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2019年4月

2019年4月30日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その68

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午前9時過ぎには旧東海道吉田宿(豊橋)付近に居ました。こちらが豊川にかかる豊橋となります。

 

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こちらは高校同級生に頂戴した旧東海道吉田宿の浮世絵です。写真左に橋が、右にお城が記載されています。この橋の名称は、吉田大橋、豊川橋、豊橋と変化したようです。つまり、こちらの橋の名称が地名に変化したようです。

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橋のたもとには、こちらの石碑がありました。

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案内には、芭蕉の門人太田白雪が読んだ句のようです。

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橋の上流側には高層ビルが見えます。現在の豊橋市役所で、以前はお城があった場所となります。つまり、浮世絵と全く同じ構図となるのです。浮世絵は、この橋よりやや上流から描写されたことになります。

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橋の欄干となるべき場所を撮影しています。豊橋の記載があります。

2019年4月29日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その67

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午前9時前には旧東海道吉田宿(豊橋)付近に居ました。旧街道沿いにこちらの傍示石がありました。「松尾芭蕉 吉田宿の旅籠の記」とあります。案内によると貞享4年11月11日に芭蕉がこの地に宿泊したようです。

 

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こちらの傍示石は、湊町公園の前に建立されていました。

 

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さらに船町交差点を通過して旧街道を進みます。湊町とか、船町とか、何だか海に関連するような町名となっているようです。

 

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歩道のマンホールの蓋を撮影しています。お城と花火を抱えてる図柄のようです。有名なのでしょうか?

 

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旧街道を進むと、こちらの建物がありました。「東海道五十三次吉田宿船会所」とあります。やはり、海に関連するようです。

 

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さらに進むと、こちらの案内板がありました。何やら川沿いとなります。

 

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案内板にあh「船町と高札場」とあります。案内中ほどには、「近世初頭に開かれた吉田湊は、豊川舟運の終点として、また伊勢や江戸への航路の起点として栄え、当時、三河における最大の湊でした」とあります。

2019年4月28日 (日)

宮崎へ

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17時発のANA機で宮崎へ帰ります。あおなみ線、名鉄に乗車し中部国際空港へ到着しています。はやり会場を出て90分の移動時間を要しました。

翔ぶが如く---第9巻

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前回に引き続き今回も司馬遼太郎氏の「翔ぶが如く---第9巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。
熊本をめざして進軍する政府軍を薩軍は田原坂で迎えた。ここで十数日間の激しい攻防戦が続くのである。薩軍は強かった。すさまじい士気に圧倒される政府軍は惨敗を続けた。しかし陸続と大軍を繰り出す政府軍に対し、篠原国幹以下多数の兵を失った薩軍は、銃弾の不足にも悩まされる。薩軍はついに田原坂から後退した…。
こちらの本で最も感銘を受けた箇所を抜粋してみましょう。
「降伏したからには、官兵として働きたい」と、かれら(薩軍)が積極的に望んだからであり、(中略)、このことは日本古来の合戦の習慣であったであろう。降伏部隊は鉾を逆にして敵軍の一翼となるというものであり、駒を奪ればその駒を使うという日本将棋のルールに酷似している。(中略) 日露戦争のときも捕虜になった日本兵は日本軍の配置を簡単にロシア軍に教えた。(中略) この体質が、昭和以後、日本陸軍が、捕虜になることを極度にいやしめる教育をするもとになったといっていい。本文, p319。
こちらの本でも、「なるほどなあ」と感銘してしまう箇所がありました。綿々とした日本の習慣、価値観が歴史へ影響を与えているようです。

 

 

戦陣訓の「生きて虜囚の辱めをうけず」とは、上記のような事情があったからなのでしょう。将棋では確かに奪取した駒を使用しますよね。日本古来の習慣なのだと納得しました。

今回のホテル

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今回、宿泊したホテルは三交イン名古屋錦です。大浴場はありますが、サウナはありません。その代わりアイスキャンディがサービスされます。

