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2020年7月

2020年7月31日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その125

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時過ぎには旧東海道鈴鹿峠を過ぎ土山宿へ向かって歩いていました。現在の滋賀県甲賀市土山町山中付近に居たはずです。地蔵堂前まで到着しています。こちらが、その地蔵堂のようです。

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常夜灯には地蔵大菩薩との文字が見えます。旧街道を進みます。

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地蔵堂から7-8分、歩行すると眼上に巨大な道路があるのでした。さらに先に何かモニュメントのようなものがあるので接近してみます。

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石製のプレートには、「第二名神」滋賀県起工の地と刻まれています。空にある立派な道路は第二名神なのでしょう。当方は通行したことはありません。

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第二名神起工の地の付近には、公園風になっている場所がありました。勿論、接近します。

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例の歴史の道 東海道の案内板がありました。案内下の柱部分には、現在地 土山町山中の文字があります。

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傍示石には、山中一里塚公園とあります。やはり、公園なのでした。

2020年7月30日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その124

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時過ぎには旧東海道鈴鹿峠を過ぎ土山宿へ向かって歩行していました。現在の滋賀県甲賀市土山町山中付近に居たことになります。公園風になっている場所には、「あいの土山観光案内図」ある案内板がありました。

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勿論、現在地を確認します。少々、薄くなっていますが赤い文字で現在地の記載があります。対側には、十条寺の文字も見えます。

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この付近には、例の旧東海道の案内板もありました。

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鈴鹿馬子唄の案内板もあります。「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨が降る」で始まり、案内中盤には、「東の箱根、西の鈴鹿と言われるように、旅人には非常に難所であった。その為に、この峠を人や荷が超えるのには馬の背を借りることが多くなり、馬の手綱を引いて駄賃を取る馬子たちも多く存在した。彼らの間で自然発生的に唄われたのが鈴鹿馬子唄で」とあります。

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石碑には、その「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨が降る 」と刻まれています。

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常夜灯のようなものもありました。

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常夜灯横には、「東海道鈴鹿 山中」との文字も見えます。

2020年7月29日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その123

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時半過ぎには旧東海道鈴鹿峠を過ぎ、滋賀県甲賀市土山付近に居ました。あいくるバスの熊野神社バス停まで到着しました。天候が不順で歩行を中断することがあれば、こちらのコミュニティバスを使用することも旅行前には検討していました。

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この付近の信号には、「山中」の名称がありました。

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数分の歩行で、こちらの道路案内を見つけました。標識には、「土山スノーステーション」とあります。ということは、冬季にはこの付近は降雪、積雪があることを意味することでしょう。現在、南九州に居住する当方にとっては、雪は珍しいものなのです。

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国道1号線対側に遠く、十条寺が見えて来ました。かなり立派なお寺さんです。

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当方が歩行する側には、あいくるバスの十条寺バス停がありました。

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この先、歩道は写真右側になるようです。結果的には、この付近がちょっとした公園となっているのでした。

2020年7月28日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その122

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時半過ぎには旧東海道鈴鹿峠の万人講常夜燈を通過しています。旧東海道はこの付近で国道1号線に合流するようです。こちらの小さな橋梁を渡って合流します。

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数分の歩行で、前方に何か見えてきました。

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どうやら地下道のようです。

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「横断禁止、地下道を使って下さい」と注意喚起の札がありました。

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この付近、写真のように車両の交通量は非常に少なかったのですが、当方は素直に地下道を使用して対側へ渡っています。

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国道1号線沿いに進んでいると、こちらの常夜燈がありました。前方に鳥居もあります。旧東海道は、このまま国道1号線となっているのでした。

2020年7月27日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その121

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道鈴鹿峠付近にいました。こちらが万人講灯籠 となります。

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東海自然歩道の案内板です。「鈴鹿峠は、古くから近江と伊勢を結ぶ交通の要衝で、旅人の往来安全のために灯された常夜灯の万人講灯籠が今もなと残っています」との記載です。

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万人講常夜燈の案内板もありました。「万人講常夜燈は、江戸時代に金毘羅参りの講中が道中の安全を祈願して建立したものである。重さ38t, 高さ5m44cmの自然石の常夜燈で、地元山中村をはじめ、坂下宿や甲賀谷の人々の奉仕によって出来上がったと伝えられている」とあります。「鈴鹿トンネル工事のために現在の位置に移設された」とも併記されています。

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万人講の石柱もあります。

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こちらが、万人講常夜燈とトイレの全体像となります。休憩所となっていました。

