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2019年7月

2019年7月31日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その108

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前8時半過ぎには旧東海道藤川宿付近に居ました。脇本陣跡から京方面へ歩くと直ぐに「藤川の十王堂」がありました。十王とは、冥土にいて、亡者(死んだ人)の罪を裁く十人の判官をいうとの説明です。こちらの堂は1710年であろうとの記載もありました。
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こちらが、その十王堂のようです。一部が再建されているようで新しい木材が見えます。何だかチョット、ありがたみに欠けますね。ちなみに、こちらは歴史的風致形成建造物だそうで、岡崎市指定第1号とのことです。
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さらに少々、街道を進むと芭蕉の句碑の案内板がありました。「ここも三河 むらさき麦の かくつばた」がその句のようです。
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こちらが、その句碑となります。なんとなく、そのように彫られているように見えます。「ここ」は「爰」という漢字になっています。
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句碑の近くには、投句箱、投句用紙も準備されています。この付近は句会が盛んなのでしょうか?
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こちらが、芭蕉句碑の全体像となります。
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芭蕉句碑から京方面へ進む旧街道は、こちらの写真のようです。少々、松並木のようなものがあります。

 

 

2019年7月30日 (火)

仕事場パソコン---稼働10周年

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当方が仕事場で使用しているパソコンです。2009年7月にEpsondirectから購入して10年を経過しました。この10年間のトラブルとしては、突然のシャットダウンのため2度のメモリー交換、1回のマザーボード交換を行い、2台のHDDと1基のメモリー増設を実施しています。結果的にはマザーボードの初期不良があったようです。マッザーボード交換後にはトラブルなしです。付随したキイボードとマウスも10年間、使用しています。

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こちらが本体となります。Epsondirect Endeavor MR6000が正式名称のようです。購入時のOSはWindows Xp(Windows 7からのdown grade)で、その後、Winows7、Windows10と変遷しています。未だ、現役で稼働しています。壊れるまで使用する予定です。

2019年7月29日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その107

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。こちらは、今回、豊橋市で宿泊したホテルの外観となります。ルートイン豊橋駅前です。豊橋市大橋通りにあります。宿泊したホテルの隣には、東横インもありました。
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豊橋駅から名鉄名古屋線に乗車し、前日到着している藤川駅まで移動しています。5/25午前8時過ぎには藤川宿付近に居ました。前日には気付かなかった看板を発見しています。看板の表題は、「歴史の息づく住みよいまち、藤川」とあります。例のように現在地を確認しましょう。
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現在地は、青い星型で提示されています。この先、十王堂、芭蕉句碑があるようです。こちらの案内図からも西棒鼻がクランクになっていないことが伺えます。
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藤川駅周辺には、こちらのような新しい傍示石もあるのでした。
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時間的にも余裕がありそうなので、進行方向を逆行して前日、見逃した本陣石垣、脇本陣跡(藤川宿資料館)をみることにしています。こちらは、本陣石垣となります。昔のままの石垣が残存しているようです。
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藤川宿資料館は、残念ながら月曜日で休館日なのでした。まあ、仕方がありません。旧街道を京方面へ歩くことにしました。

 

2019年7月28日 (日)

レベル7

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以前、宮部みゆき氏の「火車」を読書したので、今回はこちらの「レベル7」を選択しました。本の帯には以下のように紹介されています。

レベル7まで行ったら戻れない――謎の言葉を残して失踪した女子高生。記憶を全て失って目覚めた若い男女の腕に浮かび上がった「Level7」の文字。少女の行方を探すカウンセラーと自分たちが何者なのかを調べる二人。二つの追跡行はやがて交錯し、思いもかけない凶悪な殺人事件へと導いていく。ツイストに次ぐツイスト、緊迫の四日間。ミステリー・サスペンスの最高峰、著者初期の傑作。

うーん、これは辛いです。「火車」はカード破産に関連して勉強できる箇所があるのですが、こちらの本には得るものが殆どないのです。

全編700ページを超す長編、大作なのですが、ホテルニュージャパン火災事件、報徳会宇都宮病院事件を思い起こす程度です。

推理小説としても現実離れしており、決して読書はお勧めしません。そそくさと、次の本へ気持ちを切り替えます。

2019年7月27日 (土)

稲の定点観測2019---その18

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毎週末観測している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。本日、午前6時過ぎに撮影しています。いつもの山の上には殆ど、雲はありません。台風6号が接近して関西、関東地方では大荒れの天気のようですが、南九州は申し訳ないくらいに晴天です。写真右下に当方の影が写っています。御愛嬌で。

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早期水稲の生長は順調なようです。その頭を大きく垂れています。例年通りであれば、あと2週間程度で収穫となるはずです。

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今週に入り梅雨があけ、午前6時過ぎから蝉が大きな声で鳴き始めました。少々、うるさく感じるくらいですが、蝉も梅雨明けを喜んでいるようです。

今朝も午前5:30分頃には自然と目が覚め、朝食をとり、午前6時頃から約3Kmのjoggingへ出かけています。その後、シャワーを浴び、洗濯をして、週末の葉書を書き終わり、このブログを記載しています。

高校野球神奈川大会では、本日、準決勝県相模原対東海大相模の試合が予定されているようですが、台風6号の影響で順延されるかもしれません。選手たちも疲労が蓄積していることでしょうから昨日に引き続き、休養を取らせてあげたいですね。

今日は午前10時から歯科受診があります。差し歯の前歯の治療です。どうなることでしょうか?

