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2016年10月

2016年10月31日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅1

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/3午前7時過ぎの宮崎空港前の写真です。台風12号の影響で雲が出ています。空気は変に湿気を持っていたように記憶しています。

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今回東京まで飛ぶのに使用した便は、JAL688便宮崎発7:50分でした。朝、一番の飛行機は宮崎発7:35分なのですが、羽田空港混雑を回避するためとの理由で、20分程度遅い便に搭乗しても、羽田到着の時間はあまり変わらないと考えました。
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こちらが今回、搭乗した飛行機です。恐らく、BOEING737-800だったと思います。勿論、普通席へ搭乗しました。

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羽田空港到着はやや遅延した記憶があります。コンビニでガラケーのSUICAをchargeしてから京急線で品川駅へ向かいます。10:01分発の青砥行に乗車しました。予定としては、品川駅10:38分発踊り子109号修善寺行きに乗車するはずでした。しかし、かなり時間が押していることにお気づき頂けると思います。

2016年10月30日 (日)

近所の散策---霜降過ぎ2

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当家の河津桜が勘違い開花を続けています。
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自宅近くの永田交差点付近ではひまわりが満開状態です。
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少々、ズームアップで撮影してみました。1週間、時期が遅かったのかもしれません。
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クルマで場所を移動します。2-3分程度の距離です。コスモスの中にひまわりが開花しています。
季節がいつなのか混乱してしまいます。今朝は午前5時過ぎには目が覚めてしまい、自室で少々、読書をしていました。それから朝食です。がっちりマンデーを見て、8時頃から妻を連れてひまわり、コスモスを見に行っています。30分程度で帰宅しました。今日は天気が良いです。これからjoggingにでも出かけましょう。

2016年10月29日 (土)

Halloween 2016

Halloween2016
今年もHalloweenが来ました。当家にも19時半頃に子供達がやってくるようです。当家の子供達は既にHalloweenは卒業していますが、当地区で依頼されて小さな子供達がやってくるようです。少子化のためか子供達が減少して当地区では今年が最後になるようです。妻は沢山、お菓子を買って来たことでしょう。子供達が喜ぶ顔が楽しみです。どんな仮装をしてくるのでしょうか。

近所の散策---霜降過ぎ1

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今年は10/23が二十四節気の霜降だったようです。大分、時期が経過してしまいました。
今朝も午前6時前には起床し朝食を頂き、6:30分過ぎから約6Kmのjoggingへ出かかています。jogging中に見かけた黄色い花です。周囲はまだ薄暗く、空は曇天です。
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花の下には、このような実も成熟していました。おそらくマメ科の植物なのでしょう。
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こちらは当方のjogging courseの一部です。午前7時頃に撮影したものです。直線courseが約数百m続きます。クルマがいないときは歩道を走るより車道路側帯を走る方が道が平坦で走り易いのです。空はやや明るくなっていますが、やはり、曇天です。先週末が2日とも雨だったことを考えると曇天でも雨がないようが好都合です。
明日は予定がありませんが、今日は少々、予定があります。チョットだけactiveに行動することになりそうです。
10/31追記、yhideさんからクロタラリアとの御指摘を受けました。

2016年10月28日 (金)

のぼうの城---DVD

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「のぼうの城」のDVDを購入しました。レンタル落ちですので\600+送料\350=\950程度です。アマゾンから購入しました。同様の内容を記載した風野真知雄作「水の城---いまだ落城せず」を以前、読んだことがあります。今回、なんとなくこちらの映画が見たくなり、レンタルビデオ屋さんへ行くのが面倒くさいので購入しました。いまだ、鑑賞する予定はありません。「水の城」を読書してからの鑑賞になるかもしれません。

2016年10月27日 (木)

菜の花の沖---第4巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎の「菜の花の沖第4巻」です。本の帯には以下のように解説があります。

エトロフ島は好漁場であったが、すさまじい潮流が行く手を妨げ、未開のままだった。しかし幕府は北辺の防備を固めるため、ここに航路を確立する必要を痛感して、この重要で困難な仕事を嘉兵衛に委ねた。彼の成功は、蝦夷人にも幕府にも大きな利益をもたらすであろう。が、すでにロシアがすぐとなりのウルップ島まで来ていた。

