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2017年4月

2017年4月23日 (日)

稲の定点観測2017---その6

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毎週末に観察している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。いつもの山の左方向の伐採はやや進行している印象があります。田圃の水面には山の稜線がハッキリと映っています。
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稲の方は、やや生長しているようです。少し稲が太くなっているようです。
さて、今朝も午前6時前には起床し、すぐに約6Kmのjoggingへ出かけています。やや気温が低いようで今朝は長袖でjoggingへ出かけています。 jogging中に以下の写真のようなものを発見しました。
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2月下旬ころには花を楽しませてくれた梅が、その実をなしていたのです。まだまだ小粒で直径2cm程度だったでしょうか。
上の写真は午前6時過ぎに撮影しています。午前7時前にはjoggingを終了しシャワーを浴び、妻が不在なので一人で朝食を頂いています。いつものように7:30分からはがっちりマンデーを見て現在となりました。
今朝はやや気温が低かった印象がありますが、天候は晴れ。日中になれば気温が上昇することになりそうです。今日も部屋の片づけをしようかと思っています。

2017年4月22日 (土)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅69

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前10時前には東海道本線由比駅付近に居ました。由比駅を出てこの日の難所である薩埵峠へ向かいます。旧街道には、このように案内がありました。距離が記載されていると、凡その時間が予測できるので非常に助かります。

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道路左側には、東海道本線が通り、その奥には太平洋の海がみえます。陸地が見えるのは伊豆半島でしょうか。

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またもや案内がありました。どうやら、薩埵峠へは、赤矢印の方向へ進んでいけば良いようです。

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薩埵峠入口の案内がありました。ここから峠が始まるのでしょうか。



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バスの回転場のすぐ手前の細い道が薩埵峠への道のようです。小池邸、あかりの博物館、蔵想等の案内があります。

恐らく旧東海道を歩く人が多いのでしょう。多数の案内があり道を間違えることなく、非常に助かりました。

2017年4月21日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅68

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前9時半過ぎには東海道本線由比駅手前に居ました。今宿の案内がありました。由比宿と興津宿の間宿となるようです。
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この付近の旧東海道は、由比桜えび通りという名称のようです。この付近は桜えびが特産のようです。

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現在地は、由比駅のやや東側に居ることが判ります。薩た峠が一回り大きく記載されていることが判ります。薩た峠へは、この由比駅が最寄り駅となります。
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こちらが由比駅となります。小さく小奇麗な駅舎でした。

2017年4月20日 (木)

経済で読み解く明治維新

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今回は、こちらの本を選択しています。上念司氏の「経済で読み解く明治維新」です。新書版となります。アマゾンでは以下のように紹介されています。

江戸時代の日本は“世界最強”の「資本主義」の国だった!“世界史の奇跡”と言われる、「明治維新」とはいったい何だったのか?江戸幕府のマクロ経済政策から百姓のビジネスモデルまで、維新前史を“経済的視点”で描く―「経済」がわかれば、「日本」がわかる!!

こちらの本を選択したのは、朝の武田鉄矢氏のラジオで紹介されていたからです。内容としては、江戸時代には既に日本の経済は円熟していたこと、我々が教育現場で習った日本史特に新井白石、将軍吉宗、松平定信といった良い印象を持っている人々に経済観念がなく日本経済を悪化させたこと、日米修好通商条約締結後、交換レート設定の不備で幕府滅亡が早まったことでしょうか。

経済音痴の当方には、少々、内容が難しかったようです。スイスイ、読書可能なのですが、余り頭には残らないのです。

2017年4月19日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅67

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前9時半前には旧東海道由比宿を後にし由比駅方面へ歩いていました。このような案内がありました。「せがい造りと下り懸魚」とあります。「せがい造り 軒先を長く出した屋根を支えるために、平軒桁(ひらのきげた)へ腕木を付け足して出桁として棰(たるき)を置いたもの」「下り懸魚 平軒桁の両端が風雨による腐食を防ぐための装置で、雲版型の板に若葉、花鳥などを彫り込み装飾も兼ねている。稲葉家は、この下り懸魚が施されている建物である」

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こちらが、稲葉家の全体像となります。妻となるところに懸魚らしきものが観察できます。

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こちらがせがい造りでしょうか? 当方にはよくわかりません。でも懸魚への変換がワープロで可能なことに驚きを感じます。

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旧東海道を西に進むと由比太郎左衛門屋敷跡がありました。岩辺郷右衛門家が代々本陣職を勤めた家に対して、由比太郎左衛門は加宿問屋職を勤めた家のようです。
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この付近は旧東海道と東海道本線を並走していいます。遠く由比駅があります。貨物列車が走ってきます。桃太郎だったのかもしれません。

