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2018年4月

2018年4月30日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅116

Dscf3623 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後2時過ぎには見付宿(磐田)に向かって歩行していました。写真のように松並木が見えて来ました。Dscf3624 近くには、見付の名木松並木とあります。松並木というには、少々、寂しいような気がします。Dscf3625 さらに少々、歩くと「これより西見付宿」と記載された道標がありました。Dscf3626 横には案内板がありました。「榜示杭は、街道に沿った村や宿の境を示す標柱です。このは見付宿と岩井大久保・西貝塚大久保との境界でした」とあります。この杭があったことから、ここに案内の道標が建てられたことでしょう。

Dscf3627 下には現在地を示す略図がありました。旧国道一号線との分岐部に近いことが判ります。先ほどの松並木は、大正時代の松並木であることが、この図から判りました。Dscf3628 榜示杭の近くには、行人坂なる案内もありました。

Dscf3629 案内には、「ここには行人(山伏)が多く住んでいて村のまつりごとや社会奉仕に携わっていたので、このさかを行人坂と言うようになった」と説明されています。まあ、そんなんでしょう。「東京目黒にも行人坂は有名ですが、時代的にはこの坂の方が早くから有ったようです」との記載もあります。

今回のホテル

今回のホテル
今回のホテル
今回、ステイしたホテルはホテルソラージユ大分日出です。昔のウェルサンピア日出です。

2018年4月29日 (日)

天才

Photo
今回はこちらの本を選択しています。石原慎太郎氏の「天才」(文庫本)です。本の帯には以下のように紹介されています。
高等小学校卒ながら類まれな金銭感覚と人心掌握術を武器に年若くして政界の要職を歴任。ついには日本列島改造論を引っ提げて総理大臣にまで伸し上がった田中角栄。「今太閤」「庶民宰相」と称され、国民の絶大な支持を得た男の知られざる素顔とは? 田中の金権政治を批判する急先鋒であった著者が、万感の思いを込めて描く希代の政治家の生涯。
単行本出版時から興味があったのですが、今回、書店で文庫本として販売されているのを見て購入しました。本のカバーも衝撃的で印象深いものです。
内容は田中角栄氏に関するもので、一人称で著述されています。ロッキード事件に関しては司法取引があったような記載がありますが、一般庶民には知る由もありませんね。現在の新幹線整備、地方空港充実等、田中角栄氏が日本列島改造論で論じてきたことが現実になったと著者はTVで発言していたのを観た記憶があります。まあ、田中角栄氏は金権的側面があるようですが、偉大な政治家だったのでしょう。

高崎山

高崎山
大分高崎山のお猿さんを見て来ました。楽しみました。

2018年4月28日 (土)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅115

Dscf3615 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後1時半過ぎには磐田市三ケ野付近に居ました。7つ道の案内板を過ぎると、このような掲示がありました。見付宿(磐田)まで2.3Kmの案内です。Dscf3616 近くには、こにのような「三箇野車井戸之跡」の石碑があります。「車井戸って何だ」なんで思いながら通過するのでした。
Dscf3617 民家の軒先には明治の道の石碑がありました。越してきた小さな峠の反対側となるのです。
Dscf3618 さらに、近くには2つの旧東海道を案内する掲示があります。本当に助かります。Dscf3620 「立場跡」の下には、旅人の休憩所(峠の茶屋)とあります。やはり、越してきた小さな峠(江戸の古道)の前後には茶屋があったのでしょう。今は一般民家のようです。Dscf3621 さらに、この付近には民家に旧東海道の案内があり安心して歩行することができます。Dscf3622 旧東海道は、この写真のように左方向へややカーブして磐田方向へ続きます。

稲の定点観測2018---その6

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毎週末に記録している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。いつもの山は朝日を浴びて気持ち良さそうです。
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早期水稲の方は、先週とあまり変化がないようです。今朝は田圃に水が注入されていることはありませんでした。
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約3Kmのjoggingと腹背筋、ストレッチを終了した後にいつもの公園横から近所を撮影しています。空には雲もなく快晴です。
さて、今朝は午前6時過ぎに起床し上記のように約3Kmのjoggingへ出かけています。この時間帯はやや肌寒く感じました。その後、朝食を頂き、室内清掃をして現在に至っています。大型連休の開始ですが、当方は本日は特に予定はありません。朝食後、妻は近隣で開催されている会議へ出掛けて行きました。今日1日は当方の自由に過ごせそうです。
TVでは、昨日の南北朝鮮首脳会議に関して報じています。当方は政治、宗教、経済ネタには関連を持たぬようにしています。ただ、かつて当方が若い頃、生存しているうちに東西ドイツが統一されることはないだろうと考えていましたが約30年前に一気に統一されました。まして、南北朝鮮問題が融和方向に向かおうとはおもっていもいませんでした。意外と歴史は速く回転するのかもしれません。というより長い人生を送りジジイとなったからかもしれません。
さあ、休日を雑用で過ごすことを楽しみましょう。

