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旅行・地域

2020年1月22日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その38

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/25午前10時半過ぎには旧東海道四日市宿と石薬師宿の中間付近となる日永の追分付近に居ました。信号待ちをしていると、こちらの太陽建機レンタルさんの重機が大型トラックで輸送されていました。重機には白いタイヤがついています。接地面は黒ですが、珍しいと思い撮影しています。タイヤは強度を出すために、炭素を混入すると聞いていました。このため、タイヤは黒いと何かのTV番組で言っていました。何で、こちらのタイヤは白いのでしょうか?側面のみ白く塗装しているのでしょうか?

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さらに旧街道を進むと、あすなろう鉄道内部線と交差することになります。写真でも、その雰囲気が判るかと思いますが、narrow guageです。駅が見えます。

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踏切を渡ってから、こちらの駅が追分駅であることが判ります。日永の追分が近くにあるので、追分駅という名称になったことでしょう。

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近くには、旧運営会社である近鉄追分駅と東海道の案内板がありました。逆光となり、判り難い写真となりました。

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案内板があった場所です。少々、戸惑いましたが、旧東海道は写真左のようです。歩を進めます。

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10分程度の歩行で、大蓮寺前まで来ました。旧街道沿いには神社仏閣が多いので、逆に歩行している道が旧東海道であることが判ります。

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さらに数分の歩行で、こちらの案内板がありました。ちょっと、安心しました。この間、約数分ですが、不安な気持ちで歩行するのも楽しいのでした。ただ、お腹の調子も何だか悪くなって来たのでした。この時、トイレを探していました。内部駅まで行けば構内にトイレがあることを期待して足早に駅へ向かうのでした。この時、若い婦人警官とすれ違ったのですが、当方の挙動不審が目に入ったかもしれません。当方はトイレを探しているだけだったのですが、もし、この時、職務質問を受けていたら当方はお漏らしをしていたことでしょう。

2020年1月20日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その37

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/25午前10時頃には旧東海道四日市宿を過ぎ、日永の追分付近にいました。こちらが、日永の追分の鳥居となります。

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鳥居のある敷地内には、「日永の追分」の傍示石がありました。

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同敷地内には、井戸もありました。こちらの水を使用して、先ほどの資料館ではお茶を入れてくれたようです。年配の女性が教えてくれたのでした。電動ポンプで水を引き上げているようです。

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日永の追分の案内文がありました。要約すると、東海道と伊勢街道の分かれ道であること、道路拡張前には伊勢街道入口に道を跨いで伊勢神宮の二の鳥居があったこと、鳥居は伊勢神宮の遷宮に合わせて20年毎に建て替えられること、現在の鳥居は昭和50年に建てられたもので第9次の鳥居であること、追分は四日市宿と石薬師宿との間の宿として旅籠、茶店が多かったこと等が記載されています。

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こちらにも案内がありました。江戸で伊勢出身の有志が鳥居を建立したことが記載されています。

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日永の追分から今後の進路を撮影しています。写真左が旧国道1号線、旧東海道は写真右方向となります。

2020年1月17日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その36

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/25午前10時前には旧東海道四日市宿を過ぎ、日永一里塚跡も通過していました。案内板によると、あすなろう鉄道の泊駅付近にいたようです。案内板には、かつての運営会社である近鉄の名称が残っています。

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旧街道沿いに造り酒屋さんでしょうか伊勢蔵さんの店舗があるのでした。

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伊勢蔵さんの駐車場には、こちらの大きな桶がありました。勿論、接近してみます。

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案内板には、「展示桶(30石)」の記載があります。「直径1100mm(1.1m)、高さ1940mm(1.94m)、味噌仕込み用、1回の仕込み量約5000Kg(50t)(30万人分のみそ汁に相当) ここ旧東海道沿いにおいて、創業大正3年より30石から45石の木桶を使用し、味噌、醤油を製造しております。創業当時より代々木桶に染み込んだ酵母、乳酸菌などが伊勢蔵特有の蔵ぐせを生み出します」との記載です。大きさを、わざわざミリ単位で記載しなくとも良いと思うのですが、imageが湧かないですよね。10升=1斗(と)(18L)、10斗=(180L)です。その昔、灯油販売では缶製のものを使用していました。それを一斗缶と言っていましたね。これを知っている人はかなりの年配者です。

