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2017年6月

2017年6月30日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅98

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/6午前9時前には旧東海道江尻宿付近にいました。こちらは「遠州都田(みやこだ)の吉兵衛の供養塔」の案内です。こちらの下には、以下の案内もありました。

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案内には、「1861年、清水次郎長は古文の森の石松の恨みを晴らすために、遠州都田の吉兵衛(通称都鳥)をここ追分で討った」とあります。

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こちらが、遠州都田の吉兵衛の供養塔の全体像となります。
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こちらは、旧東海道にある追分の道標です。上には、清水市と記載されています。


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旧東海道を進むには、追分踏切を横断することになります。こちらでは、JR東海道本線と静岡鉄道静岡清水線が並走しています。

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踏切を渡ると静岡方向から静岡鉄道の列車が通過して行きました。

2017年6月29日 (木)

ビブリア古書堂の事件手帖---第7巻

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前回から引き続き今回もこちらの本を選択しています。ビブリア古書堂の事件手帖第7巻です。本の帯には以下のように記載されています。

ビブリア古書堂に迫る影。太宰治自家用の『晩年』をめぐり、取り引きに訪れた老獪な道具商の男。彼はある一冊の古書を残していく――。奇妙な縁に導かれ、対峙することになった劇作家ウィリアム・シェイクスピアの古書と謎多き仕掛け。青年店員と美しき女店主は、彼女の祖父によって張り巡らされていた巧妙な罠へと嵌っていくのだった……。人から人へと受け継がれる古書と、脈々と続く家族の縁。その物語に幕引きのときがおとずれる。

今回も話は結構、複雑です。この巻でも初めての登場人物がいます。結果的にはhappy endで良かったと思います。ハラハラ、ドキドキしながら読書できました。

2017年6月28日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅97

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/6午前8時半過ぎには旧東海道江尻宿の稚児橋付近に居ました。稚児橋を渡ると船高札がありました。定が以下のように記載されています。「暴風の場合には助船を出し難破させないようにすること。船が破損した時には、荷物等を引き上げること」が記載され、その代価も記載されています。

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船高札を過ぎ入江2丁目の交差点を進むことになります。このような信号の地名も徒歩の旅の際には役に立ちます。


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旧街道は写真右のようになっています。

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また、江尻宿の案内板がありました。現在地を示すものです。入江学習交流館前にいるのです。

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さらに静岡方向へ歩を勧めます。名物追分羊かんの店舗がありました。写真右が旧東海道となります。

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店舗横には、このような石碑もあります。「此より志みづ道」と記載されています。旧東海道と直交するように志みづ道があるようです。

2017年6月27日 (火)

旅の思いで2017---6月博多の旅

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6/23午後から仕事を休み博多へ仕事で飛んでいます。ホテルへチェックイン後、本屋さんで本を見た後、午後7時頃から博多駅前から博多湾へ大博通りをjoggingしています。夕方でもあり多数の人々がこの通りを歩いていました。博多湾に到着すると大型クルーズ船が停泊していました。まさに動くホテルのようです。
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翌日朝も6時頃から同じコースをjoggingしています。祇園山笠が近いようで準備がなされていました。ただ7番山笠では肝心の山車がありませんでした。このような風景を見ることもないと思い撮影しています。
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博多湾に到着すると早朝にも関わらずマリンメッセ横には多数の若い女性が列をなしていました。マリンメッセで何かイベントがあるのでしょうか?
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帰路に櫛田神社に寄ってみました。祇園山笠の準備で桟敷席の準備が進んでいるようです。
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境内には桟敷総合案内なる看板もありました。良い席順にあいうえお順で命名されているようです。山車が回転する場所は決して広い敷地ではないのです。それだけに迫力があるのでしょうか。
その後ホテルへ戻り大浴場で汗を流しているのです。