2019年7月26日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その106

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出かけています。今回が第6次の歩行となります。5/27午後5時半頃には旧東海道藤川宿西棒鼻付近にいました。西棒鼻から名鉄藤川駅に向かい旧街道を右折しています。こちらが駅へ向かう道路となります。
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こちらが名鉄藤川駅の駅舎となります。比較的こじんまりとした駅舎なのでした。
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藤川駅前には、こちらの小僧さん飛脚のようなモニュメントもありました。
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駅構内で名鉄電車を撮影しています。名古屋方面へ向かう電車となります。
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当方は、17:31分発の伊奈駅行きの電車に乗車しています。藤川駅は普通列車のみの停車駅だったはずで、直接、豊橋駅行きの特急には乗車できません。伊奈駅停まりの普通列車に乗車して、伊奈駅で豊橋駅行きの特急へ乗車する必要があります。何だか不思議な思いでした(後日、この謎が判明します)。
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こちらは、藤川駅の駅標となります。
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こちらが、今回、豊橋でのホテル室内となります。ルートイン豊橋駅前だったと記憶しています。駅まで徒歩5分程度だったかな。小さいならがも大浴場がありました。そちらで疲れを癒しています。

2019年7月25日 (木)

旅の思い出---博多観劇旅行その3

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7/6には博多座での三婆観劇旅行で博多へ向かっています。翌7/7の早朝に旅先でのjoggingへ出かけています。出来町公園から大博通りへ出てきました。振り返って撮影しています。遠く博多駅、ホテル日航福岡が見えています。大博通りを博多湾方向へ走ります。

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1週間後の博多祇園山笠祭りを控えて、通りには注連縄があるのでした。

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前方に山笠の山車収容庫が見えてきましたが、肝心の山車がありません。「あれっ」と思うのでした。

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この付近の歩道は、本来、駐輪可能なようですが、山笠期間中はバイク、自転車の駐輪は禁止のようです。祭りへの思い入れがあるのでしょう、バイク、自転車は1台の駐輪していませんでした。

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五番山笠東流の山車は、隣のビル1階ピロティにありました。吹き抜けとなっているため、3階部分まで達する高さです。しかも、山車の上は天井ギリギリまであるのでした。締め込みをした若い男性二人が見守りをしているようでした。

梅雨明け---2019年

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昨日、南九州の梅雨明け宣言があったようです。空には入道雲のような雲が出ています。

例年より、かなり遅い梅雨明けとなりました。例年は7/14頃の梅雨明けだそうです。

本日、朝のjogging時には街路樹にいた蝉が気持ちよさそうに泣いていました。

梅雨の休日は雨で外出せず、梅雨が開けたら開けたで暑くって外出しません。結局、休日はjogging以外に外には出ません(笑)。

2019年7月24日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その105

Dscf29552018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後5時過ぎには旧東海道藤川宿本陣付近に居ました。資料館が閉館でしたので旧街道へ戻っています。旧街道沿いには、こちらの傍示石と案内がありました。傍示石には「江戸まで78里、京まで48里」と彫られています。案内板は、本陣跡内にあったものと同様な案内でしたので、割愛します。5/27の行程を終了すべく名鉄藤川駅へ向かうことにしました。
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その途中には村社 関山神社があります。
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参道の両側には常夜燈があり、写真左には東海道の石碑もありました。
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写真右へ200m行くと藤川駅のようですが、進行方向となる京方向へ120m行くと西棒鼻跡があるようです。旧街道へ引き返します。
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こちらが、西棒鼻付近となります。写真左の木製案内板に小さく「西棒鼻跡」の文字が見えます。
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こちらの案内杭もありました。
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こちらが、西棒鼻跡付近の全体像です。写真は割愛しますが、棒鼻といえども、こちらの道路はクランクにはなっていませんでした。

2019年7月23日 (火)

旅の思い出---博多観劇旅行その2

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7/6には博多座での三婆の観劇旅行へ出発しています。翌7/7(日)です。午前5時頃には起床し外を見ると曇天ではありますが、雨は降っていません。ということで午前5:30分頃から旅先でのjoggingへ出かけることにしました。ホテルを出て博多湾側へ200m程度行った場所に公園があります。正式な名称は出来町公園です。この場所には、こちらのモニュメントがあります。博多駅とあります。

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この公園は、こちらの写真のように結構な面積を有する公園となります。現在の博多駅からは海側へ約400m程度の距離でしょうか。

