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2019年11月

2019年11月30日 (土)

近所の散策2019---小雪過ぎ1

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11月も今日でおしまいです。今朝も午前5:30分頃には起床し、朝食を頂き、午前6:30分頃から約6Kmのjoggingへ出掛けています。

既に朝夕のjoggingでは、帽子、手袋が必需品となりました。シャワーの後、毎日の日課を終了させ、jogging中に見かけた柑橘系植物を撮影しに行きました。近所のお宅の庭先に成熟しているものです。

空には全く雲もありません。恐らく放射冷却現象でしょう、なかり冷え込みました。昨日の出勤時にはクルマの気温計は今季初めて、1桁を示していました。

今週は仕事が多忙で、少々、くたびれました。週末の予定は特にありません。これから散髪に向かうことと、新規領域の勉強で時間が経過することでしょう。明日の午後から天気が崩れる予報です。今日中に洗濯はした方が良いでしょうね。

2019年11月29日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その15

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/24午後4時過ぎには現在の四日市市富田付近に居ました。現在の近鉄名古屋線富田駅付近に居たことになります。旧街道には、こちらの案内と近鉄富田駅まで200mの案内があるのでした。

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富田の焼蛤の案内板ありました。要約すると、富田は桑名宿と四日市宿の中間の間(あい)の宿として繁栄したこと、桑名の焼蛤として有名ですが、実は焼蛤は小向(おぶけ)(朝日町)と富田の名物であったこと、富田が桑名藩領であったことから桑名の焼蛤となったこと等の記載です。

 

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四日市市富田地区市民センター前には、

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東海道の案内と地図がありました。こちらの案内からは四日市宿まであと1里のようです。

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東海道総合案内をみて現在地を確認してみましょう。

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赤い線が旧東海道となります。写真中央に現在地の表記があります。この付近は、JR線と近鉄線に挟まれた土地となるようです。利便性が高いですね。

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この付近で、比較的新しい東海道の傍示石がありました。

2019年11月28日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その14

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/24午後4時過ぎには旧東海道四日市宿へ向かってあるいていました。現在の近鉄富田駅付近にいたことになります。こちらは八幡神社址のようです。案内板があります。接近してみましょう。 

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「八幡神社の力石」とあります。「力石は豊作の願いと村一番の力持ちの競い合いと仕事士の証としての踏ん張りの精神力、そこに集まった人々の笑いを意味していて生きる喜びの証であったろうと思われる」との記載です。「重量約100Kg」も併記されています。

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太陽光で非常に見難いのですが、こちらがその力石となります。

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八幡神社址近くには、行啓記念道路の案内板があるのです。「この碑は、大正天皇が皇太子時代にこの道路を通られたことを祈念して建てられたものである。(現在の石柱は、昭和2年(1927)1月に再建されたものである。明治43年(1910)11月16日、第三師団と第15師団の対抗演習を見学のため西下された皇太子殿下は当時三重県立第二中学校(旧制富田中学校・現四日市高校)にお立ちよりになられた。当日、小雨降る関西線富田駅に降り立たれ殿下は、21発の祝火のとどろく中を中学校へと向かわれた。(後略)」との記載です。

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こちらが、その行啓記念道路の傍示石となります。側面には明治43年11月の文字が見えます。

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電信柱の案内に従って旧東海道を進みます。

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富田3丁目2の付近には、「津市元標拾里」記載された傍示石があるのでした。県庁所在地である津から現在地まで約40Kmなのでしょう。

2019年11月27日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その13

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後3時半過ぎには旧東海道四日市宿へ向かって歩いていました。前方に踏切と鉄道の高架線が見えてきました。 

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こちらはJR関西本線の西冨田踏切のようです。

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通過した踏切を振り返って撮影しています。ガイドブックには、高架になっているのは三岐鉄道三岐線であるようです。

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高架近くの電信柱には、東海道を示す看板がありました。助かります。

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さらに少々、旧街道を進むと「富田の一里塚跡」の案内がありました。後半には「明治以降は、交通機関等の発達によりほとんどが取り除かれてしまい、本市においても、その面影をみることができなくなった。古地図や文献によると四日市には、富田、三ツ谷、日永、采女の4ケ所にその跡が判明されており、これはそのうちの1つで日永の一里塚跡とともに県の史跡に指定されている」との記載です。

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一里塚跡といっても、塚はなく古い傍示石があるのみでした。

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そして、一里塚橋を渡り富田方面へ向かうのでした。

2019年11月26日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その12

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/24午後3時過ぎには現在の四日市市朝明橋付近に居ました。四日市市に入ると、このような東海道案内板がありました。下部に要所となる地点から次の地点までの距離の記載があります。このような記載は徒歩の旅では概その時間が判り、非常に有用となります。

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これから歩く旧東海道を撮影しています。微妙なカーブとなります。

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何やら案内板があります。接近してみましょう。

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案内板には「松寺の立場跡」の説明がありました。前の写真右の石碑は、「輝子頌徳記念碑」との説明でした。この地域で教育に貢献した方のようですが、ここでは割愛します。