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旧東海道の横には、国道1号線が走っているようです。道路標識には、滋賀県甲賀市の文字が見えます。

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例の旧東海道の案内があるのでした。

2020年7月26日 (日)

稲の定点観測2020---その20

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毎週末、記録している宮崎平野の早期水稲の今週末の状況です。本日、午前6時過ぎに撮影しています。いつもの山の上には、雲が掛かっています。この時点では曇天でした。joggingすることも可能なのでした。

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稲の方は順調に生長しているようです。かなり、その頭を下へ向けています。拡大した撮影した写真はピンボケでしたので、掲載を取りやめています。

さて、今朝は午前1時過ぎ就寝中にエアコンから多量に水が落下して途中覚醒しています。記録によると2017年に購入した日立製のエアコンです。購入直後にも、同様のepisodeがありエディオンに対応を依頼した経緯があります。今回は、大切にしている本が濡れてしまいました。保障期間内ですので、午前10時を過ぎてから電話をしてみます。

一方、宮崎県下、宮崎市内でも新型コロナウイルス感染症が拡大しつつあるようです。ニュースでは、昨日7/26の新規感染者数を26名と報道しています。人口10万人当たりに換算すると、東京と同様な数字になるようです。「とうとう、宮崎もか」という印象です。この4連休中に、小さな子供たちを見る機会がありました。「どうしても、彼ら彼女らを守らなくてはいけない」という感慨をもちました。これから先はとうなることでしょう。

本日のjogging後、シャワーを浴び、毎日のroutineを終え、がっちりマンデーを見て今の時間となりました。外は雷雨の状態へ変化しています。今日は屋内で過ごすことになりそうです。

2020年7月25日 (土)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その120

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道鈴鹿峠頂点付近に居ました。鈴鹿峠滋賀県側には、この写真のように茶畑になっていました。茶葉は、太陽光を沢山浴びて良好に成長しているようです。

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侯爵者の杭がありました。そこには、土山町の文字が見えます。土山宿は、まだ、この先になります。

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鈴鹿峠路傍休憩地まで0.08Kmとのことです。

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その休憩地へ到着しました。公衆トイレの設備があります。

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このらの休憩地には杖の用意もありました。

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きちらの杖は、「まごの杖」というようです。鈴鹿峠を登下山する人が対象で、正調鈴鹿峠馬子唄保存会の会員が約1年をかけて手作りされたようです。返却場所は、こちらの土山万人講常夜灯公衆トイレ前と、坂下鈴鹿馬子唄会館玄関前となっています。坂下側では、こちらの杖の存在に気が付きまっせんでした。

2020年7月24日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その119

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道鈴鹿峠頂上付近に居ました。林を抜けると、こちらの傍示石がありました。「堺 右 滋賀県近江の国、左 三重県伊勢の国」と刻まれています。この付近が県境のようです。ということは鈴鹿峠の頂点に達したようです。

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側面には、「是より京まで 17里」と記載されています。三子山への案内印もありました。

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更にちょっと先には東海道の傍示石があります。その隣の小さな傍示石には、「鈴鹿国定公園」との記載でした。

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例の「歴史の道 東海道」の案内板もあります。土山宿に接近したようです。

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さらに、東海自然歩道の案内板もありました。「この歩道は、東京の明治の森高尾国定公園から大阪の箕面国定公園まで美しい自然や文化財をむすぶ約1300Kmの道です」との説明です。山の稜線沿いに歩道があるのでしょうか? 1300Kmとは通常の東京大阪間の約2倍の距離となりますね。

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こちらの案内もあります。坂下へ1.5Kmと、鈴鹿峠路傍休憩地まで0.3Kmとの記載です。坂下から1.5Kmしか進んでいないようです。何だか、かなりの距離があったような印象があるのですが。

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登山者への注意喚起の看板もありました。三子山への登山者が対象なのでしょう。

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この付近の全体像となります。滋賀県側に入り、林が消失していました。

2020年7月23日 (木)

ミニトマトチェリーメイトの生長記録---その7

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他の株のミニトマトチェリーメイトに花が咲きました。こちらの株は全高が50cm程度あります。もし、実がつくとその重さでたわんでしまいそうです。仕事場で栽培しているので対応方法が思いつきません。自宅へもって帰ることも検討しています。どうしようかな?