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公園前には、こしらの幟もありました。博多旧市街とあります。この付近は寺社が多い区画となっています。

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公園脇にはOPEN TOP BUS降車専用のバス停もありました。何度か博多に来た際に見かけた、屋根のない観光バスの降車場所となるようです。

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公園の大博通り側には、「九州鉄道発祥の地」の石碑があり蒸気機関車の動力輪があるのでした。そうです、この場所は旧博多駅のあった場所なのです。この場所から、現在の博多駅へ移転しているのです。

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早朝にも関わらず、どこかのチームがjoggingへ出かけるべく柔軟体操をしているのでした。顔つきは日本人ではなかったような記憶が残っています。

 

2019年7月22日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その104

Dscf29432018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後5時過ぎには旧東海道藤川宿本陣跡付近に居ました。本陣跡正面右側には、こちらの地図がありました。現在地を確認します。

 

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現在地は、赤印で提示されています。写真左には西棒鼻跡の記載があり、進行方向の情報を提供してくれます。

 

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もう1つの案内板には以下の件が記載されています。1638年幕府から常備人馬の増加を命じられたこと、これに応じるため1648年山中郷市場村68戸を東隣へ移住させ加宿措置を実施したこと、1843年の記録によると藤川宿の総人口は1213人、家数は302軒であったこと等です

 

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こちらは、脇本陣となります。別の案内文によると、こちらの門は1718年に建築されたもののようです。ちょっと、門内へ入ってい見ます。

 

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藤川宿脇本陣の石碑がありました。

 

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こちらの案内文には、藤川宿が品川宿から数えて37番目の宿場となること、脇本陣の敷地面積が130坪に及ぶこと等が記載されています。現在、こちらの脇本陣跡は藤川宿資料館となっているのですが午後5時をもって閉館でした。

 

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脇本陣敷地角には、「藤川村道路元標」なる石碑もあるのでした。

2019年7月21日 (日)

稲の定点観測2019---その17

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毎週末、観測している宮崎平野早期水稲の定点観測地点です。いつもの山の上には厚い雨雲が掛かっています。今朝、午前7半前に撮影しています。昨日に引き続き、台風5号に伴う線状降水帯の影響で遠く南九州太平洋岸でも雨が降っています。雨の合間にクルマを降りて撮影することができました。

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早期水稲の方は、このような感じです。全高は当方の腰下程度でしょうか。何だが例年より、全高が低い印象があります。

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それでも、穂先はその頭を下に向けているのでした。

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定点観測地点近くの加江田神社鳥居前には、複数の幟がありました。ちょっと、境内を覗いてみましょう。

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仮設のテントが張ってあり、どうやら夏祭りのようです。提灯もぶら下がっています。

 

さて、今朝も午前5時過ぎには起床して、朝食を取っています。大雨が断続的に降り、昨日同様、joggingへ出かけることが不可でした。定点観測地点へ出かけて写真撮影するのも少々、鬱陶しいかと思っていたら一時的に雨が上がりました。今日は休日出勤ですので、少々、早めに自宅を出発し定点観測地点で写真撮影をしています。

これから夕方まで仕事場に拘束されます。外は曇天で、自宅に居ても仕事場に居てもあまり当方の行動には変化がないことでしょう。

2019年7月20日 (土)

神様のカルテ2

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今回は、こちらの本を選択しています。夏川草介氏の「神様のカルテ2」です。本の帯には以下のように紹介されています。

栗原一止は、夏目漱石を敬愛する信州の内科医だ。「二十四時間、三百六十五日対応」を掲げる本庄病院で連日連夜不眠不休の診療を続けている。四月、東京の大病院から新任の医師・進藤辰也がやってくる。一止と信濃大学の同級生だった進藤は、かつて“医学部の良心”と呼ばれたほどの男である。だが着任後の進藤に、病棟内で信じがたい悪評が立つ。失意する一止をさらなる試練が襲う。副部長先生の突然の発病―この病院で、再び奇蹟は起きるのか。

さて、こちらの本でも付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「運命は神の考えるものだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ」記述、p8。

「良心に恥じぬということだけが、我々の確かな報酬である」一止の言葉、p85。

「百万人を殺す英雄ではなく、一人を救う凡人であろうとな」一止の言葉、p85。

「人に活力をもたらすのは結局、人だということなのだろう」記述、p127。

「人に頼るということも人間の持つ大きな美質のひとつである」記述、p153。

「私たち医者にとって、患者をとるか、家族をとるかという問題は、いつでも最大の難問です」古狐先生の言葉、p214。

「いかに生きるかばっかりが吹聴される世の中やけど、いかに死ぬかちゅうこともきっちり考えるのが、医者の仕事やで」河馬親父先生の言葉、p289。

「苦しいお酒はイチさんの分まで飲みます。おいしいお酒は、イチさんと一緒に飲みます」ハルの言葉、p304。

この本にも沢山の素敵な言葉がありました。この本、後半は本当に泣けます。続きを読みたくなっています。でも、ハルさんのような本当に素敵な細君は、この世に存在するのでしょうか?

