旅行・地域

2019年8月24日 (土)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その122

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28正午過ぎには旧東海道岡崎宿付近に居ました。前方に何だかレンガ造りの豪奢な建物が見えてきました。 

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大正8年に建てられた岡崎銀行本店のようです。戦後は商工会議所として使用され、現在は岡崎信用金庫資料館となっているようです。

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さらに旧街道を進むと、籠田公園が見えてきました。なかなか広い立派な公園です。

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近くには籠田総門跡のモニュメントもありましたが、木の根元にありヒッソリとしているのでした。

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この付近に現在地を示す地図がありました。赤い△が現在地です。これから写真左方向へ進み、川を渡ることになります。

2019年8月23日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その121

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28正午過ぎには旧東海道岡崎宿に居ました。こちらは飯盛女のモニュメントです。なんだか愛嬌がある表情をしています。 

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横のプレートには飯盛女の説明文があります。今も昔も状況は同じようです。

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この付近には創業天明2年の備前屋さんがありました。創業から240年が経過しいていることになります。たぶん、お茶屋さんだったと記憶しています。

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西本陣前角の道標前は、資源ごみ置き場になっているのでしした。今回は、ペットボトルの回収のようです。

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この近くには明治2年に建立された道標がありました。

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こちらが、その道標となります。

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道路にも、こちらの写真のように案内があるのでした。非常に助かります。

 

2019年8月22日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その120

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。 5/28午前11時半過ぎには旧東海道岡崎宿付近にいました。こちらの案内板が目に入りました。「常夜燈の由緒」とあります。案内によると、こちらの常夜燈は1790年に建てられたこと、昭和47年(1972年)までその原型を留めていたこと、その後、その一部「宝珠」を残し安置保存したこと等が記載されています。

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こちらが、その宝珠が保管されている小屋のようです。中に何やら常夜燈の一部が見えています。こちらは両角公民館前なのでした。

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さらに岡崎二十七曲りを進みます。

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すると、旅籠屋のモニュメントがありました。旅人が草鞋を脱ぎ、桶で足を洗っているようです。

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さらに進むと、一里塚のモニュメントもありました。

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コンビニ前には西本陣跡の道標があります。

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地図があったので、現在地を確認です。写真右から左方向へ進んでいます。どうやら市役所を過ぎたようです。

2019年8月21日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その119

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前11時半過ぎには旧東海道岡崎宿付近に居ました。モニュメントを過ぎて直ぐに、もう一つのモニュメントがありました。枯山水を模したかのようです。写真左には、二十七曲りの案内も見えます。

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公園風の枯山水内には、こちらの古い二十七曲りの案内もありました。

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案内プレートには、この辺りが市民病院跡地である旨の記載があります。後ろには広い駐車場も見えます。

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こちらが、新しい二十七曲りの案内です。アイウエオ順ではなく、いろは順となるようです。「いの一番」で、この場所から曲りが始まるようです。

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バス停によると、現在この地は病院ではなく、岡崎げんき館となっているようです。

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「ろ」の案内がありました。直線に進むようです。

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案内の上には、草鞋があるのでした。

2019年8月20日 (火)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その118

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前11時過ぎには旧東海道岡崎宿手前まで来ていました。東名高速道路を潜った後、こちらの松並木がありました。写真左は国道1号線となります。

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この付近が旧東海道を示す案内もありました。後ろは工場のプラントのようです。

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こちらで、旧街道は国道1号線から分岐することになります。こちらの写真のように哀愁感漂う道となります。

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こちらのお寺さんでは、ありがたい講話の記載がありました。

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法光寺山門前は、このようになっています。

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さらに数分、岡崎宿方向へ進むと、こしらのモニュメントがありました。

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石碑には、岡崎城下二十七曲りの案内がありました。薄く写真撮影をしている当方が写っています。

2019年8月19日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その117

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前11時過ぎには旧東海道岡崎宿手前まで来ていました。東名高速走路を潜った後、岡崎宿方向へ進んでいくと、こちらの手製案内板がありました。この板を見て、道を間違えたことを認識しました。まだ、午前11時過ぎでもあり、少々、引き返してみます。

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こちらが引き返す道となります。上は東名高速道路のはずです。

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高速道路を潜って、振り返って撮影しています。先ほどは、写真右の石垣の上の道路を通過して道を間違えてしまいました。納得できたので、再度、こちらの道を利用して高速道路を潜ります。

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高速道路下には、こちらの案内板がありました。高さ制限が縮小されています。盛り土のようになったことでしょう。

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東名高速道路を潜り、先へ進みます。写真右に松並木のようなものがあります。