2020年7月22日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その118

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道鈴鹿峠付近に居ました。鈴鹿峠の案内板を過ぎた後も、こちらのような階段で登坂が続きます。 

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階段が終わっても登坂が継続するのです。と言うことは、未だ峠の頂点には達していないということです。

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倒木もあります。周囲が明るいので倒木があっても不安感は少ないのでした。

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再度、鈴鹿峠の案内がありました。当方の進行方向を左折すると高畑山へ行くようです。当方は、勿論、行きません。しかも1時間20分を要するとのこと。

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左折方向には、田村神社旧跡なる石碑もありました。

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近くに鈴鹿峠の案内がありました。「伊勢と近江の国境をなす標高378mの峠で、東海道は三子山と高畑山の鞍部を通っている。都が奈良盆地にあるときは、伊賀から加太峠を超え伊勢へ入る経路(後に大和街道と称す)が東海道であった。しかし、仁和2年(886)近江から鈴鹿峠を超え伊勢へ入る阿須波道と称する新道が開かれ、同年斎王群行がこの新道を通って伊勢神宮へ向かうように定めたことから、この鈴鹿峠超えが東海道の本筋となった」とあり、後半には、鈴鹿峠には山賊がいたこと、坂上田村麻呂を祀った田村神社旧跡があること等の記載があります。坂上田村麻呂って、中学校の歴史の教科書に出て来た人ですね。

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案内板付近から進行方向を撮影しています。写真中央が明るくなっています。この付近では、少なくとも登坂ではなくなった記憶があります。

2020年7月21日 (火)

加江田神社の茅の輪くぐり

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jogging course沿いにあるいつもの加江田神社です。参道近くには、以下のポスターがありました。何だか、少々、写真が傾いている印象でうすが、そこはご愛嬌で。

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「コロナ茅の輪くぐりしませんんか」と手書きで記載されています。

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こちらが、本殿前にあった茅の輪となります。

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本殿横の案内板です。「コロナ終息、無病息災願 茅の輪くぐり」とあります。「祓詞を唱えながら、茅の輪を3回くぐり祈念」とあり、その祓歌詞が以下のように記載されています。「水無月の夏越しの祓えする人は、千歳の齢 延ぶと云うなり」

当方も祈念して、3回、くぐって来ました。「終息」の文字に神官の気持ちがこもっています。

2020年7月20日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その117

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道坂下宿を過ぎ片山神社付近に居ました。道を間違え、タプレットを取り出し非常に長く感じた時間も僅か10分程度だったようです。片山神社前を右折すると、例の東海道の案内がありました。ホッします。

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この付近では、何だか獣道のような道を進むのでした。少々、登坂して石垣の上の道を進むことになります。

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こんな感じです。当方も箱根峠、宇津ノ谷峠超えを経験していますが、5/27当日が雨で暗かったら非常に心細く感じたことでしょう。

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前方に「鈴鹿国定公園 東海自然歩道案内」という案内板がありました。下に大きく、環境省、三重県との記載です。左に略図があります。接近してみます。

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この手の案内図で頂けないのが県境より先の記載が殆どないことです。こちらも御多分に漏れず滋賀県土山町方向の記載が殆どありません。

この道を通る人は、鈴鹿峠超えをする人のはずですから、鈴鹿峠の前後に関して記載して欲しいものです。やはり、日本は縦割り社会のようです。

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さて、気を持ち直して、こちらの階段を登り峠超えを目指します。階段部分も草に覆われています。

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鈴鹿峠の案内板がある場所まで到着しました。「鈴鹿峠(378m)を超える初めての官道は阿須波(あすは)道と呼ばれ平安時代の仁和2年(886年)に開通した」との記載です。天気も良く、関駅を出発2.5時間で鈴鹿峠付近まで到着しているので、5/27の歩行は順調に進行していました。

2020年7月19日 (日)

外科医 須磨久善

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今回は、こちらの本を選択しています。海堂尊氏の「外科医 須磨久善」です。本のカバーには、以下のように紹介されています。

超一流は突然出現する。まるで、夜空に突然眩い光を発する超新星のように。日本初の心臓難手術、「バチスタ手術」に挑んだ超新星・須磨久善とはどんな人間なのか。須磨が、「破境者」として多くの人々をインスパイアし、世界の心臓外科医の頂点に至るまでの航路を胸ゆさぶる筆致で描く興奮ノンフィクション。

