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2019年9月

2019年9月30日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その151

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午後0時半過ぎぎには旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。現在の名鉄名古屋本線中京競馬前駅付近に居たことになります。「服部幸平家宅の倉」の案内がありました。「倉」は本来、「蔵」が一般的だと思うのですが。

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こちらの蔵の前で、観光客は記念写真を撮影するのでした。当方は、その記念撮影をする様子を撮影しています。

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服部家住宅の案内もあります。案内では、「服部家は1790年創業の絞問屋で、屋号を井桁屋という」とのことです。創業以来220年以上を経過していることになります。

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こちらが、服部家住宅と店舗となります。

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店舗には、井桁屋の屋号と藍染絞りの文字が見て取れます。

 

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こちらが、有松絞の顕彰碑となるようです。

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説明文には、「1608年に移住して来た竹田庄九郎が創始したといわれる」との記載です。

2019年9月29日 (日)

OUT---上巻

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今回は、こちらの本を選択しています。桐野夏生氏の「OUT---上巻」です。本の帯には以下のように紹介されています。

深夜の弁当工場で働く主婦たちは。それぞれの胸の内に得体の知れない不安と失望を抱えていた。「こんな暮らしから抜け出したい」そう心中で叫ぶ彼女たちの生活を外へ導いたのは、思いもよらぬ事件だった。なぜ彼女たちは、パート仲間が殺した夫の死体をバラバラにして捨てたのか?犯罪小説の到達点!

こちらの本は、推理小説ですので、有益な言葉は少ないです。今回、唯一、付箋を貼付した箇所を抜粋してみます。

「誰も信用しなくって生きていくなんて、そんなことはできないよ。だって、それは自分を信用してないってことじゃないか」クラブ中国人マネージャーの言葉、p363。

こちらの本は、怖いです。バラバラ殺人事件が発生するのです。ですから、この本を読書する前にはそれなりの準備をしていました。がばい婆ちゃんシリーズを読書していたのは、この本を読むための準備だったのです。

こちらの本も平成という時代を描いた小説として紹介されていた新聞記事から知り、古本屋さんで入手しました。こちらの桐野夏生氏のことは、全く知りませんでしたが、文章の記述は引き込まれるものがあります。同氏は、1999年、「柔らかな頬」で第121回直木賞を受賞された実力者のようです。怖い記述のあった上巻は読了ですので、下巻の展開に期待します。なかなか、良く出来ている推理小説です。

2019年9月28日 (土)

インプレッサG4 1.6iL Eye-Sight---走行距離23456Km

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インプレッサG4 1.6iL Eye-Sightの走行距離が23456Kmとなりました。yhideさんの好きな並び数字です。昨日、歯科受診後に、この数字になりそうだったので、自宅までやや遠回りをして帰ってきています。本日はクルマを未だ運転していないので、この数字のままのはずです。

さて、9月3回目の3連休の中日となりましたが、あまり生産的なことはしていません。本日は午前5:30分頃に起床して朝食を頂き、空を眺めていました。7時ころに少々、雨が上がったので約3Kmのjoggingへ出かけています。その後は、仕事用の本を読み、それをExcelの計算式に起こしていました。といっても四則演算程度で済むものです。そろそろラグビーの試合が開始されそうですが、観戦するかどうしようかと考えています。

 

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その150

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午後0時半過ぎには旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。現在の名鉄名古屋本線中京競馬前駅付近に居たことになります。

有松鳴海絞会館がありました。この辺りは藍絞りが有名なようです。

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こちらの会館の敷地前に、「有松桶狭間めぐり」なる案内板がありました。

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現在地は、赤く記載されています。こちらの地図で、赤は戦いの道、緑は町並の道、青は絞りの道を示しているとのことです。

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戦いの道を示す赤の道は、信長の進路を示しているようです。

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近くには、名古屋市有松町並保存地区なる案内板もありました。こちらの案内板の右下には、

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広重の東海道五十三次鳴海(名物有松絞)の浮世絵がありました。

 

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こちらが、高校同級生に頂戴した浮世絵の葉書です。

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案内板には、代表的な絞商の特徴なるものもありました。

2019年9月27日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その149

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29正午

過ぎには旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。現在の名鉄名古屋本線中京競馬場前駅付近に居たことになります。前方に旧街道が見えてきました。この付近で旧街道は国道1号線から分岐することになります。大将ケ根信号の横断歩道を渡りました。

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旧街道を進むと、国道1号線の喧騒とは打って変わり交通量の少ない道路となっています。ナマコ壁の蔵もあるのでした。

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さらに進むと、愛知県絞工業組合なる看板を掲げた家屋には「ありまつ」の暖簾があります。この付近を有松というようです。

