旅行・地域

2020年8月 7日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その128

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時半過ぎには旧東海道土山宿へ向かって歩行していました。現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居たことになります。再度、案内板がありました。案内板中央には、蟹坂との文字が見えます。

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現在地も、小さく赤文字で記載されています。

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案内板右下には蟹塚に関して説明文がありました。「平安時代蟹坂に大きな蟹が出没して旅人を苦しめていた。京の僧、恵心僧都が蟹討伐にてってきて、往生要集を唱えると、蟹の甲羅はバラバラに砕け散った、僧都は、村人に蟹の供養をするための石塔を立てるようにと願い、また、蟹の甲羅を模した飴を作り厄除けにするようにと言い残された。この飴が蟹坂飴である」

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こちらの案内板上部には、土山宿へ500m、鈴鹿峠へ4.5Kmとの文字が見えます。写真左にある田村神社方向へ進みます。

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何か、大きな石碑があります。「蟹坂地区圃場整備 竣功記念碑」とあります。竣工ではないようです。

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その横に、小さく「蟹坂古戦場跡」の石碑がありました。

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案内文があります。要約すると、1542年伊勢の北畠軍と甲賀の山中軍との間で戦いがあったようです。山中軍が勝利し、北畠軍の甲賀侵入が阻止されたとのことでした。

 

2020年8月 5日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その127

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時半過ぎには旧東海道土山宿へ向かって歩行していました。現在の滋賀県甲賀市土山町付近に居たはずです。猪鼻交差点まで歩行してきました。

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近くにはあいくるバス近江山内のバス停があるのでした。

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さらに2-3分の位置に「東海道 猪鼻村」の石碑がありました。

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さらに国道1号線を約10分程度歩行すると、「ようこそ歴史の道東海道へ」と表題する看板がありました。

旧東海道は、図の赤線で示した道路となるようです。

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現在地を確認します。国道1号線との分岐点となります。

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写真左が国道1号線となり、旧東海道は写真中央やや右の道となります。

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ちょっとした坂を下ると、そこには鳥居があり、写真右には幼児用の遊具もあるのでした。

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こちらは、白川神社御旅所のようです。

2020年8月 3日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その126

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時過ぎには旧東海道土山宿へ向かって歩いていました。現在の滋賀県甲賀市土山町山中にある山中一里塚公園に居ました。この公園には、歴史を感じさせる傍示石がありました。写真中央やや左です。

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案内板がありました。「櫟野(いちの)観音道(大原道)道標」との表題です。要約すると、東海道から分岐して南西に伸びる山道があり、東海道と神村(甲賀町大字神)・櫟(くぬぎ)野村(甲賀町大字櫟野)方面をつなぐ生活の道として利用され、大原道とも呼ばれたこと、昨今の道路整備によりこの一里塚公園に移転されたとのこと、この道標には「いちゐのくわんおん道」と記載されているとのことです。

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こちらの公園にも、鈴鹿馬子唄之碑がありました。

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こちらが、馬をひく馬子なのでしょう。いずれもかなりの風化状態でした。

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旧東海道は、国道1号線の対側の写真中央(暗いことろ)のようですが、ちょっと、通過する勇気がありませんでした。

ということで国道1号線に沿って歩行しています。

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道路対側には、ハイキングする集団が接近して来ました。こちらの集団も旧東海道を歩行しているのでしょうか?

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この付近の道路標識です。東京から437Kmとの記載です。恐らく東京日本橋からの距離でしょう。よくもまあ、400Km超も歩行してきたものだと感慨深いのでした。

2020年7月31日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その125

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時過ぎには旧東海道鈴鹿峠を過ぎ土山宿へ向かって歩いていました。現在の滋賀県甲賀市土山町山中付近に居たはずです。地蔵堂前まで到着しています。こちらが、その地蔵堂のようです。

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常夜灯には地蔵大菩薩との文字が見えます。旧街道を進みます。

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地蔵堂から7-8分、歩行すると眼上に巨大な道路があるのでした。さらに先に何かモニュメントのようなものがあるので接近してみます。

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石製のプレートには、「第二名神」滋賀県起工の地と刻まれています。空にある立派な道路は第二名神なのでしょう。当方は通行したことはありません。

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第二名神起工の地の付近には、公園風になっている場所がありました。勿論、接近します。

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例の歴史の道 東海道の案内板がありました。案内下の柱部分には、現在地 土山町山中の文字があります。

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傍示石には、山中一里塚公園とあります。やはり、公園なのでした。

2020年7月30日 (木)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その124

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前10時過ぎには旧東海道鈴鹿峠を過ぎ土山宿へ向かって歩行していました。現在の滋賀県甲賀市土山町山中付近に居たことになります。公園風になっている場所には、「あいの土山観光案内図」ある案内板がありました。

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勿論、現在地を確認します。少々、薄くなっていますが赤い文字で現在地の記載があります。対側には、十条寺の文字も見えます。

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この付近には、例の旧東海道の案内板もありました。

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鈴鹿馬子唄の案内板もあります。「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨が降る」で始まり、案内中盤には、「東の箱根、西の鈴鹿と言われるように、旅人には非常に難所であった。その為に、この峠を人や荷が超えるのには馬の背を借りることが多くなり、馬の手綱を引いて駄賃を取る馬子たちも多く存在した。彼らの間で自然発生的に唄われたのが鈴鹿馬子唄で」とあります。