さて、こちらでも読書中に付箋を貼付しか箇所を抜粋してみましょう。

「患者の幸福のためにリスクを冒し難手術に挑戦しようとするような、蛮勇を持ち合わせた外科医は存外少ない」本文、p50。

「余談になるが、現在医学研究は倫理問題が強く意識されすぎているため滞っている部分もある」本文、p61。

「画期的な業績を挙げたければ鈍感になることです。相手も無視する力も重要だというのだ」本文、p74。

「日本は田植え社会だと須磨は言う。遅すぎてもダメ、一人だけ早く行ってもダメ。みんなで動くことによって田植えがきっちりと行われる」本文、p79。

「役に立つ人間になる、ということでしょうか。(中略) スタッフから必要とされる、有用な人間になればいいんです」須磨の言葉、p95。

「心臓外科医はアスリート。大切なのは気持ちです。(中略) 受け身の姿勢で、及び腰で手術に向かっていると自覚した時が、自分が外科医をやめる時でしょう」須磨の言葉、p175.

NHKのプロジェクトXで、須磨久善先生が出演していたものを見たことがあります。imageを大切にされていることが画面からも受け取ることができました。やはり、1つの領域を極めた人のようです。

こちらの本、さすがに元外科医が著わしていることもあり正確のなのですが、technical termの使用が3ケ所(p109, p142, p145)で間違っています。少々、違和感を感じるのでした。

今回、こちらの本を読書して感じたのは、映画「チームバチスタの栄光」で主人公役を演じた吉川晃司さんの記述(p190-193)についてです。まるで、須磨久善氏かするような結紮術を披露したとのこと。非常に練習されたようです。俳優って凄いと感じました。当方にとって、吉川晃司さんとは、「モニカ」を歌いつつ、最後にプールに飛び込むイメージしか残っていなかったです。蛇足ながら、須磨久善さんが、吉川晃司さんへ役を演じる上で言った言葉が、こちらの本のカバー写真となっているようです。

小説「チームバシスタの栄光」を読み、映画も見てみなくなりました。今回、読書した本も古本屋さんで購入したものです。

2020年7月18日 (土)

稲の定点観測2020---その19

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毎週末観測している宮崎平野早期水稲の定点地点の今週末の状況です。本日、午前6時半前に撮影しています。いつもの山の上には少々、雲が掛かっています。空気も少々、湿って透明感が低下している印象です。

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早期水稲の方は、順調に生長しその頭を下へ向けています。拡大して撮影してみましょう。

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素人ながら、現時点では、実の入りも良さそうで、実が数も多い印象です。

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今朝は、少々、寝坊をして午前5時半頃に起床しています。朝食を頂戴してから、貴重な晴れ間となりそうなので、6時から約6Kmのjoggingへ出かけています。走り始めてすぐに、こちらの雲が空にありました。薄い羊雲でしょうか。雲の後ろには青空もあります。

昨日の時点での今日の天気予報は、午前中は晴れ、午後から天気が崩れる予報でした。それで慌てて約6Kmのjoggingへ出かけましたが、先ほどの天気予報では、今日の天気はもつようです。

昨日から同僚が体調不良で欠席しています。ということで、今日は午前中のみ出勤予定としています。さて、どのような1日になるでしょうか?

2020年7月17日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その116

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前8時半過ぎには旧東海道坂下宿を通過し鈴鹿峠手前を歩行していました。この付近では倒木も多数あるのです。太陽光があるとはいえ、少々、不気味です。今の時代、山賊はいないと自分を納得させます。

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近くに、「坂下宿~鈴鹿峠」の案内板がありました。案内の中ほどには、「このあたりは古町と呼ばれ、1650年9月の大洪水で宿場が壊滅するまで坂下宿があったことろである。洪水後、坂下宿は約1Km東へ移転し、宿場集落として繁栄した。洪水以前の1637年に実施された勢州鈴鹿郡坂下村検地帳によれば坂下村全体で寺社のほかに111軒の人家があったとされる。(中略) 東海道はこのあたりから鈴鹿坂八丁27曲がりの急坂が始まり、東の箱根峠、西の鈴鹿峠と言われた街道の難所鈴鹿峠へと続く」とあります。

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この付近の旧街道です。勿論、前後に人影はありません。一人とぼとぼと歩行するのでした。

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前方に何か見えて来ました。石碑には、「鈴鹿流薙刀術発生の地」と刻まれているようです。

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すぐ横には片山神社の鳥居があるのでした。

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鳥居の隣には、清流が流れています。これが鈴鹿川の源流でしょうか。特に案内はありませんでした。

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さらにこの辺りには、何やら立派ない石碑もあるのですが、何が記載されているのか当方には理解不能なのでした。

