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2020年8月

2020年8月31日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その142

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後12時過ぎには旧東海道土山宿、現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居ました。林羅山の漢詩碑の直ぐ近くには、「東海道土山宿 油屋跡」なる案内板を掲げる門がありました。

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門の全景です。門構えは立派ですが、中身はないようです。まるで誰かさんのようですね。

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さらに近くには、「一の松通り」なる傍示石がありました。

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こちらは、歌碑のようです。

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案内板には、「作者 高桑闌更」とあります。要約すると、作者は加賀金沢の出身であること、芭風の復興に努めたこと、与謝蕪村らとともに俳諧中興に貢献したこと等の記載がありました。

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句碑の資格には、大黒屋本陣跡もありました。こちらが、その全景です。建物は残ってはいません。空地になっているようです。

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案内板には、東海道往来の増加に伴い土山本陣のみでは対応不可となったこと、これに伴い豪商大黒屋立岡氏に控本陣が指定されたこと等の記載があります。

2020年8月30日 (日)

グーグル革命の衝撃

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今回は、こちらの本を選択しています。NHKスペシャル取材班の「グーグル革命の衝撃」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

「人類による文字以来の革命的発明」とも言われる「コンピュータ検索」。アメリカの2人の学生が興したベンチャー企業は、10年を経て今最も注目される巨大企業となった。私たちの暮らしは、もはや「検索」抜きでは考えられない。世界で1日10億回、世界中のネットユーザーが、1日1回はグーグルの検索ボタンを押している。徹底した取材を基に、進化し続ける世界屈指の頭脳集団に迫った話題作。

こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

「常にブラックボックスの検索アルゴリズムを変更する権利を持つのはグーグルなのである」本文、p207。

「不完全な世界では、不完全な決定をせざるを得ないこともあります。それが中国で起きたことです」本文、p211。

「最近はインターネットを駆使して誰でも大量の情報を短時間のうちに入手できるようになった。このような情報環境の中で育った皆さんは、学術情報が簡単に手に入れるのが当然だと思っているだろう。(中略)情報収集にかけた膨大な手間と時間は、無駄なように見えて、決して無駄ではなかった。その作業を通じて、頭の中で多様な情報が関連付けられ、構造化され、それが閃きを生み出す基盤となっているからだ」東大総長の入学式時の言葉、p302。

「重要なのは、その人の知識の量ではなく、知る手段を知っていることだと思います」グーグルに依存するアメリカ青年の言葉、p313。

「利便性と引き換えに自分のもっている情報をすべて(グーグルへ)預け、そして世界中の情報へのアクセスの仕方すべてをグーグルに委ねることでもある」本文、p339。

 

東大総長の言葉とグーグルに依存するアメリカ青年の言葉は対照的です。玉石混交のネット上の情報を、有用あるいは不適切と判断するには、やはりある程度の知識は必要だと思います。今までの、ただ単に知識量を評価する試験方法にも疑問を持ちますが、fake newsを鵜呑みするような人々が多いことにも問題がありそうです。

こちらの本も古本屋散策中に見つけたもので、約10年前の出版となります。現在では、さらにネット環境が進化、進歩しています。ネット環境下にある我々の生活方法を考えるべき時期に来たような気がします。ネット時代の到来に伴い個人が情報を発信することが可能となりましたが、それと引き換えに個人情報は全てグーグルが握り、検索結果を含めた情報発信もグーグルが操作可能な時代となっているようです。

 

2020年8月29日 (土)

近所の散策2020---処暑過ぎ1

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近所のお宅の生垣にへちまの黄色い花が開花していました。処暑過ぎとはいえ、午後の強い太陽光を浴び元気に開花しています。

他の花はなんだか萎んでいました。暑かったからでしょうか? 朝のjogging時には元気だったのに。

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ヘチマの実も元気に生長しています。

2020年8月28日 (金)

ひよ鳥の親子?

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先日の夕方、当家南側庭に植樹されているカメリアファイアーダンスに、こちらの小さな鳥が留まっていました。小さいので、どうやら子供のようです。当方が近づいても逃げません。しかも、何だか尻尾が短いのです。怪我でもしているのでしょか?