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格子には、東海道有松と記載され、ムーミンの登場人物の漫画も記載されています。恐らく、この地域に居住する子供達が描画したのでしょう。

 

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有松山車会館と記載されている建物が見えてきました。

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その前には、東海道、大府行県道の文字も見えます。

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こちらの山車会館の前の案内文です。文章中頃に、「現在は上山をおろした状態で収容、格納している」との文字があります。

2019年9月26日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その148

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29正午前には旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。現在の豊明市の史蹟桶狭間古戦場に居ました。こちらの石柱には、「今川上総介義元戦死所」と刻まれています。 

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案内板によると、今川義元が戦死した場所を示す最も古いものであるとのことです。 

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こちらが、今川義元の墓となるようです。

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案内によると、以前は塚であったようですが、明治9年に墓が建立されたようです。

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古戦場敷地内にあった案内板の地図を撮影しています。中京競馬場前駅のすぐ近くに位置することになります。

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古戦場の対側には、「Big K」と記載された建物がありました。

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その建物の全体像がこちらの写真となります。チョット、調べてみると「Big K」とは藤田啓介氏のことのようです。現在の藤田医科大学の創始者で、先ほどのこころケアセンターも、その関連施設のようです。そういえば、前回のブログの中京競馬場入口付近に「藤田外科」なる建物もありました。これも関連施設かもしれませんね。

 

2019年9月25日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その147

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前11時過ぎには旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。名鉄名古屋本線前後駅に到着しました。どうやら前回ブログの一里塚の前後が駅名になっているようです。 

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駅前ロータリーには桶狭間古戦場まつりの垂れ幕がありました。

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バス停には、藤田保健衛生大学病院行きの案内もありました。現在は、藤田医科大学と改称されているようです。この「藤田」も今後のkeywordとなります。

 

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前後駅を過ぎて、中京競馬場の前を通過します。

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すると、何やら立派な建物が見えてきました。看板には「桶狭間病院 藤田こころケアセンター」とあります。

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折角ですから、古戦場伝説地に行ってみます。

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石碑には、「史蹟桶狭間古戦場」とあります。

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案内板には、「この地は、永禄3年(1560)5月19日 今川義元が織田信長に襲われ戦死した所を伝えられ、田楽狭間あるいは舘狭間と呼ばれた」とあります。

2019年9月24日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その146

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前11時頃には旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。現在の名鉄豊明駅付近に居たようです。阿野一里塚の案内で電柱と看板に見えてきました。旧街道は写真左方向となります。

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旧街道に入ると直ぐに、こちらの防災倉庫がありました。

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金網の内側には、博物館に展示されていそうな手動のポンプ車があるのでした。防災倉庫というには、ちょっと、違和感を感じます。

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防災倉庫を過ぎ、2-3分の歩行で阿野一里塚に到着です。

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案内には、愛知県内に4ケ所、一里塚が現存するようですが、左右とも残っているのは、こちらのものと知立市のみとの記載です。

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一里塚の敷地内には、句の説明文もあります。「一里塚から「前後」に向かって」との記載がありますね。今後、この「前後」という言葉がポイントとなるようです。

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句を刻んだ石碑のはずです。

2019年9月23日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その145

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前10時過ぎには旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。名鉄名古屋本線富士松駅付近に居たことになります。富士松駅を過ぎてから、旧東海道はこちらのような写真となります。

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再度、国道1号線と交差することになります。こちらの歩道橋を渡ります。歩道橋には刈谷市今川町とあります。今川義元のお膝もとでしょうか?

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10分程度、旧街道を進むと、こちらの案内がありました。旧東海道は、これから地下道を通過するようです。親切な案内に感謝します。まあ、このような案内があるということは、ある程度の数の人が旧東海道を歩いているということの裏返しと思います。

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案内通りに進むと、この写真のような地下道がありました。進みます。

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地下道の後は、橋を渡ります。境橋というようです。橋の由来が記載されていました。こちらの境川は、尾張と三河の境なのでしょうか?

