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2017年3月27日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅57

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前8時前には旧東海道蒲原宿に居ました。旧街道を歩いていると、こちらのようなモダンな家屋がありました。近づいてみましょう。

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表札には五十嵐歯科医院とあります。

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案内がありました。大正時代の洋館 国登録文化財「旧五十嵐歯科医院」とあります。「旧五十嵐歯科医院は、町屋を楊数に増改築した擬洋風建築と呼ばれる建物で、外観は洋風、内観は和風というユニークな建物です。当時の洋風建築としては珍しくガラス窓が多く使われ開放的であり、下見板の白いペンキとあいまってモダンな息吹が感じられます。大正3年、五十嵐準氏が自宅を3回にわたり洋風に改造し、歯科医院を開業しました。水道がなかった時代、井戸水を二階の診察室まで通したポンプや配管も残っています。名医として知られ、当町在住の元宮内大臣田中光顕伯爵も患者の一人でした」とあります。
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街道の対側にも旧家らしきものがあります。

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行燈でしょうか、志田邸東海道町民生活歴史館と記載されているようです。時間的に未だ開館前だったようです。

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蔀戸のある家 国登録文化財志田家旧宅主屋となります。「志田家はヤマロクという屋号で、味噌や醤油の醸造を営む商家でした。安静元年(1854)の大地震の直後に再建されたという東側二階建て部分は、通り土間一列型と呼ばれる町屋形式の典型です。蔀戸とは、日光や風雨などをさえぎる戸のことです。上下二枚に分かれていてじぇ半分を長押から吊り、下半分は懸金で柱に打った寄せにとめ、全部解放するときは下のものは取り外せます。昼は上に吊りあげて目隠しに用い、寄るは下して戸締りの役を果たしました」とあります。うーん、やっぱり蔀戸が理解できない。

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