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2018年2月

2018年2月28日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅86

Dscf3381 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後3時過ぎには静岡県掛川市掛川駅手前に居ました。何やら古い道標がありました。「大頭龍大権現」と彫られているようです。
Dscf3382 案内には、「この道しるべは、大頭龍大権現と福天大権現の参道標である。昔は掛川宿と深い交流のあった川崎湊(現在の静波町)に続く川崎街道と言って多くの人々に利用されていた。元の位置は約10m程東よりであり川崎街道の起点となっている」とあります。前半の日本語が可笑しな気がします。
Dscf3380 詳細な案内もあったのですが、はっきり言って読む気になれません。細か過ぎて長いのです。恐らく、こちらのようなことが記載されていたはずです。リンク先の下方から抜粋です。「大物主命を祭る大頭龍大権現(菊川市大頭龍神社)と大福天という天狗を祭る福天権現(菊川市竜雲寺)への道標です。
 掛川から川崎湊(牧之原市)まで続く川崎街道の起点でもあり、大頭龍大権現まで2里(約7.9キロメートル)、福天権現まで1里(約3.9キロメートル)川崎湊まで6里(約23.6キロメートル)の道程でした」
Dscf3384_2 さらに西方向へ約10分程度歩くと、葛(くず)川一里塚の石碑がありました。
Dscf3385 隣の秋葉神社常夜燈には神棚のようなものも設置されているのでした。
Dscf3386 掛川市内案内図がありました。写真左が現在地を示しています。写真右方向へ進み掛川駅方向へ進むことになります。
Dscf3387 現在地を拡大して撮影しています。旧東海道は東海道本線に沿ってほぼ平行に位置しています。これから七曲りへと進むことになります。
 
 

2018年2月27日 (火)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅7

Dscf0400 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時半過ぎには宮崎市清武町中野付近に居ました。バス停の名称が中野なので、地名も中野だと思います。Dscf0403 中野バス停付近には、宮崎国際大学を示す大きな案内がありました。Dscf0404 宮崎国際大学には、こちらの交差点を右折することになります。こちらの交差点の名称は不明です。通常、信号機に交差点の名称があるのですが。Dscf0406 交差点から南方向を撮影したものです。自宅周囲をjoggingする際に見る、いつもの山の稜線がやや霞んで見えています。Dscf0407 交差点を右折すると直ぐに、このような石碑があったのですが、表面が摩耗しており、何が記載されているかは全く判読できませんでした。Dscf0408 こちらが、宮崎国際大学の校舎となります。大晦日でもあり、手前の職員駐車場にクルマはないのでした。

2018年2月26日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅85

Dscf3373 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後2時過ぎには静岡県掛川市付近に居ました。こちらは、伊達方一里塚を示す石碑です。
Dscf3375 案内には、江戸から57番目の一里塚であること、明治33年頃に取り壊されたことが記載されています。「何も、取り壊すことはないのに」と思うのでした。
Dscf3376 暫く歩くと、夢街道東海道の例の石碑がありました。掛川市本所とあります。かなり劣化しており、掛川宿までの距離は判然としないのでした。こちらの道標を過ぎてから、写真撮影をしていないことろを鑑みると、あまり気を引くようなものがなかったのでしょう。
Dscf3377 約30分、歩いて気を引いたのが、こちらの馬頭観音です。まあ、当方はこのように馬頭観音を撮影はしていますが、その意味は知りません。詳しくは、こちらのリンク先へ。
Dscf3378 馬頭観音の直ぐ近くには、東海道の道標がありました。掛川市成滝と記載されているようです。こちらの劣化もかなりなものでした。この付近で、更なる旅の道連れが増えたのでした。頭に陣笠、背に大きな荷物、手には杖、全身が強く日焼けしている屈強な60歳前後の男性です。何と、横浜から徒歩で淡路島まで行くとのことでした。この人を陣笠の男性と呼ぶことにします。陣笠の男性は、以前、四国八十八か所廻りも徒歩で周遊したとのことです。陣笠はその際に購入したものとのことです。暫くの間、三人で歩くことになりました。
 

2018年2月25日 (日)

My favorite book series---不毛地帯2

2_2 前回に引き続き今回も山崎豊子氏の「不毛地帯第2巻を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

商社マンとして生き抜くことを宿命と感じるようになった壹岐は、防衛庁の次期戦闘機選定に伴う商社、メーカーの熾烈な受注合戦に巻き込まれる。国防のため、真に優れた機を採用させようと奔走するが、背後には次期総裁選をめぐる暗闘が横たわっていた。壹岐は政界や防衛庁内の利害が複雑に絡み合う「黒い商戦」で水際立った手腕を発揮する。しかし、その代償もまた大きかった。