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こちらが、その境橋となります。結構、立派な橋梁となります。

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境川を渡ると、反対側に同じような案内があったのでした。

2019年9月22日 (日)

仮想日本縦断鉄道の旅---その45

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2019年8月1日から8月31日までjoggingで136Kmを走りました。8月も7月同様、100Km越えとなりました。何故かというと、他にすることもないので早朝出勤する必要性がない場合には、出勤前に朝も走っているからです。

今回の仮想乗車区間1は、JR盛岡駅から山田線宮古駅まで乗車したと仮定します。この区間は距離102Km、駅数は5駅です。料金は¥1940で乗り換えなしの乗車124分とのことです。

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仮想乗車区間2は、同宮古駅から三陸鉄道リアス線岩手船越駅まで乗車したと仮想します。この区間は距離32Km、駅数は7駅です。料金は¥920で乗り換えなしの乗車46分とのことです。2つの区間を合計すると134Kmとなります。残は17Kmです。

前回の条件で乗車したと仮定すると、盛岡駅11:05分発、宮古駅13:09着、同駅14:13分発、岩手船越駅14:59分着となります。

東北地方に殆ど行ったことがない当方は、勿論、今回の区間も行ったことがありません。リアス式海岸という名称、東日本大地震で大きな被害があったことは知っています。一度、旅行してみたいものと考えています。

 

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さて、8月の万歩計の結果です。総歩行数は17.3万歩、消費カロリーは4300Cal、歩行距離は95Km、脂肪消費量は258gとのことです。

8/25は台風の影響だったでしょうか。こちらの結果も前月と殆ど同じ結果のようです。進歩がありませんね。

2019年9月21日 (土)

幸せは褒められた数・愛された量

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今回は、こちらの本を選択しています。武田鉄矢氏の「幸せは褒められた数・愛される量」です。古本屋さんを散策している際に偶然、発見しました。武田鉄矢さんのファンなので購入した次第です。アマゾンでは、以下のように紹介されています。

人の心に金の鉱脈をつくる褒め言葉、日常の生活のなかにかいま見える小さな愛の瞬間……。友達のこと、両親のこと、ふたりの娘のことなどなど。武田鉄矢が日ごろの生活を通して語るホットな人生、愛情エッセイ。

さて、こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「人間は、一生懸命やっている人間がいちばんカッコいいし、美しい」山田洋次監督の言葉,p11。

「青春時代にいくつ褒められたかで、人間の人生は決定するような気がする」山田洋次監督の言葉,p56。

「褒められた人の心のなかには、金の鉱脈ができるんだよ。自身とやる気という金の鉱脈が」記述, p59。

「他人に自分をわかってもらうことも大切だけど、自分で自分自身のことをわかるほうがもっと大切なんだ」記述,p77。

「明るさは人を魅きつける」司馬遼太郎の言葉, p78。

「自分の選んだ職業、職場に不満を持つことも多いと思う。でもね、働いているかいぎりは笑って仕事をしたほうが楽しいと思うんだ」武田鉄矢の言葉, p157。

「大きな目標を持って、人よりも遠くへ跳びたい人は、あせたりしちゃいけない。長い助走期間があったこそ、遠くへ跳べるんだ」記述、p165。

「子供を幸福にしたいなら、まず親の自分が幸福になることだ。不幸な親のもとで、幸福な子供は育たない」記述, p167。

「オレの持論は、”仕事には全力をつくせ”だからね」記述, p195。

「神様っていろいろな手抜きをするけれど、ひとりの人間に必ず1か所は、長所を授けてくれるものだと思うんだ」記述, p208。

 

巻末に武田鉄矢氏の御母堂イクさんの文章が掲載されています。母親としての愛情をひしひしと感じられる文章となっています。こちらの本は昭和58年(1983年)に発刊されたようです。今から36年前となります。当方もその頃は大学生でした。

Happy Flight Bisiness class edition---DVD

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映画「Happy Fight」のDVD business class editionを中古で購入しました。この3連休を過ごすのが目的です。Standard editionとの相違は、スピンオフ(spin-off)の画像が収録されているので、こちらのeditionを購入しました。first class editionはblu ray仕様のようです。当方はblu ray再生装置を所有していませんので、このような選択となりました。本編よりも、特典diskを先に見ようかと思っています。

さて、今日は朝から台風の影響で雨です。しかも、一時的に雨脚が強いこともあります。外出の予定はありません。妻は朝一番の飛行機で出張です。この3連休も充分に羽を伸ばせそうです。

2019年9月20日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その144

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前10時過ぎには旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。現在の刈谷市今川町付近に居たことになります。乗蓮寺前に来ました。何やら説明文があります。

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案内文には、樹齢850年のシイの木があるようです。幹の根元に大きな空洞があり、昔、タヌキが棲んでいたとの記載もあります。チョット、見に行って来ましょう。

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その前に現在地を撮影しています。名鉄名古屋本線富士松駅近くとなるようです。

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こちらが、そのシイの木のはずです。

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乗蓮寺を後にして富士松駅まで来ました。駅前をチョット、散策してみます。

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案内には、「桶狭間の合戦の後、今川勢が東海道を西へ急ぐ旅人を織田信長のまわし者として切り殺してしまった。これをみた村人は旅人を丁寧に葬り、そこに1本の松を植えた。この松が富士松という地名の由来にあたる」とあります。