2017年6月26日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅96

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/6午前8時半過ぎには旧東海道江尻宿(現在の清水)付近に居ました。こちらは東海道江尻宿の案内板となります。江戸から18番目の宿場となるようです。案内を抜粋してみましょう。「略 時代の変遷により、今川氏の頃から、この江尻は三日市場として栄え、永禄12年(1569)、武田信玄が江尻城(小柴城)を築くことにより、江尻は城下町となり職人の町が発達した。慶長6年(1601)徳川家康は、東海道五十三次を定めるにあたり、それまでの今の北街道が主要街道であったものをあらため、銀座通りを通すこととし、この地を江尻宿とした。中略 宿は伝馬町と魚町で鈎の手に間借り見通しが悪く、また紺屋町・七軒町は袋小路になっているのは、万一の場合の警備のためであった。略」とあります。

クランクになっているのは、警備上のことだったようです。
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現在地としては、上町橋本本陣(根本)の対側となります。この写真をみると、紺屋町が袋小路となっていることが判ります。

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魚町の交差点を左折します。2番目のクランクの箇所となります。
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左折してすぐに、このような案内がありました。直進すると、少年サッカー発祥の地・江尻城跡があるようです。

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こちらは稚児橋を示すプレートです。その上には、

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河童の像があるのでした。

2017年6月25日 (日)

稲の定点観測2017---その14

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毎週末に記録している宮崎平野早期水稲の定点観測地点です。いつもの山の上には厚く雲が掛かっています。空気も非常に湿り気をもっています。
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やや小雨の中、撮影しています。水稲は先週まで雨が非常に少ない状況だったにも関わらず順調に生長しているようです。
昨夜は寝ていて、その雨音から滝のような雨が降っているように感じました。そこで今朝6時頃、少々、小雨となったのでクルマで定点観測地点まで行って撮影しています。
現在、雨は少々、落ち着いているようですが、今日は大雨のようです。
昨日は午前6時頃から博多駅前から博多湾までjoggingで走り、櫛田神社を経由してホテルへ戻っています。大浴場で汗を流した後、9:30分頃にはホテルを出、天神の会議場まで地下鉄で移動しました。13時まで会議に出席した後、地下鉄で空港まで移動し14:30分のJAL機で宮崎まで戻っています。
今回の旅で思ったことは、宮崎便の福岡空港発着ロビーが変更されていること、博多バスターミナル6階紀伊国屋書店の床面積が縮小されていることでした。目的の本がないので博多駅8階の丸善へ移動しています。今回の旅は、勝手知ったる博多への移動で、ホテルも会場も慣れ親しんでいる場所で、しかも、移動には飛行機を使用し苦労することもなく旅をした気分になれませんでした。
さて、昨日の時点で今日の天気予報は雨だったので急遽、昨日、散髪の予約を取りました。今日の予定はこの散髪程度です。

2017年6月24日 (土)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅95

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/6午前8時半前には旧東海道江尻宿付近に居ました。こちらは、その江尻宿を案内するものです。静岡県内では、このような形式になっているようです。

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旧東海道は、写真左側の石畳のようになっている箇所のようです。両側には商店街があります。なにぶん、早朝なので店舗のシャッターは降りたままとなっていました。

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3分程、歩くとこのような案内もありました。この辺りは、静岡市清水区銀座という地名のようです。昔は、繁盛した町並みだったのでしょう。

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商店街には、このような鯨のモニュメントもあるのでした。
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江尻宿の案内板もありました。拡大して撮影してみましょう。

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先ほども右折したクランクがありましたが、稚児橋を渡る前にも2つめのクランクがあります。何か意味があることでしょう。大名行列が鉢合わせしないようにしているのでしょうか?

今回のホテル

今回のホテル
今回、宿泊したホテルは西鉄クルーム博多です。つまり、以前の西鉄イン博多です。

2017年6月23日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅94

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/6は沼津駅7:18分発の浜松行の普通列車に乗車し旅が始まりました。

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清水駅には午前8時過ぎには到着しています。清水駅東西自由通路下江尻口にはちびまる子ちゃんイラストがあるのでした。そういえば、ちびまる子ちゃんは清水在住の設定となっているはすです。

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前日昼過ぎに到着した江尻東交差点から旧東海道の徒歩の旅の再会です。

