書籍・雑誌

2021年4月28日 (水)

機長からアナウンス

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今回はこちらの本を選択しています。内田幹樹氏の「機長からアナウンス」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

旅客機機長と言えば、誰もが憧れる職業だが、華やかなスチュワーデスとは違い、彼らの素顔はほとんど明かされない。ならばと元機長の作家が、とっておきの話を披露してくれました。スチュワーデスとの気になる関係、離着陸が難しい空港、UFOに遭遇した体験、ジェットコースターに乗っても全く怖くないこと、さらに健康診断や給料の話まで―本音で語った、楽しいエピソード集。

こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

パスポートも一応持ってはいくが、入国に際してアメリカの場合は一応チェックが、入るものの、ヨーロッパの国はほとんど必要ない。身分証明書だけでじゅうぶんなのだ。飛行場に着くとバスが飛行機の脇に来ていて、そのまま乗り込めば、あとは黙っていてもホテルまで連れて行ってくれる。パスポートに出入国のスタンプすらおさないのだ。本文, p143。

飛行機のコックピットには、通常、余分な椅子が2つくらいついている。ジャンプシートというやつだ。アメリカの航空会社ではその椅子をパイロットがほぼ自由に使う(勤務に際して移動する場合)ことができるという。本文、p166。

国際線は花形のようにみられがちだが、キャプテンになるためには国内線を飛んでいた方が技量(離着陸階数が多いので)がついて、あとが楽だ。本文、p194。

(飛行機搭乗口にある)あの国旗に下をくぐった瞬間から、「あなたはインドネシアの法律が適用されますよ」という意味なのだ。本文, p204。

実は、こちらの本を読書するのは2回目です。1回目は旅行先で読書する本がなくなり、Kindleで読書しています。今回は、古本屋を散策中に発見したので購入した次第です。近視にならなかったらパイロットに成りたかった夢が小中学生の頃にありました。近眼になってその夢を諦めましたが、適性がなかったかもしれません。

2021年4月23日 (金)

夏草の賦---下巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「夏草の賦---下巻」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

もし、おれが僻地の土佐ではなく東海の地に生れていたならば…長曽我部元親は嘆く。強盛を誇った信長が斃れても、素早く跡を襲った豊臣秀吉によって、営々と築きあげてきた四国に侵略の手が伸びてきた。そして再び土佐一国に、押し込められようとしている―土佐に興り、四国全土を席巻した風雲児の生涯。

さて、こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

この制度(一領具足制度)は、元親の意図とはべつな効果をもたらした。土佐人の平等思想やあえて難におもむくという敢為の精神がこの国の風土精神になった。本文、p28。

「ひとは、利に貪欲なのではない。名誉に貪欲なのだ」一部改、元親の言葉、p114。

男を成り立たせているいるのは、夢と志なのだろう、本文, p213。

総帥たるものはちがう。勇気と同じ量の臆病さがなければ細心な智謀は湧かず、敵の心理状況も察することができない、本文, p202。

例外はあるにしても、こういう人目に立ちすぎる服装を好む者は、性格がよほど弱く、しかも自分の器量に自信のない者が多い。本文, p271。

ひたむきに生きてこそ、ひとは息災でいられる。解説文、p319。

 

長曾我部元親という人の名前は知っていましたが、その時代背景を知ることでようやく四国土佐の歴史の一部が理解できました。今後、山之内一豊の本を読書すればより、四国土佐に関して理解が深まることでしょう。何か本を探してみようと思います。

2021年3月31日 (水)

夏草の賦---上巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「夏草の賦---上巻」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

英雄豪傑が各地に輩出し、互いに覇をきそいあった戦国の世、四国土佐の片田舎に野望に燃えた若者がいた。その名は長曽我部元親。わずか一郡の領主でしかなかった彼が、武力調略ないまぜて土佐一国を制するや、近隣諸国へなだれ込んだ。四国を征服し、あわよくば京へ…。が、そこでは織田信長が隆盛の時を迎えんとしていた。

まず、題名にある「賦」の意味がよく分かりません。Wikipediaでは、中国韻文における文体中世日本における訴訟手続き方法

が紹介されています。どちらも合致しないような印象です。著者はどういう意味を込めたのでしょうか?

