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2016年6月10日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅31

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/1午後1時頃には笈の平を過ぎています。すると、このような注意喚起の立て札がありました。「猪注意」です。「ヘエー、そうなんだ」と思いながら通過しました。

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すぐに於玉坂に到着しています。ガイドブックには以下のようにあります。「お玉坂は元禄15年(1702年)、伊豆大瀬村の農家の娘たまが関所破りをし、獄門にかけられたことろで、近くのお玉ケ池は、たまの首を洗ったので、その名がついたといわれている」とあります。ちょっと、怖いですね。
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さらに歩くと元箱根まで1.2Kmの案内がありました。ちょっと元気が出ます。

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史跡箱根旧街道の石碑近くには、こちらの案内がありました。前半部分には以下のように記載されています。「江戸幕府は元和4年(1618年)十六夜日記でも知られる旧来の湯本から湯坂山-浅間山-鷹ノ巣山-芦ノ湯を経て、元箱根に至る湯坂道(現ハイキングコース)を廃し、湯本の三枚橋から須雲川添いに畑宿通り、二子山の南側を経て、元箱根に至る古い山路をひろげ世に箱根の八里超えと伝えられる街道を作った」

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さらに10分程度歩くと、こちらの案内がありました。前半部分は以前の記載と重複するので後半を抜粋してみます。「その後、江戸時代末期の文久2年(1863年)、十四代将軍家茂が京都に上洛する際、全面的に改修されました」とあります。

将軍が通らなかったら改修されなかったのでしょうか?

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