段を20段程度でしょうか登ると、こちらの建物がありました。今回の目的地はこちらとなります。ただの家屋のように見えます。写真では判り難いので寄ってみます。
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松井神社と記載されているのが判ります。そうです松井用水を掘削した松井五郎兵衛さんを祭っている神社となります。
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神社の横には新旧の記念碑がありました。

2016年5月23日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅25

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1午前11半過ぎには小田原宿と箱根宿の間にある畑宿に到着しています。別名は間宿というそうです。

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無垢の寄木細工金指ウッドクラフト家屋の壁には、このような案内がありました。畑宿が小田原宿から3里の距離があることが判ります。
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壁には明治時代の畑宿を撮影した写真も掲載されていました。藁葺屋根の家屋や着物姿と洋装らしき服装の人が写っています。

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クラフト館の前には、このような案内もありました。畑宿から元箱根まで90分の道のりと記載されています。実際は、もっと時間を要したような気がします。これから先の九十九折の旧道が何を意味しているかは、当時は未だ、気が付いていません。

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案内板の裏側です。写真下の西海子(さいかち)坂、橿木(かしのき)坂、猿滑坂という旧東海道きっての急坂がつづき、世に言う箱根の雲助たちの活躍の場だったようです。

2016年5月22日 (日)

木花公園

木花公園
弁当屋さんで高菜弁当を買い、木花公園のベンチに座って昼食としました。近くの東屋ではオバチャンが十名前後集まってだべったり、中学生が部活をしています。少々、風が強くなって来たので自宅へ引き上げることにします。

こぼれ種朝顔2016---その4

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今週のこぼれ種朝顔の状況です。本葉が出て揃ってきたようです。プラスティック鉢の中で3株はちょっと手狭のようですが、間引きする勇気はありません。このままとします。
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プランターの方の朝顔も少しづつ成長しているようです。こちらも土に対して少々、朝顔の株が多いようですが仕方がありません。
今朝もいつもの日曜日のように起床後、約3Kmのjoggingへ出かけ、シャワーを浴びた後、がっちりマンデーを見ながらの朝食でした。天気も良く、気持ち良い風が吹いていますが、すでに日差しが強いのです。
今日もゆっくりと過ごすことになりそうです。
 

2016年5月21日 (土)

稲の定点観測2016---その9

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宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。いつもの山の上には雲がかかっています、やはり、何となく山肌が拡大し樹木が伐採されているような気がします。これから梅雨を迎えますが地滑りとかが発生しないでしょうか。
 
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早期水稲の成長の方は順調な印象です。
宮崎市内は午前5時頃に一時的な降雨があり、その音で眼覚めました。写真は、いつものようにjogging中に撮影したもので午前7時頃に撮影しています。
さて、今日明日は久しぶりの連休となりました。のんびりと体を労わり休息を取ろうかと思っています。

2016年5月20日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅24

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1午前11時過ぎには接待茶屋付近に到達しています。写真のような箱根路のうつりかわりという案内板がありました。写真は撮影状態があまり良くないので記載してみましょう。箱根路は、古来より東西交通の難所であり、文化の流通に大きな障壁となってきました。この壁を通過する交通路は、地形の制約をうけながら常に箱根山を対象に設けられてきました。箱根路のうつりかわりは、日本の歴史にも深いつながらいをもち、各時代のうつり変わりと共に箱根超えの路も変わってきました。碓氷道ーーー箱根でもっとも古い峠道。足柄道ーーー奈良、平安時代に利用された路。湯坂道ーーー鎌倉、室町時代に開かれた路。旧東海道ーーー江戸時代に開かれた路とあります。時代の変遷によって箱根路が異なることを初めて知りました。ちょっと、見難いかもしれませんが、こちらのリンクが役立ちそうです。

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案内板の前半には、「江戸時代後期、箱根権現の別当如実は、箱根八里を往復する旅人や馬に、湯茶や飼葉を施し、大変、喜ばれていましたが、資金が続かず行き詰ってしまいました」とあります。その後、こちらの場所で再開されたようです。
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さらに旧街道を進みます。こちらはガイドブックでの大沢坂付近だと思います。舗装道路から旧街道は逸れて、こちらの非常に細い急な下り坂となっています。
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上から俯瞰すると、このようになります。入っていったなら、二度と出て来れそうもないので通過することを諦め、舗装された道を通ることにしました。
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こちらが、先ほどの旧街道と舗装道の交差地点です。本当に心細い道でした。でも、今振り返ってみると通行可能だったと思います。