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近くには、親鳥のような鳥も居ました。こちらも当方が距離にして1m程度まで接近しても逃げません。なんだか、小さな鳥を気遣っているようにも見えます。考えすぎでしょうか。夜をこちらの木の下で過ごすのでしょうか。妻と相談して、そっとしておくことにしました。

翌朝、早速、こちらの鳥を見に行きましたが、その姿がありませんでした。怪我でもしていなければ良いのです。少々、心配です。

2020年8月27日 (木)

旅の思い出---博多への旅2020年8月 その3

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8/23も午前5:40分頃には起床し昨夜と同じコールをjoggingしています。博多駅前から博多港へ向かう大博通りが距離的にjoggingには適しているのです。朝の博多港は、昨夜と一転して静寂なのでした。何度も走ってこの付近まで来ていますが、気に入っています。

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復路には勿論、櫛田神社に立ち寄っています。自転車を降りた若い男性が、礼儀正しく鳥居前で一礼し参道を本殿方向へ歩いていきます。当方もそれを見倣って、進みます。拝殿で祈願をしてからホテルへ戻り、大浴場で汗を流しています。午前9:40分から所要があり、午前8:20頃にはホテルをチェックアウトして会場へ向かっています。ホテルから徒歩で10分程度でした。夕方までの所要を済ませ、ホテルに預けていた荷物を受け取り地下鉄で福岡空港まで向かっています。

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福岡空港は少々、建て替え工事が終了したようで、以前のような勝手ではありませんでした。写真では判り難いのですが、出発便の約4割のキャンセルであった印象です。復路に搭乗した飛行機も搭乗率は30%前後でしょうか。勿論、当方の隣の席は空席なのでした。機内で配布されたアルコールティッシュで手指とひじ掛け付近を念入りに消毒しています。帰宅後も、手洗い、うがいを実施し、荷物の片づけ後に入浴しています。少しでもウイルスの侵入を防ぎたかったのです。

新型コロナウイルス感染症多発地帯へ往復したことにより、8/24からは社内規定に則り1週間の出勤停止となります。有給休暇を取得して1週間の健康観察としています。

2020年8月26日 (水)

旅の思い出---博多への旅2020年8月 その2

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8/22昼過ぎに宮崎発のANA(ORC)機に搭乗し、福岡空港到着後にはいつものように地下鉄で博多駅まで移動しています。地下鉄の乗車率も土曜ににしては非常に低く、1両に数名乗車しているのみです。博多駅到着後、博多駅ビル内の丸善へ本を散策へ行っていますが、こちらは人が多く、感染のリスクを感じ、早々に引き上げホテルへ移動しました。その後は、ホテル部屋内で大人しくしていました。夕方、博多駅前から博多港まで往復約4Kmのjoggingへ出かけています。博多港がなんだか、騒々しいのです。

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すると、マリンメッセの屋外で、drive in theaterならぬdrive in concertをしているようでした。写真中央がステージとなります。その前にクルマが駐車しています。感染の危惧があり、屋外でのコンサートになったことでしょう。

2020年8月25日 (火)

旅の思い出---博多への旅2020年8月 その1

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2020年8/22-8/23に所要のため新型コロナウイルス感染症蔓延のなか、感染者多発地帯である博多へ往復しています。8/22昼前の宮崎空港駐車場です。空港ビル寄りの駐車場にはクルマの姿が見えますが、その奥には空きが目立ちます。週末に、こちらの駐車場がこのように閑散としているのを初めてみました。駐車率は恐らく10%未満でしょう。

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空港ビル内も閑散としています。今回、搭乗する飛行機はプロペラ機であるため荷物を預けることにしました。ANAのカウンター前にも人影は殆どありません。

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レストラン街も営業縮小の案内です。休業している店舗もありました。当方は、蕎麦屋さんで昼食を摂っていますが、勿論、待たされることもなく入店できました。近くでは若い男性陣が、マスクはしているものの近距離で大きな声で会話を交わしているのでした。何か違和感を感じていました。

2020年8月24日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その141

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後12時過ぎには旧東海道土山宿、現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居ました。土山本陣跡のつづきです。土山本陣跡には、明治天皇聖蹟なる石碑もあるのでした。

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土山本陣近くには、こちらの歌碑らしきものもありました。漢詩のようです。勿論、当方には理解不能です。

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「林羅山の患肢の解読と解説」なる案内板がありました。林羅山って、徳川家康のブレーン、側近だった人かな?

