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2018年9月

2018年9月30日 (日)

台風24号接近

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台風24号が南九州へ接近しています。少々、接近予想が遅れて宮崎へは本日昼過ぎに最接近するようです。
今朝は午前5:30分頃に起床し、朝食を頂き、周囲が明るくなるのを待って自宅を出発しました。
仕事場の入れ替え時間は午前9:00なのですが、早めに到着している方が雨風の影響が少ないと判断したのです。昨夜は耳栓をして就寝したので、周囲の音は殆ど、聞こえませんでした。起床時、「台風はどこて行ったんや?」と思ったくらいでしたが、6:30分に自宅を出発する際には、雨風が強くなっていました。一応、幹線道路を使用して出勤しています。途中、風で飛んだ木の枝をクルマで踏み軽い衝撃がありましたが、影響はないでしょう。
7:00頃に仕事場に到着し、ひと仕事を終えています。写真は事務所から窓越しに撮影したものです。ガラスには雨粒が付着しています。
明日の夕方まで仕事場に拘束されることになります。少々、長丁場となりそうです。

2018年9月29日 (土)

近所の散策2018---秋分過ぎ1

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近所の散策といっても、こちらは自宅駐車場前から空を撮影したものです。台風24号の影響で勿論、雨雲が空を覆っています。時折、纏まった雨が降ったりしますが、丁度、雨脚が止まった時に撮影しました。
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こちらも玄関先から当家南側の小さな庭を撮影しています。奥には未だに黄色の彼岸花が開花しています。
今週、当家出入りの庭師の方が、手入れをしてくれました。伸びていたトキワマンサクの枝先も綺麗に切りそろえてあります。

今週末は台風24号の影響で荒天になりそうです。今年は既に多数の台風が来襲したので、もう、台風は不要なのですが、自然現象なので仕方がありません。

昨夜も寝ていて、かなりの雨量があったような音を聞きながらウトウトとしていました。今日は傘を持ちながら買い物でも行きましょうか。

2018年9月28日 (金)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その50

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前11時前にはJRおよび京阪石山駅付近の旧東海道に居ました。こちらの松原町西の信号を右折して石山駅方向へ向かいます。後から気が付いたのですが、旧東海道はこちらの道を直進すれば良かったようです。

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こちらは石山駅前のローターとなります。写真右方向にバス、タクシーの待機所がありました。
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すると、京阪電車が石山駅に入線すべく走ってきました。
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旧東海道は、JRと京阪電車の線路を跨いで行く必要があるのですが、その方法が分かりません。石山駅舎には、このようなモニュメントもありました。恐らく近くの石山寺で源氏物語を書く紫式部をイメージしていることでしょう。
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結局、線路を跨ぐ方法が分からず、石山駅まで戻って来ました。こちらが石山駅の駅舎となります。構内へは入構しませんでしたが、立派な駅なのです。
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現在地を確認できる案内板がありました。写真中央ピンク色が旧東海道となります。どうやら、先の松原西の信号を直進すれば良かったようです。ガイドブックと少々、異なるのでした。
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こちらが、その地下道となります。旧東海道は、線路をアンダーパスしています。少々、迷いましたが、こんなことも旅の楽しみの1つなのでした。

2018年9月27日 (木)

ペットマト

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はせがわさとう商店から、ペットマトシリーズも購入しました。今回は、ミニナス(写真左)とオクラ(写真右)です。ペットマト2シリーズとの相違は判りません。

ペットマト2シリーズのプチトマトは発芽、開花、成熟、収穫ができましたが、おやつビーンズは結局、発芽しませんでした。

しかし、こちらのシリーズが当方の仕事場環境に合うようなので、今回、購入しました。

一度に播種するよりは、楽しみを増やす目的で、少々、時期を違えて播種しようかと思っています。どちらを先に種まきしようかと迷っています。

2018年9月26日 (水)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その49

Dscf1155 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時半過ぎには瀬田唐橋西詰付近に居ました。何やら駅が見えてきました。こちらが、京阪電車唐橋前駅となります。
 
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唐橋前踏切を渡ります。
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旧東海道の案内がありました。このような案内を見ると進路が間違っていないことが確認でき安堵します。
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旧東海道は、写真右折となる道となります。
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このような案内板がありました。この付近は唐橋を渡り町名が変わっています。鳥居川町というようです。
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現在地は、唐橋前駅の西側となります。これから旧東海道は北上するようになります。
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再度、京阪電車の松原踏切を渡り、石山駅方向へ進むのでした。

2018年9月25日 (火)

