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2017年3月24日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅56

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前8時前には旧東海道蒲原宿に居ました。蒲原宿がお勧めの旧街道であるのは、その雰囲気が残り、案内がしっかりしている上に、このように旧東海道見学者用駐車場が完備されているのです。これなら足腰が不自由でクルマでお越しになった方々でも見学が可能です。これこそが、「おもてなし」だと思います。
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高札場跡もありました。「高札とは徳川幕府の禁令、定などを記した立札のことで、辻札ともいわれました。宿場や村には必ず高札場が設けられ、民衆に法令や定を周知させていました。正徳元年(1711)に出された五高札が有名で、①伝馬に関する定 ②忠孝を奨励する定 ③毒薬や贋金銀売買の禁止の定 ④切支丹宗門禁制の定 ⑤火付(放火)重罪の定 が墨書されて掲げられていました。また貨客運搬の駅場や忍足の賃金も改定のたびに掲げられられました」とあります。宗教の件以外は、現在でも通用する内容となっていますね。
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街道沿いには、「御殿道跡」なる案内もありました。「かつて、このあたりに蒲原御殿がありました。はじめは武田氏を攻めて帰る織田信長を慰労するために徳川家康が建てた小規模なものでしたが、二代将軍秀忠、三代将軍家光がとうかいどうを往来するたびに拡張、整備され、規模も大きくなりました。御殿の正確な位置はわかりませんが、このあたり一帯の相当広い地域を占めていたと思われます。背後の山を御殿山、ここから下る道を御殿道と呼んでいます。ちなみに寛永11年(1634)家光上洛以降、蒲原御殿は使用されなくなりました」とあります。

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こちらの旧家の横に、御殿道の案内がありました。写真左の小さな道が御殿道なのでしょうか?

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