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さらに先には、龍王山宝性寺の案内があり、その下に四日市まで7Km, 100分の記載があります。立場があったことから、この付近が桑名と四日市の中間地点となるようで、こちらの案内からも、そのことが伺えます。

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さらに少々、四日市方向へ進むと、古そうな石柱と案内板がありました。

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鏡ケ池(笠取り池)の案内板でした。「続日本書紀によると、聖武天皇は、奈良時代の天平12年(740)に伊勢国を行幸になり、11月に一志郡河口をたち、鈴鹿郡赤坂の頓宮を経て、23非に朝明郡の頓宮に着かれたとある。その場所の所在は不明であるが、当地近辺であり、松原町のもと松原姓を名乗っていた旧家田村氏宅に伝わる話では、聖武天皇が行幸を際に松原を通られると一陣の風が吹き、天皇の笠が池の中に落ちた。ちょうどその時、傍に洗濯をしたいた娘がその傘を拾って差し上げたため、これが縁となって天皇はこの田村家に宿をとられたという。明くる朝、旅立ちの日は、風邪もなし、空は真っ青に澄んで、馬上の天皇の姿と、見送る娘の姿とが、鏡のような池の上にともの映えて、一幅の絵を見るような光景になった。以後、この池を鏡ケ池とも呼ぶようになったといわれる」との記載です。手打ちで疲れました。

2019年11月25日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その11

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/24午後3時過ぎには旧東海道桑名宿から四日市宿へ向かって歩いていました。朝明川に架かる朝明橋を渡ります。看板の文字は劣化しており判読困難です。 

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朝明川を渡ると、こちらの看板がありました。ここから四日市のようです。「ここは四日市の東海道北玄関 松寺」との記載があります。

五十三次の四日市浮世絵も掲載されていますが、浮世絵は三重川を描写しているようです。

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看板左下には、「昔の朝明橋」の写真がありました。木製の橋だったことが伺えます。

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さらに旧街道を進むと、何やら石が鎮座ましましているのでした。何かと思い、案内板に接近します。

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「力石 (前略) 石には27メと刻まれ、その目方が27貫目(約100Kg)と想像される、北勢地方で見かける力石は、その多くが神社仏閣に境内にあるが、これは数少ない民家の軒先に保存されているものである。東海道を往来した旅人や籠かき衆等が休んだりおりに余力を誇示するがごとく自慢げにこの石を持ち上げたであろう。往時の様子が偲ばれる。(後略)」との記載があります。

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道路反射ミラーには、東海道を示す木製の案内がありました。ミラーには小さく写真撮影をする当方も写っているのでした。

2019年11月24日 (日)

さらば国分寺書店のオババ

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今回はこちらの本を選択しています。椎名誠氏の「さらば国分寺書店のオババ」です。アマゾンでは本書電子版を、以下のように紹介しています。

椎名誠が衝撃的なデビューを飾ったスーパーエッセイ。ここから作家椎名誠の伝説が始まった。客を叱りつける古書店のオババとの確執を軸に鉄道業界、警察、甲子園への疑問や怒りをぶつける。その文体と流れ、構成などそれまでのエッセイの常識を破壊した作品が電子書籍になって登場。

1980年頃だったでしょうか、こちらの本が非常に話題となったことがありました。当方は浪人あるいは大学生になっていたかもしれません。

当時、TBSラジオで22:40分頃にスネークマンショーという番組があって、その中でも取り上げていたような記憶があります。そのな訳で、古本屋さんを散策していた時に見つけ手に入れました。小学校低学年を小平市で過ごした当方は、武蔵小金井駅または花小金井駅を利用していました。こちらの本の出だしには親近感を覚えたのですが、内容はというと?です。当時の時代背景を懐かしく思いながら読書しました。さあ、次の本へ。

 

2019年11月23日 (土)

Epson Endeavor 3200S---8周年

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2011年11/22に自宅用PCとして購入したEpson Endeavor 3200Sが8周年を迎えました。8年も使用していると、HDD内に不要なfileが蓄積し、動作が遅くなりました。不具合としては、起動後数分はスピーカーから音声が出るのですが、その後は音声が出なくなりました。

作動が遅いことに関しては、SDDを購入しクローンを作成しようかとも思っていましたが、昨年年末に中古で購入したオモチャデスクトップPCが意外とサクサク作動するで、最近では中古PCがmain machineとなり、こちらのPCはsecond machineとなっています。

ノートパソコンは作動が遅い印象です。こちらのPCは購入当初、「3年もてば良いか」と思って購入しています。まあ、8年間、大きなtroubleもなく使用できたので可としています。

今後、新規パソコンを購入する際には、デスクトップPCを検討しています。やはり、動作が速いのです。まあ、当分はオモチャとして購入したdesk top PCでことが足りるので、自宅では、この2台で過ごすことになりそうです。