2019年4月27日 (土)

桑名の七里の渡し

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先ほど、桑名の七里の渡しに到着しました。これから、JR線で名古屋へ戻ります。強風で快速電車が約1時間遅延しています。

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その66

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午前9時前には旧東海道吉田宿(豊橋)の西惣門付近に居ました。西惣門の続きです。案内には、「西惣門は、湖西市鷲津の本興寺の惣門を参考にして作成しました。本興寺の惣門は、吉田城の大手門を1674年に移築したもので湖西市指定文化財になっています」とあります。

 

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こちらが、中央にあった図です。吉田驛との記載があり、左下には「東街便覧図略より」とあります。往時の豊橋を描写したものでしょう。

 

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西惣門を後にして、ガイドと標識に従い旧東海道を進みます。

 

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こちらの交差点で、左折することになります。

 

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左折すると旧東海道は、こちらの写真のように直線となるのでした。

 

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旧街道沿いに進むと、大正冷蔵株式会社前に、こちらの自動販売機がありました。黄色で塗装されています。

 

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自動販売機の側面には、「ほの国 東三河」とあります。「ほの国」って何だろうなんで思いながら写真を撮影するのでした。

さあ、出発

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午前中はお勉強したので、午後は歩きます。昨日、到着した近鉄弥富駅を出発します。風が強く、目的地までたどり着けるか心配です。

今回の会場

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今回の会場は、ポートメッセなごやです。非常に風が強いです。吹き飛ばされそうです。

2019年4月26日 (金)

近鉄弥富駅

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近鉄弥富駅へ到着しました。本日の行程を終了し名古屋栄のホテルへ向います。約16Kmの歩行でした。

宮の渡し公園

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先ほど、宮の渡し公園を出発しました。天候は良好です。

第7次旧東海道徒歩の旅---行程

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4/26-4/28まで名古屋ポートメッセなごやで会議があります。この機会を利用して第7次旧東海道徒歩の旅を決行することを予定しています。

前回到着地である宮宿(熱田宿)から桑名宿まで本来、旧東海道は海路で「七里の渡し」となります。現在では、渡しはありませんので、国道1号線を徒歩することを予定しています。地図では、中川区、蟹江町を通過し、近鉄名古屋線沿い(写真上部線路沿いの茶色の道路)を桑名まで2日間で徒歩しようかと思っています。折角、江戸日本橋から宮宿まで歩いて来たので、一応、陸路での徒歩継続方針としています。さて、天候はどうでしょうか?

名古屋へ

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会議で名古屋へ飛びます。とりあえず中部国際空港行きのANA機に搭乗します。明日からの10連休を前として今日の宮崎空港は未だ混雑はしていません。

2019年4月25日 (木)

ペットマトMINIナスの生長記録---その13

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先週、4月第3週週末に本来の株が開花しました。紫色の直径3cm程度の花でした。

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仕事場窓際で水耕栽培しているペットマトMINIナスの今週の状況です。今週の状況です。本来の株が写真左、挿し木をしたものが写真右です。

先週末に開花した花は4-5日間、開花していたでしょうか。既に萎んでいます。でも、挿し木をした株に蕾が見えます。 

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接写すると、この写真のようになります。これから蕾が大きく生長し開花することを期待します。

近所の散策2019---穀雨過ぎ2

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久しぶりに一眼レフを防湿庫から取り出しました。太陽の光も十分なので、植物の写真撮影です。こちらは当家南側玄関横に植樹されている植物です。「しょうぶ」かな。違うかもしれません。調べてみると、どうも「あやめ」のようです。

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こちらも当家北側の花壇なあったすずらんです。小さな花が開花しています。しゃがみながらの撮影です。でも、ちょっぴり寂しいのは下を向いて開花していることです。いろいろな花がありますね。人間もそうなのでしょう。