水耕栽培---いちご1

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水耕栽培Green Farmの公式栽培キットを購入しました。種子はワイルドストロベリーです。キットの内容は、種子(写真上中央試験管tube内)、養液(写真左)、栽培用スポンジ(写真下)です。種子は15粒入っているようです。種子は非常に小さいのです。つまり、我々がいちごを食べる時の、果実の表面にあるあの粒粒なのです。直径0.5mm程度でしょうか。播種から発芽まで約1~3週間を要するようです。3ケ月後には収穫ができるでしょうか?
発芽後、定期的に観察しようかと思っています。

2018年9月24日 (月)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その48

Dscf1135 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時過ぎには旧東海道瀬田唐橋付近に居ました。まだ、唐橋を渡ってはいません。瀬田唐橋の歴史に関しての看板です。中世では、「1184年に源義経軍、瀬田宇治にて木曽義仲軍と戦う。1221年には承久の乱で後鳥羽上皇が鎌倉幕府と戦う。1582年には、本能寺の変で瀬田城主が瀬田橋を焼き、明智光秀の安土城進撃を一時阻止する」とあります。瀬田橋は東方からの京都襲撃の際の重要な軍事的要地となるのです。
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漸く橋梁を渡ります。橋中央付近から琵琶湖方面を撮影したものです。琵琶湖は大きいです。
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琵琶湖方面東詰方向河岸を撮影してます。河川敷は公園として整備されていました。
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橋の歩道はかなりの幅が確保されていました。橋梁の上では、少々、強い風が吹いていたと記憶しています。帽子を手で押さえながら歩いています。
 
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中州まで到達しています。こちらは上流方向です。
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下流琵琶湖方向も撮影しています。こちらの写真の方が中州の存在が良く判ると思います。写真右が中州となります。
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唐橋西詰まで歩いてきました。

2018年9月23日 (日)

ポップコーン

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ペプシコーラのおまけに付いていたマイク・ポップコーンを作ってみました。製品袋には、ポップコーンの豆とサラダオイル大さじ2杯を鍋で中火で加熱するように記載があります。その通りにして1-2分、経過すると弾ける音がし始め、2-3分程度で音が消失しました。
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こちらが、完成したポップコーンです。少々、塩をふりかけて頂戴しました。できたてで非常に美味しかったです。まあ、休日には、このようなしょうもないことをして過ごしています。

近所の散策2018---彼岸の頃2

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今日はお彼岸の中日です。昨日、日南市酒谷にある坂元棚田へ行って来ました。こちらは、その棚田で撮影した赤い彼岸花です。黒いアゲハ蝶も、その赤い花弁に引き寄せられていました。

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こちらは、棚田を見渡す展望台から撮影したものです。説明文には200枚程度の棚田があるように記載されていました。写真のように稲穂が頭を垂れて成熟していました。稲と彼岸花を同時に楽しめるのですが、彼岸花は少々、時期が過ぎている印象です。同時見学なら先週の方が良かったようです。

こちらの棚田を見学するには、国道222号線から非常に細い道路を往復する必要があります。復路では大型トラックと離合するのにクルマを後退させる必要がありました。宮崎に在住してかなりの時間を経過しましたが、坂元棚田を見学するのは初めてです。
 道の駅酒谷で昼食を摂り、飫肥城下町を少々、散策してから帰宅しています。
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飫肥城内では、勘違いの染井吉野が開花していました。春咲きの気候と類似したから開花したのでしょうか?

さて、今朝も午前6時頃には起床して、録画していた知恵泉を見ながら朝食を頂戴しています。その後、約3Kmのjoggingへ出掛け、シャワーを浴び、現在となりました。先ほど、近所の小学生は運動会で登校していきました。運動場は校舎の反対側なので、場内アナウンスや子供達の歓声は聞こえないと思います。

気が向けば、チョット、覗いてみようかと思います。

2018年9月22日 (土)

嫌われる勇気

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今回は、こちらの書籍を選択しています。岸見一郎氏の「嫌われる勇気」です。久しぶりに単行本を購入しました。アマゾンでは以下のように紹介されています。

本書は、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話篇」という物語形式を用いてまとめた一冊です。欧米で絶大な支持を誇るアドラー心理学は、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに、きわめてシンプルかつ具体的な“答え”を提示します。この世界のひとつの真理とも言うべき、アドラーの思想を知って、あなたのこれからの人生はどう変わるのか?もしくは、なにも変わらないのか…。さあ、青年と共に「扉」の先へと進みましょう―。

