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2018年3月

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅16

Dscf0490  暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前11時頃には宮崎市清武町永田交差点付近に居ました。交差点から黒坂観音方面を撮影しています。  Dscf0491旧川越屋商店さんの駐車場から歩を進めるとすぐに永田バス停がありました。クルマで通行していても、あまり目立たないバス停です。Dscf0506 緩い登坂を登坂すると、この付近には大根畑がありました。沢庵や切干大根に可工されることでしょう。Dscf0495 黒坂観音前のバス停まで歩いてきました。Dscf0496 この付近からは、宮崎大学病院が見えるのでした。

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稲の定点観測2018---その3

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毎年観察している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。先週末に田植えが終了したようです。田圃には苗が植えてありました。
2018033102
いつもの山は、田圃の水面に逆さ富士のように、その雄姿を映しています。こちらの山は、はげ山のようになっていますが、現在、報道されている盗伐にあったのかもしれません。
やはり、樹木がある方が落ち着いているかのように思います。
さて、今朝は午前6時過ぎに起床し録画していた知恵泉を見ながら朝食を頂戴しています。その知恵泉とは、鉄道の父と呼ばれる井上勝に関するものでした。現場主義に徹した方のようです。同番組に出演している「富士そば」社長の丹道夫氏も現場主義の方で、傑出した人物と見ました。現在では、現場を顧みない経営者が営利目的に走り過ぎる嫌いがあると思っています。非常に勉強になりました。
さて、先週末は大阪出張でした。今週末は自宅で過ごす予定ですが、4/2から3日間、また、大阪へ向かう予定となっています。
今日は、これからいつもの雑用があります。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅99

Dscf3484 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前11時前には静岡県袋井市久津部付近に居ました。案内板には、江戸日本橋より60里の地点であることが記載されています。
Dscf3485 こちらが復元された一里塚となります。少々、小柄なものであった印象が残っています。
Dscf3486 こちらにも案内がありました。「昭和47年には袋井東小学校創立100年を記念して一里塚碑が建立された」とあります。
Dscf3487 小学校正門前には、「東海道五十三次どまん中東小学校」とあります。
Dscf3488 正式名称は、「袋井市立袋井東小学校」です。
Dscf3491 こちらの小学校の直ぐ近くには、この付近の秋葉山信仰に伴い秋葉山常夜燈があるのでした。

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病気が変えた日本の歴史

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今回は、こちらの本を選択しています。そのタイトルは「病気が変えた日本の歴史」です。著者は篠田達明さんですが、当方は存じあげません。済みません。本のカバーには以下のように紹介されています。
聖徳太子・藤原一族・清盛・信玄・秀吉・徳川一族・維新の志士たち…。日本史を彩る傑物たちも、みんな病気に悩み、命を奪われていった。本書は、現代医学の目で彼らの病気や死因を分析。彼らの病死は、どのように歴史を変えたのか。もし彼らの病気が治っていたら、日本史はどうなっていたのか。「病気」という視座から見つめ直す新しい日本史。

こちらの本は、以前購入したもので当方の書庫に保管してあったものです。読書するのに途中で挫折したもので、今回は馴染みのある第3章から読書してみました。というのも第1,2章の飛鳥、平安時代にはあまり馴染みがないからです。最後まで読書した後に、第1,2章を読書しています。
こちらの本でも気になった個所を抜粋してみましょう。「そもそも医学というのは、病気を治すことからはじまったのではない。迫りくる病魔をなんとかして追い払おうとまじないをしたことがその発端である」(p29)。
まあ、こちらの書籍もそれなりに楽しませて頂きました。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅98

Dscf3478 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前10時半過ぎには静岡県袋井市に居ました。怪我をしてから数分、歩くと、冨士浅間宮赤鳥居がありました。案内には、「冨士浅間宮本殿(重要文化財)への参道の入口に建っています」「現在は鳥居と社殿までの間に国道や東名高速道路が通り、周辺には多くの工場が立ち並んでいます---」とあります。
Dscf3479 こちらが、その赤鳥居です。かなり大きな立派なものでした。こちらでデジカメの電池切れとなってしまいました。「怪我もしているのに踏んだり蹴ったりだな」なんて思って電池交換をしたのでしたが、幸運にも鳥居近くに水道があり、怪我した部分を洗い、手持ちのバンドエイドで傷の手当ができたのでした。
Dscf3480 このような案内もありました。袋井市境まで6.0Kmとあります。「結構、距離があるな」というのが実感でした。
Dscf3481 さらに10分程度歩くと、こちらの案内がありました。この付近を久津部というようです。写真右下に日付と重なっていますが、松並木土塁とあります。この土塁で怪我をしたのでした。
Dscf3482 さらに妙日寺前を通過するのです。
Dscf3483 こちらが本殿のようです。お寺さんも表現として本殿で良いのか否かは知りません。まあ、お寺さんには興味がないのでthroughします。

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旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅15