この本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。

人事権を握った上司の感情を害し、睨まれたら真面目に努力しても裏目、裏目にしか出ない不公平というものはある」(p52)。


「つき合いが大変で毎晩、宴会また宴会で、お流れ頂戴どころか、男芸者に徹しなくては、あいつは話せる奴だと認めてもらえない」(p261)。

「スエズ封鎖がなかったら大損をする?損したらまた儲けることを考えりゃいい」(p485)。

「繁栄だけをもたらし、人間の心をおき忘れつつある現在の社会の中で、壱岐が今、氏名を記している友だけが、心のふれ合いを感じるような気がした」(p588)。


商社マンは大変ですね。

 

2018年2月24日 (土)

LibreOffice

Libre2
Windows10のupdateに伴い自宅PCのMicorsoft-Wordが壊れてしまい、ワープロが使用不可となっていました。仕事場では、Kingsoft WPS Officeを購入して使用していますが、自宅でもワープロを使用することがあり、困惑していました。
 以前から、OpenOfficeやStarSuitが存在することは知っていましたが、調べているうちにOpenOfficeからの派生型であるLibreOfficeが頻回にVersion upしていとのことで、自宅ではLibreOfficeを試用してみることにしました。未だ、ワープロのみの使用です。少々、癖のあるアプリでページ設定に関して困惑しましたが、極一般的な使用に関しては全く支障がないようです。暫くの間、使用してみることにします。

2018年2月23日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅84

Dscf3367 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時半過ぎには旧東海道日坂宿を通過しています。こちらは、事任(ことのまま)八幡宮の駐車場の案内となります。先日、「出川哲朗の充電させてもらえませんか」というTV番組を見ていたら、出川さんと千秋さんがこちらの八幡宮に立ち寄っていました。「ここへ行った、行った」と思いながら、TV番組を見、親近感を覚えたのでした。
Dscf3368 こちらが、八幡宮の表参道のようです。他に本山入口なる案内もありましたが、ここでは割愛します。
Dscf3369 事任八幡宮の近くの旧街道沿いには、このような果実が鈴なりに成っていたのでした。「一体、何の実でしょう?」と一緒に歩く白い帽子のご婦人に聞きましたが、ご婦人も知らないようでした。Dscf3370この付近で国道1号線と旧街道は分岐するのでした。写真は歩道橋の上から掛川方面を撮影しています。旧街道は写真左となるのです。
Dscf3371 旧街道を進むと、こちらの案内板に目が留まりました。柿園嵐牛翁とあります。「柿の農園でも作った人かな」と旅行中は思っていました。説明文が長すぎて、あまり読む気になれなかったのです。今回、ブログを記載するに当たり調べてみると、どうやら、俳人のようです。詳しくは、こちらを参照で。どうやら、屋敷内の柿の落ち葉を拾い集め、それに俳句を書いたようです。旧東海道沿いは人々の往来により、文化が栄え、教養人が多かったようです。
Dscf3372 こちらが、嵐牛蔵美術館の入口のようです。勿論、美術、芸術には縁遠い当方ですので、passします。

2018年2月22日 (木)

My favorite book series---不毛地帯1

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新規の本の購入はありません。今回は当方の書棚からこしらの本を選択しています。山崎豊子氏の「不毛地帯1」です。本の帯には以下のように紹介されています。

大本営参謀・壹岐正は、終戦工作に赴いた満州でソ連軍に抑留される。酷寒のシベリアで、想像を絶する飢餓と強制労働に11年にわたって耐え抜き、ついに昭和31年、帰還を果たした。その経歴に目を付けた近畿商事の社長大門の熱心な誘いに応え、第二の人生を商社マンとして歩むことを決意。地獄の抑留生活の傷も癒えぬまま、再び「商戦」という名の新たな戦いに身を投じる。人間が生きていく上で極限状態(自然状況、栄養状態)にあるシベリアで11年も抑留生活を送った主人公にまず畏敬の念を覚えます。

さて、こちらの本でも気になった個所を抜粋してみましょう。

片眼の狼が壱岐に対する言葉。「人間生きている限り、そう悪いことばかりじゃねえよ」(p377)。

大門一三の壱岐への言葉。「人が財産という点で、軍隊も商社も本質的に似ているから、その人材を生かすも殺すも賞罰の仕方1つといいたいところやが、人材の値段が違うんやから、賞はともかく罰では当然、違ってくるやろうな」(p627)。