2018年4月27日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅114

Dscf3606 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後1時半過ぎには磐田市三ケ野付近にいました。旧街道が分岐して進むべき方向が判りません。分岐点進行方向右には大正の道と刻まれた石碑がありました。大正の道方向には非常に道幅のある国道一号線もあることから、「うーん、大正じゃないよな」と思い、逆の左方向の道を選択しています。
Dscf3607 すると、明治の道との石碑があります。その右側には小さく緑のトンネルともあります。「まっ、いいか」と思いつつ進むのでした。
Dscf3609 すると、本来の目的である江戸の道との石碑がありました。今回は、江戸時代の旧東海道を歩くことを主旨としているので、即座に、この道を選択しています。
Dscf3610 進むと、このような案内がありました。
Dscf3611 矢印の先の道は、このような登坂の道となっているのです。天気の良い昼間であったので少しの躊躇で進むことが出来ましたが、雨の夕方であれば怖い思いをしたかもしれません。
Dscf3612 坂を登りきると、このような案内がありました。
Dscf3613 現在地を示します。ここには、他に昭和、平成の道と鎌倉古道があるようです。でも、あと1つが足りないようです。光の関係で良く判りませんね。

2018年4月26日 (木)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅113

Dscf3599 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後1時半過ぎには静岡県袋井市木原を通過しています。二級河川太田川に掛かる三ケ野橋を渡ります。Dscf3600 この付近で旧街道は直線状となっいるのでした。写真左に松が1,2本植樹されています。近づいて見ることにしましょう。Dscf3602 案内には、「旧東海道松並木」とあります。また、「見付宿(磐田)の東はずれから三ケ野地内までは、この道路が江戸時代の東海道道筋であった」ともあります。現在となっては、松並木というには少々、寂しい状況となっています。

Dscf3603 松の根元には、例の東海道の道標がありました。道標には「磐田市三ケ野(みかの)」と記載されています。先ほど渡った太田川が袋井市と磐田市の境界だったようです。見付宿まで3.4Kmとの記載もあります。Dscf3604 少々、進むと松並木のようなものが見えて来ました。昔の風情が少々、残存しているようです。Dscf3605 街道を進むと、このように分岐となっています。どちらに進めば良いのか困惑するのでした。

2018年4月25日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅112

Dscf3588 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後1時過ぎには静岡県袋井市木原付近に居ました。許禰(こね)神社を出るとすぐに、このような駕籠の形をした倉庫のようなものが旧街道沿いにありました。大きく袋井市指定無形民俗文化財木原大念仏とあります。Dscf3589駕籠の右には説明文があります。1578年の夏、武田勝義の家臣、笹田源吾が斥候として家康軍の様子を探りに来たことろ、この木原村付近で打ち取られたようです。その後、村には疫病がはやり、源吾の霊を慰めるための供養祭が木原大念仏の始まりとあります。

Dscf3591 駕籠倉庫の前には、例の旧東海道を示す道標がありました。

Dscf3592 こちらには、木原古戦場に関する案内がありました。「木原は1572年に武田信玄が徳川家康を破った三方ヶ原の戦いの前哨戦(木原畷の戦い)の地して知られています」とあります。Dscf3593 現在地を見てみましょう。緑線が東海道を示しています。写真左から右方向へ当方は進んでいることになります。Dscf3594 国道1号線と旧街道が合流しました。歩いて来た旧街道を振り返って撮影しています。旧街道は写真左となります。

2018年4月24日 (火)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅111

Dscf3579 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後1時過ぎには静岡県袋井市木原付近にいました。こちらは許禰(こね)神社正面となります。
Dscf3580 何やら案内板があります。近づいて見ましょう。
Dscf3581 古戦場木原畷とあります。下に案内があります。要約すると、1572年秋、武田信玄と徳川勢との間で戦闘となったこと、殿(しんがり)の本田忠勝の奮戦で徳川勢は浜松城へ撤退できたこと等の記載があります。
Dscf3582 境内には、徳川家康公腰掛石なるものがありました。こちらは、「関ケ原の戦いの勝利祈願のため当社を訪れた折、腰かけた石と言われています」とありました。写真左の石がそうなのでしょう。
Dscf3583 全体像は、こちらのようになります。Dscf3584 さらに、許禰神社の説明がありました。内容は、和歌山県熊野山と所縁のある神社で、その目的は熊野新宮を造営する費用を賄う為だったそうです。説明文が非常に長いですね。

2018年4月23日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅110

Dscf3570 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後1時前には静岡県袋井市木原付近に居ました。例の旧東海道の道標がありました。この付近を袋井市木原松橋というようです。見付宿(磐田)まで約4.5Kmの記載が上方にありました。
Dscf3571 この付近で国道1号線と旧街道は分岐することになります。写真右が旧街道となります。旧東海道徒歩の旅をしていると、このような分岐は既に見慣れたものとなりますが、なんだか風情があり当方はこのような分岐が好きです。
Dscf3572 すぐ近くに、このような案内もありました。「蔦屋版東海道」とあります。蔦屋とは、今もレンタルビデオ屋さんを展開しているタヤさんのことでしょう。ツタヤさんは、もともと版元のはずですから。案内下には、蔦屋版東海道五十三次之内 袋井 初代歌川広重 嘉永元年(1848)とあります。
Dscf3573 浮世絵のみを撮影すると、こちらのようになります。「松の枝に吊るした茶釜で湯を沸かす出茶屋の女主人、キセルをくゆらし、しょざいなく高札を見入る駕籠かき、床几に腰掛け、茶をすする職人風の二人連れ、馬子はいないが、荷物と女性を乗せた馬は軽尻であろうかーーー」とあります。Dscf3574 さらに近くには、木原一里塚跡の道標がありました。
Dscf3575 こちらが、その一里塚となります。
Dscf3576 こちらの案内には江戸から61番目の一里塚になることの記載がありました。他、下の部分に非常に有益な記載があったのでした。「(一里塚の起源は、)中国で榎と銅表を立てて里数を記した堠槐(こうかい)や奈良時代の国界の標識などが、その起源と考えられます。(中略)古くから里程については一里が6町、39町、48町、50町、60町などさなざまでしたが、本朝世事談綺に天正年間(1573-92)織田信長が36町ごとに一里塚を築き、榎をそのヱうに植えたと記しています。信長の跡を継いだ豊臣秀吉も、新たに定めた度量衡制の全国的普及をも意図して、36町を一里して、五間四方の一里塚を築造しています。それを受け継ぎ腫瘍な街道すべてに一里塚を整備したのは徳川家康です。

