« 2019年7月 | トップページ | 2019年9月 »

2019年8月

2019年8月31日 (土)

功名が辻---第4巻

4

前回に引き続き、今回も司馬遼太郎氏の「功名が辻---第4巻」を選択しています。本のカバーには以下のように紹介されています。

関ケ原決戦―徳川方についた伊右衛門は、この華々しい戦でも前線へ投入されたわけではない。勝ち負けさえわからぬほど遠くにあって銃声と馬蹄の轟きを聞いていた。しかし、戦後の行賞ではなんと土佐二十四万石が…。そこには長曽我部の旧臣たちの烈しい抵抗が燃えさかっていた。戦国痛快物語完結篇。

さて、こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「古来、焦る戦に運はつかぬと申しまする。待つうちに善き運も巡って参りましょう」乾彦作の言葉、p90。

「経験が多いということも、しょせんは否定的な意見を豊富にいえるというだけのことで、だからどうしようという案を思いつくに至らぬ」記述、p101。

「豪傑、軍略家といわれた連中は、ほとんどが早死するか、さもなければ自分の器量才能を誇り、増上慢を生じ、人と衝突して世間の表から消えた」記述、p141。

「男が自分の技能に自信を持ったときの美しさというのは格別なものだが、自らの位階に自信をもった場合は、鼻もちならなくなる」記述、p174。

「気根を揮いたたせばならぬ相手があってはじめて、人はいきいきと生きられるのですから」千代の言葉、p228。

「一代できずいた身代は、一代かぎりでほろぼせばよいのに、晩年になればいよいよそれを永世にのこそうという気持ちがつよく動くようであった」記述、p300。

 

こちらの本にも、素敵な言葉、教訓となる言葉が多数、収められているのでした。

2019年8月30日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その127

Dscf3300

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後2時過ぎには旧東海道岡崎宿をから宮宿(名古屋)へ向かって徒歩していました。八丁味噌の蔵が林立する通りから川沿いに歩いています。このような道を歩いていました。正面を左折する予定です。

Dscf3301

矢作橋を渡ります。写真は省略しますが、かなり、立派な橋梁でした。

Dscf3304

下流方向(たぶん)には、鉄道用の鉄橋もありました。丁度、電車が写真右から通りかかりました。名鉄線でしょうか?

Dscf3305

対側の橋梁欄干には、何か武将の石像らしきものがあります。片側2車線、中央分離帯のある橋梁で、横断歩道もなく武将を確認することは不可でした。

Dscf3309

国道1号線の道路案内には、直進が名古屋、安城と記載されています。

Dscf3312

橋のたもとまで来て、横断歩道を渡ります。旧東海道は、この付近で国道1号線から外れます。

Dscf3315

旧東海道沿いには岡崎市立矢作東小学校があるようです。正面木立の左に校舎らしきものが見えます。

2019年8月29日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その126

Dscf3283

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後2時頃には旧東海道岡崎宿、現在の岡崎市板屋町付近に居ました。こちらは、「まるや八丁味噌」の店舗、工場入口のようです。門扉の横には、「純情きらりロケ地」なるプレートもありました。

Dscf3289

そして、この道路沿いは、「純情きらり手形の道」と命名されているようです。宮﨑あおいさんの手形が下にありました。

Dscf3288

こちらが、その手形となります。今回、気が付いたのですが、宮﨑あおいさんの﨑は「たてさき」なのでした。

Dscf3290

近くには、八丁味噌の説明文もありました。「大豆そのものを、麹化して塩と水だけを加えて熟成する豆味噌をいい、江戸時代以後、早川家、太田家の2軒が有名で、それぞれカクキュー、まるやの商号で製造を続けている」とのことです。

Dscf3291

こちらが、カクキューさんの味噌蔵でしょうか。黒塀の建物が続きます。

Dscf3292

この付近の道は、八丁蔵通りという名称のようです。

Dscf3298

近くには、左江戸、右西京を示す傍示石がありました。

2019年8月28日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その125

Dscf3262

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後1時半過ぎには旧東海道岡崎宿、現在の岡崎市板屋町付近に居ました。前方に岡崎城天守閣が見えてきました。

Dscf3263

岡崎27曲り板屋町角の傍示石がありました。こちらで右折した記憶があります。

Dscf3269

さらに進むと、「まるや八丁味噌」の看板がありました。どうやら、地名の八帖=八丁のようです。そのように感じ始めていました。

Dscf3270

「東海道岡崎城下西出入口 松葉総門跡」の傍示石がありました。文字通り、こちらがお城への入り口だったのでしょう。

Dscf3275

近くには、「岡崎城下27曲り 八帖村」の傍示石があります。新しいものには、八帖村の記載がありません。

Dscf3279

前方には、「カクキュー八丁味噌の郷」なる看板があります。

Dscf3282

こちらが、カクキュー八丁味噌の蔵のようです。この辺りで、この付近が八丁味噌の生産地であることに当方は漸く、気が付いたのでした。

愛車インプレッサ---走行距離22222Km

P1090134

2018年6月の納車された当方のインプレッサG4 1.6i-L Eye-sightが走行距離22222Kmとなりました。yhideさんの好きな並び数字です。

一昨日夕方、帰路途中で22222Kmとなりました。自宅到着時は22224Kmでした。

走行距離2万Km時は自宅到着時が20001Kmでした。「どうせなら自宅到着時に丁度良い数字になれば」と思うのですが、なかなか、そのようには行かないようです。人生は上手くいかないのです。ハイ。

