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2016年8月

2016年8月31日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅53

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前10時前には徳川有徳公遺蹟碑前に到着しています。
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全体像はこのようになります。この時点では分からなかったのですが、徳川有徳とは8代将軍吉宗のことのようです。同じようなブログをリンクしておきます。

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反対側には、かぶと石の案内がありました。兜を伏せたような形をしていること、豊臣秀吉が小田原征伐のとき休息した際、兜をこの石の上に置いたこと等の由来が記載されています。「秀吉が兜を置いた」という方が夢があった良いような気がします。

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実際の石は、このような形をしています。大きな石であった記憶が残っています。本当に兜を乗せるには、丁度、良い形をしています。

2016年8月30日 (火)

近所の散策---処暑の頃3

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長女の送迎の際にオクラの花が開花しているの見かけました。クルマを止めて撮影です。黄色の花が綺麗です。既にオクラの収穫は終了しているようでした。

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畑に地面には、規格外となるのでしょうかオクラが落ちていました。

2016年8月29日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅52

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前10時前には接待茶屋付近に到達していました。旧街道と現在の国道1号線が交差するのです。東海バスの接待茶屋バス停がありました。

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付近には、このような案内板がありました。「箱根山中における接待の歴史は古いが、創始は江戸時代中期の箱根山金剛院別当が、箱根山を往来する者の苦難を救うため、人や馬に粥や飼葉、焚き火を無料で施したと伝えられている。(中略)鈴木家は、昭和45年(1970年)に茶釜を降ろし、接待茶屋の歴史に終止符を打つまでの約90年間、箱根を往来する人馬の救済にあったたのである」と記載されています。昭和45年までは営業していたのです。少々、ビックリですね。

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案内板には、当時を偲ばせるこのような写真も掲載されていました。何だか、普通の民家のように見えます。

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このように、旧街道を案内してくれています。

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この付近の旧街道は、このような落ち葉で覆われて、昔を偲ぶことが可能でした。ゆったりとした下り坂です。

2016年8月28日 (日)

近所の散策---処暑の頃2

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こちらもjogging中に見かけた花です。道路脇に開花しているので雑草かとおもいますが、調べてみるとアマの類かと思います。
今朝も午前6時頃には起床し約3Kmのjoggingへ出かけています。2週間前の午前6時頃には、あんなに五月蠅かったアブラ蝉、ミンミン蝉の鳴き声がいつの間にか、消えているのに気が付きました。やはり、確実に秋に向かっているようです。
今日の天気は午後から崩れる予報です。少々、涼しく過ごせるかもしれません。

2016年8月27日 (土)

近所の散策---処暑の頃1

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こちらもjogging中に見かけた風景です。道路土手にあるパンパースグラスとお月さまです。午前6時頃に撮影しました。

今年は8/23が処暑でした。本来であれば暑さが収束する時期のようです。今朝、明け方にまとまった降雨があった印象です。これも迷走台風10号の影響でしょうか?現在、少々、雲は掛かっていますが太陽が顔を出しています。蒸し暑くなりそうです。

この二三日はやや暑さが落ち着いて来た印象があります。朝起床時、夕方に、気温、風から秋の気配を感じます。今までの週末は暑くて何もする気になれませんでしたが、今日はチョット行動しようかと思います。

2016年8月26日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅51

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前9時半頃には箱根峠から旧街道に入った付近に居ました。こちらに兜石の案内がありました。

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付近には、このような石像もありました。「これが兜石かな?」{でも、何が違うような気がするな」とか、色々、考えていました。
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でも、案内板には確かに兜石と記載されています。後から判明したことですが、本来、こちらの場所にあった兜石が国道1号線の拡幅工事により移転されたようです。この付近の坂を兜石坂というそうです。三島方面へは下り坂となり、また、足元も落ち葉となっており歩くのは楽ちんでした。

2016年8月25日 (木)

大黒屋光太夫---上巻

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今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭氏の「大黒屋光太夫上巻」です。本の帯には以下のようにあります。

