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2017年2月

2017年2月28日 (火)

Bodybrush

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入浴時に使用するbodybrushを購入しました。勿論、温泉へ行くときにも持参します。この20年近く、このようなbrushで体を洗っています。
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最近のお気に入りは、株式会社オーエさんの「バスメイトボディブラシ曲柄ハード」という商品です。本体はヒノキ、ブラシは豚毛のもので豚毛は硬いものを選択しています。
古い人間ですので、こちらのブラシで体をゴシゴシ洗わないと入浴した気になれません。ナイロンタオルで体を洗うよりは、ましかと考えています。使用可能な期間は、約2-3年でしょうか。アマゾンで\2400程度でした。

2017年2月27日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅46

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午後2時過ぎには富士市岩渕付近にいました。こちらは常夜燈となります。燈には秋葉山と彫られています。火事を懸念してのことでしょうか。

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常夜燈を過ぎ旧東海道を進むと民家の軒下に、このような案内がありました。蒲原宿に向かうには道路を右方向へ進むようです。ただ、この日は写真でもお分かり頂けるように非常に暑く、9/4の行程をここで終了することにしました。37876

富士川郵便局前を通過し、JR富士川駅を目指します。

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JR富士川駅前には、富士川駅入口という交差点があります。この陸橋を登り駅へと向かいます。
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陸橋の上から歩いて来た道路を撮影しています。道路は下り坂となっています。かすかに富士川郵便局が判ります。

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こちらがJR富士川駅となります。恐らく14:10分発三島行の普通列車に乗車し沼津駅には30分程度で到着していました。15時頃にはホテルに到着し疲れを癒していたはずです。

2017年2月26日 (日)

宮崎空港

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先ほど、宮崎空港へ行って来ました。1階ロビーには、侍ジャパン宮崎合宿の展示がされています。今日までです。
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イチロー選手、宮崎県出身の青木選手の過去のユニフォームも展示されています。
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吹き抜け部分には、侍ジャパン、箱根駅伝で優勝した青山学院大学陸上部の垂れ幕もあります。
昨日は、侍ジャパンの強化試合がありサンマリンスタジアム付近の銀行やスーパーマーケットの駐車場は満車状態でした。宮崎にお金が落ちるのは良いことですが、マナーの遵守をお願いしたいですね。国道220号線も運動公園近くのランプでは交通規制があり下車不可でした。まあ、今日までなので我慢しましょう。

2017年2月25日 (土)

近所の散策---雨水の頃1

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今年は2/20が雨水だったようです。寒さも峠を越える時期のようです。今朝も午前6:30分頃には起床しています。朝食を頂き、午前8時前から約6Kmのjoggingへ出かけています。土筆の状態を見に近くの土手まで走っていきましたが、未だ出ていませんでした。稲の定点観測地点で田圃の状態を見てみました。田圃はトラクターで整地されているようです。
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道路沿いの畑には、豆科の植物が白い花を咲かせていました。
今朝も良い天気になりました。自宅近くではWBC侍ジャパンがキャンプを実施しており、市内は混雑しそうです。妻は居ますが、当方は、これから自宅内の家事をすることになりそうです。

2017年2月24日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅45

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午後2時頃には富士市岩淵付近に居ました。だんだんと一里塚が近づいてきました。こちらが東側の一里塚のはずです。

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一里塚を示す古そうな石碑がありました。横には昭和45年9月富士川町と記載されています。

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史跡岩渕の一里塚の案内には以下のように記載があります。「この一里塚は江戸日本橋から37里目にある。この地は、岩淵村と中之郷村の村境で、付近には岩渕名産栗の粉餅を売る茶店が立ち並んでいた。また東側の塚の榎は虫害のため昭和42年枯死してしまった。そこで昭和45年3月、二代目を植えたものである」

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こちらが、旧東海道を示す案内となります。次の宿場は蒲原宿となります。

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こちらが西側の一里塚のはずです。写真右方向から歩いて来たことになります。写真左方向へと歩を進めます。

2017年2月23日 (木)

国盗り物語---第3巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「国盗り物語第3巻」です。

本の帯には以下のように紹介されています。

美濃を征服した斉藤道三は義理の子義竜の反乱に倒れたが、自らの天下統一の夢を女婿織田信長に託していた。今川義元を奇襲して鋭鋒を示した信長は、義父道三の仇を打つべく、賢臣木下藤吉郎、竹中半兵衛の智略を得て美濃を攻略した。上洛を志す信長はさらに畿内制覇の準備工作を進めてゆく…。信長の革命的戦術と人間操縦、その強烈な野性を、智将明智光秀を配して描く怒涛編。