 

さて、こちらの本でも付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

土佐は鬼国であるという。人のかわりに鬼が棲む、といわれるほどに人間社会から遠い感じがする。本文, p13。

日本の中央の京などからみれば土佐は流人でもいやがる大田舎かもしれないが、本文, p44。

元親は、臆病者こそ智者の証拠であり、臆病こ智恵のもとである、といった。本文、p93。

いくさに勝つということは、さほど難しいことではない。勝つ準備が敵よりもまさっていればもうそれで勝てるのだ。本文, p109。

「よく知るものは、よく謀ることができる」元親の言葉, p181。

「柿も熟すれば落つ。事というものはときに策をもちいずとも自然を待つほうがいい場合がある」元親の言葉, p198。

うそは、誠実につかねばならない。だまそうとする場合、誠心誠意だまさねば。必要なら相手と心中するほどの覚悟でだまさねばだませるもおではないことを信長は知っていた。本文, p301。

秘書官がいかに有能であれ、いや有能であればあるほど、その弊害も大きいであろう。森蘭丸の件で、本文, p311。

 

土佐に関しては、さんざんな記載ですね。ちょっと、可哀そうです。こちらの本を選択したのは、当方があまりに四国の歴史や長曾我部元親ことに関して知らなかったからです。周知のように、この後、山内一豊が土佐に封じられます。このことが、激動の幕末に坂本龍馬に代表される土佐の大きなpowerの源流となるのでした。久しぶりに古本ではなく、新しい本をアマゾンで購入しています。

2021年3月23日 (火)

本田宗一郎 男の幸福論

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今回は、こちらの本を選択しています。梶原一明氏の「本田宗一郎 男の幸福論」です。本のカバーには以下のように記載されています。

“世界のHONDA”を築きながらも、「好きなことをやってきただけ」という男本田宗一郎。周囲を明るくする底抜けの陽気さとそこはかとなく感じさせる人間的魅力の秘密とは何か。「世界一の幸せ者」を自認し、夢とロマンを追い続ける男の仕事観、人生観を情感豊かにいきいきと描く。

さて、こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

本当にいちばん危険なのは、家庭の中の人間関係だ。本文, p57。

「私は不得手なことはやらず、得意なことしかやらないことにしている。人生は、得手に帆を挙げて生きるのが、最上である」本田宗一郎の言葉, p110。

「人間は剣が峰を渡るときに、一番成長する」本田宗一郎の言葉、p162。

「オレの人生は失敗の連続よ。百やったうちの99までが失敗だったぜ」本田宗一郎の言葉, p246。

世界のホンダを作り上げ、成功者として認識されている本田宗一郎にして、「百たったうち99までが失敗だった」とは、普通人には、なんだかチョット、自信が湧いてくる言葉ですね。

本のカバーに写っている本田宗一郎の屈託のない笑顔が素敵だと思います。羨ましい。こちらの本も、古本屋さんを散策中に「本田宗一郎」の名が見えたので、先の本と同時に購入しています。

2021年3月 7日 (日)

山中鹿介

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今回は、こちらの本を選択しています。童門冬二氏の「山中鹿介」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

「月よ、われに七難八苦を与えたまえ」悲願である「尼子家再興」を志す勇将山中鹿介は、あらゆる苦難に屈しないことを月に向かって誓う。毛利の大軍に囲まれた上月城でひたすらに信長からの援軍を待つ鹿介に届いたのは苛烈な悲報であった…。絶望の中でさえなお一途に一筋の光明を求めた人間たちの不屈の闘志と美しい心情を描いた傑作長編小説。

こちらの本では、解説にある以下の文章のみ抜粋してみます。

「このような人生を送った山中鹿介が戦前の修身の教科書に取り上げられた理由は、刻苦勉励と忠義心の二点に尽きる」解説、p314。

こちらの本も古本屋さんを散策中に発見し、作者が童門冬二氏であったことから購入しています。勿論、購入前は「山中鹿介」という人物は知りませんでした。戦前世代の方々は、教科書で知っているのかもしれませんね。

山中鹿介は、毛利氏に滅ぼされた尼子一族の忠臣となります。

2021年2月24日 (水)

本田宗一郎と藤沢武夫に学んだこと

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今回は、こちらの本を選択しています。西田通弘氏の「本田宗一郎と藤沢武夫に学んだこと」です。