2018年4月22日 (日)

My favorite book series---白い航跡下巻

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今回もこちらの本を選択しています。吉村昭氏の「白い航跡下巻」です。本の帯には以下のように紹介されています。
海軍軍医総監となった高木兼寛は、脚気の原因説をめぐり、陸軍軍医部を代表する森林太郎(鴎外)と宿命的な対決をする。実証主義に徹するイギリス医学に則る「白米食説」と、学理を重視するドイツ医学を信奉する「細菌説」の対決であった。この対決は、日清・日露戦争を経て、両者の死後初めて結着した。
実証主義か学理重視かということですが、こと脚気に関しては実証主義のイギリス医学の勝利となったようです。12歳で今の東大医学部に入学し19歳で卒業した超エリートで森鴎外もこの件では挫折を経験したことでしょう。まあ、挫折を経験しない人間など、この世にはいないのです。

稲の定点観測2018---その5

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毎週末記録している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。先週末は京都に出張しており観測できませんでした。いつもの山の上には雲が乗っかかっています。昨日は宮崎でも夏日になったと思います。半袖短パンで過ごしました。
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田圃の方には水が注入されているのでした。稲の方はややその胴体を太くしているような印象があります。
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jogging中に撮影したいつもの加江田神社です。午前6時過ぎの撮影で、この時は日が射していなかったので境内は落ち着いた雰囲気でした。
Imgp1396
早朝でjogging courseにはクルマの通行も少なかったです。歩道から降りて車道右端から道路を撮影しました。通常のコースから横に数m移動しただけですが、異なった風景を楽しむことができました。
さて、昨日は当直明けで午前9:30分頃に帰宅しています。洗濯後、1階和室の障子の張替えを素人ながらやってみました。順調とはいきませんでしたが、どうにか夕方までには終了しています。
今朝も午前6時には起床し、約6Kmのjoggingへ出掛けています。その後、昨日の残り湯の溜まった浴槽に入り(まだ温かみが残っている)、シャワーをし、がっちりマンデーを見ながらの朝食でした。
先週は京都に居て非日常生活でしたが、今週末は日常生活で経過することでしょう。

2018年4月21日 (土)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅109

Dscf3561 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後0時半頃には旧東海道袋井宿から見付宿(磐田)へ向けて歩いていました。すると、このような記念館がありました。Dscf3562_2 案内には、以下のようなことが記載されています。澤野家が江戸末期から昭和初期までに建築し、使用してきた建物群で、病棟、居宅、渡り廊下、洋館の4棟が地域医療を担ってきた建物であること、1727年に作られた山名郡川井村差出明細帳に内科医としての記載があること、間口は10.5間、奥行きが29間あり、さらに西側に12.5間、9間の矩形敷地があったこと、病棟は洋風2階建て、居宅は和風平屋であること、建築時期は、病棟は昭和初期で、居宅は幕末から明治期と推定されること等が記載されています。
Dscf3563 外観は、このようになっています。こちらが洋風病棟なのでしょう。
Dscf3564 澤野医院記念館から数分歩くと、例の東海道の道標がありました。この付近は袋井市川井というようです。見付宿(磐田)まで約5.5Kmの道のりのようです。
Dscf3565 近くには、このような案内がありました。初代歌川広重の狂歌入東海道五十三次袋井と二代広重の諸国名所百景 江戸時代末との記載があります。
Dscf3566 案内には、「天橋付近の情景でしょうか。荷物をいっぱい積んだ二頭の馬を曳く馬子、菅笠をかぶり先を急ぐ旅人、赤子を背負い、子の手をとる母。街道脇に土塁と松並木が続き、原野谷川の堤防に並んだ松と小笠山の山並みがうっすらと描かれています」とありました。Dscf3567 諸国百景の案内には、「遠州 秋葉遠景 袋井凧と書かれ、大きな袋井丸凧を描いた版画です。凧の絵柄は唐獅子と牡丹、秋葉山を背景に、田植えをする農夫と凧揚げに興じる若者を描いています。中遠地方を代表する初夏の風景だったのでしょう」との記載があります。
 

2018年4月20日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅108

Dscf3555 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後0時半頃には旧東海道袋井宿御幸橋付近に居ました。こちらが、その御幸橋です。
Dscf3556 欄干端には御幸橋の名称があります。
Dscf3557 橋の上から川を俯瞰すると、護岸整備が充分に実施され何の変哲もない川なのでした。Dscf3558 直ぐ近くには、「御料牓示杭跡」がありました。「牓」は訓読みで「ふだ」だそうです。下には、これより西掛川藩領、これより東天領袋井宿との記載があります。袋井宿は天領のようです。最近、知ったのですが天領は英語でbakufu landsというそうです。そのまんまです。Dscf3560 安藤広重の他にも、葛飾北斎も11種類の東海道風景があり、保永堂版東海道五十三次があるようです。案内板には、そのようなことが記載されています。