 

2019年7月19日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その103

Dscf29322018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後5時過ぎには旧東海道藤川宿本陣跡付近に居ました。現在の愛知県岡崎市となります。こちらが藤川宿本陣跡の正面となります。写真右に「本陣跡」とあります。現在は公園になっているようです。

 

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本陣跡正面左には高札場が再現されていました。

 

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正面右には、2つの案内板がありました。

 

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反対側には井戸跡があります。

 

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本日北側?は、この写真のような山が見えます。その手前に国道1号線、名鉄名古屋線が通っているはずです。チョット、写真では確認できないようです。

 

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本陣の北側には、例のむらさき麦栽培地があるのでした。

2019年7月18日 (木)

耳栓

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耳栓を購入しました。写真中央やや右の白いものが耳栓です。黒いものは耳栓用のアルミケース、耳栓上は説明文書、写真左はパーケージです。今でも耳栓はセカンドバッグ内に1つあるのですが、より高性能なものが以前から欲しかったのです。最も必要性を実感するのは、空港での待機時間や飛行機搭乗中です。やかましいおばちゃん、女子高校生が大きな声で喋っていると、読書が不可となるのです。その防止目的で購入した次第です。アマゾンで何と¥1500程度もするのです。本当に清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで購入しました。効果が実感できると良いのですが。

2019年7月17日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その102

Dscf29202018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後5時前には旧東海道藤川宿に居ました。現在の岡崎市市場町付近なのでしょうか? 

 

「歴史の息づく住みよいまち 東海道ルネッサンス事業・歴史国道整備事業の概要」との表題の案内板がありました。ただ、写真のように既にかなり劣化しており、判読は困難なのでした。

 

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とりあえず現在地を確認すべく地図の箇所を撮影しています。現在地は、既に剥がれた★印となっているようです。まあ、これでも今後の旧街道の情報は得られるのでした。

 

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この付近の旧街道は、こちらの写真のように非常に落ち着いた雰囲気なのです。太陽がかなり傾いていることが伺えます。

 

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何か、軽自動車の横に案内板があります。近づいてみます。

 

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高札場跡の案内板でした。案内には、3間四方の大きな高札場であったことが記載されています。

 

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さらに進むと、問屋場跡がありました。

 

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さらに進むと、旧野村家住宅(米屋)さんがあるのです。こちらは平成25年8月に景観重要建造物の指定を受けているものです。岡崎市の指定プレートは割愛します。

2019年7月16日 (火)

旅の思い出---博多観劇旅行その1

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7/6、博多座で上演されるお芝居を見に1泊2日の旅行をしています。7/6は土曜日でした。5/11午前10時からのチケット販売開始でしたので、10分前にはパソコンの前に陣取り、良い座席を確保しようと試みました。10時ちょうどにアクセスしましたが、なかなか繋がりませんでした。諦めかけていた10:10分頃に漸くチケット販売サイトに繋がりましたが、午前の部は確保できず、午後の部1階席後方のみが確保できました。土曜日、日曜日のチケットは15分程度で、完売だったようです。ということで7/6朝7:30分発の高速バスの乗車し博多に向かっています。博多駅バスセンターには20分遅れの0:20分頃に到着し、ホテルに荷物を預け、博多駅10階レストラン街「くうてん」で昼食を取っています。 0:30分過ぎは「くうてん」が最も混雑している時間帯です。ブラブラして空席のあった博多鉄板焼きの店舗へ入店しました。

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こちらが、当方が注文した豚兵衛焼きです(たぶん)。最もポピュラーなものを注文しました。お好み焼きのようなものです。本来、昼食はガッツリ摂取しないのですが、当日の夕食は観劇後となり20:30分過ぎになることが予想されたので、昼から少々、カロリー多めのものを取っています。その後、妻は買い物へ、当方は丸善で本屋を散策しています。

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14:50分頃には博多駅から中洲川端駅へ地下鉄で移動し、駅に直結している博多座に到着しています。こちらでチケットを受け取っています。博多座のHPには上演開始直前にはチケット交換窓口が混雑するとの案内があったからです。当方が到着した時間帯が、丁度、午前の部が終了した頃で、多数の観客が劇場から排出されて来たのでした。

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博多座には、こちらの大きな液晶パネルが設置してありました。これから観劇する三婆のポスターも映し出されています。この後、妻と合流しています。

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博多座の入り口には、満員御礼の文字が見えます。開場は15:30分、開演は16:30分です。写真撮影後、博多座へ入場し休憩所でお茶を飲んで待機していました。こちらの劇場は、定員が約1100名程度ですが、観客の殆どが高齢女性で男性は非常に少なかったです。まあ、奥さんに濡れ落ち葉のようにくっ付いてきたご主人が少数居たということです(当家では、当方が主導しています)。1000人が高齢女性と思われ、妻は「三婆ではなく、千婆だね」と自分のことは棚に上げて言っていました。的を得た発言でした。