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旧東海道沿いには、このような張り紙の案内もありました。「町名の由来 鍛冶町 永禄12年(1569)武田信玄あ江尻城を築き江尻は城下町として発展した。その後、天正19年(1591)城下町から出荷して周囲の民家を焼き尽くし、この火事が原因で鍛冶職とか鋳物職のような火を扱う家屋を海岸近くの現在に地に移したといわれている。江尻宿には27戸の鍛冶職があり、その大部分が鍛冶町にあったといわれる。はじめは江尻城の御用鍛冶として刀剣類を作り、その後刃物鍛冶から鍬や鎌を作る農鍛冶となった。このように鍛冶職人が多く住んでいたので鍛冶町と名づけられた。城や宿場のあった町に数多くの鍛冶町の名が残れている」 そうか、はじめは武田信玄がこの地に城を築いたようです。

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旧街道は、このような道となります。歩いて来た道を振り返って撮影したように思います。

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この交差点には、このような案内がありました。稚児橋方面へは右折するように矢印が付いています。

博多へ

博多へ
15時45分発のJAL機で博多へ飛びます。少々、早く到着したので搭乗待合室で読書をしています。しかし、どうして宮崎空港では、ひっきりなしにアナウンスがあるのでしょうか?耳栓をしていてもはっきり言ってやかましいです。テレビでは小林麻央さんのご永眠を報じています。お若いのにお気の毒です。出来れば代わってあげたいのですが、厚かましいのかもしれません。

2017年6月22日 (木)

ビブリア古書堂の事件手帖---第6巻

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前回に引き続き今回もこちらの本を選択しています。ビブリア古書堂の事件手帖第6巻です。本の帯には以下のように紹介されています。

太宰治の『晩年』を奪うため、美しき女店主に危害を加えた青年。ビブリア古書堂の二人の前に、彼が再び現れる。今度は依頼者として。 違う『晩年』を捜しているという奇妙な依頼。署名ではないのに、太宰自筆と分かる珍しい書きこみがあるらしい。 本を追ううちに、二人は驚くべき事実に辿り着く。四十七年前にあった太宰の稀覯本を巡る盗難事件。それには二人の祖父母が関わっていたのだ。 過去と現在、まるで再現されるかのような奇妙な巡り合わせに、薄気味悪さを感じる二人。それは偶然か必然か? 深い謎の先にある真実とは?

この巻は、少々、込み入っています。当方は登場人物をメモしながら読書していますが、この巻では何回か、前読んだ箇所を探して再読することが3-4回ありました。

この巻の最後の方では、怖くなって読書を中断することもありました。篠川智恵子、田中敏雄の素性が段々と判明して来ました。でも、その当時、そんなに不倫があったのかなあ。少々、疑問に思うと同時にチョット、羨ましいか?

2017年6月21日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅93

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午後2時半前には旧東海道江尻宿手前まで来ています。こちらは細いの松から江尻宿への案内板となります。

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写真左には国道1号線があるのですが、旧東海道は写真のようにクルマの往来も少ないのでした。ひっそりと落ち着いた風情があります。
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約10分程度歩くことで江尻東の交差点まで来ました。こちらを左折すると清水駅になるはずです。

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数分、歩くと清水駅前に到着です。駅前には久能山東照宮の記念碑があるのです。東照宮の文字の下には、従是弐里三拾町との記載があります。東照宮までの距離を示しているようです(拡大して確認しています)。

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こちらが清水駅前となります。JR清水駅の江尻口となります。ここで9/5の行程を終了しベースキャンプとなる沼津へ戻っています。

2017年6月20日 (火)

腕時計---バンド新調

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以前、素人電池交換した腕時計のバンドが経年劣化で写真左のように切れてしまいました。接着剤で修理しても、他の箇所が切れてしまいます。
ということでアマゾンで最も安価なバンドを購入しました。写真右のオレンジのバンドです。
本体価格\170ですが、送料が\350です。送料の方が高いので、少々、違和感を感じますがバンドを探して回る手間を考えれば安いものです。
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こちらが仕上がりの写真となります。バンドが長かったのでカッターで切って調節しました。シリコン製だったので可能だったのです。しばらくは使用可能となることでしょう。

2017年6月19日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅92

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午後2時過ぎには旧東海道江尻宿(清水)へ向かって徒歩していました。この辺りは国道1号線と旧街道は重なっています。清水駅までの案内がありました。