この巻でも気になった箇所を抜粋してみましょう。「アジア人の多くは、頭の一部を剃るのである。(中略) 古来、漢民族のみが、それをしなかった。(中略) 満州にいた半農半牧の非漢民族によって征服王朝(清朝)を樹(た)てられているために、その俗に倣わされて、頭の鉢のぐるりを剃りこぼって一部を残し、長い辮髪を垂らすという歴史はじまって以来のふしぎな風俗を強制されている」(p36)。江戸時代の丁髷、月代(さかやき)もこの一種ですね。さらに、「幕府の官制として「番」と「役」がある。番は番方ともいう。武官のことである。「番をする」ということは武器をとって主君のそばにつねにひかえているちう意味なのである。これに対し、「役」または「役方」というのは、文官のことである」(p239)ともあります。なるほどです。

2016年10月26日 (水)

100円ショップ

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長女の送迎の間に、One coin shopに行ってきました。購入したのはUSB LEDライトと充電式ニッケル水素電池(単三型)です。LEDライトは自宅ノートPCの手元を明るくするため、電池は仕事場の無線マウスに使用するのが目的です。電池は役に立つと思いますが、LEDライトは果たして役に立つのでしょうか。甚だ疑問が残ります。でも、これらが各100円で購入できるってことが凄いことですよね。

2016年10月25日 (火)

名入りボールペン

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名入りボールペンを購入しました。写真の青の部分に名前が彫ってあります。ボールペンは三菱鉛筆のJETSTREAM(4色+鉛筆)です。インクの減りは速いのですが、その書き味が気に入っています。替え芯も入手可能です。今回、2本のボールペンを発注しました。妻と当方用です。妻には非常に安価なものですが、誕生日のプレゼント用としています。最近、業務ではPC入力が主となりましたが、ボールペンを使用する機会はまだまだあります。アマゾンで\900程度でした。でも、自腹でボールペンを購入するのは何年ぶりだろう。

2016年10月24日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅74

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後2時頃には三島駅に到着しています。こちらはJR三島駅の駅舎となります。

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その西側に伊豆箱根鉄道の三島駅があります。こちらの内部もチョット、散策してみました。

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JR三島駅内にそば うどん爽亭という店舗がありました。小田原駅まで乗車する東海道本線上りの列車まで時間がありましたので、少々、遅い昼食としました。
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12/2の昼食はたぬきそばとなりました。既に昼食の多忙な時間帯は過ぎ店内は混んではいませんでした。おそばのお味の方はあまり記憶に残っていません。この後、三島14:29分発熱海行の普通列車に乗車し、熱海で乗り継ぎをして小田原駅へ戻っています。ホテルには16時には戻っていますが、左下腿ふくらはぎ付近が赤く腫れていました。写真も撮影しているのですが、スネ毛が生えあまり綺麗なものではないので掲載は止めておきます。写真で見ても結構、腫れています。

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今朝、仕事場に到着時の写真です。週末2日間、降雨だったためでしょうか朝からひどい靄が出ています。視界は300m程度でしょうか。普通期作の稲が倒れている先に道路があるのですが、それも見えません。勿論、その先の山々も見えません。

2016年10月23日 (日)

Post

Post
今朝も雨です。このためjoggingに出かけることはできません。まあ、天気予報から想定されていたことではあります。
そこで、外の空気を吸う目的で傘を刺して近くのポストまで葉書を投函しに来ました。送付先は横浜市内のある病院です。高校時代のクラブの先輩が入院されているのです。送付するようになって約3年が経過したでしょうか。
今朝は午前5:30分頃に起床し、朝食時に昨夜放送され録画していたNHK「ブラタモリ」を妻と見ていました。その後、いつものように「がっちりマンデー」を見ています。本来、ブラタモリは生放送を見るのですが、昨夜は久しぶりにサウナに行っていたため見れなかったためです。
今日も雨の天気予報です。さて、どうしましょう。まあ、あまり大したことは何もしないのですが。

2016年10月22日 (土)