2016年5月19日 (木)

井堰シリーズ---松井用水路その3

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前回の新井手井堰を北側から撮影した写真です。こちらの上流側直ぐ横には、

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このような水門がありました。
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水門から下流側では、その幅が2m程度でしょうか水路がありました。どうも、これが松井用水のようです。

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九州農政局整備部のHPから図をコピーしています。図の青矢印頭首工と記載されている場所だと思います。そして青線(赤矢印付記)が松井用水のようです。方位が判り易くするように図を回転させています。ちなみに頭首工とは、「頭首工(とうしゅこう)は、用水の取水にかかわる一連の施設全般を指す言葉で、用水路の「頭首」に存在する取水用の堰と用水の取り入れ口、魚道などを総括している。従って、必ずしも堰というわけではない」とのことです。

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現在の地図で確認すると、以上のようになります。青矢印が水門、赤矢印が用水のはずです。普段、何気なく見ている水路には由緒正しき訳があったのです。チョット、感動しています。図をクリックすると拡大できます.①の場所が宮崎市岩切の交差点で、あとから出てきます。

2016年5月18日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅23

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1午前11時前には鎖雲寺付近に到達しています。そのお寺さんの石碑の横には、小さな滝がありました。勿論、撮影します。なお、鎖雲寺は、江戸の初め、当時早雲寺の山内にあった一庵を引いて建立された禅寺のようです。まあ、あまり興味はありませんが。

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その後、女転し坂に達しています。こちらが案内板となります。「箱根道の難所の1つであり急な坂道が長く、馬に乗った婦人がこの付近で落馬し死んでしまったことから女転し坂と言われるようになったようです」と記載されています。

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こちらが歴史を感じさせる女轉坂の石碑となります。轉という文字はIMEパッドで探しました。
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さらに登坂します。こちらは割石坂の案内板となります。「曽我五郎が富士の裾野に仇討ちに向かう時、腰の刀の切れ味を試そうと、路傍の巨石を真二つに切り割ったところと伝えられています」とあります。

ルパン3世石川五エ門斬鉄剣でもあるまいし、ちょっと、信じ難いですね。

2016年5月17日 (火)

井堰シリーズ---松井用水路その2

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さて、上使橋を渡って清武川の北側に来てみました。すると、こちらの石碑を発見しました。手前の石碑には堤堰改良記念碑と記載されています。その奥にも石碑があります。

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石碑には「記念碑」と記載されています。その下には、

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碑文「この松井水路は、江戸時代に地方最大の事業として北方 南方 恒久 田吉 岩切など赤江の220ヘクタールに及ぶ水田を灌漑する延長4Km余の幹線用水として松井五郎兵衛翁によって寛永17年に完成したものである この流水により その後開田され450ヘクタールと倍加し 赤江の農村を潤す源となった」

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堤堰改良記念碑の横には、このような小さな水神の碑も質素に建立されていました。チョット、嬉しくなりました。

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清武川北側からの井堰は、このようになります。写真右が上流となります。堤には危険防止目的でフェンスがあったのですが、その幅が不足し容易に井堰近くまで行くことができます。

2016年5月16日 (月)

水耕栽培---チマサンチュその8

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Greenfarmで水耕栽培しているチマサンチュの今週の状況です。先週と同様、葉の先端はやや茶色気味ですが、確実に成長しているようです。でも、何だか葉の艶があまり良くないような印象があります。さて、今後、どうなるかな。

仕事場のPCもWindows10へ

Win10upgrade
昨夜、当直の際に仕事場のPCもWindows10へup gradeしました。既に自宅のPCもup gradeしているので大丈夫かと思っていましたが、やはりPCに不具合がでると非常に支障がでるので少々、怖かったです。時間的には約1時間で終了しました。有線LANを使用していたから速かったのでしょう(自宅PCは無線LAN)。事前にWindows Xpの入ったE driveは物理的に解離させておきました。使いまわしのHDDがあるとup gradeが上手くいかない可能性があるとの記事を読んだからです。Windows7時、デスクトップに掲示していたカレンダーと時計のガジェットが消えましたが、他の環境は殆ど変化がないようです。Microsoftうたい文句のように起動は速くなりました。振り返ってみれば約3年ごとにOSを変えています。少々、面倒くさいというのが実感です。仕事場のPCは2009年7月に購入したものです。あと何年、稼働することでしょうか。