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漢詩石碑のすぐ近くには、土山中央公民館がありました。

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旧東海道を示す案内板がありました。写真の茶色にて旧街道が示されています。写真右から左へ向かって歩いています。写真中央やや左の現在地が提示されています。

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現在地は、こちらとなります。

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陣屋跡の説明では、こちらが幕府の直轄地であった記載がありました。

2020年8月23日 (日)

福岡空港

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要件が終了し、宮崎へ帰ります。福岡空港も決して人影は多くはありません。

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その140

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後12時過ぎには旧東海道土山宿、現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居ました。東海道伝馬館を過ぎすると直ぐに、こちらの白壁の建物が見えてきました。立派です。

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軒先には、「東海道土山宿 油佐」とあります。何屋さんだったのでしょう?

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家屋の反対側に、こちらの案内板がありました。「土山宿問屋宅跡」と記載されています。問屋場があったのでしょう。

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「問屋宅跡」の傍示石もありました。

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問屋宅跡の隣には、「土山宿 本陣跡」がありました。

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案内板中半には、以下の記載があります。「なかでも明治元年9月の明治天皇行幸の際には、この本陣で満16歳の誕生日を迎えられ、近代日本としては初めての天長節が祝われた。この時には土山宿の十問に神酒と鯣(するめ)が下賜され、今なお土山の誇りとして語りつがれている」

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こちらが、土山本陣跡の全景となります。奥が問屋宅跡となります。

2020年8月22日 (土)

宮崎空港

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宮崎空港へ来ています。福岡で所用があり飛行機で飛びます。宮崎空港内は閑散としています。周囲の駐車場に駐車しているクルマも少なく、空港内の店舗も臨時休業しているものもあります。これほど閑散とした宮崎空港を見たことがありません。

なってこったエアコン故障---その4 日立製エアコン修理完了

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当方の書斎兼寝室に設置している日立製エアコン(RAS-DM25GE5)の修理が8/19(火)夕方に完了しました。妻が修理に立ち合い、当方が帰宅した際にはほぼ修理が完了していたので、不具合箇所は良く判りません。8/19夜は試運転とし2時間程度、稼働してみましたが、特に異音は発生しませんでした。が、再度、異音発生を懸念して8/19は子供部屋で就寝しています。

8/20から当方の自室へ戻り就寝していますが、特に異音の発生はありませんでした。7/26午前に修理を依頼して完了するまで約1ケ月を要しました。最もエアコンが必要な時期にこちらのエアコンは仕事をしませんでした。来年も含めて、今後の稼働に期待します。

さて、今朝も午前6時前には起床し、朝のjoggingへ出かけています。その後、シャワー、洗濯、朝食、毎日のroutine、水耕栽培器の洗浄をしています。9時半過ぎから散髪をし、正午頃の飛行機で感染多発地域へ移動します。久しぶりに飛行機に搭乗します。空港はどのような状況となっているでしょうか?

2020年8月21日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その139

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時半過ぎには旧東海道土山宿、現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居ました。本陣跡近くには、こちらの写真のような広場がありました。門の対側へ行ってみます。

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五十三次 土山宿とあります。傍示石には、問屋場 成道学校跡と読み取れます。案内板があります。勿論、オヤジとしては接近するのです。

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いわゆる問屋場跡の説明文が記載されています。最後の方に、「明治以後、問屋場も廃止されたが、その施設は成道学校として利用された」との記載です。

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こちらが、成道学校だった場所のようです。家屋が残されています。写真左に略図を記載した案内板がありそうです。

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「あいの土山観光案内図」と記載されています。

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現在地を確認します。緑色の線が旧東海道となります。写真右から左へ向かって歩行しています。

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さらに略した図がありました。同様に写真右から左(京側)へ向かって歩いています。これから旧土山本陣前を通り、国道1号線と交差するようです。

2020年8月20日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その138

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時半過ぎには旧東海道土山宿、現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居ました。森白仙終焉の地であった井筒屋さんを通過して直ぐに、こちらの案内板がありました。接近します。