天明2年(1782)、伊勢白子浦を出帆した回米船・神昌丸は遠州灘で暴風雨に遭遇、舵を失い、七カ月後にアリューシャンの小島に漂着した。沖船頭・光太夫ら十七人の一行は、飢えと寒さに次々と倒れる。ロシア政府の意向で呼び寄せられたシベリアのイルクーツクでは、生存者はわずかに五人。熱い望郷の思いと、帰国への不屈の意志を貫いて、女帝エカテリナに帰国を請願するが……。

こちらも約10年前に読書したものです。本には平成17年6月1日発行とあります。実は、司馬遼太郎の「葉の花の沖」(主人公は高田屋嘉兵衛のはず)を読書したいのですが、日露関係史においては、大黒屋光太夫がロシアと関係を持つのが時代的に早いのです。ということで、こちらの本を選択しています。少々、基礎知識を入れてから「菜の花の沖」を読書する予定です。少々、遠回りをします。

降雨

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昨日、宮崎市は8/7以来の降雨となりました。実に17日ぶりの雨です。この間、雨女と定評のあるかめかめさんの御内儀に宮崎まで来てもらいたいくらいでした。今朝、明け方にも少々、まとまった雨が降っていたようです。睡眠中に、その雨音に気が付きました。今朝、出勤時にも少々、雨があり路面は濡れていました。昨日、今日の雨は農作物にとっては恵みの雨になったことでしょう。午前9時前には、写真のような雲がでていますが、雲の上には青空があります。これからの天気予報は晴れです。蒸し暑い一日になりそうです。

2016年8月24日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅50

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前9時頃には箱根峠付近に居ました。箱根峠から旧街道を目指して歩を進めています。かなり不安だったのですが、ガイドブックに従い芦ノ湖カントリークラブ方向へ進みました。すると写真のような小さな旧街道を案内するくたびれきった木製案内板がありました。

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すると、このような場所に辿りついています。

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案内板がありましたので、近づいてみてみます。すると、「このあたりは、い茨が生い茂っているので付近の草原を茨ケ平(バラガダイラ)という」とあります。
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このような案内もありました。目指す三島宿までは11Kmのようです。少々、元気が出ます。
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近くの石碑には、「これより江戸25里」と記載され、

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反対側には、これより京都、100里と刻印されていました。未だ全行程の1/5しか歩いていないことになります。でもお江戸日本橋から100Kmも歩いて来たって、凄いですよね。

2016年8月23日 (火)

ベルト

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茶色のベルトを購入しました。現在、使用しているベルトの縫製部分がほつれて来たためです。今回購入したのは、オルダニ ミラノというラベルが付いていました。ラベル裏には、オルダニとのライセンス契約により日本で企画されたものですとあります。原産国は中国です。大阪のミタカ商事の名もあります。アマゾンで適当に選択しました。\2480でした。梱包を開けると、手書きの礼状が付いていました。やはり、チョット、嬉しいですね。最近は外出が面倒で何でもアマゾンで購入しています。

2016年8月22日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅49

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前9時頃には箱根峠付近に居ました。平坦な石畳の旧街道を歩いていると峠の地蔵なるものがありました。
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地蔵さんの全体像は、こちらの写真のようになります。比較的新しいもののようです。

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案内には、「おしん辛抱 橋田壽賀子」、「花見る人は皆きれい 黒柳徹子」、「夢に向かってもう一歩 向井千秋」とあります。

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反対側には、「細心大胆 橋本聖子」等の記載がありました。こちらの言葉とお地蔵さんの表情に関連性はなかったような記憶があります。

2016年8月21日 (日)