2016年5月15日 (日)

こぼれ種朝顔2016---その3

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今週のこぼれ種朝顔 の状況です。プラスティック鉢に植えた朝顔は、蒔いた数だけ発芽しました。良かったです。3つの種ともほぼ同程度に成長しています。
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プランターには4粒の種子を植えたはずですが、何故か5つの芽が出ています。ちょっと不思議です。1週間の経過で確実に成長していることが分かります。

2016年5月14日 (土)

稲の定点観測2016---その8

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宮崎平野の早期水稲定点観測地点の今週の状況です。いつもの山の上には雲がありますが、非常に日差しが強く、よい天気となりました。
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早期水稲の方は、少しづつその束が太くなって成長しているようです。近くの田圃には、
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何やら白い鳥が10羽程度、たむろっていました。もちろん、トキではないでしょう。写真は今朝7時過ぎに撮影しています。
今朝も午前6時頃には起床し、朝食後、いつもの週末のように約6Kmのjoggingに出かけています。写真はその際に撮影しました。その後は、窓を全開として室内の清掃をしています。心地よい風が吹いています。
今日も、読書したり、自宅PCのtuning(Windows10の)をしようかと思っています。

2016年5月13日 (金)

Wristwatch

Jeep

今から23年程度前、愛媛県勤務時代に購入したこちらの腕時計が故障しました。先日、電池切れかと思い時計屋さんで電池の入れ替えをして貰いましたが、どうやらQuautz movement自体が壊れたようです。非常に遅れるのです。まあ、時計本体より電池入れ替え、革バンド交換の方に費用が掛かってきたのですから時計の本懐を遂げたことでしょう。

Casio

そこで今回購入したのがこちらの腕時計です。Casio製Lineadge(LIM-M610D-7AJF)です。選択に当たっては、電波時計であること、クロノグラフであること、文字盤が白であること、CITIZEN製でないこと、軽いこと等でした。

電波時計である必要性は、先日の仙台出張の際、自動巻きの時計ではやはり時間が正確でなく、新幹線乗車の際、戸惑ったからです。クロノグラフを選択したのは現在、所持している腕時計でクロノグラフのものがないこと。白い文字盤を選択したのは、昨年購入した腕時計の文字盤が黒であったので。Casio製を選択したのは、以前所有していたCITIZEN製電波時計が故障がちであったこと。昨年購入した自動巻き腕時計が136gで重かったので、126gのこちらの時計を選択しました。そして、日常生活で使用するのであまり高価でないものも選択基準でした。

先日の東京出張の際、秋葉原のCasio technical service centerで金属バンド調整をして頂きました。Amazonで実質\17500程度だった記憶があります。

2016年5月12日 (木)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅22

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1午前10時過ぎには、正眼寺を過ぎて、今回、当方が始めて出くわした旧東海道の石畳となります。現在の道路を逸れ、急な下り坂となります。こちらの石畳は、写真のように表面が比較的平滑となっています。
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坂を下るにつれ、道は細くなり、石畳の表面も次第に凹凸が出てきました。

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猿橋を渡ります。この当りに猫が居た記憶があります。道も細く、樹木に覆われ周囲は暗く、だんだん心細くなってきます。

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葛原坂の案内がありました。「登り一町ばかり」との記載があります。

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そうして漸く、現在の道路に戻ることができました。ホッとしました。この後、この旧東海道の石畳には苦労することになるのですが、この辺りを歩行しているときには知る由もありませんでした。

2016年5月11日 (水)

井堰シリーズ---松井用水路その1

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帚木蓬生氏の「水神」を読書してから井堰に興味を持つようになりました。小説の舞台となった、うきは市浮羽町の大石堰はいずれ見学しに行こうかと思っていました。しかし、チョット、調べてみるとその大石堰(1664年起工)よりも早い時期に大規模な井堰が造設されていることを知りました。しかも、当方の居住している直ぐ近くにあるのです。当方が通勤で使用している上使橋南側付近に、このような新しい記念碑がありました。

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碑文には以下のようにあります。「新井手井堰は、寛永年間(1624年-1643年)松井五郎兵衛儀長(よしなが)によって創設され併せておよそ11Kmの用水路を開削することにより、旧飫肥藩清武郷八ケ村(旧赤江町一帯)およそ220ヘクタールの天水田を灌漑するものであり、さらに水路の余り水をもって開田されたものを併せると445ヘクタールにおよぶ当時として全国的に名を知られた井堰であった」とあります。こちらも参照してみて下さい。

