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2019年11月18日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その6

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀氏付近までの徒歩を予定しています。5/24午後1時半過ぎには旧東海道桑名宿から四日市宿の中間地点付近である矢田立場付近に居ました。 こちらは矢田立場の火の見櫓となります。

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案内板がありました。「江戸時代の矢田町は、東海道の立場(宿場と宿場の中間にあって、旅人が休憩する茶店などが集まっている所)であった。(中略) 福江町へ曲がる角には火の見櫓(現在の火の見櫓は平成3年に再建したもの)もあった。現在でも、馬を繋ぎとめた鉄環のある家や連子格子のある家も見られる」とあります。

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現在地です。写真右から現在地に着き、写真下方向へ向かいます。

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こちらが、これから歩行する旧東海道となります。

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旧街道沿いには立派なお寺さんが多く存在します。こちらは了順寺です。鐘撞堂のようなものが見えます。

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この付近には、日立金属桑名工場がありました。監視カメラが稼働しているようです。当方も怪しい人物として録画されていることでしょう。

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日立金属工場前には、こちらのプレートがありました。江場松原跡とあります。「七里の渡し場から大福までの東海道は両側とも言えが立ち並んでいたが、江場から安永にかけての192間(約345m)は両側とも家がなく、松並木となっていた。眺望がよく、西には鈴鹿の山脈が遠望され、東は伊勢の海が見られた。昭和34年(1959)の伊勢湾台風ごろまでは松並木も残っていたが、現在は家が立ち並び、一本の松も残っていない」と記載されています。表題の「松」は「杉」に見えてしまうのは当方だけでしょうか?

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