こちらの本を読んで初めて知ったころがあります。信長といえは、桶狭間の合戦で勝利し全戦全勝のimageがありますが、事実は全く異なっているようです。美濃への侵攻でも非常に苦労をして負け戦の方が多かったようです。命からがら単身で城へ逃げ戻っているようです。テレビなどでは全戦勝利しているように思いがちですが、実際は異なるようです。

また、光秀と信長は因縁の関係であったことも知りました。信長の正室お濃姫は斉藤道三の正室の娘ですが、道三の正室は小見の方といい光秀の叔母にあたります。お濃姫は、信長に輿入れする前には、光秀への輿入れの話もあったようです。まあ、人間、色々とあります。

2017年2月22日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅44

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午後1時半過ぎには富士川添いの河岸段丘にいました。こちらは一里塚を示す案内です。河岸段丘を登りきり南方向(川下流方向)へ向かいます。

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この付近は岩淵という地名のようです。道路側溝蓋には「東海道ルネッサンス岩淵」とありました。

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更に歩を進めます。すると「西條少将小休」とあります。ガイドブックによると小休本陣だった常盤家住宅主屋とあります。この西條少将とは誰なのでしょうか。旅をしている時は、西郷隆盛のことかと思っていましたが---。

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こちらが、その門の全体像です。誰もいなく、中を拝見する雰囲気はありませんでした。

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さらに歩を進めると道路先に何やら1本、樹木があることに気が付きました。恐らく一里塚なのでしょう。河岸段丘を登りきり結構、疲れていたことを記憶しています。

2017年2月21日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その14

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2017年1月1日から1月31日までjoggingで104Km走っています。今回の仮想乗車区間は、JR山陰本線宍道駅から倉吉駅まで乗車したことと仮定します。この間は99Km、21駅で通常各駅停車で168分(快速アクアライナー)で走行するようです。料金は1660円だそうです。残は37Kmとなります。

前回の条件で、宍道駅に15:12分に到着すると、宍道駅15:17分発米子駅16:18分着の列車に乗車することが可能です。さらに、米子駅16:50分発倉吉駅18:05分着となります。旅行となればこの倉吉で宿泊となることでしょう。

この付近で知ってる地名は、松江、安来、米子、大山くらいです。約25年ほど前、大阪勤務時代に友人のクルマで大山まで行ったことがありますが、後部座席に座っていたのであまり印象には残っていません。

2017年2月20日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅43

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午後1時半過ぎには富士川付近に居ました。富士川橋を渡った後、川の上流方向へ歩を進めます。
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すると、このような一里塚を示す案内がありました。後に気づいたのですが、恐らく細い道を見落として川上流側へ行き過ぎた印象が残っています。

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川添いからこの写真のように細い道路を登っていくことになります。


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こちらの写真で表現できているか否かは不明ですが、そうです。こちらはタモリさんの好きな河岸段丘となっているのです。今まさに河岸段丘を登っていることになります。

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河岸段丘を登って富士川橋をやや俯瞰した写真です。広い川幅に立派な橋梁が掛けてあることが判りますね。少々、しんどい思いをして登ってきたのですが、橋からこの辺りまで近道があったようです。

2017年2月19日 (日)

近所の散策---立春の頃3

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近所のお宅の木蓮の蕾です。春が近づくにつれ少しづつ成長しているようです。これから、どんどんその蕾が大きくなることでしょう。
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今朝も午前6時半頃には起床し、朝食を頂き、がっちりマンデーを見てから約3Kmのjoggingへ出かけています。毎年、観察に行く土手に土筆が出ていないかと見に行きました。土筆はまだだったようです。稲の定点観測地点にも寄ってみました。田圃は整地されているようですが、勿論、未だ水も入っていません。
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近くのヒマラヤ桜もほぼ葉桜となっています。
 
妻は朝の飛行機で出発して行きました。これから、雑用をしようかと思っています。

2017年2月18日 (土)

今週の河津桜2017---その4

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当家の今週の河津桜の状況です。定点観測していた株は葉桜となってしまいました。どうやら開花してしまった後の株をズーッと観測していたようです。葉桜のみでは寂しいので、満開状態の河津桜を撮影しましょう。
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下を向いて開花しているので蹲踞して撮影しています。満開の時期を少々、過ぎたようです。久しぶりにKonia Minolta Dimage A200を取り出して撮影してみました。
今朝も午前7時前には起床し、朝食後、約6Kmのjggingへ出かけています。先週初めとは打って変わって温かい朝となりました。妻が風邪で体調を崩しています。インフルエンザではないようです。これから家事をすることになりそうです。