本のカバーには、以下のような説明があります。

初めて藤沢武夫と対面した本田宗一郎は、その印象をこう語った。「顔を見ただけで素晴らしいと感じた。ロマンチックで自分から実行する人だ」と。世界のホンダを築きあげた経営者・本田と影の演出者・藤沢。この二つの異質な才能はいかに出会い、発揮されたのか。“ホンダの最高参謀”といわれ、2人から40年にわたって直接指導を受けた著者が、そのすべてを語り明かす。

こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

本田さんは、人生哲学として次の点を強調し、実践した人である。「誠意をつくせば、相手も誠意をもって応じてくれるはずだ」本文、p23。

「99%の失敗があって、はじめて1%の成功がある」本田宗一郎の言葉,p45。

ホンダ用語のひとつに、三現主義というのがある。「現場」に行って、「現実」を見て、「現物」に触れることだが、問題の発見や提起には、これが大切であろう。本文, p49。

「人間はマイナスばかりを考えたがる。自分には何かある。何ができると、プラスを考えていくと、けっこう幸せなものだ」藤沢武夫の言葉, p122。

ホンダでは、たとえ、相手が上司であろうと、勇敢に自説をとなえられ、言いたいことを言え、やりたいことをやれる風土をつくってきた。それができる人を認め、後継者にしたのである。本文, p125。

「いい話は聞きたくない。悪い話をもってこい」「悪い話だけをもってこい。ただし、それを言った者の名前は言うな」と条件をつけて命じた、名経営者がいた。本文, p183。

以前から気になっていた本田宗一郎、藤沢武夫に関する本を古本屋で見つけたので購入しました。ホンダのクルマには1台しか所有したことはありませんが、ホンダという会社は面白い会社だと思います。恐らく、両名が現役でいた頃には、活気のある会社組織だったことでしょう。

著者の西田通弘さんも両名の元で働き、副社長さんまで上り詰めた方のようです。そんな組織に所属してみたいものです。

 

2021年2月17日 (水)

安楽病棟

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今回はこちらの本を選択しています。帚木蓬生氏の「安楽病棟」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

お地蔵さんの帽子と前垂れを縫い続ける老婆、深夜になると引き出しに排尿する男性、異食症で五百円硬貨が腹に入ったままの女性、気をつけの姿勢で寝る元近衛兵、自分を二十三歳の独身だと思い込む腰の曲がった八十四歳。様々な症状の老人が暮らす痴呆病棟で起きた相次ぐ患者の急死。理想の介護を模索する新任看護婦が気づいた衝撃の事実とは!?終末期医療の現状を鮮やかに描く傑作ミステリー。

さて、こちらの本でも気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

組織というものは、伝統によってそのその質が保たれていくものだと思うのです。本文,p86。

現代は、従来の生命倫理の枠組みが崩壊する危機に瀕しているようなのです。その枠組みとは何か。それは、「人の命はすべて平等である」という命題です。本文,p351。

実際にわたしも、人の生命は延命によって却って悲惨になる場合もあるような気がします。本文、p439。

お互いが損得勘定で接近していますから、その間に心の通じ合いがあるはずはないのが当然なのかもしれません。本文, p468。

お年寄りのケアというのは大変だけど、わたし、人をケアするって、自分もケアされる気がするんです。主任さんの言葉, p581。

できるだけ、生命を永らえさせることが医療の使命であるという従来の基準でははかれない生死の問題が生じてきている。解説文より、p636。

人間相手の仕事の中には必ず楽しさがあるはずだ。解説文より、p640。

 

こちらの本を読書して当方の考え方が少々、変化しました。当たり前なのですが、認知症を発症する前にもその患者さんの人生があったということに改めて気が付きました。こちらの本のカバーにある紹介文には、ミステリーの文字が見えますが、読書中、その意味が分かりませんでした。読了後にミステリーの意味が分かります。storyとしてやや無理があるsituationもありますが、現代医療の在り方を真剣に考えてみる時期に来ているようです。何となく著者の名前が見えたことから古本屋さんで購入したのですが、読み応えのある本でした。

2021年2月10日 (水)

ロシアについて

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「ロシアについて」です。本のカバーには、以下のように紹介されています。