本来、こちらの本を選択したのは当方が好きなNHK「知恵泉」に岸見一郎氏が出演していて、その発言に共感したからです。
最近は読書をする本には、気に入った箇所に付箋を貼付するのですが、こちらの本では読了すると数十か所となっていました。
読み始めは、なんだか新興宗教に導かれるかのように感じていましたが、当方の人生、運命に非常にマッチし、真実が語られているようにも感じます。
アドラーの心理学を理解したとは到底、思ってはいませんが、理解しようかと思っています。
 

近所の散策2018---彼岸の頃1

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こちらも当方のjogging course沿いで見つけた風景です。colemanのテントを使用しての仮店舗となっていました。店舗名は「こころ農園」でした。なかを覗いてみると、
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収穫したてのカボチャが無人で販売しているのでした。値段は1つ\200-300程度です。高いのか、安いのか当方には判りません。
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今朝は午前6時頃には起床して朝食を頂き、7時頃から約6Kmのjoggingへ出掛けています。jogging、腹背筋、ストレッチを終えると、丁度、小学生の登校時間とぶつかりました。
小学生の一人が当方へ、「こんにちわ」を声を掛けてきたので、「おはよう」を返すと、その小学生は少々、照れながら「おはようごさいます」と返してくれました。時間帯を考慮することを間違えたことに気が付いたようです。小学生にとっては、何気ない出来事かもしれませんが、当方にとっては、この朝の挨拶が非常に気持ちの良いものとなりました。その後、登校していく小学生とも、次々と朝の挨拶を交わしています。
 
 小学生同士の会話から、明日が秋の運動会であることも知りました。明日の天気予報は晴れ、近くなのでチョット覗きに行ってみようかと思っています。

 祝日の月曜日は夜勤となっています。先週に引き続き当方は2.5連休となりました。外の空気の湿度も低下しjoggingをしていても気持ちよく走れます。連休を楽しもうと思います。

2018年9月21日 (金)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その47

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時過ぎには旧東海道瀬田唐橋付近に居ました。唐橋東詰琵琶湖方面河岸から唐橋へ戻って来ました。瀬田川洗堰の案内がありました。写真下が切れているのは、これ以上後方へ下がることが不可であったためと考えます。
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拡大すると、現在地が茶色で示されています。これから東詰上流方向へ行ってみることにします。4/14の最大の見どころなので、充分に堪能しようという魂胆です。
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上流方向には、こちらの石碑がありました。「日本三大名橋瀬田の唐橋」とあります。「他2つの名橋は何かな」なんて思いながら撮影するのです。今回、ブルグ記載にあたって調べてみると、三大名橋とはこちらです。「あれっ、唐橋が入ってないじゃん」。「まあ、いっか」。
再度、調べてみると三古橋というのが正確なようです。
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唐橋河岸では釣りをする人がいたり、川を外輪船が下流方向へ航行しているのでした。
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東詰まで戻って来ました。龍光山雲住寺が近くにあるようです。
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そして、東詰の常夜灯を再度、撮影します。
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東詰には、藤原秀郷の百足退治の浮世絵風看板があるのでした。
 

2018年9月20日 (木)

国銅---下巻

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前回に引き続き今回も帚木蓬生氏の「国銅下巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

華やかな奈良の都で、国人は大仏造営の作業に打ちこんでいた。ともに汗を流す仲間たちと友情を築いた。短き命を燃やす娘と、逢瀬を重ねた。薬草の知識で病める人びとを救い、日々を詩に詠む。彼は、確かな成長を遂げていた。数え切れぬほどの無名の男たちによって、鉱石に命が吹き込まれ、大仏は遂に完成した。そして、役目を終えた国人は――。静かな感動に包まれる、完結篇。

こちらの本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。
「繰り返しに優るものはなかろう」p44、記述。
「たとえ、ひもじい思い、きつい思いをしても、二本足で立ち、自分の手でものを食い、目を開けてものを見るまでは生きるのが、一生というものだ」p123,
記述。
「人は何を学んだかで決まる。地位や境遇や貧富貴賤はとるに足りないというのです。(中略) 苦しむことが好きになれば、その仕事からも好かれるようになる」p159,日狭女(登場人物)の言葉。
「お前がお前の灯火、その明かりで足元を照らせ」p207、景信(僧)の言葉。
「奢った暮らしは身を亡ぼすので、そうした害毒を招かないようにすべきだ。肉食の貴人が身を亡ぼし、葵や豆の葉を食べる貧賤の民から笑われないように」p308、記述。
こちらの本にも多数の貴重が言葉がありました。
こちらの本、その記述、内容は凄いのですが、少々、間延びしているような印象があります。まあ、色々な作品があるのです。

