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2016年9月

2016年9月30日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅64

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2正午過ぎには箱根西坂三島市市ノ山新田付近に居ました。こちらには臼転坂があります。

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写真左が国道1号線で、旧街道は写真右の方向となります。勿論、クルマも通過せず、静な旧街道を歩きます。

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歩を進めて気が付いてみると、このような道標がありました。何気なく臼転坂を通過してしまったようです。臼転坂の写真撮影を失念しました。引き返すほどのことはないと考え三島方向へ進みます。

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午後12時半前には、三島市塚原新田付近まで移動しています。この地点からでも、三島宿までは遠かった印象が残っています。

2016年9月29日 (木)

北天の星---下巻

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今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭氏の「北天の星---下巻」です。本の帯には以下のように紹介されています。

逃亡の途中、左兵衛は飢えから腐敗した鯨を食べて落命。五郎治は一人残され、幾度も絶望しながらついには帰国する。運命に抗(あらが)い生き抜いた男を、史実に基づき圧倒的な筆力で書き上げた歴史ロマン。

北天の星の下巻では、五郎治はゴローニン少佐と交換されるような形で帰国することになります。そして、ロシアにて見て来た牛痘法を実施することになります。緒方洪庵他が種痘館を開設する約40年前のことです。日本の種痘法歴史に関しては吉村昭氏の得意分野のはずです。著書もいくつかあり、読書した記憶があります。

さて、ようやく日露関係史を勉強したので、本来の目的である司馬遼太郎氏の「菜の花の沖」を読書する準備が整いました。

またもや咲いたこぼれ種朝顔

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今朝、出勤前に当家の砂利から、こぼれ種朝顔が開花していることに気が付きました。

小さな朝顔です。根元から先端まで20cmあるか否かといったことろです。こんな朝顔ですが、開花すると心が和みます。

2016年9月28日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅63

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2正午頃には箱根西坂の三島市市ノ山新田手前に居ました。
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征夷大将軍足利尊氏公建立七面堂跡という石碑がありました。そうか、足利尊氏は征夷大将軍と再認識しています。

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直ぐに、市の山新田の道標に到着しています。こちらが題目坂というのでしょう。ガイドブックには、こちらの記載がありません。恐らく小時雨坂付近のことを言うのでしょうか?

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この付近で、少々、困惑しています。旧街道が判らないのです。道なりに進む選択肢と、右折する選択肢があります。結果的には道なりに歩いていった記憶があります。このように旅に出て、迷うことも思い出となります。ガイドさんに引率されていく旅行では味わえないものが経験できます。

2016年9月27日 (火)

地図帳

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こちらは当家の子供達が小さかった頃に使用していた地図帳です。帝国書院のもので、写真左が小学生用、右が中学生用のものです。
既に子供達が使用しなくなったので、当方の部屋にあります。小説を読みながら、こちらの地図帳で位置、場所を確認しています。妄想となりますが、地図をみるとイメージが広がっていきます。当方の読書の際の必須アイテムとなります。

2016年9月26日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅62

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前11時半過ぎには箱根西坂の三島市三ツ谷新田付近に居ました。

松雲寺には、明治天皇史蹟という石碑がありました。行幸された際に立ち寄られたのでしょうか?
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その近くには、名称は不明ですが、このような花が開花していました。綺麗なので撮影しています。
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三島方面へ歩を進めると、富士山ビューポイントという看板がありました。こちらから右折してアジサイロードへ入ると富士山が綺麗に見えるのでしょう。梅雨の時期に来れば、アジサイが開花していて綺麗なのでしょうね。
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この付近からは、このように遠く駿河湾、三島市内が望見できるのでした。雲がなかったら、もっと綺麗だったことでしょう。

2016年9月25日 (日)