Dscf0480 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前11時前には宮崎市清武町上使橋橋梁を渡っていました。こちらは、橋の上から松井井堰方面を撮影したものです。冬のためか水量が少なく中州が見えています。Dscf0482 上使橋を渡り切って、橋梁を撮影しています。丁度、クルマの通行量が少ない時間帯に渡りきれたようです。Dscf0483 永田交差点方向へ進むと道路左には、松井井堰から取水した水を田に導く水路がありました。この付近もクルマで通行しているのですが、今回初めて気が付いたのでした。Dscf0484 永田交差点に近づくと、国土地理院九州地方測量部の水準点がありました。何の水準なのでしょうか。少々、疑問が残ります。Dscf0486 永田交差点手前に道路標識がありました。県道27号線椿山森林公園方向が旧飫肥街道となります。Dscf0489 永田交差点を渡って撮影しています。この地に立つのは1980年に宮崎に来て以来かもしれません。そうそう、部活のランニングで1984年頃に通過したかもしれません。記憶が曖昧です。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅97

Dscf3471 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前10時半過ぎには静岡県袋井市に入っています。こちらの写真のように松並木が見えて来ました。旧街道を彷彿とさせますね。
Dscf3472 松並木の案内がありました。案内には、「掛川宿より袋井宿までの間往還通り並木」との記載があります。「えっ、そのまんまじゃん」と感じるのでした。
Dscf3473 説明文の横には、広重作の「東海名所改正道中記 袋井」の松の浮世絵があるのでした。当時は、このような道だったのでしょう。
Dscf3475 さらに近くには、このような浮世絵もあるのでした。何やら凧あげが描かれているようです。
Dscf3474 浮世絵右の案内には、「行書東海道」とあります。「題字が行書で描かれているためこの名がある。童とともに凧を見上げる旅人を描く。大人二人がかりであげているところをみると、相当大きな凧なのであろう。遠くに見える山並みは小笠山か。袋井市域の初夏の風景である」
Dscf3477 さらに数分程度歩くと、こちらの浮世絵がありました。
Dscf3476 案内には、「振り分け荷物を菅笠を取り出し、両手を合わせて命乞い。農夫の声に促されてよく見ると、自分を狙っていると見えた弓の射手は「かかし」、早とちりな旅人に農夫もあきれ顔です。ユーモラスな場面の背後には松並木が続きます。東海道袋井宿近くの夕暮れです」
さて、この辺りで浮世絵を撮影している際に、左手を怪我しています。浮世絵は松並木の土手上にあり、見上げて撮影していたのですが、トラックが道路に通りかかり、慌てて土手に登ろうとして滑って左手をつき、怪我をしているのでした。直ぐには気が付かず、無意識の内に半ズボンの埃を払っています。後で気が付くと左手人差し指付近から出血しており、その血液が半ズボン左後ろに付着してしまいました。でも仕方がないので歩行を続けるのでした。

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今回の会場とホテル

今回の会場とホテル
今回の会場とホテル
今回の会場は大阪国際会議場、リーガロイヤルホテル、堂島リバーホーラムでした。宿泊したホテルはホテル京阪京橋グランデでした。

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My favorite book series---ぼんち

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今回は、こちらの本を選択しています。山崎豊子氏の「ぼんち」です。本の帯には、以下のように紹介されています。

放蕩を重ねても、帳尻の合った遊び方をするのが大阪の“ぼんち”。古い暖簾を誇る足袋問屋の一人息子喜久治は「ぼんぼんになったらあかん、ぼんちになりや。男に騙されても女に騙されてはあかん」という死際の父の言葉を金科玉条として生きようと決意する。喜久治の人生修業を中心に、彼を巡る五人の女達、船場商家の厳しい家族制度、特殊な風習を執拗なまでの情熱をこめて描く長編。

約10年ぶりに、こちらの本を読んだようです。平成21年9月20日の57刷の本です。ありがたいことに内容は殆ど忘却していました。主人公は船場の老舗足袋屋の若旦那さんですが、4~5人の別宅を囲んでいました。当方は、多数の別宅を囲う勇気も気力も経済力も勿論ありません。ただ一人の正妻のみで手を焼いている次第です。ハイ。

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旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅14

Dscf0471 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前10時半過ぎには宮崎市清武町上使橋北交差点付近に居ました。旧沖電機方向を撮影しています。Dscf0472 信号機には、上使橋北の文字がみえます。Dscf0474 上使橋方向を撮影しています。この付近は飲食店が多いのでした。以前から、一度、こちらの定食屋さんで定食を食べてみたいと思っていますが、未だ、入店したことはありません。Dscf0475 こちらの道路にに沿って上使橋へ向かいます。Dscf0476 橋の上から、河川敷を撮影しています。切干大根を干す棚が多数、あるのでした。Dscf0477 こちらが、上使橋となります。残念なことに、橋には歩道がないのです。クルマの往来が少ない時を見計らって、橋を渡ることにしました。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅96