2017年2月17日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅42

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午後2時過ぎには富士川付近に居ました。こちらが、富士川の看板です。恐らく1級河川のはずです。

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富士川にかかる富士川橋のはずです。写真右側に歩道があるので、こちらを歩くことにします(左側には歩道がありませんでした)。

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富士川橋から上流方向を撮影したものです。こちら方向に渡船場があったはずですが、その面影は勿論、残っていません。遠く東名高速道路があります。川幅がかなりあることがお分かりいただけると思います。
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富士川下流方向を撮影したものです。見えているのは東海道本線富士川橋梁のはずです。

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富士川橋を渡り切りました。今回、このブログを書くにあたり調べてみると、橋長は399m、完成は大正13年とのことです。綺麗な橋でした。

2017年2月16日 (木)

バレンタインチョコ

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バレンタインデーに今年も義理チョコを頂戴しました。有名なROYCEのチョコです。生チョコのようです。オーレ味なのでしょうか。


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中身は、このようになっています。1階部署から頂戴したものです。

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2つめもROYCEの生チョコです。「山崎」との記載があります。ウイスキーが含有されているのでしょうか。

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こちらの中身も生チョコなので同様です。こちらは1階別部署から頂戴したものです。

ここで少々、疑問があります。生チョコの定義は何なのでしょうか。こちらをご参照下さい。

偶然、同じ会社の生チョコになったようです。職場の女性職員さんたちには、色々と気を遣って頂き恐縮です。ハイ。

2017年2月15日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅41

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午後1時過ぎには富士市水神社に居ました。水神社内には、このような富士山道なる道標もありました。

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案内板には、この道標に関して以下のような案内がありました。「富士山禅定(登山)を目指す道者のための道しるべである。西国から来た道者は、富士川を渡った後、水神社の東方で東海道を左に折れ、富士山本宮浅間大社や村山浅間神社に向かったといわれる。以前、この碑は、その分岐点の所にあった」

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このような絵と案内もありました。「真白に雪を被った富士山、悠久の流れの富士川。赤い鳥居と見ごりの樹木に覆われた水神社。江戸時代の水神社周辺の美しい景観が描かれている」(東街便覧図略より)

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そして、この神社の境内には常夜灯もあるのでした。江戸時代、東海道を行き来する旅人も目にしたことでしょう。
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境内を出て旧街道沿いから水神社を撮影すると、このようになります。鳥居、常夜灯、燈籠等があるのが判ります。水神社に別れを告げて街道を西に進むことにします。

2017年2月14日 (火)

スペイン土産

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先週、お土産を頂戴しました。一足早いバレンタインデイだと勝手に解釈しています。ten.Y
さんがスペインへ旅行されていたようです。お土産はオリーブオイルとプリンゲルの生ハム味のポテトチップスです。こちらの生ハム味のポテトチップスは日本では未発売とのことです。ビール、いや少々、見栄を張っていました、発泡酒のお供に最適です。
当方も一度、スペインへ旅行してみたいと思っています。ガウディーのサクラダファミリアを見てみたいのです。でも、写真の方が綺麗なのかもしれません。
ten.Yさん、いつもいつもありがとうございます。また、旅行の際には宜しくお願いします。

2017年2月13日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅40

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午後1時前には富士川手前まで来ています。こちらは、恐らく歩道橋の上から富士川方向を撮影したものです。今、見てみると富士川鉄橋らしきものが道路の先に撮影されています。写真右のコンビニで飲料を購入し、トイレをお借りした記憶があります。

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15分程度、西方向に歩くと、「水神の森と富士川渡船場」の案内がありました。

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水神社の正面となります。正式な名称は松岡水神社とガイドブックには記載されています。

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こちらが、水神社正面の鳥居となります。

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境内に入ってみると、富士川渡船場跡なる石碑がありました。富士川は街道一の急流といわれ、東岸には当時、3つの渡船場が設けられ川瀬の状況で使い分けられたようです。

今朝の気温

今朝の気温

今朝も冷え込みました。クルマに付いている気温計は-3℃を示しています。
今朝の気温

夜勤者のクルマも日陰の西方向に向いているので、フロントガラスや写真のように凍結しています。

今朝も勿論、腰にカイロを貼付しての出勤です。

2017年2月12日 (日)