近所の散策---白露過ぎ7

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こちらもjogging中に見かけた植物です。過成熟したピーマン、唐辛子?なんだか良く判りません。ただ、緑の中で、その赤色が非常に強い印象を与えていたので撮影しました。
さて、今日は朝6:00時頃に運動会の開催を知らせる花火?が上がりました。しかし、外は霧のような小雨が降っています。子供達には、良い天気のもとで運動会をさせてやりたかったと思います。当方もjoggingへ出かけることは諦めました。写真は昨日、撮影したものです。
昨日は、洗濯機と和室用照明を購入しに妻とエディオンへ行き、その後は自宅パソコンの音声再生ができないことに対応していました。ネットで対応策を検索したり、サウンドドライバーのダウンロードとinstallを試行したり、再起動をしてみたり(この再起動中にパソコンがfreezeするのです) とゴソゴソやっていました。
夕方となり、タスクバーの音声マークが「headphone」になっており、これを右クリックし、サウンドから再生タブで、スピーカーを選択することで音声再生が可能となりました。たったこれだけのとこでした。解決してしまえば簡単なことでした。ただ、updateの際に、このような設定変更はしていないので、なぜ、このようになったかは不明です。余計な時間を費やしてしまいました。

2016年9月24日 (土)

近所の散策---白露過ぎ6

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いつもの山です。久しぶりに稲の定点観測地点から撮影してみました。山頂も含めて樹木の伐採が進んでいるようです。植林だったのでしょうか。樹木が伐採されると、やはり、少々、寂しい気がします。田圃の方には草が生えています。
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今日は、小学生は登校日のようです。低学年と推定される子供達は首から水筒をぶらさげています。妻に聞くと、明日が運動会で、その準備が今日あるようです。明日の天気予報も晴れです。近くなので運動会を見物に行こうかとも思っています。
さて、昨日は帰宅後、自宅のノートパソコン(Windows 10 home)の電源を入れてその後、シャットダウンしています。職場の同僚に聞くと、Windows 10 homeのupdateがあり、やはり、その後の再構築に時間を要したようです(ちなみに当方の職場のPCはWindows 10 proです)。joggingへ出かけた後、再びPCの電源をonにして一晩、放置することにしました。というもの再構築に無線LANを使用した場合に約90分を要するとの旨を同僚から聞いていたからです。
深夜、起きてみると再構築途中でPCがfreezeしていました。本来はしてはいけないのですが、PCの電源on後、数時間が経過していたことから強制終了させまました。それでもfreezeが持続しました。PCの買い替えや専門店へ持参して回復させることも覚悟して、再度、強制終了して寝てしまいました。午前6時に起床してみると、どうやらPCが使用可能な状態となっていました。ただし、音が出なくなりました。
少し安心して1階へ下がると、先に起床していた妻から洗濯機が故障して、電源が入らないとのこと。納品書をみると約7年前に購入したもので5年保障も切れているようです。今日は、これから洗濯機の購入へエディオンへ行くことになりそうです。
ということで、今朝も6時頃には起床して朝食を頂き、7時半前から約3Kmのjoggingへ出かけています。その途中で本日、掲載した写真を撮影しています。色々と家電製品に振り回されています。
 

2016年9月23日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅61

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前11時半前には箱根西坂の三島市笹原新田付近に居ました。こちらが、旧街道にあった標識です。なかり傷んでいます。文字も判読が困難です。

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道標には笹原一里塚を示す刻印がありますが、どれが一里塚跡なのかは判りませんでした。

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さらに、三島方面へ歩を進めます。こわめし坂を示しています。

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こわめし坂は、別名下長坂とも呼ばれるようです。こわめし坂の由来は、「この辺りの坂があまりに長く、しかも急なので背負っていたお米が汗と熱でこわめしになった」とガイドブックに記載されています。こわめし坂は、写真のような坂となります。

2016年9月22日 (木)

北天の星---上巻

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今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭氏の「北天の星上巻」です。司馬遼太郎氏の「菜の花の沖」を読書する前の日露関係史を勉強するための読書です。アマゾンでは以下のように紹介されています。

鎖国令下、ロシア艦が蝦夷地に来襲。五郎治と左兵衛は、オホーツクへ連れ去られた。極寒の地で待ち受けていたのは、貧困と差別、そして言葉と文化の大きな壁であった。日本へ帰るため逃亡をくわだてるが、いまや故郷は遠い。容赦ない寒気と苦難の旅路が始まった 。大スケールの傑作歴史長編。

こちらの本にもラクスマン、レザノフ、フォストフ大尉、ダヴィドフ少尉候補生、大黒屋光太夫、高田屋嘉平等が登場します。ラクスマン親子は大黒屋光太夫の帰国に関連し、レザノフは通商を求めて長崎に寄港しますが、幕府に通商を拒否され激怒してシベリアへ帰国します。激怒したレザノフが派遣したのがフォストフ大尉、ダヴィドフ少尉候補生の乗船する船で、エトロフ島、国後島等を襲うことになります。今回の主人公である五郎治は、フォストフ大尉等に拉致されてシベリア行となってしまうのです。近世日露関係史では、ラクスマン親子、レザノフ、プチャーチンを把握しておけばよさそうです。