近所の散策---寒露の頃5

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こちらもjogging中に見かけた植物です。何やら実のように見えます。そのsizeは3cm程度でした。緑の中に赤色が印象的なので撮影してみました。一体、何なのでしょうか。
今朝は雨が降っています。週末の今日、明日とも南九州は大雨の予報です。特に、本日の午前中は雷鳴を伴う大雨の予報です。このため、joggingには出かけられず、上の写真は過日、撮影したものを流用しています。
さて、先週は季節の変わり目で、今季、初めて風邪をひきました。10/17,10/18が最もしんどかったです。特に高熱が出ることもなかったのですが、喉が痛く、少々、咳がありました。十分に睡眠をとり木曜日頃にはほぼ体調は復しています。
漸く1週間が終了した週末ですが天候が優れません。どうしましょう。
10/24追記、yhideさんから御指摘を頂きました。ローゼルとのことです。フヨウ属のようです。そういえば当方の近所にはフヨウ系の花が咲いていました。

2016年10月21日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅73

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後2時前には三島市本町付近から三島駅方面へ歩いています。すると、このような天然記念物名勝楽寿園の石碑がありました。楽寿園は、昔の皇族の別邸だったようです。

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引いて、楽寿園入口の全体像を撮影すると、このような感じとなります。

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楽寿園入口の前には、愛染院跡の熔岩塚というものがありました。愛染院とは楽寿園近くにあったお寺さんで、現在では廃寺となっているようです。こちらの熔岩は、富士山から約40Km流下して来たものだそうです。
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石碑の後ろにある岩が熔岩塚とのことです。当方にとっては、ただの丸い石にしか見えません。

2016年10月20日 (木)

菜の花の沖---第3巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「菜の花の沖第3巻」です。本の帯には以下のように記載されています。

蝦夷地の主・松前藩は、アイヌの人びとを酷使して豊富な海産物を独占していたが、この内実を他に知られるのを恐れ、北辺にせまる大国ロシアの足音を聞きながら、それをも隠し続けた。漸くにして嘉兵衛が巨船を作り上げ、憧れのかの地を踏んだころから、情勢は意外な展開をみせ始めた。幕府が東蝦夷地の経営に乗り出したのだ。

少々、気になった箇所を抜粋してみましょう。「英国の税関では、フランスからの樽廻船がやってくると、木の槌で樽をたたきながら、数を数え、課税した。やがて船の大きさが、樽を何樽積めるかということで測られるようになったのは、日本における石と似ている。税関吏が樽をたたくと、tangという音がする。(中略)やがて、その擬音語が、tonになったといわれる」(p65)。

新造が若妻のことを呼ぶことは知っていましたが、「江戸の場合、直参の旗本の夫人を奥様とよび、御家人の夫人を新造さまと呼ぶ」(p70)とのことです。

また、「東北地方では、鰊(にしん)を、カドとよんでいた。ニシンよりもカドの方が古語といえる。カドのはらごのことを、東北ではカドノコとよんでいて、やがて一般化された。鰊をニシンとよいうのは、アイヌ語である。(中略)はらごにだけは古語のカズノコの語が残った」(p90)とのことです。

なかなか、勉強になります。さて、この巻では嘉兵衛は辰悦丸を手に入れ蝦夷地に向かうことになります。さて、つづきは?

ことろで、蝦夷松前藩の蝦夷経営は全く消極的で非道なものであったことがこの本を読書することで初めて知りました。

2016年10月19日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅72

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後1時半過ぎには三嶋大社付近に居ました。三嶋大社の案内には以下のような記載があります。「本州に唯一、フィリピン海プレート上に位置する伊豆半島は、かつては南洋にあった火山島や海底火山の集まりでした。この海底火山群は、プレートとともに北上し、本州に衝突して半島になりました。約60万年前の出来事です。伊豆半島では、現在も火山活動や地殻変動が続いており、これによって豊かな温泉や湧水などの恵み、変化に富んだ地形をもつ魅力的な半島が形作られています」

なるほどですね。だから伊豆半島には伊東、伊豆、熱海等の温泉があり、丹那トンネルからの湧水があるのでしょうね。

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さらに西に向かい歩を進めます。世古本陣址の石碑がありました。こちらは三島市本町近くとなります。
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周囲は、このようは繁華街となっています。第2次旧東海道徒歩の旅は、こちらまでとしています。第3次徒歩の旅では、この地点から再出発の予定です。三島駅方向へ歩くことにしました。
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すると本町のバス停がありました。沼津登山東海バス、富士急シティバス、伊豆箱根鉄道の共通バス停のようです。