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伊勢蔵を通過して旧街道を進みます。前方に東海道の幟を掲げる古い家屋が見えてきました。

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建物前には、日永郷土資料館との板がありました。

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資料館の外には、水車用木製歯車や郵便ポストが展示されています。当方の年代ですと、こちらの郵便ポストは普通に受け入れられるのですが、こちらのポストは「展示品です」との注意書きがありました。中高齢者が誤って郵便物を投函することのないように記載されているようです。外部を見学していたら、内部から人が出て来て見学していくように勧められました。その後、こちらの資料館を見学させて頂き、お茶まで御馳走して頂きました。

 

2020年1月15日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その35

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/25午前9時半過ぎには旧東海道四日市宿を過ぎ、日永小学校付近に居ました。こちらは、西唱寺の駐車場となります。こちらにも、つんつく祭りの横断幕と幟がありました。

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西唱寺を過ぎると、建物の間に日永の一里塚跡の傍示石が立っていました。右横には、説明文がありそうです。

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案内文の後半には、「この日永一里塚は、もとは5m四方で高さ2.5mの塚が東海道の両側に築かれており、西側の塚には榎が残っていたが明治2年(1869)に伐採され、塚もその姿を消した」との記載があります。

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日永一里塚を過ぎ、7-8分、歩行すると前方に松の木があります。

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松の木の下には、「東海道名残りの一本松」の案内がありました。「むかし、この辺りから泊の集落までは、東海道の両側に低い土手が築かれ、その上に、大きな松の木が並んで植えられていた。その間には、家は一軒もなく、縄手と呼んでいた。この松は、その縄手に植えられていたものが残った貴重なものであり、往時の東海道や日永の歴史の一旦を今に伝えるものとして、大切に維持しなけらばならない。縄手の道幅は、土手も入れて約5間(9m)であった。松の木が無くなった現在の道幅とほぼ一致する。因みに、旧東海道の道幅は3間(約5.5m)で、現在も変わっていない」との記載です。

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一里塚を過ぎてすき屋前を通過します。電信柱に東海道の記載があることが判ります。助かります。

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こちらの道を進みます。LIXILの看板がありました。当家に出入りしている住宅メーカーの方に、reformの際にお聞きしたら、TOSTEM, INAX, SUNWAVEの各ブランドを統合したのが、現在のLIXILということです。そんなことを思い出しながら、旧街道を歩いているのでした。

2020年1月13日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その34

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/25午前9時過ぎには旧東海道四日市宿を過ぎ、日永神社付近に居ました。日永小学校まで移動して来ました。小学校前にもつんつく祭りの横断幕が掲げられていました。大抽選会も催されるようです。景品は何でしょうか?

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日永小学校正門付近には、こちらの記念碑がありました。最も高い石碑には、表忠碑との記載が見えます。

 

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稲垣末吉翁頒(ハン?)徳碑なるものもあります。今回、こちらのブログを記載するに当たり、稲垣末吉氏に関して調べてみると、日永小学校講堂を建設するに当たり、寄付をされた方のようです。

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記念碑群の横には、こちらの東海道を示す新しい傍示石もありました。

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すぐ近くには、東海道総合案内もあるのでした。

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勿論、現在地を確認します。旧東海道は赤い線で記載されています。写真右から左方向へ進みます。これから、日永の一里塚があり、あすなろう鉄道内部線とクロスするようです。

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四日市宿は、第43番目の宿場として記載されています。

2020年1月10日 (金)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その33

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/26午前9時過ぎには旧東海道四日市宿を過ぎ、日永神社付近に居ました。道標を見に神社の境内へ入ってきました。正面が本殿、拝殿でしょうか。写真右に道標らしきものが見えます。接近してみます。

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こちらが、道標の全体像となります。四角い石柱で囲ってあります。

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案内文を見てみましょう。「追分道標」との記載があります。「この石柱は昔、日永の追分の神宮遥拝(ようはい)鳥居の傍に立てられていた道標である。この道標には正面に「大神宮 いせおいわけ 右側面に京 左側面に山田 そして裏面には明暦二丙申三月吉日 南無阿弥陀仏 専心」と刻まれている」とのことです。

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道標表面は、かなり劣化が進んでおり、刻まれた文字は判読困難でした。