こちらの本も10年以上前に購入したもので、2000年4/15の第1刷となっています。新装版でかなり文字が大きいです。「そこまで大きくなくっても読める」と思うくらい活字が大きいです。巻頭にシベリア、北海道、北方4島の地図があり、非常に助かります。

Windows 10更新プログラム---どうにかならないか

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今日は祝日ですが日直で仕事場に出勤しています。朝8:20分頃には仕事場に入りPCの電源をonにしています。すると上のような表示がでました。Windows 10の更新プログラムがinstallされているようです。

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今回の更新プログラムは、user保護に役立つそうです。

しかし、PCの電源をonにしてから更新が終了しPCが使用可能となるまでに約1時間を要しました。本日、仕事場は休みのため時間的には余裕がありましたが、この更新の間、全く仕事になりません。

Windows Xpまではシャットダウン後に更新プログラムがinstallされ、PCへの再構築も終了していたはずです。そのため、次回、PCは直ぐに使用可能だったような記憶があります。

Windows 7以降、現在のような仕様になったと記憶していますが、以前のようなpatternに戻すことは技術的に不可能なのでしょうか?

2016年9月21日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅60

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前11時前には箱根西坂富士見平付近に居ました。こちらは、芭蕉の句碑となります。「霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き」とあるようです。この付近は天気が良い日には駿河湾と富士の雄姿が見える絶景の地だそうです。

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こちらは、振り返って写真撮影しています。通行不可であった旧街道が国道の向こうにあります。

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さらに国道1号線を三島方面へ歩きます。すると「SKY WALK」なる看板がありました。

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さらに歩くと、「三島SKY WALK 12月14日グランドオープン」とあります。ホームページによると日本最長富士を望む大吊橋とあります。駐車場にクルマがありましたが、グランドオープン前でもあり工事関係者だったのでしょうか。

当方は、一人でとぼとぼ旧東海道を歩いていますが、空を歩くとは何とロマンチックでしょう。

2016年9月20日 (火)

仮想日本鉄道の旅---その9

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2016年8月1日から8月31日までjoggingで101Km走っています。今回の仮想乗車区間は、松浦鉄道西九州線松浦駅から伊万里駅経由でJR筑前線博多駅まで乗車したことと仮定します。この間は108Km、12+26駅で通常各駅停車で165分で走行するようです。料金は2470円だそうです。残84Kmのうち7Kmを使用することにします。残は77Kmとなります。

この区間が実際に数年前に乗車したことがあります。九州1周切符というものがあり、JR線以外の私鉄にも乗車可能なものです。その際、博多に到着後は中州川端駅で降車して博多座で武田鉄矢さんのお芝居を観劇した記憶があります。

台風一過---すごく良い天気

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台風一過です。台風16号は本日午前3時頃には強烈な風雨でしたが、午前9時過ぎには青空が見え始めました。気温も上昇しているようです。正午過ぎには少々薄い雲がありますが天気は回復しています。長女の高校は昨日、早々と休校の連絡がありました。良い天気ですが。

2016年9月19日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅59

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前10時半過ぎには箱根西坂山中城跡付近に居ました。旧街道には箱根八里記念碑があり、司馬遼太郎氏の歌が刻んでありました。「幾億の足音が坂に積もり 吐く息が谷を埋める わが箱根にこそ」とあります。良い句なのでしょうね。

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ここでチョットしたハアプニングです。旧街道が工事中で通行不可となっていました。

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笹山山中バイパスを作っているようです。

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この辺りからは、遠く駿河湾が望見できるのでした。やや雲が掛かっていて残念でした。

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工事標識赤線が旧街道で通行止めの箇所です。青線が国道1号線となります。しばらくは、国道1号線を歩くことになりました。