2019年9月19日 (木)

ペットマト---ハバネロの生長記録2

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仕事場窓側で水耕栽培しているペットマトのハバネロの生長記録です。久しぶりの登場となりました。前回は8/23に記載しています。前日の8/22に種を蒔いてから発芽まで約4週間を要したことになります。実は、もう発芽しないものと諦めていました。

一昨日出勤した際に発芽したことに気づきました。嬉しかったです。全高は約7mm程度です。植物を苗から購入して来て移植することもありますが、当方は普通に種を蒔いて生長させるのが好きです。発芽を待つ時間が楽しいのかもしれません。実はハバネロの種は2つ蒔いています。もう一つも発芽するか否か楽しみです。

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その143

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前10時頃には旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。現在の刈谷市今岡町付近にいたことになります。案内板がありました。近づいて見ましょう。

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今まで通って来た旧東海道が示してあります。図のように旧東海道は一里塚付近と十王堂付近で歩道橋を渡るように記載されています。国道に不意に出現する歩道橋には意味があることがお判り頂けることでしょう。

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洞隣寺内へ入ってみることにしましょう。

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こちらのお寺さんは、この写真のように立派なものでした。

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洞隣寺を出て、旧街道を進みます。こちらの写真のような立派な建物がありました。何の建物かは不明です。

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こちらにも、旧東海道を示す木製案内がありました。助かります。

 

2019年9月18日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その142

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前10時前には旧東海道池鯉鮒宿から鳴海宿へ向かって歩いていました。現在の刈谷市今岡町付近に居ました。道を間違えてしまったのは、こちらの常夜灯を見落としたからです。正確には気づいていたのですが、一般家屋の敷地内にあったことから個人所有のものかと思ったのでした。やはり、この存在が旧街道を示すものだったようです。

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この付近では旧東海道は工場の間を伸びているのです。

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更に進むと国道1号線にぶつかりました。またもや、不意に古い塗装の剥げた歩道橋がありました。こちらも旧東海道を示す歩道橋となります。歩道橋には刈谷市今岡町と記載されています。

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歩道橋の上から、これから進むべき旧街道を撮影しています。

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旧街道を進むと、またもや常夜灯がありました。逆に言うと、現在の道が旧東海道であることを示していることになります。

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こちらの常夜灯は、洞隣寺前にあったものです。「めったいくやしいの墓」に関しては、こちらを参照して下さい。

 

2019年9月17日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その141

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前9時前には旧東海道池鯉鮒宿総持寺前に居ました。こちらは、その総持寺の楼門?なのでしょう。そういえば大阪にも総持寺という地名があります。何か関係があるのでしょうか?

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敷地内には、「徳川秀康之生母 於萬之方誕生地」なる石碑がありました。秀康とは家康の次男とのことです。

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逢妻橋を渡ります。

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数分の歩行で知立市から刈谷市に入りました。写真は逆光となっていた為、明度を調整しています。

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刈谷市に入ってすぐに、水素ステーションがありました。水素自動車用のステーションと思われますが、当方は初めてその存在を知りました。

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さらに少々、国道1号線沿いを歩いていると、不意に歩道橋がありました。このような歩道橋には意味があるのです。つまり、旧東海道を進むために架橋されていることが多いのです。

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歩道橋の付近には、このような住所掲示板があります。この付近で一里だったのでしょう。

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歩道橋を渡り、道路が分岐しています。写真右が旧街道なのですが、この時は、それに気づきませんでした。だから写真の時間が30分程度、離れています。道を間違えて直進してしまったのです。引き返して、こちらの写真を撮影しています。

 

2019年9月16日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その140

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前8時半過ぎには旧東海道池鯉鮒宿の知立古城址付近に居ました。古城址は、この写真のように今となっては公園になっているようです。

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京方面へ進むと先の案内板にあった地下道入口がありました。正式名称は、知立地下横断歩道というようです。

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地下横断歩道近くに、こちらの案内板がありました。「総持寺跡大イチョウ」との記載があります。こちらの樹木は、雌木で樹齢200年との記載があります。江戸時代から植わっていたはずです。

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大イチョウを撮影しています。たぶん、この樹木が大イチョウなのだと思っています。信じる者は救われるのです。

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さらに進むと知立神社参道入口となるようです。

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正面に知立神社らしきものがあることから、こちらが参道のようです。旧街道から真っ直ぐに繋がっています。

 

近所の散策2019---白露過ぎ

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久しぶりに一眼レフデジカメを持ち出して撮影して来ました。朝のjogging中に撮影する場所を考えておいて、先ほど自転車で撮影に行っています。撮影ポイントに行く前に、白と赤の彼岸花が開花しているころとを見つけ、早速、撮影です。クルマでの移動であれば、こちらの花に気が付かなかったことでしょう。徒歩とか自転車の移動での利点です。