お芝居の方は、大竹しのぶ、渡辺えり、キムラ緑子、佐藤B作さんの演技が圧巻でした。マイクを使用しないので、一部、聞き取りにくい場面もありましたが、あらかじめ有吉佐和子の原作古本を入手し、読書していたので問題ありませんでした。原作から、あのような喜劇に仕上げる脚本家の能力に驚きを感じました。

お芝居は19:50分には終了し、地下鉄で博多駅へ戻り、ホテルで日本料理のレストランへ向かいました。妻も満足したようです。

2019年7月15日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その101

Dscf29122018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後4時半過ぎには、旧東海道藤川宿東棒鼻付近に居ました。現在の岡崎市市場町付近だと思われます。「格子造りの家並」なる案内板がありました。案内後半には、「50年前には30本位の蔵が残っていました」とあります。蔵って「本」で数えるようです。

 

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こちらが、格子造りの家屋となります。

 

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秋葉常夜燈と並んで、何か案内板があります。近づいてみましょう。

 

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こちらは旧市場公会堂があったようです。案内には、建設竣工は大正6年7月であること、小屋組みが合掌工法で建設されたこと、完成後100年を経て津島神社境内に存在すること等の記載があります。

 

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こちらが、津島神社参道のようです。旧市場公会堂の姿は確認できません。

 

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さらに歩を進めると、藤川宿駐車場に到着しました。

 

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何の変哲もないただの駐車場なのでした。チョット、一工夫が欲しかったですね。

2019年7月14日 (日)

仮想日本縦断鉄道の旅---その43

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2019年6月1日から6月30日までjoggingで114Km走っています。6月は本来、梅雨なのですがjoggingで100Km超えというのは、6月の降水が少なかったことのに起因するのです。

今回の仮想乗車区間は、前回、既に北海道函館駅に到着していることから本州に勝手に移動することにしました。JR大湊線大湊駅から青い森鉄道八戸駅まで乗車したと仮定します。この間は109Km、駅数は9+8駅です。残は7Kmとなります。

今回、新たな条件で乗車すると仮定すると、大湊駅6:28分発野辺地駅7:31分着となります。野辺地駅でJR線から青い森鉄道に乗り換えることになります。野辺地駅7:40分発八戸8:24分着となります。料金は¥2480で、所要時間は乗車107分、乗り継ぎ9分の合計116分となります。

この付近で知っている地名は、八甲田山、十和田湖、三沢、八戸程度です。八甲田山は死の彷徨、十和田湖は水の綺麗な湖、深度も日本一だったかも、三沢は自衛隊との共用空港、八戸はこの付近の中心地、この程度の知識しかありません。

 

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さて、万歩計の6月の結果です。6月の結果では、総歩行数は約16.8万歩、消費カロリーは約4300Cal、歩行距離は92.3Km、脂肪消費量は250gとのことです。6/2は万歩計を装着するのを失念したようです。記録が残っていません。黄色の部分がしっかり歩行を示しています。つまりjoggingをした日となります。殆どの日にjoggingしています。雨の日は走りません。ということで南九州の6月の降水量が多くなかったことが客観的に知れるのです。 

2019年7月13日 (土)

稲の定点観測2019---その16

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毎週末観測している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。本日、午前8:15分頃に撮影しています。いつもの山の上には雲が掛かています。

撮影時は小雨がパラつく程度でしたので、クルマを降りて撮影できました。

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稲の方は、当方の腰下付近まで生長しているようです。稲の穂の先端も実ってきたようで頭を垂れています。

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頭を垂れている状態をやや望遠で撮影してみました。このような感じです。でも、ここにきて日照不足が気になる天候となって来ました。

 

さて、先週は博多座での観劇目的でこの時間帯には既に高速バス車中の人となっていました。稲の定点観測地点へ出向いたのは2週間ぶりとなります。この稲の方もあと4週間程で収穫となることでしょう。

 

ところで、当方も今日から3連休となりました。この3連休の予定は、本日の歯科受診と散髪程度です。7/10昼食後の歯磨き時に刺し歯の前歯3本が脱落しました。たまたま、本日午前に歯科定期受診となっていたので、これから対応して頂く予定です。脱落した歯は数年前にセラミック製のものを装着し高額だったのを覚えています。今回、こちらの歯が再使用できれば良いと思っています。

前歯3本が欠落すると非常に生活に支障が出ます。第一に歯間から空気が漏れて喋りにくいのです。第二にやはり食事摂取が困難なのです。麺類、食パンが食べにくいです。ゴボウの金平などもってのほかです。

本日も午前5:30分頃に起床し朝食を頂き、少々の雑用を終わらせ、先ほどクルマで稲の定点観測地点へ向かっています。残念ながら南九州の3連休の天気予報は雨です。撮影時、Tシャツと短パンで出かけましたが少々、肌寒く感じます。

