書籍・雑誌

2017年5月25日 (木)

ビブリア古書堂の事件手帖---第2巻

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今回は、こちらの本を選択しています。第2巻までは以前、読書していますが、今回、第1巻から再読しているのです。本の帯には以下のように紹介されています。

鎌倉の片隅にひっそりと佇むビブリア古書堂。その美しい女店主が帰ってきた。だが、入院以前とは勝手が違うよう。店内で古書と悪戦苦闘する無骨な青年の存在に、戸惑いつつもひそかに目を細めるのだった。 変わらないことも一つある ── それは持ち主の秘密を抱えて持ち込まれる本。まるで吸い寄せられるかのように舞い込んでくる古書には、人の秘密、そして想いがこもっている。青年とともに彼女はそれをあるときは鋭く、あるときは優しく紐解いていき ──。 大人気ビブリオミステリ、第2巻の登場。

今回も再読にあたり、漫画と一緒に読んでいます。漫画では第4巻から6巻までとなり、漫画の方はこの6巻で終了となっています。

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さて、第3巻は、「時計じかけのオレンジ」「名言随筆 サラリーマン」「UTOPIA 最後の世界大戦」が題材として取り上げられています。「時計じかけのオレンジ」は当方が若かった頃、その映画が上映されていた記憶がありますが全く内容は知りませんでした。名言随筆 サラリーマン」の著者である福田定一が当方の好きな司馬遼太郎氏の本名であることも知りませんでした。さらに「UTOPIA 最後の世界大戦」の著者である足塚不二雄が後の藤子不二雄であることも知りませんでした。第2巻もそれなりに楽しませて頂いています。

2017年5月18日 (木)

再び、ビブリア古書堂の事件手帖

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6年前にも一度、こちらの書籍は読書しているのですが、第3巻以降は読んでいませんでした。書庫を整理していると、第2巻から7巻までが出てきました。さらに同タイトルのマンガまで出てきました。ということで再度、第1巻から読書することにしました。本の帯には以下のように紹介されています。

鎌倉の片隅でひっそりと営業をしている古本屋「ビブリア古書堂」。そこの店主は古本屋のイメージに合わない若くきれいな女性だ。残念なのは、初対面の人間とは口もきけない人見知り。接客業を営む者として心配になる女性だった。だが、古書の知識は並大低ではない。人に対してと真逆に、本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも、彼女は古書にまつわる謎と秘密を、まるで見てきたかのように解き明かしていく。これは“古書と秘密”の物語。

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文庫本第1巻の内容は、マンガの第1~3巻に相当します。今回、並行して読書しています。文章のみでは見落としがちな内容もマンガと一緒に読んでいると理解し易いです。

第1巻のみ欠損していたので、自宅近くのbook offにて購入しました。\360のものと\100のものがあり、外見がほとんど変わらなかったので、勿論、\100の古本を購入しました。

2017年5月11日 (木)

城塞---下巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「城塞 下巻}です。本の帯には以下のように紹介されています。

外濠も内濠も埋められて裸城となった大坂城に対して、家康は最後の戦いをしかける。夏ノ陣を前にして、大坂方には、もはやいかなる勝機も残されてはいなかった。数十万の東軍を相手に、真田幸村、毛利勝永らは、家康の本営にまで斬り込む働きをするが、後続の部隊がなく、いずれも城を墳墓に討死してゆく。秀頼、淀殿は自尽し、巨城の炎上をフィナーレに戦国時代はその幕を閉じる。

それまで謹厳実直であった家康が、以後、老獪、狡猾といわれるようになったのが、大阪の陣での対応です。

徳川幕府を盤石な組織にしていくには、2代将軍秀忠は家康の目から見れば凡庸に見え、自分の老いに対しても焦りがあったようです。

関ケ原の戦いでは、東軍の先鋒を外様大名に部署したのに対して、大阪の陣では譜代大名に指名し、外様大名の発言権を脆弱化させることにも徳川体制確立の礎があるようです。

大阪の陣の頃には秀忠は30代半ば過ぎですが、関ケ原の戦いに遅着するという失態の過去もあり、親(家康)にとって子(秀忠)はいつまでも心配の種になるようです。

2017年5月 4日 (木)

城塞---中巻

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今回はこちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「城塞-中巻」です。本の帯には以下のように記載されています。