2019年8月27日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その124

Dscf3252

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後1時半過ぎには旧東海道岡崎宿付近に居ました。現在の岡崎市板屋町付近だと思います。名鉄バスの板屋町バス停がありました。

Dscf3254

この付近にある八帖歩道橋を渡るのが、現在の旧東海道となります。歩道橋上から国道1号線を撮影しています。非常に幅員のある道路で立派なものですね。

Dscf3255

歩道橋には、「酒井忠次 徳川四天王」のプレートがはめ込んであるのです。 

Dscf3256

八帖歩道橋を降りてきました。撮影しておかないと、自分がどの場所に居たのかが判らなくなります。

Dscf3257

八帖歩道橋を下から仰角で撮影しています。このように非常に立派な歩道橋なのでした。交通量も多い印象です。

Dscf3258

歩道橋を渡ると、そこには東海道27曲り板屋町入り口の傍示石がありました。

Dscf3261

電信柱にも、岡崎城下27曲りの案内があり、その下には八丁味噌、板屋町の文字も見えます。

2019年8月26日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その123

Dscf3234

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後1時半頃には旧東海道岡崎宿付近に居ました。籠田公園付近の27曲りが複雑で、迷子になった記憶が残っています。それこそ、右往左往していました。漸く27曲りを抜け出しています。このような案内がありました。 伊賀川を渡ることになります。

Dscf3238

伊賀川は、こちらの写真のように決して大きな川ではありません。むしろ、川幅の狭い小さな川なのでした。

Dscf3241

川を渡ってから幅員の狭い小さな歩道を下っています。

Dscf3242

この付近からは、遠く岡崎城天守閣が見えるのでした。

Dscf3244

民家のブロック塀にある手作り案内で旧東海道は、こちらで左折することが判ります。

Dscf3248

田町角の道標には、歩道橋を渡るように記載されています。

Dscf3251

こちらが、その歩道橋となります。旧東海道は現在となっては空中歩道となっているのでした。

2019年8月25日 (日)

功名が辻---第3巻

3

前回に引き続き、今回も司馬遼太郎氏の「功名が辻---第3巻」を選択しています。本のカバーには以下のように紹介されています。

絢爛たる栄華を誇った豊臣秀吉の天下がかたむきはじめた。かれに老耄の翳がさし、跡継ぎの秀頼はなお幼年の域を出ない。諸大名を掌握し、じりじりと擡頭してくる徳川家康に対して、秀吉は防戦にまわった。かれが死をむかえれば大波瀾はまぬがれぬであろう…。伊右衛門・千代の夫婦は二人して将来への道を必死に探し求める。

こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「ひとは、こちらから信じ切って接してやれば、たいていの悪人も、その善い面のみで応えてくれるものでございます」千代の言葉、p14。

「健康は神経の世の父母たちは、自分の子の可愛さを、決してひとに押し付けようとはしない」千代の回想、p31。

「どのように味方が苦境に立っていても、味方の最後の勝利を信じきって働くことだ」一豊の言葉、p334。

 

非凡な一豊を出世させた千代の実力は凄いと思うのですが、千代の言葉を信じきって行動する一豊の謙虚さ、寛容さに感服します。自分の能力を自分で十分に把握していたからこそ、できる行動だと思います。素直に他人の助言を聞く耳をもった人が成功するのでしょう。

 

 

 

2019年8月24日 (土)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その122

Dscf3208

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28正午過ぎには旧東海道岡崎宿付近に居ました。前方に何だかレンガ造りの豪奢な建物が見えてきました。 

Dscf3210

大正8年に建てられた岡崎銀行本店のようです。戦後は商工会議所として使用され、現在は岡崎信用金庫資料館となっているようです。

Dscf3213

さらに旧街道を進むと、籠田公園が見えてきました。なかなか広い立派な公園です。

Dscf3214

近くには籠田総門跡のモニュメントもありましたが、木の根元にありヒッソリとしているのでした。

Dscf3219

この付近に現在地を示す地図がありました。赤い△が現在地です。これから写真左方向へ進み、川を渡ることになります。

近所の散策2016---処暑過ぎ1

Imgp1531

8/23が処暑だったようです。本来、暑さも落ち着いてくる時節のはずです。こちらの写真は近所のお宅に開花していたヘチマの花です。黄色の花弁が空を向いて開花しています。

Imgp1534

花の近くには、こちらのような非常に立派なヘチマの実(?)も成っているいるのでした。当方より年配の世代では、こちらを入浴の際のスポンジ代わりに使用していたことでしょう。

さて、週末となりました。当方は本日もいつもと同様に午前5:30分頃には起床し、朝食を頂き、6:15分からの「題名のない音楽会」の初めの5分のみ見ています。出光興産のあの「ベトナム製油所」のCMが好きなのです。「こちらホアンさん」から始まる例のCMです。父親の背中を垣間見ることで仕事を通じ、社会に貢献する重要性を認識できるCMかと思います。あのCMのプロデューサーを褒めてあげたいくらいです。