2017年4月18日 (火)

仮想日本鉄道の旅---その16

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2017年3月1日から3月31日までjoggingで76Km走っています。今回の仮想乗車区間は、JR山陰本線浜坂駅から養父駅まで乗車したことと仮定します。この間は79Km、13駅で通常各駅停車で104分で走行するようです。料金は1320円だそうです。残のうち3Kmを使用することにします。残は40Kmとなります。

前回の条件で旅をしていると仮定すると、浜坂8:02分発(豊岡行)、豊岡9:10分着同9:12分発福知山行の普通列車に乗車し和田山9:46分着となります。

この間で知っているのは、余部橋梁と城崎温泉くらいでしょうか。余部橋梁は現在はコンクリート製になっていますが、旧橋梁が有名でした。城崎温泉も有名ですが、未だ、入湯したことはありません。その昔、志賀直哉の「城崎にて」を読書した記憶がありますが、内容は全く覚えていません。

2017年4月17日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅66

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前9時過ぎには旧東海道由比宿付近に居ました。こちらは、由比宿案内板となります。

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案内には、「江戸から16番目の宿場であること」「由比宿の本陣職、問屋職を勤めた岩辺家は、鎌倉時代よる続く由比氏の系統であり、江戸時代は岩辺郷右衛門を名乗ったこと」「宿場の町並みは東西約600m、宿高は340石、人口は707人、個数は160軒、本陣1、脇本陣1、旅籠32と小規模であったため、義務であった百人、百匹の常備の人馬をおくことができず近隣の村を加宿とし応援をしてもらっていた」「宿場西端にある由比川は仮板橋で、大水の際にはとり外す」「宿場の東西の入口には万一の攻撃に備えて街道をカギの手に曲げた枡形がある」との記載があります。

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案内板にある宿場の構成です。手前から、「かわらや」、「三度屋」、「興津屋」、「油屋」等があったようです。

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こちらが由比川にある新旧の常夜燈でしょうか。写真左には東海道本線が見えます。

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由比川を渡って由比宿を後にします。

2017年4月16日 (日)

稲の定点観測2017---その5

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毎週末に観測している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。いつもの山は雲で覆われています。天候もハッキリしません。天気予報では本日の午前中までは晴れの予報でしたが、深夜に雨が降っていました。稲の方は、
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このようは感じであまり変化がないようです。
今朝も午前6時前には起床し、約3Kmのjoggingへ出かけています。その途中で、
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枝豆のようなマメ科の植物が実をつけているのを発見しました。先週までは白い花が開花していたのを記憶しています。
さて、今回の東京旅行では色々な体験をしました。第一にホテルの件です。昨日も記載しましたが当方が宿泊予定の部屋に戻ってみると何か見知らぬ荷物があったのです。フロントで調査してもらうと、部屋を間違えた他の宿泊予定者が荷物をフロントに預け外出したようです。フロントが荷物を当方の部屋に入れていたようです。結果的には、部屋を変更してもらい、翌朝(つまり昨日の)の朝食券を頂きました。ホテルには今まで多く宿泊して来ましたがこのような体験は初めてでした。
第2は、当方のmobile SUICAが使用不可となっていたのです。改札口が通過不可で、冷たい機械音で「駅員のもとへ行くように」と言われました。そこで、昨日上野駅で駅員さんに尋ねると、半年以上、使用していない場合にはロックが掛かるとのこと。すぐにロックを解除して頂き使用可能となりました。まあ、九州在住ですのであまりSUICAを使用することはないのです。
第3は、復路で搭乗した昨日のANA609便で体験しました。着陸寸前、「接地がやや遅いな」と思った瞬間、エンジン音が急激に上昇しました。Go around(着陸復行)です。殆どtouch-and-goに近い状態でした。航空大学校の生徒が「touch-and-go」は難しい技術を要するようなことをTVで言っていたことを思い出しました。その後、機長からのアナウンスでは着陸直前で横風が吹いたとのことでGo aroundとなった旨の説明でした。頻回に飛行機に搭乗していますが、Go aroundとなったのは初めての経験でした。
まあ、長いこと生きていると色々な体験をするものです。
 

2017年4月15日 (土)

今回のホテル

今回のホテル
今回のホテル
今回、宿泊したホテルはホテルサンルートステラ上野です。昨夜、ちょっとしたハプニングがありました。午後5時頃にチェックイン後、荷物を部屋に置き、すぐに国立科学博物館へ行っています。午後8時頃にホテルへ戻ると、部屋に何やら見知らぬ荷物があるのです。気持ちが悪いので他の部屋に変更してもらいました。このような経験は初めてです。