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さらに陸橋を潜ります。

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前方右にも松並木があり、旧街道を伺わせます。

 

2019年8月16日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その116

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前10時半過ぎには現在の岡崎市大平付近に居ました。こちらは、大平一里塚の案内板です。案内には、日本橋から80里にあたること、領主が築いたこと、昭和3年の道路改修の際に北側の塚は破壊されたこと、榎が植樹されていたこと等の記載があります。

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こちらが現存する南側の一里塚となります。

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岡崎観光きらり百選にも選ばれているようです。

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さらに岡崎市街方面へと進むと、旧東海道は国道から分岐するのです。写真左が国道、右が旧東海道となります。

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国道1号線には歩道の設置がないようです。案内板には、東名高速をunder passするような記載があります。後から判明したのですが、この記載で間違いを起こしました。

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本来の旧街道は、写真左の樹木方向となります。小さく自転車に乗車した人が写っている方向です。しかし、当方はそれとは気づかず、白い建物方向へ行ってしまいました。

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そして、こちらのトンネルから東名高速を潜ったのでした。

2019年8月15日 (木)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その115

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。 5/28午前10時半頃には旧東海道藤川宿から岡崎宿へ向かって歩いていました。現在の岡崎市大平町付近にいたものと考えます。岡崎大平郵便局前に来ました。赤いポストの横に何か案内があります。

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案内板には、「西大平藩陣屋跡 大岡稲荷社」とあります。

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その下には、「ようこそ東海道 西大平藩陣屋跡」と彫られた傍示石もありました。90mですので、行ってみることにしました。

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案内には、「大岡裁きで名高い大岡越前守が、1万石の大名となってから明治まで、西大平藩主大岡家の陣屋が置かれたことろです」とあります。

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こちらが、陣屋跡の正門のようです。ちょっと、中に入ってみましょう。

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こちらの案内には、「大岡忠相は旗本でしたが、72歳の時に前将軍吉宗の口添えもあり、寛永元年(1748年)閏10月1日に三河国宝飯、渥美、額田3郡内で4080石の領地を加増され1万石の大名となりました」とあります。また、以後明治時代の廃藩置県まで7代にわたり領地を治めたこと、大岡家は、江戸に常駐する定府大名で、参勤交代がなかったこと等の記載もあります。

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こちらの案内板には、大岡越前守忠相に関しての記載があります。吉宗のもとで江戸町奉行として、享保の改革を断行する原動力となったこと、目安箱、小石川療養所設置、町火消しの組織化等の記載もあります。いずれも教科書で習った内容です。でも相対済し令って何だ、記憶にありません。

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陣屋跡には、井戸の跡もあるのでした。生活感が出ていますね。

2019年8月14日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その114

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前10時過ぎには旧東海道藤川宿から岡崎宿へ向かって歩いていました。大平川神社を散策した後、岡崎市大平橋北の交差点まで戻って来ました。写真正面が旧東海道となります。写真右には薬師寺があるようです。

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交差点を渡りました。東海道の案内板と傍示石があります。薬師寺の方では、その壁を清掃しているようです。石垣の上に人が立って何か、作業をしています。

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こちらが、東光山薬師寺の正面のようです。

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掲示板には、ありがたいお言葉が記載されていました。

 

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薬師寺を過ぎて直ぐに、こちらのような純和風家屋がありました。何かと思い、少々、近づいてみました。

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玄関上には、「鈴木歯科」とあります。純和風建築の歯医者さんでした。でも、何だか、チョット、入り難い雰囲気があります。

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歯科を過ぎると、常夜燈がありました。消防団詰め所の隣となります。とってもマッチングが良いですね。

2019年8月12日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その113

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2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/28午前10時前には旧東海道藤川宿から岡崎宿へ向かって歩いていました。現在の岡崎市大平橋乙川付近に居たと思います。旧東海道を散策すべく少々、街道を逆走しています。こちらが、この付近の旧東海道となります。

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乙川の河原に到着しました。やはり、馬が草を食んでいるのでした。見難いですが、写真中央に白い馬がいます。

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乙川の流れです。この付近でYの字のように川が合流しています。

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河原付近には、大平川神社がありました。こちらが、その全体像となります。

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大平川神社の案内板があります。それによると、この付近で堰になっているようです。この「堰から分流した水が大平の田畑をうるおした」との記載があります。

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神社内には、こちらの顕彰碑がありました。

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写真右のように、こちらの顕彰碑には、「大岡越前守縁りの---」の文字が見えます。「へーっ、そうなんだ」なんて思いながら顕彰碑を見ているのでした。

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