2019年11月22日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その10

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。 5/24午後2時半過ぎには、近鉄名古屋線伊勢朝日駅付近に居ました。先ほどの案内板の説明部分を撮影しています。「町名の由来は、大海人皇子(のちの天武天皇)が、672年に起きた壬申の乱の際、朝日を望拝した古事によるものです」との記載があります。壬申の乱って、小学校、中学校の歴史で習った記憶がありますが、内容は失念しています。

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こちらは、近くを通過する近鉄の車両です。近鉄ですので恐らく標準軌のはずです。

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こちらが、近鉄伊勢朝日駅となります。

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伊勢朝日駅近くには、東芝インフラシステムズの三重工場があるのでした。

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近くに公園のような場所には、旧東海道を示す傍示石があり、

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国学者本居宣長の弟子となる橘守部誕生地遺跡の説明文があるのです。

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さらに近くの民家の塀には、このらの案内がありました。旧東海道を歩く人々を歓迎してくれているようです。

2019年11月21日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その9

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後2時過ぎには桑名市の員弁川(いなべかわ、町屋川)を渡っていました。川を渡ると電信柱上に東海道の案内がありました。これに従い旧街道を進みます。

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こから進む旧街道は、微妙なカーブがあるのでした。この曲り型や道幅が旧街道らしいです。

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一里塚跡前を通過します。

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こちらは、「やましたこどもクリニック」の看板を撮影したものではなく、写真右の仕出し屋さんを撮影したものです。ちなみに、こちらの店舗は「食事処 仕出し 日乃出」と記載されているようです。その店舗家屋上を望遠で撮影しましょう。

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そうです、旧東海道の案内があるのでした。個人的には、こちらの店舗には好意を持つのでした。

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「食事処 仕出し 日之出」さんのすぐ近くに、こちらの案内板がありました。地図があります。

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現在地は、近鉄名古屋線伊勢朝日駅の近くとなるようです。

2019年11月20日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その8

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後2時過ぎには現在の桑名市安永の町屋川付近に居ました。案内板のある公園は、安永第一公園という名称のようです。

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町屋橋の変遷を記載した案内板がありました。

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「員弁川(町屋川にかかる町屋橋と呼ばれる橋は、東海道の一部として、寛永12(1635)年に架けられたといわれています。場所はここよりも上流約100mでした。享和2(1802)年八巻の久波名名所図会に、当時の町屋橋周辺の賑わいを見ることができます(以下略)」とあります。

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こちらが、江戸時代の町屋橋のようです。

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国道1号線に架かる現在の町屋橋を渡ります。

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橋梁上から遠く、四日市コンビナートを思わせる工業施設が望見できます。

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町屋川は、現在、員弁川(いなべかわ)というようです。なかなか読めない漢字です。

2019年11月19日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その7

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後2時過ぎには旧東海道桑名宿から四日市宿へ向かって歩いていました。こちらで、旧東海道は地下道を通ることになります。地下道の名称は安永地下道というようです。

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対側の旧東海道は正面の信号が点灯している道路となりますが、クルマが邪魔でよく見えていませんね。

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地下道を通り対側の旧東海道へ出ました。すると伊勢両宮常夜燈の説明文がありました。「この常夜燈は、文政元年(1818)に東海道のみちしるべとして、また伊勢神宮への祈願を兼ねて桑名・岐阜の材木商によって寄進されたものである。(中略) 安永は、町屋川(員弁川)の舟運や東海道筋の通行客を相手とする茶屋などで賑わった場所であり、この常夜燈はその頃をしのばせる遺物である」とあります。

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こちらが、その常夜燈と傍示石となります。

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常夜燈の直ぐそばにある町屋公園には、町屋橋跡の案内板がありました。

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現在地は、こちらとなります。現在では、旧東海道には架橋はされておらず、国道1号線にある橋を渡ることになります。

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案内板はかなり劣化しています。「江戸時代、ここ安永は桑名入口の立場(旅人が休憩する茶屋が集まっている所)であり、また町屋川の舟運が舟着場でもあったので、大い賑わい、茶店では街道名物の安永餅を売っていた。この地点から対岸の縄生(三重郡朝日町)の間に町屋橋がかかていた。寛永12年(1635)にはじめて架橋され、川の中州を利用した大小2本の板橋であったり、1本の板橋であったり、しばしば変わってる。下図の橋は江戸時代中頃のもので、中央は馬が退避できるように幅がやや広くなっていた。昭和8年(1933)、国道1号線の橋がかけられ、旧東海道の町屋橋は廃止された」との記載です。

2019年11月18日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その6

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後1時半過ぎには旧東海道桑名宿から四日市宿の中間地点付近である矢田立場付近に居ました。 こちらは矢田立場の火の見櫓となります。

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案内板がありました。「江戸時代の矢田町は、東海道の立場(宿場と宿場の中間にあって、旅人が休憩する茶店などが集まっている所)であった。(中略) 福江町へ曲がる角には火の見櫓(現在の火の見櫓は平成3年に再建したもの)もあった。現在でも、馬を繋ぎとめた鉄環のある家や連子格子のある家も見られる」とあります。

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現在地です。写真右から現在地に着き、写真下方向へ向かいます。