当方は商売、経済のことが全く理解不能ですので第12章の仕手戦に関しては理解できていません。

2018年2月21日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅83

Dscf3359 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時半過ぎには旧東海道日坂宿に居ました。こちらは日坂宿の下木戸跡のようです。
Dscf3360 案内には、「古宮橋の架かる逆川のこの場所が下の木戸となっていて、江戸時代初期の頃までは橋幅も狭く、粗末な木橋で、いったん事が起こったときには、宿場の治安維持の目的にて橋をはずしたとも伝えられています」とあります。
Dscf3361 こちらが現在の古宮橋となります。コンクリート製の立派な橋梁となっています。Dscf3362 橋を渡ってすぐに、何やら案内板があります。白い帽子のご婦人が先に案内文に目を通しています。当方は撮影です。
Dscf3363 案内には、「賜硯堂成瀬大域出生の地」とあります。成瀬大域は書家のようです。説明文に中で目を引いたのは、「42歳の時状況、安井息軒の門に入って書を修めました」とあります。安井息軒の生誕の地は、当家の近くの宮崎市清武町にあるのです。世の中広いようで、狭いようです。
Dscf3364 こちらの近くには、やはり秋葉常夜灯があるのでした。

2018年2月20日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その26

20180102
2018年1月1日から1月31日までjoggingで112Km走っています。今回の仮想乗車区間は、JR羽越本線女鹿駅からJR奥羽本線八郎潟駅まで乗車したことと仮定します。この間は110Km、合計21駅で通常各駅停車で126分(乗車時間は117分)で走行するようです。料金は1940円だそうです。残は43Kmとなります。 前回の条件で旅行したとすると、女鹿駅12:59分発、秋田駅14:25分着となります。乗り換えで秋田14:28分発、八郎潟14:59分着となります。この間で知っている地名は八郎潟程度です。大規模な干拓工事により広大な耕作面積が発生したことを小学校の教科書で習った記憶があります。若い人は、八郎潟という大きな湖があったことを知らないでしょうね。

2018年2月19日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅82

Dscf3352 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時半過ぎには旧東海道日坂宿に居ました。こちらは、萬屋さんの対側にある川坂屋さんです。こちらも旅籠ですが、士分の方が利用されたもののようです。
Dscf3353 こちらが、川坂屋さんの全体像となります。白い帽子のご婦人が案内を読まれています。この方は、非常に上品な顔立ちの方でした。職業はお聞きしませんでしたが、その所作から、普通の主婦ではなく、ただ者ではないと思っています。
Dscf3354 さらに日坂宿西口方向に進むと、秋葉常夜灯があります。
Dscf3355 案内には、「日坂宿はしばしば火災にあっているためか、火伏せの秋葉信仰が盛んであった」とあります。
Dscf3356 常夜灯の近くには、高札場がありました。
Dscf3357 こちらが、高札場の全体像です。かなり大きなものでした。

2018年2月18日 (日)

近所の散策2018---立春過ぎ5

Imgp1205当家の樹木の本日の状況です。こちらは河津桜です。ほぼ満開となりました。蕾はピンク色でしたが、その赤味が開花すると薄くなりました。

Imgp1213 こちらは、ロゼフローラです。こちらも満開を過ぎ、花弁が落下しているものもあります。メジロが飛来して河津桜、ロゼフローラの蜜を吸っていきます。メジロが花弁を落下させているようです。まあ、いいでしょう。
Imgp1218 こちらは、カメリアファイアーダンスです。相変わらず蕾のままで開花する気配もありません。
週末は、このようにデジカメで近所を撮影して時間が経過して行きます。

My favorite book series---長英逃亡(下)

Photo今回は、前回に引き続きこちらの本を選択しています。吉村昭氏の「長英逃亡(下巻)」です。本の帯には以下のように紹介されています。

放火・脱獄という前代未聞の大罪を犯した高野長英に、幕府は全国に人相書と手配書をくまなく送り大捜査網をしく。その中を門人や牢内で面倒をみた侠客らに助けられ、長英は陸奥水沢に住む母との再会を果たす。その後、念願であった兵書の翻訳をしながら、米沢・伊予字和島・広島・名古屋と転々とし、硝石精で顔を焼いて江戸に潜伏中を逮捕されるまで、6年4か月を緊迫の筆に描く大作。

こちらの本を読了して感じたことは、「能力のある人(長英)が不運に見回れたな」ということです。長英脱獄後、蛮社の獄で長英に永牢を言い渡した鳥居耀蔵の失脚、薩摩藩内のお家騒動等など不運に遭遇しているのです。鳥居耀蔵の早期失脚があれば無罪放免で出獄も可能であったでしょうし、薩摩藩のお家騒動がなければ薩摩藩領内に庇護されることも可能であったでしょう。何とも不運な方です。時代の潮流に押し流されたということでしょう。

近所の散策2018---立春過ぎ4

Imgp1196こちらもjogging course沿いにある樹木です。蕾が生長しつつあります。「梅かな、桜かな」なんて思いながらjoggingを中断して撮影しています。Imgp1202こちらもjogging course沿いにある紅梅です。綺麗に開花していました。天気が良く、背後の青空も綺麗です。