2018年4月19日 (木)

仮想日本縦断鉄道の旅---その28

20180402
2018年3月1日から3月31日までjoggingで80Km走っています。今回の仮想乗車区間は、JR五能線深浦駅から川部駅まで乗車したことと仮定します。この間はちょど80Km、合計21駅で通常各駅停車で133分(乗車時間も133分)で走行するようです。料金は1490円だそうです。残は35Kmのままとなります。 前回の条件で旅行したとすると宿泊後、深浦駅5:54分発川部駅8:09分着となります。
この工程では、前半は日本海岸沿いを走ることになります。海は綺麗なのでしょうか?勿論、この五能線は乗車したことはありません。この付近で知っているのは「つがる」程度でしょうか。りんごで有名ですよね。先日、大阪伊丹空港に「りんごの自動販売機」があり、びっくりしました。既に売れきれだったので販売状況は確認できていません。一度、見てみたいものです。地理地形とは全く異なる内容となりました。

2018年4月18日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅107

Dscf3548 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午後0時半頃には静岡県袋井市袋井宿公園に居ました。こちらが公園入口となります。燈籠や高札場のようなモニュメントがあります。
Dscf3549 木製の道標には、「従是袋井宿」とあります。
Dscf3550 高札場のようなモニュメントには、秋葉山常夜燈の案内があり、
Dscf3551 高札場の説明文があり、
Dscf3552 土手(土塁)の説明文があるのでした。土手の説明文には、「いくつかの中小河川のひかえた袋井宿は、背の高い土手(土塁)に囲まれたといわれています。(中略) 土手の内側には桝形(宿の警護所)がありました」との記載があります。
Dscf3553 こちらが、その土手(土塁)をイメージした石垣のようです。
Dscf3554 土手(土塁)よりも、やはり常夜燈が目立つのでした。

2018年4月17日 (火)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅21

Dscf0533 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前11時半過ぎには宮崎市学園木花台西の宮崎大学木花キャンパス付近にいました。県道368号線沿いには、このようなキャンパスの地質を説明する案内板がありました。こちらの看板には、今まで、気が付いていません。Dscf0534 宮崎層群、礫層、火山灰層があり、キャンパス内で、これら地層が見学できる場所も案内されています。タモリさんなら非常に喜ぶことでしょうが、当方にとってはだたの土なので、今回はthroughすることにします。Dscf0536 宮崎大学木花キャンパス正門前まで歩いてきました。大晦日なので、勿論、クルマの出入りも多くはありませんでした。Dscf0539 宮崎大学木花キャンパスを過ぎ、学園木花台交差点まで到着しました。こちらは大学から青島方向を撮影したものです。写真左の建物には良く温泉入浴しに来ていたのですが、ポンプ故障で休止となってしまいました。プールはスイミングスクールとして営業しているようです。Dscf0540 同交差点から宮崎大学方向を撮影したものです。この付近の建物は、バブル景気時代に設計、建築されたもので豪奢なものが多いのですが、撤退した店舗も複数あるのでした。

今回の徒歩の旅は、こちらで終了とします。約3時間半の徒歩の旅でしたが、普段、気づかないことも発見でき、非常に有意義な徒歩の旅でした。

2018年4月16日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅106

Dscf3540 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29正午過ぎには静岡県袋井市山名の袋井宿公園に居ました。こちらの案内板には、「北斎漫画」とあります。案内には、「絵てほんとしての北斎まんが袋井には、石積みのある土塁の間を進む二人の旅人が描かれています。水害にみわわれることの多かった袋井宿は、こうした土塁(土手)に囲まれていたのでしょう」とあります。案内左には、「末広五十三次」とあり、「天橋を越え、東へと向かう大名行列の姿を描いています。遠藤には松並木、宿内から茅葺き屋根の家並みが続き、天橋には高欄付きの板橋です」との記載がありました。
Dscf3541 袋井宿公園に隣接する工場のような建物の側面には、大きく、このような東海道五十三次袋井宿の浮世絵を模した看板もあるのでした。
Dscf3542 こちらにも袋井宿の案内がありました。主だったことは、袋井宿は掛川宿と見付(磐田)宿間が長距離であったことから1616年にその中間の宿駅として開かれたことが記載されています。
Dscf3543 少々、歩くと問屋場跡があり、
Dscf3545 さらに、名所旧跡案内絵図なるものがありました。絵図の上には、「時空を超える道との対話」との記載もあります。近づいてみると、
Dscf3546 現在地は、赤の◎のようです。写真右(江戸側)から左方向(京側)へ向かって当方は歩いて来たのでした。

2018年4月15日 (日)

My favorite book series---白い航跡上巻

Photo
今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭氏の「白い航跡上巻」です。本の帯には以下のように紹介されています。
明治初年、海軍・陸軍軍人の病死の最大の原因は脚気であった。その予防法を確立し、東京慈恵会医科大学を創立した高木兼寛の不屈の信念と人類愛にみちた生涯を描く歴史ロマン――薩摩藩軍医として、戊辰戦争で見聞した西洋医学に兼寛は驚き、海軍に入ってからはイギリスに留学し、近代医学を修め、帰国する。
とある講演会で演者の先生が紹介したことで、こちらの本を読書しました。こちらの本は2002年5月の第6刷の本なので、その頃に1回目を読書したのでしょう。この本から、吉村昭氏の本を読むようになった記憶があります。その後、氏の長編の全てと短編も読書してきました。
主人公の高木兼寛先生は宮崎県の生んだ偉人ですが、彼に関する名所旧跡等はあまり宮崎県には残存していない印象があります。時間に余裕のある時にでも穆園広場でも訪ねてみようかと思っています。
 