このCMを見た後は、番組内容を見ることなく約3Kmのjoggingへ出かけています。以後、週末のroutineをこなし9時から散髪へ行って来ました。11:30分過ぎから不具合の出ている食洗器を移動してみていますが、素人には対応できないようです。

本日の南九州ははっきりしない天候となっています。曇天で、しかも、気づかないうちに降水もあったようです。今日、明日は休みです。散髪以外の予定はありません。不具合を出している食洗器が稼働しなければ、今日、明日にも大型電気店へ購入しに行くかもしれません。現在の食洗器は2007年製のもので、そろそろ寿命かもしれません。

2019年8月23日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その121

Dscf3193

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28正午過ぎには旧東海道岡崎宿に居ました。こちらは飯盛女のモニュメントです。なんだか愛嬌がある表情をしています。 

Dscf3194

横のプレートには飯盛女の説明文があります。今も昔も状況は同じようです。

Dscf3198

この付近には創業天明2年の備前屋さんがありました。創業から240年が経過しいていることになります。たぶん、お茶屋さんだったと記憶しています。

Dscf3201

西本陣前角の道標前は、資源ごみ置き場になっているのでしした。今回は、ペットボトルの回収のようです。

Dscf3203

この近くには明治2年に建立された道標がありました。

Dscf3204

こちらが、その道標となります。

Dscf3206

道路にも、こちらの写真のように案内があるのでした。非常に助かります。

 

ペットマト---ハバネロの生長記録1

Img_2469

はせがわさとう商店からペットマト栽培シリーズを購入しました。今回は、ハバネロを栽培することにしました。

写真左から、粉末肥料、説明書、肥料用スプーン、ハバネロ種子、アップサンド、フィルター、キャップとチューブです。

Img_2470

ハバネロの種子部分のみ拡大撮影です。種子の大きさは長径で2mm程度です。殆ど平坦で厚みはありません。説明書通りにキット内に2粒の種子を蒔きました。今後の生長が楽しみです。

2019年8月22日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その120

Dscf3173_1

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。 5/28午前11時半過ぎには旧東海道岡崎宿付近にいました。こちらの案内板が目に入りました。「常夜燈の由緒」とあります。案内によると、こちらの常夜燈は1790年に建てられたこと、昭和47年(1972年)までその原型を留めていたこと、その後、その一部「宝珠」を残し安置保存したこと等が記載されています。

Dscf3174

こちらが、その宝珠が保管されている小屋のようです。中に何やら常夜燈の一部が見えています。こちらは両角公民館前なのでした。

Dscf3180

さらに岡崎二十七曲りを進みます。

Dscf3181

すると、旅籠屋のモニュメントがありました。旅人が草鞋を脱ぎ、桶で足を洗っているようです。

Dscf3184

さらに進むと、一里塚のモニュメントもありました。

Dscf3186

コンビニ前には西本陣跡の道標があります。

Dscf3189

地図があったので、現在地を確認です。写真右から左方向へ進んでいます。どうやら市役所を過ぎたようです。

2019年8月21日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その119

Dscf3159

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前11時半過ぎには旧東海道岡崎宿付近に居ました。モニュメントを過ぎて直ぐに、もう一つのモニュメントがありました。枯山水を模したかのようです。写真左には、二十七曲りの案内も見えます。

Dscf3160

公園風の枯山水内には、こちらの古い二十七曲りの案内もありました。

Dscf3161

案内プレートには、この辺りが市民病院跡地である旨の記載があります。後ろには広い駐車場も見えます。

Dscf3162

こちらが、新しい二十七曲りの案内です。アイウエオ順ではなく、いろは順となるようです。「いの一番」で、この場所から曲りが始まるようです。

Dscf3167

バス停によると、現在この地は病院ではなく、岡崎げんき館となっているようです。

Dscf3169

「ろ」の案内がありました。直線に進むようです。

Dscf3170

案内の上には、草鞋があるのでした。

2019年8月20日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その118

Dscf3151

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前11時過ぎには旧東海道岡崎宿手前まで来ていました。東名高速道路を潜った後、こちらの松並木がありました。写真左は国道1号線となります。

Dscf3152

この付近が旧東海道を示す案内もありました。後ろは工場のプラントのようです。

Dscf3153

こちらで、旧街道は国道1号線から分岐することになります。こちらの写真のように哀愁感漂う道となります。

Dscf3154

こちらのお寺さんでは、ありがたい講話の記載がありました。

Dscf3155

法光寺山門前は、このようになっています。

Dscf3156

さらに数分、岡崎宿方向へ進むと、こしらのモニュメントがありました。

Dscf3157

石碑には、岡崎城下二十七曲りの案内がありました。薄く写真撮影をしている当方が写っています。

2019年8月19日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その117

Dscf3142

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前11時過ぎには旧東海道岡崎宿手前まで来ていました。東名高速走路を潜った後、岡崎宿方向へ進んでいくと、こちらの手製案内板がありました。この板を見て、道を間違えたことを認識しました。まだ、午前11時過ぎでもあり、少々、引き返してみます。

