旅行・地域

2021年5月10日 (月)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その28

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、午前7時半過ぎには京阪京津線上栄町駅も通過し蝉丸神社付近に居ました。神社前を出て信号にある地名をみると、「逢坂一丁目北」と記載されています。これから逢坂山へ向かうことになります。ガイドブックでしか見たことがありませんが、実際に来てしまいました。

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道路案内には、この先、京都、国道1号線の文字が見えます。当方が歩いている旧東海道は、旧国道1号線のはずですが、現在では国道558号線というようです。

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この付近の旧東海道です。上り坂となっています。

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こちらで京阪京津線の踏切を渡ります。

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踏切の名称は、上関寺国道踏切というようです。

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踏切内で、京都方面を撮影しています。結構は傾斜となっています。

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こちらは、琵琶湖方面となります。こちらも結構な上り坂となっています。

2021年5月 7日 (金)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その27

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020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、午前7時半過ぎには京阪京津線上栄町駅付近に居ました。自然の道、歴史の道なる案内板がありました。その下には、関蝉丸神社と記載されているようです。

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近くには、關蝉丸神社と彫られた石碑もありました。

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その横には、「音曲芸道?祖神」と記載された石碑もありました。芸能の神様のようです。

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神社の境内には、踏切を通過して入るようです。

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踏切手前には常夜燈もありました。

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京阪京津線の琵琶湖方面を撮影しています。この付近で線路からスプリンクラーで散水しているのを記憶しています。カーブにより発生する車輪とレールとの摩擦音を軽減しているようです。

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踏切は、蝉丸神社踏切というようです。そのものでした。

2021年5月 6日 (木)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その26

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、午前7時半過ぎには京阪京津線上栄町駅手前付近にいました。御幸町の案内がある場所まで到着しています。下部の地図の部分を見てみましょう。

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現在地は、京阪上栄町駅を通過しているようです。

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地図の下には大津宿本陣跡の案内がありました。「江戸時代、この八丁通りの両側には、東海道を行き交う旅人の旅籠が軒を連ねており、大名などの宿泊場所とされた大津宿本陣、大塚嘉右衛門宅があった。本陣は、明治元年(1868)の明治天皇の行幸(東京行き)にも使われたことから、労働基準局前の跡地に「明治天皇聖跡」の碑が建てられている」との記載です。

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この付近は、坂となるので、道路の凍結防止剤として塩化ナトリウムが道路脇に準備されているのでした。1袋25Kgもあります。

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今時、珍しい銭湯もありました。当方が常連としているサウナ付きの温泉は¥600ですが、銭湯の入浴料はおいくらぐらいなのでしょうか?

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銭湯正面の営業案内です。定休日は月曜日のようです。宮崎県の理髪店の店休日と同じ曜日です。

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この付近で旧東海道は、JR線路を跨ぐのでした。

2021年4月30日 (金)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その25

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、午前7時半過ぎには大津市札の辻、大津赤十字病院前を通過し、京阪京津線上栄町駅手前付近にいました。この付近で専用軌道から併用軌道になるようです。

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付近の道路には、何というのでしょうか鉄のポールに毛糸の帽子が掲げられていました。誰かさんの落とし物なのでしょう。このような風景は嫌いではありません。むしろ、好きです。

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この付近に、明治天皇聖跡(写真右)なる石碑がありました。

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大津本陣跡ともあります。「本陣とは、大名や公家が宿泊するために設けられた施設で、大津宿では、大坂屋嘉右衛門(大塚本陣)、肥前屋九左衛門の2軒の本陣と、播磨屋市右衛門の脇本陣1軒が八丁筋におかれていました。八丁筋には、旅籠などが多数軒を連ね(下図参照、図の中央はびわ湖です)、旅行く人々を迎えていました。大津は、北国街道と東海道の合流地点であり、また湖上交通の拠点でもあったことから繁栄を極めました。しかし、現在は本陣に関する遺構などは残っておらず、大津本陣のあったこの場所に、明治天皇の休憩所として利用されたことを示す明治天皇聖跡が建つのみです」とあります。