Dscf3464_2 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。 5/29午前10時半頃には静岡県掛川市から袋井市に入りました。
Dscf3465 こちらの東海道の道標には、袋井市名栗とあります。劣化が進行しています。道標には袋井宿まで約4Kmとの記載があります。通常、約1時間の歩行距離と推定できます。Dscf3466 道路には、こちらのような案内もありました。まあ、現在地から左折して直進可能なようです。でも、非常に役立つのでした。
Dscf3467 直ぐ近くには、花茣蓙(ござ)公園なる木製案内板がありました。
Dscf3469 さらに近くには、大きな駕籠のような小屋がありました。壁には袋井丸凧との記載があります。丸凧が有名なのでしょうか。写真左には観光案内ともあります。
Dscf3470 駕籠の側面には、「名栗の花茣蓙」の案内がありました。「名物の花ござを売る店が軒を連ね、上り下りの旅人が珍しいと買っていく」との記載があります。どうやら、この付近は花茣蓙で有名なようです。当方が小さかった頃、夏には布団の上に花茣蓙を敷いて就寝していました。そんなことを思い出しています。あれっ、でも観光案内は、これだけ?
 

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大阪へ

大阪へ
JAL2430便で大阪へ向けて飛びます。日曜日まで会議です。

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こわいもの知らずの病理学講義

Photo 今回は、こちらの本を選択しています。仲野徹氏の「こわいもの知らずの病理学講義」です。Amazonでは以下のように紹介されています。

ひとは一生の間、一度も病気にならないことはありえません。ひとは必ず病気になって、死ぬんです。だとすれば、病気の成り立ちをよく知って、病気とぼちぼちつきあって生きるほうがいい。書評サイト「HONZ」でもおなじみ、大阪大学医学部で教鞭をとる著者が、学生相手に行っている「病理学総論」の内容を、「近所のおっちゃんやおばちゃん」に読ませるつもりで書き下ろした、おもしろ病理学講義。脱線に次ぐ脱線。しょもない雑談をかましながら病気のしくみを笑いとともに解説する、知的エンターテインメント。

仲野徹氏は、以前、読書した「ブラックジャックは遠かった」の著者久坂部羊氏と同級生のようです。本文内にその記載がありましたし、久坂部氏の本の中にも仲野氏が登場していました。楽しませて頂きました。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅95

Dscf3456 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前10時過ぎには国道1号線の掛川市と袋井市の市境付近に居ました。小さな旧東海道を示す案内がありました。案内には、郵便局を過ぎ、北野天満宮う前を通り、地下道を通るとの記載があります。
Dscf3457 こちらが国道1号線にある原川地下横断歩道を示す案内です。この付近では国道1号線は片側3車線はあったような気がします。昼間であれば地下横断歩道の方が、安心して渡ることができます。
Dscf3460 地下横断歩道を通ってすぐに階段を登り、国道1号線に掛かる同心橋を渡ることになります。
Dscf3461 橋には同心橋の名称が記載されています。国道1号線なので、多くのトラックが走行しているのでした。
Dscf3462 橋には原野谷川とあります。
Dscf3463 こちらの同心橋は非常に立派な橋で、原野谷川の川幅も広いのですが、水量はこの時期、多くはありませんでした。橋から太平洋方向を撮影しています。

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旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅13

Dscf0461 暇にまかせて2017年12月31日、

第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前10時半過ぎには宮崎市清武町新町付近に居ました。旧街道沿いに何か風情のある店舗がありました。「カネコ味噌、しょうゆ」とあります。金子醸造さんの店舗のようです。さほど古い建物ではないような印象ですが、白い暖簾が旧街道にマッチしているようです。Dscf0462 旧街道は、こちらの交差点を左折することになります。Dscf0464 交差点の名称は清武町新町交差点です。横断歩道を渡って清武町役場方面を撮影してます。Dscf0465 旧街道の道路脇には、このような石像が多数、あるのでした。Dscf0466 一部を拡大して撮影してみます。写真左のものは、第6番安来寺薬師如来とあります。何なのでしょうか。Dscf0468 バス停清流橋の道路反対側にはしんまちこども園がありました。大晦日でもあり、子供たちの姿はありませんでした。Dscf0469 さらに進むと、当方が時に利用するbook-offがあるのです。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅94

Dscf3447 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前10時過ぎには静岡県掛川市原川付近に居ました。この付近では普通期作のようで稲の生長は約15cm程度なのでした。
Dscf3448 旧東海道松並木の案内がありました。この松並木は岡津~原川にあったようです。案内には、「官道として東海道が開かれたのは1200年位前であること、松並木は近年、松食い虫の被害で枯れ、岡津原川間に僅かに残っているだけです」とあります。
Dscf3449 例の旧東海道を示す案内がありました。こちらも木製部分の劣化が激しいようです。写真を拡大して「掛川市原川松並木」と書かれていることがようやく確認できるのでした。
Dscf3450 すぐ近くには案内図もありました。岡津村から原川町にかけて歩いて来たことが判ります。これから北野天満宮前を通り原野谷川を渡るようです。
Dscf3454 間の宿原川の案内もすぐ近くにありました。原川は、掛川宿まで約6Km、袋井宿まで3.6Kmの位置にあり、文化文政年間には46軒の戸数があったことが書かれています。
Dscf3455 旧街道の先には、先の年配ご夫婦が肩を並べて歩いていました。写真撮影中に追い越されたようです。