Dscf3143

こちらが引き返す道となります。上は東名高速道路のはずです。

Dscf3144

高速道路を潜って、振り返って撮影しています。先ほどは、写真右の石垣の上の道路を通過して道を間違えてしまいました。納得できたので、再度、こちらの道を利用して高速道路を潜ります。

Dscf3145

高速道路下には、こちらの案内板がありました。高さ制限が縮小されています。盛り土のようになったことでしょう。

Dscf3146

東名高速道路を潜り、先へ進みます。写真右に松並木のようなものがあります。

Dscf3148

さらに陸橋を潜ります。

Dscf3149

前方右にも松並木があり、旧街道を伺わせます。

 

2019年8月18日 (日)

イニシエーション・ラブ---DVD

Dvd

文庫本のイニシエーション・ラブを再読したのは、こちらのDVDを見るのが目的でした。勿論、書籍の内容は十分に理解しているはずです。本の内容を、どのような型で映像化するのか、以前より気になっていました。いつかレンタルビデオ屋さんで借りようと思っていましたが、アマゾンのポイントがあったのでレンタル落ちのものを購入し入手しました。ラベルには以下の記述があります。

乾くるみのベストセラー小説を堤幸彦監督が映画化。1980年代後半の静岡と東京を舞台に、Side-AとSide-Bの2編で綴られるラブストーリーが、物語の最後で全く別の意味を持つミステリーへと変貌する。松田翔太、前田敦子、木村文乃が共演。

舞台となった1987年は当方も「男女7人秋物語」の放映を見ていた時代でもあり、非常に懐かしく思いました。当時の生活様式がDVD内で再現されています。少々、書籍と異なるのは登場するクルマがホンダ・シティではなく、トヨタ・スターレットであること、ラストシーン程度でしょうか。ホンダ・シティもトヨタ・スターレットも大学同級生が使用していました。特にスターレットは赤の1300Sが人気があった記憶があります。

映画としては、やはり、あのような作りとなるのでしょう。書籍でのラストとは少々、異なった表現となっています。書籍では、最後の2行で大どんでん返しとなり再読を与儀なくされますが、映画では2回見る必要性はなさそうです。最後に全て謎解きがあります。

繭子に関しては、少々、当方が描いていたイメージと前田敦子が演じるものに解離がありました。もっと童顔の女優さんをキャスティングしても良かったかと思います。それでも、前田敦子の眼の表情には少々の女優根性を垣間見ることができます。男女7人夏物語に出演していた片岡鶴太郎、手塚理美が最後に出演するのは、ご愛嬌といったところでしょうか。

前半の鈴木を演じる森田甘露がいい味を出しているのですが、書籍にあった繭子への心情描写には物足りなさを感じます。やはり、書籍の方が映像を押し付けられることなく、想像力を膨らませて楽しむことができるようです。

2019年8月17日 (土)

イニシエーション・ラブ---文庫本

Photo_20190813201701

今回は、こちらの本を選択しています。乾くるみ氏の「イニシエーション・ラブ」です。本の帯には以下のように紹介されています。

僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて…。甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説―と思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。「必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。

この本は7-8年前に、「かめさん」から高校同窓会の時に手渡されたものです。初回は、その隠された意味も分かりませんでした。再読で、「あれっ」と思い、直ちに3回目を歴史年表を作るように読書したのを覚えています。そして、今回が4回目の読書となります。勿論、ネタは知って理解しているつもりです。では何故、今回、4回目の読書をするのでしょうか? そのミステリーが始まります。

2019年8月16日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その116

Dscf3129

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前10時半過ぎには現在の岡崎市大平付近に居ました。こちらは、大平一里塚の案内板です。案内には、日本橋から80里にあたること、領主が築いたこと、昭和3年の道路改修の際に北側の塚は破壊されたこと、榎が植樹されていたこと等の記載があります。

Dscf3130

こちらが現存する南側の一里塚となります。

Dscf3131

岡崎観光きらり百選にも選ばれているようです。

Dscf3136

さらに岡崎市街方面へと進むと、旧東海道は国道から分岐するのです。写真左が国道、右が旧東海道となります。

Dscf3138

国道1号線には歩道の設置がないようです。案内板には、東名高速をunder passするような記載があります。後から判明したのですが、この記載で間違いを起こしました。

Dscf3139

本来の旧街道は、写真左の樹木方向となります。小さく自転車に乗車した人が写っている方向です。しかし、当方はそれとは気づかず、白い建物方向へ行ってしまいました。

Dscf3141

そして、こちらのトンネルから東名高速を潜ったのでした。

2019年8月15日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その115

Dscf3112

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。 5/28午前10時半頃には旧東海道藤川宿から岡崎宿へ向かって歩いていました。現在の岡崎市大平町付近にいたものと考えます。岡崎大平郵便局前に来ました。赤いポストの横に何か案内があります。