さて、ここで道を間違えています。片山神社を正面に見て本来であれば右折すべきだったのですが、左折してしまい、国道1号線に出てしまいました。今回の第8次旧東海道徒歩の旅では、この鈴鹿峠超えがあったので迷子になることを懸念してレンタルWiFiを持参していました。タブレット端末で自分の位置を確認しようという魂胆です。早速、リックからタブレットを出し現在地を確認し、進むべき街道を検索しようとしたことろ、何と余りにも田舎で地図が白地図状態になっていたのでした。笑いました。とりあえず片山神社まで戻ることにしています。

2020年7月16日 (木)

仮想日本縦断鉄道の旅---その55

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2020年6月1日から6月30日までjoggingで120Kmを走りました。6月も100Km越えとなりました。6月も特にすることもなく、朝は目覚まし代わりに、夕は入浴前の発汗目的でただ走っているのです。 

今回の仮想乗車区間は、JR紀勢本線尾鷲駅から串本駅まで乗車したと仮定します。この区間は距離99Km、駅数は29駅です。料金は¥1690で乗り換え1回、乗車144分、その他62分、乗り継ぎを含めて合計3時間26分とのことです。残は45Kmとなります。

前回の条件で、この区間を乗車したと仮定すると、尾鷲駅12:00分発、新宮駅13:00着、同駅14:22分発、串本駅15:26分着とのことです。

この付近は全く行ったことがありません。串本って、本州最南端でしたか、台風の通過地点の印象しかありません。当方の街道歩きの師匠が、2-3年前まで出向でこの付近で勤務していたことを思いだします。その際、地図を見た時に初めて、串本沖に島があることに気が付きました。一度、行ってみたいとは思っていますが、そのような機会が果たして来るでしょうか?

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さて、6月の万歩計の結果です。総歩行数は12.3万歩、消費カロリーは2957Cal、歩行距離は67.8Km、脂肪消費量は179gとのことです。6/28(日)は雨で走っていません。6/29(月)は約3Kmのjoggingへ出かけているのですが、万歩計が電池切れ状態で記録が残っていません。

こちらのグラフを見ると、当方の生活パターンも復習することが出来るのです。 

2020年7月15日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その115

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前8時半過ぎには旧東海道坂下宿を通過し鈴鹿峠へ向かって歩行していました。例の旧東海道の案内板がありました。

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旧街道沿いには、こちらの看板があるのでした。もう少し、大きく撮影しておけば良かったと後悔しています。表題は「山奥料理の味な宿で舌鼓」とあり、その下に猪料理、鱒、鯉料理、うなぎ料理、鹿料理、山菜てんぷらの文字と写真の掲載があります。1泊2食付きで¥7000との記載です。バーベキュー鈴鹿峠という名称の宿のようです。看板に送迎しますとの文字もありました。果たして、この看板を見る人は何人いるのだろうかと邪推をしてしまいました。

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バーベキュー鈴鹿峠の看板を過ぎて直ぐに、例の判読困難な道路案内がありました。どうやら鈴鹿峠まで0.6Kmの距離のようです。ちょっと、緊張感がみなぎって来ます。

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旧東海道の案内板がありました。少々、劣化しています。こちらの案内板が立っていたのが次の写真となります。

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丁度、道路が分岐するのです。写真中央の白いフェンスに旧東海道の案内板があるのです。人間の心理として、暗い右の道路には進みたくはないのですが、どうやら旧東海道は右の道路のようです。果敢に攻めるつもりで右の道を進みます。周囲に人間は居ません。当方、ただ一人です。

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約1分の歩行で、片山神社の石碑がありました。旧東海道であることが確認できました。木漏れ日の道を進みます。

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鈴鹿峠に繋がるこの付近の旧東海道です。前後に人は居ません。

2020年7月14日 (火)

近所の花の成長記録2020年---その18

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こちらもjogging中に見かけた植物です。柿の実が少しづつ生長しているようです。秋には、完全に熟すのでしょうが、今からその準備をしているようです。

2020年7月13日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その114

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前8時過ぎには旧東海道坂下宿を通過し鈴鹿峠方向へ歩行していました。梅屋本陣跡の石碑がありました。この付近では、このような石柱が残っているのみです。

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坂下宿に1件あった脇本陣跡の石碑もありました。小竹屋脇本陣とあります。

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この付近の旧東海道です。結構な道幅があります。旧街道は緩やかに左方向へカーブしています。