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こちらは近所のお宅にあったチロリアンハットです。Panasonicのコンデジではピンボケだったので撮影に行ってきました。勿論、jogging中に見掛けていたのです。徒歩で2-3分の位置です。写真右から太陽光を浴びています。

2019年4月24日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その65

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午前8時半過ぎには旧東海道吉田(豊橋)宿に居ました。遠鉄本町バス停がありました。バス停の名称からも、この付近が宿の中心であったことが推定されます。

 

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大木屋鮨前には、東海道を示す案内板がありました。

 

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この付近の旧東海道は、こちらの写真のように直線となっています。宿内で人工的に直線となっているのでしょう。

 

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旧街道を進むと、旧東海道は右折するようです。東海道の案内板がありました。

 

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右折して進むと、上伝馬町となるようです。街燈に町名が記載されています。

 

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午前9時前には、西惣門へ到着しています。

 

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案内には、以下のように記載されています。「吉田宿西惣門は、江戸時代東海道筋の坂下町と上伝馬町の間にありました。惣門の左側には番所があり、12畳の上番所、8畳の下番所、4坪の勝手があり、さらに駒寄せの空地17坪がありました」とあります。

2019年4月23日 (火)

近所の散策2019---穀雨過ぎ1

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こちらも朝のjogging中に見かけた植物です。梅には実がなっていました。

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近所のお宅には、白いハマナスの花が開花していました。

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こちらの植物の名称は不明です。葉に何だか、瘤のようなものが出来ています。病気でしょうか?よくわかりません。不思議だったので撮影してみました。

joggingしながら、このように季節の変化を楽しんでいます。

2019年4月22日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その64

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午前8時半過ぎには前日の到着地点である豊橋電鉄札木電停付近の旧東海道に到着しています。
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こちらが、5/27これから歩く旧東海道となります。この地点からは殆ど直線となっています。
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札木電停から少々、歩くとこちらの傍示石がありました。「吉田(豊橋)宿本陣跡」と書かれています。
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側面には、「吉田宿の本陣は、享和2年(1802年)の書上によると、宿の中央部にあたり、東海道筋で最もにぎわった札木町のこの地に、建坪327坪(約1080平方メートル)の清須屋与右衛門と建坪196.5坪(約648平方メートル)の江戸屋新右衛門の2軒が並んであった」とあります。
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さらに近くには、こちらの本陣跡もありました。後から判明するとのですが、シャッターに記載されているのは「鰻」とういう文字でした。
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こちらの本陣跡にも案内文がありました。後半には、「吉田宿には、本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠65軒があり、ここ札木町あたりは、宿の中心部として最もにぎわったことろでした」とあります。
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こちらは、どうも「鰻 丸よ」という店舗のようです。

2019年4月21日 (日)

仮想日本縦断鉄道の旅---その40

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2019年3月1日から3月31日までjoggingで116Km走っています。3月も出張があり旅先では走れませんでしたが、100Km越えとなりました。

今回の仮想乗車区間は前回に引き続きJR千歳線南千歳駅からJR函館本線仁木駅まで乗車したと仮定します。この間は102Km、駅数26+3駅です。この付近になるとYahooで検索しても駅数表示があります。残は4+14=18Kmとなります。前回の条件で乗車すると仮定すると、前回南千歳駅到着が夕方でしたので翌日朝に南千歳駅を出発することにします。南千歳駅7:47分発小樽行きの普通列車に乗車し、小樽駅9:28分着、同駅9:38分発俱知安行きの普通列車に乗車し仁木駅には10:08分に到着します。料金は\2160、所要時間は乗車131分、乗り継ぎ10分だそうです。この間で知っている地名は、札幌、小樽くらいです。札幌は当然、北海道の道庁所在地、小樽は本来、港町だったはずです。最近では観光地でしょうか。そうそう、数年前に北海道を旅した際には、どちらの都市も立ち寄ったことがあります。 

 