Dscf3113

案内板には、「西大平藩陣屋跡 大岡稲荷社」とあります。

Dscf3114

その下には、「ようこそ東海道 西大平藩陣屋跡」と彫られた傍示石もありました。90mですので、行ってみることにしました。

Dscf3115

案内には、「大岡裁きで名高い大岡越前守が、1万石の大名となってから明治まで、西大平藩主大岡家の陣屋が置かれたことろです」とあります。

Dscf3116

こちらが、陣屋跡の正門のようです。ちょっと、中に入ってみましょう。

Dscf3121

こちらの案内には、「大岡忠相は旗本でしたが、72歳の時に前将軍吉宗の口添えもあり、寛永元年(1748年)閏10月1日に三河国宝飯、渥美、額田3郡内で4080石の領地を加増され1万石の大名となりました」とあります。また、以後明治時代の廃藩置県まで7代にわたり領地を治めたこと、大岡家は、江戸に常駐する定府大名で、参勤交代がなかったこと等の記載もあります。

Dscf3122

こちらの案内板には、大岡越前守忠相に関しての記載があります。吉宗のもとで江戸町奉行として、享保の改革を断行する原動力となったこと、目安箱、小石川療養所設置、町火消しの組織化等の記載もあります。いずれも教科書で習った内容です。でも相対済し令って何だ、記憶にありません。

Dscf3124

陣屋跡には、井戸の跡もあるのでした。生活感が出ていますね。

2019年8月14日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その114

Dscf3097

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前10時過ぎには旧東海道藤川宿から岡崎宿へ向かって歩いていました。大平川神社を散策した後、岡崎市大平橋北の交差点まで戻って来ました。写真正面が旧東海道となります。写真右には薬師寺があるようです。

Dscf3098

交差点を渡りました。東海道の案内板と傍示石があります。薬師寺の方では、その壁を清掃しているようです。石垣の上に人が立って何か、作業をしています。

Dscf3099

こちらが、東光山薬師寺の正面のようです。

Dscf3100

掲示板には、ありがたいお言葉が記載されていました。

 

Dscf3101

薬師寺を過ぎて直ぐに、こちらのような純和風家屋がありました。何かと思い、少々、近づいてみました。

Dscf3102

玄関上には、「鈴木歯科」とあります。純和風建築の歯医者さんでした。でも、何だか、チョット、入り難い雰囲気があります。

Dscf3103

 

歯科を過ぎると、常夜燈がありました。消防団詰め所の隣となります。とってもマッチングが良いですね。

2019年8月13日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その44

20190702

2019年7月1日から7月31日までjoggingで115Km走っています。7月も6月同様、joggingで100Km超えとなりました。

今回の仮想乗車区間は、青い森鉄道八戸駅から同盛岡駅まで乗車したと仮定します。この間は107Km、駅数は22駅です。残は15Kmとなります。

前回の条件で乗車すると仮定すると、八戸8:53分発、盛岡駅10:49分着となります。料金は¥3040で、所要時間は乗車116分、乗り継ぎはありません。

この付近で知っている地名は、南部、盛岡程度です。南部は鉄器で有名ですよね。盛岡は岩手県の県庁所在地として認識しておいます。いずれの土地にも行ったことはありません。一度、東北地方を訪れてみたいと思っています。

Marathon20190702

さて、万歩計の7月の結果です。6月の結果では、総歩行数は約16.9万歩、消費カロリーは約4300Cal、歩行距離は93.3Km、脂肪消費量は250gとのことです。7/10と7/20は記録がありません。7/10は万歩計の電池切れ、7/20は台風のような雨で記録がありません。

こちらの記録は、歩数他が殆ど6月のものと同様です。殆ど、単調な生活をしていることの裏付けのようです。まあ、年齢を重ね保守的になってきたようです。 

2019年8月12日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その113

Dscf3080

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前10時前には旧東海道藤川宿から岡崎宿へ向かって歩いていました。現在の岡崎市大平橋乙川付近に居たと思います。旧東海道を散策すべく少々、街道を逆走しています。こちらが、この付近の旧東海道となります。

Dscf3085

乙川の河原に到着しました。やはり、馬が草を食んでいるのでした。見難いですが、写真中央に白い馬がいます。

Dscf3088

乙川の流れです。この付近でYの字のように川が合流しています。

Dscf3091

河原付近には、大平川神社がありました。こちらが、その全体像となります。

Dscf3092

大平川神社の案内板があります。それによると、この付近で堰になっているようです。この「堰から分流した水が大平の田畑をうるおした」との記載があります。

Dscf3094

神社内には、こちらの顕彰碑がありました。

Dscf3095

写真右のように、こちらの顕彰碑には、「大岡越前守縁りの---」の文字が見えます。「へーっ、そうなんだ」なんて思いながら顕彰碑を見ているのでした。

2019年8月11日 (日)

功名が辻---第2巻

2_1

前回に引き続き、今回も司馬遼太郎氏の「功名が辻第2巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

木下藤吉郎(豊臣秀吉)の手についた伊右衛門の出世は、遅々としてならない。そして日の出の勢いだった織田家に転機がきた。信長が本能寺で斃されたのである。跡目をねらう諸将の中で、いち早くとび出したのは秀吉であった。伊右衛門にも運がむいてきた。四十歳を目の前にして、彼はやっと大名になった、わずか二万石の…。

さて、こちらでも気になり付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「古来、妙なことだが陰気な大将が勝った例はまれである」記述、p36。