近所の散策---白露過ぎ5

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当家の河津桜が狂い咲きをしていることをブログに記載しましたが、近所のジャカランダも開花していたので撮影して来ました。
今朝は6:10分頃に起床しています。当然、雨だろうと思い外を見ましたが雨が降ってはいませんでした。ということで約3Kmのjoggingへ出かけています。その途中にこのジャカランダが開花していることに気が付きました。シャワー後、朝食を頂き、8:30分頃にクルマでジャカランダの撮影に行っています。撮影直後から雨が降り出しました。luckyです。
さて、昨日は11時過ぎから日南坂元棚田に彼岸花が開花しているとのことで出発しましたが、途中の「もみじの里とむら」というドライブインに多数のクルマが駐車しているので、昼食を摂る目的で入りました。こちらの「とむら」は焼肉のたれで有名だそうです。
結局、こちらのドライブイン駐車場周囲の彼岸花をみて引き返しました。まあ、休日の過ごし方はこのようなものです。今日は台風の影響で雨のようです。適当に読書でもして過ごします。

2016年9月18日 (日)

近所の散策---白露過ぎ4

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こちらは当家の河津桜です。勘違いをして開花しています。他にも数輪の桜が開花していました。1年に2度、開花を楽しませて貰っていることになります。まるで、グリコのキャラメルのようです(一粒で二度おいしい)。古いですね。近くを散策して来ましたが染井吉野は開花していませんでした。
さて、今朝は少々、寝坊をして6:30分頃に起床しています。約6Kmのjoggingへ出かけています。午前6:30分頃には暗雲が空を覆っていましたが、以後、天候が回復し現在は雲はありますが、青空も見えています。さて、今日もどうするかな?

2016年9月17日 (土)

近所の散策---白露過ぎ3

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当家の彼岸花がお彼岸を前に開花しました。白い彼岸花です。
さて、今朝は当直明けで朝9:30分頃に帰宅しました。台風の影響で午後から雨の天気予報でしたので、帰宅後すぐに約3Kmのjoggingへ出かけています。以後、シャワーを浴びて彼岸花を撮影しました。一応、3連休となりますが、台風の影響で天気予報は芳しくはありません。生暖かい風が吹いています。この3連休に特に予定もありません。読書をしたり、PCの前で時間を過ごすことになりそうです。

2016年9月16日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅58

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前10時半頃には箱根西坂山中新田付近に居ました。宋閑寺には、
秀吉の小田原攻めの際に繰り広げられた山中城合戦で倒れた両軍の武将の墓があるようです。案内には、そのように記載されています。
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こちらが、そのお墓のようですが、どなたのお墓なのかは確認できませんでした。
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その先には、芝切地蔵を案内する立て札がありましたが、どこにそのお地蔵さんがいるのかは不明でした。どうやら、地蔵堂があり、その中にあったのでしょう。

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このような石畳の道を歩てきました。

2016年9月15日 (木)

間宮林蔵

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今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭氏の「間宮林蔵」です。こちらの本を読書するのも2回目となります。本の帯には、以下のような解説があります。

謎多き探検家の波瀾万丈の生涯を描く歴史長編。樺太は島なのか、大陸の一部なのか?世界地理上の謎であった同地を探検して島であることを確認し、間宮海峡を発見した間宮林蔵。その苦難の探検行をリアルに再現し、幕府隠密として生きた晩年までの知られざる生涯を描く。史実の闇に光をあてる長編傑作。

間宮林蔵と言えば、間宮海峡の発見で知られた人物であることは有名ですが、人生の後半は幕府隠密として活動していたのはあまり知られていません。今回も、日露関係史を知る目的で、こちらの本を読書しています。ゴローニン事件に関しても記載がありました。こちらの本は2002年4月30日第24刷のものです。

次に、もう1シリーズの本を読書してから、本来、読みたい司馬遼太郎「菜の花の沖」を読書することにします。

2016年9月14日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅57

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前10時半頃には三島市山中新田付近に居ました。こちらは、山中新田を示す標識です。三島宿まで二里一町(約5Km)との記載があります。実際、歩行した印象ではもっと遠かったように記憶しています。

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こちらの陸橋を使用して国道1号線を横切ります。標識には山中城跡と記載されているのが判ります。

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山中城跡の案内図です。写真下の小さな赤い場所が現在位置を示しています。