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9/5の午後2時頃、陸橋上から撮影したものです。この日はこのように雲が垂れ込めていましたが、降雨することはなかったので助かっています。
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旧東海道清水宿手前に「無縁さんの碑」がありました。何だろうと思い近くの案内を見るのです。

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「細井の松原無縁さんの碑 辻村の東辺りから西久保にかけて細井の松原と呼ばれた松並木が続いていた。この並木は昭和19年、松根油採取のため伐採されたが、この折多量の人骨が出土した。東海道で倒れた旅人を埋葬したものと推察されたが、町内の人々寺に葬り、松原の一隅に記念碑を建て霊を慰めた」とありました。納得です。

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この辺りは静岡市清水区となっているのです。あと300mで江尻宿に到着するような記載があります。
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現在は、松並木とはほど遠く1本の松が植樹されているに過ぎません。

2017年6月18日 (日)

近所の散策2017---入梅の頃1

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昨日、都城市山之口町のあじさい公園へ行って来ました。公園の山頂には望楼のようなものがあります。駐車場からはこの望楼にある展望台への階段が多く結構、しんどい思いをして展望台まで到達しているのでした。展望台からは生憎の曇りで遠く霧島連山は望むことはできないのでした。
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公園内には多数の紫陽花が開花していたのですが、ラジオの情報とは異なり1週間程度、来るのが遅かった印象があります。
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通常の紫陽花の他に、ガクアジサイも開花していました。
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そして、あやめも公園内にある池の中で開花していたのです。こちらも1週間程度、来るのが遅かったようです。
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駐車場横には小さな売店があります。このような甘乳蘇の宣伝看板もあるのでした。聖徳太子も食べたというのは本当でしょうか。甘乳蘇ソフトクリームを頂いて来ました。チーズの風味を感じるのでした。
 
さて、今朝も午前6時頃には起床し約3Kmのjoggingへ出かけています。まあ、目覚ましのようなものです。シャワー後、朝食を頂きいつもの日曜日のように、がっちりマンデーを見るのでした。今日も、いつもの日曜日のように過ごすことになりそうです。

2017年6月17日 (土)

稲の定点観測2017---その13

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毎週末、観測している宮崎平野早期水稲の定点観測地点です。今日は曇天です。というより撮影時間が午前5時40分頃で光量が少なく暗い写真となったのかもしれません。いつもの山の上には雲があるのかもしれません。
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いつもの山をzoom inしてみました。山に道のようなものがあることがお分かりいただけると思います。やはり植林されていた山なのでしょうか?
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稲の方は先週末と著変ないようです。
 
  6/6に宮崎(南九州)は梅雨入り宣言がありましたが、この1週間は殆ど降雨がありません。今週末も雨の天気予報ではありません。少々、農作物に影響がないか心配する声が上がっています。
 
 普通期作では今週末が植代、来週末が田植えと聞いています。どうなることやら。
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さて、今朝は午前5時頃には目が覚めてしまい、午前5時半頃から約3Kmのjoggingへ出かけています。すると土手の樹の下でカラスが3羽、屯(たむろ)していました。土手の草は刈り取ったばかりで、餌となる昆虫でもいたのでしょうか?
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さらに歩を進めると、車道のど真ん中に沢蟹がいました。zoom inできなかったので少々、判り難いと思いますが写真中央にカニがいます。車道のど真ん中にいるとは、大胆なカニです。交通事故に合わなければ良いのですが。
 
さて先週は土曜日は休みでしたが、日曜日が日勤でした。今週末は連休となります。少々、ゆっくりさせて頂きます。

2017年6月16日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅91

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午後1時半過ぎには旧東海道興津宿を通過しています。二級河川波多打川を渡ります。この川が興津と清水の境だったのかもしれません。


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東海道本線横砂踏切を渡ります。

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細い旧街道を進むと古めかしい建物がありました。近づいてみましょう。

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「横砂・延命地蔵尊とは」なる案内がありました。案内の意味が良く判りませんが、寿命は延ばせないが病は治せるということなのでしょう。

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地蔵尊の前には、常夜燈もあるのでした。この日、この時間帯は暑かった記憶が残っています。こちらの写真もなんだか露出オーバーのようです。

2017年6月15日 (木)