近所の散策---立秋過ぎ6

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今朝も午前6時頃には起床し、目覚まし目的で約3Kmのjoggingへ出かけています。すると歩道上に何やら緑色のものがありました。何だろうと見上げてみると、
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どうやら、熟成途中にある柿が落下したようです。これから熟成し、柿色になっていくことでしょう。
jogging終了後、昨日の残り湯に入ってみるとひどくお湯が濁っています。妻と長男は昨日から博多へ行っているので自宅の浴槽を使用したのは当方と長女のみです。そういえば昨日、19時半過ぎに帰宅した長女が、珍しく帰宅直後に入浴していました。長女は昨日、何をしてきたのでしょうか?
今日も晴れそうです。当方の日記によると既に2週間程度、宮崎は雨が降っていません。今日も暑くなりそうです。例年であれば、現在東日本方向へ行っている台風が九州に来て雨が降ります。雨が恋しくなっています。

2016年8月20日 (土)

伊勢原梨

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かめかめさんが伊勢原梨を送ってくださいました。品種は幸水、サイズは3Lで、生産者さんのお名前もありました。
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早速、今朝の朝食で頂いています。皮を剥くとこのような感じです。食べてみると、非常に水々しく、ほんのり甘く、とっても美味でした。妻は、「店頭にある梨とは甘味が違うね」と言っていました。普段、何事にも感動しない長女さえ、美味しいと言っていました。長男は未だ起床して来ません。
かめかめさん、ありがとうございました。やはり、持つべきものは友達です。ハイ。
 

2016年8月19日 (金)

近所の散策---立秋過ぎ5

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こちらもjogging中に見かけた風景です。sweet cornのようです。空に向かって髪の毛のような穂が出ています。この穂が雌花で、樹木の先端が雄花のようです。以前も、このブログでこの雄花と雌花のことを記載したような気がしますが、年齢的に直ぐに忘れてしまいます。

2016年8月18日 (木)

My favorite book series---ふぉん・しいほるとの娘下巻

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今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭の「ふぉん・しいほるとの娘下巻」です。本の帯には以下のように記載されています。

日本に残されたお稲は偉大な父・シーボルトを慕って同じ医学の道を志す。女の身で医者になることなど想像すらできなかった時代に、父の門下生を各地に訪ね産科医としての実力を身につけていくが、教えをうけていた石井宗謙におかされ、女児を身ごもってしまう……。激動の時代を背景に、数奇な運命のもとに生まれた女の起伏に富んだ生涯を雄渾の筆に描く吉川英治文学賞受賞の大作。

上巻、下巻合わせて約1300ページにも及ぶ大作なのですが、一気に読めてしまいます。お稲さんの行動範囲は、岡山、長崎、宇和島、東京と非常に広範囲となっています。当時の女性としては非常に行動範囲が広かったことでしょう。最後は医学、医療の進歩に取り残され医療を断念したようです。

その昔、当方にも愛媛勤務時代がありました。二宮敬作の卯之町や村田蔵六のいた宇和島をもっと散策しておけば良かったと思っています。

2016年8月17日 (水)

近所の散策---立秋過ぎ4

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こちらもjogging中に見かけたフヨウです。近所の歩道脇に開花していました。
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こちらも道路脇に開花していたフヨウです。薄いピンク色の花弁が綺麗です。

2016年8月16日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その8

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2016年7月1日から7月31日までjoggingで91Km走っています。今回の仮想乗車区間その1は、大村線彼杵駅から佐世保駅までJRで移動し、佐世保駅にて松浦鉄道西九州線に乗り換えたびら平戸口駅まで乗車したと仮想します。この間は71Km、5+26駅で通常各駅停車で159分(JR線では快速シーサイドライナーを使用)で走行するようです。料金は1990円だそうです。

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仮想乗車区間その2は同様にたびら平戸駅から松浦駅まで乗車したと仮定します。この間は16Km, 5駅で通常、24分で走行するようです。料金は530円だそうです。

合計87Km乗車したことにします。残は84Kmとなります。江戸時代海外交易は長崎のみに限定されていましたが、長崎に移される以前は平戸であったことはよく知られています。現在、その地図をみると九州本土に近く、孤立した島であったことが、平戸が選択された理由であることが良く判りますね。

2016年8月15日 (月)

近所の散策---立秋過ぎ3

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こちらもjogging中に見かけた風景です。早期水稲が倒れています。田一面全体の早期水稲が倒れているのです。敢えて倒したのかのようにも見えます。今年は天候が良好で早期水稲の収穫量が多く、値崩れを危惧して倒したのでしょうか。籾もついたまま倒れているのが分かります。