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こちらが、これから歩行する旧東海道となります。

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旧街道沿いには立派なお寺さんが多く存在します。こちらは了順寺です。鐘撞堂のようなものが見えます。

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この付近には、日立金属桑名工場がありました。監視カメラが稼働しているようです。当方も怪しい人物として録画されていることでしょう。

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日立金属工場前には、こちらのプレートがありました。江場松原跡とあります。「七里の渡し場から大福までの東海道は両側とも言えが立ち並んでいたが、江場から安永にかけての192間(約345m)は両側とも家がなく、松並木となっていた。眺望がよく、西には鈴鹿の山脈が遠望され、東は伊勢の海が見られた。昭和34年(1959)の伊勢湾台風ごろまでは松並木も残っていたが、現在は家が立ち並び、一本の松も残っていない」と記載されています。表題の「松」は「杉」に見えてしまうのは当方だけでしょうか?

2019年11月17日 (日)

がんばらない

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今回は、こちらの本を選択しています。鎌田實氏の「がんばらない」です。アマゾンでは、以下のように書籍の紹介がなされています。

リンパ肉腫の青年が言った。「自分の入る墓を見てきた。八ケ岳の見える景色のいい所だったよ」青年にぼくはささやいた。「よくがんばってきたね」最後まで青年は誠実に生きて、死んだ。そこには忘れさられた「魂への心くばり」があった。テレビドラマ化されるなど、マスコミの話題をさらった感動の書をあなたに。

さて、こちらの本でも多数、付箋を貼付した箇所があります。幾つかを抜粋してみましょう。

「希望を持たなければ、何事も始まらない」卵巣がんの患者さんの言葉、P13。

ぼくは「がんばらない、がんばらない。これまでよくがんばってきた、もうがんばらなくていいよ、きみはきみのままでいいんだよ」著者の悪性リンパ腫青年への言葉、p35。

「いいことをしようとして結果としてまずいことが起きても、人は理解してくれる」記述、p92。

「自分の身の回りに注意してみると、今がんばれない人がいることに、気づいた。ただ、今がんばれないだけ。いつか、必ず、またエネルギーが湧いてきて、がんばれるときがくるんじゃないか、とぼくは思うようにしている」著者の言葉、p154。

「私たちの心は肉体よりも年とっているが、遅れているか、どちらかである」ヘルマンヘッセの言葉、p184。

「医療の仕事は、生を支えると同時に、死をどのように支えるかということも問われているように思えてならない」記述、p206。

「大事なことは、「命の長さ」じゃなくって、「生きていることを喜べる」ということなのだろう」記述、p213。

 

2000年当時、非常に話題となった言葉であり著書です。遅ればせながら、今回、古本屋さんで見つけたので読書しました。以上のように素敵な言葉が多数、散りばめてありました。まあ、どの時点で医療をするかということで医師の考え方が変化するのでしょう。

2019年11月16日 (土)

近所の散策2019---立冬過ぎ2

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こちらは当家のトキワマンサクです。先月、出入りの庭師さんが手入れをしてくれました。散髪をしたように刈り取られ、チョット、寂しいくらいになっていましたが、赤い新葉が出てきました。来年は、綺麗は花を付けてくれるでしょうか。

さて、本日も午前6時前には起床し、朝食を頂き、約6Kmのjoggingへ出掛けています。既に、朝夕は寒いくらいとなり、joggingの際には帽子と手袋が必要となりました。吐く息も白かったです。

シャワーを浴び、週末のroutine作業を実施し、少々、落ち着いてブログを記載しています。これから、新規領域の勉強でもしようかと思っています。そうそう、今朝のニュースで、始発から山の手線が線路工事のため運休しているとのこと。当方の実家に帰省する場合には、「羽田空港から横浜経由で電車を利用するか、新百合ヶ丘または聖蹟桜ヶ丘までバス移動かな」なんて考えながら、ニュースを見ていました。

さあ、勉強でもするか。

2019年11月15日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その5

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後1時半過ぎには旧東海道桑名宿から四日市宿へ向かって歩いていました。こちらで旧東海道は右折するようです。指示に従います。 

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広瀬鋳物工場跡なるプレートがありました。「江戸時代はじめに、桑名藩主本多氏の招きにより、鋳物師広瀬氏が当地に工場を設けた。そのためこの付近は鍋屋町と称するようになった。文政9年(1826)シーボルトは東海道を通り、この工場を見学している。昭和20年まで工場は使われたが、戦災で焼失。現在は個人の住宅となっている」との記載です。

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こちらが広瀬鋳物工場跡となります。立派な門構えの住宅となっています。お金持ちの方が所有していることでしょう。

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その後、天武天皇社が街道沿いにあります。

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プレート最後には、「天武天皇を祭祀する全国唯一の神社」の文言があります。

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さらに街道を進むと、一目連神社があります。その道路対側には、

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こちらの古い傍示石がありました。「左 東海道渡船場、右 西京伊勢道」とあります。石が損傷しているのでしょう、鉄材で補強されています。