2018年9月19日 (水)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その46

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時過ぎには瀬田唐橋付近に居ました。今回の旧東海道徒歩の旅で最も見てみたいと思っていたのが瀬田唐橋です。漸く、唐橋東詰交差点の横断歩道を渡りました。例の旧街道案内板がありました。

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現在地はまさにWCの下となっています。
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下の案内には、橋守神社は、正しくは龍王宮秀郷神社といい、藤原秀郷(俵藤太)が百足を退治して龍王乙姫と結ばれたことに由来しているようです。なんか、昔、俵藤太の名前は聞いたような記憶があるけど---。
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こちらが、橋欄干にある瀬田唐橋の名称です。非常に立派なものでした。
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でも、直ぐに唐橋を渡るのは勿体ないので、下流側琵琶湖側へ河岸へ行ってみました。唐橋の全体像が、こちらの写真となります。瀬田川の川幅もかなり広いことが判ります。
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対岸側には、高層マンション、ホテル、旅館等が川辺付近にあるのでした。写真右が琵琶湖側となります。
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瀬田川では、大学生でしょうか、ボートの練習をしているのでした。

2018年9月18日 (火)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その45

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時過ぎには大津市神領3丁目付近の旧東海道に居ました。このような看板がありました。「近江国一之宮建部大社 良縁をむすぶ社 御祭神 日本武尊」とあります。良縁と日本武尊とどのような関係があるのか、チョット、理解できないのでした。

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看板左には、御旅所ともあります。
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こちらが、その御旅所となる所です。4/15に向けテントが準備されていることから、山車あるいは御祭神が出発または到着するのでしょうか。そんなことを考えていました。
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さて、唐橋東詰交差点が近づいて来ました。昔からの交通の要衝であることから、かなりの交通量があります。まあ、橋梁が掛かっている場所は、交通量が必然的に多くなってはいるとは思います。
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唐橋東詰上流側には、写真のような石燈篭もあるのです。
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こちらの写真も、京都方面から草津方面へ向かう車両を撮影しています。橋を渡る車両が多いことが判ります。草津方面から京都方面へもクルマがかなり並んでいた記憶が残っています。
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唐橋東詰の下流方向を撮影したものです。写真右に見えるのが公衆トイレだった記憶があります。水量監視所だったかもしれません。記憶が曖昧です。

2018年9月17日 (月)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その44

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前10時前には大津市神領3丁目付近の旧東海道に居ました。旧街道から、こちらの店舗が見えました。「瀬田名物 たにし飴製造元 辻元製菓舗」とあります。「えっ、たにしを飴にするの?」と知らない人は思うでしょう。型が似ていることで命名されているようです。普通にニッキ味のようです。

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さて、近江鉄道神領建部大社前バス停まで歩いてきました。
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建部大社は進行方向とは逆に位置します。写真左に大社の杜が、右には官幣大社建部神社と石碑があります。高齢の団体観光客がガイドさんに引率されて建部大社方向へ歩いて行きました。
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例の旧東海道案内板がありました。地名は神領3町目とあります。瀬田唐橋まで300mとの記載もあります。」
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現在地は、瀬田唐橋の東300mに居るようです。この案内板から、中洲が存在することが判りますね。
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建部大社に関する記載もありました。755年に現在地に移設されたこと、祭神は日本武尊であることが記載されています。勿論、神社、お寺さんには興味がないのでpassします。
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信号にも、「神領」の地名が記載されていました。

2018年9月16日 (日)

国銅---上巻

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読書しようと思う本がなくなり、今回は帚木蓬生氏の「国銅上巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

歯を食いしばり一日を過ごす。星を数える間もなく眠りにつく。都に献上する銅をつくるため、若き国人は懸命に働いた。優しき相棒、黒虫。情熱的な僧、景信。忘れられぬ出会いがあった。そしてあの日、青年は奈良へ旅立った。大仏の造営の命を受けて。生きて帰れるかは神仏のみが知る。そんな時代だ。天平の世に生きる男と女を、作家・帚木蓬生が熱き想いで刻みつけた、大河ロマン。

さて、こちらの本からも気になった箇所を抜粋してみましょう。
「ひとりでぽつぽつと歩け。自分ひとりになってこそ、おまえたちにふさわしい道が開ける」p90,行基の言葉。
「お前がお前の灯火。その明かりで足元を照らせ」p199、景信の言葉。
「お前はそのままでいい。このまま突き進み、お前の考えたとおりに生きていけば、必ずうまく行く」p202、景信の言葉。
「先を考え過ぎてはいけません。せめて今日とあしたのことを思っているほうが楽です」p303、国人の言葉。