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本陣の説明以外に、八丁町との記載もあります。

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「上関寺町から札の辻までの距離が八丁(約872m)あったとも、その間に八か町あったことにもよるともいわれています。江戸時代の東海道にあたり、町の両側には多くの旅籠屋がありました。なお、碑のたつ場所は、大名なのど宿泊する本陣跡です」とあります。

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こちらが、この付近の全景となります。

2021年4月26日 (月)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その24

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、午前7時半頃には大津市京町通りの露国皇太子遭難の地の石碑前を通過し、札の辻付近に居ました。横断歩道を渡りながら、京阪京津線の併用軌道琵琶湖浜大津方面を撮影しています。ガージが広い印象です。多分、1435mmのはずです。

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こちらは、横断歩道上から京阪京津線上栄町駅方面を撮影したのもです。写真右に「らくらくクラブ 札の辻支所」の看板が見えます。らくらくクラブって一体、何でしょうか。健康クラブかな?

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近くには、「大津市道路元標」の石碑がありました。

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例の案内板です。札の辻との記載があり、これから旧東海道を京都方面へ350m進むと京阪上栄町駅の案内もあります。

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現在地が写真中央赤文字で記載されています。大きな活字で大津赤十字病院の記載があります。

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札の辻を通過すると、大津赤十字病院が見えて来ました。昨今、救急受け入れがどうのこうのという報道があったと記憶しています。解決したのでしょうか?

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京阪京津線の電車が併用軌道に入って来ました。鉄ちゃんではありませんが、勿論、撮影します。1/2の復路には、この電車に乗車することも今回の旅の目的の1つなのでした。かめかめさんがブログで紹介していたので、是非とも乗車したかったのです。

2021年4月20日 (火)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その23

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、午前7時半頃には大津市京町通りの露国皇太子遭難の地の石碑前を通過しています。旧東海道を歩いていると、前方に東海道の文字を記す看板がありました。塀に看板が取り付けてあるのでした。

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塀のあるのは、冷暖房器具を製造する株式会社コロナの敷地のようでした。この時期は、新型コロナウイルス感染症は流行していませんでしたが、風評被害がなければ良いのですが、どうなのでしょう。

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この付近の旧東海道です。現在では、石畳のような綺麗な道路となっているのでした。なかなか風情のある佇まいです。

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「シャリエ大津京町」なる案内板がありました。「何かな」と思うと、

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高層マンションのようです。そのエントランスが町屋風になっているのです。後方に高層マンションがあるのが判ります。景観保存地区なのかもしれません。

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京阪京津線の併用軌道のある大通りに到着しました。札の辻と言われる場所近くと思われます。京都方面から京阪電車が走ってきました。

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こちらは、琵琶湖方面を撮影したものです。東横イン京都琵琶湖大津が斜め前方にありました。暫くの間、こちらの併用軌道を観察することにしました。

2021年4月12日 (月)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その22

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、大津百町と呼ばれた大津市京町通りを歩いていました。突然、当方の視野に目的としていた傍示石が現れました。「此附近露国皇太子遭難之地」と記載されています。吉村昭氏の小説「ニコライ遭難」の事件現場となります。

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横にあった説明文です。「明治24年(1881)帝政ロシアのニコライ皇太子に津田三蔵巡査がサーベルで切りつけた大津事件の発端となった場所。当時ロシアは強大国で、日本は近代国家として発足したばかりで弱小国のため、国民を不安のどん底におとしいれた。大国ロシアを恐れた松方内閣は鉱質に対する大逆罪を適用し、死刑を画策。しかし、大津地裁で開かれた大審院法廷では、謀殺未遂罪を適用、無期徒刑を判決し、司法権の独立を貫き通しました」とあります。

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傍示石があった場所の全体像です。現在では、徳永洋品店となっているようです。