「運、不運は事の表裏にすぎない。裏目が出ても、すぐいいほうに翻転できる手さえ講ずれば、なんでもないことだ」記述、p52。

「それに、秀吉のほめ上手は、間をおなぬことだ。即座にほめる」記述、p66。

「私(千代)は少女のころから、自分の運命を切り開こうとしない男に、魅力を覚えなかった」記述、p101。

「夫婦とは妙なもので、知らず識らず人間の好き嫌いについては互いに影響しあい、同化しあうことを千代は知っているから、ここは慎んだ」記述、p270。

「人間、物の言い方1つで随分と無用の手傷を人に負わせるものだ」伊右衛門の言葉,p276。

「一豊様は一豊様なりにご自分の場所にお座りあそばしていればいいのでございます」千代の言葉、p306。

こちらの本にも非常に重みのある言葉がありました。山内一豊という凡庸な武将が出世できたのもの、この千代の存在が非常に大きいのです。まさしく内助の功という言葉は、この千代のためにあるような言葉なのです。

 

今日の昼食

Imgp2149

今日の昼食は、高岡町にある「うなぎ処もりやま」で頂戴しました。出発が遅れ11:40分頃に到着しました。

Imgp2147

11:00開店ですが、11:40分の時点で2組待ちの状態で店外で待機していました。当方はうな丼を注文しようと思っていました。

10分程度、待機していたら席が空き、座敷に案内されました。漬物とお茶が出て、うな丼を発注です。

Imgp2157

こちらが、そのうな丼です。こちらが出てきたのが12:05分頃だったでしょうか。うなぎは勿論、ご汁、漬物も非常に美味しいのでした。

こちらの店舗のうな丼は、以前、仕出しとして食べたことがありました。うなぎを食べて初めて美味しいと感じたものでした。ということで、1年超しで店舗までクルマを約1時間運転して来たのでした。

うな丼を食べていると、12:15分には、「本日、昼の分は完売です」と後からくる客に案内する声が聞こえました。食べられてラッキーでした。細君も「美味しかった」と言っていました。偶には、贅沢もOKでしょう。

2019年8月10日 (土)

近所の散策2019---立秋過ぎ1

Imgp1523

早期水稲の定点観測は先週で終了したので今後の週末は近所の散策とします。こちらは朝のjogging中に見かけたネギ坊主のような植物です。正式名称は知りません。jogging course沿いにあったので撮影しました。

Imgp1525

その横にはユリ科の植物も開花していました。過去にも同様にこちらの植物を撮影した記憶があるのですが、やはり、名称は覚えることが出来ません。いずれも、10年程度前に購入したPanasonic製デジカメFZ-7ではfocusが甘く撮影できず、一眼レフを用いて撮影しています。

 

さて、今朝も午前5:30分頃には自然と目が覚め、一人で朝食を摂り(細君は起きてこない)、午前6時過ぎから約6Kmのjoggingへ出掛けています。8/8が立秋でしたが、朝夕のjoggingの際に吹く風に秋を感じ取るようになりました。今朝も同様です。何だか風が変わったような気がするのです。勿論、インプリンティングでそのように思い込んでいるだけかもしれません。

 

3連休の初日である本日の予定は歯科受診のみです。今日も含めてあと3回は受診する必要性があるようです。歯科受診まで週末の雑用をして過ごします。

2019年8月 9日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その112

Dscf3058

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前9時半過ぎには旧東海道藤川宿を過ぎ岡崎宿へ向かって歩いていました。乙川付近に居たことになります。この時期、この付近では田植えの準備をしているようです。南九州の早期水稲と比べると約2ケ月遅れの田植えとなります。水田にはトラクターが入っているのでした。

Dscf3059

東海道の道標はやや傾斜しているのででした。

Dscf3060

旧東海道には橋梁が掛かっていないため、国道一号線へ迂回して乙川を渡ることになります。旧東海道は右折するようになります。道端にはマネキンが立っているのですが、何の意味があるのでしょうか?

Dscf3061

乙川の河原には何故が肢体の良い馬がいるのでした。こちらもその存在の意味が判りません。

Dscf3064

国道1号線に掛かる橋梁を利用して乙川を渡った後、大平横断歩道橋を昇降し、旧東海道まで来ています。「この先通り抜けできません」と記載されているのが、旧東海道となります。チョット、戻ってみることにしました。

Dscf3074

すると、このような案内板がありました。

Dscf3075

一部を拡大して撮影しています。当方は国道1号線を渡り、現在地付近まて来ています。これから、旧東海道と記載されている緑色の道を江戸方面へ戻って、旧街道を散策することにしました。

 

2019年8月 8日 (木)

旅の思い出---博多観劇旅行その5

Cimg8728

019年7/6-7/7と博多座で上演される三婆観劇目的で博多へ旅行しています。7/7午前5:30分頃から旅先の早朝joggingへ出かけています。 午前6時半前には櫛田神社付近に到着していました。こちらが櫛田神社の鳥居となります。献燈パナソニックグループと提灯に記載されています。とういえば、浅草寺雷門の大きな提灯下部にも松下電機の文字がありましたよね。何か、関連があるのでしょうか?