こちらの本にも多数の有意義な言葉が散在していました。物語は淡々と続くのでした。

2018年9月15日 (土)

近所の散策2018---白露の頃2

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こちらは、近所のお宅の門扉前に開花しているブーゲンビリアです。朝日を受けて綺麗に開花しています。こちらのブーゲンビリアの開花期間も長い印象です。
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こちらは、jogging course沿いの土手に生長しつつある彼岸花です。既にお彼岸前に開花している株もあるのですが、このブログでは生長段階のものを掲載することにします。
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関東地方の天候は曇天、雨のようにですが、今朝の南九州地方はよく晴れています。気温も31℃まで上昇すると報道しています。今朝は午前6時ころに起床して朝食を取り、約3Kmのjoggingへ出掛けました。午前7時前に走り出したのですが、日差しが強いです。もうちょっと、早く起床してjoggingを開始すれば良かったと少々、後悔しています。

2018年9月14日 (金)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その43

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。さて、近江国庁跡を散策した後には、旧東海道へ戻っています。4/14午前9時半過ぎには大津市大江3丁目付近の旧東海道に居ました。なんだか大きな樹木が見えてきました。接近してみましょう。

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案内板には、「大場の桜」との記載があります。樹齢約200年で、旧東海道と芦浦街道との分岐合流点に位置しているとの説明です。とまあ、説明文は良いのですが、名所附近がゴミ集積場となっているのは、少々、興ざめですね。
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こちらが、大江3丁目の案内となります。瀬田の唐橋まで700mと案内されています。
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現在地を確認しましょう。現在地から右斜め上方向へ進むことになります。赤くWCとあるのが、瀬田の唐橋です。
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旧東海道を進みます。内田組の前に東海道の矢印がありました。
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その方向へ進むと、建部大社春祭りの交通規制の案内がありました。明日4/15午後1時から交通規制があるようです。1日早かったのが、良かったのか、悪かったのか、どうでしょう。
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近江鉄道瀬田南小学校前バス停まで歩いてきました。この付近の旧東海道は交通量が多く、バスも需要があるのでしょう、バス停も劣化はしていません。

2018年9月13日 (木)

君たちはどう生きるか

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今回はこちらの本を選択しています。吉野源三郎氏の「君たちはどう生きるか」です。2017年秋頃から、その漫画本を書店で見かけるようになり、以後、ベストセラーになったものです。いつものように文庫本を選択しています。Amazonでは、以下のように紹介されています。

著者がコペル君の精神的成長に託して語り伝えようとしたものは何か。それは、人生いかに生くべきかと問うとき、常にその問いが社会科学的認識とは何かという問題と切り離すことなく問われねばならぬ、というメッセージであった。著者の没後追悼の意をこめて書かれた「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」(丸山真男)を付載。

さて、こちらの本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。

「自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう」p26。
「出来るだけ広い経験を、それぞれの方面から、矛盾のないようにまとめあげていったものが、学問というものなんだ」p94。
「人間として、自尊心を傷つけられるほど厭なおもいをすることはない」p129。
「正しい理性の声に従って行動するだけの力が、もし僕にないのだったら、なんで悔恨の苦しみなんか味わうことがあろうか」p255。

こちらの本の中にも多数の有益、有用な言葉がありました。

こちらの本には、文庫本としては珍しく挿絵があるのです。何だか小学校の時に教科書を読んでいるような感じです。同タイトルの漫画版もあるようですが、文章が省略されているようです。

当方個人としては、第9章の水仙の実とガンダーラの仏像が最も興味を惹かれました。ガンダーラの仏像を作成したのはギリシア人で、あのアレキサンダー大王の大遠征と関連があるとは知りませんでした。高校世界史の先生は、もっと、生徒の興味を引くような授業をしてほしいものです。

こちらの本は、岩波文庫なのですが、版権の切れた本にしては高価な印象があります、なんだか他の岩波文庫も高いよなー。

2018年9月12日 (水)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その42

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前9時半頃には近江国庁跡付近に居ました。国庁跡は、いまでは高齢者のゲートボール場として有効活用されているようです。多数の高齢者がゲートボールに興じているのです。