さて、今日は少々、寝坊をして午前6:30分頃に起床しています。朝食を取った後、7:30分頃から約6Kmのjoggingへ出かけています。ニュースでは、昨日の平昌オリンピック男子フィギュアスケートの羽生結弦選手と宇野昌磨選手の金銀メダル取得を報道しています。お二人とも達成感を感じられていることでしょう。当方の年代ともなると、あまり達成感を感じることが少なくなりました。まあ、年齢的に仕方がないかと思っています。昨日は、色々と雑用をして過ごしました。本来であれば、今日までの晴天の休日を上手く活用すべきではありますが、あまり変わったことはないでしょう。

2018年2月17日 (土)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅6

Dscf0391暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時過ぎには県道47号線宮崎北郷線を宮崎国際大学方向へ向かって歩いていました。平野団地前(宮崎駅方向)のバス停近くには、Dscf0392宮崎自動車道があるのでした。Dscf0393バス停付近から国際大学方面を撮影しています。こちらの橋を渡ることになります。Dscf0394橋の名称は、経田橋というようです。Dscf0396こちらは平野団地前(国際大学方向)のバス停から県道47号線を撮影したものです。宮崎市内から清武町方向へは、やはり、国道269号線が主の道路となり、こちらの道路の通行量は決して多くはないようです。Dscf0397国際大学方向へ歩くと、謎の廃車バス置き場がありました。門扉には特に名前はありません。よく判らない施設です。Dscf0399歩行を続けると、チロリアンハットが開花しているのでした。心が和みますね。

近所の散策2018---立春過ぎ3

Imgp1183こちらは、いつもの加江田神社です。今朝jogging中の午前8時半頃に撮影しました。朝日を受けて非常に綺麗です。Imgp1189こちらは先週も撮影した加江田神社近くのヒマラヤ桜です。ほぼ、満開となりました。花としては綺麗なのですが背後にある電線が興醒めです。

今朝は午前5時過ぎに自然と目が覚め、録画していた知恵泉を見ながら朝食を頂き、その後、二度寝をしてしまいました。というこので8:30分頃からのjoggingとなりました。この時期、この時間帯は天候が良ければ日差しが非常に明るくなっています。屋外では少々、寒いのですが、屋内にいるとその日差しで暖かく感じます。
今週2/12が振替休日だったので4日間のみ仕事をして、またもや連休となりました。勿論、特に予定はありません。いつもの週末のように家の雑用をしているうちに過ぎてしまうことでしょう。

2018年2月16日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅81

Dscf3345 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時半過ぎには旧東海道日坂宿に居ました。こちらは日坂宿脇本陣黒田屋さんのようです。旧脇本陣も今となっては一般、民家のようです。

Dscf3346 案内には、黒田屋の構えは1862年の宿内軒並取調上帳には、間口8間、奥行15間、畳101畳、板鋪(敷?)15畳、惣坪数〆120坪とあります。さらに明治天皇が、街道巡幸の際、明治2年3月21日、明治11年11月2日に、ここ脇本陣で小休止を取られたとの記載もあります。

Dscf3347 近くには、日坂宿の浮世絵もありました。

Dscf3348 浮世絵の横には、風情のある古風な家屋があるのでした。

Dscf3349 案内には、日坂宿最後の問屋役を務めた伊藤文七邸とあります。子々孫々、栄えた家のような説明文があります。

Dscf3350 さらに、近くには萬屋さんがありました。今回、ブログを記載するに当たり説明文を拡大して見てみると、こちらの萬屋さんは庶民が利用する旅籠だったようです。

Dscf3351 こちらも、木造の古風な日本家屋なのでした。案内には、安静年間(1854-1859年)の早い時期に建築されたとの記載がありました。

2018年2月15日 (木)

My favorite book series---長英逃亡上

Photo今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭氏の「長英逃亡上巻」です。読書する本がなくなったので久しぶりに自宅書庫内を見渡しました。すると、こちらの本が目に入り選択した次第です。本は平成20年第九刷なので、9年前に一度、読書したものです。本の帯には、以下のように紹介されています。

シーボルトの弟子として当代一の蘭学者と謳われた高野長英は、幕府の鎖国政策を批判して終身禁固の身となる。小伝馬町の牢屋に囚われて五年、前途に希望を見いだせない長英は、牢名主の立場を利用し、牢外の下男を使って獄舎に放火させ脱獄をはかる。江戸市中に潜伏した長英は、弟子の許などを転々として脱出の機会をうかがうが、幕府は威信をかけた凄まじい追跡をはじめる。

さて、こちらの本でも気になる箇所を抜粋してみましょう。「人間というものは自分の力だけで生きることはできず、他人の力を得なければ生きてはゆけぬものだと改めて思った」(p198)。

「(福田)宗禎は、長英にそのようなこと(政治、海防のこと)にかかわるべきではない、と年長者として何度も強く忠告したが、長英は耳をかそうとはしなかった」(p230)。