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仮想日本縦断鉄道の旅---その27

201802

2018年2月1日から2月28日までjoggingで87Km走っています。今回の仮想乗車区間は、JR奥羽本線八郎潟駅からJR五能線深浦駅まで乗車したことと仮定します。この間は95Km、合計23駅で通常各駅停車で149分(乗車時間は143分)で走行するようです。料金は1940円だそうです。残のうち8Kmを使用します。残は35Kmとなります。 前回の条件で旅行したとすると、八郎潟駅15:53分発東能代駅16;24分着、ここで乗り換えし同駅16:30分発深浦駅18:22分着となります。

この間で知っている地名は能代程度です。能代工業高校がバスケットボールで有名なはずです。2018年2月にはピョンチャンオリンピックがあり、羽生結弦選手、高木菜那、美帆選手姉妹等で盛り上がりましたが、オリンピックにあまり興味の無い人間にとって、特番ばかりで通常の放送がなく困惑するのでした。。

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旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅12

Dscf0453 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前10時半過ぎには宮崎市清武町新町橋付近に居ました。井堰の見学を終え、歯科医院の前の交差点まで戻って来ました。旧飫肥街道は、こちらの横断歩道を渡ることになります。Dscf0454 直ぐに、清武新町のバス停があるのでした。Dscf0455 時刻表を確認してみましょう。決してバスの本数は多くはありません。行先も「上丸目」「尾平」というものがありますが、地元の人間でもその場所はよく分かりません。Dscf0457 旧街道沿いには、このような小さな建物があるのでした。中を覗いてみましたが、よく見えませんでした。Dscf0456 建物の奥には、このような石像もありましたが、同様に文字が判読できません。Dscf0458 諦めて旧街道を歩きます。やはり、旧街道の面影が残っていて、間口が狭く、奥行きのある敷地となっています。Dscf0459 この付近には、既に伐採されていましたが、巨木が残っているのでした。「樹齢はどのくらいだったのかな」なんて考えながら街道を進みます。

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稲の定点観測2018---その2

Imgp1302毎週末記録している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点の今週末の状況です。定点観測地点は2週間前とあまり変化がないようです。一応、田圃には水が少々、入っています。恐らく、来週末頃には田植えが開始されるでしょう。ただ、当方は大阪出張を控えているので来週末は観測することができません。

Imgp1303いつもの山の上には雲1つない快晴です。今朝は今週初めに比しやや冷え込んでいますが、それでもお彼岸に近いことを実感する程度です。
Imgp1306
こちらも当方が好きな加江田神社の今朝の状況です。鳥居も本殿も朝日を受けて綺麗なのでした。勿論、jogging中に撮影しています。
こちらは木花中学校正門を撮影したものです。今日が卒業式のようです。職員らしき人が正門前で駐車場に入るクルマを整理するようです。
今朝も午前6時前には起床し朝食を頂きました。先週末は博多へ急遽、行っていたのでブラタモリを見ることが不可でした。そこで録画したブラタモリを見ながらの朝食でした。その後、約6Kmのjoggingへ出掛け、シャワーを浴びて現在となっています。
そうそう、今日のブラタモリが99回目で鹿児島の続編のようですが、100回目は宮崎が舞台とのことを妻から聞きました。放映が楽しみです。
今日は、多数の雑用があります。そんなこんなで時間が経過していくことでしょう。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅93

Dscf3440 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後9時半頃には静岡県掛川市原川付近にいました。旧東海道らしい松並木が見えて来ました。
 
Dscf3441 この付近の旧東海道は県道253号線掛川袋井線となるようです。
Dscf3442 旧街道を歩くと東京京都中間地点にある由緒ある寺仲道寺なるお寺さんがありました。写真左には、小さく年配のご夫婦が写っています。どうやら同類のようです。日陰のベンチに座り休憩を取っているようです。
Dscf3444 仲道寺のお隣には、善光寺如来なる石碑がありました。お寺さんが隣同士であるのでしょうか。
Dscf3445 2つのお寺さん前からは写真のような松並木があるのでした。
Dscf3446 お寺さん方向を振り向くと、先ほどの年配のご夫婦が休憩を終了し歩き始めているのでした。しばらく、このご夫婦とは前後しながら歩くことになりました。

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My favorite book series---操縦不能

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今回は、こちらの本を選択しています。内田幹樹氏の「操縦不能」です。本の帯には以下のように紹介されています。

北朝鮮からの亡命者を乗せたワシントン行き002便は、大雪のため遅れて離陸した。その直後、機長二人が倒れ、コクピットには副操縦士の江波だけが残された。そして墜落の危機が訪れる。速度と高度を示す計器がなぜか狂いはじめたのだ。万策尽きた江波に、救いの女神が現れる。元訓練生の岡本望美が、地上のシミュレーターで“一緒に飛ぶ"というのだ。最も危険な夜間飛行が、いま始まる。