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さて、万歩計の3月の結果です。記憶している分では、joggingの際、2回ほど万歩計を携帯するのを失念しています。3月の結果では、総歩行数は約18.4万歩、消費カロリーは約4400Cal、歩行距離は91.9Km、脂肪消費量は256gとのことです。

3月は3/29-3/31まで会議で横浜へ行っています。3/29の「しっかり歩行」がないことは会場をブラブラ歩行していたからでしょう。逆に3/30も会場に居たのすが、往復とも会場から桜木町駅、関内駅と歩行したことが「しっかり歩行」となっているのかもしれません。

2019年4月20日 (土)

稲の定点観測2019---その7

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宮崎平野早期水稲の定点観測地点の今週の状況です。こちらは今朝午前6:30分頃に撮影したものです。いつもの山の上には雲が掛かっています。今日の天気予報は晴れだったのですが。

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早期水稲の苗の方は、先週に比し少々、大きく生長している印象です。といっても全高は10cm程度でしょうか。水面から苗が顔を出しています。水田には藻のようなものがあるのが判ります。

さて、今朝も午前6時前には起床し日の出を待つため資源ゴミを整理していました。その間、妻は毎週見ている「題名のない音楽会」を視聴していました。それから約3Kmのjoggingへ出掛けています。走りながら本日の予定をイメージするのです。

jogging後、シャワーを浴び、朝食を頂き現在の時間となりました。この時間となって天気予報通りに太陽の日差しが強くなって来ました。良い天気になりそうです。今日は、変則的に午後のみ勤務となります。同僚の都合です。午前中に週末の雑用が終了できれば良いのですが。妻は午前9時からクルマの点検に行くようです。

2019年4月19日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その63

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2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。第3日目、5/27の行程の開始です。日記のよると当時は午前5:30分には起床して出発の準備をしています。今回の第一次base campとして利用した浜松ステーションホテルを引き払い、第2次base campへ移動します。この日の天候が非常に重要なのです。雨が降ると午後まで荷物の置き場所や、行動が制限されるのです。運よく5/27の天候は良好でした。午前7時にはホテルをチェックアウトして、浜松駅南口へ来ています。日曜日の朝で南口付近の人影は少ないようです。

 

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浜松駅のmainはやはり北口でしょうが、南口も非常に整備されつつあるのでした。こちらは地下街へいくエスカレータだったような記憶があります(違うかも)。

 

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日記の記録によると、浜松駅7:38分発豊橋行きの普通列車に乗車しています。写真から判断すると4番線ホームから乗車したようです。

 

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こちらは、前日となる5/26に到着した豊橋駅となります。午前8時過ぎには到着していたようです。

 

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豊橋駅から第2次base campとなるこちらのホテルへ行き、荷物を預かってもらいました。

 

第2次base campはホテルルートイン豊橋駅前となります。大浴場つきです。

 

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身軽になってから、昨日の到着地点である豊橋市電札木電停まで歩いていました。すると、こちらのポスターを目にしました。スキージャンプの高梨沙羅選手です。

 

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こちらの建物は、高梨選手がCMをしている東海漬物の社屋のようです。

2019年4月18日 (木)

ペットマトMINIナスの生長記録---その12

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仕事場窓際で水耕栽培しているペットマトMINIナスの今週の状況です。 今週もミニナスは順調に生長しています。写真左が本来の株、右が挿し木をしたものです。本来の株、写真左上に小さな紫色の蕾があります。

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接写すると、このようになります。近日中に開花しそうです。挿し木をした株も元気です。こちらも、この先が楽しみです。

2019年4月17日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その62

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2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午後5時過ぎにはJR東海道本線豊橋駅付近に居ました。こちらが豊橋駅駅舎となります。非常に立派な駅舎です。1階はバスセンターに成っているようです。階段を昇ってみます。

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こちらが、階上部分となります。2階部分が歩行者用の駅前広場となっています。こちらから、階下へ降りてバスに乗車するようです。