2017年4月14日 (金)

今回の会場

今回の会場
今回の会場は、東京フォーラムです。

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅65

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前9時頃には旧東海道由比宿付近に居ました。「加宿問屋場跡」がありました。「ここは江戸時代加宿11(?)ケ村(北田、町屋原、今宿など)が共同で問屋場を設営したところです。問屋場とは、ば宇fるの命令で街道通行者のために人足と駄馬(百人百匹)を用意した役所で由比宿の場合は本宿と加宿が1ケ月交代でこの負担を努めました。加宿とはこお負担で本宿に化生を命ぜられた村のことです」とあります。

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加宿問屋場跡の案内は、正雪もなかの店舗前にあるのです。こちらも月曜日で定休日でした。

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さらに西方向へ歩くと、東海道由比宿おもしろ宿場館があるのです。
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おもしろ館の正門です。江戸時代の旅人のような人形が居ました。こちらも休館日なのでした。

宮崎空港

宮崎空港
宮崎空港出発保安検査場前は羽田空港並みの混雑です。

2017年4月13日 (木)

新事務所

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新事務所へ引っ越しをしています。当方の席は、このような具合となっています。1.8mのパーティションに囲まれ、大きなデスクと椅子、ロッカー、本棚等があります。

デスクが大きすぎて、収納も多く、何だかガランとしています。決して片付け上手ではありません。デスクの上にはPCのモニター2台とlaser printerを設置しています。自宅で余っていた卓上蛍光灯も持参しました。新規に購入した無線LANも無事、internet接続が可能となっています。今後、仕事が捗るでしょうか。

2017年4月12日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅64

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前9時頃には旧東海道由比宿付近に居ました。正雪紺屋の隣には、脇本陣溫飩屋(うんどんや)がありました。由比宿には3軒の脇本陣があったようで、江戸時代後期から幕末にいたるまでつとめたのが、この溫飩屋のようです。脇本陣には門構え、玄関があったようです。

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塀に囲まれていて脇本陣の全容が判りませんでしたので、道路対側から広角で撮影していあます。

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本陣公園横には、馬の水呑場がありました。「この横の長い水路状の濠、(幅1m、東西20m)は、馬の水呑場といって、むかし大名行列の馬に水を呑ませたり、身体を洗ったりしたことろです。したがって水深も、もとは60cmもありました。屋敷の前の道路にこのような施設があるのは、他の宿場の本陣にはあまり類例を見ない珍しいものです」とあります。

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この馬の水呑場には、現在、多数の亀がいるのでした。甲羅干しをしている亀もいます。

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脇本陣横には、明治の郵便局舎(平野氏宅)があります。「前略 明治39年5月、平野義命氏が局長となり自宅に洋風の局舎を新築し、明治41年1月より郵便局を移転した。この局舎は昭和2年7月まで使用され、現在は平野氏私宅となっている」とあります。

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明治時代の郵便局舎は、このようになっています。塀が少々、邪魔なようです。一部しか見ることができませんね。

2017年4月11日 (火)

また、無線LAN子機

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またもや無線LAN子機を購入しました。こちらは実は仕事場用のデスクトップPC用です。

近日中に仕事場の事務所がお引越しを予定しています。新しい事務所は無線LAN環境となるのです。現在、仕事場のPCは有線LANでネットに接続していました。

ということでこちらの機種を購入しています。やはりドライバーインストール不要のI・O DATA製のWN-G300Uです。少々、アンテナが大きいものを選択しました。最大300Mbpsとのことですが、どの程度の速度がでることでしょうか。

ここで新たな展開です。自宅PCの内臓無線LANが故障しているかと思い、急遽、無線LAN子機を購入したことを以前、当ブログで掲載しました。しかし、ひょんなことから内臓無線LAN子機が回復したのです。原因は不明です。しかも、こちらの子機を発注した後に回復したのでした。つまり、以前、購入した無線LAN子機は全く無駄となったのです。ハイ。このようなこともあります。まあ、予備機として保持することになりそうです。

2017年4月10日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅63

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前9時頃には旧東海道由比宿付近に居ました。由比宿本陣公園、広重美術館の前には、このような常夜燈、明治天皇由比御小休所、天皇陛下皇后陛下行幸啓記念碑がありました。