所謂、航空ミステリーの範疇にはいるものです。当方の書庫にあったこの書籍を久しぶりに読書してみました。vertigoでfailしたパイロット元訓練生の望美と、そのfailを宣告した滝口教官の苦悩の過去の事情が感動を引き起こさせるのです。多数の旅客の生命を預かっているパイロットには座学のみではなく、身体適性が必要なのです。世の中には、冷酷ですが適切な判断が必要となることに感動を覚えました。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅92

Dscf3435 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前9時半頃には静岡県掛川市の西掛川駅付近に居ました。こちらは、大池一里塚跡をしめす例の東海道の道標となります。
Dscf3436 足ともには、以下のような記載があります。「大池一里塚の場所について 当時の大池一里塚は、現在道路敷きとなっており、本石柱から北に10m程のところにあったとされております」とあります。まあ、そうなのでしょう。
Dscf3437 こちらの一里塚跡のすぐ近くには、蓮祐寺というお寺さんがあるのでした。
Dscf3438 こちらが、その蓮祐寺の本堂のようです。
Dscf3439 蓮祐寺門付近には、こちらの言葉がありました。「他人の非を責める前に、まずは自分を省みる」 非常に耳が痛いです。ハイ。

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旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅11

Dscf0436 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前10時過ぎには宮崎市清武町新町付近に居ました。坂を下りきった交差点となります。Dscf0437 歯科医院がある交差点です。地元の方は、直ぐに分かることでしょう。ここで、ちょっと、寄り道です。Dscf0438 新町橋を渡ります。Dscf0439 新町橋は、朝夕の通勤時間帯にはかなりのクルマの通行量があるのですが、その割には橋幅が狭く、歩行者にとっては危険な橋なのです。昭和40年に竣工した橋のようです。Dscf0441 実は、新町橋のやや上流にある、こちらの堰を見に寄り道をしたのです。Dscf0442 堰の間近までやって来ました。かなり、立派な堰となります。案内板がなく、名称や歴史的背景は不明です。こちらの川は清武川となりますが、その堰の下流に松井井堰があります。Dscf0445 こちらの堰の取水口は、砂で覆われているのでした。田植え時期前には、こちらから田んぼへ水が流れているはずです。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅91

Dscf3426 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前8時半前に掛川駅を出発しています。すると駅前通りに清涼飲料水の自動販売機がありました。中には、日向夏サイダーが置いてありました。しかも他の清涼飲料水を差し置いて3本もあったのです。宮崎から来ている当方にとっては、なんだか、嬉しくなって来て撮影するのでした。
Dscf3427 そんなことに感動していてはいけません。同様に駅前通りには、宮崎の地鶏の居酒屋までありました。掛川市と宮崎県は何か関係があるのでしょうか。そんなことを思いながらオヤジは歩くのでした。
Dscf3428 掛川駅前から旧東海道まで歩いて来ました。左右に走っているこちらの道路が旧東海道となります。写真右が静岡方面です。今日は、左折して旧東海道を歩くことになります。Dscf3430 交差点付近には、東海道佐野郡掛川宿 お茶のタハカシなる店舗がありました。この付近は以前、佐野郷といったのでしょうか。
Dscf3431 交差点を左折して旧東海道を歩きます。このような道が旧東海道となります。この後、道を間違え迷子となっています。市立西中学校の方向へ歩いてしまいました。どうにか旧東海道へ戻っています。
Dscf3432 9:20分頃になって漸く、天竜浜名湖鉄道西掛川駅付近にやって来ました。丘の上にあるのが西掛川駅ホームとなります。
Dscf3434 西掛川駅横の高架下を写真のように旧東海道は走行しているのでした。

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My favorite book series---不毛地帯5

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前回に引き続き、今回も山崎豊子氏のf網地帯第5巻を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。
 油田開発を商社マンとしての最後の仕事と思い定めた壹岐は、社内の反対を押し切り、イランのサルベスタン鉱区に賭けた。政官界からの逆風をかわし見事採掘権の落札に成功するが、灼熱の大地からは一向に原油の噴き出す兆しはなかった……。シベリアと中東、二つの「不毛地帯」を彷徨する一人の日本人の戦いを、戦後史を背景に圧倒的な筆致で描ききった一大巨編、ここに完結。
 さて、こちらの本からも気になった箇所を抜粋してみましょう。
「壱岐君、君の考え方は堅すぎる。人間、50を過ぎたら、もう1つの人生を考えておくべきだ。ビジネスマンとしての人生ではなく、余生をいかに心豊かに生きるかということをね」p66。
「トラブルの多い井戸ほど、最後に油を出すと言いますよ」p426。
「一流企業の人間、一流のビジネス、一流の品物を見てきた人が、いたずらに老醜を曝して、職場から墓場へ直行するようなたわけたこをしたらいかん」p543。