2016年8月14日 (日)

近所の散策---立秋の頃2

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こちらもjogging中に見かけた植物です。名称は不明です。何だかねぎぼうずのようにも見えますが、ねぎではないようです。面白かったので撮影してみました。
今朝も午前6時前には起床し約6Kmのjoggingへ出かけています。朝の時点では、それほど暑くはなかったのですが、8時半を過ぎ暑さを実感しています。
TVでは、女子団体卓球準々決勝をlive放送しています。8/11の休日では女子卓球シングルスで福原愛ちゃんの試合をみて、その日が終了しました。同じ時間帯だったと思います。今日は勝利が期待できそうです。
8/15追記、yhideさんから連絡がありました。瑠璃玉薊(るりたまあざみ)とのことです。

2016年8月13日 (土)

映画 ラヂオの時間

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今回は久しぶりにDVDを見てみました。三谷幸喜氏の「ラヂオの時間」です。作品は1997年のもので、当方のDVDラックの中で10年程度、眠っていたものです。ひょんなことから今回、鑑賞することになりました。アマゾンでは以下のように紹介されています。
人気脚本家三谷幸喜の初監督作品は、劇団東京サンシャインボーイズで自ら脚本を書いた舞台の映画化である。ラジオ・ドラマ放送中のスタジオという限られた空間で起きるさまざまな出来事を、笑いで包んだシチュエーション・ドラマ。
   鈴木京香が演じる主役のみや子は、ラジオドラマの脚本コンクールで自作が採用された。ところが、放送直前になって主演女優が役名に不満を言い始めたことから、スポンサーやほかの出演俳優も次々に注文をつけだす。プロデューサーやディレクターは唯々諾々とそれを受け入れ、シナリオはどんどん書き替えられていく。怒ったみや子はスタジオに立てこもるのだが…。三谷流作劇術を堪能できるとともに、多彩な脇役陣も楽しめる。特に警備員役、藤村俊二のひょうひょうとした演技は見る価値がある。
この映画で当方が最も感動したのはチャプター17「説得」でのプロヂューサー牛島(西村雅彦)の台詞です。「満足できるものなんか、そう簡単に作れるものではない。妥協して、妥協して自分を殺して作品を作り上げるのです。いつか満足できるものが出来るはずだ」この台詞の中の「もの」「作品」を「仕事」に換えてみると実感しますね。
三谷幸喜さんの映画の特徴ですが、そのテンポが速いことに好感が持てます。先ほどのシーンだけでも、こちらの映画を見る価値があります。三谷幸喜氏は、この映画を通してメッセージとして最も伝えたかったのが、このシーンだと思います。
 

2016年8月12日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅48

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前9時前には箱根峠付近に居ました。こちらは箱根峠から芦ノ湖方面を撮影したものです。

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箱根峠の三島側には、このような道路標識がありました。箱根峠の標高は846mと記載されています。写真は割愛しましたが、同じような道路標識では当日の気温が7℃と標示されていました。気温が一桁ですと、結構寒いのですが、歩行しているためでしょうかあまり寒かったという記憶は残っていません。

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箱根峠には、このような案内もありました、「やすらぎ半島、伊豆」「ようこそ三島市へ」「三嶋大社まで16.7Km」の文字が当方を迎えてくれます。

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箱根峠には、このような旧街道を案内する標示もありました。

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このような門となっています。現代風の平坦な石畳です。平坦な石畳は非常に歩きやすく良かったです。本当に凹凸のある石畳は歩いていて疲れるのです。

2016年8月11日 (木)

Running Shoes

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Running shoesを購入しました。現在、使用している運動靴の踵部分がかなり摩耗して来たからです。今回、購入したのはAsics製のJOG100(made in Cambodia), 25.5cmのものです。色は、white/navyを選択しました。おやじなので、まあ、無難な色を選択しています。というより、他の特殊な色のものに比しお値打ち感があるからです(アマゾンで\2654)。