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豊橋駅からbase campを設置している浜松駅まで戻ります。料金は\670円のようです。

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17:42分発の普通電車に乗車したようです。普通列車で34分の距離です。

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GPSロガーに残っているdataによると、5/26の行程は8時間44分で、歩行時間は6時間34分だったようです。歩行距離は27.7Kmで、平均速度は4.21Km/hとなっています。歩行行程を地図上の赤線で提示しています。

2019年4月16日 (火)

近所の散策2019---清明過ぎ2

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こちらもjogging中に見かけた街路樹の八重桜です。既に宮崎では染井吉野の時期は過ぎ、八重桜開花の頃合いとなっています。未だ、2分咲き程度でしょうか。

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これから開花する準備をしているものもあります。蕾から少々、生長しているものとなります。この頃は未だ、ピンク色よりは赤に近い色合いです。植物のもつ力強さを感じます。

2019年4月15日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その61

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2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午後5時過ぎには旧東海道吉田宿(豊橋市内)付近に居ました。電車が見えてきました。豊橋鉄道東田本線の電車のようです。豊橋では通称市内電車というようです。

 

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併設軌道方向へ進むと、こちらの案内板がありました。現在地を見てみます。

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停車場には「ふだぎ」と記載されています。漢字では、「札木」と書くようです。豊橋鉄道では、電停とは言わず停車場と言うようです。本日の行程は終了とし、これから、写真左方向の豊橋駅方向へ歩くことにします。

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こちらが、札木停車場の写真となります。

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市内電車には、この写真のようなラッピングもあるようです。

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豊橋駅方向へ進むと、こちらの案内板があり、右折することで豊橋駅方向へ進むことが分かります。この付近の停車場は、「新川」というようです。

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新川停車場付近を右折すると、遠く豊橋駅が見えてくるのでした。

2019年4月14日 (日)

翔ぶが如く---第8巻

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前回に引き続き、今回も司馬遼太郎氏の「翔ぶが如く---第8巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

 

 

明治十年二月十七日、薩軍は鹿児島を出発、熊本城めざして進軍する。西郷隆盛にとって妻子との永別の日であった。迎える熊本鎮台司令長官谷干城は篭城を決意、援軍到着を待った。戦闘は開始された。「熊本城など青竹一本でたたき割る」勢いの薩軍に、綿密な作戦など存在しなかった。圧倒的な士気で城を攻めたてた。

 

 

こちらでも、気になった箇所を抜粋してみましょう。

 

「官というのはすなわち盗賊であるということが、この当時天下一般の士族や農民の心象に、濃淡の差こそあれ、ひろがりつつあった印象であった」記述、p157。

 

「薩人というのは夜郎自大で他県人に対しておそろしく冷淡であり、ときに冷酷で、自分たちの薩摩集団の利益のためには平然と他県人をあざむいたいり売ったりする」記述、p158。

 

「議論倒れといわれる肥後人の幣に業をにやしたように」記述、p163。

 

「薩摩郷士は上に付き、土佐郷士は下に付く」記述、p335。

 

 

当時の明治政府は盗賊のように一般人には思われていたようです。このような記載は教科書には記載されないことでしょう。また、各地方の性格も上述のように記載されています。現在でも、上述のような気質なのでしょうか?

2019年4月13日 (土)

稲の定点観測2019---その6

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宮崎平野早期水稲の定点観測地点の今週の状況です。 今日の天候は非常に良いです。いつもの山の上には雲1つありません。田圃の水面にも山が逆さ富士のように写っています。

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稲の方は、当然ながら先週と著変ないようです。先週よりも水の量が少ないようで、苗が水田からその姿を見せています。

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加江田神社境内にある樹木も朝の太陽光を受け、気持ち良さそうにしています。春の緑が綺麗です。

さて、今朝は少々、寝坊をして午前6時頃に起床しています。その後、朝食を頂き、午前8時前から約3Kmのjoggingへ出掛けています。そのjogging途中で、上記の写真を撮影しています。

