旅行・地域

2019年6月26日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その92

Dscf28342018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後3時半前には岡崎市本宿付近の旧東海道に居ました。このような案内板がありました。「本宿陣屋跡と代官屋敷」とあります。柴田勝家子孫がこちらに陣屋を設け、明治に至るまで存続したようです。陣屋代官職は冨田家が世襲したことが記載されています。

 

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こちらが、陣屋と旧代官宅の案内図と現在地を示すものです。旧陣屋は病院となっているようです。

 

 

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写真左の坂道を登ると旧陣屋に至るようですが、割愛しています。

 

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さらに2-3分歩行すると、こちらの案内板を掲げる建造物がありました。アイチ味噌溜店舗とあります。

 

 

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こちらが、その店舗となります。景観を維持するのに重要な建造物のようです。純和風の雰囲気が漂っています。

 

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さらに近くには、例の常夜燈(写真左)と何か傍示石と案内板(写真右)があります。

 

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プレートには、「本宿村道路元標」とあります。 「旧道路法(大正9年4月1日施行)によって、各市町村に一箇所、道路の起終点、経過地を表示するために設置され、里数の基準となりました」とあります。

2019年6月24日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その91

Dscf28272018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後3時過ぎには岡崎市本宿町付近に居ました。法蔵寺前に到着しています。こちらは、岡崎観光きらり百選のNo26に登録されているようです。

 

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案内板には、701年行基の開山であること、家康が幼いころ、手習いや漢籍を学んだこと、新選組の近藤勇の首塚があること等の記載gありました。行基って、何か歴史の教科書に出てきたような気がします。ため池を作ったお坊さんでしたか。

 

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法蔵寺の前には、東海道を示す傍示石があったのですが、何だか犬がmarkingした跡のようなシミがあるのでした。

 

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しばらく歩くと、こちらの案内板がありました。本宿古城とあります。約80m四方のお城があったようです。城主は家康の父に滅ぼされたようです。

 

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本宿古城の案内板は、一般民家の前にあったのでしした。

 

 

2019年6月21日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その90

Dscf28162018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後3時過ぎには現在の岡崎市本宿付近に居ました。通過した門のようなものを振り返って撮影しています。写真左が国道1号線となります。

 

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この付近で、こちらのパンフを取得しています。岡崎市本宿エリアwalking map 東海道本宿とあります。このようなパンフがあると、地図の記載もあって非常に有益な情報を提供してくれるのでした。

 

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この付近の信号には、「新箱根入口」とあります。箱根の関所のような役割をしていたのでしょうか。非常に名称が面白かったので撮影しています。

 

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このようなモニュメントもありました。勿論、オヤジとしては近づいてみます。

 

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傍示石には、右国道1号、左東海道と刻まれています。

 

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案内板には、「本宿の歴史と文化をたずねて」の表題があります。この中で面白そうなのは、近藤勇首塚があることです。「台石には、土方歳三始め11名の隊士名が刻まれている」との記載があります。

 

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傍示石に従い、左方向へ進んでいます。こちらの写真のような街道となります。

2019年6月19日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その89

Dscf28032018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後2時半過ぎには旧東海道赤坂宿から岡崎宿へ向かって歩いていました。例の秋葉神社の常夜燈がありました。

 

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この付近の旧東海道は、こちらの写真のように非常に長閑なのでした。

 

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さらに進むと国道1号線に合流しています。

 

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しばらくの間は、国道1号線を歩くことになりました。あとチョットで岡崎市へ入ります。道路標識に岡崎市の記載があります。

 

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国道1号線沿いには、こちらの石碑がありました。この付近は本宿という地名のようです。

 

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正面に、何か木製の門のようなものが見えてきました。関所跡でしょうか。

 

2019年6月17日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その88

Dscf27892018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後2時前には旧東海道赤坂宿付近に居ました。こちらは赤坂陣屋跡(三河虔役所跡)の案内板です。こちらの内容は、赤坂陣屋が三河の天領支配の中心であったこと、幕末には三河県役所と改められたが、明治2年には大藪地内へ新築移転されたこと等の記載があります。

 

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陣屋跡を通過すると、八王子橋を渡ることになります。当方の実家が多摩市なので、隣市となる「八王子」という名称には馴染みがあります。

 

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八王子橋の橋梁は、こちらの写真のように何の変哲もない普通の橋です。今となっては幹線道路ではないようです。

 

Dscf2798  八王子橋の前方には音羽蒲郡有料道路の高架が見えてきました(勿論、旅行中は知りませんでした)。

 

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高架の近くには、豊川市コニュニティバス八王子橋バス停がありました。この付近は、コミュニティバスが運行している程度の人口、交通量なのでしょう。

 

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さらに5分程進むと木製の一里塚跡がありました。

 

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一里塚上には昔の風景が描かれていました。一里塚の横には、御料傍示杭の記載があります。

2019年6月14日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その87

Dscf27752018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後2時前には旧東海道赤坂宿、現在の豊川市赤坂紅里付近に居ました。こちらにも古風な和風建築がありました。看板には「尾崎屋」とあり、軒下の灯火には「民芸品 製造御問屋 曲端」との記載があります。店舗内を伺い見ることは不可でした。曲端の意味が不明です。

 

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尾崎屋さんのすぐ近くには、「旅籠大橋屋保存整備工事」が実施されていました。

 

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案内には、「旅籠大橋屋を江戸時代の建築当初の姿に復原する保存整備工事を実施しています」との記載があります。復原は復元の方が馴染み易いのですが。

 

