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2017年7月26日 (水)

旅の思い出---第3次旧東海道徒歩の旅109

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2016年の夏休みを利用して強行した第3次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。9/6午前11時半過ぎには静岡市葵区付近に居ました。こちらは旧東海道駿府府中宿猿屋町の石碑です。

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猿屋町の案内には、以下のような記載があります。「町名は、猿引きの住む町であったことに由来します。猿引きとは、正月などに家々を回り、猿に舞わせて1年の安泰を祈る芸能のことで、猿廻しとも呼ばれます。中略 この地には、今川氏の時代から猿引きが済、正月、五月、九月に駿府城内や城下の家々などに出向いて馬の病災除けや、子供の疱瘡除けを願い、猿の舞を披露していました。猿は馬の守護神であるという古くからの信仰があり、そうした信仰に基づいて厩(うまや)を回っていたようです」
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こちらは鋳物師町を示す石碑となります。

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鋳物師町の案内には、以下のように記載されています。「東海道府中宿の一画に位置し、町名は江戸時代のはじめに鋳物師が住んでいたことに由来します。鋳物師町の名は今はなく、現在では伝馬町、横田一丁目、日出町に分かれています」

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こちらは旧東海道府中宿を示す案内となります。案内文には、江戸から19番目の宿場となること、天保14年(1843年)には、本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠?軒(判読困難)、家数は3673軒、人口は14071人の東海道最大規模の宿場でしたのと記載がありました。
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案内の写真には、駿府城前には2つのクランクがあることが判ります。

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