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アマゾンの商品紹介には、「アシックスのランニングシューズ。ランニイングに必要な基本性能が、エントリーランナーの足元をやさしくサポート」とあります。そうです、この靴の選択理由の1つにソールの厚さ2cm,ヒールの高さ3.5cmがあります。膝、踵への負担を考え、厚いものを選択しました。また、ブランド紹介には、「アシックスは1949年に故鬼塚喜八郎氏が「スポーツを通じて青少年を健全に育成すること」を願って神戸で創業したブランド。
その名前は、紀元2世紀初めのローマの風刺作家ユベナリスの名文句、"Anima Sana In Corpore Sano"(健全なる精神は、健全なる身体にこそ宿るべし)の頭文字が由来となっています」とあります。そういえば、今から約半世紀前、中学校でバレーボールを始めた頃は、オニツカタイガーの運動靴を履いていました。いつの間にか、ブランド名が変更されたようです。

いつかのラジオで武田鉄矢さんが、「男はスニーカにこだわる」と言っていました。バックには財津和夫さんの「虹とスニーカーの頃」が流れていました。

当方は、殆どスニーカにはこだわっていません。最近は出不精で運土靴もアマゾンで購入するようになりました。現在、摩耗した運動靴もAsics製の25.5cmなので、通信販売でもサイズ的にも問題だろうと思っています。

山の日

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初めての山の日ということで、当方にとって一番身近な山といえば早期水稲の定点観測地点から見える山なので、朝、joggingの際、撮影してみました。稲は勿論、刈り取られて2週間程度が経過しています。いつもの山は、やはり、写真右方向へ山肌の露出が拡大しているような印象があります。今年3月に撮影した写真では右方向がやや切れているので十分な比較は困難です。
今朝は午前5時頃には目が覚めてしまい、午前6時頃から約6Kmのjoggingへ出かけています。写真は6時過ぎに撮影したものです。やや湿度が高い印象があります。
先週からお疲れモードに入っているので、今日はゆっくりと過ごします。
そうそう、海の日、山の日があるのだから、空の日、川の日、湖の日、平地の日、台地の日等も作って休日にして欲しいですね。
リオオリンピック卓球女子シングルス3位決定戦で福原愛ちゃんの試合が始まりました。TV応援します。

2016年8月10日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅47

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前8時半過ぎには箱根挟石坂を登坂しました。その直後の国道1号線添いにこのような案内がありました。「この峠(箱根峠)の付近に、伊豆相模両国境と標示した表示杭が立てれれていました。標示杭は、道の反対側にももう1つあって、小田原藩領と三島代官の支配する幕府領との境を示していました。このあたりの地名は、境木、往時の様子がしのばれます」とあります。三島は幕府の直轄領だったのですね。

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この案内近くに道の駅箱根峠がありました。目指しているのは箱根峠ですから、そちらに引き付けられるように歩いています。道の駅は開店前でしたので、トイレのみをお借りしています。境木を過ぎて道なりに進み、道の駅箱根峠があるので安心していましたが、道路標識には、「この先、芦ノ湖」とあります。「あれっ」と思い、写真左で作業している工事関係者に道を聞きました。すると、三島方面は逆方向とのことでした。

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そこで引き返すことにしました。道の駅箱根峠から歩いて来た方向を撮影したものです。
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約10分程度、歩くと本来の箱根峠に到着しました。道の駅箱根峠は、本来の箱根峠より芦ノ湖寄りにあったのでした。つまり、挟石坂を登りきり国道1号線に出た場所では、逆戻りするような方向が三島方面だったのでした。

今日の朝食

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今日の朝食は昨日、ten.Yさんから届いたパンです。パン教室で作ったもののようです。3つも頂戴しました。

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電子レンジでチンして、1つを頂戴しました。3つも頂戴して、ten,Yさんご自身が食するパンがあるのか妻と心配していました。あと2つは妻と長女が頂くことになりそうです。ten.Yさん、いつも、いつもありがとうございます。