この巨大な隣国をどう理解するか。「日本とこの隣国は、交渉がはじまってわずか二百年ばかりのあいだに、作用と反作用がかさなりあい、累積しすぎた」。『坂の上の雲』『菜の花の沖』を書いた国民作家が、出会いから誤解をかさねてきたロシアと日本について歴史を検証ながらその本質に迫り、両国の未来を模索した傑作評論。読売文学賞受賞。

こちらの本で最も気になった箇所を抜粋してみましょう。

紀元前何世紀かに、外洋から船に乗って稲を持ってきた外来者が、文字をもつ以前の日本を一変させてしまったことは、異論のないところである。水田稲作という弥生式文化は、(中略)、堆肥と燃料をとるために山に入り、落葉や下草を採って、林間を座敷のように掃除しつづけた。このため、それまで一般に照葉樹林だった日本の山林は、落葉の堆肥を失って栄養不足になり、かわって松という痩地を好む樹にとってかわられた。日本は松の国になった。本文、p126。

「なるほど」と思いました。どおりで日本には松の樹が多いはずです。こちらの本は、「ロシアについて」というタイトルですが、中身はモンゴルに関する記載が多いのでした。かつて世界史中国編で、少々、習いましたが、モンゴル勢力がいかに強力であったかが伺い知れました。

こちらの本も古本屋さんを散策中に発見したものでした。

2021年1月26日 (火)

栗林忠道

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今回は、こちらの本を選択しています。柘植久慶氏の「栗林忠道---硫黄島の死闘を指揮した名将」です。本のカバーには以下のように紹介されています。

太平洋戦争屈指の激戦だった硫黄島をめぐる戦い―。米軍の進撃を阻止し、少しでも本土決戦を遅らせるため死力を尽くして戦った日本側の指揮官、それが栗林忠道中将である。兵力・物量ともに圧倒的有利な米軍に対して彼は“徹底的な持久戦”を挑み、最期の最期まで大打撃を与え続けた。今なお日米双方から“最も優秀な指揮官”として高く評価される名将の戦いを克明に描く。

こちらの本でも、気になって付箋を貼付した箇所を抜粋してみましょう。

日本陸軍もノモンハンでソ連戦車に圧倒されながら、その事実を隠して強力な戦車を開発しようとしなかった。本文、p40。

危険な任地へは懲罰人事のような辞令を発し、伝手のある者は安全な後方へと転じてゆく。そうなった時の軍隊はもう赤信号が灯ったも同然だった。本文、p137。

アメリカ海兵隊という軍は、全員が志願兵によって編成されている。本文、p247。

何年か前、「硫黄島からの手紙」という映画があったと思います。映画自体は見ていないのですが、その宣伝の際に栗林忠道司令官の事を知りました。古本屋さんを散策している際に見かけたので、こちらの本を取得しています。

ただ、残念だったのは、こちらの本は硫黄島の戦いに関しての記載であって、栗林忠道氏自体の記載は多くはありません。当方としては、栗林忠道氏の人柄が知りたかったのです。

2021年1月20日 (水)

義経---下巻

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今回は、前回に引き続きこちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「義経下巻」です。本のカバーには、以下のように紹介されています。

義経は華やかに歴史に登場する。木曽義仲を京から駆逐し、続いて平家を相手に転戦し、一ノ谷で、屋島で、壇ノ浦で潰滅させる…その得意の絶頂期に、既に破滅が忍びよっていた。彼は軍事的には天才であったが、あわれなほど政治感覚がないため、鎌倉幕府の運営に苦慮する頼朝にとって毒物以外の何物でもなくなっていた。

こちらの本でも気になって付箋を貼付しか箇所を抜粋してみましょう。

朝廷が時勢時勢に乗ってくる権勢家の骨をぬくには、位をどんどん高めてやればよい。公家のあいだではこれを「位打ち」という隠語でよんでいた。p19、本文記述。

三種の神器は、ふるい時代から皇室に伝承されている。崇神帝のとき、その神器を分散して神体としてまつった。のち鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮に、まが玉は宮中に、とそれぞれ奉安した。p56、本文記述。

 

三種の神器が、伊勢神宮、熱田神宮にあることは知りませんでした。

こちらの本を読書して、義経が悲劇のheroではなく、好色で政治的痴呆者であることを初めて知りました。義経に関して、知ってるつもりでいましたが、大きな間違いだったようです。

 

 

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