この本にも人間が生きていく上で、重要なことを読み取ることができます。

2018年2月14日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅80

Dscf3340 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時半過ぎには旧東海道日坂宿に居ました。日坂宿に入る前に道を少々、間違え、地元の人に聞いています。こちらは、日坂宿の案内板です。白い帽子のご婦人が写真左に写っているので、案内板の大きさがお判り頂けると思います。そうです。この白い帽子のご婦人とは掛川まで一緒に歩くことになりました。
Dscf3339 現在地を拡大して撮影しています。道を間違えたのは、旧国道1号線から日坂郵便局前を通過して、こちらの案内板に到着しているのです。一人で歩いていれば、引き返して旧街道を歩くのでしたが、白い帽子のご婦人が一緒だったので、そのまま歩くことにしたのでした。
Dscf3341 案内には、要約すると、江戸から54里、東海道三大難所の小夜の中山峠の西麓にあること、家数168軒、人口750人、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠33軒、宿場の東口から西口までの距離は700mとあります。
Dscf3342 こちらが、東海道を示す道標です。掛川市日坂本陣跡とあります。
Dscf3343 本陣扇屋さんの跡地は、公園になっているようでした。
Dscf3344 そして、問屋場跡は何の変哲もない普通の門扉内にあるのでした。何故か家屋はないようです。

2018年2月13日 (火)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅5

Dscf0381暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時頃には宮崎市清武町下加納付近に居ました。日豊本線を横断すべく踏切に来ています。加納駅方面を撮影したものです。すると、こちらの踏切の名称が書かれた機材がありました。機材には飫肥街道踏切とあります。こちらの踏切は今までに何度もクルマで横断していますが、初めてその名称を知りました。こちらの県道47号線が旧飫肥街道であることを裏付けるものですね。Dscf0385こちらは、飫肥街道踏切から都城方向を撮影したものです。学生時代に居住していたアパートが写っているようです。Dscf0386踏切から宮崎国際大学方向へ歩くと直ぐに、牧の札バス停がありました。Dscf0387時刻表を見てみると、結構な便数があることが判ります。Dscf0388しかし、12/25-1/5間は学校が冬休みとなるので学休日運休ダイヤとなる旨が記載されています。学生さんの利用が多いようです。Dscf0389さらに少々、登坂を続けると旧家を思わせる大きな和風家屋があるのでした。

2018年2月12日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅79

Dscf3335 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時過ぎには、静岡県掛川市中山峠付近に居ました。二の曲がりと沓掛の案内がありました。
Dscf3336 こちらの急カーブを「二の曲り」というようです。
Dscf3337 二の曲りを過ぎ、坂を下った場所にこちらの案内がありました。沓掛は不明でした。
Dscf3338 案内には、「東海道五十三次 日坂 浮世絵版画 安藤広重作 狂歌入東海道」とあります。017 こちらが、高校同級生から頂戴した浮世絵の東海道日坂を描画したものです。安藤広重の東海道五十三次の浮世絵にも、図柄が異なるものがあるのでしょうか?

近所の散策2018---立春過ぎ2

P1080592こちらは、近所の加江田神社の今朝の状況です。朝日を受けて鳥居、本殿が綺麗でした。P1080589こちらは、先週も撮影した加江田神社近くのヒマラヤ桜です。5分咲き程度でしょうか。P1080593こちらも朝日を受けて開花している水仙の花です。綺麗だったのでjoggingを中断して撮影しました。P1080597自宅近くの公園越しに空を撮影しました。ストレッチ運動をしながら撮影しています。空には雲1つなく晴れ渡っています。放射冷却現象でしょうか、冷え込んでいます。

今朝は午前6時頃に起床し、朝食を頂き、午前7時すぎから約6Kmのjoggingへ出かけています。何故、走るのかといえば他にすることがないからです。
02 このブログを書くにあたりniftyのホームページを見ると高速道路の九州道がかなりの区間で通行止めになっています。
昨日からクルマで博多へ行こうかと思っていましたが、行かなくって良かったです。

2018年2月11日 (日)

近所の散策2018---立春過ぎ1

Dsc_0717今週の当家の樹木の状況です。こちらはロゼフローラです。一部の個体が開花しました。1分咲き以下の状態です。殆どは未だ蕾の状態です。Dsc_0739こちらは河津桜です。同一個体を撮影しています。こちらの桜は下を向いて開花するのです。Dsc_0736異なる個体となりますが、河津桜も一部が開花しています。こちらも1分咲き程度でしょうか。ロゼフローラ、河津桜とも開花するとメジロが飛んできて、花の蜜を吸っていくので早めに花が散ってしまうような気がします。Dsc_0721こちらはカメリアファイヤーダンスです。未だ、蕾の状態が継続しています。植樹されて既に10年程度経過していると思いますが、こちらの椿の開花時期がすこしづつ遅くなっている印象があります。椿なのに開花するのが4月頃となるのです。