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ゲートボールを横目でみながら、南方向へ進むと、こちらの石碑がありました。近江国衙跡とあります。衙は、ガ、ギョと読むようです。
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こちらの案内図には史跡近江国府跡周辺案内図と記載されています。推定国府域が肌色で示されています。
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ここでは、「国司が徴税、裁判、軍事など、いまでいう県庁、裁判所、警察署、税務署として近江国の統治と都との連絡にあたっていました」との記載があり、また「国庁は東西2町(約216m)、南北3町(約324m)の区画があり、その外側に9町(約972m)四方の街路があった」との記載もありました。結構な広さとなりすね。
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こちらが、国庁跡中枢部復元図のようです。かなり立派な建物です。 
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こちらは、その平面図となりますが、上の写真の方が想像するには良いようです。
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こちらの案内図は、ゲートボールに来ている高齢者の自転車やバイクの駐輪場となっているようで、写真撮影では、自転車の前かごが入り込みのでした。

2018年9月11日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その33

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2018年8月1日から8月31日までjoggingで112Km走っています。今年3回目の100Km超えとなりました。今回の仮想乗車区間は、JR千歳線札幌駅からJR函館本線深川駅まで乗車したことと仮定します。この間は約106Km、合計17駅で通常各駅停車で114分(乗車時間は94分)で走行するようです。料金は2160円だそうです。残は34Kmとなります。 前回の条件で仮想乗車したとすると、札幌10:36分発(JR区間快速いしかりライナー岩見沢行)、岩見沢11:13分着、同11:33分発深川12:30分着となります。
この区間で知っている地名は、滝川、岩見沢程度です。滝川は高校野球で聞いたような、岩見沢も何だか聞いたことがあるかな。それじゃあ、知っていることにならないじゃん。

九州在住の人間にとっては、やはり、北海道は遠い、馴染みのない土地なのです。

2018年9月10日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その10

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2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/25午後3時半過ぎには浜松から舞阪方面へ向かって旧東海道を歩いていました。一里塚跡の案内板がありました。日本橋より67里であること、東海道宿村大概帳には壱里塚木立 左松右榎 左右の塚共篠原地内(左側とはは南、右側とは北を指す)の記載があること、当時の旅人は1日十里を歩くのが普通であったこと等が記載されています。1日40Kmの歩行はかなりきついですよね。

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こちらが、その一里塚の案内板があった場所となります。通常の民家の前にポツンと案内板があるのです。
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さらに、この付近には写真のような石造りの蔵がありました。お金持ちなのでしょう。
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さらに歩くと高札場跡もありました。
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高札場跡も現在となっては、住宅地の何の変哲もない十字路となっています。
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旧東海道沿いには神社、仏閣が多いのですが、医療機関も多いのです。こちらの建物が見えてきました。何だか洋風建物です。恐らく医院か歯科医院だと思います。近づいて見ましょう。
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看板は全く解読することがでいません。一番上の文字が「柳」、最後の文字は「院」のような気がします。多分、何かの医院なのだと思います。

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その41

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前9時半前には大津市大江6丁目付近の旧東海道に居ました。例の案内板がありました。瀬田の唐橋まで約1.4Kmとの記載があります。期待が膨らみます。

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現在地は、写真中央の赤い▲の地点となります。全体像が把握可能な地図となっています。
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案内板下部には近江国庁跡に関する記載があります。奈良時代中頃建設され、平安時代中頃まで存在してとの記載があります。
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電信柱上部には、近江国庁跡まで100mとの記載があります。「まあ、100mなら行ってみるか」と感じ、旧東海道を離れることになります。
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旧東海道は、こちらの道となるのですが、少々、国庁跡を散策してみることにします。
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道を進むと、この写真のような広場となりました。かなり広い広場です。どうやら、こちらが国庁跡のようです。

2018年9月 9日 (日)

当ブログ、容量オーバー

Photo

2007年9月に開始した当ブログの@niftyのディスク容量が2GBを超過してしまいました。足掛け11年で約6500枚の写真と記事をuploadして来ました。
まあ、当ブログを閲覧してくれている方々の人数は決して多くはないと思います。また、最近では旅をするのが目的か、ブログを記載するために旅をするのか、本末転倒、目的が不明瞭となって来ました。

と言って、容量オーバーで当ブログを閉鎖したところで、当方も他にすべきこともないので、とりあえず継続することにしました。

ココログのプランをベーシックからプラスへ変更する手続きをしました。容量は2GBから5GBに増量されます。使用料金上乗せは、\450/月+税程度ですので、「まあ、いっか」ってな感じです。

さて、今朝は寝坊をして午前6時頃に起床し、昨日のブラタモリを見ながら朝食を頂いています。外は、纏まった雨が降り、雷鳴も轟いています。とてもjoggingへ出るような状況ではありません。昨日も雨で殆ど、読書をして過ごしています。そうそう、昨日は夕方から夜間は降水がなく午後7時頃から約3Kmのjoggingへ出掛けています。