京都鉄道博物館2

京都鉄道博物館2
梅小路蒸気機関車庫となります。

京都鉄道博物館

京都鉄道博物館
鉄道博物館は長蛇の列です。

今回のホテル

今回のホテル
今回ステイしたホテルはアーバンホテル南草津です。今日は雨が降っています。

2018年4月14日 (土)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅20

Dscf0527 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前11時半過ぎには県道368号線沿いの福祉施設、養護学校ゾーンから東方向となる宮崎大学本部方向へ歩いていました。またも橋梁がありました。こちらも良く通過する橋です。名称は「学園橋」というようです。Dscf0528 欄干には昭和59年12月竣工とあります。当方が大学生時代には竣工していたようですが、こちらの橋には全く気が付きませんでした。Dscf0529 橋の上から俯瞰して撮影しています。かなり谷が深いようです。Dscf0530 橋の欄干には、「浦田池」とあります。この付近には野生の猿がいるのです。今までに数回、複数の猿がいるのを目撃しています。Dscf0531 県道368号線沿いには木原公園なるものがありました。案内板が設置されていました。Dscf0532 近づいてみましょう。現在地は休憩所とある近くです。浦田池の文字があります。そして、黄色で示されているのは遊歩道のようです。赤いバツ印の個所は通行止めのようです。通行止めが解除された後には、こちらの遊歩道を歩いてみようかを思いました。どのような展望台があるのでしょうか。

和田浜

和田浜
和田浜から近江大橋が見えます。

瀬田唐橋

瀬田唐橋
瀬田唐橋
瀬田唐橋に到着しました。道路は交通量が多いです。

南草津駅

南草津駅
会議場へは向かわず南草津駅を出発し、旧東海道を歩きます。

2018年4月13日 (金)

南草津駅

南草津駅
南草津駅に到着しました。今日の行程を終了します。会議場へ向います。

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅105

Dscf3533 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29正午過ぎには旧東海道袋井宿付近に居ました。こちらは袋井宿東本陣跡です。公園のようになっていました。
Dscf3534 案内には、東本陣は敷地全体の坪数が1069坪、塀を除いた建坪288坪、間口13間半、奥行31間であったことが記載されています。他、袋井宿には2軒の本陣があり合計3軒の本陣があったようです。本陣には、門構え、玄関があること、内部に上段の間があることも記載されていました。
Dscf3535 こちらにも案内がありました。少々、細か過ぎますね。内容を要約すると、本陣の利用回数は年間20-40回で、外様大名の参勤交代期の4月と、譜代大名の交代期の6月の利用が多いこと、行列の出発が午前4時頃が慣習で、出発準備のため起床は午前1-2時頃であったこと、宿泊料に定額はなく御祝儀であり金銭のみではなく現物支給であったこと、椀、皿などの什器類から、屏風、布団、衣類の持ち去りがあり補充に対する出費があったこと等の記載もあります。いつの時代でも宿から色々なものを持ち出す輩がいたことが伺えます。例えば、きせるなどは50本出せば10本返ってくるのは稀であったことも記載されていました。
Dscf3536 暫く歩くと袋井宿公園に到着です。こちらの公園にあった案内板です。この袋井宿は27番目の宿場で東海道のどまん中であることがご自慢のようです。大きな記載がありますね。
Dscf3537 案内板の一部を拡大して撮影しています。遠州山名郡袋井宿は、掛川宿まで約9.7Km、見附(磐田)宿まで約6Kmとの記載があり、名物は、うなぎとすっぽんとの記載もありました。
Dscf3538 こちらの公園には、このような「どまん中」を示すモニュメントもあります。
Dscf3539 そして、袋井宿公園は写真のように整備されているのでした。この日、この時間帯に当方と工事関係者1名だけでした。工事関係者は丁度、昼食の最中だった記憶があります。

手原駅

手原駅
会議を利用して予定外の東海道徒歩の旅をします。草津線手原駅を出発します。少々、風が冷たいです。

またまた大阪へ

またまた大阪へ
11日前に搭乗した同じJAL便で、またまた大阪伊丹空港へ飛びます。今回の目的地は京都です。

2018年4月12日 (木)

My favorite book series---点と線

Photo 今回はこちらの本を選択しています。松本清張氏の代表作である「点と線」です。当方の書庫には絶対あるはずなのですが、見当たらず新規に文庫本を購入しました。本の帯には以下のように紹介されています。

九州博多付近の海岸で発生した、一見完璧に近い動機づけを持つ心中事件、その裏にひそむ恐るべき奸計! 汚職事件にからんだ複雑な背景と、殺害時刻に容疑者は北海道にいたという鉄壁のアリバイの前に立ちすくむ捜査陣……。列車時刻表を駆使したリアリスティックな状況設定で推理小説界に“社会派"の新風を吹きこみ、空前の推理小説ブームを呼んだ秀作。

以前、こちらの本は読書したことがあるはずなのですが、全く内容は朧気にしか記憶に残っていません。ということで幸か不幸か、楽しく読書できるのです。

解説にもあるように、心中する二人が東京駅の15番線ホームを特定の4分間に歩くことの必然性に関しては著者の説明がなく、唯一の瑕疵あるようです。それでも「ゼロの焦点」と比較すると、「点と線」の方が秀逸と考えます。

