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2019年8月11日 (日)

功名が辻---第2巻

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前回に引き続き、今回も司馬遼太郎氏の「功名が辻第2巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されています。

木下藤吉郎(豊臣秀吉)の手についた伊右衛門の出世は、遅々としてならない。そして日の出の勢いだった織田家に転機がきた。信長が本能寺で斃されたのである。跡目をねらう諸将の中で、いち早くとび出したのは秀吉であった。伊右衛門にも運がむいてきた。四十歳を目の前にして、彼はやっと大名になった、わずか二万石の…。

さて、こちらでも気になり付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「古来、妙なことだが陰気な大将が勝った例はまれである」記述、p36。

「運、不運は事の表裏にすぎない。裏目が出ても、すぐいいほうに翻転できる手さえ講ずれば、なんでもないことだ」記述、p52。

「それに、秀吉のほめ上手は、間をおなぬことだ。即座にほめる」記述、p66。

「私(千代)は少女のころから、自分の運命を切り開こうとしない男に、魅力を覚えなかった」記述、p101。

「夫婦とは妙なもので、知らず識らず人間の好き嫌いについては互いに影響しあい、同化しあうことを千代は知っているから、ここは慎んだ」記述、p270。

「人間、物の言い方1つで随分と無用の手傷を人に負わせるものだ」伊右衛門の言葉,p276。

「一豊様は一豊様なりにご自分の場所にお座りあそばしていればいいのでございます」千代の言葉、p306。

こちらの本にも非常に重みのある言葉がありました。山内一豊という凡庸な武将が出世できたのもの、この千代の存在が非常に大きいのです。まさしく内助の功という言葉は、この千代のためにあるような言葉なのです。

 

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