ビブリア古書堂の事件手帖---第5巻

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前回に引き続き、今回もこちらの本を選択しています。ビブリア古書堂の事件手帖の第5巻です。アマゾンでは以下のように紹介されています。

静かにあたためてきた想い。無骨な青年店員の告白は美しき女店主との関係に波紋を投じる。物思いに耽ることが増えた彼女はついにこう言うのであった。必ず答えは出す、ただ今は待ってほしいと。 ぎこちない二人を結びつけたのは、またしても古書だった。いわくつきのそれらに秘められていたのは、過去と今、人と人、思わぬ繋がり。 脆いようで強固な人の想いに触れ、二人の気持ちは次第に近づいているように見えた。だが、それを試すかのように、彼女の母が現れる。この邂逅は必然か? 彼女は母を待っていたのか? すべての答えが出る時が迫っていた。

この巻では、登場人物の一人であるせどり屋の志田の素性が明らかになって来ました。また、題材として手塚治虫の「ブラックジャック」が登場します。有名な漫画ではありますが、多種類の全集があり、内容も異なることを初めて知りました。それは手塚治虫が既に出版されていた原稿を正確を期すために書き直していることが原因のようです。原稿を書き直す手塚治虫も真面目さにも敬服しますが、その事実を知っている著者にも尊敬の念を抱きます。そして、栞子さんの母智恵子も登場するのです。あと残2巻でどのような展開になるのでしょうか?

さて、ここで事件です。当家にはこの第5巻が不思議なことに2冊あるのです。何故でしょう。ただ単に第5巻があることに気が付かず、家族の誰かが購入したに過ぎないのです。

2017年6月14日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅90

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午後1時半頃には旧東海道興津宿付近に居ました。当時の興津宿の旅館の分布図がありました。少々、近づいてみましょう。

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先の水口屋半平(脇本陣)、扇子屋宇兵衛、油屋惣兵衛、佐野屋惣蔵さんらのの名前が見えます。▲は明治5年に旅館業を営んでいたもの。●は明治18年5月に旅館業を営んでいたもののようです。

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「大正天皇在東宮海水浴御成道」なる石碑もありました。大正天皇が海水を楽しまれた海辺があるようです。当方は泳げないので興味がありません。

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「興津坐漁荘」に関する案内板がありました。「坐漁荘は、西園寺公望公が70歳になった大正8年(1919)に老後の静養の家として風光明媚な清見潟に臨むこの地に建てた別荘で、命名は渡辺千冬子爵によります」とあります。西園寺公望って名前は憶えているけど具体的には何をしたかを忘れてしまいました。勿論、渡邉千冬さんは存じ上げません。

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坐漁荘の正面はこのようになっていますが、当然、月曜日で入口には柵があるのでした。

2017年6月13日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その18

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2017年5月1日から5月31日までjoggingで78Km走っています。今回の仮想乗車区間は、JR山陰本線園部駅から京都駅を経由してJR湖西線近江高島駅まで乗車したことと仮定します。この間は81Km、19駅で通常各駅停車で91分で走行するようです。料金は1490円だそうです。残のうち3Kmを使用することにします。残は36Kmとなります。

前回の条件で旅をしていると仮定すると、園部12:52分発(京都行)、京都駅13:34分着、同13:45分発(敦賀行)、近江高島駅14:23分着となります。

この間の山陰本線は嵯峨野線というのでしょうか(調べてみると、園部ー京都間の愛称のようです)。山陰本線は乗車して記憶がありませんが、湖西線には乗車したことがあります。大津京駅前が開発されていた印象があります。

2017年6月12日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅89

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午後1時過ぎには旧東海道興津宿付近に居ました。こちらは興津宿東本陣址を示す石碑です。こちらの石碑は、ごく一般的な民家の前にあるのでした。

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旧東海道をさらに西方向へ進むと「水口屋」さんがありました。少々、戻って入口を拝見しましょう。

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興津宿脇本陣水口屋跡なる石碑があります。その奥には一碧楼水口屋跡ともあります。明治時代以降、別称旅館として繁盛したようです。

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さらに西方向へ進むと、西本日址の石碑がありました。現在は駐車場になっているようです。こちらの石碑は、駐車場の出入りには少々、支障がありそうな位置にありました。