さて、3連休の2日目です。今朝も午前6時半頃に起床し、朝食を頂き7:20分頃から約3Kmのjoggingへ出かけています。その後、高校の先輩への葉書を書き、今年の年賀状を整理し、妻とジョイフルで昼食、スーパーで買い物をしているうちに時間が過ぎてしまいました。休日は、このようにして何となく、経過してしまうのです。

人斬り以蔵

Photo_2

今回はこちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「人斬り以蔵」です。本の帯には以下のように紹介されています。

自己流の暗殺剣法を編み出し、盲目的な殺し屋として幕末の世を震えあがらせた岡田以蔵の数奇な生涯を追跡する表題作。日本陸軍建軍の祖といわれる大村益次郎の半生を綴った『鬼謀の人』ほか、『割って、城を』『おお、大砲』『言い触らし団右衛門』『売ろう物語』など。時代の変革期に生きた人間の内面を鋭く抉り、長編とはまた異なる味わいの、人間理解の冴えを見せる好短編、全8編。

本来、恐い表題や内容の本は選択しないのですが、今回は古本屋で見かけたので読書することにしました。8編の短編が収録されているのですが、その殆どは内容を知っているものでした。以蔵のことも「竜馬がゆく」で読書済です。そうそう、その昔、NHK大河ドラマで「花神」を放送していた際に、以蔵役をショーケンが演じていたことを思い出しました。

さて、この本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。「後藤又兵衛は、人や物に値がつくのは相手によるものじゃということを知らぬ。つまりは天道を知らぬ。天道を知らぬものは真の器量人ではない」(p406)。まあ、そういうことでしょう。

2018年2月10日 (土)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅4

Dscf0373暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時前には宮崎市清武町下加納付近の追分交差点に居ました。こちらの交差点の名称はなんとなく知っていましたが、今回、旧飫肥街道を徒歩で歩くことにより、その由来が判りました。街道の分かれ道となっているのです。Dscf0375追分交差点から、これから歩くべき方向を撮影しています。宮崎国際大学方向へ登坂となるのです。Dscf0376旧飫肥街道は、現在の県道27号線で宮崎北郷線なのです。宮崎国際大学まで約2Kmとあります。勿論、クルマで通行したことはありますが、徒歩で通行するのは初めてです。Dscf0377県道の表示からすぐに橋がありました。Dscf0378牧の札橋というようです。歩行者用に側道橋も架橋されているのでした。Dscf0379牧の札側道橋から清武町方面を撮影したものです。どちらが、上流なのかが良く分かりません。Dscf0380川の名称がありました。そうそう、八重川です。一級河川なのでした。1級河川にしてはやや小ぶりな川なのでした。

2018年2月 9日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅78

Dscf3330 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時過ぎには静岡県掛川市中山峠付近に居ました。この付近は本当に句碑が多いのです(今回、ブログを記載するに当り、割愛しているものもあります)。こちらにも句碑がありました。
Dscf3331 こちらも松尾芭蕉の野ざらし紀行にある句のようです。「馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり」。「あれ、これって、諏訪原城跡付近にも同じような句碑があったような気がするなー」。そうです、第4次旧東海道徒歩の旅66でも同じ句碑がありました。当ブログのように使いまわしをしているようです(笑)。
Dscf3332 近くには、夜泣石跡の石碑がありました。
Dscf3333 「妊婦の霊魂が移り泣いたという石(夜泣石)が明治元年までここの道の中央にあったが、明治天皇御東幸のみぎり道脇に寄せられた。その後明治初年とうきょうで博覧会があり、出品された帰途、現在の位置に移る」と説明文にはあります。

2018年2月 8日 (木)

殺しの4人 仕掛人藤枝梅安1

1 今回は、こちらの本を選択しています。池波正太郎氏の「殺しの4人 仕掛け人・藤枝梅安1」です。

本の帯には以下のように紹介されています。品川台町に住む鍼医師・藤枝梅安。表の顔は名医だが、その実、金次第で「世の中に生かしておいては、ためにならぬやつ」を闇から闇へ葬る仕掛人であった。冷酷な仕掛人でありながらも、人間味溢れる梅安と相棒の彦次郎の活躍を痛快に描く。「鬼平犯科帳」「剣客商売」と並び称される傑作シリーズ第1弾。

こちらの本からも気になった箇所を抜粋してみましょう。津山悦堂(梅安の師匠)から梅安への言葉「恩というものは他人に着せるものではない。自分が着るものだ」(p139)。こちらの本にも5編の短編が収録されており、一話完結となりますが、全体的に次へと繋がる構成となっています。鬼平犯科帳と同様です。TVドラマとするには丁度良いので、「仕事人、仕掛人シリーズ」となったことでしょう。こちらの本も当方の志向とはやや違うようです。