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案内には、以下のように記載されています。「史跡山中城は、小田原に本城をおいた後北条氏が、永禄年間(1560年代)に小田原防衛のために創築したものである。やがて、天正17年(1589年)豊臣秀吉の小田原攻めに備え、急ぎ西の丸や出丸の増築が始まり、翌年3月、豊臣軍に包囲され、約17倍の人数にわずか半日で落城したと伝えられる悲劇の山城である。この時の北条方の城主松田康長、副將間宮康俊の墓は今も三ノ丸跡の宗閑寺境内に苔むしている」とあります。

2016年9月13日 (火)

ふとん乾燥機

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新しい布団乾燥機を購入しました。三菱電機製AD-X50です。妻が使用している布団乾燥機(三菱電機製AD-U200)の作動が不安定となり復元ボタンを押す必要が出てきました。 フィルターの目詰まりかとも思いましたが、特に高価なものではありませんし、火を噴くと怖いので新規に購入した次第です。アマゾンで\6420程度だったような気がします。古い布団乾燥機は94年製で22年間も使用したことになります。当家では自慢できるものは殆どありませんが、布団乾燥機のみは家族の人数分備えてあります。冬は布団が温かくなっていて重宝します。

2016年9月12日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅56

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前10時半前には箱根西坂小枯坂を通過しています。何やら石碑のようなものがありました。全体像は、こちらの写真になります。

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石碑の右には、「雲助徳利の墓」と記載されています。

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墓には、盃と徳利が彫られていました。ガイドブックによると、「終生、酒を愛した雲助の頭の死を悼んで仲間や土地の人によって建てられた」とありました。

周囲の人々から、余程、愛された雲助さんだったのでしょうね。

2016年9月11日 (日)

近所の散策---白露過ぎ2

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当家の彼岸花が順調に生長しているようです。最近、「何か芽が出ている植物があるな-」と感じていましたが、彼岸花だと判りました。
彼岸花に限らず、その季節を迎えると毎年、必ず開花する植物って、本当に凄いと思います。

やっぱり壊れたXF-1

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2015年3月に購入した当方のFujifilm XF-1がやっぱり壊れました。撮影中、露出がoverするようになったのです。いわゆる、白飛びの写真となってしまうのです。しばらくすると液晶には以下のように表示されるようになりました。
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「レンズ制御エラー」の表示です。約2000shotを終了した時点でやっぱり壊れました。こちらのXF-1については、電源投入方法がギミック方式となっており、故障が多発することはネット上で有名です。故障の危惧がありましたので購入時に5年保障に加入していました。昨日、修理に出しましたが、約2-3週間を要するようです。しかも、故障したのが、先日の第3次旧東海道徒歩の旅での一番の絶景地点である薩埵峠(さった)での故障となりました。故障することが有名でしたので、予備のデジカメを持参しており大きな支障はありませんでした。
 
さて、昨夜は緊急の携帯電話で2度、起こされました。まあ、仕事柄電話で起こされるのは慣れてはいます。そんなに、寝不足感はありません。それでも今朝、起床したのは午前6:30分頃でいつもよりは遅くなっています。朝食後、いつものように約3Kmのjoggingに出かけシャワーを浴びています。本を発注して現在となります。今日もゆっくりと過ごします。

2016年9月10日 (土)

近所の散策---白露過ぎ1

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こちらもjogging中に見かけたオニヨメではなくオニユリだと思います。朝の太陽の光を受けて開花しようとしていました。なかなか光と影を一枚の写真で表現するのは困難です。
 
さて、今朝も午前5:30分頃には起床し朝食を頂きました。錦織圭くんのテニスの試合を観戦しようかと思ったのですが、TVの見方に不案内で観戦することを諦め、いつものようにjoggingへ出かけています(当方宅もケーブルテレビがあり衛星放送も含めて見ることが可能なはずなのですが、その方法がよく判らないのです)。そのjogging中に、こちらの花を見つけたのです。
妻は、結婚式で神戸へ行き、博多経由で明日、帰宅予定のようです。当初、妻から結婚式の話を聞いたときには、妻が新たに結婚するのかと思い、おおいに喜んだのですが親戚の結婚式でした。さあ、オニに居ぬまに洗濯することにしましょう。

2016年9月 9日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅55

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前10時過ぎには箱根西坂・大枯木坂付近に到着していました。すると、このような案内がありました。「埋もれていた一本杉石橋」とあります。案内前半には以下のようにあります。「願合寺地域では一本杉石橋と村上石橋の2ケ所の石橋が発見されました。江戸時代の古絵図によれば箱根旧街道西坂には9ケ所の石橋があったとされていますが、長い年月の間に地中に埋もれてしまい、その場所はわかりませんでした」とあります。
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こちらは、案内板にあった一本杉石橋のイメージ図です。このような石橋があったようです。