Cimg8729

鳥居から櫛田神社方向へ参道を走ります。すると、前方右に当方の細君(結婚当初より約20Kgは体重が増加しているはずで細くはないのですが)が歩いていました。ホテルの部屋はシングルのため、当方がjoggingへ出かけていることは知らないはずです。細君も年齢を重ね朝早く、目が覚めてしまうようです。櫛田神社で一旦、別れて別行動としています(当方はjogging, 細君は歩行のため)。

Cimg8730

こちらが櫛田神社正面となります。写真横には、博多祇園山笠流れ山の桟敷席が準備されています。当方が訪れた1週間後に流れ山の本番となるのです。

Cimg8731

こちらが、流れ山の開始を伝える太鼓となります。7/14午前4:59分に出発の太鼓が打たれるはずです。地元の時計屋さんがその任を担っているはすです。以前、TVで放送していました。

Cimg8732

桟敷席の案内板がありました。恐らく、「あ」「い」の席が最も良い席のはずです。

Cimg8733

7/12の追い山ならし桟敷席が発売中でした。こちらは流れ山のリハーサルのはずです。

Cimg8734

こちらが、桟敷席の全容です。リフォームの際に使用する足場のようなもので臨時の桟敷席が設置されています。

この後、ホテルに戻り1階大浴場で汗を流しています。自室に戻るべくエレベーターを待っていると、再度、細君と一緒になりました。細君も入浴していたようです。同じドンゴラに乗り、自室へ戻るのでした。この日、2回目の奇跡でした。

2019年8月 7日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その111

Dscf3048

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前9時過ぎには旧東海道藤川宿を過ぎ、岡崎宿へ向かって歩いていました。進行方向に遠く松並木が見えるのですが、こちらの旧東海道には横断歩道がありません。通常、旧東海道沿いには横断歩道があるのですが、仕方がないので横断歩道のある交差点まで移動して、こちらの道路を渡っています。

Dscf3049

この付近の旧東海道では、若干の松並木が残存しているのでした。

Dscf3050

ブロック塀の最上段部分に旧東海道を示すプラスティックプレートがありました。

Dscf3051

さらに旧街道を進むと、再度、横断歩道のない道路の交差しているのでした。こちらでも、無理に横断することなく、左右どちらかの方向へ迂回して交差点を渡っています。

Dscf3053

田園地帯に入ってきたようです。小さな川を渡ります。写真は割愛しますが、「たはかし」のプレートが橋の袂にありました。

Dscf3056

こちらの看板から、この小さな川の名称が乙川であることが判ります。河川美化が進んで、ホタルや魚は棲んでいるのでしょうか?

Dscf3057

写真左に廃車置き場があるよですが、旧東海道のこの付近では長閑な道路となっています。写真右には国道1号線が走っているはずです。

2019年8月 6日 (火)

旅の思い出---博多観劇旅行その4

Cimg8721

2019年7/6-7/7と博多座で上演される三婆観劇目的で博多へ旅行しています。7/7午前5:30分頃から旅先の早朝joggingへ出かけています。午前6時前には大博通りの博多湾付近に居ました。こちらは、今までに会議で何度も来た福岡国際会議場です。

Cimg8722

左手方向には、大相撲が開催される福岡国際センターもあります。こちらも会議の会場として訪れたことがあります。

Cimg8723

博多湾に到着しました。博多ポートタワーが遠くに見えます。天候は曇天でしたが、雨はありませんでした。

Cimg8724

福岡国際会議場の奥には、マリンメッセもあります。こちらも、会議で訪問したことがあります。博多で大きな会議がある場合には、こちら付近を使用することが多いのです。

Cimg8727

博多ベイアリアからホテル方向へ引き返して来ました。こちらにも、異なる町の山車があるのでした。

2019年8月 5日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その110

Dscf3033

2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前9時前には旧東海道藤川宿松並木付近に居ました。こちらは、歩いて来た松並木を振り返って撮影してます。松のトンネルのようになっていることが判ります。

Dscf3035

更に西方向へ進んで松並木を撮影しています。写真左に大きな石灯篭があります。秋葉山の常夜燈か否かは確認できませんでした。

Dscf3038

さらに少々、進むと藤川宿の案内板があるのでした。

Dscf3040

4回目の振り返り撮影です。写真左が国道1号線、右が旧東海道となります。こちらで、分離、合流しています。写真右端にはおじさんが長閑に塀に付いた草を刈っているのでした。勿論、当方も長閑に歩行しているのです。

Dscf3041

こちらは進行方向を撮影しています。写真左の細い道が歩を進める旧東海道となります。左は国道1号線です。

Dscf3046

「止まれ」の道路標識の先に、松並木のようなものが見えます。こちらが進むべき旧街道であることが推測されます。少々、旧東海道徒歩の旅に慣れてくると、このような直観が働くようになります。

Dscf3047

東海道の道標がありました。正しい目的の道を歩いていることが確認できました。安心しながら旧街道を進みます。

2019年8月 4日 (日)

功名が辻---第1巻

1

今回は、司馬遼太郎氏の「功名が辻---第1巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

天下にむかってはなばなしく起ち上った織田信長の家中に、ぼろぼろ伊右衛門とよばれる、うだつの上らない武士がいた。その彼に、賢くて美しい嫁がくるという…伊右衛門は妻千代の励ましを受けて、功名をめざして駈けてゆく。戦国時代、夫婦が手をとりあってついには土佐一国の大名の地位をえた山内一豊の痛快物語。全四冊。

