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2017年1月 4日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅24

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午前9時過ぎには天文堀付近に到着していました。案内には以下のようにあります。「三新田(大町、桧、田中)の80ヘクタールに及ぶ水田を生田の水害から守った天文堀は、大野新田の高橋勇吉(1806-1866)が天保7年(1836)から嘉永3年(1850)の14年間の歳月を費やして完成した排水用の掘割である。(中略) また、勇吉は自分の田畑や財産などを売り払って工事費にあてたといわれ、勇吉が天文の知識や土木技術に優れていたことからこの掘割のことを人々は天文堀と呼んだ」とあります。
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こちらが、その案内の全体像です。そして、

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こちらが、その石碑となります。増田平四朗といい、どの時代にも偉い人が居たことが分かります。

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さらに数分、西方向へ歩を進めると毘沙門天との記載がありました。今回、ブログを書くにあたり調べてみると毘沙門天は武神であり、こちらの毘沙門天とは妙法寺のことのようです。

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階段を登っていくと、鳥居があり、その先に妙法寺の本殿があるようです。あれっ、お寺さんに鳥居があるのでしょうか? 今回、ブログを記載するに当たり疑問が生じました。神仏分離がなされていないのでしょうか?

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