今日の朝食

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今日の朝食はten.Yさんから頂戴したパンです。なかにはソウセージが入っていました。写真のように目が付いていてチョット、食べるのに気が引けそうでした。

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こちらは、中央ヨーロッパ旅行のお土産です。フォアグラの缶詰のようです。ten.Yさんによると、フランスよりもハンガリーの方が有名なのだそうです。高級食材ですが、庶民には食べ方が良く判りません。


2016年10月18日 (火)

仮想日本鉄道の旅---その10

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2016年9月1日から9月30日までjoggingで74Km走っています。今回の仮想乗車区間は、JR鹿児島本線博多駅から山陽本線下関駅まで乗車したことと仮定します。この間は79Km、15+1駅で通常各駅停車で112分で走行するようです。料金は1470円だそうです。残77Kmのうち5Kmを使用することにします。残は72Kmとなります。

9月は、9/3から9/7まで旧東海道徒歩の旅に出ていたり、台風、秋雨前線の影響でjogging距離が伸びていない印象です。まあ、こんな時もあります。

博多駅から下関駅までも普通列車(逆方向となりますが)で乗車したことがあります。数年前に東京から宮崎まで青春18きっぷを用いて2泊3日で戻ってきた時に乗車しています。そうそう、博多ー小倉駅間は九州一周の旅の際にも乗車しました。両方とも楽しい旅の思い出です。

2016年10月17日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅71

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後1時過ぎには三島市伝馬町付近にいました。三嶋暦師の館を案内する看板を見かけました。三島暦とは室町時代から明治時代まで伊豆、相模国で使用された暦のようです。今回は既に歩行に疲労しているので寄ってみることはしませんでした。

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こちらが旧東海道にあった旧伝馬町を示す道標です。

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さらに西方向へ歩を進めると三嶋大社がありました。戦前は三島大社といい、戦後は三嶋大社というようです。三嶋とは御島で、伊豆諸島を意味するようです。源頼朝が崇拝したことでも有名ですね。

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こちらが本殿への表参道になるのでしょうか。本殿までに距離がありそうなので、同様にpassしています。

2016年10月16日 (日)

近所の散策---寒露の頃4

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こちらもjogging中に見かけた植物です。勿論、名称は知りません。昨日のjogging中に見かけたものです。小さな小さな花で直径は7mm程度だったと思います。
さて、昨日夕方から宮崎は比較的まとまった雨が降っています。今朝も霧雨のような雨が降っておりjoggingへ出かけることは出来ません。
今朝は少々、朝寝坊して7:00頃に起床しています。非常に冷え込み、昨日から長袖のシャツと長いG-パンを履いています。ここ2,3日に急激に冷え込んで少々、喉が不調でのど飴を舐めています。風邪のひき始めのようです。夕方にはサウナに行って体調を整えることにしましょう。
今日は午後3時から路線バスの旅(宮崎青島ー長崎グラバー園)が放送予定です。比較的気に入っている番組ですので、こちらを楽しみにしています。
10/21追記、yhideさんから御指摘を頂きました。唐綿でした。yhideさん、凄い。ありがとう。
 

2016年10月15日 (土)

近所の散策---寒露の頃3

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こちらも今朝のjogging中に見かけたものです。急に気温が低下して街路樹の染井吉野が開花していました。もう少しzoomして撮影したかったのですが、focusが合わずこのような写真となっています。
今朝も午前6時頃には起床し朝食を頂き、約3Kmのjoggingへ出かけています。今季、初めて長いsweat pantsを着用しました。上着は半そでです。今週に入り急激に気温が低下し、本日の最高気温の予想は22℃でした。しかも、天気は崩れる予報です。
土日はあまり良い天気は期待できません。読書、PCの前で過ごすことになりそうです。

2016年10月14日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅70

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後1時過ぎには今井坂を下り、三島市新町橋付近に居ました。今井坂は写真撮影することなく、何となく通過してしまいました。こちらの新町橋は三島市眺望地点のようです。