2016年8月 9日 (火)

My favorite book seriese---ふぉん・しいほるとの娘上巻

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今回選択した本は、こちらです。吉村昭氏の「ふぉん・しいほるとの娘上巻」です。読書すべき本がなくなり書庫から取り出してきました。本の帯には以下のようにあります。

幕末の長崎で最新の西洋医学を教えて、神のごとく敬われたシーボルト。しかし彼は軍医として、鎖国のベールに閉ざされた日本の国情を探ることをオランダ政府から命じられていた。シーボルトは丸山遊廓の遊女・其扇を見初め、二人の間にお稲が生まれるが、その直後、日本地図の国外持ち出しなどの策謀が幕府の知るところとなり、厳しい詮議の末、シーボルトは追放されお稲は残される。吉川英治文学賞受賞作。

こちらの本を読書したのは12-13年前でしょうか。平成13年3月10日4刷との記載があります。かなり精神的に追い込まれていた頃です。文字の小さな文庫本で上巻のみで約600ページにも及ぶ長編ですが、一気に読めてしまいます。吉村昭氏の取材、記述には関心させられます。時代的には先日、読書した司馬遼太郎氏の「胡蝶の夢」より40-50年前のお話しとなります。西洋医学の伝承は、シーボルトーポンペと引き継がれて近代日本に享受されていったのでしょう。

2016年8月 8日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅46

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前8時半過ぎには箱根峠近くに居ました。風越坂を通過すると、何となく挟石坂に達しました。案内によると、当時の浮世絵では荒涼たる峠に描かれていたとのこと。
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昔、荒涼たる峠だったようですが、現在では写真のように鬱蒼たる木々で埋め尽くされていました。

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こちらは、挟石坂を示す石碑です。

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挟石坂は結構、きつい坂だったような印象があります。こちらは挟石坂を上り切った場所で、現在の国道との交流点となります。旧箱根街道と記載されている案内の後ろが当方が登坂して来た坂となります。

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案内には、「この先から約400mは、その(石畳の)面影を残しており、国の史跡に指定されていて、箱根関所への近道とんもなっています」とあります。

実際、通過してみると近道といえども、一人ではあまり通過したくない道です。率直な感想で申し訳ありません。

2016年8月 7日 (日)

近所の散策---立秋の頃1

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今日は立秋です。立秋といっても非常に蒸し暑いです。宮崎市は朝から比較的まとまった雨がありましたが、午前7時前から曇天となりました。今朝は午前5:30分頃に起床しましたが雨でrunningは無理と諦めていましたが、その後、雨が上がり午前6:30分頃から約5Kmのjoggingへ出かけています。シャワーを浴び、7:30分から朝食を頂きながらがっちりマンデーをを見ています。
こちらは当家のハイビスカスです。綺麗に開花していたので撮影しみました。TVではリオオリンピック競泳400m個人メドレーをライブ放送していました。萩野公介選手が金メダル獲得です。生中継で見ることができました。ただ、当方にとってリオ五輪も生中継で見る機会は多くはないはずです。お二人のメダルに花を添えましょう。

2016年8月 6日 (土)

再度トライ水耕栽培---チマサンチュ8

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前回、収穫したチマサンチュの今週末の状況です。収穫後ですが、まだまだ生長を継続しています。2回目の収穫も可能かもしれません。

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こぼれ種朝顔もようやく撮影可能な位置で開花してくれました。例年通りの青色の朝顔です。

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プランターの方では、今頃になって漸く芽を出した朝顔がいます。こちらは、当方が播種したものではなく、プランターの土に混入していた種がたまたま発芽したもののはずです。

朝の武田鉄矢さんのラジオで「人生も季節と一緒です。芽が出るときもあれば、開花するときもあります」という言葉が耳に残っています。こちらの遅咲きの朝顔の生長も追うことにしましょう。