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西本陣址の石碑のお隣は、自転車屋さんとなっていました。脇本陣の水口屋さんが明治時代以降繁盛したのに対し、本陣址が寂しくなっています。時代の流れは酷なものがあります。

2017年6月11日 (日)

腕時計

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子供部屋を整理していたら静止した腕時計が出てきました。本来、動いているものが動かないのは腑に落ちません。ということで、裏面を見てみると、
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四隅のネジで蓋が止めてあるようです。ネジを緩めて内部を覗いてみると、
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このようになっていました。チョット、ネットで調べてみると電池の取り外し方が判明しました。白いプラスチック部品を外すことがコツだったようです。どうにか電池を外すことができました。電池は、SR626SWと記載されています。近くのナフコに行くと売り切れでした。100円ショップで、
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SR626とうい電池がありました。デメもとで購入して腕時計に挿入しました。ショートしないようにピンセットを使用し時計にセットしました。ここでハプニングが発生しました。プラスチック製のベルトが切れてしまいました。こちらも瞬間接着剤で処理しました。時計は動き始めました。ひょっとしてベルトが使用に耐えることができれば、腕時計として使用可能となるかもしれません。休日はこのようなことをして楽しんでいます。誰も褒めてはくれません。
 
 

2017年6月10日 (土)

稲の定点観測2017---その12---つづき

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本朝の赤い花を拡大して撮影してみました。太陽が直上にあり思うように撮影が不可でした。とりあえず撮影したのが、こちらの写真です。花なのか葉なのか良く判りません。
結局、良く判らないのでした。
6/11追記、和歌山県串本の「タ〇〇チ」さんから連絡がありました。アメリカデイゴとのことです。 御指摘、ありがとうございます。

いつもの公園

いつもの公園
いつもの公園のベンチに適度な日陰を見つけたので、文庫本を持って来ています。心地よい風に吹かれながら読書しています。

稲の定点観測2017---その12

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毎週末に記録している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。いつもの山の伐採済の箇所にはどうやら道のようなものが出来ています。やはり、植樹されていたものが伐採の時期を迎えたのでしょう。 稲の方は、
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こちらの写真のように順調に生長しているようです。関係者にお話しをお聞きすると、普通期作では6/15頃から荒代(あらしろ)、植代(うえしろ)が始まり、6/25頃に田植えとのことです。今回、その関係者にお聞きすることで荒代、植代という言葉を初めて知りました。早期水稲とでは約3ケ月、時期がずれて居ることになります。荒代植代に関してはリンク先を御参照下さい。
さて、今朝は少々、寝坊をして午前6時過ぎに起床して約3Kmのjoggingへ出かけています。
早期水稲の写真を撮影した後、走っていると、
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歩道に、このような赤い花弁が落ちているのでした。見上げてみると、
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このような赤い花が咲いているのです。このブログを記載するに当たり、もう少し拡大して撮影しておけば良かったと後悔しています。時間があれば、後から再度、撮影してみましょう。さらに走っていると、
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このような生長段階にある果実を見つけました。柿でしょうか?
joggingをしながら、このような発見があることを面白く思います。
宮崎は6/6に梅雨入りしたようですが、6/7, 6/8, 6/9と晴れています。明日の天気予報は雨です。晴れの今日一日を有意義に過ごそうと考えています。

2017年6月 9日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅88

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午後1時過ぎには旧東海道興津宿に居ました。こちらは興津宿公園となります。

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公園内には興津宿の由来が記載されています。抜粋してみましょう。「この付近一帯が興津と呼ばれたのは、宗像神社の祭神(興津島姫命;おきつしまひめのみこと)がここに住居を定めたころからと言われている。また、平安末期から興津家一族(興津・小島地区を治めていた)が住居していたのでその名を地名としたとの説もある。古代から呼び名は、奥津、沖津ともいわれていた」とあります。ようやく、宗像神社との関連がハッキリして来ました。九州と関連があるようです。

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公園内には興津町役場跡なる石碑もありました。「清水市合併20周年記念」ともあります。現在では、興津町、清水市とも静岡市に合併されてしまったようです。

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この興津宿公園は、興津交番の横に位置していたのでした。

2017年6月 8日 (木)