2019年11月14日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その4

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後1時過ぎには旧東海道桑名宿吉津屋見附付近に居ました。傍示石の案内に従ってクランクを通過します。 

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こちらの店舗で再度、右折することでクランクが終了します。当方が小学生中学年頃はプラモデルのブームがありました。小学校近くには必ず模型店がありプラモデルが陳列されていたものです。当時は今井模型のサンダーバードシリーズが人気があった記憶があります。先を急ぎます。

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泡洲崎八幡宮の前を通過します。

 

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浄土宗光徳寺の前には、こちらの格言が記載されていました。才能期20歳~30歳代、信用期40歳から60歳代、徳望期80歳~。まあ、そうかもしれません。ガラスに当方の撮影する姿が映っています。

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さらに進むと十念寺があるのでした。説明文後半には、「森陳明は明治維新の際に、桑名藩が敗北した責任を取り、藩を代表した切腹した」との記載があります。

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十念寺の山道は、こちらとなります。

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こちらにも、戊辰戦争での東京上野の戦いで新政府軍と戦った桑名藩士森陳明の記述があります。

2019年11月13日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その3

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。 5/24午後1時過ぎには桑名市博物館を出発しています。来た道を戻るような形となります。旧東海道を示す傍示石がありました。写真左へ向かうようです。

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傍示石の前には、何だかお堂のようなものがありました。

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旧東海道は、こちらの道となります。その幅員といい、微妙にカーブしているのが旧街道の特徴となります。

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旧街道沿いには、こちらの古そうな傍示石もあるのでした。「右 京いせ道」と刻んであるようです。

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現在地です。写真右から左へ向かって進んでいます。吉津屋見附跡の文字が見えます。この付近で旧街道はクランクとなっています。

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吉津屋見附跡の案内プレートです。「江戸時代始めは、この付近は吉津屋町に属しており、東海道上に吉津屋門と番所があって、吉津屋見附と言った。のち鍛治町として独立したので鍛治町門(または小字名の七つ屋門)という。この道路は四角形の三辺をまわる升形道路となっていた。この升形道路は現在でも使われており石取祭車が通る道である」とあります。

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写真左から中央上に向かう道がクランクとなる道路となります。

2019年11月12日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その2

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/24午前10時過ぎには名古屋中部国際空港高速バス乗り場付近に居ました。午前11:00発の高速バスに乗車することにしていました。鉄道で移動しても良いのですが、キャスター付きの荷物があったため、乗り換え時の手間を考えると高速バスの方が便利と考え選択しました。

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高速バス内で少々、早い昼食をサンドイッチとおにぎりで済ませ、午後0:30過ぎには桑名駅前に到着しています。桑名駅と西桑名駅は殆ど隣接した場所にあります。北勢線は、かめさんも乗車したNarrow gaugeの路線となります。

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今回、2泊するベースキャンプとなるホテルです。三光イン桑名駅前となります。残念ながら、大浴場、サウナの設備はありません。まあ、贅沢は言えないのです。

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こちらは、桑名駅前広場となります。駅舎の工事中のようです。殆ど、構造物がありません。第7次の旅の際、桑名宿は熱田宮宿に次ぐ旅籠数があり、旧東海道第2の宿場町であったとの記載がありましたが、往時の賑わいはないようです。

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さて、ホテルに荷物を預けて旧街道徒歩の旅へ出発します。まずは前回の到着地である桑名市博物館を目指します。写真右にその方向が示されています。約110mのようです。

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博物館前に現在地を示す地図がありました。赤い文字で示されています。これから写真下方向へ少々、戻り、京町見付跡から写真右方向へ進むことになります。

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博物館では、「元号と宸筆(しんひつ)」展が開催されていました。宸筆 とは、天皇自筆の文書のことを言うようです。

2019年11月11日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その1

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。今回は鈴鹿峠越えを予定していますので、2019年2月頃から机上で下調べをしていました。県境超えでは路線バスの運行がなく、落伍した場合も考慮しておく必要性があったのです。ということで、5/24午前7:41頃には近くの駐車場にクルマを停め、宮崎空港に到着していました。天候は良好です。

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宮崎空港には、「神話のステンドグラス完成記念展」が催されていました。

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天井部分に繋がる場所に、その神話のステンドグラスがあります。5月頃には地方ニュースでも報じていました。

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今回は、ANA342便で名古屋中部国際空港まで飛びます。8:50分の定刻に離陸した記憶があります。

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こちらが、搭乗したBOEING737型機です。殆ど、満席だったような記憶があります。

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中部国際空港に到着して、高速バス乗り場へ向かう途中で見かけた垂れ幕です。柿安料亭本店とあります。恐らく2019年4月第7次旧東海道徒歩の旅の際に見た、桑名の柿安の写真のような印象です。

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桑名行の高速バス乗車まで時間があったので、空港内を散策です。すると、「遊べる飛行機テーマパーク FLIGHT OF DREAMS」の文字が見えます。空港内に飛行機のテーマパークがあるようです。しかも、BOEING787が展示されているようです。787の別称が、DREAMLINERであることから、このような名称になったのでしょうか。いずれ時間に余裕のある場合には是非とも、見学してみたいものです。