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復元工事の近くに傍示石には、「聖徳太子 見眞大師 御旧跡」なる文字が刻まれています。あまり興味がないのでpassします。

 

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直ぐに「東海道赤坂宿」の石碑があり、その奥が案内所となっていました。

 

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こちらが、その全体像です。入ってみると人気がなく、休憩所となっているのでした。こちらでも少々、休息を取っています。

2019年6月12日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その86

Dscf2763 2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後1時半頃には旧東海道赤坂宿付近に居ました。どうやら本当にいつの間にか赤坂宿に到着していたようです。こちらが赤坂宿の中心部のようです。案内の施設がありました。

 

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高札場跡があり、

 

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赤坂宿町並の図もあるのでした。

 

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町並図で、現在地を確認してみましょう。将に本陣跡の対側に位置するのです。

 

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さらに近くには、こちらの施設もあります。信号には、赤坂紅里との記載があります。写真左が旧東海道だったと思います。こちらの写真右の東屋風の休憩所で少々の休息を取っていたと思います。

 

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こちらの施設には、「赤坂のまつり」なる案内板がありました。大きく大名行列と雨乞い祭りの文字が見えます。

 

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こちらの案内板から、現在地は長福寺と大橋屋さんの間にいるようです。

2019年6月10日 (月)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その85

Dscf2755 2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後1時過ぎには旧東海道御油宿松並木付近にいました。御油宿松並木西側付近には関川神社があるのでした。こちらが、その神社となります。

 

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神社の境内には、芭蕉 夏の月 句碑なる案内がありました。

 

 

 

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句碑には、「夏の月 御油より出でて赤坂や」と刻印されているようです。今回、当ブログを記載するに当たり、この句の意味を調べてみると、夏の月の出ている時間は短く、御油から赤坂までの距離に似ているとのことでしょうか?

 

 

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さらに数分、歩を進めると赤坂宿問屋場(伝馬所)跡なる案内板がありました。どうやら、芭蕉の句のように、ほんの短い時間で赤坂宿に到着したようです。

 

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こちらの伝馬所跡の案内板は、一般民家の前にあり、あまり目立つことがありません。

 

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直ぐ近くには、赤坂宿の本陣跡もあるのでした。案内板には、「1711年の町並図には本陣4軒あり、そのうち松平彦十郎家は、江戸時代初期から本陣を務め、間口は17間半、奥行き28間、座敷通り422畳」との記載があります。

 

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こちらが、その本陣跡の全体像となります。かなり立派な敷地であったことが分かりますね。

 

Photo

 

こちらは高校同級生から頂戴した赤阪の浮世絵葉書です。御油で旅籠前を描いた広重が、ここでは旅籠屋の内部を詳細に描写している。(中略) 右の部屋では飯盛り女が化粧中で、夕方の慌ただしさがしのばれる」とあります。 飯盛り女の意味がお判りの方は、旧街道のチョットした通でしょう。

2019年6月 7日 (金)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その84

Dscf2744 2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後1時前には旧東海道御油宿松並木付近に居ました。弥次喜多説明板がありました。板には、弥次郎兵衛生、喜多八も歩いた御油の松並木」とあります。弥次喜多さんの正式名称が、このようなものであったことを知りました。説明文は劣化が激しく、判読は困難でした。

 

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こちらの弥次喜多説明板の後方には公衆トイレがあったのでした。この付近で生理的現象に襲われていたので丁度、都合が良かったです。ただ、トイレにペーパーの設置がなく、持ち合わせていたwet tissueを使用したこと覚えています。過ぎてしまえば楽しい思い出となります。この後、こちらが御油児童遊園と記載した石碑がありました。

 

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御油の松並木の最も雰囲気が出ているものが、こちらの写真となります。なかなかの松並木でした。

 

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松並木の中には小降りな松の苗が植えられているのを発見しました。

 

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松の苗には、「御油松並木愛護会 御油小学校六年生 平成30年2月植樹」とあります。小学校で松を植樹しているようです。松並木を護ろうとするこちらの地域の取り組みに嬉しさを感じました。

 

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こちらは松並木の西側となります。こちらには、木柱による案内がありました。

 

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西側(京都側)の松並木付近には、当方の他にオヤジが2名、うろついているのでした。当方と同族種に属するオヤジだと推定します。もう少し高齢となると、徘徊と間違われるかもしれません。

 

2019年6月 5日 (水)

旅の思い出---第6次旧東海道徒歩の旅その83

Dscf2735 2018年5/25から5月恒例の旧東海道徒歩の旅に出発しています。今回が第6次の徒歩の旅となります。5/27午後1時前には旧東海道御油宿から赤坂宿へ向かって歩いていました。御油宿の松並木手前で、こちらの看板を見かけました。看板には、「寛文元年11月21日 松平丹波守宿」とあります。

 

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横の案内には、「御関札立掛場」とあります。要は、宿場の出入り口に大名が本陣に宿泊している旨を告知する看板が設置された場所ということです。縦1m、横45cmの板に宿泊年月日、藩主名、行先を記入し、長さ6mの竹竿に取り付けたようです。

 

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すぐ横には、天然記念物御油ノ松並木と刻印された傍示石と案内板がありました。

 

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案内板には、昭和19年にこちらの松並木が国の天然記念物に指定されたことが記載されています。

 

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現在地の記載もありました。これから松並木が始まるようです。

 

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先ほど通過してきた御油宿横町、ベルツ博士夫人「花」生家跡の記載も見受けられます。

 

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御油宿の松並木は、現在、こちらの写真のようになっています。

 

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