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旧街道沿いに何かありました。接近してみます。

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徳利の文字から、身代地蔵尊であることが判りました。

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さらに鈴鹿峠方向へ進むと写真のような看板がありました。国道1号線と合流したようです。大津の文字見えます。少なくとも当方にとっては、四日市より大津の方が親しみがあります。大分、京都に接近して来た感があります。

2020年7月12日 (日)

花咲舞が黙ってない

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今回は、こちらの本を選択しています。池井戸潤氏の「花咲舞が黙ってない」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

その日、東京第一銀行に激震が走った。頭取から発表されたライバル行との合併。生き残りを懸けた交渉が進む中、臨店指導グループの跳ねっ返り・花咲舞は、ひょんなことから「組織の秘密」というパンドラの箱を開けてしまう。隠蔽工作、行内政治、妖怪重役…このままでは我が行はダメになる!花咲舞の正義が銀行の闇に斬り込む痛快連作短篇。

さて、こちらは娯楽小説ですが、いつものように付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「銀行員ってのは、何かを知ってしまったら責任が発生する商売だって、(中略) 一旦、知ってしまったら、見て見ぬフリをした者もまた、責任を問われると」本文、p290。

「この問題のややこしいところは、世の中の正義と組織の正義が一致しないこといあるんです」本文、p301。

「間違っていることをしたとは思わない。だが、正しいことをしていれば出世できるというものでもない」本文、p312。

久しぶりに池井戸潤氏の小説を読書しました。恐らく、「空飛ぶタイヤ」以来の読書だと思います。こちらの本の存在は、何となく知っていましたが、こちが、同氏の「不祥事」の続編であることは知りませんでした。解説を読んで初めて知った次第です。こちらの本も、古本屋さんを散策している際に発見したものです。機会があれば、「不祥事」も読書してみたいものです。まあ、楽しめました。

2020年7月11日 (土)

稲の定点観測2020---その18

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毎週末観測している宮崎平野早期水稲の定点地点です。今週末の状況です。本日、午前6時半頃に撮影しています。いつもの山の上には雲がありますが、青空も見えます。7/13頃までは大雨が持続するという予報でしたが、どうしたことでしょう。

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早期水稲は順調に生長しています。ほぼ、当方の腰あたりまで大きくなって来ているでしょうか。当方は胴長短足なので、あまり、参考にはならないかもしれません。

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こちらは、例のヤギの親子です。今日はお父さんヤギを撮影しました。というより、子ヤギは母ヤギと一緒に小屋の中にいて撮影できなかったのです。

さて、今朝はやや寝坊をして午前5:45分頃に起床しています。というのも、午前4時頃から雷鳴が酷く、あまり、眠れなかったのです。昨日までの天気予報では、7/13頃までの大雨を予報していたので、それによる雷鳴と思っていました。起床してから、外を見ると、なんと降水はありませんでした。急いで朝食を取り、題名のない音楽会の始めの5分程度を見てからすぐに約6Kmのjoggingへ出かけています。その途中で、これらの写真を撮影しました。その後、シャワー、洗濯、毎日のroutineを実施して現時刻に至ります。現在、8時半過ぎですが、窓から覗く空には青空も見えています。ひょっとすると、良い天気になるのでしょうか。人吉、久留米、日田等の被災地に大雨が降りませんように。復旧、復興が進むことを祈っています。

今週末も当方には特別な予定はありません。新規領域の勉強、毎年のroutine業務をこなすことになりそうです。

 

2020年7月10日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その113

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前8時過ぎには旧東海道坂下宿付近に居ました。現在のコミュニティバス伊勢坂下バス停付近です。坂下宿の案内板がありました。案内には、室町時代には宿として機能していたこと、かつての宿は片山神社下の谷間にあったが1650年の大洪水にて現在の位置に移転したこと、江戸時代後半には本陣3軒、脇本陣1件、旅籠48軒を数える東海道有数の宿となったこと、1890年関西鉄道が開通したことにより通行者が激減し宿場としての機能を終了したこと等の記載があります。

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案内板左下には、伊勢参宮名所図会からの絵がありました。かつては関西方面からの伊勢神宮参宮者で賑わったのでしょう。

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この付近では、やはり茶畑があるのでした。有名なのでしょうか?