こちらの本の中にも人間が生きていく上で参考となる教訓が多数、散りばめられているのでした。

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北熊本SA

北熊本SA
博多からの復路で北熊本SAにいます。3.11で半旗になっているようです。

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旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅10

Dscf0427 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前10時前には宮崎市清武町安井息軒記念館付近に居ました。周辺散歩マップがあったので近づいてい見ます。Dscf0426 息軒生家付近には、当方の知らない史跡が多数あることが判ります。まあ、他の史跡は次の機会に訪れることにしましょう。Dscf0429 息軒生家から宮崎国際大学方向へ戻る途中には、このような石垣があり、その上は畑になっているのでした。恐らく、古くからあったことでしょう。Dscf0432 宮崎国際大学正門付近に戻ってきました。Dscf0431 正門から、このような九十九折りの下り坂を下りておくことになります。Dscf0433 坂の途中には、中野神社がありました。鳥居へ向かう参道は、かなりの段数のある階段なのです。今回は、パスします。Dscf0434 坂の途中に、更に、何か幟を掲げているものがあります。幟には、「南無子安観音菩薩」とあります。今回、ブログを記載するに当たり調べてみると、「長徳寺」さんのようです。このような場所に、お寺さんがあるのに初めて気が付きました。

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博多へ

博多へ
急遽、クルマで博多へ向かうことになりました。いきなり山之口でトイレ休憩です。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅90

Dscf3418 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29は、7:29分静岡駅発の普通列車に乗車し前日到着地の掛川駅へ向かっています。
Dscf3421 電車で約40分程度でしょうかJR掛川駅に到着しました。
Dscf3420 すると天竜浜名湖鉄道掛川駅に気動車が停車していました。どうやら単行の列車のようです。昨日は列車をみることが出来なかったので勿論、撮影するのでした。今回、ブログを記載するに当り少々、調べてみるとこちらの車両はTR2100形のようです。
Dscf3422 こちらが、掛川駅前広場となります。大きなロータリーがあるのでした。ただし、通勤、通学の時間帯から少々、遅れていますので人影は多くはなかった印象が残っています。
Dscf3424 駅前広場には、当方の年代では小学校に必ず設置したあった二宮金次郎さんの銅像があるのでした。「何故かな」と思い台座に接近してみます。
Dscf3425 台座には、「金次郎の指導を受けた岡田佐平治が掛川市倉真の人だったことから、掛川市に大日本報徳社があるますので、生涯学習都市掛川の駅前広場に、向学心の象徴としてこの銅像を設置しました」とあります。

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My favorite book series---不毛地帯4

4 前回に引き続き、今回も山崎豊子氏の「不毛地帯第3巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

フォーク社との虚々実々の交渉の裏で、壹岐は資源に乏しい日本の将来を見据え、原油確保の手段を模索していた。腹心の部下・兵頭はイランやリビアに飛び、文化や商習慣の違いに悩まされながら油田開発の可能性を探る。一方、フォーク社との交渉は最終段階に至って、ライバル東京商事の暗躍で思いもかけない展開に……。専務に昇進し、近畿商事ナンバー3となった壹岐の戦いは続く。

さて、この巻ではあまり気になる箇所の抜粋はありません。ただ、壱岐の周囲の女性が鉢合わせする場面があります。実娘と愛人が鉢合わせするのです。まあ、男性としては絶対に避けたいことろです。モデルとなった瀬島龍三さんは晩年まで御内儀と一緒だったようですので、フィクションなのです。ご安心を。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅89

Dscf3403 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後4時前には静岡県掛川駅駅前に居ました。駅前の案内板を撮影しています。掛川の歴史としては、東西を通る東海道と、南北を通る塩の道で、交通要衝として栄えたこと、戦国時代後は掛川城と横須賀城を中心に城下町が形成されたことが記載されています。横須賀って神奈川のそれではないようです。
Dscf3404 掛川の特産としては、お茶、トマト、バラ、落花生があるようです。他、メロン、イチゴ、クイ、スイカ、伝統工芸品もあるようです。
Dscf3405 掛川の自然では、温暖な気候であること、東海道五十三次の三大難所の1つである中山峠があること等が記載されています。静岡県内の旧東海道には、薩埵峠、宇津ノ谷峠、中山峠等、結構、難所があると感じました。何となく、静岡県って平坦な印象があったのですが、間違いですね。
Dscf3406 ベースキャンプのある静岡駅に帰るべく電車に乗車します。16:17分発沼津行の列車に乗車予定としています。
Dscf3407 地下道の階段を降りていると、このような看板がありました。吉岡弥生記念館とあります。東京女子医大の創立者とのことです。掛川出身だったのですね。
Dscf3410 JR掛川駅ホームに出ると、北側には天竜浜名湖鉄道の掛川駅があるのでした。残念ながら、列車は停車していませんでした。

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旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅9