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石碑には、その「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨が降る 」と刻まれています。

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常夜灯のようなものもありました。

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常夜灯横には、「東海道鈴鹿 山中」との文字も見えます。

2020年7月29日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その123

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時半過ぎには旧東海道鈴鹿峠を過ぎ、滋賀県甲賀市土山付近に居ました。あいくるバスの熊野神社バス停まで到着しました。天候が不順で歩行を中断することがあれば、こちらのコミュニティバスを使用することも旅行前には検討していました。

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この付近の信号には、「山中」の名称がありました。

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数分の歩行で、こちらの道路案内を見つけました。標識には、「土山スノーステーション」とあります。ということは、冬季にはこの付近は降雪、積雪があることを意味することでしょう。現在、南九州に居住する当方にとっては、雪は珍しいものなのです。

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国道1号線対側に遠く、十条寺が見えて来ました。かなり立派なお寺さんです。

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当方が歩行する側には、あいくるバスの十条寺バス停がありました。

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この先、歩道は写真右側になるようです。結果的には、この付近がちょっとした公園となっているのでした。

2020年7月28日 (火)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その122

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時半過ぎには旧東海道鈴鹿峠の万人講常夜燈を通過しています。旧東海道はこの付近で国道1号線に合流するようです。こちらの小さな橋梁を渡って合流します。

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数分の歩行で、前方に何か見えてきました。

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どうやら地下道のようです。

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「横断禁止、地下道を使って下さい」と注意喚起の札がありました。

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この付近、写真のように車両の交通量は非常に少なかったのですが、当方は素直に地下道を使用して対側へ渡っています。

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国道1号線沿いに進んでいると、こちらの常夜燈がありました。前方に鳥居もあります。旧東海道は、このまま国道1号線となっているのでした。

2020年7月27日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その121

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道鈴鹿峠付近にいました。こちらが万人講灯籠 となります。

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東海自然歩道の案内板です。「鈴鹿峠は、古くから近江と伊勢を結ぶ交通の要衝で、旅人の往来安全のために灯された常夜灯の万人講灯籠が今もなと残っています」との記載です。

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万人講常夜燈の案内板もありました。「万人講常夜燈は、江戸時代に金毘羅参りの講中が道中の安全を祈願して建立したものである。重さ38t, 高さ5m44cmの自然石の常夜燈で、地元山中村をはじめ、坂下宿や甲賀谷の人々の奉仕によって出来上がったと伝えられている」とあります。「鈴鹿トンネル工事のために現在の位置に移設された」とも併記されています。

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万人講の石柱もあります。

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こちらが、万人講常夜燈とトイレの全体像となります。休憩所となっていました。

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旧東海道の横には、国道1号線が走っているようです。道路標識には、滋賀県甲賀市の文字が見えます。

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例の旧東海道の案内があるのでした。

2020年7月25日 (土)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その120

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道鈴鹿峠頂点付近に居ました。鈴鹿峠滋賀県側には、この写真のように茶畑になっていました。茶葉は、太陽光を沢山浴びて良好に成長しているようです。

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侯爵者の杭がありました。そこには、土山町の文字が見えます。土山宿は、まだ、この先になります。

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鈴鹿峠路傍休憩地まで0.08Kmとのことです。

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その休憩地へ到着しました。公衆トイレの設備があります。

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このらの休憩地には杖の用意もありました。

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きちらの杖は、「まごの杖」というようです。鈴鹿峠を登下山する人が対象で、正調鈴鹿峠馬子唄保存会の会員が約1年をかけて手作りされたようです。返却場所は、こちらの土山万人講常夜灯公衆トイレ前と、坂下鈴鹿馬子唄会館玄関前となっています。坂下側では、こちらの杖の存在に気が付きまっせんでした。

2020年7月24日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その119

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/27午前9時過ぎには旧東海道鈴鹿峠頂上付近に居ました。林を抜けると、こちらの傍示石がありました。「堺 右 滋賀県近江の国、左 三重県伊勢の国」と刻まれています。この付近が県境のようです。ということは鈴鹿峠の頂点に達したようです。

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側面には、「是より京まで 17里」と記載されています。三子山への案内印もありました。

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更にちょっと先には東海道の傍示石があります。その隣の小さな傍示石には、「鈴鹿国定公園」との記載でした。

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例の「歴史の道 東海道」の案内板もあります。土山宿に接近したようです。

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さらに、東海自然歩道の案内板もありました。「この歩道は、東京の明治の森高尾国定公園から大阪の箕面国定公園まで美しい自然や文化財をむすぶ約1300Kmの道です」との説明です。山の稜線沿いに歩道があるのでしょうか? 1300Kmとは通常の東京大阪間の約2倍の距離となりますね。

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こちらの案内もあります。坂下へ1.5Kmと、鈴鹿峠路傍休憩地まで0.3Kmとの記載です。坂下から1.5Kmしか進んでいないようです。何だか、かなりの距離があったような印象があるのですが。

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登山者への注意喚起の看板もありました。三子山への登山者が対象なのでしょう。

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この付近の全体像となります。滋賀県側に入り、林が消失していました。

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