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その後、撮影ポイントへ移動です。ハイビスカスが綺麗に開花しています。赤い花弁と後方の緑の葉のコントラスが綺麗です。

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同じ株のハイビスカスは雄蕊と雌蕊を中空に向かって突き出しているのでした。今日は天気が良く青空も綺麗です。

 

昨日は、DVDを見たりYoutubeを見たりして、なんとなく時間が経過してしまいました。本格的な活動に入ったのは夕方からの約2時間のみです。以前からの課題を少々、検討してみました。

 

今朝もいつも通りの午前5:30分には起床し、一人で朝食を頂き、午前6時頃から約6Kmのjoggingへ出かけています。外の空気が変化しました。早朝であったからでしょうか、湿度を殆ど感じませんでした。その後は、シャワー、洗濯、少々の読書、そして自転車で写真撮影です。

 

これからの時間は、昨日の課題の続きを少々することになるでしょう。3連休でしたが、あまり生産的なことはしていません。まあ、いいか。

 

2019年9月15日 (日)

がばいばあちゃんの幸せのトランク

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今回は、こちらの本を選択しています。島田洋七氏の「がばいばあちゃんの幸せのトランク」です。本の帯には、以下のように紹介されています。

「結婚は、ふたりでひとつのトランクを引いてくようなもの。ひとりじゃ重くて運ばれん」駆け落ち、貧乏漫才修業、東京進出、栄光と挫折―。どんなときも、ばあちゃんに励まされながら、律子夫人と歩んできた昭広の、爆笑と涙と感動の半生記。

さて、こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「結婚はね、ひとつのトランクをふたりで引っ張っていくようなもの。その中に、幸せとか、苦労とか、いっぱい入っているの。絶対、最後まで二人で運ばんといかんよ。ひとりが手を離したら、重くて運ばれん」ばあちゃんの言葉、p49。

「和弘(島田洋七)を佐賀に預けている間、お前のかあちゃんは、お前よりももっとつらかったと思います。だから、自分の親を責めてはダメですよ」ばあちゃんの手紙追伸、p175。

「おじいちゃんは、牛を飼いジャガイモを育てるのが大好きで、いつもニコニコしています。ニコニコしているおじいちゃんを見ていたら、私も農場が大好きになりました。あなたもワイフがいるんなら、あなたの仕事を愛しなさい。仕事をしているあなたを、ワイフもきっと愛してくれます」アイダホの牧場のおばあちゃんの言葉、p269。

 

こちらの本では、島田洋七氏の19歳頃から漫才ブーム後の同氏の休養期間までを著した半生記となります。著者は、本人の性格にも依るのでしょうが、非常に恵まれた人間関係の中で生活していたようです。「本当の幸福とは何か」ということを考えさせられてしまう内容となっています。こちらは、シリーズ第3巻となるようですが、第2巻が二番煎じ的な内容に比し、良くできたものとなっています。

2019年9月14日 (土)

今日の昼食

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今日の昼食は、S&Bの「タイ風グリーンカレ」ーを頂戴しました。勿論、レトルトのものです。

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指定の時間、湯煎した後、当家のカレー用のお皿に盛りつけました。つぶつぶコーンスープと一緒に頂戴します。

以前、友人からタイ王国の本格的?なレトルトグリーンカレーを頂戴し、食してみた経験があります。その際、当方の口に合わなかった(ハッキリ言って不味い)ので約20年、グリーンカレーから遠ざかっていました。今回も怖いものみたさで購入した次第です。

こちらのカレーは日本人風にアレンジされているのか、特に食べにくいことはありませんでした。辛さも大したことはありません。当方のグリーンカレーの悪いimageは、今回、払拭されました。

さて、昼食がレトルトカレーであることから御推察頂けると思いますが、早朝から細君は不在です。東京方面へ出張のようです。

午前6時頃は曇天ながら降水はなかったので、約3Kmのjoggingへ出かけています。その後は、突然の大雨になったり、雨が止んだりを繰り返しています。当方は読書をしたりフリーソフトを試用したりして時を過ごしています。3連休に細君がいないことから、当方は十分に羽を伸ばせそうです。今日は雨ですので自宅内で時間を過ごします。明日以後の天気予報は良好です。一人でドライブにでも行っているかもしれません。

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その139

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/29午前8時半過ぎには名鉄知立駅前の旧東海道付近に居ました。歩き始めて直ぐに、このような古い木造店舗がありました。旧東海道にマッチしていますね。看板には、「慶仏事贈答用和菓子 都築屋美廣」とあります。恐らく和菓子の老舗なのでしょう。