さあ、これから歯科受診へ向かいます。脱落した歯が再使用できるか、仮歯となるか期待と不安が交叉します。でも、前歯がない生活に少々、慣れてきました。前歯が入っても2-3日は食事が美味しくないことでしょう。

2019年7月12日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その100

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旧街道を進むと、交差するように旧東海道の案内板がありました。

 

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東棒鼻の方向も、なんだかチョット違和感のある方向を指しています。僅かな距離なので戻ることにしました。

 

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戻る途中には、むらさき麦栽培地なる案内もありました。松尾芭蕉も俳句に読んだことが記載されています。

 

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東棒鼻に戻って来ました。当方は、四角の対角線上を歩行していたようです。こちらの道が旧街道となるようです。再度、京都方向へ進みます。

 

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こちらで、旧街道はクランクになっているのでした。恐らく、写真右が江戸方向、写真左が京方向への街道を撮影しているはずです。

2019年7月11日 (木)

愛車インプレッサ---走行距離2万Km

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昨年6月に納車されたスバル・インプレッサ1.6L Eye-sightが約1年で走行距離2万Kmを迎えました。先日の温泉の復路途中で丁度2万Kmとなったのでした。その1Km手前の19999Kmで取りあえず記念撮影です。

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その後、丁度2万Kmで再度、クルマを停車させ記念撮影をしています。自宅駐車場に到着すると20001Kmとなりました。「どうせなら、自宅で2万Kmになれば良いのに」と思いつつ、当方の人生はこんなものかとも思ったりもしました。

 

さて、このクルマを1年間、運転してみての感想を記載してみましょう。

1、やはり1.6Lエンジンではやや非力な印象を受ける状況があること。ただ、所謂、街乗りでは不自由は感じません。

2、逆にこの非力なエンジンの特性を理解した上で運転すると運転が面白いこと。このエンジンは2500rpmを超すと、そのpowerが得られます。また、ステアリングにパドルシフトが装備してあるのですが、シフトダウンしてエンジンを高回転側へ回せば、充分な加速は得られます。スバルの面白いのはこの機構で、シフトダウン後、数秒以内にDレンジへ戻り通常のオートマチック変速へ回帰します。

3、Eye-sightはかなり優秀であること。追従型クルーズコントロールは一般道でも十分にその威力を発揮します。

4、ただ、企業としてのスバルおよび販売店としては、あまり評価は高くありません。インプレッサは周知の如く完成車検査不正でリコールとなった車種です。この4月に点検を受けた際に、完成車点検と1年点検を同時実施するとキャッシバック特典がありました。もうすぐ検査後、3ケ月を迎えるのに未だに音沙汰なしです。販売店としては、不要な交換を勧める点はいかがなものかとも思っています。エアコンfilter、ワイパーブレードは納車後10ケ月では交換する必要はないと思うのですが。次回、クルマを購入するときにスバルを選択するか否かというと、ちょっと、躊躇するかもしれません。やはり、トヨタを超す完成車企業はないのかもしれません。

 

7/14追記、キャッシュバックの簡易書留が7/12に漸く、到着しました。

 

2019年7月10日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その99

Dscf2899 2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後4時半過ぎには、旧東海道藤川宿東棒鼻付近に居ました。現在の岡崎市市場町付近だと思われます。棒鼻付近には、広重の浮世絵もありました。

 

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こちらが高校同級生から頂戴した藤川の浮世絵です。説明文には、「幕府が朝廷へ馬を献上するための行列が藤川宿へ到着した場面。御幣をつけた二頭の献上馬に護衛の侍が続き、それを迎える路上では宿場役人も旅人も土下座中。その端でたわむれる子犬たちが緊張感をほぐしてくれる」とあります。

 

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前回、撮影を割愛した中央部の案内文も撮影しています。浮世絵の説明と同様の内容です。

 

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棒鼻左には、このような細い道もあるのでしたが、この時はその意味合いが判りませんでした。

 

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やや劣化を感じさせる案内文もありました。表題の副題には、「藤川の歴史と文化を訪ねて」とあります。藤川の文化財、名勝を紹介したものでした。

 

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現在地は、青い星印で記載されています。どうも旧東海道は灰色のラインとなっているようです。線路の記載は名鉄名古屋本線のようです。

 

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藤川宿の入り口には例の秋葉山 常夜燈がありました。先の案内によると1795年の建立だそうです。200年以上の時間が経過しています。

2019年7月 9日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その98

Dscf2892 2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後4時半過ぎには旧東海道赤坂宿から藤川宿へ向かって歩いていました。現在の岡崎市市場町付近に居たものと考えます。旧街道がなだらかに右方向へカーブしています。前進します。

 

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すると、旧東海道を示す標識がありました。道は間違っていないようです。

 

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さらに進むと、旧東海道の傍示石と何だか木製の案内板がありました。