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傍示石の対側には、こちらのような和風家屋がありました。

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これから進むべき旧東海道を撮影してます。

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京町2丁目まで歩いて来たようです。

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下の地図で現在地を確認します。現在地の右横には旧東海道の文字が見えます。まだ、大津駅を出発して20分程度なのでしたが、露国皇太子遭難の地を見れて充実しています。

2021年4月 6日 (火)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その21

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、現在の大津市京町3丁目付近の交差点に居ました。交差点を渡ると、こちらの現代風の傍示石がありました。下部に旧東海道の文字が見えます。現在では、京町通りというようです。

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側面には、以下のように記載されています(一部、判読困難で推定)。「この通りは、江戸時代には大津百町と呼ばれ賑わった旧大津宿を東西に貫く3本の通りのうちの1つです。この道は旧東海道となっており京都への道筋にあたることから京町通りと呼ばれるようになった。かつては多くの商家が軒を連ね、分岐点にあたる札の辻---」とあります。

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旧街道を進むと格子戸を有する古い日本家屋がありました。

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看板には「すだれ老舗」とあり、屋根上の看板には「森野すだれ店」とあります。以前、この付近が葭に覆われていたことに因むのでしょう。

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「御饅頭処」の看板を掲げる店舗もあります。

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こちらも立派な和風家屋です。

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看板には、「大津 魚忠」とあります。料亭でしょうか? 多数の和風家屋が残っており、往時を忍ばせます。

2021年4月 2日 (金)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その20

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を出発し、前回、到着している旧東海道付近へ向かっていました。旧葭(よし)原町の傍示石がありました。

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傍示石の側面には、「この付近一帯は、江戸時代に入って人家が立ち並ぶまでは、一面に葭の生い茂った沼地であった」との記載でした。

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旧葭原町の傍示石の近くに、旧東海道京町3丁目の案内がありました。下部にある地図を見てみます。

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現在地が赤文字で記載されています。旧東海道は青い線の道となります。旧東海道の道筋まで戻ってきたことが確認できました。

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違う地図も見てみます。写真右が琵琶湖となります。こちらでも、旧東海道が青い線で記載されています。

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この付近の旧東海道です。以前、歩いて来た旧東海道を撮影しています。第5次徒歩の旅で到着した地点となります。

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こちらが、交差点を挟んで、これから歩行する京都三条方面の旧東海道となります。高層マンションの間を通り抜けているようです。

 

2021年3月30日 (火)

旅の思い出---第9次旧東海道徒歩の旅 東海道完結編---その19

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2020年1月2日から1月4日まで正月休みを利用して第9次旧東海道徒歩の旅へ出かけています。この9次の歩行で、残っているJR草津線石部駅-手原駅間と、JR琵琶湖線大津駅-京都三条を歩行予定としていました。この旅で旧東海道を完歩する予定なのでした。

2020年1月3日午前7時過ぎにはJR琵琶湖線大津駅前を散策していました。JR大津駅周辺案内図がありました。取りあえず、見てみます。Dscf6092

現在地は、勿論、JR大津駅前となります。写真上に「露国皇太子遭難地の碑」との記載があります。旧東海道沿いのはずです。こちらは、是非とも訪れたい場所です。吉村昭氏の小説「ニコライ遭難」を読書したことがあるからです。

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案内板の北部へ目を移してみましょう。京阪びわ湖浜大津駅があります。本日、復路は、わざと遠回りをしてこちらの駅を経由して南草津駅まで戻る予定としています。チョット、魂胆があります。

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午前7時過ぎにJR大津駅前を出発しました。横断歩道を通過し、再度、駅方向を撮影しています。駅の背部にはホテルのような建物がありました。

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駅前広場京都寄りには、タワマンのような建物があります。

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駅前広場を出発して直ぐに、京町3丁目付近まで到着しています。案内の副題は、華階寺前です。旧東海道は、京町3丁目付近にあったはずの記憶がありました。

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下の地図で現在地を確認します。旧東海道は、青い線で記載されています。さらに琵琶湖側に旧東海道があるようです。さらに北上します。

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