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案内には以下のようにあります。「三嶋宿の出入り口として多くの旅人がこの橋を渡っていました。快晴の日には、ここからすばらしい富士山の姿が見えることで知られていて、浮世絵の安藤広重もこの辺りから見た雪景色の富士山を東海道五十三次三島狂歌入り佐野喜版に描いています」とあります。

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本来であれば、この浮世絵のようは富士の姿が見えるはずでした。

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当日は、当方に恥ずかしがって、富士山は雲でお隠れになっていたのでした。またの機会に期待することにします。

2016年10月13日 (木)

菜の花の沖---第2巻

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今回はこちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「菜の花の沖第2巻」です。本の帯には以下のように記載されています。

海産物の宝庫である蝦夷地からの商品の需要はかぎりなくあった。そこへは千石積の巨船が日本海の荒波を蹴たてて往き来している。海運の花形であるこの北前船には莫大な金がかかり、船頭にすぎぬ嘉兵衛の手の届くものではない。が、彼はようやく一艘の船を得た、永年の夢をとげるには、あまりに小さく、古船でありすぎたが…。

第2巻では色々と勉強になることがありました。「---琴平の金毘羅大権現もある。サンスクリット語でクンビーラとは、鰐のことだという。インドのこのような古代信仰が、どういう経路で日本にきたかについては、よくわからない」(p41)、「オランダ船の帆は、主としてインド産の黄麻の繊維(線維をジュートとよぶ)を太撚り糸にし、平織で織ったものである。この帆布を、duckという。ただし、オランダ語ではdoekといい、日本人にはズックときこえた」(p80)、「鰹も干物にされた。この魚肉は干せば固くなるため、古くは堅魚(かたうお)とよび、やがてカツオという音に変化した。後世、生魚を鰹と言い、干したものを鰹干し(鰹節)とよんで分けたが、---」(p100)。

とあります。金毘羅はサンスクリット語であり、ズックは帆布が起源であり、鰹節も鰹干しから由来しているようです。勉強になりますね。

2016年10月12日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅69

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後1時過ぎには三島市愛宕坂付近に到着しています。旧街道沿いにあった案内板を撮影しました。これから東海道本線を横切るようです。

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やはり、友人のことを思い、「今井坂」という文字は大きく撮影してみようと思いました。

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こちらは東海道本線東京側を踏切上から撮影したものです。勿論、三島側も撮影しているのですが、ここでは割愛します。

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こちらは、旧東海道踏切というようです。写真右が東京側、写真左が三島側です。写真左の道路が旧東海道となります。これから、今井坂を下るのでした。

2016年10月11日 (火)

Cheap Casio

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Webを見ていてチープカシオなる腕時計があることを知りました。いわゆるホームセンターで販売されている廉価な腕時計です。アマゾンで見ていると、青い文字盤が綺麗だったこちらの腕時計をお遊びで購入してみました。 型番は、CASIOスタンダード MTP-1239DJ-2AJFです。梱包されている箱からプラスチック製で安直です。箱には、日常生活防水、精度平均月差±20秒、質量95gとあります。チョットした説明書もありますが殆ど読む必要はありません。アマゾンの評価では、「お値段以上の品質」とありました。写真では判りませんが、実際、触れてみるとやはりCheap感は否めません。 希望小売価格は\3240ですが、実売価格は\1800前後です。まあ、御愛嬌の日常時計としてはQaurtzでもあり十分なはずです(既に所持しているSEIKOの自動巻き腕時計より正確なはず)。

2016年10月10日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅68

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後1時前には三島市谷田付近に居ました。道標には「谷田」と彫られています。写真左にはやや小さく「松並木」とも記載されています。

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今までは国道1号線に沿って旧街道がありましたが、この付近で分岐するようです。その案内が。こちらの写真のようあります。非常に助かります。

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旧東海道は、このような石畳でした。この程度の凹凸でも下肢に応えます。

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こちらの案内には「川原ケ谷 箱根旧街道入口」と彫ってあるようです。

油屋旅館備中高梁

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かめかめさんからの写真です。岡山県方面へ旅行中でしょうか? 岡山県高梁市にある油屋旅館の写真を送って頂きました。チョット、調べてみると油屋旅館は何やら由緒正しき旅館のようです。案内によると、与謝野鉄幹夫妻、獅子文六、黒澤明監督、山田洋二監督も宿泊されたようです。当方も、一度、宿泊してみたいものです。