この季節、南九州では晴れれば、もう既に初夏の日差しとなります。今日はこれから歯科受診の予定がある以外には、特に予定はありません。

明日の天気は崩れる予報ですので、今日を楽しもうかと思っています。

 

 

2019年4月12日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その60

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2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午後4時半過ぎには旧東海道吉田宿(豊橋)付近に居ました。東惣門を過ぎると旧街道は、このように幅員がなく、人の行き来も少ない通りとなりました。

 

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しばらく歩くと、このような東海道の案内板があり、当方を安心させてくれるのです。

 

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この付近には、現在風の案内がありました。吉田宿との記載があり、側面には京52里との記載もあります。「52里って、まだ200Kmも残ってるじゃん」なんて横浜弁で思うのでした。

 

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さらに案内に従い、右折します。

 

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すると、今度は少々、立派な道路となりました。右折、左折を繰り返すことで、東八町で見かけた路面電車通りの1本、筋違いの道路となっていたようです。

 

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旧街道を進むとNTT西日本東三河営業所のアンテナが見えてきました。

 

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さらに進むと、再度、路面電車の通りにぶつかりました。「札木」という電停のすぐ傍となるのでした。

2019年4月11日 (木)

ペットマトMINIナスの生長記録---その11

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仕事場窓際で水耕栽培しているペットマトMINIナスの今週の状況です。 写真左が本来の株、右が挿し木をした株となります。

本来の株は全高が約20cmを超えています。葉の色合いも良いようです。挿し木をした株も挿し木直後の痛手から完全に立ち直った印象です。こちらも元気に生長しています。これから先、本当にナスの実が成るか楽しみです。

2019年4月10日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その59

Dscf2474 2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午後4時過ぎには旧東海道吉田宿(豊橋)へ向かって歩いていました。豊鉄バス山中橋バス停を通過します。

 

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延命地蔵尊(写真は掲載なし)を過ぎると、このような案内がありました。どうも豊橋市内に入っているようです。写真下には、豊橋市瓦町通1丁目との記載があります。町名に風情がありますね。

 

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東八町歩道橋を渡ります。この交差点は非常に大きな交差点でした。

 

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歩道橋上から交差点を撮影しています。何だか、電停があるようです。

 

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歩道橋を降りると東惣門の案内板がありました。「東惣門は、鍛冶町の東側に位置する下モ町の吉田城惣堀西で東海道にまたがって南向きに建てられていました」とあります。

 

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こちらが、その東惣門となります。大きさから言って、恐らく縮小したレプリカだと思います。

 

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この付近では、城下に入ったようで東海道は矩形となっていました。

 

2019年4月 9日 (火)

近所の散策2019---清明の頃

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当家の椿、桜が時期を過ぎたので表題を上のように変更して、当家のしゃくなげの写真を掲載します。当家北側にあるしゃくなげは、満開となっています。蕾はピンク色でしたが、花弁は白いものとなっています。

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こちらは、朝のjogging中に見かけた近所のお宅にあったエンドウ豆でしょうか。鞘が大きく生長していました。

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こちらもjogging道路沿いにある畑です。どうやら玉ねぎのようです。地面から半分だけ白い球体が顔を出しています。茎のみをみると、通常の長ネギと区別がつきません。収穫したての玉ねぎは美味しいでしょうね。

2019年4月 8日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その58

Dscf2466 2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。5/26午後3時半過ぎには旧東海道二川宿から火打坂を登り吉田宿(豊橋)へ向かって歩いていました。「旧同街道のクロマツ跡」の傍示石がありました。

 

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傍示石の上には、在りし日のクルマツの写真が掲載されていました。

 

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傍示石の側面には、高さ10m、幹周2.34m、枝張り17x16m、樹齢約150年と彫られています。

 

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写真下が切れてしまっていますが、「昭和33年頃の飯村地区の様子」の写真もありました。