本日の予定は、お風呂の給水栓の修理、状況確認に担当者が来宅することぐらいです。
今日も、本、PCと向き合って時間が経過しそうです。

2018年9月 8日 (土)

近所の散策2018---白露の頃1

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今年は今日が二十四節気白露のようです。秋雨前線の影響で朝から雨の週末となりました。
写真は、当家玄関横にあるハイビスカスです。花弁には雨粒が付着しています。
さて、9/5には夏季休暇が終了し、9/6、9/7と仕事に復帰しました。そして、今日、明日とまたもや連休となりました。
今朝は少々、寝坊をして6:15分に起床しています。その後、朝食を頂戴し、週末にすべき要件を終え、郵便物を投函して現在に至っています。
この連休に例によって特に予定はありません。自宅浴槽が少々、不具合を生じているので修理の人が来宅するかもしてません。9時ころに電話があるかもしれません。それまで、雨の週末を楽しもうと思います。

2018年9月 7日 (金)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その40

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2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前9時過ぎには大津市大江3丁目付近の旧東海道に居ました。こちらは、例の案内板となります。現在地は、瀬田小学校前にようです。瀬田の唐橋まで約1.8Kmとの記載があります。この日の主目的が瀬田の唐橋を見ることでしたので、近づくにつれ元気が出ます。
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案内下には、地図の記載もありました。赤い線が旧東海道となります。旧東海道が、ここでは南北方向に走行していることがよく判りますね。近くには東レ瀬田工場もあることが判ります。
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拡大して撮影してみます。現在地は、この写真のようになっています。
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さらに下には、この付近に一時期、西行法師が居住していたことも記載されていました。
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この付近にも瀬田中学校の標語がありました。「くじけるな 明日があるから 頑張って」とあります。
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この付近の旧東海道は、このように交通量も少なく、標語に励まされて「頑張って」歩くのでした。
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初田仏壇店付近まで歩いてきました。写真では見難いのですが、電信柱に旧東海道は道路を右折するような案内がありました。このような案内は非常に有益です。迷子にならずに旅することができるのです。

2018年9月 6日 (木)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その39

Dscf1040 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前9時過ぎには大津市大江付近の旧東海道に居ました。瀬田中学校が近くにあるようです。「あいさつは、人より先に、元気よく」と標語が記載された看板がありました。全く同感です。
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大江東北自治会館前には、先の大江の史跡文化財マップがあるのです。
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旧東海道は茶色で示されています。芦浦街道というものがあるようです。紫色で示されています。今回、芦浦街道を調べてみると東海道の枝道の1つのようです。
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この付近には、近江鉄道の東北自治会館前のバス停があります。バス停はかなり経年劣化しています。近づくと、
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「高橋川循環線の廃止について」という張り紙がありました。どうもバス路線が廃止されたようです。当方も居住地では、殆どバスを利用することはありませんが、はやり公共交通機関が廃止されることには寂しい気持ちがありますね。
Dscf1046 さて、旧東海道を京方面へ向け進みます。この交差点で、旧東海道は南北方向へ直角に曲がることになります。
Dscf1047 交差点は、このようになっています。特に信号の設置もなく、今となっては交通量も決して多くないような印象でした。

2018年9月 5日 (水)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その38

Dscf1032 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前9時過ぎには大津市大江4丁目付近の旧東海道に居ました。この写真は、その付近の道路となります。なんの変哲もない道路で旧東海道であることを実感している人は少ないことでしょう。
Dscf1033 交差点を渡ると、このような告知がありました。5/5から若松神社祭礼、神輿巡行があるようです。道路混雑予想とのこと、大きなお祭りがあるのでしょうか。
Dscf1034 この付近は、今では住宅地になっているような佇まいです。
Dscf1035 このような看板がありました。
「大江の千里(ちりんさん)」とあります。この付近の地名の由来は、この付近を荘園として所有していた大江氏に由来するようです。大江の千里は、三十六歌仙の一人で、百人一首の歌人として有名との記載もあります。その奥方が、この地に住んでいたとの記載もありました。まあ、当方にとっての大江千里は歌手ですが。
Dscf1037 ちかくに、こちらのmapがありました。
Dscf1039 大江の史跡文化財マップをあります。
Dscf1038 現在地は、こちらのようになります。写真右から左に向かって進行しています。これから旧東海道は進行方向左折するようです。