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石橋の下部構造は、このようになっているようです。

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こちらは、恐らく平成7年度に行った発掘調査時の写真のようです。

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案内の後半には以下のように記載がありました。「一本杉石橋は長さ約160cm、幅約60cm、厚さ約35cmの板状の石が6枚、旧街道を横切るよう斜め方向に敷き並べられ、板石を頂部としてアーチ状に掛けられています」とあります。

また、旧箱根街道では初めての石橋発見とも記載されています。今となっては小さな石橋ですが、当時、石橋を造設するのはその重量から大変だったでしょうね。

2016年9月 8日 (木)

大黒屋光太夫---下巻

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今回は、こちらの本を選択しています。吉村明氏の「大黒屋光太夫下巻」です。本の帯には以下のようにあります。
 
光太夫は、ペテルブルグへの苦難の旅路をへて、女帝エカテリナに謁見。日本との通商を求めるロシアの政策転換で、帰国への道も開かれた。改宗した二人を除く光太夫、磯吉、小市は、使節ラクスマンに伴われて、十年ぶりの帰還を果たすが、小市は途中、蝦夷地で病に倒れる。――鎖国日本から広大なロシアの地に漂泊した光太夫らの足跡を、新史料を駆使して活写する漂流記小説の最高峰。
下巻では、ペテルスブルグからオホーツクを経て日本へ帰国し、故郷に帰るまでが記載されています。幕府では事情聴取がなされ、日露関係が緊迫している中、ロシアから帰国しその国の事情を知っている光太夫らは重宝されます。ロシアも日本人漂流民を、日本語学校の教師として帰化させる方針を取っていましたが、帰国させることで通商条約締結の野望を持っていたようです。両国の狡猾さが伺えます。まあ、歴史って、そんなものです。
 

2016年9月 7日 (水)

八重洲ブックセンター

八重洲ブックセンター
羽田空港へ移動する前に、こちら本屋さん内を散策します。生暖かい風が吹いています。開店まで少々、待機します。

上野東京ライン

上野東京ライン
沼津駅から東京駅までは、上野東京ライン普通列車グリーン車に乗車しました。7時32分沼津駅発宇都宮行きです。今回、上野東京ラインが沼津駅から乗車出来ることを初めて知りました。約2時間、車窓を楽しみます。今回の旅では、移動日の今日のみが雨と成りました。天候に恵まれ予定以上の行程が達成出来ました。

今回のホテル

今回のホテル
今回宿泊したホテルは、三交イン沼津駅前です。707号室に宿泊しました。

2016年9月 6日 (火)

静岡駅

静岡駅
12時過ぎに静岡駅に到着しました。予定以上に行程が進みました。沼津へ戻ります。

第3次東海道徒歩の旅---その4

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第3次東海道徒歩の旅の四日目は、由比宿から薩た峠(さったとおげ、薩堆峠)を通過し江尻宿までの約13Kmの歩行を予定しています。江尻とは清水のことです。帰路を考えてJR清水駅付近で歩行を止めるかもしれません。今回の歩行区間で唯一、気がかりなのが薩た峠です。登坂がかなりきついかもしれません。標高90mとのことですが、旧東海道難所の1つのようです。

清水駅

清水駅
本来、予備日なのですが晴れているので清水駅から静岡駅まで歩いてみます。約10Kmのはずです。

2016年9月 5日 (月)

興津駅

興津駅
さった峠を過ぎ、興津駅で休憩中です。天気が保ちそうなので、江尻(清水)まで向こうかと考えています。

さった峠

さった峠
さった峠の頂上へ到着しました。雲で富士山は見えません。

由比駅

由比駅
由比駅に到着しました。これから本日第の難所のさった峠へ向います。

由比宿

由比宿
由比宿本陣の馬の水呑み場には、多数の亀がいました。

第3次東海道徒歩の旅---その3

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第3次東海道徒歩の旅三日目は、吉原宿から由比宿までの約15Kmを予定しています。新幹線がほぼ直線で通過しているのに対して、この間の旧東海道は図のように迂回しています。何か理由があるのでしょうか?歩いてみると理由が判るかもしれません。