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伊勢坂下バス停を出発します。再び、前方を撮影しています。交通量は殆どありませんでした。

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大竹屋本陣跡を通過します。何故か、ゴミ集積場となっているのでした。

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お寺さんが見えて来ました。勿論、興味はありません。メルクマールとして確認し、ガイドブックで現在地を確認します。

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法安寺というようです。確認が出来れば出発します。

2020年7月 9日 (木)

ミニトマトチェリーメイトの生長記録---その6

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仕事場窓際で水耕栽培しているミニトマトチェリーメイトの生長記録です。こちらは本来の株です。約1ケ月前に摘心しています。

その横から、新たな茎、葉が生長しています。このようにして摘心すると、横へ向かって生長するのでしょう。

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摘心した部分を接写しています。真上に向かって茎をのばしているのが新しいものです。

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こちらは、摘心部分を挿し木した方です。こちらも、充分に根が発達し生長しています。全高は20cm程度あるでしょう。

こちらも摘心する必要があるかもしれません。全く同一のクローンが増加していきます。

2020年7月 8日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その112

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前8時過ぎには旧東海道関宿から坂下宿へ向かって歩行していました。鈴鹿川にかかるかわらだにはしを渡ります。

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橋付近から前方を撮影します。この先に鈴鹿峠があるはずです。峠超えのこの日の天候が本当に良好だったのは非常にluckyでした。

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松屋本陣跡の石柱があります。どうやら坂下宿に到着したようです。

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この付近の全景です。松屋本陣があった建物は、現在、こちらの建物になっているのでしょうか? 接近してみます。

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するとコミュニティバスの伊勢坂下のバス停がありました。ここの到着時間は8:15分です。関駅前からコミュニティバスに乗車しても到着は9:20分頃でしたので約1時間の時間の節約になりました。このバス停が終点となります。これから県境を迎えますのでバスは通っていません。

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こちらが伊勢坂下バス停の時刻表です。1日4便のみの運行となります。9時15分に到着したバスが、そのまま9:20分発の便となるのでしょう。時刻表下には、「日曜日、祝日、1/1-1/3は運休します」とあります。月廟日である当日を鈴鹿峠超えに設定した理由が判るはずです。

2020年7月 7日 (火)

近所の花の成長記録2020年---その17

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こちらもjogging中に見かけた植物です。恐らくプロの農家の方が、自給用に栽培している畑だと思います。以前、茄子が栽培されていた畑です。スイートコーンが生長しつつあります。全長は20cm程度でしょうか、まだまだ、直径、太さが足りません。今後、どのくらいの期間で収穫するのでしょうか。今後、joggingの際に観察してみようと思います。

2020年7月 6日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その111

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前7時半過ぎには旧東海道関宿から坂下宿へ向かって歩いていました。現在の鈴鹿馬子唄会館近くに居たことになります。この付近には、鈴鹿峠自然の家も併設されているようです。

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鈴鹿馬子唄会館前には幅の広い道路がありますので、旧東海道から少々逸れて、会館付近を1周してみることにしました。馬子唄会館入口がありました。

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さらに近くには歴史を感じさせる建物がありました。案内板があるので接近してみます。

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「鈴鹿峠自然の家(旧坂下尋常高等小学校)」との記載です。先ほど見た駐車場の案内板にあった自然の家のようです。旧小学校の校舎を利用しているようです。案内には、昭和13年に建築されたこと、昭和54年3月に小学校が廃校となり、その後、坂下公民館として利用され、現在、研修施設として自然の家として活用されていること、平成11年に国の登録有形文化財として指定されたこと等の記載がありました。

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旧尋常小学校近くには、こちらの鈴鹿馬子唄発祥の地なる立派な石碑もあるのでした。

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旧街道に戻り歩行を再開します。すぐ近くには、例の判読困難な道標がありました。どうやら旧東海道鈴鹿峠2.4Kmと記載されているようです。

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2-3分の歩行で、こちらの看板を発見しました。AGFブレンディの森との記載です。コーヒーか紅茶を栽培しえているのでしょうか? 旧東海道とはかけ離れた、思わぬ展開に微笑むのでした。

2020年7月 5日 (日)

稲の定点観測2020---その17

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毎週末、測している宮崎平野早期水稲の定点観測地点です。今日、午前6時過ぎの状況です。いつもの山の上には薄い雲が掛かっています。

熊本方面は大雨でしたが、宮崎は昨日の午後から降水はありません。本日、朝は天ではありましたが、降水はありませんでした。

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早期水稲の方は、当方の腿(もも)程度まで生長しています。

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穂先は、その頭を下げつつあるようです。実が詰まって来たのでしょう。

今朝は少々、寝坊をして午前5:30分頃に起床しています。朝食を頂き、外に降水がないことを確認して約6Kmのjoggingへ出かけています。

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外周jogging1週目には、例の子ヤギは網製の柵を越えて、外の草を食んでいました。12倍の望遠で撮影しています。