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こちらは、日永神社社務所となります。

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日永神社をあとにすると、直ぐに長命山薬師堂がありました。写真奥が薬師堂のようです。

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案内文には、こちらに薬師如来坐像があるようです。「胎内背部と底板には正保二年(1645)、正徳三年(1713)、慶応二年(1866)の銘を持つ墨書があり、三度にかわり補修を受けたことがわかる」「鎌倉時代中期の制作といわれている」との記載もあります。

2020年1月 8日 (水)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その32

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/25午前9時過ぎには天白橋を渡り、両聖寺付近に居ました。つんつくおどりの案内板の近くには、倉庫の壁に、「つたえよう日永つんつくおどり-2020年400年祭に向けて」と記載されています。この地区では、愛されている踊りなのでしょう。

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こちらにも、つんつく祭りの幟がありました。その右には、何やら不吉な看板があるのでした。

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つんつく祭りの為、6/8の午前9寺から11時まで全面通行止になるようです。2週間後の、この時間帯は通行止になるとのことです。今回、無事、通過できて良かったです。

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日永神社前に到着しました。

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日永神社の説明文です。天照大神をまつること、以前、拝殿右にあった松の老木は、国難があるとその樹皮を変色して人々を驚かせたこと、拝殿右に立つ道標は1656年、僧侶により建立された東海道最古の道標であること等の記載です。

 

2020年1月 6日 (月)

旅の思い出---第8次旧東海道徒歩の旅---その31

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2019年5/24から5月恒例の旧東海道徒歩の旅へ出発しています。今回が第8次の旅となります。 今回の予定としては、三重県桑名市から滋賀県甲賀市付近までの徒歩を予定しています。5/25午前9時頃には、四日市あすなろう鉄道内部線赤堀駅、大宮神明社を通過していました。この付近には、東海道五十三次四日市の浮世絵がありました。長閑な風景が描写されています。

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東海道の案内板がありました。現在地は、日永、天白橋の手前のようです。

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四日市名物団扇最中 大平屋老舗という店舗がありました。開店前のようです。団扇最中に関しては、こちらが参考になるかもしれません。

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近くに日永2・3丁目自治案内板がありました。

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現在地は、赤印で提示されています。加藤潔さん宅前となります。写真右方向へ進みます。

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天白川に架かる天白橋を渡ります。

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両聖寺前まで到着しました。写真左に何か、案内板があります。接近してみます。

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「四日市市指定無形民俗文化財つんつくおどり」の説明のようです。「大勢の人々が手をつなぎながら太鼓や笛などの囃子に合わせて円陣をつくっていくといいう所作を持つ、日永地区に古くから伝わる郷土色豊かな踊りである」とのことです。

2020年1月 3日 (金)

第9次旧東海道徒歩の旅---予定行程2

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第9次旧東海道徒歩の旅の予定行程2は、大津宿(第6次、2018年4月に到着済)から京都三条までを予定しています。この間は、約11Kmの距離のようです。恐らく3時間程度で歩行可能と推定します。

天候が良ければ、1/3朝、南草津駅を電車で出発し、大津駅で下車し、歩行を開始することを予定しています。逢坂山がありますが、調査すると高低差は100m程度のようです。1/3の天候が雨の場合には、1/4午前に歩行しているかもしれません。天候の事を考慮し、1/4の飛行機は大阪伊丹空港発17:05分を予約しています。あとは、天候次第です。

2020年1月 2日 (木)

第9次旧東海道徒歩の旅---予定行程1

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さて、今まで8回に分けて旧東海道を徒歩で旅して来ましたが、この9次で完歩予定です。この正月休みを利用して歩いてみることにします。

第9次の予定行程1は、2019年5月に到着しているJR草津線石部駅から同手原駅(第6次の出発地点、2018年4月)までの旧東海道を歩く予定としています。調べてみると、この間は約5.6Kmで約80分程度で歩行可能と推定します。

予定としては、元日の日当直を終え、そのまま宮崎空港へ移動。宮﨑空港11:15分ANA506便に搭乗し、大阪伊丹空港12:20分着。空港バスで京都駅へ移動し、JR琵琶湖線で南草津駅まで移動。ホテルに荷物を預け、再度、石部駅までの移動を考えています。乗り継ぎが良くても、15:30頃から歩行開始できれば良いと思っています。天候はどうでしょうか?

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