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旧街道沿いらしく、こちらの眼科さんのように間口が狭く、奥行きのある建物が目立ちます。

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本町の山車蔵がありました。

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蔵には、祭りの際の山車の写真もありました。古い町にはやはり、山車を使用するお祭りが多いようです。

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旧東海道の傍示石がありました。こちらは、喫茶店?の前にあった記憶が残っています。

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すぐに知立古城址となります。

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横にあった案内板で現在地を確認します。この付近はクランクになっているようです。本町も過ぎたことから旧宿場の出入口付近に相当するものかもしれません。

 

2019年9月13日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その138

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。さて、実質的な第6次旧東海道徒歩の旅の最終日となりました。5/29午前7時半過ぎの豊橋駅構内を撮影したものです。写真左には名鉄特急が、右にはJR飯田線(たぶん)の列車が停車しています。殆ど同一ホームに他社線が相乗りするような珍しい光景だと思いました。しかも、名鉄線は1本のみのホームで、特急列車のみの入線となります。普通列車は豊橋駅には入線しません。普通列車に乗車する際には隣の伊奈駅で乗り換える必要があるのです。普通列車が入線しないターミナル駅と言う意味で、ちょっと、面白いですね。

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さて、この日の出発地点である知立駅に到着しました。午前8時半頃です。

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駅前広場付近には登校中の高校生らしき学生さんが多数、居るのでした。こちらの駅の利用客は非常に多い印象です。

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さて、知立駅前の旧東海道へ到着しています。これから歩く方向を撮影しています。いかにも旧街道らしい道路の幅員となっています。

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歩き始めると直ぐに、池鯉鮒宿見て歩きマップなるものがありました。

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現在地を確認します。左方向へ歩を進める予定です。これから、知立古城跡、地下道を通り、総持寺があるようです。

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同じ掲示板には、こちらの内容が掲げられていました。11/11に「なんでも鑑定団」の中島誠之助さんが文化講演会に招かれているようです。

 

2019年9月12日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その137

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後5時過ぎには旧東海道池鯉鮒宿馬市の碑を過ぎ、名鉄知立駅方向へ歩行していました。この付近ではあまり道を間違えることはないのですが、電信柱の案内に従い前進します。

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旧街道は、現在では、この写真のようにうらぶれた感じとなっています。

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池鯉鮒宿問屋場之跡の石碑がありました。

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前方に名鉄知立駅が見えてきました。午後5時過ぎでもあり、かなりの人の行き来があったことを記憶しています。

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駅前の案内板を撮影しています。知立駅では名鉄名古屋本線と三河線が分岐するようです。

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曇天ですが、こちらが名鉄知立駅駅舎となります。逆光となっています。

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GPSロガーによる5/28の軌跡です。名鉄名古屋本線藤川駅から知立駅まで旧街道を歩行したことになります。dataによると、記録時間=9時間6分、歩行時間=6時間16分、停止時間=2時間50分、距離=26.9Km, 平均速度=4.3Km/hとのことです。

 

2019年9月11日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その136

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後5時前には旧東海道池鯉鮒宿馬市の碑を通過し名鉄知立駅方向へ歩いていました。進行方向に国道1号線があります。かなり交通量が多いようです。

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旧東海道は現在では、地下道になっているようです。こちらの地下道へ入ります。

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地下道内には東海道の案内板が掲げられていました。

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地下道を出ると、東海道池鯉鮒宿の傍示石がありました。石の上に小さく、これから先の鳴海の文字があります。

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こちらが、旧東海道と国道1号線の分岐合流地点です。旧街道は、写真左の道路となります。

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前方に踏切が見えてきました。ガイドブックによると名鉄三河線の踏切のようです。

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踏切を通過すると常夜燈があるのでした。

 

2019年9月10日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その135

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後5時前には旧東海道池鯉鮒宿付近に到着していました。こちらのモニュメントもありました。上は、猫でしょうか。

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下には、鎌倉街道の案内がありました。勿論、鎌倉街道は、「いざ、鎌倉へ」の合言葉通りに何か異変があった場合に鎌倉へ駆けつけるための街道です。たぶん、この付近では鎌倉街道が旧東海道へ発展したものと推定します。

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さらに、この付近には池鯉鮒宿馬市之跡の石碑がありました。

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馬市之跡の石碑の全体像となります。逆光の撮影となりました。

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石碑の間には、馬市句碑、万葉の歌碑の案内がありました。

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広重の池鯉鮒 首夏馬市の浮世絵の写しがあります。

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こちらが、高校同級生から頂戴した葉書となります。「首夏」とは初夏のことのようです。説明には、「馬市は、実際には春に開催されたというから初夏とは多少ずれるとあり、広重の想像であろう」との記載があります