そうそう、備中高梁といえば江戸時代に備中松山藩の財政を立て直した人がいました。知恵泉で紹介していた人物でしたが、誰だったかな。そうそう、山田方谷でした。

2016年10月 9日 (日)

近所の散策---寒露の頃2

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今日は天気予報通りに朝から雨が降っています。朝一番に玄関外に出て雨を確認した際に、真っ先に目に飛び込んで来たのがこちらの玄関横のハイビスカスです。花弁には水滴が付着しています。
さて、昨日はパソコンが起動したのが9時過ぎでした。それからブログを書いています。その後、最近、パソコンの挙動が変なことからWindows 10 home 64ビット インストールメディアを作成することにしました。一応、仕事場からDVD-R(4.7G)用メディアを持ちかえっていました。
Web上で読んだ記事に従いながら(DVD-R一枚で可とありました)作業を進めていました。同時に自宅点検も実施しています(まあ、業者の人がするのですが)。すると、4.7G以上の容量となっていました。慌ててDVD-R DL(8.5G)を購入すべくホームセンター、家電量販店に行きました。帰宅時には点検は終了していました。このDVD-R DLへの書き込みにも結構、時間を要しています。ほぼ、一日中、パソコンの前に居たことになります。
昨日、宮崎は暑く、ほぼ一日中、エアコンを使用していました。今日は雨で気温が上がらず、過ごしやすいものと期待しています。

2016年10月 8日 (土)

近所の散策---寒露の頃1

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こちらもjogging中に撮影した紫色の小さな花です。名称は知りません。朝日を浴びて可憐に開花していたので撮影してみました。
さて、今朝はやや寝坊をして6:30分頃に起床しています。朝食を頂き、午後から天気が崩れる予報でしたので7:10分頃から約6Kmのjoggingへ出かけています。
今日が二十四節気の寒露のはずです。寒露とは、露が冷気により凍りそうなころとあります。しかし今朝の宮崎は、10月の午前7時というのに、その日差しが強く、気温も高そうで、蒸し暑いです。10/10からは急激に冷え込みような予報ですので、暑さを実感するのも今日、明日までであることを期待します。
今朝は、パソコンの起動に約1時間を要しました。強制終了を2回実施してようやく、使用可能となりました。updateがあると、最近はパソコンの挙動がおかしくなります。これもイライラの原因となります。まあ、気を取り直すことにしましょう。
10時からは、築後20年目の自宅の点検があります。どこそこ傷んでいると思います。3連休ではありませんが、連休となり、色々と自宅ですべき事柄に処理する予定です。
10/10追記、yhideさんからコメントを頂戴しました。デュランタだそうです。別名、タイワンレンギョウともいうそうです。

2016年10月 7日 (金)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅67

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後12時半過ぎには箱根西坂錦田一里塚に到着しました。案内板には、江戸日本橋から28里(112Km)の地点にあると記載されています。よく112Kmも歩いて来たものだと思いましたが、未だ旧東海道の約1/4程度しか歩いていないのです。

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足元にも三島宿まえ約2Kmを示す新しい石碑がありました。

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こちらが、一里塚となります。柵に囲まれています。

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国道1号線が一里塚間に走っています。写真右側白いガードレール向こうに対側の一里塚が残っています。

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一里塚を過ぎても、しばらくこのような松並木が続くのでした。

2016年10月 6日 (木)

菜の花の沖---第1巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「菜の花の沖第1巻」です。こちらの本を選択したのは、朝の武田鉄矢氏のラジオで紹介していたからです。主人公は、高田屋嘉兵衛です。ということで、日露関係史を勉強するために、吉村昭氏の「大黒屋光太夫」、「間宮林蔵」、「北天の星」を読書して来ました。これらの本の中にも、高田屋嘉兵衛は登場します。本の帯には、以下のように紹介されています。

江戸後期、淡路島の貧家に生れた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起し、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく…。沸騰する商品経済を内包しつつも頑なに国をとざし続ける日本と、南下する大国ロシアとのはざまで数奇な運命を生き抜いた快男児の生涯を雄大な構想で描く。