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案内板には、「森鴎外の泊まった平野屋」との記載があります。案内前半には、「平野屋は、鴎外が祖父白仙の墓参のため土山宿を訪れ、明治33年3月2日に一泊した旅籠である」との記載です。

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さらに近くには、堤屋(二階家)本陣跡がありました。写真が上手く撮影できていません。

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こちらがが、本陣跡の傍示石となります。赤い何かが写っています。

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こちらの本陣跡は、改装中なのでした。養生用の足場があり上手く撮影できなかったのでした。

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こちらのお宅には、土山さんの表札があるのでした。

2020年8月19日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その137

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時半過ぎには旧東海道土山宿、現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居ました。来見川に掛かる来見橋を渡ります。

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渡った先には、「東海道土山宿 油屋平蔵」なる看板を掲げた家屋がありました。この付近には油屋さんが多いようです。

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とあるお宅の駐車場先には傍示石がありました。土山宿 旅籠 江戸屋跡と刻まれています。

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こちらの傍示石には、「森白仙終焉の地 井筒屋」とあります。

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井筒屋さんは、このような家屋でした。

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案内板がありました。要約すると、森鴎外の祖父である森白仙が1861年11月7日、この井筒屋で病死したとのことです。森白仙は津和野藩の典医だったとのことです。

2020年8月18日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その136

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時半過ぎには旧東海道土山宿、現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居ました。伝承文化館を過ぎると、地蔵堂のようなものがありました。先を急ぎます。

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土山宿 旅籠 大槌屋跡の傍示石がありました。

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今度は、東海道一里塚跡の傍示石です。

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案内中ほどには、以下のような記載があります。「甲賀市土山町内の設置場所は、山中地先、土山地先と大野市場先であったが、現在、その跡はほとんど残っていない」

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近くには、「東海道土山宿 油屋権右衛門」なる案内板を掲げる家がありました。

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油屋権右衛門さんのお宅は、こちらの写真のように非常に立派な邸宅なのでした。羨ましい限りです。

2020年8月17日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その135

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時半過ぎには旧東海道土山宿、現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居ました。この付近にも茶畑があるようです。そして長閑な田園風景となっていました。

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この土山宿の旧街道です。その道幅、微妙なカーブが風情を漂わせていいます。

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前方に何か白壁の和風建築物が見えて来ました。接近します。

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格子には、扇屋の文字が見えます。

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さらに玄関の対側には、本家櫛所の文字も見えます。

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説明文がありました。「扇屋伝承文化館 扇屋伝承文化館は、江戸時代、宿場町として栄えた土山宿で扇と櫛を販売していた商家扇屋を地域の住民が購入し、平成21年に改修したものです。地域の良い、古き文化を後世に伝える拠点とともに、旧東海道を散策する人の憩いの場になることを願っております」との記載です。

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玄関対側にも、大きな看板がありました。特に入館はしていません。

2020年8月16日 (日)

なってこったエアコン故障---その3

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エアコンに呪われた当家です。全国的に猛暑となった8月第3週に入り、今後は妻の寝室のエアコン(東芝製RAS-E281ER(W), 2013製)が故障です。

電源投入後、10分程度は冷房が稼働するのですが、その後、冷気が出なくなります。

昨日、8/15お盆中にも関わらず東芝さんが状況把握に来宅されました。室内機内によるガス漏れであろうとのことです。ガス充填で応急処置のみ実施しています。本格的な修理は部品調達ができてからとのことでした。

当家では現在、2台のエアコンが故障中です。今回、初めて気づいたのですが、この型番でRASというのはエアコンという意味なのでしょうか?

故障中の日立のエアコンもその型番がRASで始まります。

2020年8月15日 (土)

なってこったエアコン故障---その2

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7/26(日)に修理を依頼した自室の日立製エアコンRAS-DM25GE5の修理が8/11に終了しました。症状としては、水漏れ、冷房不可でした。

水漏れに関しては、露皿外箱組の不具合(修理完了報告書上)で、冷房不可に関してはエバポレーター(熱交換器)の不具合で冷房媒体ガス充填も実施されたようです(修理完了報告書下)。

8/11(火)は妻に休暇を取得してもらい、修理に立ち会ってもらいました。8/11当方が帰宅後、エアコンを稼働させると非常に耳障りな雑音を生じるのでした。自室は当方の書斎兼寝室としています。水漏れが解消し、冷房も効くようになったのですが、これでは寝室としては使用不可と判断しました。