2019年9月 9日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その134

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後4時半過ぎには旧東海道池鯉鮒宿付近まで到着していました。また、明治用水の案内がありました。看板右を拡大して撮影してみます。

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池鯉鮒宿の位置が概念的に把握できる地図がありました。だいぶ、名古屋に接近したことが判ります。

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現在地は、写真中央やや右で松並木の文字の下となります。写真左方向へ進むことになります。これから山屋敷用水碑、知立馬市跡、市役所があるようです。

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直ぐ近くには、こちらのモニュメントがありました。下に何か記載があります。

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案内には、「八橋のかきつばたは、平安の歌人在原業平が伊勢物語でかきつばたを折り込んで歌を詠んだをいわれ有名です」とあり、後半には、「かきつばたは知立市の花として親しまれており、(中略) 4月末から5月末までの間、かきつばたが咲き誇るかきつばたまつりが開催されます」ともあります。はなしょうぶとの鑑別が難しいと妻が言っていました。

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こちらのモニュメントもありました。舟の上のたぬきが大根を担いでいるようです。

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案内には、「昔、ちりゅうは知立、智立などと書かれていました。(中略) 知立神社にはお祭りの際に神輿を洗う御手洗池と呼ばれる池があり、池には鯉や鮒が多くいたので池鯉鮒となったとも伝えられています」とあります。池鯉鮒を「ちりゅう」とは、通常、地元の人でなければ、なかなか読めないですよね。

 

2019年9月 8日 (日)

がばいばあちゃんの笑顔で生きんしゃい

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今回は、こちらの本を選択しています。島田洋七氏の「がばいばあちゃんの笑顔で生きんしゃい」です。本の帯には以下のように紹介さrています。

「生きていることが面白い。なりふりかまうより、工夫してみろ」昭和三十年代、食べるものにも事欠く超貧乏生活を楽しみながら、笑顔で孫を育て、大反響を呼んだがばい(すごい)ばあちゃん、再び! 毎日が楽になる、ばあちゃんのがばい人生観。

実は、順番としてはこちらの本ではなく、殺人のある推理小説を読書する予定でした。でも、その推理小説を読む前に明るい気持ちになろうとして、こちらの本を選択したのです。こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「人間、自分のことがいちばん分からない。ひとのことはよく分かる。自分では自分のいいことろしか見えていないものだ」記述、p100。

「世間に見栄をはるから死ぬ(自殺する)。うちはうちでよか」婆ちゃんの言葉、p152。

「死ぬまで夢を持て。叶わなくても、しょせんは夢だから」婆ちゃんの言葉、p177。

「人生は、思うとおりになんていかない。失敗して当たり前なのだから」記述、p179。

「花屋の花は肥料をやったり、人の手が加わっているから大きくて当たり前。小さくても一生懸命、自分の力で咲いているのが一番きれい」記述、p188。

 

こちらでも素敵な言葉、教訓となる言葉がありました。でも、やはりシリーズ初めての本である「佐賀のがばいばあちゃん」の二番煎じ感は否めません。

 

2019年9月 7日 (土)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その133

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後4時半過ぎには旧東海道池鯉鮒宿手前まで来ていました。一里塚を過ぎると直ぐに明治用水西井筋緑道の案内板がありました。用水には複数のものがあるようです。緑の実線は開水路を、破線は管水路を示しているようです。

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近くには2つめの元禄時代の道標がありました。

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新田北交差点には、やはり、このような立派な歩道橋があるのです。この歩道橋を渡ることになります。

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歩道橋の先には、松並木が垣間見ることができました。

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歩道橋を渡り松並木に入ると、この道標がありました。江戸日本橋から84里17町、旧東海道39番目之宿池鯉鮒とあります。

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近くの「東海道見て歩きMAP」で現在地を確認します。松並木の右にいることが判ります。

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東海道知立松並木の傍示石もありました。

2019年9月 6日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その132

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後4時過ぎには旧東海道池鯉鮒宿付近に居ました。歩いていると「元禄の道標」なる案内がありました。説明によると、「元禄9年(1696年)に建立された」との記載があります。320年前のものとなります。

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こちらが、その元禄道標となります。文字は石自体がかなり風化しており、文字の判読は困難です。

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すぐ近くには、来迎寺一里塚の案内もありました。内容としては、この塚では松が樹木として使用されたこと、直径約11m、高さ約3mに土を盛り、街道の両側に造られたこと、両塚とも完全に遺されていることは珍しいこと等が記載されています。