ビブリア古書堂の事件手帖---第4巻

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前回に引き続きこちらの本を選択しています。ビブリア古書堂の事件手帖第4巻です。本の帯には以下のような記載があります。
 
珍しい古書に関係する、特別な相談―謎めいた依頼に、ビブリア古書堂の二人は鎌倉の雪ノ下へ向かう。その家には驚くべきものが待っていた。稀代の探偵、推理小説作家江戸川乱歩の膨大なコレクション。それを譲る代わりに、ある人物が残した精巧な金庫を開けてほしいと持ち主は言う。金庫の謎には乱歩作品を取り巻く人々の数奇な人生が絡んでいた。そして、深まる謎はあの人物までも引き寄せる。美しき女店主とその母、謎解きは二人の知恵比べの様相を呈してくるのだが―。
この巻の謎解きには、点字やらアナグラムが登場します。今回、こちらの本を読み初めてアナグラムという言葉を知りました。第4巻は、このシリーズでは珍しく長編となり、この巻全体を使用して1つのstoryが展開しています。まあ、休日に暇がある場合には丁度良い読み物となります。

2017年6月 7日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅87

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午後1時過ぎには旧東海道興津宿付近に居ました。こちらは興津宿の米屋高山仙吉商店さんを撮影したものです。店先には、時期外れの杉玉が掲げられているのです。もう、新酒ができたのでしょうか?

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少々、西に進むと興津宿を示すモニュメントがありました。静岡市清水区と記載があります。清水市って市町村合併で消失したようです。

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興津宿案内板なるものもありました。拡大してみましょう。

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旅籠の油屋さんと、油屋をしている松原屋さんがあったようです。チョット、混同してしまいそうです。

2017年6月 6日 (火)

窓のネジ

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近所のナフコでネジを購入して来ました。一階の窓を固定しているヒンジのネジが不具合であったことが先々週土曜にに判明したのです。実は、もう2年ほど放置していたのですが、先々週、トイレの修理に担当者に来宅してもらった際に、こちらの窓も見てもらいました。ヒンジに合致したネジの手持ちがなかったので、担当者からは「直径4mmのトラスネジが良いでしょう」と教わりました。長さは測定してみると6mmでした。ナフコに行くと、長さが10mmのものが最短でした。因みにM4とは直径4mmのミリネジを示しているようです(他にネジにはインチネジもあります)。既成品ですので、ひょっとすると10mmでもいけるかと思い\158(税込み\170)で購入してきました。まあ、だめモトです。\158で修理できれば幸いと思っています。
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ヒンジに使用してみました。長さが10mmですと、窓内枠に収納できない可能性がありましたが、バッチリ、開閉可能となりました。修理が完了です。天気もよく、修理も上手くいくと気持ちが晴れ晴れします。
 
 
 

2017年6月 5日 (月)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅86

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5午後0時半前にはJR興津駅手前に居ました。旧東海道を歩いていると、このような石碑がありました。石碑には身延山道と彫られているようです。ここから身延山道がはじまるのでしょうか?

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さらに西方向に進むと、鉄工所の前にひっそりと一里塚の石碑があるのでした。

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ようやく、興津宿に入ったようです。大きな看板がありました。看板には清水区の記載もあります。


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直ぐに、JR興津駅に到着しました。正午を過ぎ、空腹感もあったので駅前のコンビニで昼食を探そうかと思っていましたが、駅前にコンビニがありませんでした。300m程度でしょうか旧街道まで徒歩で戻り昼食をgetしています。

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駅前まで戻り、駅前にあった日よけつきのベンチで昼食を頂くのでありました。

2017年6月 4日 (日)

こぼれ種朝顔2017---その2

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またもや、砂利からこぼれ種朝顔の双葉が出てきました。しかも、コンクリート製のテラスと砂利の間からです。こちらも移植こてにて移植することにしました。
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今年は植物用のネットは張らず、one coin shopで写真のような三脚柱を購入して来ました。
可能であれば支柱に絡ませて生長させたいと思っています。
今までに移植したものは、どうにか生長しているようです。今回のものも生長するかな?