2018年2月 7日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅77

Dscf3320 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後1時前には、静岡県掛川市中山峠付近に居ました。この辺りには、句碑が多いのです。旧東海道を偲ばせます。句碑に書かれている文字は当方には判読不可なので、説明文の方を撮影しましょう。
Dscf3321 こちらは、芭蕉の野ざらし紀行にある句のようです。まあ、そうなのでしょう。
Dscf3322 近くには白山神社もあるのでしたが、非常にこじんまりとした神社なのでした。旧東海道を示す道標があります。
Dscf3327 こちらの石碑には、涼みの松広場と刻まれています。広場というには、少々、狭かった印象が残っています。
Dscf3328 説明文がありました。「小夜の中山夜泣石のあった駅路の北側に大きな松があり、松尾芭蕉がこの松の下で、「命なりわずかの笠の下涼み」と詠んだと言います(以下略)」
Dscf3329 こちらが石碑です。「命」は判読可能ですが、以下は、なかなか読み難いですね。

2018年2月 6日 (火)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅3

Dscf0366 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時前には国道269号線加納神社付近にいました。こちらが、どうも国道269号と旧飫肥街道の分岐点のようです。写真左が国道、右が旧街道だと思います。Dscf0367 少々、進むと石柱がありました。判読困難ですが、宮崎元標壱里宮崎郡清武村大字加納と刻まれているようです。Dscf0368 裏には、清武へ壱里壱町拾四間と刻まれています。旧街道を忍ばせるものが発見できて、このような時に徒歩の旅の醍醐味を感じるのでした。Dscf0371 石柱の近くには加納神社がありました。この当たりに神社があることも、今回、初めて気が付いたのでした。Dscf0372 こちらは、加納にあるハンズマンです。対側には加納豪商跡があるはずなのですが、今回、残念なことに気が付きませんでした。

2018年2月 5日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅76

Dscf3310 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後0時半過ぎには静岡県掛川市中山峠付近に居ました。日坂宿の案内板がありました。後ろは、茶畑です。この付近も牧之原台地のようで一面、茶畑が展開しているのでした。この付近で当方がデジカメで写真を撮影していると、先ほどの白い帽子の女性に追いつかれることになりました。以後、成り行きで一緒の歩くことになりました。白い帽子の女性も旧東海道を歩いているようで、当日はJR金谷駅から徒歩して来たとのことでした。手にしたガイドブックには、「久美堂」の紙製ブックカバーがしてあります。当方が、そのガイドブックは久美堂本店でご購入ですか、小田急百貨店8階でご購入ですか」お聞きすると、小田急百貨店8Fとのことでした。こちらの女性は、玉川学園に居住されているとのことでした。当方も、高校までは相模原在住で、久美堂には良く本を購入しに行っていたこと等をお話しながら歩くのでした。世の中は広いようで狭いです。
Dscf3311 この付近になって、栗ケ岳の「茶」の文字が見えるようになりました。望遠が効かないデジカメでしたが、山の中腹に「茶」の文字があることがお判りいただけると思います。
Dscf3313 旧街道を進むと、天皇杯受賞とか農林水産大臣賞受賞という文字がある工場がありました。たぶん、有名な工場なのでしょう。
Dscf3314 工場の看板左下には、日坂の浮世絵も描かれていました。恐らく、もう少し先が日坂となるはずです。
Dscf3315 更に街道を進むと一里塚がありました。佐夜鹿一里塚とあります。鹿の意味がよく判りません。
Dscf3316 案内には、こちらの一里塚は1604年に造られたこと、当初は里数が記載されていなかったこと、日本橋から56里であったこと、以後、里数に関しては52里、54里等と相違があったようです。東海道のルート変更により変遷したと記載されています。

2018年2月 4日 (日)

近所の散策2018---立春

Dsc_0708本日、正午頃にこちらの写真を撮影しました。道路脇に植樹されている街路樹です。一部の花弁が開花していました。当家の河津桜ににていますが、Dsc_0706樹木に掲げられた木札にはヒマラヤ秋桜とあります。たぶん、ヒマラヤ桜なのでしょう。まあ、綺麗なので可とします。晴天で日差しも良いのですが、風が強く、外は寒いです。

鬼平犯科帳1

1 今回は、こちらの本を選択しています。池波正太郎氏の「鬼平犯科帳1」です。真田太平記を読書したので、氏の代表作である鬼平犯科帳を選択したのです。本の帯には以下のように紹介されています。

斬り捨て御免の権限を持つ幕府の火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵。盗賊からは“鬼の平蔵"“鬼平"と恐れられている。しかし、その素顔は義理も人情もユーモアも心得た、懐の深い人間である。新感覚の時代小説の世界を拓き、不動の人気を誇る「鬼平犯科帳」シリーズ第一巻は、同心・小野十蔵の物語から始まる。

こちらの本には8編の短編が収録されており、いずれもが一話完結なのですが、物語、登場人物に連続性があります。この本でも、気になる箇所を抜粋してみましょう。「女という生き物には、過去もなく、さらに将来もなく、ただ一つ、現在のわが身あるのみよ」(p83)。