2018年9月 4日 (火)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その37

Dscf1025 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前9時前には大津市一里山付近の旧東海道に居ました。トイレ休憩の後、一里塚趾付近に戻っています。一里塚趾の道路対側に、こちらの道標がありました。
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上方向には、「三条大橋まで五里余り」とあります。平成22年8月に建立されたもののようです。五里といえば約20Km程度となります。まあ、今回は手原駅から出発しており、浜松手原間は、この時点では未歩行なので、まだまだゴールは遠いのです。
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こちらの交差点の信号には、一里塚二丁目北との記載がありました。
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旧東海道はやや下り坂となって瀬田川方面へ向かいます。
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大江四丁目付近に旧東海道の案内板がありました。
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現在地を確認しましょう。やはり、旧東海道はなかりの蛇行を呈しているのでした。近くにはJR瀬田駅があることが判ります。現在地を拡大して撮影してみます。
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旧東海道は、これから灰色で示した現在の国道1号線方向へ向かうようです。

2018年9月 3日 (月)

旅の思い出---第5次旧東海道徒歩の旅---その36

Dscf1013 2018年4月、京都へ会議で出張した際に挙行した第5次旧東海道徒歩の旅を回顧しています。4/14午前8時半過ぎには大津市一里山3丁目付近の旧東海道に居ました。こちらの写真は、この付近の旧東海道を撮影したもので、何の変哲もないただの道なのでした。
Dscf1014 その名ままの一里山橋を渡ります。
Dscf1017 電柱の掲示から一里山1丁目に到達したことが判ります。
Dscf1018 面白いものを見つけました。何かの工場のようですが、郵便箱のようなものが、レールに乗って2階まで移動するようです。勿論、面白かったので撮影しました。
Dscf1019 道路脇に一里塚趾がありました。比較的大きな石で成人男性の身長程、ありそうです。Dscf1021 傍示石の横には一里塚趾の説明がありました。案内には、大津と草津の間に位置する一里塚で、明治末期に取り除かれたことが記載されています。
Dscf1022 一里塚趾から瀬田駅方面へ歩き、こちらの店舗でトイレ休憩を取っています。

2018年9月 2日 (日)

世に棲む日日---第4巻

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前回に引き続き今回も司馬遼太郎氏の「世に棲む日日第4巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。


動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し…。わずか八十人で兵を挙げた高杉晋作のクーデターは、きわどく成功する。幕府は、慶応二(1866)年、この長州藩を圧し潰そうと、天下の兵を糾合し、藩の四境から進攻するが、時運はすでに移り変っていた。維新の曙光を認めながら、しかし高杉はもはや死の床にあった。

こちらの本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。

「かれ(山形狂介)は自分の行動を決定するのに、自分が持ち合わせているわずかな才気というものを恃まず、それよりも時間というものの価値を信頼した」p52。

「戦さというものは、我慢しているうちになんとかなるものじゃ」八幡隊総督堀真五郎の言葉p115。

「勝利軍は無言なるのがよし。相手の多弁をまつ」晋作の言葉p138。

「人間の群れは、(中略)、事をなすべく目標を鋭く持ち、それにむかって生死を誓いつつ突き進んでいるときは、どの人間の姿も美しい。が、ひとたび成功し、集団として目標を失ってしまえば、そのエネルギーは仲間同士の葛藤にむけられる」p148。

「生きていることの楽しみはたしかに多い。しかしその裏側の苦しみもそれとほぼ同量多いであろう。その楽と苦を差し引き勘定すればいくら残るか、というのが、晋作のいう浮世の値段なのである」p204。

「人間は、自分が置かれている運命を覚らないときが、幸福といえる」p252。

若い頃から高杉晋作のfanで、29年前に萩に旅行し、松下村塾、晋作の墓石等も見学してことがあります。しかし、人の親となってみると、晋作の父小忠太の気持ちも理解できるようになりました。



2018年9月 1日 (土)

世界の果てまでイッテQのカレンダー---2018年9月

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とうとう9月です。世界の果てまでイッテQのカレンダー9月は、イモノアヤコさんの「安室ちゃんに捧げるウイングウオーキング」です。アメリカで撮影されたようです。
写真で見ると複葉機のように見えますが、翼を補強している単葉機のようです。
こちらのon airも観た記憶がありません。通常通り、近くの温泉に行っていたことでしょう。
9月も下旬ともなれば秋のお彼岸を迎え、暑さも落ち着いていることでしょう。
今年の8月は台風の影響で雨、曇天が多く、8月中旬から下旬に掛けてはエアコンの稼働率が低下した印象があります。
9月には台風が来なければ良いのですが。

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