近所の散策2017---芒種の頃1

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今年は明日6/5が芒種のようです。芒種とは本来、種まきの頃という意味のようです。
さて、こちらは当家南側に植樹されている花です。たぶん、ユリ系の植物だと思います。庭師の方が植えているので名前は知りません。 きれいに開花しているので撮影してみました。名称が判明しました。カサブランカというオランダで改良されたユリのようです。
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今朝も午前5:30分頃には目が覚め、約3Kmのjoggingへ出かけています。走り終わってストレッチをした後、公園を越しに空を撮影しました。雲ひとつない青空です。早朝で未だ空気はヒンヤリとしています。自宅に戻ろうとすると、
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生垣の上に白つめ草で作りかけの花輪がありました。小さな女の子が忘れていたことでしょう。何だか心が和みますね。
昨日は多種の雑用をすることが出来ました。今週中頃から宮崎の週間天気予報では、天気が崩れ、梅雨入りが懸念されています。
今日は梅雨入り前の最後の休日になる可能性があります。有効に時間を過ごそうと思っています。
 

2017年6月 3日 (土)

稲の定点観測2017---その11

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宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。いつもの山は写真左の伐採が進行している印象があります。こちらは植樹されていた樹木だったのでしょうか。とすると、また、植樹されることでしょう。稲は、
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確実に生長しているようです。先週末は第4次旧東海道徒歩の旅に出かけており観察ができませんでした。
さて、今朝も午前5:30分頃には起床し約3Kmのjoggingへ出かけています。写真は午前6時前に撮影したものです。第4次旧東海道徒歩の旅では静岡市に宿泊していましたが、この時期、静岡は午前4:30分頃には夜が明けて明るかったのを記憶しています。随分、早く、周囲が明るくなるものだと感心していました。
さて、今日明日は連休です。徒歩の旅から帰っても未だ旅の疲労感が残存しています。特に両下肢が日焼けをして軽いやけど状態となっているようです。下肢も日焼け止めクリームを塗っておけば良かったと後悔しています。今日明日は家庭内の雑用をしながら休養を取り、来週の仕事に向けて体調を回復させたいと思っています。

2017年6月 2日 (金)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅85

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/5正午過ぎにはJR興津駅手前まで来ていました。すると、このような石碑がありました。当然、男性としては興味を惹かれるのであります。しかも、通学路にあるのです。

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こちらが、表参道となるのでしょう。足が勝手に、こちらの方向に進みそうなのを必死にこららえて旧東海道を進みました。ブログを記載する際に、女体の森 宗像神社について調べてみました。オキツヒメという宗像神社の女性の神を祀り、この神社の大きな松の木が漁師にとって灯台代わりになったようです。


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さらに西方向へ歩を進めると、桜の樹がありました。


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案内には、「興津の薄寒桜 この樹は、1912年(大正元年)、ワシントンのポトマック河畔に当時尾崎東京市長が桜の苗木を寄贈する為、高値の農林省果樹試験場にそれの育成を懇願された際の一種である。従って、この時の苗木はポトマック河畔の桜と同年生まれの兄弟である。尚、この薄寒桜はその子供に当たる」とあります。

やはり、デジカメの露出が変ですね。でも、ゴミ集積場の横に、こちらの寒桜があるのは、少々、もの悲しいと感じます。

2017年6月 1日 (木)

ビブリア古書堂の事件手帖---第3巻

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今回は、こちらの本を選択しています。前回同様、ビブリア古書堂の事件手帖第3巻です。本の帯には以下のような紹介文が記載されています。

鎌倉の片隅にあるビブリア古書堂は、その佇まいに似合わず様々な客が訪れる。すっかり常連となった賑やかなあの人や、困惑するような珍客も。人々は懐かしい本に想いを込める。それらは思いもせぬ人と人の絆を表出させることも。美しき女店主は頁をめくるように、古書に秘められたその「言葉」を読み取っていき ──。 彼女と無骨な青年店員が、妙なる絆を目の当たりにしたとき思うのは? 絆はとても近いところにもあるのかもしれない。あるいはこの二人にも。これは“古書と絆”の物語。

第3巻でも、複数の新規人物が登場することになります。紙に、氏名と関係を記載しておかないと混乱してしまいます。しかし、著者の書籍に関する知識が豊富なことに驚かされます。

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