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「明治元年東京行幸の際10月6日及12月12日同11年北陸東海巡幸の際11月5日御小休あらせられたる處なり。元年御使用の建物は?せざるも11年御使用の離れ家あり?その8畳の座敷を以って御座所に充てさせられしが?規模よく保存せらる」とあります。(一部、判読不可能)

この案内板の最後には昭和17年4月文部省とあります。判読困難なのも無理はありません。この案内板自体が骨董の類になりそうです。

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由比本陣公園の対側には、このよな風情のある建物があります。何やら暖簾に文字が記載されています。近づいてみましょう。

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暖簾には「正雪紺屋」とあります。
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軒下の案内には以下のように記載されています。「表に蔀戸を残すこの紺屋(染物屋)は、江戸時代初期より400年近く続くといわれ、屋内には土間に埋め込まれた藍甕(あいかめ)等の染物用具や、天井に吊られた用心籠は火事等の時に貴重品を運び出すもので、昔の紺屋の様子を偲ぶことができる。

慶安事件で有名な由比正雪は、この紺屋の生まれといわれていることから、正雪紺屋の屋号がつけられている。平成6年3月 由比町教育委員会」

こちらは平成6年のもので判読ができました。由比正雪って歴史の教科書で出てきたような記憶がありますね。

2017年4月 9日 (日)

稲の定点観測2017---その4

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宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。いつもの山は写真左の方も伐採が開始されている印象があります。水面に少し、山の形が写っています。
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稲の方は、殆ど変化がありません。まあ、1週間のみの経過ですので変化はないですよね。
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jogging course沿いの街路樹の桜です。こちらは染井吉野のはずですが、その花弁の色がかなり赤い樹のようです。
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こちらは、通常の染井吉野でしょう。前掲の写真がいかに赤いかが分かりますね。
さて、今朝も午前6時前には起床し朝食を頂き、昨夜のブラタモリを録画で見ています。7:30分からがっちりマンデーを見ようとしましたが、ゴルフ中継でしたので、約6Kmのjoggingへ出かけています。
昨日は、少雨でしたが、その晴れ間に約6Kmのjoggingへ出かけた以外は室内整理に時間を割きました。かなり整理が進んだような気がします。気温も25℃程度まで上昇したようで、今年初めての半袖を着ています。
今日は天気が良い予報です。心地よい風が吹いています。昨日の片付けの続きをしましょうか。

2017年4月 8日 (土)

近所の散策2017---清明の頃1

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こちらは、当家裏庭に植樹されているしゃくなげです。いつの間にか綺麗に開花していました。本来であれば蕾の頃から撮影するのですが、その時期を逸してしまいました。
こちらは今朝、午前7時過ぎに撮影したものです。
さて、今朝もいつものように午前6時には起床し、朝食を頂いています。昨日からの雨を持ち越し、朝から小雨が降っています。というわけでjoggingに出かけることは出来ません。
明日はチョット晴れそうです。今日は屋内で過ごすことにします。最近は、「捨て捨てモード」に入っていますので屋内を整理することにしようと思います。

2017年4月 7日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅62

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前9時前には旧東海道由比宿付近に居ました。こちらの案内板には、「御七里役所之跡」とあります。

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案内には以下のように記載されています。「江戸時代 西国の大名には江戸屋敷と領国の居城との連絡に七里飛脚という直属の通信機関を持つ者があった。此処は紀州徳川家の七里飛脚の役所跡である。同家では江戸和歌山間-584Km-に約七里-28Km-毎の宿場に中継ぎ役所を置き五人1組の飛脚を配置した。中略 普通便は毎月3回、江戸は5の日、和歌山は10の日に出発。道中8日を要した。特急便は4日足らずで到着した」

江戸から和歌山まで結構、速かったのが判ります。
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由比宿の旧東海道は、このような感じで当時の道幅が保存されているようです。
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七里役所跡から西方向へ歩きます。由比本陣公園無料駐車場の案内があります。蒲原宿同様、クルマで来られる旅行者にも優しいオモテナシとなります。

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こちらが、由比本陣公園、東海道広重美術館の碑となります。しかし、

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9/5は月曜日で休館日でした。残念!