2019年11月10日 (日)

仮想日本縦断鉄道の旅---その47

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2019年10月1日から10月31日までjoggingで131Kmを走りました。10月も100Km越えとなりました。やっぱり、他にすることもないので、ただ、走っているのです。

 今回の仮想乗車区間は、JR気仙沼線BRT志津川駅からJR常磐線坂元駅まで乗車したと仮定します。この区間は距離129Km、駅数は33駅です。料金は¥2310で乗り換え4回、乗車157分、乗り継ぎを含めて合計4時間4分とのことです。残は9Kmとなります。

 

前回の条件で志津川へ宿泊し、早朝に出発すると仮定すると、志津川駅発6:05分、その後、JR気仙沼線、JR石巻線、JR東北本線と乗り継ぎ、d仙台駅8:24分着となります。1時間の待機時間があり、JR常磐線で仙台駅発9:24分で、坂元駅10:09分着となります。

 

この経路で行ったことがあるのは、仙台くらいです。2-3年前の3月、会議参加目的で仙台へ行きました。仙台周辺のホテルの予約がとれず、福島から新幹線で往復した記憶が残っています。大きな会議開催では、大都市仙台と言えども収容人員は限られている印象です。

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さて、10月の万歩計の結果です。総歩行数は15万歩、消費カロリーは3670Cal、歩行距離は93Km、脂肪消費量は224gとのことです。

2019年11月 9日 (土)

近所の散策2019---立冬過ぎ

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今年は、昨日11/8が立冬だったようです。こちらは、近所のお宅の生垣のヘチマが近くの樹木に巻き付き生長したものです。ヘチマの実が空中にぶら下がっています。チョット、面白かったので撮影しました。

本日も午前5:30分には起床し、朝食を摂り、6時過ぎから約6Kmのjoggingへ出かけています。走り出した頃は、やや暗かったのですが、走り終わった事には周囲は明るくなっていました。ストレッチを終了して、ふと空を見上げると、ヘチマの実がぶら下がっていたのでした。

光の具合が良くなる頃合いを見計らって、先ほど、撮影してきました。空気はやはり、ヒンヤリとしていますが、冬型の西高東低の気圧配置のため、南九州は非常に良いお天気です。

週末のroutine業務を実施し、現在、ブログを記載しています。本日の予定はありません。そうそう、冷え込んで来たので灯油でも購入しに行こうかと思っています。そんな事しか、予定がないのです。

2019年11月 8日 (金)

幕府軍艦「回天」始末

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今回は、こちらの本を選択しています。吉村昭氏の「幕府軍艦回天始末」です。本の帯には以下のように紹介されています。

明治二年三月二十五日の夜明け、宮古湾に碇泊している新政府軍の艦隊を旧幕府軍の軍艦「回天」が襲った―。箱館に立てこもった榎本武揚たちは、次第に追い詰められてゆく状況を打開しようと、大胆な奇襲に賭けたのであった。歴史に秘められた事実を掘り起し充実した筆致で描いた会心の長篇歴史小説。

吉村昭氏の長編は、殆ど、読書しています。お気に入りは、「海の史劇」「長英逃亡」「ふぉんしいほるとの娘」等です。先日、古本屋を散策している際にこちらの本を発見しました。「幕府軍艦回天始末」と「牛」が2本の短編が収録されている本となります。まあ、「牛」は本当の短篇となりますが、「回天始末」はなかなかの長編となります。ということで、今まで吉村昭氏の短編集は未読だったので選択しました。回天は、榎本武明が軍艦開陽を失った後の旧幕府海軍の旗艦となった船です。吉村昭氏の本は、事実関係を淡々と記載する傾向があるように感じていますが、こちらの本は、その傾向がなお強い印象です。歴史的事実として宮古海戦があったことを知りましたが、もうちょっと、味付けが欲しかったと思います。「牛」も、鹿児島県宝島で発生した異国船襲来事件を記載したものす。この事件後、幕府は海防の必要性を実感しようです。この事件は、同氏の他の小説で既知のものでしたが。まずまず、楽しませて頂きました。

2019年11月 7日 (木)

グロテスク---下巻

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前回に引き続き今回は、桐野夏生氏の「グロテスク下巻」を選択しています。本の帯には以下のように紹介されちています。

社会を騒然とさせた「東電OL殺人事件」に想を得た衝撃作。昼はエリートの顔をもつ女性が、なぜ夜の街で外国人に殺されるに至ったのか?
名門Q女子高校を出て20年後。一流企業のOLとなりながら言い知れぬ挫折感を味わっていた佐藤和恵は、夜の女として渋谷の街角に立つようになる。そこで、ひたすらに男を求め続けて高級娼婦から街娼に身を落としたユリコと再会する。「今に怪物を愛でる男が現れる。きっと、そいつはあたしたちを殺すわよ」。そのユリコの言葉は現実となる。彼女らの前に現れる中国人チャン・・・。
何かを渇望する女性が“怪物"へと変貌し、輝きを放ちながら破滅へと突き進む、女たちの魂の軌跡を描き切る。