近所の散策---立春の頃2

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近所のヒマラヤ桜です。先週がほぼ満開状態でした。今日は既に葉が出始めています。桜としては少々、気が早いようです。早く開花する品種もあれば、長く蕾で過ごし他に遅れて開花するものもあるのです。 これから染井吉野、八重桜も楽しめます。
さて、今朝は午前6時半過ぎに起床し、朝食を頂き、いつものようにがっちりマンデーを見てから約6Kmのjoggingへ出かけています。その際にこちらの写真を撮影しています。
妻と長女は二人で外出して行きました。当方は一人自宅にいます。いつもの休日のように読書したり、PCの前で過ごすことになりそうです。

2017年2月11日 (土)

今週の河津桜2017---その3

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当家にある河津桜の今週の状況です。追跡している株は、このような感じで少々、生長しているようです。写真背景にあるように、
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他の株は多数、開花しているのです。8分咲きといったことろでしょうか。
今朝は少々、寝坊をして午前7時前に起床しています。妻が起床してこないので、少な目の朝食を取り、約3Kmのjoggingへ出かけています。
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今朝も昨日に引き続き非常に冷え込んでいます。宮崎では昨日、初雪を観測したと報道していました。この地域では西風が(一般には霧島降ろしと言いますが)、吹くと冷え込むのです。風の影響で近くのパチンコ屋さんの駐輪場の自転車も倒れていました。
今日も冷え込んでいるので、自宅でじっとしている予定です。

2017年2月10日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅39

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4正午過ぎにはJR身延線柚木駅に到着していました。こちらでトイレをお借りしようかと思いましたが改札外にはトイレがなく、通過したのを覚えています。
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さらに西方向に進むと、こちらの交差点となります。ここでまたもやlost boyとなってしまいました。旧東海道は写真中央やや右方向となるのです。右方向へ進み、直ぐに写真左にある旧国道1号線に戻るのが本来のコースとなるようです。ガイドブックに、このような記載があるのですが、当日は、この記載を見落としたようです。

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道を間違えて進んだので交差点の名称を撮影しておくことにしました。

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結果的に、橋下交差点まで戻り、旧国道1号線を歩むことにしました。

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橋下交差点には、このような道標と常夜灯がありました。案内には、「秋葉山常夜灯は慶応元年(1865)に建てられ、総高143cmある。その傍らには「左東海道」と刻まれた道標が置かれている」とありました。

2017年2月 9日 (木)

国盗り物語---第2巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「国盗り物語第2巻 斎藤道三後編」です。本の帯には以下のように書かれています。
気運が来るまで気長く待ちつつ準備する者が智者。気運が来るや、それをつかんでひと息に駆けあがる者が英雄。―それが庄九郎の信念であった。そして庄九郎こそ、智者であり英雄だった。内紛と侵略に明け暮れる美濃ノ国には英雄の出現は翹望する気運が満ちていた。“蝮”の異名にふさわしく、周到に執拗に自らの勢力を拡大し、ついに美濃の太守となった斎藤道三の生涯。
その表題通り、斎藤道三中心に物語は進行していきます。斎藤道三は文武両道で、権謀術数にも長じた良い意味でも悪い意味でも英雄なのでしょう。ただ、この道三も「義」と「信」は自分に課していたようです(p203)。いくら戦国時代でも、義と信がなれれば他人はついてこないことでしょう。
さて、第3巻かはら信長が登場します。

2017年2月 8日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅38

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4正午頃には富士市平垣本町付近にいました。旧東海道の旅では、メルクマークともなるべき建物も撮影しています。旧東海道沿いにあったフジホワイトホテルです。今回のブログを記載するにあたり、その住所を確認できるのです。こちらのホテルは合宿等で使用されるホテルのようです。

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ホテル近くには「札の辻跡」の案内がありました。

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案内の上面には、「ここで旧東海道が富士早川からの用水路にかかる橋を、今でも札の辻橋という。このあたりにかつて平垣村の高札場があった」と記載されています。

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そういえば、小さな橋があるようにも見えます。

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さらに旧東海道を西に進みます。するとコミバス富士見高前なるバス停がありました。「これはアタックNo.1の鮎原こずえが通学していた高校とおなじじゃん」なんて思いながら通過するのでした。

2017年2月 7日 (火)

近所の散策---立春の頃1

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こちらは、当家の小さな庭に植樹されているカメリアファイアーダンスという椿です。今年も大きな花を咲かせています。大きいものでは直径15cm程度もあるでしょうか。
当家では、ロゼフローラ、カメリアファイアーダンス、河津桜の順に開花するのです。