易者が自分自身に関して「いいことがあると出れば怠けてしまい、悪いと出ればあきらめてしまう」(p125)。当方、もともと短編があまり得手ではなく、物語のある長編が好きです。こちらの本は、当方にはどうも馴染めないようです。このようなこともあり、こちらの本はbook offで古本を本巻のみを購入したのでした。

 

2018年2月 3日 (土)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅2

Dscf0360 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前8時半過ぎには源藤交差点から国道269号を清武町方面へ歩いていました。こちらも、その前を何度も通過したことがある場所ですが名称は知りませんでした。重機がある会社です。陽南重機という会社のようです。Dscf0359 歩道沿いには、このように多数の重機が駐車?してあるのでした。作業中の重機には当然、できないので、このように間近に重機を見ることはなかなか経験できません。確かに、重機は巨大でした。Dscf0362 陽南重機を過ぎて、直ぐに橋梁があります。橋梁というほど大げさな橋ではありませんが、その名称は知りませんでした。そのものズバリの源藤橋でした。Dscf0363 源藤橋から南方向を撮影しています。遠く国道220号線が見えます。川幅は広くはありません。こちらの川の名称は、この時は知りませんでした。Dscf0364 交差点で横断歩道を渡ると、何やら施設が見えてきました。勿論、初めて気が付きました。こちらが、その建物となります。Dscf0365 源藤中継ポンプ場とあります。農業用用水のポンプ施設なのでしょうか。

近所の散策2018---節分

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今日が節分で、明日が立春です。こちらは、当家のロゼフローラの本日の状況です。先週に比し、やや蕾が生長し赤味も強くなっているような印象あります。直径は8mm前後でしょうか。
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こちらは、河津桜です。先週と同一個体を撮影しています。下に向かってもうすぐ花弁となる蕾が大きく生長していました。もう暫くで開花するかもしれません。
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こちらは、カメリアファイヤーダンスの蕾です。直径は1cmを越していますが、未だ開花の雰囲気は全くありません。徐々に開花の時期が遅れてきている印象があります。
さて、今朝も午前6時頃には起床して、午前7時過ぎから約3Kmのjoggingへ出かけています。その後は、室内清掃をしたりして過ごしています。晴天で、本日は比較的暖かな印象です。プロ野球キャンプの見学には丁度良い天候となりました。

2018年2月 2日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅75

Dscf3301 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後0寺半過ぎには、静岡県掛川市中山峠付近に居ました。こちらは、中山峠にあった日坂までの案内です。このような案内で、凡その時間計算か可能となります。日坂までは約45分程度でしょう。
Dscf3302 こちらにも、大きな案内板がありました。写真左にある現在地から右方向が当方の進行方向となります。「結構、距離があるな」というのが本音なのですが、先ほどの案内から約45分程度で日坂宿まで、到着するだろうと計算します。
Dscf3304 今まで歩いて来た道を確認してみます。石畳茶屋から写真右の小夜の中山までとなります。デジカメで確認すると、石畳茶屋を通過したのが、午前11時頃でした。「すると、この案内のscaleが正しければ、日坂まではかなりの時間を要するかもしれない。でも、これからは下り坂だ」などと不安げに考えるのでした。
Dscf3305 久延寺付近には、このような茶屋があるのでした。ひょっとすると、江戸時代から旅人をもてなすために存在したのかもしれません。このブログを記載している頃は、池波正太郎氏の「真田太平記」を読んでいました。第9巻二条城のp58に「遠州中山峠」の章があります。読書しながら、「中山峠を通過した」と思いながら、オヤジはページを繰るのでした。
Dscf3307 茶屋のすぐ近くには、石碑がありました。小夜の中山公園と刻まれています。
Dscf3308 公園自体は、このような小ぢんまりとしたものなのでした。
Dscf3309 歩いて来た道を振り返ってみます。写真左に白い帽子を被った年配の女性が写っています。年齢は70歳程度でしょうか、非常に上品な顔立ちの方でした。箭置(やおき)坂を登坂している時に、はるか前方に当方と同じような旅人を見かけて、心が折れず登坂できています。その目標になった人が、こちらの女性だったようです。今後、こちらの女性を「白い帽子の女性」と記載することにします。

2018年2月 1日 (木)

世界の果てまでイッテQのカレンダー---2018年2月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー2月は、木村佳乃さんの水草をかぶった女優です。ニュージーランドで撮影されたようです。こちらのon airも観た記憶がありません。おそらく近所の温泉にいっていて観ていないのでしょう。バラエティー番組にも出演し水に濡れるようなこともしないといけないのでしょう。女優さんも大変です。世の中、楽な仕事はないのです。2018年も1ケ月が経過し、とうとう2月です。1年で最も寒い時期でしょうか。当方は、寒いのはあまり得手ではありません。逃げるように過ぎて欲しい月です。

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