 

多数の松が残っていたようです。

 

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傍示石の他の側面には、昭和40年代には100本の超える松が残っていたこと、松くい虫や道路拡張により減少したこと、最後の松も松くい虫の被害により平成19年2/28に伐採されたこと。その松は、年輪から江戸時代末期の安政年間頃に植えられたこと等の記載があります。

 

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クロマツ跡から豊橋方向への旧街道は、このような立派な道路となっています。

 

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豊鉄バス東三の輪を通過して吉田宿(豊橋)方面へ向かいます。

2019年4月 7日 (日)

翔ぶが如く---第7巻

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前回に引き続き今回も司馬遼太郎氏の「翔ぶが如く第7巻」を選択しています。
本の帯には、以下のように紹介されています。
熊本、萩における士族の蜂起をただちに鎮圧した政府は、鹿児島への警戒を怠らなかった。殊に大警視川路利良の鹿児島私学校に対する牽制はすさまじい。川路に命を受けた密偵が西郷の暗殺を図っている―風聞が私学校に伝わった。明治十年二月六日、私学校本局では対政府挙兵の決議がなされた。大久保利通の衝撃は大きかった…。
こちらの本でも気になった箇所を抜粋してみましょう。
「薩摩人は木強者(ぼっけもん)をよろこぶ」記述、p68。
かつての薩摩藩は、(中略) 戦国期に「一向宗」といわれていた本願寺の宗旨(真宗)だけがかたく禁止されていたのである。(中略) 一向宗が、講という横の組織を組織として主従の縦の関係をくずすおそれれがあったことと、信徒が、君主よりも阿弥陀如来という唯一的存在を崇敬することに、不愉快を感じたためであろう。(中略) それでもなお、信仰は地下にもぐって持続された。それが「隠れ念仏」といわれた。記述、p99。

 

当家の自宅近くにも隠れ念仏堂跡がありますが、当方はずーっと「隠れ念仏」のことを「隠れキリシタン」と勘違いしていました。
本を読むと、色々と勉強になります。

2019年4月 6日 (土)

稲の定点観測2019---その5

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宮崎平野早期水稲の定点観測地点の今週の状況です。いつもの山の上には薄い雲があるようです。水田には風によりさざ波が立っています。

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先週末の3/30, 3/31は会議で横浜へ行っており早期水稲は観察できませんでした。やはり、3/24頃に田植えが実施されたようです。

水田には小さな、小さな水稲の苗が立っています。風にたなびいて水没しているものもありますが、これから先、元気に生長していいくことでしょう。

さて、今朝も午前6時頃には起床して約6Kmのjoggingへ出掛けています。その途中にこちらの写真を撮影しています。今週末は宮崎に居ます。先週末は出張、今週も通常通りの勤務でしたので、この週末は少々、ゆっくり過ごしたいと思います。

今日は、これから少々、雑用が多数詰まっています。ゆっくりしようとは思いますが、週末の雑用をこなすことで時間が経過しそうです。

2019年4月 5日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その57

Dscf2456 2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。 5/26午後3時過ぎには旧東海道二川宿を過ぎ吉田宿(豊橋)方向へ歩いていました。このような案内があると、自分の現在地が確認できて助かります。

 

Dscf2459

 

直ぐに、火打坂交差点に到着しています。「坂か--」なんて思ったのです。

 

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こちらが火打坂となります。登坂してきた道路を振り返って撮影しています。結構な角度の坂で、さらに距離もあるのでした。

 

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火打坂を登りきると、かなり劣化した木製道標がありました。勿論、有益です。贅沢は言えません。兎に角、道路を間違わず、迷子にならず進むことが重要なのです。

 

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火打坂を登ってから左折したことろを撮影しています。旧街道はこの写真のようになっています。

 

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少々、進むと東海道を示す案内がありました。前の写真を撮影して僅か3分なのですが、実際に徒歩している時には、道を間違えていないかと考えながら歩いていると、この3分が長く感じられます。