2017年2月 6日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅37

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午前11時半過ぎには富士市旧東海道本市場付近にいました。この場所で旧国道1号線と交差するようです。道路添いには、このような案内がありました。横断歩道を渡ることにしています。

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道路を渡り歩を進めると、間宿(あいの宿)本市場跡を示す道標がありました。

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道標の上には、このような地図が記載されていました。JR富士駅近くであることが分かります。

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さらに静岡方面へ進み、富士市富士本町に達しています。JR富士駅前通りと交差していいます。JR吉原駅とJR富士駅間の旧東海道は、東海道本線と比較するとかなり大きく迂回しています。逆に、迂回せざるを得ない理由があったのでしょうか。

2017年2月 5日 (日)

今週の河津桜2017---その2

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当家の河津桜の今週の状況です。先週と比較してもあまり変化がないようです。若干、蕾が大きくなっているようです。全体的には1分咲きの状態でしょうか。

今朝は少々、寝坊をしています。午前7時前に起床し朝食を頂き、自宅を後にしています。

今日は日直、当直で明日の夕方まで仕事場に拘束されます。天気は崩れて午前8時頃から久々の雨となっています。上の写真は昨日、午後に撮影したものです。

2017年2月 4日 (土)

立春2017

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今日が立春のはずです。こちらは街路樹として植樹されている例のヒマラヤ桜です。ほぼ満開となりました。
今朝は少々、朝寝坊をして午前7時前に起床しています。朝食を取り、ホットプレートを洗い、メールを打ち、洗濯をしてしいます。その後、8時半頃から約3Kmのjoggingへ出かけています。
jogging途中でこちらの写真を撮影しています。これから1階の清掃をします。

2017年2月 3日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅36

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/4午前11時半過ぎにはJR富士駅近くの鶴芝の碑に居ました。こちらがその碑となります。

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古い石碑には何が刻まれているか不明です。
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新しい案内もありましたが、立ち止まってゆっくり読んでいる雰囲気ではありませんでした。

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こちらが鶴芝の碑がある場所を広角で撮影したものです。つまり、民家の直前に、この碑があるのです。ガイドブックによると、「ここから眺める冬の富士山は中腹に1羽の鶴が舞っているように見えた」とのことです。さらに、この辺りにはかつて「鶴の茶屋」があり多くの旅人が休息を取ったようです。

2017年2月 2日 (木)

国盗り物語---第1巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「国盗り物語第1巻」です。本の帯には以下のような説明があります。

世は戦国の初頭。松波庄九郎は妙覚寺で「智恵第一の法蓮房」と呼ばれたが、発心して還俗した。京の油商奈良屋の莫大な身代を乗っ取り、精力的かつ緻密な踏査によって、美濃ノ国を“国盗り”の拠点と定めた!戦国の革命児斎藤道三が、一介の牢人から美濃国守土岐頼芸の腹心として寵遇されるまでの若き日の策謀と活躍を、独自の史観と人間洞察によって描いた壮大な歴史物語の緒編。

当方が小さいころにNHK大河ドラマで国盗り物語を放送していました。今回、再度、司馬遼太郎の作品を読書してみたくなり、こちらの本を選択しました。果たして、「胡蝶の夢」、「菜の花の沖」を超す作品でしょうか。物語は端緒についはばかりです。今後、時代の流れに従い「新史 太閤記」、「関ケ原」と読書を進める予定です。

2017年2月 1日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅35

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。さて、ここからは約10年前に購入したCasio EXILIM HI-ZOOM EX-V8での撮影となります。こちらのデジカメを購入して約10年でしょうか、このショットは7789番目の撮影となりますが、全くトラブルを出したことはありません。明るい場所ではそれなり画像を出してくれるのですが、暗い場所に弱く、Auto white balanceにやや難点があることが欠点です。そのため、Fujifilm XF-1を購入したのです。まあ、旧東海道に戻ります。先の案内にあったように、こちらの細いクランクを右折することになります。

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さらにクランクを左折すような案内がありました。助かります。

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旧東海道はこの道路となります。道路も細く、気持ちも心細くなりますが、順路としては間違っていないことは確認すみです。

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ということで、9/4午前11時半前には潤井川にかかる富安橋を渡るのでした。

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橋の上から潤井川の川上方向を撮影したもののはずです。白い大きな建物は製紙関係の工場でしょうか。

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