蒲原駅

蒲原駅
本日の難所である富士川駅と蒲原駅間を無事通過しました。駅構内でしばらく休憩です。

出発

出発
午後からの天候が心配なので、ホテルでの朝食も取らず早めに出発しました。東名高速道路を潜り抜けました。

2016年9月 4日 (日)

富士川駅

富士川駅
雨どころか、暑すぎて今日の行程を終了することにしました。沼津駅へ戻ります。

富士川

富士川
富士川を渡ります。大きな川です。

平家越

平家越
富士川の合戦で、水鳥の音に平家が逃げ出した場所が、こちらだそうです。

左富士神社

左富士神社
吉原宿左富士神社を通過しました。

第3次東海道徒歩の旅---その2

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第3次東海道徒歩の旅二日目は、沼津宿から吉原宿までを歩く予定です。この間は約18Kmとなります。ベースキャンプを置いている沼津のホテルへの復路を考えると、吉原駅で歩行を中断しホテルへ戻っているかもしれません。平坦な道を予想しています。

原駅

原駅
天候が心配ですが、とりあえず原駅を出発します。伊豆半島上空には雨雲があるようです。

2016年9月 3日 (土)

原駅

原駅
本来、沼津までの予定でしたが、明日以降の天候が怪しいので原駅まで足を延ばしました。予約しているホテルのある沼津まで戻ります。

三島駅

三島駅
一駅のみですが、三島広小路駅まで伊豆箱根鉄道線に乗車してみます。

品川駅

品川駅
飛行機の到着が遅延し、特急踊り子109号に乗車出来ませんでした。新幹線ひかり469号で三島駅へ向います。

第3次東海道徒歩の旅---その1

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夏季休暇を利用して旧東海道徒歩の旅を再開することにしました。初日は空路羽田空港へ移動します。その後、電車を利用して前回到着地の三島まで移動することになります。

JR三島駅から三島市本町付近への移動には伊豆箱根鉄道駿豆線を利用し三島広小路駅で降車しているかもしれません。1駅のみですが乗車したことのない路線ですので。

その後、沼津まで約6Kmを徒歩で移動する予定です。

JR三島駅までは、品川駅10:38分特急踊り子109号修善寺行に乗車できると良いのですが。新幹線は利用する予定はありません。普通列車でも可ですが、乗り継ぎが多いのです。特急に乗車し車窓を楽しみながら、少々、早い昼食を採っているかもしれません。三島到着は正午過ぎと推定しています。

追記)ここに来て、台風12号が接近して来ました。9/3の飛行機は飛ぶと思いますが、降雨他にて日程が大きく変化するかもしれません。その場合には、臨機応変に対応しようと思います。現在のことろ、9/4(日)、9/5(月)の天候が心配です。

東京へ

東京へ
7時55分発JAL688便に搭乗し東京へ飛びます。搭乗予定機材はBOEING737のはずです。台風12号の動向が懸念されます。

2016年9月 2日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅54

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午前10時前には箱根西坂(箱根峠を介して三島側、小田原側を箱根東坂というそうです)の石原坂付近に居ました。兜石を過ぎて直ぐに、明治天皇御小休跡という石碑がありました。明治天皇が休憩されたのでしょう。

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その直ぐ近くには、念仏石という案内板がありました。旅の行き倒れを宗閑寺で供養した記載があります。

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こちらが、念仏石の全体像です。どこかに「南無阿弥陀仏・宗閑寺」と刻印されているようですが、よく分かりませんでした。

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さらに三島方面へ約10分程度、歩を進めると三島宿8.7Kmの案内がありました。写真では小さくて、判然としませんね。この付近を山中新田というのでしょうか。

約9Kmですが、この後、結構、距離があったと記憶しています。

2016年9月 1日 (木)

世界の果てまでイッテQのカレンダー---9月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー9月は、デヴィ夫人の人生初の波乗りです。アメリカ・ハワイで撮影されたようです。こちらのon airは見たような記憶がありますが、内容までは覚えていません。あまり、印象に残らなかったのでしょう。

さて、とうとう9月です。今年の夏、九州地方は雨が少なく非常に暑い夏となりました。日中は暑くて外出する気も起りませんでした。9月も暑い日々が続きそうです。それもお彼岸までの辛抱だと思い、頑張ることにしましょう。

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