8/12(水)朝、再び日立サービスステーションへ電話すると既にお盆休暇に入っていました。ということで、未だに子供部屋へ避難しています。8/17のお盆明けに再度、日立サービスステーションへ電話し再修理を依頼します。最近では猛暑が続き、気温は36度を超える日もあります。最も活躍して欲しい時期に当家のエアコンは仕事をしません。

当家ではエアコントラブルが頻発し、エアコンに呪われているようです。

2020年8月14日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その134

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時半過ぎには旧東海道土山宿に到着していました。現在の滋賀県甲賀市土山町付近となります。前方に地蔵堂らしきものが見えて来ました。

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例の「歴史の道 東海道 土山宿」と記載されています。

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傍示石には、「従是 右京都15里、左江戸110里」との記載です。よくもまあ、江戸日本橋から440Kmも歩いてきたものだと自分ながら、感心します。

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こちらが地蔵堂正面からの撮影です。

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すぐ近くに句碑があるのでした。「吹け波ふけ 櫛を買いたり 秋乃風」と記載されているようです。

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こちらは、生里野地蔵公園というようです。

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句の作者上島鬼貫の説明文がありました。東の芭蕉、西の鬼貫といわれたようです。勿論、当方は知りませんでした。

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さらにお六櫛の説明文もありました。お伊勢参りの復路で体調を崩した信濃の人が、回復後、再び土山を訪問し、お礼として櫛の製法を伝授したとのことです。

2020年8月13日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その133

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時すぎには田村神社を通過し旧東海道土山宿付近に到着していました。現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居たことになります。観光案内板がありました。現在地は、図の左上角となります。旧東海道は茶色で示したあります。

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現在地部分を撮影しています。これから旧街道は右折するようです。

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案内図に田村神社の説明がありました。山下清も訪れて参道をスケッチしたことが記載されています。

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進行方向を撮影しています。旧街道は松尾川にぶつかり、往時は橋はなく、川渡しを利用したようです。

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この付近に、東海道土山宿の傍示石がありました。この付近が土山宿の中心だったのでしょうか?

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同じような場所に、新しい東海道土山宿の傍示石もあるのでした。

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「東海道土山宿 加賀屋 土山の町並みを愛する会」なる看板を掲げる日本家屋もあるのでした。かなり立派なお宅です。

2020年8月12日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その132

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時過ぎには旧東海道鈴鹿峠を過ぎ土山宿手前まで来ていました。現在の滋賀県甲賀市土山町田村神社近くに居たことになります。ちょっと、田村神社境内を散策です。かなり大きく立派な神社です。

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こちらが、本殿、拝殿でしょうか。当方が知っている大きな神社は、明治神宮、宮崎神宮ですが、宮崎神宮より規模が大きな印象です。ひょっとすると明治神宮に匹敵する大きさかもしれません。ここで社務所にいる方に、田村神社バス停の場所をお聞きしたのですが、御存知ありませんでした。バスは利用されないのでしょうか。こちらでトイレをお借りしています。

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旧東海道方面へ戻るべく神社を後にします。田村神社の石碑?があります。

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側面には、「元帥 伯爵 東郷平八郎謹書」と刻まれていました。

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こちらが、国道1号線に面した恐らく田村神社表参道になるのでしょう。道幅からかなりの規模であることが想像可能と思います。

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田村神社の対側にも案内略図がありました。赤く現在地が確認できます。これから写真右、下方向へ進みます。

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この付近にあいくるバスの田村神社バス停がありました。

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何故、当方がこちらのバス停に固執するかと言うと、落伍した場合にこのバスの利用を考えていたからです。この田村神社からは、貴生川駅、南草津駅行きのバスが運行されているのです。これらの駅まで到着すれば、一応、鉄道の利用が可能なのです。便数は多くはありません。

2020年8月11日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その56

 

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2020年7月1日から7月31日までjoggingで124Kmを走りました。7月も100Km越えとなりました。7月も新型コロナウイルス感染蔓延で旅行にもいけず、特にすることもなく、朝は目覚まし代わりに、夕は入浴前の発汗目的でただ走っているのです。 

今回の仮想乗車区間は、JR紀勢本線串本駅から同箕島駅まで乗車したと仮定します。この区間は距離133Km、駅数は29駅です。料金は¥2310で乗り換え2回、乗車167分、その他17分、乗り継ぎを含めて合計3時間4分とのことです。残のうち9Kmを使用します。残は36Kmとなります。

前回の条件で、この区間を乗車したと仮定すると、串本駅16:36分発、紀伊田辺駅18:03分着、同18:18分発、御坊駅19:08分着、同19:10分発、箕島駅19:40分着とのことです。

この付近は、30年前の11月頃、一泊二日の新婚旅行で行ったことがあります。南紀白浜の千畳敷とアドベンチャーワールドに行った記憶が残っています。大阪勤務時代でもあり、土曜日午前中の勤務を終え、JR大阪駅から特急電車に乗車したような記憶が残っています。南紀白浜駅まで約2.5時間程度だったでしょうか。

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さて、7月の万歩計の結果です。総歩行数は13.0万歩、消費カロリーは3107Cal、歩行距離は71.3Km、脂肪消費量は188gとのことです。7/25(土)は万歩計を持参するのを失念したようです。記録が残っていません。他、7/3、7/15、7/16は雨で走れなかったようです。 

2020年8月10日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その131

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時過ぎには旧東海道鈴鹿峠を過ぎ土山宿手前まで来ていました。現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居たことになります。街道橋を渡ると高札場跡がありました。こちらが、その全体像です。何やら案内板があります。接近してみます。

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田村神社の案内板がありました。「田村神社は、弘仁3年(812年)の創建で坂上田村麻呂公を主祭神とし、嵯峨天皇と倭建命をも祀っている。坂上田村麻呂公(758年-811年)は平さん時代の武人で延暦16年(797年)には桓武天皇より征夷大将軍に任じられ、二度にわたって蝦夷平低の遠征に出た。また、鈴鹿川の悪鬼退治も伝えられ、田村麻呂公の薨去後、嵯峨天皇の勅命によりこの地に田村神社が創建され、厄除大祈祷が斎行された」との記載があります。坂上田村麻呂は、八面六臂の活躍をしたようです。

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さらに、「海道橋」の説明文もありました。

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高札場跡の傍示石があります。

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この付近の略図もありました。旧東海道は黒い道として表示してあります。写真右から左、その後下方向へ当方は進むことになります。

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現在地を確認します。赤く現在地が記載されています。写真中央下に、「土山宿へ200m」の記載があります。

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高札場跡を少々、進むと田村神社の鳥居が見えてきました。

2020年8月 9日 (日)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その130

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時過ぎには旧東海道土山宿手前まで来ていました。現在の滋賀県甲賀市土山町山中付近に居たことになります。橋を渡り反対側(京側)に来ました。こちらになにか俳句が記載された石碑がるのでした。

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こちら側の橋の欄干には川の名称が記載されていました。田村川というようです。

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俳句の説明がありました。「鮎の背に朝日さすなり田村川」とのことです。作者は、井上士朗という人のようです。説明文には、井上士朗さんは、俳人、国学者、画家、平曲家、医師だったようです。まるでスーパーマンですね。「尾張名古屋は城(士朗)でもつ」は俳諧では言われたことも記載されています。

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俳句の石碑の近くには、こちらの案内もありました。上は浮世絵のようです。

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こちらが、高校同級生から頂戴した葉書の浮世絵です。「土山・春之雨」江戸より49番目の宿とあります。

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説明文の中盤には、以下のように記載されています。「土山を描いた春の雨は、雨の中、橋を渡る大名行列の姿を描いたもので、田村川板橋を渡り、田村神社の杜のなかを宿場に向かっている風景でると言われている」

広重の浮世絵には、雨の風景が比較的多くあります。雨男だったのでしょうか?

2020年8月 8日 (土)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その129

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前11時過ぎには旧東海道土山宿手前まで来ていました。現在の滋賀県甲賀市土山町山中付近に居たことになります。この付近にも茶畑があるのでした。恐らくお茶の栽培に気候が合致しているのでしょう。

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旧街道を進むと、前方に何か見えて来ました。接近します。

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こちらは上の写真左に小さくあった案内板となります。表題は、「高札の解説について」とあります。要約すると、以前は川の渡しがあったが大水で死者が出るので、村の有志が幕府の許可を得て橋を架けたこと、幕府の用で通行する人、武家の家族、川向こうに田畑を所有する農民は無料であること、それ以外の人馬は3文が必要であること等の記載です。

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こちらが、その定が漢文で記載されているようです。

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橋は、この写真のように立派なものでした。木々の緑も綺麗です。

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欄干には、橋の名称が記載されていました。名称は、そのものずばり街道橋です。

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橋の上から上流方向を撮影しています。綺麗な水が流れているのでした。

2020年8月 7日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その128

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時半過ぎには旧東海道土山宿へ向かって歩行していました。現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居たことになります。再度、案内板がありました。案内板中央には、蟹坂との文字が見えます。

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現在地も、小さく赤文字で記載されています。

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案内板右下には蟹塚に関して説明文がありました。「平安時代蟹坂に大きな蟹が出没して旅人を苦しめていた。京の僧、恵心僧都が蟹討伐にてってきて、往生要集を唱えると、蟹の甲羅はバラバラに砕け散った、僧都は、村人に蟹の供養をするための石塔を立てるようにと願い、また、蟹の甲羅を模した飴を作り厄除けにするようにと言い残された。この飴が蟹坂飴である」

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こちらの案内板上部には、土山宿へ500m、鈴鹿峠へ4.5Kmとの文字が見えます。写真左にある田村神社方向へ進みます。

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何か、大きな石碑があります。「蟹坂地区圃場整備 竣功記念碑」とあります。竣工ではないようです。

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その横に、小さく「蟹坂古戦場跡」の石碑がありました。

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案内文があります。要約すると、1542年伊勢の北畠軍と甲賀の山中軍との間で戦いがあったようです。山中軍が勝利し、北畠軍の甲賀侵入が阻止されたとのことでした。

 

2020年8月 6日 (木)

近所の花の成長記録2020年---その18

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当家の裏庭に植樹されているさるすべりが開花しました。これから約100日間は、開花を楽しむことができることでしょう。

青空に赤い花と緑の葉が映えています。

2020年8月 5日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その127

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時半過ぎには旧東海道土山宿へ向かって歩行していました。現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居たはずです。猪鼻交差点まで歩行してきました。

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近くにはあいくるバス近江山内のバス停があるのでした。

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さらに2-3分の位置に「東海道 猪鼻村」の石碑がありました。

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さらに国道1号線を約10分程度歩行すると、「ようこそ歴史の道東海道へ」と表題する看板がありました。

旧東海道は、図の赤線で示した道路となるようです。

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現在地を確認します。国道1号線との分岐点となります。

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写真左が国道1号線となり、旧東海道は写真中央やや右の道となります。

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ちょっとした坂を下ると、そこには鳥居があり、写真右には幼児用の遊具もあるのでした。

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こちらは、白川神社御旅所のようです。

2020年8月 4日 (火)

真夏の風景2020---その1

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近くの公園には、蝉の抜け殻がありました。今朝、羽化したのでしょうか?比較的新しいもののような気がします。

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蝉は朝からわが物顔で、鳴いています。南九州は7月下旬に梅雨明けし、非常に暑くなっています。新型コロナウイルス感染症が宮崎でも拡大っし、今年の夏は特別な夏になりそうです。来年は、通常の夏であることを祈ります。

2020年8月 3日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その126

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時過ぎには旧東海道土山宿へ向かって歩いていました。現在の滋賀県甲賀市土山町山中にある山中一里塚公園に居ました。この公園には、歴史を感じさせる傍示石がありました。写真中央やや左です。

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案内板がありました。「櫟野(いちの)観音道(大原道)道標」との表題です。要約すると、東海道から分岐して南西に伸びる山道があり、東海道と神村(甲賀町大字神)・櫟(くぬぎ)野村(甲賀町大字櫟野)方面をつなぐ生活の道として利用され、大原道とも呼ばれたこと、昨今の道路整備によりこの一里塚公園に移転されたとのこと、この道標には「いちゐのくわんおん道」と記載されているとのことです。

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こちらの公園にも、鈴鹿馬子唄之碑がありました。

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こちらが、馬をひく馬子なのでしょう。いずれもかなりの風化状態でした。

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旧東海道は、国道1号線の対側の写真中央(暗いことろ)のようですが、ちょっと、通過する勇気がありませんでした。

ということで国道1号線に沿って歩行しています。

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道路対側には、ハイキングする集団が接近して来ました。こちらの集団も旧東海道を歩行しているのでしょうか?