真田幸村、後藤又兵衛ら、関ヶ原ノ合戦でむなしく敗れた豪将たちを迎えて籠城作戦をとる大坂方。みずから四十万の兵をひきいて包囲する徳川家康。かくて大坂冬ノ陣の激戦の火蓋は切られた。真田丸にたてこもる幸村の神技を思わせる戦闘指揮にもかかわらず、天守閣に大筒を撃ち込まれた淀殿は、家康の調略にのって和議に応じ、さらには城の外濠ばかりか内濠までも埋められてしまう。

この巻を読んで、後年、家康が「たぬき親父」と評されることが理解できます。やはり、老いとの戦いであり、2代将軍秀忠を思う気持ちからなのでしょう。豊臣家に対して、言いがかり、無理難題を押し付け、狡猾な方法で戦になるように仕向け、豊臣家を滅ぼそうと画策してしまいます。

まんまと家康の罠に掛かってしまう豊臣家には優秀な人材が居なかったということでしょう。惣濠(本来、外濠の意味)を総濠と解釈して内濠まで埋めてしまい、裸城となった大阪城勢力を攻撃するのは簡単なこととなったはずです。家康の老いが名誉を捨て、実利を取ったということなのでしょうね。

2017年4月27日 (木)

城塞---上巻

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今回はこちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「城塞--上巻」です。いわゆる、司馬氏の戦国4部作の最後のパートとなります。本の帯には以下のように紹介されています。

「豊臣家をつぶす」──“関ヶ原”から十四年、徳川家康は多年の野望を実現すべく、大坂城の秀頼・淀殿に対して策謀をめぐらす。方広寺鐘銘事件など、つぎつぎと打ち出される家康の挑発にのった大坂方は、西欧の城塞をはるかに凌ぐといわれた巨城に籠城して開戦することを決意する。大坂冬ノ陣・夏ノ陣を最後に陥落してゆく巨城の運命に託して、豊臣家滅亡の人間悲劇を描く歴史長編。

本来、謹厳実直であった家康が「たぬき親父」に変化したのは大阪の陣の頃だったようです。秀忠に家督を譲る一方、徳川政権を盤石とするには家康はあまりにも老齢となっていたのです。家康に比し、秀頼は若く時間的には全く余裕があるのです。焦燥感から豊臣家を滅ぼすべく言いがかりをつけ戦を開始することになります。家康自身が後世の評判が悪くなることを自覚していたようです。

今回、この本を読書することで分かったことは、豊臣家の脆弱さが新興勢力であったため譜代家臣を有していなかったことに起因することです。長年、支えてくれた家来、家臣がなければ(秀吉の場合は全て同僚)、勢力として成立しないのです。

2017年4月20日 (木)

経済で読み解く明治維新

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今回は、こちらの本を選択しています。上念司氏の「経済で読み解く明治維新」です。新書版となります。アマゾンでは以下のように紹介されています。

江戸時代の日本は“世界最強”の「資本主義」の国だった!“世界史の奇跡”と言われる、「明治維新」とはいったい何だったのか?江戸幕府のマクロ経済政策から百姓のビジネスモデルまで、維新前史を“経済的視点”で描く―「経済」がわかれば、「日本」がわかる!!

こちらの本を選択したのは、朝の武田鉄矢氏のラジオで紹介されていたからです。内容としては、江戸時代には既に日本の経済は円熟していたこと、我々が教育現場で習った日本史特に新井白石、将軍吉宗、松平定信といった良い印象を持っている人々に経済観念がなく日本経済を悪化させたこと、日米修好通商条約締結後、交換レート設定の不備で幕府滅亡が早まったことでしょうか。

経済音痴の当方には、少々、内容が難しかったようです。スイスイ、読書可能なのですが、余り頭には残らないのです。

2017年4月 6日 (木)

関ケ原---下巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「関ケ原下巻」です。本の帯には以下のように紹介されています。

天下取りの見果てぬ夢を追い求めて関ヶ原盆地に群れ集った10数万の戦国将兵たち…。老獪、緻密な家康の策謀は、三成の率いる西軍の陣営をどのように崩壊させたか?両雄の権謀の渦の中で、戦国将兵たちはいかにして明日の天下に命運をつなぎ、また亡び去ったのか?戦闘俯瞰図とも言うべき雄大な描写の中に、決戦に臨む武将たちの人間像とその盛衰を描く、波瀾の完結編。

この本を読むと、戦い前に既に西軍は調略され全く戦意の乏しい烏合の衆となっていた印象です。戦意のあった西軍は、石田三成、大谷吉継、宇喜多秀家程度でしょうか。他の西軍は日和見で、東軍に内通していたようです。

