旅行・地域

2017年11月23日 (木)

旅の思い出---信州への旅10

Dscf0120 2017年10月に有給休暇を取得して出掛けた信州への旅を回顧しています。10/14午前は上田城を散策しています。公園市役所前バス停付近には、このような案内がありました。真田の家紋である六文銭です。仏教説話では六連銭というようです。六地蔵に供えるので六なのでしょうね。
Dscf0122 さて、こちらが上田城二の丸東虎口となります。
Dscf0123 写真左石碑には史跡上田城跡とあります。
Dscf0126 古地図で、現在地を示す案内がありました。ポイントは二の丸東虎口、武者溜を示しています。
Dscf0129 二の丸橋を渡って二の丸へ向かいます。
Dscf0130 こちらが、その二の丸橋です。Dscf0128 橋の上から堀を撮影しました。深く、幅のある堀でした。今となっては空堀ですが、かつては千曲川の水を引き入れた水堀であったことでしょう。

2017年11月22日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅44

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/27午後3時半過ぎには旧東海道島田宿中心部付近に居ました。何やら立派な石碑があるので近づいています。石碑には「刀匠島田顕彰碑」とあります。
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もう1つの石碑には、「島田刀鍛治の由来」とあります。こちらの石碑に書かれている内容についてはこちらをご参照下さい。まあ、島田は日本刀で有名だったとのことです。それよりも面白いのは、石碑を跪いて撮影している当方が映っていることです。
 
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さらに少々、歩くと島田宿本陣跡がありました。
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内容は、島田宿には西から上本陣、中本陣、下本陣があったこと。それぞれの本陣は約250坪前後の敷地があったこと。脇本陣はなかったこと等が記載されていました(今回、記事を記載するに当たり写真を拡大して確認しました。デジカメは便利です)。
 
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本陣跡は、公園風になっているのでした。

2017年11月21日 (火)

旅の思い出---信州への旅9

Dscf0109 2017年10月に有給休暇を取得して出掛けた信州への旅を回顧しています。10/14は上田の散策の日としています。当日は午前5:20分頃には起床したのですが、博物館等の開館は午前9時なのでホテルで読書をしたり、朝食を取ってから8:30頃にホテルを出発しています。ホテルを出て、直ぐ、昨日のみすず飴本舗飯島商店のビルを見上げます。
Dscf0111 ビルの壁には、飯島商店さんの歴史が掲げられていました。母体となった商家の名前は、「油屋忠八」と書かれているようです。
Dscf0112 1888年に現在の位置に移転しているようです。
Dscf0116 10/14は上田駅前にある街中循環バスを利用して観光をする予定でした。こちらが、そのバス停となります。みどころ案内があります。この裏に1日フリー券購入に関して、バス車内、観光案内所での購入すべきことが記載されていました。バス車内混雑を回避するため、なるべく観光案内所(駅構内)での購入が勧めされていました。しかし、バスの発車時刻が午前9:00で、観光案内所開始時間が午前9:00なのです。8:58分頃に観光案内所が開店し、走ってバスに乗車しました。
Dscf0117 バスに乗車したのは当方1人のみでした。お城下で降車しようと思っていたのですが、運転手さんにお城見学であれば、公園市役所前での降車を勧められ降車しています。バス停から上田城方向へ進むと、武家屋敷の塀のような白壁がありました。上田市第二中学校のようです。Dscf0118 校舎の意匠も、入母屋造り風の凝ったものでした。
Dscf0121 さらに、上田城方向へ進むと、こちらの石碑がありました。上田藩藩校明倫堂跡とあります。このため、第二中学校校舎意匠が、入母屋風となっていのでしょう。納得です。

2017年11月20日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅43

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/27午後3時半過ぎには旧東海道島田宿中心部に居ました。島田宿の中心地となり商店街は可愛らしいアーケードとなっています。「ようこそ島田宿へ」という幟が嬉しいです。
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直ぐに島田宿一里塚がありました。案内には江戸から50里であること、塚には榎が植えられていたことが記載されています。
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島田宿一里塚跡の比較的新しい石碑もあるのでした。
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近くには旧東海道島田宿案内図もあります。勿論、近づいて見てみるのです。
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現在地は、問屋場跡の道路対側となります。
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昔の絵では、大八車を引く人付近に居ることになります。何だか長閑な宿場だったことを想像させます。

2017年11月17日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅42

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/27午後3時頃には静岡県島田市道悦付近にいました。旧東海道を歩いていると、このような案内がありました。1635年、水野監物が大井川に水門をつくり灌漑水路(監物川)で農地を潤したことが記載されています。
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歩道橋下にある、この水路が監物川のようです。いずれの地でも、農地を潤す目的で井堰や水路が作成されたことが判りますね。
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監物川の写真を撮影している際に、こちらの御仁を見かけました。恐らく、その井出達から当方と同様に旧東海道を歩いているオヤジであろうと推察していました。
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数分、歩くと島田市島田宿の旧東海道の案内があるのでした。
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旧東海道は国道1号線と分岐し、写真左となっていくのでした。

2017年11月16日 (木)

