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2016年11月10日 (木)

菜の花の沖---第5巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎の「菜の花の沖第5巻」です。
本の帯には、以下のように記載されています。

ロシアは、その東部の寒冷地帯の運営を円滑にするために、日本に食糧の供給を求めた。が、幕府が交易を拒絶したことから、報復の連鎖反応が始まった。ロシア船が北方の日本の漁場を襲撃すれば、幕府も千島で測量中のロシア海軍少佐を捕縛する。商人にすぎない嘉兵衛の未来にも、両国の軋轢が次第に重くのしかかってくる…。

この本でも、少々、気になった箇所を抜き書きしてみましょう。

日本でいう切支丹は、厳密には一時代の歴史的産物で、そのカトリックではない(p220)。

「プロテスタントと切支丹(カトリック)は違う」という認識から江戸幕府はオランダのみに長崎商館を置かせた(p369)

この2つの文章は矛盾するのですが、まあ、オランダがプロテスタン国で許容されたということとでしょう。

さらに驚いたのが、シャナ事件で捕虜となった大平治五平が記載した「私残記」が中公文庫(アマゾンで入手可能なよう)にあったこと、ゴローニンが記載した日本幽囚記(岩波文庫は旧字体、講談社学術文庫は現代調)が岩波文庫に収められていたことを知りました。

この巻で最も感銘したのは、シャナ事件他で略奪行為をしたフヴォストフ(フォストフ)大尉、ダヴィドフ少尉の身分の件です。吉村昭氏の本では、つまびらかにされていませんでした。なぜ、海軍軍人が略奪行為をしたのかが当方には理解できなかったのです。

この巻p285で背景が理解できます。この二人の現役軍人は、毛皮を扱っていた露米会社(オランダや英国の東インド会社という理解でも可か?)という半官半民会社に雇われていたのです。当時のロシアには商船勤務をする船乗りが少なく、現役の海軍軍人を雇っていたのです。しかもこの露米会社を主催しているのがレザノフ(皇帝の侍従)であり、大株主がロシア皇帝なのです。対外的に見れば露米会社=ロシア海軍と見なされても仕方がないと思います。長崎で鎖国を理由に、素っ気ない返事しか得られなかったレザノフが激怒して、この二人の軍人に日本攻撃をレザノフが指示したのです。まあ、雇い主で皇帝の侍従だったレザノフの命令であれば二人の軍人は、それに従わざるを得ないでしょうね。このような記載があり当方の1つの疑問が氷解しました。当時のロシア国内の状況も理解でき、なかなか面白いと思いました。

 

 

                                                              

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