2018年4月11日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅104

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前11時半過ぎには静岡県袋井市旧袋井宿東入口付近にいました。旧街道沿いには、よく観光地で見かける顔を入れて撮影するものがありました。「かめさんが好きそうだな」なんって考えながら撮影するのでした。
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直ぐに袋井宿の案内板がありました。これから見付宿方向へ進むことになります。ベンチに壮年男性が腰かけているのが見えます。
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ちょっと下がって全景を撮影してみましょう。このような簡易休憩所となっているのでした。こちらでトイレを借り、手を洗ったことを記憶しています。
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こちらは、「日本一小さな歩く道の駅」なのだそうです。
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そして、建物には「東海道どまん中茶屋」と暖簾に記載があります。当日は何故か店舗は閉店されているのでした。
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敷地内には、袋井出茶屋の図が掲げられていました。案内には、「初代広重が天保5年(1834)頃に描いた保永堂版東海道五十三次の一枚 この版画は袋井宿の東の入口を写したものと思われる。宿近くの田んぼの中に建つ出茶屋の風景に、のどかな庶民の旅の姿が感じられます」とあります。
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ガラス越しでは不明瞭なので、高校同級生から頂戴したものを掲載します。街道の周囲には茶屋と田んぼ以外の記載はありません。本当にのどかな風景だったことしょう。

2018年4月10日 (火)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅19

Dscf0518 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前11時半前には宮崎市清武町木原付近の県道368号線を徒歩していました。こちらの道路沿いには、学校法人宮崎南学園の宮崎保健福祉専門学校があるようです。介護福祉学科、作業療法学科、精神保健福祉学科があるようです。「あるようです」というのは、時間帯が異なるためか、殆ど、こちらの学校の学生さんらしき人々を見たことがないからです。本当に機能しているのか、懐疑的となっています。Dscf0519 宮崎保健福祉専門学校を過ぎて、ちょとした橋梁を渡ります。勿論、その名称はしりませんでした。どうも「堂の下橋」というようです。Dscf0520 川も名称は「田上川」というようです。Dscf0521橋梁の上から、川を撮影してみました。小さな水量の少ない川が申し訳なさそうに流れていました。 Dscf0524 さらに宮崎大学本部方向へ進むと、福祉施設、養護学校ゾーンとなります。Dscf0526 丘の上には、宮崎大学、衛生環境研究所、計量検定所、地域訓練センター、看護等研修センターの案内があります。一応、この付近は、宮崎大学を中核として、保健福祉等の施設が集約されていることになります

2018年4月 9日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅103

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前11時半過ぎには静岡県袋井市試市役所付近に居ました。こちらが袋井市市役所前を示す東海道の道標となります。
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こちらが袋井市役所の庁舎のようです。立派な建物でした(写真撮影には手前の鉄塔が邪魔なのですが)。
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歩行を続けると磐田市境まで3.0Kmの案内がありました。通常の距離としては約1時間弱の歩行で磐田市境まで到達することになります。
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何だか立派な案内がありました。近づいて見てみましょう。
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案内には、袋井宿は品川宿から数えて27番目の宿となること、天橋は袋井宿の東入口に掛かっていた土橋であること、1843年の調査では宿内の町並みは5町15間で、人口843人、家数は本陣3軒、旅籠屋50軒を含め195軒だったことが記載されています。
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下には江戸時代後期の袋井宿の見取り図がありました。写真左に現在地を示しています。写真左から右方向へ進むことになります。東西の宿場入口に桝形の記載があります。
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案内板の横には、比較的新しい石碑に「これより袋井宿」とありました。

2018年4月 8日 (日)

My favorite book series---仮釈放

Photo今回はこちらの本を選択しています。当方の好きな吉村昭氏の「仮釈放」です。読書する本がなくなり当方の書庫を散策中に眼に入り、再読書することにしました。結論は覚えていたので、ドキドキしながらの読書でした。本の帯には以下のように紹介されています。

浮気をした妻を刺殺し、相手の男を刺傷し、その母親を焼殺して無期刑の判決を受けた男が、16年後に刑法にしたがって仮釈放された。長い歳月の空白をへた元高校教師の目にこの社会はどう映るか?己れの行為を必然のものと確信して悔いることのない男は、与えられた自由を享受することができるか?罪と罰のテーマに挑み、人間の悲劇の原型に迫った書下ろし長編小説。

当方は、こちらの主人公である菊谷史郎の服役中、仮釈放後の心理は理解できるのですが、犯罪実行時および被害者への懺悔の気持ちがないことが理解できません。犯罪実行時には何か屈曲した心理状態となるのでしょう。まあ、当方なら、妻が不倫をしていたら、さっさと離婚して若くって新しい女を作ることでしょう。もう誰も相手にしてくれないかもしれませんが。こちらの本を読むことで保護観察制度と保護司という当方には馴染みのない制度、職業を知ることは可能です。こちらの作品は解説にもあるように、同氏の「破獄」の続編のような位置づけと考えます。