こちらの本でも付箋を付けた箇所を抜粋してみましょう。

「おだてられれば、七の能力の者もおのれに自信を得て十ほどの力を出すこともあるのだ」記述、p103。

「千代はのんき育ちでござますから、さきざきのことは陽気に考えております」千代の言葉、p110。

「妻が陽気でなければ、夫は十分な働きはできませぬ。夫に叱言をいうときでも、陰気な口からいえば、夫はもう心が萎え、男として気おいこみを失います。おなじ叱言でも陽気な心で言えば、夫の心がかえって鼓舞されるものです。陽気になる秘訣は、あすはきっと良くなる、と思いこんで暮らすことです」千代の言葉、p111。

「亡き殿(山内一豊の父)も申された。持場持場で懸命ならば武運はひきよせられてくるものじゃ、と」一豊の家来の言葉、p127。

「人間、身を寄せる大将によって生涯の運不運が決まるものだ」一豊の言葉,p140。

 

山内一豊の妻、千代の言葉が心に浸みます。内助の功ですね。こちらの本は当方が読むより、誰かさんが読むべきでしょう。

 

 

 

2019年8月 3日 (土)

稲の定点観測2019---その19

P1090129

毎週末観測している宮崎平野の早期水稲の定点観測地点です。本日、午前7時過ぎに撮影しています。いつもの山の上にはやや厚い雲が掛かっています。ただ、本日の天気予報も晴天です。

P1090130

早期水稲の方は、既に刈取り、収穫が終了していました。恐らく7月中に収穫されたことでしょう。今年も宮崎米の作況指数はどのような数字になるか楽しみです。少なくとも100を大きく下回ることはないでしょう。

P1090126

こちらは、jogging中に見かけた柑橘系の果実です。カボス、ヘベスの類でしょうか。

P1090128

海鮮茶屋うを佐の生垣には、こちらの花が開花していました。画像検索で花の名称が判るでしょうか? 検索の仕方も知りません。

 

さて、今朝は午前5時半過ぎに起床し、「題名のない音楽会」を見ながら朝食を頂いています。まあ、音楽のような高尚な趣味は当方にはありません。細君(かつては細かった)が見ているのを、横でボーッと見ているのみです。その後、約3Kmのjoggingへ出掛けています。

たった3Kmのjoggingですが、結構な汗が出ます。直ぐにシャワーを浴び、洗濯しています。

今週末も特別な予定はありません。暑いので自室に閉じこもって過ごすことになりそうです。現在は、少々の風があり窓を開けています。エアコンに休息を与えているのです。

2019年8月 2日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その109

Dscf3020
2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/26午前8時半過ぎには旧東海道富士川宿付近に居ました。現在の愛知県岡崎市藤川付近となります。芭蕉句碑を過ぎると、何か傍示石がありました。石碑自体の文字は判読不可能です。木製案内板を見てみましょう。
Dscf3021
木製案内板もかなり劣化が進み、表題以外の判読は困難です。表題には「吉良道道標」と記載されているようです。上記写真の左方向が吉良道となるようです。
Dscf3023
道標を少々、通過して振り返って撮影しています。当方が進むべき道には、東海道の文字が見えます。岡崎東高校へ向かう道が吉良道となります。そうそう、岡崎東高校は全国的に有名な進学校であったはずです。
Dscf3024
さらに旧東海道を進むと、名鉄名古屋線踏切と交差します。
Dscf3025
この付近に、こちらの案内板がありました。「岡崎市指定文化財 天然記念物 藤川のまつ並木」とあります。案内には、約1Kmの間に90本のクロマツが植えられていることが記載されています。
Dscf3027
踏切を渡ります。恐らく、豊橋方向を撮影したものと推定しますが、間違っているかもしれません。
Dscf3030
こちらが、藤川の松並木となります。少々、道幅が狭く、現在となってはクルマが通行するので、歩行者にとってはやや歩きづらいものとなっています。江戸時代には、この道幅全体が歩道だったのですが。

 

2019年8月 1日 (木)

世界の果てまでイッテQのカレンダー---8月

Iq201908

世界の果てまでイッテQのカレンダー8月は、宮川大輔さんの「人間の塔祭り」とのことです。スペインで撮影されたようです。

こちらのon airも観ていないような印象です。近くの温泉に行っていたからでしょう。最近では、子供達が巣立ち、老夫婦二人だけが取り残され、こちらの番組もあまり見なくなっています。最近では、温泉から帰宅すると高尚な細君はEテレの「日曜美術館」なる番組を観ているのです。当方にはチャンネル選択権はありませんので、黙ってそちらの番組を観ることになるのですが、勿論、意味が判りません。

さて、今年の梅雨は空梅雨かと思うほど、7月上旬までは雨が降りませんでした。しかし、中旬を過ぎ漸く梅雨らしくなっています。7月中旬過ぎの大雨も梅雨上がりまえの大雨といったことろでしょうか。

さて、8月です。連年の焼けつくような太陽が戻っていることでしょう。当方、あのギラギラとした太陽が嫌いではありません。でも、暑い日中はエアコンの効いた涼しい自室で、ゴソゴソしているのが例年の夏の過ごし方となります。

« 2019年7月 | トップページ | 2019年9月 »

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック