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2020年10月

2020年10月31日 (土)

近所の散策2020---霜降過ぎ2

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こちらは、近所のお宅の門扉前の装飾です。Halloweenの飾りがありました。

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門扉の左側にも同様に飾りがあります。今日でしょうか、明日でしょうか、今年もHalloweenの季節となったようです。

Halloweenの翌日のNewsでは、渋谷駅前交差点で多数の人々が行き来する様子が放映されますが、今年は新型コロナウイルス感染症蔓延の中、どのような報道になるのでしょうか?

さて、今朝は少々、寝坊をして午前6時頃に起床しています。朝食を頂き、約6Kmのjoggingの後、上の写真を撮影し、シャワーを浴びて現在の時刻となりました。

これから、毎日のroutine業務、週末のroutine業務と時が過ぎていく予定です。

2020年10月30日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その180

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前11時過ぎには旧東海道水口宿を通過し石部宿へ向かって歩行していました。湖南市の朝国横断歩道橋と橋梁を渡ることで野洲川を渡っています。ここで、横田の渡しの三雲側(湖南市側)を見ようと少々、街道を逆行することにしました。こちらの道を水口宿側へ向かいます。

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すると、水口側の常夜燈よりは小ぶりですが、立派な常夜燈がありました。

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近くには、園養寺の案内がありました。牛馬の安全を祈ったことから牛の寺と呼ばれていたようです、また、江戸時代には境内から野洲川を渡る人を監視していたとの記載もあります。

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こちらの常夜燈の案内もありました。安永8年(1774)に東構中により建てられたこと、高さ4.85m、5段の石積みの上に建っていること、水口側の常夜燈より50年以上前に建てらええたこと等の記載です。

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三雲側の常夜燈を見て満足し、旧街道へ戻ります。この先がJR草津線三雲駅方向となるはずです。

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JR草津線の線路を渡ります。

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こちらの踏切は、田二川踏切というようです。

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踏切から、三雲駅方向を撮影しています。白いのが駅舎のようです。鉄道のある場所まで来ると、安心します。いつでも、歩行の中断、落伍が出来ます。この後の天候が気になります。

 

2020年10月29日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その179

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前10時半過ぎには旧東海道水口宿と石部宿の間にある横田の渡しを通過し、現在の湖南市にはいっています。この日は、霧雨のような状態で簡易雨合羽を着て歩行しています。5月の下旬でしたが、雨模様のため、気温は19℃程度だったのでした。寒くはないのですが、ビニール製の雨合羽で通気性が悪く、合羽の下はかなり蒸れていました。

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気温掲示板を過ぎると、このようになります。写真右には国道1号線があります。当方は歩道を歩くのでした。

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すると、このような案内板がありました。「この先、歩道がありません。歩道橋をご利用下さい」とあります。指示に従います。

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歩道橋の上から、これからの進行方向と推定される方向を撮影します。写真左には水滴が付着しているようです。

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非常に大きく立派な歩道橋でした。朝国横断歩道橋という名称のようです。

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歩道橋を通過し横田橋を渡ります。川下側には、昔の橋桁のようなものが残っていました。現在、当方が通過しているのが付け替えられたものdなのでしょう。

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横田橋と通過すると、歩道はこのような下り階段となっていました。少々、通るには心細いのですが、他に人間が通行できる道もないので進みます。これで野洲川を渡ったことになるはずです。

 

2020年10月28日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その178

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前10時半過ぎには旧東海道水口宿を通過しJR草津線三雲駅方向へ歩行していました。横田の渡しの続きです。こちらは、横田の渡し付近から見た野洲川となります。大きな川で、流れはこの時期、決して速いものではありませんでした。

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説明文の横には、以前の板橋らしき写真が掲載されていました。巨大な常夜燈の横に橋が架橋されているのが判ります。

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現在では、こちらの手前から長大な板橋があったのでしょう。往時を偲びます。

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横田の渡しには、休憩するspaceがあったので、リックと傘を置き、暫く休憩を取っています。

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休憩場所の近くに、何かあります。接近します。

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「金毘羅宮」と記載されています。案内文には、「渡しの安全のために水上交通安全の神様である金毘羅宮を勧請した」と記載されています。

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仙川に掛かる橋を渡します。この先で野洲川と合流することになるようです。

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交差点の名称は、泉西となるようです。

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この交差点から、甲賀市から湖南市になるようです。

 

2020年10月27日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その177

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前10時半過ぎには旧東海道水口宿を通過しJR草津線三雲駅方向へ歩行していました。泉の一里塚を通過すると、前方に道路を挟んで常夜灯のようなものが見えて来ました。かなり大きな印象です。

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可能な限り望遠で撮影しています。やはり、大きな常夜灯のようです。接近します。

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案内板がありました。要約すると、東海道十三渡りの1つであり幕府の管轄下にあったこと、3月から9月の間は船渡し、10月から2月までは土橋を掛けて通行していたこと、往時のガイドブックである名所図会や絵図にも多数描かれ、旅人で賑わったこと等の記載です。

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案内文の横には、門のようなものがありました。雨でカメラレンズに水滴が付着しているのが判ります。

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略図の看板がありました。現在地は写真中央上です。横に「横田の常夜灯」の文字が見えます。

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こちらにも、「東海道横田渡常夜燈」の案内がありました。「この巨大な石燈篭は、文政5年(1822)増加する旅人の目印となるよう、泉側の川岸に地元や京都、大阪を中心とした万人講中の寄進によって建てられたものです。その高さは10.5m、燈火を灯す火袋は大人も通れるほどで、道中では最大級のものとされています。建造には多額の費用を要したため、基壇には多くの寄進者名が刻まれています。明治以降、水害によって一部形状を損ないましたが、その交通史上の価値は高く、水口町の文化財に指定されています」とあります。

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野洲川岸にも、横田渡の歴史なる説明がありました。判読可能な範囲で記載してみます。「横田橋の名は、寛正2年(1146)5月24日の室町幕府奉公人〇書(山中文書)に、酒人郷横田〇橋として見えるのが早く、京都〇芳寺によって橋賃が徴取されていたことが知られています。江戸時代には、東海道の渡のひとつとして幕府の管轄下におかれ、渇水期には土橋がかけられたほかは、船渡しとなっていました。明治24年、泉・三雲間を結ぶ長大な板橋がかけられました。この石垣は当時の橋台の一部です。その後、昭和4年には下流に橋が移され、同27年には国道1号線の敷設によって現在の横田橋へと推移しました」とあるようです。

 

2020年10月26日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その176

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前10時過ぎには旧東海道水口宿を通過しJR草津線三雲駅方向へ歩行していました。現在の滋賀県甲賀市水口町柏木付近となります。古い傍示石がありました。「国宝 延命地蔵尊 泉福寺」と刻まれています。

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他にも、「重要文化財地蔵菩薩像 泉福寺」の案内もありました。貴重な座像なのでしょうが、当方は全く興味がありません。

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この付近の旧街道を撮影しています。当方以外には人間の歩行はなく、通行車両もありませんでした。

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さらに進むと、東海道の案内がありました。これから先に、「横田渡」があるようです。

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泉川に掛かる舞込橋を渡ります。

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すると、「東海道泉一里塚」の案内がありました。案内後半には、「当時のものは現在地よりやや野洲川よりにあったが、これはそのモニュメントとして整備されたものである」とあります。勿論、モニュメントでも当方は全く構いません。

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こちらが、そのモニュメントである泉一里塚となります。写真左の道を進みます。

 

2020年10月25日 (日)

桶川ストーカー殺人事件 遺言

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今回は、こちらの本を選択しています。清水潔氏の「桶川ストーカー殺人事件ー遺言」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

ひとりの週刊誌記者が、殺人犯を捜し当て、警察の腐敗を暴いた…。埼玉県の桶川駅前で白昼起こった女子大生猪野詩織さん殺害事件。彼女の悲痛な「遺言」は、迷宮入りが囁かれる中、警察とマスコミにより歪められるかに見えた。だがその遺言を信じ、執念の取材を続けた記者が辿り着いた意外な事件の深層、警察の闇とは。「記者の教科書」と絶賛された、事件ノンフィクションの金字塔!日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞受賞作。

こちらの本でも付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

週刊誌はいつまでたっても報道機関として「三流」でしかないではないか、本文p10。

現実には、各官庁が(記者クラブ)加盟社と非加盟社でメディアを選別し、情報コントロールを行いやすくするために機能している。本文、p29。

何しろ弱いものには厳しいのが警察である。本文、p133。

(FOCUS以外の他のマスコミは)警察相手の喧嘩はしたくない、というのが根底にあるような気がした。警察を取り締まる組織はない。こういう時こそ警察記者クラブが監視という機能を生かして欲しかったのだが---。本文、p294。

上尾署の用意した受け取り書(捜査協力金用の)をかれら(協力者)が見ると、金額欄がみな空欄だったというのだ。本文、p272。

 

この事件が端緒となり、民事不介入としてきた警察の態度が糺され、ストーカー規制法が成立したことは有名ですが、あまりにも犠牲が大きかったと思います。詩織さんのご冥福をお祈りします。

こちらの本も、かめかめさんのブログに掲載があり覚えていたので、古本屋さんを散策中に程度の良いものを発見し購入しています。

2020年10月24日 (土)

近所の散策2020---霜降り過ぎ1

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本日、午前7時半前に撮影したもののです。空には雲1つありません。良いお天気となりました。

今朝も午前5時半頃には起床しました。「何だかチョット寒いかな」と思っていたら、窓がその幅約10cm程度、開いていました。

その後、朝食を頂き、約&kmのjoggingへ出かけ、シャワー、毎日のroutineを実施して現在の時間となりました。

昨日午前は仕事場に午前6時半には入り、7時から移動し、県北部まで仕事の応援に行っていました。帰社したのは午後1時半過ぎでした。以後、16時頃まで仕事場に居て、以後、市役所支部でマイナンバーカードのデジタル署名の更新をして帰宅しています。

今週末の天気は良さそうです。昨日は自分では運転していませんが、往復約3時間のドライブでしたので、少々、疲労が蓄積しています。今週末もゆっくりしようかと考えています。

2020年10月23日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その175

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前10時過ぎには旧東海道水口宿付近に居ました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近となります。柏木公民館付近まで歩いてきました。どうやら柏木は地名のようです。

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火の見櫓の模型のようです。人が櫓に登っているようです。

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櫓の下には、水口宿の浮世絵がありました。

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バス停も和風な仕様になっていました。

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やはり忍者の里です。交通安全のマスコットには「飛び出し注意 甲賀流」と書かれています。

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傍示石は鉄にて補強されているのですが、風化で記載文字は判然としません。

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この付近に面白い名称のバス停がありました。「酒人口」というバス停のようです。三雲駅方向へのバスの便は決して多くはないようです。

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路面が濡れ、浅い水溜りのある旧街道を一人とぼとぼ歩いていきます。

2020年10月22日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その174

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前9時過ぎには旧東海道水口宿付近に居ました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近となります。五十鈴神社を過ぎて2-3分の歩行で、こちらの建物が目に入って来ました。看板には、「街道蔵 美冨久酒造」とあります。造り酒屋さんのようです。玄関横に案内板があります。接近します。

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案内には、「近江の灘」とも呼ばれていること、竜馬がゆくで竜馬が立ち寄った宿場町として描かれていること等の記載があります。

当方は、「竜馬がゆく」は読書したのですが、水口宿が登場したのは覚えていません。

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こちらが、反対方向から撮影したものです。蔵には杉玉も掲げられています。新酒ができたのでしょうか?

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造り酒屋さんを過ぎると、こちらの案内がありました。「縄手(畷)とは田の中の道のことで、東海道の整備にともない曲がりくねっていた旧伊勢大路を廃し、見通しの良い道路としたことにちなむと考えられる」と案内前半にはあります。

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本当に旧東海道は、一直線となっているのでした。

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さらに、柏木小学校前を通過し、

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甲賀警察署柏木駐在所前を通過しています。やはり、旧街道沿いには交番が多いようです。

2020年10月21日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その173

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前9時過ぎには旧東海道水口宿付近に居ました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近に居たことになります。百間長屋跡を通過し五十鈴神社前まで徒歩して来ました。こちらが表参道のようです。鳥居と石灯篭が見えます。

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鳥居の横には、「ようこそ水口へ」とのお散歩マップがあるのでした。

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現在地を撮影しています。当方は、写真右から左へ向かって歩いていることになります。

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お散歩マップの横には一里塚跡の案内がありました。案内後半には、「林口の一里塚は、これよりやや南方にあったが、水口城の城郭の整備にともない、東海道が北側に付け替えられ、五十鈴神社の境内東端に移った」との記載があります。

 

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案内の横には、一里塚の傍示石もありました。

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お散歩マップ、一里塚跡付近の全景となります。路面が濡れています。

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一里塚跡を過ぎると、旧東海道はこちらで右折することになります。

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こちらが、これから進む旧東海道となります。霧雨でもあり当方以外に人間は見当たりません。

2020年10月20日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その172

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前9時半過ぎには旧東海道水口宿付近に居ました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近となります。霧雨の中を百間長屋跡まで歩いて来ました。案内板がありました。棟割長屋があり、長屋の南側(城郭側)に玄関があり、街道側となる北側には出入り口がなかったこと、高窓(与力窓)から買い物をしていたこと、明治初期まで21軒が存在したことが記載されています。

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案内下には、昭和30年頃の様子が印刷されていました。

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百閒長屋跡の現在の風景が、こちらの写真となります。

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直ぐ近くに、こちらの真徳寺、武家邸門の案内がありました。

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下の案内には、城内の家臣(石高80-60石程度)屋敷の長屋門を移したものとの説明がありました。

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遠く望遠にて、それらしき門を撮影しています。

2020年10月19日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その171

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前9時過ぎには旧東海道水口宿付近に居ました。現在の滋賀県甲賀市水口町の近江鉄道水口石橋駅を出発し、水口城天王口跡を通過していました。旧東海道沿いには神社仏閣が多いのですが、心光寺さんもその1つです。格言のようなものがありました。「なまけない、けれど、無理しない」だそうです。

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西村塗装看板の看板横にも、水口宿の案内がありました。こちらも浮世絵がありました。

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矩形の道を、いつの間にか左折し、今後は右折して元の道に戻ることになりました。その右折地点がこちらの写真です。

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右折地点の写真です。写真中央茶色の石が、後述する力石となります。

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「東海道に面した小坂高の曲がり角に伝えられる大石。力石とも呼ばれる。江戸時代から知られた大石と見えて浮世絵師国芳が錦絵の題に採っている。この辺りは水口藩の藩庁にもほど近く、長大な百間御長屋や、小坂町御門など城下のたたずまいが濃かった」との記載です。

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右折直後の旧街道です。百間長屋のある通りのはずです。路面がかなり濡れています。当方は今後の天気が非常に気になるのでした。

2020年10月18日 (日)

近所の散策2020---寒露過ぎ3

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当家の近くに毎年春先、1本のみ早く開花する染井吉野の樹木があります。2-3日前から、この時期に開花しているのを発見していました。

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数輪の花弁のみ開花しています。撮影しようと思っていたのですが、昨日は終日、ほぼ降水があり撮影できませんでした。

ということで、先程、デジカメを持って撮影してきました。

さて、今朝も午前6時前には起床し朝食を頂き、その後、約6Kmのjoggingへ出かけています。昨日から長袖、長ズボンのトレーニングウエアとしています。昨日は九州宮崎でも、涼しいを通り越して寒いという天候でした。ファンヒーターを夕食時には使用したほどです。

今朝も寒いといった方が適切です。長袖のシャツに長ズボンのG-パンです。そうそう、今日もjoggingの後には、毎日のroutineを実施し、7:30分からがっちりマンデーを見て、異なる毎日のroutineを実施して、現在の時刻となりました。

椅子に座り、ベッドの布団に布団乾燥機を作動させ、その中に足を突っ込んで炬燵代わりとして読書するという当方の冬の生活パターンが始まりました。今日も特に予定はありません。夕方にはいつもの温泉へ行っていることでしょう。

2020年10月17日 (土)

近所の散策2020---寒露過ぎ2

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当家のハイビスカスです。雨に打たれています。

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こちらは、名称不明の植物です。なんとなく生長して全高は5mほどになっています。その葉の下にも水滴があります。

今朝は少々、寝坊をして午前6時前に起床しています。朝食を摂り、外は雨で走ることはできず簡単にシャワーを浴び、毎日のroutineをして現在の時刻となっています。

朝から冷たい雨となりました。今季、初めて長袖、裾の長いGーパンは履いています。そろそろ冬の準備をすべきなのかもしれません。今週末も特に予定はありません。季節の変わり目で、少々、疲労感があります。今週末もゆっくり過ごすことにします。

2020年10月16日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その170

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前9時過ぎには旧東海道水口宿付近に居ました。現在の滋賀県甲賀市水口町の近江鉄道水口石橋駅を出発しています。当日は、霧雨状態になる一歩手前といった感じでした。街道交流館は、正式には「ひと・まち街道交流館」というようです。

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交流館の全景です。曳山蔵もあるのでした。当方は雨が強くならないうちに、少しでも距離を稼ぎたいので通過します。

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道路沿いに旧東海道の案内がありました。こちらの交差点を水口城天王口跡というようです。案内の前半には以下のような記載があります。「江戸時代この場所は水口城の東端に当たることから木戸が置かれ、天王口御門と呼ばれました。もともと直進していた東海道も、ここで北へ直角に曲がり、北町、天神町、小坂町と城の北側を迂回し、林口五十鈴神社の南でふたたび当初の道に戻りました」

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こちらが、天王口跡の全体像です。こちらの右折することになります。

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こちらには、水口宿の浮世絵と曳山祭りの案内もありました。

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右折直後の旧東海道の写真となります。こちらを進みます。

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矩形に今度は、左折します。左折し、これから進むべき道となります。

2020年10月15日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その169

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前9時過ぎには旧東海道水口宿付近に居ました。現在の滋賀県甲賀市水口町の近江鉄道水口石橋駅を出発しています。この付近の旧東海道は、この写真のようです。悲しいことに路面は濡れています。この後、雨が強くならないことを願って歩行していました(結果的には、雨が徐々に強くなるのです)。

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歩行開始後、直ぐに例の曳山蔵があるのでした。こちらは、天王町の山蔵のようです。

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曳山の由来の案内文がありました。以前、ブログに記載したのと同様の記載でした。

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山蔵正面を撮影しています。天王町の曳山のポスターがありました。ただ、悲しいことに、写真左には、ごみ集積場とも記載されているのです。まあ、山蔵前は公共の場所なので、どうしてもこみ集積場となってしまうのでしょう。

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さらに、近くにはこの写真のような建物がありました。後から判明したのですが、こちらは街道交流館だったのでした。

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格子には、東海道と水口宿の暖簾がありました。

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横には、東海道五十三次水口宿の浮世絵も掲載されていました。少々、劣化しています。

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こちらが、高校同級生から頂戴した葉書となります。水口名物は干瓢とのことです。

 

2020年10月14日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その168

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/28午前6時半頃にはJR草津線柘植駅構内に居ました。亀山駅から気動車に乗車し6:30分頃には柘植駅に到着していたようです。柘植駅構内で、こちらの案内があったので撮影しています。忍者が案内に登場しているのです。こちらの柘植駅から京都行の快速電車に乗車し、一機に南草津駅まで移動しているはずです。

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日記によると、南草津駅には7時半過ぎには到着し、駅から徒歩1分のホテルに荷物を預け、そのまま南草津駅に戻り、再びJR草津線貴生川駅方向へ戻ります。南草津駅を7:45分頃には出発したようです。

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貴生川駅で、近江鉄道水口石橋駅行きの切符を購入しています。なんと、その切符は硬券なのでした。最近では、なかなか見かけなくなりました。

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近江鉄道の車両は、昭和54年東急車両が製造したものでした。当方の人生で一番、苦しかった時期に製造されていたものでした。

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近江鉄道水口石橋駅まで乗車してきた車両です。こちらの車両は、近江鉄道100形といい、以前は、西武鉄道で使用されていたようです。

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外をみると曇天、霧雨のような状態でした。レンタルWiFiの電源を入れ、雨雲レーダーで雨雲の動きを検索しています。こちらの駅で、天候の行方を予想しながら、100円ショップで購入した雨合羽の準備をしていました。

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水口石橋駅の5/28午前9時頃の状態です。路面が濡れていることが写真でも判ります。ありあえず、酷い降水ではなかったので午前9時から雨合羽を着て歩行を開始しています。まあ、行けることろまで歩行して、雨が強くなれば途中で中断することを考えていました。この第8次の歩行では鈴鹿峠さえ越せば可と考えていたので、その鈴鹿峠超えも前日の5/27に完了し、気持ち的には少々、余裕があるのでした。

2020年10月13日 (火)

仮想日本縦断鉄道の旅---その58

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2020年9月1日から9月30日までjoggingで128Kmを走りました。9月も100Km越えとなりました。9月は台風、雨で走れなかったことがありました。9/2は台風9号の影響で走れなかったようです。要は、jogging以外に他にすることがなく、走っていない日には、それなりの理由があったはずなのです。 

さて、今回の仮想乗車区間は、東海道本線京都駅から山陰本線豊岡駅まで乗車したと仮定します。この区間は距離148Kmとなります。料金は¥2640で乗り換え1回、乗車202分、その他12分、乗り継ぎを含めて合計3時間34分とのことです。残のうち20Kmを使用します。残は28Kmとなります。前回の条件で乗車したとすると、京都駅8:58発、岡部駅9:43着同駅9:46分発、福知山駅11:03着同駅11:12分発、豊岡駅12:32分着となるようです。今回、調査して初めて知ったのですが京都-岡部駅間はJR嵯峨野線というようです。当方は山陰本線かと思っていました。

さて、今回、このようなcourseとしたのは、仮想乗車だけでも山陰本線を乗車してみたかったのです。当方は山陰本線を乗車したことはありません。既に鉄筋コンクリート製の橋梁となってしまいましたが、余部鉄橋も仮想通過してみたいのでした。

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さて、9月の万歩計の結果です。総歩行数は15.1万歩、消費カロリーは3689Cal、歩行距離は83.4Km、脂肪消費量は221gとのことです。万歩計の結果を見ると9/2, 9/16, 9/24は走っていない記録です。9/20は旅行中で歩行の距離となります。 

2020年10月12日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その167

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。旅行の5日目となりました。日記によると、5/28午前5時には起床して、5:30分にはアパホテル亀山駅前をcheck outしています。この日の天気予報は15時頃からの降雨でしたが、ホテルを出ると既に小雨が降っているのでした。

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徒歩にて亀山駅前に到着しています。駅前ロータリーには鳥居があるのでした。

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こちらは亀山駅駅舎となります。平屋立ての駅舎なのでした。

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5/28の予定としては、6:02分亀山駅発の関西本線に乗車し、この日の宿泊ホテルのあるJR琵琶湖線南草津駅まで移動した後、ホテルに荷物を預け、再び琵琶湖線-草津線と戻って、前日の到着駅である近江鉄道水口石橋駅まで移動することになります。

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関西本線紀勢線の亀山駅構内です。加茂駅方向を撮影しています。

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こちらは、同様に名古屋方面を撮影しています。朝も早いこともあり、ホームに人影は殆どありません。

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当方が乗車する関西本線の気動車が入線して来ました。昨日も乗車したものです。

2020年10月11日 (日)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その166

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後5時半過ぎにはJR草津線貴生川駅構内に居ました。当方が柘植駅まで乗車する電車が入線して来ました。

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20分程度の乗車で柘植駅まで到着しています。こちらから関西本線に乗り換え亀山駅まで移動します。

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柘植駅構内を撮影しています。

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こちらは反対側となります。写真左の白壁が待合室となっており、ここで列車を待っていました。

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柘植駅から亀山駅までは3駅のみです。

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5/27の歩行行程です。GPSロガーに記録されているものです。JR関西本線関駅から近江鉄道水口石橋駅まで青線で示されたのが歩行行程となります。GPSロガーによると、総距離32.6Km、合計10時間11分、平均速度は4.57Kmとのことでした。無事、鈴鹿峠を通過することができてホッとしました。当日の妻へのメールは、「無事、生還」と書いています。妻は、保険金入手ができず落胆していたことでしょう。

2020年10月10日 (土)

近所の散策2020---寒露過ぎ1

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こちらは、先程、いつもの公園から空を撮影したものです。関東地方は、台風14号の影響で荒天になっているようですが、台風一過の宮崎では一部に雲がありますが、青空が見えています。今日の天気予報も晴れです。

さて、今朝も午前5時半過ぎには起床し、朝食を頂き、約3Kmのjoggingへ出かけています。その後、シャワー、洗濯、毎日のroutine業務をして現在の時間となりました。

本日は10/10で、当方の世代では体育の日となります。昭和39年の東京オリンピックの開会式があった日を記念して、創設された日と聞いています。違っているかもしれません。東京オリンピックの開会式をTVで見た記憶は少々、残っていますが、当時就学前であった当方には、それが何を示しているかは理解不可能なのでした。

さて、先週末は日曜日に出勤勤務しており、今週末は(も)、ゆっくり過ごそうかと思っています。今日の予定は散髪に行く程度です。秋の週末を楽しもうと思います。

2020年10月 9日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その165

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後4時過ぎには旧東海道水口宿まで到着していました。現在の滋賀県甲賀市水口町鹿深にある近江鉄道水口石橋駅構内にいました。この日の歩行を、こちらの駅で終了することにして、駅構内を散策していました。といっても小さな可愛らしい駅です。八日市方向へ向かう近江鉄道の電車を撮影しています。当方は、16:51分発の電車に乗車し貴生川駅方向へ移動しています。

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こちらはJR草津線貴生川駅で撮影した料金表です。柘植駅を経由してベースキャンプの亀山駅のホテルまで戻ります。料金は¥670のようです。

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こちらは貴生川駅の駅標となります。

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貴生川駅構内を撮影しています。柘植方向を撮影したのか、草津方向を撮影したのか判然としません。

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貴生川駅17:20分発柘植駅行きの電車に乗車します。

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貴生川駅の時刻表です。朝、夕には30分に1本程度に列車が運行されているようです。

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夕刻ともなり、貴生川駅構内にも電車を待つ人々が比較的多く居るのでした。

2020年10月 8日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その164

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後4時過ぎには旧東海道水口宿まで到着していました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近となります。小さな時計台を過ぎて暫くすると、橋の欄干に東海道と書かれた橋梁がありました。決して大きな橋ではありません。せいぜい3-4mの長さでしょうか。

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橋の名称は、「石橋」というようです。「江戸時代初期はここが、京口とされていました。年頭に勧請縄が張られた際には、旅人は被り物を取り、馬から降りて通っていました。水口はこの石橋を境にして、水口岡山城の城下町として整備された以東と、寛永以降水口城の築城などにともなって発展した以西に大きく分けられます。石橋の下を流れる小川は、水口岡山城の堀から流れる馬渡川です。また、東と西では、水口曳山祭のお囃子の曲調も異なります」とあります。

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石橋を渡ると、線路がありました。

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近江鉄道の東海踏切というようです。

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すぐに、近江鉄道水口石橋駅がありました。石橋に由来した名称なのでしょう。

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こちらは、駅標となります。滋賀県甲賀市水口町鹿深が地名のようです。

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こちらの駅の時刻表を撮影しています。朝夕は30分に1本の、昼間は1時間に1本の運行があるようです。当方の近くのJR日南線木花駅より本数が多い印象です。

2020年10月 7日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その163

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後3時半過ぎには旧東海道水口宿まで到着していました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近となります。曳山蔵を過ぎると問屋場跡に到着です。案内公判には、「水口宿では、江戸中期以来ここ大池町南側にその場所が定まり、宿内の有力者が宿役人となり、運営にあたりました」とあります。

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こちらが、問屋場跡付近の全景となります。後ろは一般民家でしょうか。落ち着いた雰囲気の建物です。

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曳山の模型が展示されいる場所に到着です。

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東海道水口宿の傍示石があり、その後ろには「おいけまち」と刻まれた傍示石もありました。

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模型があったのは、こちらの時計台のようなものの下層だったのでした。

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説明文には、曳山蔵で記載されているものと同様な内容でした。

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この時計台付近は、ロータリーのような構造となっていました。

2020年10月 6日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その162

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後3時半過ぎには旧東海道水口宿まで到着していました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近となります。水口宿本陣前から高札場付近に達しています。高札場にも、こちらの旧東海道を示す案内がありました。指示に従います。

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この付近の旧東海道です。道幅は現在となっては、決して広くはありません。

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ここにも旧東海道の案内がありました。助かります。指示通りに進みます。

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やはり、道幅は広くはなく、今となってはクルマが離合するのも困難です。どうやら通学路になっているようです。文の上半分が写っています。

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曳山蔵が見えて来ました。

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「統治の曳山は、二層露天式人形屋台という構造をもち、複雑な木組み、精巧な彫刻、華やかな幕を飾り付けて巡行し、巡行後は組みあがったまま、各町内に建てられている山蔵に収納されている」と案内後半に記載されています。

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ポスターには、旅籠町の曳山が描写されていました。

2020年10月 5日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その161

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後3時半過ぎには旧東海道水口宿まで到着していました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近となります。脇本陣を通過すると、水口宿本陣跡がありました。こちらは、ゴミ集積場となっているようです。何だかチョット、情けない気持ちになります。奥に本陣跡の説明文があるようです。接近します。

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恐らく正面から撮影できず、このように斜めから撮影したものと思われます。東海道水口宿の案内です。要約すると、水口宿は東国、伊勢への通り道であったこと、東海道50番目の宿場であったこと、江戸幕府の直轄地であったこと、町並みは東西2Kmに及んだこと、宿内で三筋に分岐すること、家数692うち旅籠が41軒だったこと等の記載があります。

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本陣跡付近では、道が分岐するのでした。

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分岐地点です。案内があります。どうやら高札場のようです。

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高札場跡の案内がありました。案内文の後半には、「1622年のお達しには、隠れキリシタン取り締まりのため、密告への賞金制度等が掲示されましたとの記載があります」。

 

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高札場跡の左側を撮影しています。お地蔵さんと常夜灯でしょうか?

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高札場跡の左側には、「三筋の町」の案内があり、旧東海道が白線で示してありました。丁度、この場所はブラタモリ甲賀信楽編?で撮影されていたと思います。

 

2020年10月 4日 (日)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その160

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午後3時半過ぎには旧東海道土山宿を過ぎ水口宿手前まで到着していました。現在の滋賀県甲賀市水口町付近となります。歩道橋がありました。信号機には元町なる名称が記載されています。水口町の元の町だと勝手に理解します。歩道橋にある道路案内には、四日市52Km,土山10Kmと記載されています。我ながら、よくまあ、歩いて来たものだと感心するのでした。

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歩道橋の上から、鈴鹿峠方向を撮影しています。遠く山の稜線が見えます。多分、あの辺りの峠を越してきたものと思われます。

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歩道橋を降り、歩を進めると松原町の傍示石がありました。

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近くには、水口宿脇本陣の案内板がありました。

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他にも脇本陣の説明がありました。主な記載事項は、こちらの建物が19世紀前半のものとのことです。書物にその記載があるようです。

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こちらが、脇本陣の建物の一部となります。脇本陣の面影はないような印象です。

 

2020年10月 3日 (土)

近所の散策2020---秋の彼岸過ぎ2

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今朝、起床した居間のカーテンを開けるときに、黄色の彼岸花が開花しているのに気が付きました。朝食を摂り、約3Kmのjoggingへ出かけた後に撮影しています。写真右上方向から太陽光が射しています。

さて、昨日午後は休暇を頂戴し遅ればせながらドライブレコーダーを装着しました。大津市の保育園児の列へクルマが突入した事故を見てから怖くなったのです。当方のクルマはSUBARU製でEye Sightがあり、カメラの視界内にドライブレコーダー本体が入るとEye Sightが誤作動するようです。ということで少々(かなり)高価が純正品を装着しています。

今日は休日ですが、明日は出勤となり夕方まで仕事場に拘束されます。今朝、空には雲1つない快晴です。今日一日を十分に楽しもうと思っています。

2020年10月 2日 (金)

旅の思い出---2020秋 大分の旅2

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大分原尻の滝付近で見かけた花です。何だか、コスモスに似ているようですが、妻は違うと言っていました。こちらの花に昆虫がその蜜を吸っている場面に出くわしました。象のような長い鼻を伸ばして蜜を吸っていたのです。

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同じ個体です。こちらでも長い鼻のようなもので、蜜を吸っているのが判ります。

2020年10月 1日 (木)

世界の果てまでイッテQのカレンダー2020年---10月

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世界の果てまでイッテQのカレンダー10月は、鬼奴、オカリナ、ガンバレルーヤさんの「1000頭のひつじ文字」だそうです。

クロアチアで撮影されたようです。確かに人文字ならぬ、ひつじ文字で「イッテQ!」と記載されています。

クロアチアといって、直ぐに世界地図を思い出し、その位置を正確に提示できる人は日本人としてはあまり存在しないと思います。当方もその位置を正確には知りません。

こちらのon airも勿論、見てはいないと思います。そう言えば、最近、鬼奴さんはあまりTVで見かけてはいないような印象です。御結婚されてご家庭に入られたのでしょうか?

さて、10月となりました。色々あった2020年も残り3ケ月となりました。全く先の読めない、予定の立たない2020年となりました。残り3ケ月、この年はどのような展開を示すのでしょうか?

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