2017年4月 6日 (木)

関ケ原---下巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「関ケ原下巻」です。本の帯には以下のように紹介されています。

天下取りの見果てぬ夢を追い求めて関ヶ原盆地に群れ集った10数万の戦国将兵たち…。老獪、緻密な家康の策謀は、三成の率いる西軍の陣営をどのように崩壊させたか?両雄の権謀の渦の中で、戦国将兵たちはいかにして明日の天下に命運をつなぎ、また亡び去ったのか?戦闘俯瞰図とも言うべき雄大な描写の中に、決戦に臨む武将たちの人間像とその盛衰を描く、波瀾の完結編。

この本を読むと、戦い前に既に西軍は調略され全く戦意の乏しい烏合の衆となっていた印象です。戦意のあった西軍は、石田三成、大谷吉継、宇喜多秀家程度でしょうか。他の西軍は日和見で、東軍に内通していたようです。

こちらの本を読んで感じたことは、三成のように他人に完璧を求め、他人から嫌われると身の破滅に繋がるということでしょうか。

関ケ原の合戦の戦闘部分は、Wikipediaの両軍布陣図を見ながら読書しました。小早川秀秋、吉川広家の布陣した位置の重要性が判ります。

2017年4月 5日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅61

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前9時前には静岡県清水区由比付近に居ました。旧国道1号線と旧東海道の分岐点は神沢というようです。クルマを運転中には、普段何気なく見ている信号の地名も徒歩の旅では重要な情報を与えてくれるのです。自分がどこに居るたのかを確認するするのです。

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こちらの交差点には、ベニヤ板に「由比宿」と記載されたくたびれ果てた板がありました。クルマの運転中には気づかれないものだと感じます。

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見上げると歩行者用ガイドとあります。由比本陣公園、東海道広重美術館と記載されています。そちらの方向へ進みましょう。

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駿河湾は桜えびが名産のようです。看板には旧街道を赤矢印で案内しています。玉鉾さん、ありがとうございます。

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さらにその横には、由比宿の案内がありました。由比宿すぐそこ 0.6Kmとあります。

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この由比宿近くに、このようなリックを担いだオッサンが居ました。写真では少々、小さく写っています。当方と同じように旧東海道を歩いているオッサンのはずです。同類ですから、その挙動で分かるのです。まあ、向こうのオッサンも当方のことを同じように思っているはずです。

2017年4月 4日 (火)

Holux M241---GPSロガー

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お遊びでGPSロガーを購入してみました。Holux製M-241という機種です。購入目的は、旅行中に撮影したデジカメ写真に位置情報を入れてみたかったからです。これをジオタグというそうです。ネット上で比較的多くの記載のある、こちらの機種を選択しました。
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内容は、ナイロン製ネックストラップ、CD-ROM(8cm)、乾電池、USBケーブル、クイックマニュアル、本体となります。Quick manualにはアプリのproduct numberの記載があります。
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本体は、昔の写真フィルムのパトローネに類似した意匠ですが、一回り大きいのです。
全高としては6cm程度あります。
デジカメが複数台あること、そのいずれもが古い機種でGPS装着が不可であるこ、当方、スマホを所有していないこと(スマホのGPS機能を使用すると電源消耗が速いそうです)等の理由から購入しています。アマゾンで\6600程度でした。使いこなせるか非常に不安ですが、まあ、オモチャ程度と思っています。
 

2017年4月 3日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅60

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午前8時過ぎには旧東海道蒲原宿西木戸付近にいました。西木戸を過ぎて直ぐ蒲原市民センター近くに案内板がありました。勿論、この先の道順を確認するために立ち止まるのでした。

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案内板の下には蒲原駅までの距離が1.1Kmと記載されています。通常に歩いて約15分程度だと考えました。

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予想通り約15の歩行で蒲原駅まで到着しています。こちらの駅待合室で清涼飲料水を購入して休憩した記憶があります。

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駅前の旧街道を西に向かって再び歩くのでした。高架は東名高速道路です。当方はこの区間の東名高速は通行したことがありません。まあ、いっか。
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前方に分岐点が見えてきました。写真右が旧国道1号線、左が旧東海道となります。

2017年4月 2日 (日)

宮崎空港

宮崎空港
宮崎空港
宮崎空港へ来ています。日曜日なので、やや混雑しています。

2017年4月 1日 (土)

稲の定点観測2017---その3

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宮崎平野早期水稲の定点観測地点です。今朝は曇天です。いつもの山の上には雲が掛かり霧雨のような雨が降っています。
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稲の方は、先週の観測後に田植えが実施されたようです。こちらの写真のように小さな小さな苗がありました。
今朝もいつものように午前6時には起床し朝食を頂き前述のように霧雨の中を約3Kmのjoggingへ出かけています。本来、雨の日は走らないのですが、一昨日、昨日と2日間、菜種梅雨の影響で走れなかったので強行したのでした。
天気予報では晴れだったのですが、残念ながら曇天、霧雨です。夕方からも天候が優れないようです。晴耕雨読でいくことにしましょう。近所まで買い物へ出かけるかもしれません。

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