近所の散策2018---清明過ぎ1

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こちらは近所にお宅に開花していたつつじでしょうか。ピンク色をしています。朝日に向かって花弁を開花していました。
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こちらも同じお宅に開花していた白いつつじです。
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こちらも同じお宅にあった少々、小ぶりなつつじのようです。
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こちらは、違うお宅に開花していたつつじです。仰角で撮影してみました。青空が背景となっています。
さて、昨日は天候は良かったのですが、少々、冷え込み、風が強かったので散髪に行った以外は殆ど外出せず自宅に籠もっていました。
今朝も少々、冷え込んでいますが、風も殆どなく天候も良好です。朝7:30分からいつものようにがっちりマンデーを見ようと思いましたが、マスターズの中継だったので、約3Kmのjoggingへ出掛けています。その途中で、上に掲げた写真を撮影しています。
先週の大阪行きの疲労感もやや癒えてきました。今日も特に予定はありません。今週末の京都行の準備をしようと思います。また、大阪伊丹空港へ飛ぶ予定です。

2018年4月 7日 (土)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅18

Dscf0508 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前11時過ぎには宮崎市清武町黒坂交差点付近に居ました。こちらは、その交差点となります。過去、約40年間、こちらの交差点は何度も通過していました。

 Dscf0510 黒坂交差点を通過すると、直ぐに老人保健施設の案内がありました。風に立つライオンのモデルとなった柴田紘一郎先生が施設長のはずです。Dscf0512 さらに県道27号線を北郷方面へ進みます。北郷への道路掲示板がありました。Dscf0514 こちらの道路沿いに、このような石碑がありました。清武町木原墓地とあります。そういえば、現在の宮崎大学医学部が開学する際に、こちらの墓地が現在の場所に移転したようです。墓地を移転する必要があり、医学部誘致に反対意見もあったと聞いています。Dscf0515 墓地が近くにあるので、墓石屋さんもあるのでした。Dscf0516 こちらの直線j方向が県道27号線(旧飫肥街道)となり、左折方向は県道368号線となります。今回、旧飫肥街道の旅は、この地点までとし自宅へ戻るべく、歩行を継続しています。

稲の定点観測2018---その4

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毎週末観察している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。いつもの山は、今日はその姿を水面には写していないのでした。写真撮影時は、結構、風が強く吹いていました。
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稲の方は、その姿を殆ど変化させていません。手前の小さな水路から少量の水が田圃に注入されていました。写真ではちょっと、分かり難いですね。
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jogging中に近くの土手にあった植物です。勿論、名称は知りません。朝日を受けて綺麗に開花していたので撮影してみました。光を浴びている植物は気持ち良さそうです。
さて、今朝も午前6時すぎには起床し朝食を頂き、午前7時過ぎから約6Kmのjoggingへ出掛けています。その後、シャワーを浴び、今となりました。
今週前半は大阪におり、何だか非常に疲れました。今週末は特に予定がありません。少々、体を休めようかと思っています。

2018年4月 6日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅102

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前11時半過ぎには静岡県袋井市新屋付近に居ました。旧東海道を案内するものがありました。どまん中茶屋へは左折するようです。
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直ぐに袋井市東新屋となり、
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徒歩3分程度で西新屋となるのでした。
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旧東海道は、こちらの道を進むようです。何だか細い道で心細くなるのですが、市街地内であるので安心です。これが峠道だと不安が増すのです。
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このような案内がありました。こちらの道は車両は通行不可のようです。歩行者は左の信号を右折するように記載されています。Dscf3513
すると、このようなものが見えて来ました。
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案内には新屋の秋葉山常夜燈とあります。他、江戸時代に秋葉山信仰がさかんになったこと、常夜燈は秋葉山に参詣するために秋葉道や東海道沿いに置かれ、それ以外にも火伏の神への信仰から建てられたこと、石製の燈籠形と、木造の屋形の常夜燈があること等が記載されています。
 

2018年4月 5日 (木)

My favorite book series---ゼロの焦点

Photo 今回はこちらの本を選択しています。松本清張氏の「ゼロの焦点」です。いわゆる、名作といわれ彼の代表作となっているものです。本の帯には以下のように紹介されています。
前任地での仕事の引継ぎに行って来るといったまま新婚一週間で失踪した夫、鵜原憲一のゆくえを求めて北陸の灰色の空の下を尋ね歩く禎子。ようやく手がかりを掴んだ時、“自殺”として処理されていた夫の姓は曾根であった!夫の陰の生活がわかるにつれ関係者がつぎつぎに殺されてゆく。戦争直後の混乱が尾を引いて生じた悲劇を描いて、名作『点と線』と並び称される著者の代表作。

こちらの本は平成17年1月の第104刷のものです。約13年ぶりに読書したことになります。当方は幼稚園、小学校中学年を金沢で過ごし石川県に所縁があることも、こちらの作品に親近感を持つ理由となっています。今回、再読書してみると決して推理小説としての出来は盤石なものではなく、解説にも記載されていますが、鵜原宗太郎と本田義雄が殺されなければならない必然性が希薄なのです。本来は、「点と線」を再読書する予定でしたが、何故か当方の書庫から消えていたので、こちらの本を再読書していみました。「点と線」が消失していることがミステリーです。
 