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こちらの写真は井堰を南側から撮影したものです。勿論、現在ではコンクリート製となっています。

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石碑を挟んで清武川の反対側には清武町第3水源地がありました。1980年春に宮崎に来ましたが、この井堰の存在を今回初めて知りました。

今日の朝食

今日の朝食
今日の朝食は、昨日ten.Yさんから頂いたパンです。パンのなかにはチーズとハムが入っているようでした。美味しく頂戴しました。ten.Yさん、いつもいつもありがとうございます。

2016年5月10日 (火)

こぼれ種朝顔2016---その2

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今週のこぼれ種朝顔の状況です。種を蒔いてから約1週間が経過しました。12年前、長女が小学校1年生時、学校で使用したプラスティック製鉢には3粒の種を蒔いています。2つの種から双葉が出ています。
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プランターに4粒蒔いた種からは3つが成長しているようです。写真ではやや分かり難いと思いますが、2つの双葉に挟まれて発芽過程にあるものがあります。
それぞれ残り1粒の種も発芽して来るでしょうか?

2016年5月 9日 (月)

水耕栽培---チマサンチュその7

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Greenfarmによる水耕栽培しているチマサンチュの今週の状況です。少しづつ成長しているようですが、何だかちょっと元気がないような気がします。葉の縁がやや黄色掛かっているのです。今回は1つのスポンジ穴に2つの種子を蒔いています。それが原因でしょうか?今、暫く経過を見てみましょう。

2016年5月 8日 (日)

稲の定点観測2016---その7

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宮崎平野の早期水稲定点観測地点の今週の状況です。今日は午前中は晴れの天気予報でしたが生憎の小雨状態です。いつもの山の背部には雲があります。稲の方は成長したようで水面には山の稜線が見えません。
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稲の方は、このようになっています。何となく緑色が強くなり、葉の部分が成長しているようです。
今朝は当直明けでした。午前6時過ぎには仕事場の周囲を携帯電話を持ってjoggingしています。少々、雨がパラついていたのですが午後からはもっと天候が崩れる予報でしたので走った次第です。その後、シャワーを浴び午前9時前には仕事場を後にしています。写真は本日9:30分頃に撮影したものです。今日は天気が優れず屋内で過ごすことになりそうです。自分で洗濯し、Windows10へversion upした自宅PCの使用勝手を試行してみようかと思っています。

2016年5月 7日 (土)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅21

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1午前10時前には早雲寺付近に到達しています。写真は早雲公園前のバス停です。

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この付近には多数の温泉宿があった記憶があります。こちらは箱根湯元の温泉旅館「花紋」の案内です。花紋は当方にとってどうでも良いのです。案内には「戦国の世を制した豊臣秀吉が小田原城攻めに築城した一夜城はこの地なり」と記載されています。こちらの方に興味がありました。

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さらに旧東海道を進みます。正眼寺を過ぎると石たたみ入口の案内がありました。

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案内には、「江戸幕府は1680年に箱根旧街道に石を敷き、舗装した。この先約255mは、その面影を残しており、国の史跡に指定されている」とありました。

2016年5月 6日 (金)

逃亡---下巻

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今回はこちらの本を選択しています。帚木逢生氏の逃亡下巻です。本の帯には以下のようにあります。

「敗戦とともに、お国のための「任務」は「犯罪行為」とされた。国家による戦犯追及。妻子とともに過ごす心安らかな日々も長くは続かなかった。守田はふたたび逃亡生活を余儀なくされる。いったい自分は何のために戦ってきたのか。自分は国に裏切られたのか。一方、男の脳裏からは、香港憲兵隊時代に英国民間人を拷問、死に至らしめた忌まわしい記憶が片時も離れることはなかったが……」。

読み進むうちに逃亡することの困難さが判ります。結局、逃亡では人の眼が重要となるようです。地域と密着していた過去の日本では、周囲の眼が逃亡を困難にさせます。現代の方が地域から解離することで逃亡はより安易なのかもしれません。悲劇的な結末かと思っていましたが、予想を裏切られ個人的には良かったです。