旅の思い出---信州への旅8

Dscf0094 2017年10月に有給休暇を取得して出掛けた信州への旅を回顧しています。10/13午後4時半頃には上田駅前広場に居ました。駅前広場には水路に大きな水車があるのでした。
Dscf0092 案内を要約すると、名称は桝網用水で、江戸時代中ころの取水口は上田城崖下の尼ケ淵に入る千曲川の分流から取っていたこと、明治時代には上田駅当方に用水を利用した養鯉池、製糸工場などができ、下流の秋和、塩尻地区では長い間、農業や生活用水として利用されたこと等が記載されています。Dscf0101 ホテルに向かって交差点を左折するとすぐに、このような建物がありました。看板にはみすず飴本舗飯島商店とあります。ちょっと、内に入ってみましょう。
Dscf0103 すると、登録有形文化財建造物であることが記載されていました。
Dscf0104 隣の案内には、「この白壁土蔵は、明治27年に蚕繭集積倉庫(繭倉)として建てられ、信越線上田駅への出荷前線基地として活躍したものです。特徴としては、温度や湿度の変化から繭を守るために壁が厚く、暖房用の煙突が屋根の上にあります。明治時代の上田は日本一の蚕種出荷量を記録したこともある養蚕の一大拠点で、---(以下略)」とあります。当方は知りませんでしたが、上田は養蚕が有名な街だったようです。
Dscf0105 再度、こちらの建物を撮影します。確かに壁が厚そうな構造となっているようでした。

2017年11月15日 (水)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅41

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/27午後3時前には静岡県島田市道悦付近に居ました。旧東海道は歩道橋の右方向になるようです。歩道橋に近づきます。
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逆光となっていますが、歩道橋には六合駅が近くにあることを案内しています。さらに、浜松まで51Km、掛川まで23Kmとの案内もあります。この付近が、道悦という地名であることが判明したのは、
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「島田市道悦」との記載があったからです。
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歩道橋の上から見てみましょう。こちらは国道1号線です。京方面を撮影しています。それなりにクルマは流れているのですが、
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こちらは、旧東海道となります。道1本裏手に入ったのみでクルマの通行は殆どないのでした。
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さらに京方面は数分、歩くと旧東海道の案内がありました。かなり判読困難ですが、島田市道悦島とあるようです。

2017年11月14日 (火)

旅の思い出---信州への旅7

Dscf0086 2017年10月に有給休暇を取得して出掛けた信州への旅を回顧しています。10/13午後3時53分には上田駅に到着していました。信州はおそばが有名なので、駅そばを食してみることにしました。有名店で美味しいのは当然なので、取り合えず庶民の味方の駅そばです。上田駅お城口のそば処ちくまさんへ入店しました。
Dscf0085 午後4時頃だったので客は当方を含めて二人のみです。特上きつねそばを注文しています。何が特上なのかは不明です。当日は寒かったので暖かいおそばとしています。特上そばですが、お味は普通のような気がします。といっても当方は味音痴なのですが。
Dscf0087 上田駅前に出てい見ると、上田城紅葉まつりの幕がありました。開催は11/3からとあります。紅葉の時期には少々、早かったようです。
Dscf0088 さらに隣には、400年の時を経て甦る上田城、400年前の上田城を再現、VR体験とあります。開催期間は4/1~11/30で、こちらは大丈夫なようです。
Dscf0089 駅前広場方向へ向かいます。JR
上田駅駅舎には、六文銭が意匠されているのでした。
Dscf0091 そして、駅前広場には真田幸村像がありました。気温は14℃と標示されています。少々、肌寒かった記憶が残っています。

2017年11月13日 (月)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅40

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/27午後2時過ぎには旧東海道藤枝宿付近に居ました。チョット、面白いバス停があったので撮影してみました。こちらは「三軒屋」というバス停のようです。上部には藤枝市自主運行との記載があります。
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バス停の時刻表の部分には、「この路線は予約の電話がなければ運行しません」。通過する40分前までに予約との記載もあります。面白いですね。地方の公共交通は、非常に厳しい現実に直面しているようです。
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バス停の付近には、こちらの写真のように旧東海道を彷彿とさせる松が植樹されているのでした。
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数分、歩くと旧東海道の案内がありました。「上青島の一里塚跡」と記載されているようです。結構、傷みが進んでおり判読に苦労します。
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こちらのような案内もありました。写真左には以下のようにあります。「昭和32年当時の松並木 現在も残る松並木ですが、昭和30年代には江戸時代の街道をしのばせる風景がよく残されれていました。当時は、道路沿いの両側に松並木があり、土手の上に生えていました」  昭和30年代まで旧東海道の松並木が残存していたことに驚きを感じます。
写真右には、「発掘された一里塚」とあり、昭和57年の際に、塚のかたちを表す円形の石積みがみつかったとあります。
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石碑には、「江戸(東京)日本橋より51里」とあります。約200Kmを歩いて来たことになります。

2017年11月10日 (金)

旅の思い出---第4次旧東海道徒歩の旅39

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2017年5月に有給休暇を取得して実施した旧東海道徒歩の旅を回顧しています。5/27午後2時前には藤枝市青島付近にいました。松並木が残存しており、旧東海道であることを醸し出しています。
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旧街道を進むと千貫堤入口80mと案内がありました。
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木標には、市指定文化財瀬戸の染飯版ともあります。赤い矢印には千貫堤100mとも記載があります。
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千貫堤とは、1635年に大井川洪水から守るためにつくられた堤のようです。全長360m、高い3.6m、巾29mの大堤防だったようです。千貫の巨費を投じたとも記載されています。
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他の案内には、昭和40年代の土地開発によって堤は取り除かれ、現在は約40mの堤がそのままの姿で残っているとあります。
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こちらが、その案内板のあった場所の全景です。非常に細い獣道のような道を進んでみます。
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その先には千貫堤、瀬戸染飯伝承館の幟がありました。写真左がその建物のようです。
染飯については、こちらから。

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