Dscf0417 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時半過ぎには、宮崎市清武町安井息軒生家付近に居ました。生家近くには、郷校明教堂跡地とあります。側面には、「明教堂は明治9年(1876)に廃されるまで、清武の人材育成に大いに貢献しました」とあります。Dscf0428 こちらは復路に撮影したものです。裏には、「文政10年(1827)に清武学問所として落成し、明文堂という名は安井息軒により命名されました」とあります。Dscf0418 史跡安井息軒旧宅とあります。近づいてみましょう。階段を上ると、Dscf0419 やはり、大晦日なので休館なのでした。Dscf0421 こちらが、門扉越しに撮影した安井息軒生家となります。安井息軒は、宮崎県郷土の偉人ですが、詳しくはこちらをご参照で。Dscf0422 敷地内に入れなかったので、未確認ですが、ひょっとすると、こちらが息軒の植えた梅の木かもしれません。Dscf0424 息軒記念館の方へ向かいます。Dscf0425 こちらが、記念館となります。やはり、大晦日なので閉館しているのでした。駐車場にクルマもありません。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅88

Dscf3397 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後3時半過ぎには静岡県掛川市旧東海道七曲り付近に居ました。こちらは、掛川宿東番所を示す旧東海道の道標です。
Dscf3398 近くに七曲りの案内もありました。七曲りの目的は、クランクを作ることにより敵を侵入させないための構造であると説明があります。他、七曲りの終点に木戸と番所があったこと、この七曲りのある新町は、山内一豊が整備した城下町の東に発達した町並みであることが記載されています。
Dscf3399 5/28の行程は、この掛川宿で終了することにしました。こちらが掛川駅に繋がる駅前通りのようです。白い帽子の女性は、掛川城を見学にいくとのことで、こちらで別れています。当方は、結構、疲労しているのですが、彼女は本当に元気なのでした。彼女は、掛川城を見学した後、玉川学園まで帰るとのことでした。本当にビックリです。
Dscf3401 こちらが、掛川駅駅舎となります。木造蔵風のお洒落な建物でした。
Dscf3402 駅前には現在地を示す案内がありました。七曲りは写真右上部にあります。この日は、お昼が中山峠であったこと、その後、白い帽子の女性と同行することで昼食を摂取することができませんでした。掛川駅前のコンビニでサンドイッチを購入しています。
02 東海道五十三次の掛川では、秋葉山遠望とあります。こちらの秋葉山が火防の秋葉大権現の本山となります。ということで、この付近に秋葉山常夜燈が多いようです。ガッテン、ガッテン。

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エスティア16万Km走破

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当方の愛車エスティマが16万Kmを走破しました。その1Km手前で記念撮影です。
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そして16万Km丁度となったことろで再度、記念撮影をしました。こちらのクルマの登録は平成19年7月ですので約11年で16万Km走破となりました。
この11年間に色々なことがありました。当方の苦労を最も熟知しているのが、こちらのクルマだと思っています。左後輪ブレーキに少々、異音がありますが、エンジンも快調で全く不具合はありません。しかし、7月に車検を迎えることから買い替えを検討しています。

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近所の散策2018---雨水過ぎ1

Imgp1273当家の樹木の今週末の状況です。こちらはフロゼフローラです。花の殆どが落下してしまいました。残って開花しているのは1割未満となりました。

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こちらは河津桜です。こちらも殆どが葉桜となり開花している花弁の元気もあまりないようです。
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こちらは、カメリアファイアーダンスです。今まで撮影してきた同一個体です。蕾が大きくなっています。
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こちらの椿は樹木の上の方から徐々に開花して来ています。やはり、椿としてはその開花が遅い印象です。3月を迎えてからの開花です。
さて、今朝も午前6時20分頃には起床しています。一人で朝食を取り、午前7時過ぎから約6Kmのjoggingへ出かけいます。その後、午前10時頃から太陽も顔出し始め、天候が回復してきたので選択をし、屋外の物置内部の整理をしていました。不要なものが沢山あるので、可燃物と不燃物に分別していました。年齢的にも、残している必要性のないものは、どんどん破棄していく必要性がありそうです。

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My favorite book series---不毛地帯3

3 前回に引き続き、今回も山崎豊子氏の「不毛地帯第3巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。


次期戦闘機商戦に勝利し、中東戦争をめぐる商機を掴んで利益を挙げた壹岐は、社の経営方針転換を提唱。経営不振の千代田自動車への関与を深めようとした矢先、米巨大自動車企業フォークの社長が突如来日する。虎視眈々と日本市場を窺うフォーク社に対し、壹岐はアメリカ近畿商事の社長となって千代田自動車との提携交渉を進めるが……。国際経済戦争の過酷な現実に壹岐は苦悩する。


こちらの本からも気になった箇所を抜粋してみましょう。
「人は生まれた時から、それぞれの宿命を背負い、自分の意志と努力である程度までは自分の人生を築けても、どこか手の届かない運命というものを背負っている」(P8)。