2019年4月 4日 (木)

ペットマトMINIナスの生長記録---その10

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仕事場窓際で水耕栽培しているペットマトMINIナスの今週の状況です。

写真左が本来の株、右が挿し木をした株です。本来の株は元気に生長しています。全高は約20cm超えでしょうか、添え木が必要になるのではないかと考えています。挿し木をした株も元気を取り戻してきたようです。写真にはありませんが、白い根が生えてきました。どうやら挿し木が成功したようです。といってもカッターで茎を切ってスポンジに差しただけですが。

どちらも今後、元気に生長することを願っています。niftyのブログのトラブルは未だ継続しているようです。3/19以後、当方のブログも写真の大きさの調整に難儀をしています。携帯電話からの画像添付も、あて先アドレスが勝手に変更され、3/29からの投稿に苦労しました。以前のものへ戻して欲しいものです。今回は写真横の大きさを500ピクセルにしています。

2019年4月 3日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その56

Dscf2443 2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。 5/26午後3時過ぎには旧東海道二川宿付近に居ました。街道を進むと、こちらの幔幕を掲げた和風家屋がありました。

 

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進行方向右には、大岩神明宮があるようです。こちらがその参道となるようです。

 

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さらに旧街道を数分程度、進むとJR東海道本線二川駅が見えてきました。なかなかモダンな駅舎です。駅前をチョット、散策してみましょう。

 

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駅前広場にも二川宿の案内がありました。

 

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古い地図にも、本陣前後のクランクがきちんと記載されていました。

 

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現代の地図です。現在地は二川駅前となります。駅前に「岩屋江八町道標」があるようです。

 

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どうも、こちらがその道標のようです。「右東海道」とあり、その下に「豊橋一里半」と記載されていました。

2019年4月 2日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その55

Dscf2435 2018年5/25から5月恒例の第6次旧東海道徒歩の旅に出発しています。 5/26午後3時頃には旧東海道二川宿付近に居ました。本陣、クランクを過ぎると、旧東海道はこの写真のように直線となりました。
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旧街道を西方向へ進むと西問屋場跡の傍示石がありました。
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傍示石のあった付近の全体像です。古い日本家屋があるのでした。Dscf2439
西問屋場跡から少々、歩くとこちらの案内板がありました。
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まず、現在地を確認します。写真左側から右へ向かって歩いていることになります。写真上が南側、海側となります。当然ですが、近くに東海道本線と新幹線が走っています。
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二川宿の案内です。「天保14年(1843)には、本陣、脇本陣がそれぞれ1件、旅籠屋が38軒、人口は2468人で、家数は328軒でした。現在も、本陣をはじめとして、江戸時代の宿場町としての景観を残しています」とあります。
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明治以降の二川の歴史に関しての記載もありました。製糸業のまちとして繁栄したようです。「現在、製糸工場はなくなりましたが、旧街道沿いには衣料品店や菓子店、美容室などが残り、女工さんたちで賑わっていたころの面影が感じられます」とあります。

2019年4月 1日 (月)

世界の果てまでイッテQのカレンダー---2019年4月

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とうとう4月です。世界の果てまでイッテQのカレンダー4月は、イモトアヤコさんの「燃える泉」in アメリカです。

こちらのon airも見た記憶がありません。ボケでいるのではなく、本当に見ていないような記憶です。

最近も日曜日の夕方から近所の温泉、サウナに行っており、帰宅は20:20分頃なのです。恐らく、帰宅した時間帯には、このコーナーの放映が終了していたことでしょう。


さて、4月です。巷では入学、入職と新しい生活が開始されている人々もいることでしょう。当方の生活には変化がありません。

4月もなんとなく経過することでしょう。そうそう、昨日、復路の飛行機内で大学同級生を見かけました。降機後、彼を追いかけましたが見失いました。出世した同級生の姿を見れて嬉しかったです。

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