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この付近の道路標識です。東京から437Kmとの記載です。恐らく東京日本橋からの距離でしょう。よくもまあ、400Km超も歩行してきたものだと感慨深いのでした。

2020年8月 2日 (日)

稲の定点観測2020---その21

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毎週末、観察している宮崎平野の早期水稲の今週末の状況です。昨日、8/1に撮影しています。いつもの山の上には殆ど雲はないようです。写真右下に撮影する当方の影が写っています。

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早期水稲は早々と刈取りされていました。例年より少々、早い印象です。あと1週間後の収穫と見込んでいました。

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他の田圃では、今まさにコンバインで収穫をしているような様子です。定点観測地点も、刈取りをされたばかりのようです。

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定点観測地点の背側の田圃では、未だ早期水稲がその頭を重そうに垂れているのでした。

さて、8/2朝も午前5時頃には起床しています。というか自然と目が覚めました。昨日は、猛暑と自室の暑い部屋と冷房の効いた子供部屋を行き来し、水分を多量に摂取しバテてしまったようです。このため昨夜は熟睡し、今朝、自然に覚醒したようです。何だか昨日1日で連休分を過ごしてしまった印象です。朝食を頂き、約3Kmのjoggingへ出発し、シャワー、がっちりマンデーといった通常の日曜日の過ごし方をしています。夕方には、妻の制止がなければ温泉、サウナに行くことでしょう。今朝も周囲では蝉の鳴き声が継続しています。今日も一日、猛暑になりそうです。天気予報では、今週1週間の晴天を予報しています。既に、少々、バテ気味です。

 

2020年8月 1日 (土)

なんてこったエアコン故障---その1

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3年前にEDIONで購入した日立製エアコンRAS-DM25GE5(W)が故障です。7/26(日)朝に室内機から多量の水漏れが発生し、EDION修理担当者が午前中に来宅してくれたのですが、結局、対処不可でした。こちらのエアコン(10年保証)は購入直後から水漏れを発生し、購入後1ケ月目でEDIONに修理を依頼したのですが、filter汚れと簡単(いい加減に)に判断され放置されてしていたものです。今回は誠意ある対応をお願いしています。直ちに製造元の日立サービスセンターに連絡してもらい、故障個所を判断してもらうことにしています。が、今度は7/28頃から全く冷房が効かなくなり、何か変だなと思いつつ暑い自室で就寝していました。今日になり日立サービスマンが来宅し、不具合箇所をみてもらいました。水漏れに関しては、熱交換器下の水の受け皿破損の可能性ありとのこと、冷房不可は冷房媒体ガス漏れの可能性ありとのことで、本日は修理不可でした。当家は、今までにも何台ものエアコンがトラブルを起こしています。Panasonic製2台、東芝製、日立製等です。富士通製が唯一、故障発生がありません。来週、修理のため休暇をとる必要性が出てきました。本当についていません。その間、子供部屋へ避難することにしていますが、デスクトップパソコンは移動不可で少々、不便です。現在、古いノートPCで子供部屋から記事を書いています。今日は、本当に暑く、グッタリです。

世界の果てまでイッテQのカレンダー2020年8月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー8月は、内村良光・いとうあさこさんの「サプライズランナー登場」です。両国国技館で撮影されたようです。こちらは、24時間テレビの恒例マラソンの状況を撮影したもののようです。

最近、知ったのですがこちらは日テレ系列で、フジ系列は26時間TVとかをやっているようですね。あまり鑑別が出来ていませんでした。勿論、こちらののon airも見た記憶がありません。記憶が遠のいたのか、健忘症となって来たのかは今後の経過で判るでしょう。

さて、8月となりました。今年の8月は短い夏、夏休み、例年にはないお盆シーズンを迎えることでしょう。長い梅雨、新型コロナウイルス感染症拡大で基本的には、夏休み、お盆の時期も移動が自粛されそうです。来年の夏に期待することにしましょう。

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