実は、読書する前には、こちらの帯の紹介を読んでいませんでした。下巻を読書した直後に、こちらの本は東電OL殺人事件、大地の子、オウム真理教事件等を題材にしているものと直感しました。

東電OL殺人事件に関しては、2018年夏頃に佐野眞一氏の同名著作を読書しています。佐野氏のものではハッキリと分かりませんでしたが、こちらの本の内容が真実に近いものと推定すれば(勿論、フィクションです)、東電OLは精神的に破綻を来していたように思われます。

さて、「OUT」のみで桐野夏生氏を評価することが気の毒かと思って読んだ「グロテスク」ですが、やはり、当方にはこちらの著者は合わないようです。単純な人間には、チョット、理解できません。

2019年11月 6日 (水)

旅の思い出---第7次旧東海道徒歩の旅その14(第7次の最終回)

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2019年4月26日金曜日から名古屋での会議に便乗して第7次旧東海道徒歩の旅へ出発しています。2019年4/27午後4時半過ぎには旧東海道桑名側の七里の渡しから桑名駅へ向かって徒歩していました。さらに、桑名市博物館前には、こちらの古い傍示石もありました。「左 江戸道」とあります。

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古い傍示石の案内です。「右 京いせ道、左江戸道 江戸時代 旧東海道筋(場所不詳)に建てられていたものを移設しました」との記載です。

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こちらが、桑名市博物館の全体像となります。

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桑名市博物館を過ぎ、桑名市総合医療センター前を通過し、桑名駅に到着しました。

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駅前で現在地を確認しています。JR・近鉄・養老鉄道桑名駅前となります。

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こちらは、JR桑名駅の駅標となります。

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桑名駅から名古屋方面を撮影(たぶん)したものです。この後、電車に乗車し名古屋駅経由で、栄付近まで戻っています。

翌4/28は朝から真面目に会議へ出席し、夕方17時頃中部国際空港発の航空機に搭乗し宮崎へ戻っています。会議が半分、東海道歩行が半分の旅行となりました。GPSロガーの記録が残らなかったのが残念でした。

2019年11月 5日 (火)

旅の思い出---第7次旧東海道徒歩の旅その13

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2019年4月26日金曜日から名古屋での会議に便乗して第7次旧東海道徒歩の旅へ出発しています。2019年4/27午後4時過ぎには旧東海道桑名側の七里の渡しから桑名駅へ向かって徒歩していました。歴史を語る公園の案内文です。「桑名は、熱田宮宿に次いで、東海道中第2位の宿数を誇り」とあります。やはり、海路を挟む熱田宮宿と桑名宿は宿場として繁盛したのでしょう。

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こちらは、日本橋をモチーフとした小さな木製欄干を有する橋となっています。

 

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歴史を語る公園内には、桑名宿の案内板もりました。

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やや劣化していますが、赤い文字で現在地が記載されています。将に、歴史を語る公園に矢印が向いています。

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「天保14年(1843)の調べでは、宿内人口は8848人であり、本陣2軒、脇本陣4軒、旅籠数120件があった」と記載されています。

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桑名駅付近へ近づいています。こちらにも、「精肉京町柿安本店」がありました。柿安関連の店舗なのでしょう。

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さらに桑名駅に近づくと、桑名市博物館があります。この博物館前に東海道の傍示石がありました。

2019年11月 4日 (月)

旅の思い出---第7次旧東海道徒歩の旅その12

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2019年4月26日金曜日から名古屋での会議に便乗して第7次旧東海道徒歩の旅へ出発しています。2019年4/27午後3時半過ぎには旧東海道桑名側の七里の渡しから桑名駅へ向かって徒歩していました。この付近の旧東海道沿いには、こちらのように料理屋、料亭が多く残っています。恐らく、海路宮宿から到着した旅人がこの付近で食事を摂ったことでしょう。

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こちらも、料亭「柿安」の店舗のようです。

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そして、河口方向には、柿安さんの工場らしきものが見えます。当方が大阪勤務時代に大阪キタ阪急ナビオ8階の柿安さん(現在は閉店?)で、よく食事を摂っていたのですが、こちらがその源流ともなる店舗、工場なのであろうと勝手に理解しています。

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春日神社の前を通過します。

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旧街道を進むと、「歴史を語る公園」がありました。こちらが、日本橋側となります。写真後方に旧桑名城の石垣を見て取ることができます。

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桑名城城壁の案内がありました。説明文には、往時には行き交う荷船で賑わったことが記載されています。

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歴史を語る公園を進むと、同様な案内もありました。「石積みは、野面積み、打ち込みはぎの2方法で築造されている。また全面的ではないが、数十種類の刻印を刻んだ石もある」との記載です。

近所の散策2019---霜降過ぎ2

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今朝のjogging中に見かけた植物です。センリョウかな、マンリョウでしょうか。綺麗に実をつけているのでした。太陽が左から射しています。光と影も綺麗です。蜘蛛の巣まで映っています。