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こちらが、その一里塚となります。大きなものです。

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一里塚の前には、「東海道見て歩きマップ」もありました。

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現在地は、来迎寺小学校前となる赤印の場所となります。オレンジ色の道が旧東海道となり、写真左方向へ進みます。

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案内板の右下には、一里塚の説明文がありました。「特に北塚が原形をよくとどめめている」との記載があります。

2019年9月 5日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その131

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後3時半過ぎには旧東海道岡崎宿から池鯉鮒宿へ向かって歩いていました。現在の安城市内となるはずです。明治川は、この付近では暗渠になっているようです。この青い歩道が暗渠なのかもしれません。

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この付近は、信号の名称から「浜屋町屋敷山」というようです。進行方向に松並木があります。

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約30分、旧街道を進み、猿渡川橋を渡ると川沿いに「豊臣機工」なる工場らしき建物がありました。この付近らしい名称です。秀吉にあやかろうという命名でしょう。

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この付近は、来迎町というのでしょう。町の案内がありました。御鍬神社や一里塚があるようです。

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こちらが、御鍬神社となります。

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電信柱には、(安城市)観光協会の東海道案内があるのでした。

2019年9月 4日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その130

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後3時半過ぎには旧東海道岡崎宿から池鯉鮒宿に向かって歩いていました。現在の名鉄名古屋本線新安城駅付近のはずです。歩いていると、こちらの案内板が目に入りました。県指定天然記念物「永安寺の雲竜の松」との記載があります。幹周囲4.4m、樹高4.8m、枝張り東西17.9m、南北24.7m、樹齢推定350年とあります。

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こちらが、永安寺山門正面というのでしょうか。

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雲竜の松はこのような枝ぶりなのでした。

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永安寺近くには、明治川神社もあります。

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こちらが、明治用水碑だったはずです(記憶が怪しい)。

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近くには、このような石碑もあったのですが、逆光撮影となり、拡大しても判読できません。

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他に、こちらの石碑もありました。「湧水百年記念碑」と刻まれているようです。その下には「清流保悠久」とも刻まれているようです。

 

2019年9月 3日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その129

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後3時過ぎには旧東海道岡崎宿を過ぎ、現在の安城市野崎町付近に居ました。何だか、厳めしい石碑がありました。「---記念碑」とあります。前半が判読できません。

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今度は、「予科練之碑」なる石碑がありました。

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近くの案内板には、「元第一岡崎海軍航空隊配置図」なるものがありました。どうやら、旧海軍航空隊の基地があったようです。地図を見てみましょう。

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現在地が赤く記載されています。どうやら基地内には病院もあったようです。近くには旧東海道の記載もあります。

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熊野神社には、燈篭のようなものがあります。

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さらに進むと、英霊招魂碑もありました。先の戦争で、亡くなった英霊を弔っているものなのでしょう。

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鎌倉街道の案内文も、この付近にありました。恐らく、もともとの鎌倉街道が旧東海道ととなっていることでしょう。京都と鎌倉、江戸を結ぶ交通の要衝だったはずです。

2019年9月 2日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その128

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午後2時半過ぎには旧東海道岡崎宿を過ぎ、宮宿(名古屋方面)へ向かって徒歩していました。何だか古い建築物が見えてきました。誓願寺十王堂とのことです。

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案内文を要約すると、十王とはあの世で死者を裁く王のことで、死者は初七日から三周年までに各王の庁を経て、この世で犯した罪の裁きを受け、来世での生所が決まると記載されています。

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この付近の旧東海道は、岡崎信用金庫の前を通ることになります。きちんと、東海道の案内が掲示されています、

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岡崎市を過ぎ、安城市に入ったようです。

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前方写真右に何だか、松並木のようなものが遠く見えてきました。

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接近すると、やはり松並木のようです。旧東海道の名残りがあります。

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バス停から、この付近が安城市野崎町であることが伺えます。前方には、まだ、松並木が続きます。

2019年9月 1日 (日)

世界の果てまでイッテQのカレンダー---9月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー9月は、オーシャンズ金子さんの「ザトウクジラのヒートラン」です。トンガで撮影されたようです。勿論、こちらのon airも観ていないような印象です。日曜日の夕方からは、routineの温泉へ行っているからです。

オーシャンズ金子さんは、なかなか運の良い人だと思います。こちらの企画では、少ない予算の中でかなりの成果を上げている印象があります。潤沢な予算を要するNHKさんと比較するのは、少々、可哀そうでしょう。

さて9月です。今年も9月を含めて4ケ月となりました。今年も、2/3が過ぎたことになります。あまり進歩がなく経過してしまった印象があります。お彼岸が来るまでは暑い日々が続くことでしょう。まあ、ぼちぼち、行きますか。

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