 

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案内によると、こちらは東棒鼻とのことです。つまり、藤川宿の東入口となるのです。案内文には、東海道ルネサンス活動機運が盛り上がった平成元年に棒鼻が再現されたこと、広重の浮世絵に棒鼻が描かれたこと、浮世絵内には八朔の御馬進献の行列が棒鼻にさしかかるところを描写していること、棒鼻が藤川宿の象徴となっていること等の記載があります。

 

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こちらが、再現された東棒鼻モニュメントのようです。

 

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このような木製の案内板もありました。左の案内杭には、従是西 藤川宿との記載があります。

 

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右の案内板には、京まで46里27丁、岡崎へ1里半とあり、江戸へ78里29丁の文字も見えます。中央の案内(写真は割愛)には、「広重の藤川宿棒鼻の版画は幕府が毎年八朔、朝廷に馬を献上する一行がここ東棒鼻に入ってくるところを描いたものである」とあります。こちらの案内の方が平易な記載となっています。

2019年7月 8日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その97

Dscf2877 2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後4時過ぎには旧東海道赤坂宿から藤川宿へ向かって歩いていました。現在の岡崎市市場町付近だと思います。田圃の中に赤い鳥居が見えました。恐らく、次から出てくる山中八幡宮の鳥居と推定されます。

 

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道路標識には左方向へ山中八幡宮の案内があります。写真は逆光であったため明るさを補正しています。

 

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この付近の畑には、何か穀物が成熟しているのでした。麦でしょうか?

 

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山中八幡宮の案内板がありました。要約すると、創建1000年以上であること、三河一向一揆の際に家康が身を隠したこと等の記載があります。

 

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山中八幡宮への参道でしょか。登り階段と鳥居が見えます。

 

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Cafe亜米利館(写真は割愛)を過ぎて、さらに旧東海道を進むと、道の駅 藤川宿1Kmの道路標識がありました。

 

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この付近で旧国道一号線(現国道327号線)から旧東海道は分岐、合流しています。写真右が現国道327号線、写真左が旧東海道となります。勿論、左の旧街道方向へ進みます。

2019年7月 7日 (日)

燃えよ剣---下巻

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今回も前回に引き続き司馬遼太郎氏の「燃えよ剣---下巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

元治元年六月の池田屋事件以来、京都に血の雨が降るところ、必ず土方歳三の振るう大業物和泉守兼定があった。新選組のもっとも得意な日々であった。やがて鳥羽伏見の戦いが始まり、薩長の大砲に白刃でいどんだ新選組は無残に破れ、朝敵となって江戸へ逃げのびる。しかし、剣に憑かれた歳三は、剣に導かれるように会津若松へ、函館五稜郭へと戊辰の戦場を血で染めてゆく。

こちらの本でも付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「もってうまれた自分の性分で精一杯に生きるほか、人間、仕方がないのではないでしょうか」沖田総司の言葉、p94。

「(近藤勇)は凧のようなものだ。順風ならば、風にもちあげられ自分も風に乗り、おだてに乗り、どこまでもあがってゆく大凧だが、しかし一転風がなくなれば地に舞いおちてしまう」土方歳三の言葉、p130。

「薩摩人の特徴で、分がわるい、となると、粘着力がない。下手な戦さでねばるよりも遁げたほうが戦術的にもいい、という合理的な思想が、古来ある」記述、p181。

 

この本では、下巻の函館戦争の頃から小説としてのテンションが上がって来ます。でも、基本的には、テロリストである土方歳三の後半生を記述しただけのものと思っています。エンターテイメントとして読書するなら許されるでしょうが、あまり勉強となる箇所は多くはありません。

 

 

櫛田神社

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旅先の朝のジョギングで櫛田神社に立ち寄って来ました。来週の博多山笠祭りで、境内には既に桟敷席が設営されています。写真は午前6時過ぎに撮影しています。

2019年7月 6日 (土)

博多座

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今回、博多へ来た目的は博多座で三婆の芝居観劇です。16時30分から開始です。

博多へ

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観劇目的で博多へ向います。久しぶりの高速バスでの移動です。需要があるようで7時半発の便は3台での運行です。福岡ドームでは、ゆずのコンサートもあるよう。ホテルが確保出来て良かったです。

2019年7月 5日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その96

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後4時過ぎには旧東海道赤坂宿から藤川宿へ向かって歩いていました。国道1号線を歩いていると、何か右方向へ歩道が分離していました。Dscf2868

 

 

 

さらに近づくと、やはり歩道が分離しています。ここでガイドブックをみると、「いったん右手の細道にはいって再び国道1号と同流する」とありました。何やら不自然な分岐には、このような意味があるのでした。勿論、細道へ入ります。

 

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数分の歩行で、東海道の案内板を発見しました。先ほどの細道が、やはり旧街道なのでした。

 

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前方に何か休憩所を兼ねた案内板があるようです。接近してみます。

 