2018年4月 4日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅101

Dscf3500 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前11時過ぎには静岡県袋井市久津部付近に居ました。こちらにも案内板ありました。「双筆五十三次 袋井」とあります。写真左のことを説明しているようです。「(略) 三代歌川豊国が巡礼に向かう母子を描いています。二人とも抜け参りなのでしょうか、旅の途中、金品を無心する柄杓を持ち、母親は菅笠に「同行二人」「繁栄村」と墨書し、着物の上にうわっぱりを着て、「西国三拾三番巡禮」と記されたおいずりを羽おっています。東海道は、武士や商人、役人、僧侶のほか、伊勢参りをはじめ多くの巡礼者の通る道でもありました」とあります。
Dscf3501 この付近にも、ちょっとした松並木があるのでした。
Dscf3502 その松並木の案内がありました。信長公記に路辺の左右に松と柳を植えたこと、徳川実記に松並木を整備したこと等が記載され、現在地の西側の道は真言宗の古刹油山寺へと至る油山道と呼ばれる道ですとも記載ています。写真下に当方の指が写っています。御愛嬌としましょう。
Dscf3503 案内の左上の部分のみを撮影してみました。山田屋版「行書東海道五十三次之内 袋井」の浮世絵のようです。山田屋さんとは版元でしょうか。
02 一般的に知られている東海道五十三次袋井の浮世絵は、このようになります。この辺りを描いたものかと勝手に想像しているのでした。
Dscf3504 こちらの古い道標に、「従是油山道」と刻まれています。
Dscf3505 こちらが、その油山道となります。
 
 

今回のホテル

今回のホテル
今回、宿泊したホテルは京阪本線香里園駅近くのホテルインペリアル香里園です。訳すと帝国ホテルです。ツインは広く落ち着いていました。

2018年4月 3日 (火)

旅の思い出---第2次飫肥街道徒歩の旅17

Dscf0497 暇にまかせて2017年12月31日、第二次旧飫肥街道徒歩の旅に出ています。12/31午前11時過ぎには、宮崎市清武町黒坂観音付近に居ました。こちらは、黒坂観音の立派な石碑となります。Dscf0498 階段を上がって敷地内に入ってみましょう。Dscf0499 右手方向には、市指定有形文化財黒坂観音仁王像とあります。Dscf0500 敷地内に入ると、五輪塔の案内がありました。こちらは宮崎県有茎文化財に指定されるているようです。Dscf0501 こちらが、その五輪塔となります。Dscf0502 こちらが、観音堂となります。建物の右方向にあるのは安産祈願のお守りの自動販売機でした。Dscf0504 こちらの観音堂の山号は、長徳山のようです。Dscf0505 そして、こちらが黒坂観音仁王像となります。何故、右手に草鞋をぶら下げているのでしょうか?

2018年4月 2日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅100

Dscf3493 2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/29午前11時過ぎには、静岡県袋井市久津部付近に居ました。東海道を案内する掲示がありました。「隷書東海道 (略) 大きな唐獅子牡丹の角凧と鶴と松を描いた丸凧が上がっている。右下に名物遠州だこと記載されているように田園風景と凧の取り合わせは、遠州地方を代表する初夏の風物だったのであろう」とあります。
Dscf3494 こちらが、その浮世絵となります。惚けたことに撮影している当方がガラスに反射しているのでした。
Dscf3495 こちらは、内科消化器科城所医院の寄贈のようです。
Dscf3496 少々、東海道を西方向へ進むと旧街道らしく松並木があるのでした。
Dscf3497 松並木の近くには、七ツ森神社の案内がありました。「(略)伝説では桓武天皇の頃、日坂宿に出没していた怪鳥を退治するために朝廷から派遣された七人の武士は、退治出来ずに返り討ちにあい命を落としてしまいました。哀れんだ村人が墓を造り彼らを葬りました。その墓が七つ森だと伝えられています」とあります。
Dscf3498 こちらが七つ森神社を示す道標となります。側面には本殿裏から戦国時代の城跡久野城がとてもきれいに見えますとの記載もありますが、先を急ぐことにします。
Dscf3499 こちらが七ツ森神社の参道となるようです。

大阪へ

大阪へ
先週末も大阪にいましたが、今日も大阪へ向います。JAL便に搭乗します。

2018年4月 1日 (日)

50代から始める知的生活術

50 今回はこちらの本を選択しています。何となく、古本屋さんを散策している際に目に留まった本です。タイトルは「50代から始める知的生活術」です。外山滋比古氏の著書です。本のカバーには以下のように紹介されています。

186万部突破『思考の整理学』著者、最新刊!91歳にして気力みなぎる「知の巨人」が実践してきた、50代以降の人生を楽しむ知恵とは?40代になったら、「将来の仕事」を考える。賞味期限切れの友情は捨てる。思考を磨く「知的読書法」。いつまでも若々しく、いきいきと毎日を過ごす方法。

こちらの本はクルマの助手席に置き、信号待ちの際に読書していました。著者の主張は、定年後の人生も長くなったので定年後の生活のことも考慮しておきなさい、そして、定年前後で異なる生活をして人生二毛作を楽しみなさいということでしょう。まあ、人生の先輩が勧めることですので、素直に受け入れることが良いのかもしれません。 

世界の果てまでイッテQのカレンダー---2018年4月

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世界の果てまでイッテQ4月のカレンダーは、みやぞんさんの「ブーメラン5本連続キャッチの瞬間」です。スペインで撮影されたようです。こちらのon airも観ていないような記憶です。
とうとう4月となりました。3月はお彼岸中日が非常に寒い日となりました。そういえば関東地方で降雪があったのも、この時期でした。その後、宮崎は日中の気温が25℃をこすような夏日を記録するほどでした。3/30、仕事場事務所では今季、初めて冷房を使用しています。
ここにきて、南国宮崎は完全に日差しが変わり、一気に夏が到来したようです。

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