さて、本日8/6は広島の原爆投下の日であり、リオオリンピック開催日でもあります。偶然の一致でしょうか。投下時間と開会式開始の時間がほぼ一致しています。今週は7/31から仕事が継続し疲労困憊しています。疲労回復の為にもjoggingへ出かけ、軽く運動をしたいのですが、朝から宮崎市は降雨で、現在、雷鳴も轟いています。リオオリンピックの開会式でもTVで見ましょうか。

2016年8月 5日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅45

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前8時半前には箱根町向坂付近に居ました。こちらは向坂と赤石坂の間となる旧街道です。現在の道路をcross underします。どうやら土壌が堆積してトンネル高が低くなってしまったようです。出口が見えるのですが怖がりながら、体を屈めて通過しました。

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トンネルを過ぎると、そこは赤石坂でした。案内板後半には、「道を下れば旧箱根宿の1つであった芦川の集落に、道を上がれば相模の国と伊豆の国を分ける箱根峠に達します」とあります。

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赤石坂は、この写真のようになっています。殆ど、獣道のようです。ここを通過するときは本当に心細かったです。

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すると直ぐに風越坂にたどり着けます。案内板後半には、「当時、石畳が敷かれた場所は坂道だけで、集落の中や平坦な所には、石畳が敷かれませんでした」とあります。

坂での転倒を考慮したものだったのでしょうか。それともケチッたのでしょうか。

2016年8月 4日 (木)

超高速!参勤交代

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今回は、こちらの本を選択しています。土橋章宏さんの「超高速!参勤交代」です。本の帯には以下のようにあります。

東北の湯長谷藩は、ある日お上から謂われのない難癖をつけられ、急遽5日以内に江戸へ参勤せよと命じられる。叛けばお取り潰し必定。―時間がない。財政難の小藩には費用も、行列を組む人手もない。心優しき藩主内藤政醇は知恵者の家老と共に策をこらす。妙案と頓智で難所を切り抜けていく殿と家臣の爽快劇!

「一路」より、こちらの方が断然、面白いです。一機に読書してしまいます。本の中には、色々と良い言葉がありました。以下に記載してみましょう。

「正しい行いをする者はど、道は暗い」(P172)、「弱くなければ、人の世を生きるとは随分とつまらぬものとなる」(P264)、「真の刃は小さくとも必ず刺さる」(P302)、「ないように見えても、光は必ずそこにある」(P322)。

今回の読書で初めて知ったことが2つあります。第一は、「下に、下に」といいながら大名行列が出来るのは徳川御三家のみであるということ。他は、「よけろ、よけろ」と言ったそうです。第二は、大名行列の前を横切ることはご法度ですが、産婆と飛脚は例外だったということです。この年齢になっても知らないことが沢山あります。

2016年8月 3日 (水)

近所の散策---大書過ぎ2

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こちらもjoggingに見かけたサルスベリの花です。もう開花していることに驚いたのですが、妻が言うには、「百日間、開花するはずだから、長期間、開花しているはず」とのことでした。今回、このブログを書くに当たり、サルスベリを変換すると百日紅となることを初めて知りました。

2016年8月 2日 (火)

近所の散策---大書過ぎ1

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こちらもjogging中に見かけた鉄砲ゆりです。当方が、ど根性鉄砲ゆりと勝手に命名しました。側溝の蓋の合間から生え出ているのです。すごい生命力ですね。
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こちらもjogging中に見かけたものです。レストランミルポアの後ろの傾斜面に沢山の白い鉄砲ゆりが開花していました。写真では、少々、判然としませんが白い花が全て鉄砲ゆりです。
 

2016年8月 1日 (月)

世界の果てまでイッテQのカレンダー---8月

Iq201608
世界の果てまでイッテQのカレンダー8月は、手越祐也さんの風船で作った海の世界です。イタリアで撮影されたようです。こちらのon airも見た記憶がありません。おそらく日曜日の夜、自宅近くの温泉へ行きサウナに入っていたことでしょう。

とうとう8月です。今年の長期予報では、南米沖のラニーニャ現象により9月まで暑いような報道をしていました。8/7が立秋ですが、秋とはほど遠い暑い8月になるはずです。

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