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案内板には、「是より西、藤川宿へ 是より東、赤坂宿へ」の表題があります。この説明文の中で注目するのは、「古代、中世の駅馬、伝馬程度にならい、公用の人や物資は無料、公用以外は有料で次の宿駅まで継ぎ送る宿駅伝馬制を定め、---」「旧東海道の道幅は約3間半(6.3m)で、---」とありました。今昔異なれども公用は無料であることは同じようです。また、旧街道の道幅が意外と広いことに驚きます。

 

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さらに、こちらの案内板もありました。山中城は、室町時代の典型的な山城で、東海道、吉良道、西郡道をおさえる交通の要衝に位置していたようです。 1542年以後は、家康の祖父の清康のものとなったことも記載されていました。

2019年7月 4日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その95

Dscf28592018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後4時前には旧東海道赤坂宿から藤川宿へ向かって歩いていました。松並木の中に、こちらの案内板と常夜燈がありました。

 

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案内板には、「是より東 本宿村 赤坂宿へ壱里九丁」と表題があります。案内は長いので殆ど読んではいません。序文では、本宿が法蔵寺を門前として町並が形成されたことが記載されています。

 

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新しい石碑には、右東海道、東国道1号と彫られています。

 

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交差点を渡り、振り返って赤坂宿(東)方向を撮影しています。大きな交差点であることが判ります。

 

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近くには名鉄名古屋本線本宿駅があるはずです。名鉄電車が高架上を走っているのでした。

 

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こちらの付近で旧街道と国道1号線は合流します。写真では判読困難ですが、標識には、「名古屋51Km、知立25Km、安城22Km」との記載があります。今回の目的地である名古屋まではまだまだ遠いのでした。

2019年7月 3日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その94

Dscf2850_22018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後3時半過ぎには旧東海道赤坂宿から藤川宿へ向かって歩いていました。現在の岡崎市本宿(もとしゅく)町付近となります。こちらに東海道一里塚跡の傍示石がありました。横には本宿史跡保存会の文字も見えます。全くの一般民家の前に、この石碑があるのでした。

 

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2-3分歩くと、こちらの旧東海道を示す案内がありました。岡崎市ボランティア連絡協議会25周年記念とも記載されています。

 

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こちらの案内は、当方にとって非常に有益なのですが、民家の塀に、ごく小さなものが掲げられてるのでした。案内は塀の右にあるのが判るでしょうか?

 

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さらに数分、歩くと宇津野龍碩邸跡と長屋門(現存)の案内がありました。「7代目龍碩はシーボルト門人の青木周弼に医学を学んだ」との記載があります。ということは、7代目龍碩は直接はシーボルトには学んでいないという意味なのでしょう。また、安政年間に種痘を実施したことも記載されています。

 

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こちらが、その長屋門となります。まあ、長屋門を所有しているくらい裕福で、身分の高い

 

家系だったのでしょう。「現存」という文字があることから、当時のもののようです。近くで見ると本当に劣化しているのでした。

 

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この付近では、こちらの写真のように旧街道の松並木が少々、残存しているのでした。写真は岡崎宿方向を撮影しています。

2019年7月 2日 (火)

朝顔とブロッコリーの生長記録---その8

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自宅で栽培しているブロッコリーとこぼれ種朝顔の生長記録です。GreenFarmで水耕栽培しているブロッコリーの方は殆ど変化がありません。

あまりにも変化がないので、撮影するのもだんだん、嫌になりつつあります。新規に蒔いた種子にも発芽はありません。

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こちらは1階テラスで栽培(放置)しているこぼれ種朝顔です。2株のみ生長しています。

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朝顔の生長につれプラ支柱をつぎ足し3本となっています。風が吹くと、枝垂れ柳のようになってしまいます。その度に、テラス柱により掛かるようにしています。朝顔の先端の生長は、朝顔に任せることにします。場合によりテラス柱に巻き付くかもしれません。

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こちらは、砂利から出て来た本当の意味でのこぼれ種朝顔です。プラ支柱に上手に巻き付きました。でも、既に先端付近まで来ています。今後、どうなるかな?

 

2019年7月 1日 (月)

世界の果てまでイッテQのカレンダー---7月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー7月は、みやぞんの「霧に包まれる美ヶ原高原」とのことです。長野県で撮影されたようです。

こちらのon airは見たような記憶があります。たぶん、石川県金沢市から東京まで自転車で移動するような企画だったと思います。その途中で、こちらの美ヶ原高原に立ち寄ったものと思います。このような旅行をしてみたいと思っています。自転車なら1日100Km程度の移動は可能でしょうか? そう遠くはない老後の楽しみにとっておきましょう。

さて、7月となりました。南九州は例年7月中旬には梅雨明けとなりますが、今年は梅雨前線が南下したままの状態が持続しているようです。例年通りの梅雨明けとなるでしょうか? 梅雨明けともなれば、本格的な夏です。今年も暑くなることでしょう。

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