第1巻は、嘉平衛が淡路島都志に生まれてから兵庫に出るまでの物語です。今回初めて知りましたが、この時代には若衆宿(組)制度というのがあったようです。まあ、現代の地域青年団のようなものでしょうか。この自治制度に反すると生活ができなかったようです。その刑罰として村八分があったようです。こちらも初めて知りましたが、八分とは二分差し引いたものだそうです。二分とは、葬儀と火事を意味する説があるようです(本文p144)。つまり、葬儀と火事以外の場合はお付き合いをしないということだそうです。勉強になりました。

2016年10月 5日 (水)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅66

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。12/2午後12時半過ぎには箱根西坂初音ケ原石畳歩道付近に到着しています。こちらの案内板がありましたが、判読するのは困難なくらいに塗装が剥げています。

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石畳遊歩道は、このようになっています。松並木もあり風情があります。比較的表面が平坦な石畳ですが、疲労が蓄積している足には負担がかかります。

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こちらは、旧街道の景観重要道路となっているようです。確かに旧街道の面影が漂っていますね。

2016年10月 4日 (火)

デジカメXF-1修理報告書

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修理に出していたFujifilm XF-1が修理を完了して戻ってきました。9/10にカメラのキラムラ南宮崎店に持参し、9/27に修理完了の電話を頂き、10/1に回収して来ました。
修理報告書には、「レンズ内部の電気的接続不具合により症状に至っておりましたので、レンズユニットの調整修理を実施いたしました」とあります。
この機種は、電源onがレンズ部のギミック構造となっており、接続部位の脆弱性の指摘はWeb上でも有名です。修理完了ですが、いつまた故障するのか少々、不安が残ります。

2016年10月 3日 (月)

旅の思い出---第2次旧東海道徒歩の旅65

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2015年11月から12月にかけて有給休暇を利用して強行した第2次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。三島市塚原新田付近で国道1号線と旧街道が交差します。その交差する地点に箱根路を示す石碑がありました。写真右が国道1号線で旧街道は写真左となります。

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石碑の横には、「箱根路の碑 昭和43年8月」と彫ってあります。
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三島方向へ進むと伊豆フルーツパークという施設がありました。ちょっと、寄ってみたい気もしましたが国道1号線を横切る必要があり、また、クルマの往来も多く断念しました。こちらの施設は果物狩りができるようです。

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さらに三島方面に歩を進めると東海バスの富士見ヶ丘バス停がありました。本来であれば、富士山が良く見える場所なのでしょう。写真のように降雨はありませんが、雲が垂れ込めて富士山を見ることはできませんでした。

2016年10月 2日 (日)

近所の散策---秋分過ぎ1

2016
こちらもjogging中に見かけたものです。何やら柑橘系の果実が成熟しつつあります。昨日、jogging中に撮影したものです。
今朝も6:30分頃には起床し朝食を頂きました。8時過ぎからjoggingに出かけようと着替えていると雨が降ってきてjoggingに出ることを取りやめました。天気予報は晴れまたは曇天ですが、なぜか雨が降っています。
天候が悪ければ、それなりに休日を過ごそうと思っています。

2016年10月 1日 (土)

現在の気温

現在の気温
クルマに付いた気温計では、現在、35℃です。暑い!

世界の果てまでイッテQのカレンダー---10月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー10月は、「地球に最も近づくスーパームーン」です。フィンランドで撮影されたようです。こちらのon airは見たような記憶があります。クレーンでイモトアヤコさんを吊り上げての撮影だったと記憶しています。なかなか大変な撮影だったような印象が残っています。登山といい、このような撮影といい、本当にイモトアヤコさんは大変だと思います。
さて、とうとう10月です。お彼岸も過ぎ、暑かった今年の夏が懐かしく思えるような気候になっていることでしょう。読書の秋、食欲の秋、どのような秋を迎えることでしょうか。
 
10/1追記、宮崎の本日予想最高気温は32℃と報じられています。午前10時過ぎで既に暑いです。

10月のはず

Photo
今朝7時頃に撮影した近所の様子です。青空が広がっています。すでに7時頃から日差しが強く、気温も上昇しています。蒸し暑いです。台風の影響でしょうか。今日から10月のはずです。今日も暑い一日になりそうです。

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