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こちらは、1本だけ例年、早く開花する染井吉野です。何週間前から勘違い開花をして、未だに開花しているのでした。友人が10月桜の写真を先月、送ってくれました。この世に、そのような桜が存在することを初めて知った次第です。

 

さて、この3連休は非常に天候に恵まれました。当方は自室に閉じこもって、新規分野の勉強をしていました。その進捗状況は芳しいものではありませんが、新しい事項を知ることは新たな納得が得られます。これからも継続しようと思います。

2019年11月 3日 (日)

はなちゃんのみそ汁

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今回は、こちらの本を選択しています。安武親子の「はなちゃんのみそ汁」です。本の帯には、以下のように紹介されています。

「私はがんになった後に、ムスメを授かりました。だから、この子を残して、死ななければなりません」。33歳で逝った母が5歳の娘と交わした約束、それは「毎朝、自分でみそ汁をつくること」。だから、はなちゃんは毎朝、みそ汁をつくる。生きることは食べること。“生きる力”に心を揺さぶられる感動の記録。

こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「希望を与えてくれるのは、有名な医者でも抗がん剤でもなかった。がん患者にとって、がんから生還した人と出会うことが、どれだけ生きる力になるのかがよく分かった」。p43, 記述。

「だが、過剰は自信は人から素直さと謙虚さを奪うことがある」p93、記述。

「してほしいことをして見せる。してほしくないことはしない。それが千恵の子育てのモットーだった」p134、記述。

「私たちは何をそんなに急いでいるんだろう」p218、千恵の言葉。

「過去はたった1日でもやり直しはできないけれど、未来は自分の意志でつくっていけるから」p259、解説。

 

今回、こちらの本を選択したのは、雨の帰路に古本屋に立ち寄り、見かけたので購入しました。大筋は、何年か前の24時間テレビの放映で知っていました。若い人が癌でこの世を去ることは残念なことです。しかし、残された時間をいかに有意義に過ごすかが重要なことだと思います。今までに、大きな病に罹患することなく過ごして来た当方の思い上がりでしょうね。

 

 

2019年11月 2日 (土)

旅の思い出---第7次旧東海道徒歩の旅その11

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2019年4月26日金曜日から名古屋での会議に便乗して第7次旧東海道徒歩の旅へ出発しています。2019年4/27午後3時半過ぎには旧東海道桑名側の七里の渡し付近に居ました。七里の渡し付近から、木曽、揖斐川上流方向を撮影しています。この川がいかに大きな河川であるかが判ると思います。

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同様に下流方向を撮影しています。この後、来た旧街道を通り桑名駅方向へ向かっています。

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旧街道沿いに、舟会所跡、問屋場跡の説明プレートがありました。「舟会所は、宮および佐屋へ渡る旅人のために渡船の手配をする事務所であった。旅人はこの会所に乗船の申し込みをして料金を支払い乗船した。現在は跡地は定かではない。問屋場は東海道を旅する旅人に人足や馬を手配する事務所で人馬継問屋場とも人馬会所とも言う。宿場町には必ず設けられていた。現在は跡地は定かではない」と記載されています。

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舟会所跡、問屋場跡のプレートは空き地の前にありました。

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そして、旧東海道沿いには桑名らしく、蛤の暖簾を下げる店舗があります。

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みくにやさんの行灯にも、「蛤料理、鍋料理」の文字が見えます。

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近くには、「通り弁跡」のプレートもありました。「桑名は地下水に海水が混じるため、寛永3年(1626)に町屋川から水を引いた水道をつくり、町内の主要道路の地下に筒を埋め、所々の道路中央に正方形の升を開けて、一般の人が利用した。これを通り弁という。(後略)」とあります。昭和37年(1962)に発見されたようです。

2019年11月 1日 (金)

ペットマト---ハバネロの生長記録5

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職場窓際で水耕栽培しているペットマトのハバネロの生長記録です。今週も順調に生長しています。最も大きな葉の長径は5cm程度となっています。ペットボトル内にも白い根が10cm程度、生えています。これからの生長が楽しみです。どのような実が成るのでしょうか。

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こちらは、100円ショップで購入したパクチーです。こちは通常の土壌(腐葉土)を用いた栽培キットです。発芽率は100%に近いようです。1粒の種子から2つの茎がでるのでしょうか。栽培説明には間引きをするような記載がありますが、可哀想で出来ません。もうしばらく生長してから、挿し木にしようと思います。

世界の果てまでイッテQのカレンダー---2019年11月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー11月は、温泉同好会の万人武術体操とのことです。中国で撮影されたようです。

非常に大きなマスゲームのようですが、主役?の温泉同好会がどの存在するのが判然としません。まあ、探せばいるのでしょう。

勿論、こちらのon airも見ていない印象です。近くの温泉へ行っていたことでしょう。

 

とうとう2019年の残すこと2ケ月となりました。2019年も、なんだか、無為徒食で過ごしてきたように思っています。

11月、12月で何か生産的なことができればと思っていますが、まあ、いつも通りに過ぎるのでしょうね。

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