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2020年7月22日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その118

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道鈴鹿峠付近に居ました。鈴鹿峠の案内板を過ぎた後も、こちらのような階段で登坂が続きます。 

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階段が終わっても登坂が継続するのです。と言うことは、未だ峠の頂点には達していないということです。

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倒木もあります。周囲が明るいので倒木があっても不安感は少ないのでした。

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再度、鈴鹿峠の案内がありました。当方の進行方向を左折すると高畑山へ行くようです。当方は、勿論、行きません。しかも1時間20分を要するとのこと。

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左折方向には、田村神社旧跡なる石碑もありました。

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近くに鈴鹿峠の案内がありました。「伊勢と近江の国境をなす標高378mの峠で、東海道は三子山と高畑山の鞍部を通っている。都が奈良盆地にあるときは、伊賀から加太峠を超え伊勢へ入る経路(後に大和街道と称す)が東海道であった。しかし、仁和2年(886)近江から鈴鹿峠を超え伊勢へ入る阿須波道と称する新道が開かれ、同年斎王群行がこの新道を通って伊勢神宮へ向かうように定めたことから、この鈴鹿峠超えが東海道の本筋となった」とあり、後半には、鈴鹿峠には山賊がいたこと、坂上田村麻呂を祀った田村神社旧跡があること等の記載があります。坂上田村麻呂って、中学校の歴史の教科書に出て来た人ですね。

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案内板付近から進行方向を撮影しています。写真中央が明るくなっています。この付近では、少なくとも登坂ではなくなった記憶があります。

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コメント

本当に山賊がいてもおかしくない様子ですね。

コメントをありがとう。他に通行人がいたら、当方が山賊と間違われたかもしれません。
でも、単独の山賊はいないか。

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