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外周2週目では、柵を飛び越えで内へ戻ったようです。母ヤギの横に居ました。母ヤギが柵の外にいるのは見たことがありませんが、子ヤギは元気で跳躍力もあるようで、柵を越えます。あまり、柵の意味がないような気もするのですが。

さて、昨日は熊本、鹿児島方面で大雨となり、大きな被害が出ているようです。学生時代には、未だ、九州自動車道が全線開通しておらず、宮崎から八代方面へ移動する際には、球磨川沿いの国道をクルマで何度も往来しました。その近くで川が氾濫し、被害が出ているようです。今後、その被害が拡大しないことを祈っています。

さて、連休2日目の今日も特に予定はありません。週末のroutine業務、新規領域の勉強、読書、温泉、サウナで時間が経過することでしょう。

2020年7月 4日 (土)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その110

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前7半過ぎには旧東海道関宿から坂下宿へ向かって歩いていました。観音山歩道案内図を過ぎてから、旧街道沿いにはこちらの写真のような格子をもつ純和風家屋があり、往時を忍ばせます。

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旧街道沿いには神社仏閣が多いのですが、お寺さんがありました。

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名称を確認すべく接近しました。超泉寺とあります。この付近にはメルクマールとなるべきものが少ないのです。ガイドブックにあったこちらのお寺さんを確認することで現在地が凡そ確認できるのです。

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前方には、鈴鹿峠を有すると思われる山々が望見できるのでした。

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鈴鹿馬子唄会館前バス停まで到着しました。

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会館の背側を通るのが旧東海道のようです。

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旧街道沿いには、旧東海道の宿場を示す木柱がモニュメントとして設置してありました。

2020年7月 3日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その109

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前7時半過ぎには旧東海道関宿から坂下宿へ向かって歩いていました。坂下宿の手前となる沓掛という集落付近に到着したようです。この付近の旧街道は、写真のようです。

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直ぐに、楢の木バス停に到着しました。写真右は茶畑でしょうか?

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この付近の道案内です。案内があるのは非常に助かるのですが、何が記載されているかが判読不可です。

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5分程の歩行で観音山歩道案内図がありました。位置確認目的で案内に接近します。

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現在地は、写真中央付近となります。これから、写真左上方向へ進むことになります。

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案内中央に、沓掛から鈴鹿峠までの距離と所要時間の記載がありました。現在地が沓掛とすると、あと約6Kmの歩行で鈴鹿峠に差し掛かることになります。ちょっと、緊張します。

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歩道案内図付近の道標です。やっぱり、文字が判読不可能なのでした。でも、道標の存在自体がmainな道路であることを示しており、この道が旧東海道であることの裏付けとなります。

2020年7月 2日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その108

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前7時過ぎには旧東海道関宿から坂下宿へ向かって歩いていました。コミュニティバス筆捨山バス停まで到着しました。

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この付近の鈴鹿川は、この写真のようです。非常に水が綺麗な印象です。川は谷底に流れていて、道路からかなりの距離があるのでした。

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藪の中に、何だか古そうな石碑があるのですが、詳細不明です。

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一里塚跡がありました。関宿を出発してから約1時間なので丁度良いペースで歩いていることになります。

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国道1号線沿いから、鈴鹿峠であろうと推定される方向を撮影しています。天候には恵まれたようです。

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さらに国道1号線沿いに進むと、写真のように旧東海道を案内する矢印がありました。ここで国道1号線から分岐するようです。

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右折すると直ぐに、電信柱に案内がありました。安心できます。「旧東海道 これより沓掛」との記載です。指示通りに進みます。

2020年7月 1日 (水)

世界の果てまでイッテQのカレンダー2020年7月

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世界の果てまでイッテQのカンダー2020年7月は、内村光良さんの「水深10cmのさざ波サーフィン」だそうです。オーストライアで撮影されたようです。勿論、こちらのon airも見た記憶がありません。最近では、裏番組となる「ポツンと一軒家」を見ているからです。日曜日の夜、近くの温泉から帰宅すると、ポツンと一軒家が流れているので、そのまま見ているのです。

さて、7月となりました。南九州は梅雨の真っ最中でしょう。7月上旬に梅雨が明けることもありますが、今年はどうでしょう。

新型コロナウイルスの第2波が未襲来で、日常生活が送れていることを願っています。移動制限も解除されていれば良いのですが。長期予定が組めませんね。

 

 

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