「陶芸という伝統芸術を志していても、独立独歩で行くためには、万人受けする商品もつくらねばならん時だってあるでしょう」(P87)。

「壱岐さんの生活、もう少し肩の力を抜かなきゃ、長い人生に息切れしてしまいますわよ」(p190)。

「思えば、あんな心身ともい極限状態(シベリア抑留)の生活をしていた時のことが懐かしく、今のような物資は豊かでも、精神的な不毛の中に生きる方が、生き辛い」(P457)。


読書すると、種々の重みのある言葉に出くわします。

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旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅8

Dscf0411 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前9時半過ぎには宮崎市清武町宮崎国際大学正門付近に居ました。正門前には、こちらの道路案内があります。ちょっと、寄り道をして安井息軒生家を覗いてみることにしましょう。Dscf0412 やや細い道を辿ると、こちらの案内がありました。案内通りに右折することにします。Dscf0413 今度は、左折です。丁寧が案内で道に迷うことはありませんでした。Dscf0415 しばらく進むと、市指定天然記念物 琉球豆柿とあります。Dscf0416 近づいてみると、みやざきの巨樹百選とあります。Dscf0414 ちょっと、下がってその巨樹を撮影したのですが、冬でもあり柿の実もなく、どれがその巨樹なのかは不明なのでした。

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稲の定点観測2018---その1

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毎年実施している稲の定点観測を今年もすることにします。何かが生長、成長しているのを観察することが面白く感じるようになってから、かなりの時間が経過しました。身近にある植物の生長を観察するのが最も簡単なのです。こちらは本日午前7時過ぎに撮影したものです。例年の稲の定点観測地点からいつもの山を撮影しています。昨年以降、部分はげ山状態となっています。
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田圃の方は、田おこしは未だ実施されていないようですが、何だか整地されているようです。3月下旬には早期水稲の田植えが実施されるはずです。
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こちらは、以前、撮影した紅梅のはずです。満開を過ぎて一部に葉が観察できます。今朝も午前5時半過ぎには起床し、朝食を頂きながら録画していた「落語ザ・ムービー」を見ていました。。沖縄方面での地震発生により、番組が地震関連の放送に切り替わり、録画再生を中断しています。
その後、約6Kmのjoggingへ出掛け、上に掲載している写真を撮影しています。銀行で振り込みをし、自宅の清掃、資源ゴミの整理、高校先輩へ葉書を書き今の時間帯となってしまいました。天気予報通り、既に小雨が降っています。この週末も自宅でゴソゴソしているうちに過ぎてしまいそうです。

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旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅87

Dscf3388 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/28午後3時過ぎには静岡県掛川市掛川駅手前まで来ていました。旧東海道の道標が道路対側にあるのですが、劣化が高度で全く判読困難です。今回、ブログを記載するに当り拡大してみましたが、解読できませんでした。
Dscf3389 旧東海道を西に進むと、七曲りの案内がありました。恐らく公式なものではなく、私的に設置されたものだと思います。道を尋ねる人が多いのかもしれませんね。
Dscf3390 写真左側が旧東海道となります。写真奥に陣笠の男性、手前に白い帽子の女性が写っています。男性は先を急ぐようで、この後、当方は白い帽子の女性と二人になるのでした。
Dscf3392 こちらは、掛川宿の七曲りで撮影したものです。写真右方向へ進んだものと記憶しています。白い帽子の女性の左脇には、久美堂のブックカバーが付いた本が挟んであります。
Dscf3394 七曲りには厄除地蔵尊もありました。
Dscf3395 そして、このような道標もあるのでした。「塩の道」と刻まれています。
Dscf3396 案内には、「静岡県の西部地域は、古来遠州とよばれ、昔の人々が塩や米などの生活必需品を運び、神社仏閣に詣でる道が各地にできていた。この中でも、秋葉街道と重なる「塩の道」や太平洋岸の「横須賀街道」は東海道や海の東海道と交わる交流の道である」とあります。何だか、塩の道の案内になっていないような気がしますね。
Wikipedia 塩の道 秋葉街道では、以下のように紹介されています。

秋葉街道(あきはかいどう)は、静岡県御前崎から長野県飯田を経て、塩尻に至る街道である。静岡の相良から信州の塩尻を結ぶ約200 kmのルートで、「塩の道」の別名がある。途中の静岡県菊川市には「塩買坂(しおかいざか)」、掛川市には塩問屋が集まっていたという「塩町」など、塩にちなむ地名が残されている。終点の塩尻という地名も、相良から運ばれてきた塩の終着点を意味し、そこから更に山あいの村々へと運ばれていった場所だったことに由来する。

 

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世界の果てまでイッテQのカレンダー---2018年3月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー3月は、「巨大マンタブラックデビル」というタイトルです。
オーシャンズ金子さんがメキシコで撮影したようです。こちらのon airも観た記憶がありません。近所の温泉に行っていたことでしょう。こちらのオーシャンズ金子さんは、幸運な人な印象があります。このような撮影ではほぼ目的の写真が撮影できているようです。
 さて、3月の予定としては第2週末に鹿児島方面へ、第4週末には大阪方面へ旅行することになりそうです。第4週の大阪行きは半分は仕事となります。

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