2016年5月 5日 (木)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅20

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1午前9時半過ぎには東三枚橋付近に到達しています。

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箱根湯元駅方面に進むと箱根美術館めぐりの案内がありました。箱根には多数の美術館があるようです。当方は美術館には興味はありません。こちらの案内板に記載されている箱根までの距離が気になって撮影しています。「約12Kmもあるのか」と考えていました。写真左側が早川となります。

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こちらは三枚橋から箱根湯元駅方面を撮影したものです。遠く白い駅舎が見えます。こちらの橋を渡って国道1号線をはずれることになります。

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三枚橋を渡るとすぐに何かの店舗に写真のような案内がありました。旧東海道は箱根新道方向になります。

Windows10へ

Win1020160505
遅ればせながら、今回の大型連休を利用して当方が自宅で使用しているPCをWindows10へup gradeしました。netで調べると約5時間を要するとのことで5/5午前0時からup gradeするように設定していたのですが、PCがsleepしていて午前6時起床時にもup gradeしていませんでした。午前6時40分頃からup gradeを開始しています。画面では約90分でup gradeが可能とのことでしたが半信半疑でした。すると本当に約90分でup gradeしています。マイコンピューターが発見できません。そしてPCのpointing deviceの使用停止の方法が分かりません。取り敢えずブログの更新に使用しているソフトは使用可能なようです。試しにupしてみます。

2016年5月 4日 (水)

近所の散策---穀雨の頃6

2016
こちらもjogging中に見かけたきつねのあざみです。当方の居住している宅地は台地となっています。その土手部分に開花していたものです。先週のjogging中には見かけなかったので最近、開花したのでしょう。例年、見かける花ですが、規則正しく同じ時期に開花することで季節の変化を感じ取ります。

いつもの公園

いつもの公園
当直明けで帰宅しています。天気が良いので、文庫本を持っていつもの公園へ来ました。日差しはすでに初夏のようです。少々、風が強いのが難儀です。でも乾いた空気で気持ちよいです。

2016年5月 3日 (火)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅19

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1午前9時前には国道1号線を外れ旧東海道に入りました。箱根登山鉄道を横切ることになります。風祭駅の小田原寄りとなります。

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旧東海道を進むと、長興山紹太寺に到達しています。案内には「稲葉氏一族と春日局が眠る禅寺」と記載されています。稲葉氏は知りませんが、春日局は知っています。まあ、「そうなんだー」と思って通り過ぎるのであります。

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箱根登山鉄道入生田駅を過ぎて再び線路を横切ることになります。かめかめさんが喜びそうな三線軌条となっています。こちらは入生田駅方面を撮影したものです。

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こちらは箱根湯元駅方面を撮影したものです。旧東海道は写真左となります。

2016年5月 2日 (月)

水耕栽培---チマサンチュ6

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Greenfarmによる水耕栽培チマサンチュの今週の状況です。先週に比し一段と生長しています。かなりの速度となります。播種時には長径2mm、短径1mm程度の種でしたが、本当に大きくなりました。今後の生長が楽しみです。

2016年5月 1日 (日)

こぼれ種朝顔2016---その1

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今年もこぼれ種朝顔を植えてみます。まず、昨年の種子を一晩、水に浸しておきました。7粒の種子があります。3つの種子をプラスチック鉢に、4つの種子をプランターに植えてみることにします。さて、いつ頃、何輪の朝顔が開花することでしょう。

さて、今朝も6時頃には起床し約3Kmのjoggingへ出掛けています。その後、いつもの日曜日のようにがっちりマンデーを見て、自室や1階の清掃をしてから、愛車の前面と後面のみの洗車と室内清掃をしています。昼食後、朝顔の種子を撒きました。

世の中は大型連休のようですが、当方は全く予定がありません。風に吹かれながら室内で読書したり、細々としたことをしています。この3日間は晴天で非常に気持ち良い時間を送っています。

世界の果てまでイッテQのカレンダー---5月

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とうとう5月です。世界の果てまでイッテQのカレンダー5月は、金子貴俊さんのバラクーダ・トルネードです。マレーシアで撮影されたようです。バラクーダ・トルネードとは、barracuda tornadoです。カマスの竜巻です。かます大群が写真のように竜巻状になっているところを撮影したようです。こちらのon airは見ていないような気がします。

5月ともなれば南国宮崎は晴天時には、真夏のような気候となります。まあ、暑いのは好きなので気にはなりません。マレーシアには行ったことがありませんが、旅番組ではマレーシアの首都クワラルンプールは住みやすいように紹介されています。老後にクワランプールに居住するのも良いかもしれません。

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