こちらの本を読んで感じたことは、三成のように他人に完璧を求め、他人から嫌われると身の破滅に繋がるということでしょうか。

関ケ原の合戦の戦闘部分は、Wikipediaの両軍布陣図を見ながら読書しました。小早川秀秋、吉川広家の布陣した位置の重要性が判ります。

2017年3月30日 (木)

関ケ原---中巻

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今回はこちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の「関ケ原中巻」です。本の帯には以下のように紹介されています。

秀吉の死後、天下は騒然となった。太閤の最信任を獲得した能吏三成は主君の遺命をひたすら堅守したが、加藤清正、福島正則ら戦場一途の武将たちは三成を憎んで追放せんとする。周到な謀略によって豊家乗っ取りにかかった家康は、次々と反三成派を篭絡しつつ、上杉景勝討伐の途上、野州小山の軍議において、秀頼の命を奉ずる諸将を、一挙に徳川家の私兵へと転換させてしまう。

さて、今回も気になった箇所を抜粋してみましょう。「ひとには感情というものがござる。道理や正しさを楯にとってひとの非を鳴らすのは敵を作るだけで何の利もござりませぬ」(島左近の石田三成に対する言葉)(p300)

「狡兎(こうと)死して走狗(そうく)烹(に)らる、とういうことばがある。すばしっこい兎が野山でとりつくされてしまうと、それまで猟師のために働いた猟犬が不用になり、殺して烹て食われてしまうとうい意味である。如水はそのことばも知っている」(p411)

天下を統一して安定期に入った豊臣秀吉は、黒田如水のことを最も恐れていたと言われています。

2017年3月23日 (木)

関ケ原---上巻

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今回はこちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の関ケ原上巻です。本の帯には、以下のように紹介されています。
東西両軍の兵力じつに十数万、日本国内における古今最大の戦闘となったこの天下分け目の決戦の起因から終結までを克明に描きながら、己れとその一族の生き方を求めて苦闘した著名な戦国諸雄の人間像を浮彫りにする壮大な歴史絵巻。秀吉の死によって傾きはじめた豊臣政権を簒奪するために家康はいかなる謀略をめぐらし、豊家安泰を守ろうとする石田三成はいかに戦ったのか。
さて、これまで時代経過に伴い司馬遼太郎氏の戦国4部作となる「国盗り物語」、「新史太閤記」を読書して来ましたが、その第3シリーズとして「関ケ原」を読むことにしています。時代経過としては、同氏の「城塞」が第4部作目となるようです。まあ、ここまで来たら「城塞」も読書することになりそうです。
さて、「関ケ原」です。
この本で気になった箇所を抜粋してみましょう。
島左近は、石田三成の欠点について、こう指摘した。「人間に期待し過ぎるようですな」(p133)。
家康の加藤清正の評価です。「性格が武士でありすぎる。政治感覚がないのである」(p217)
家康の石田三成の評価です。「かの秀吉という仁は、瞬時も手足を休めず、さまざまな手を打つのに忙しい仁であったが、しかしここは一番待たねばらなぬとなると、大地が腐るまで我慢をするという気根があったな。三成にはそれがない」(p284)。
 
なるほど、左近は大人である。家康はそれよりもさらに、地についた大人である。出来ることを無理なく地道にやってゆく(p332)。
色々と良い言葉に出くわします。今回、この本から島左近なる人物の存在を初めて知りました。世間に知れた三成の名軍師です。

2017年3月16日 (木)

新史太閤記---下巻

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今回は、こちらの本を選択しています。司馬遼太郎氏の新史太閤記下巻です。本の帯には以下のように紹介されています。

備中高松城を水攻めのさなか本能寺の変を伝え聞いた秀吉は、“中国大返し"と語り伝えられる強行軍で京都にとって返し、明智光秀を討つ。柴田勝家、徳川家康ら、信長のあとを狙う重臣たちを、あるいは懐柔し、あるいは討ち滅ぼすその稀代の智略は、やがて日本全土の統一につながってゆく。常に乱世の英雄を新しい視角から現代に再現させる司馬遼太郎の「国盗り物語」に続く戦国第二作。

この下巻にも心に残る言葉がいくつかあります。抜粋してみましょう。

「官兵衛、世の事はすべて陽気にやるのよ」それが秘訣だ、と秀吉はおもっている。悪事も善事も陽気にやらねばならない(p280)。

さらに驚くことに安国寺恵瓊は信長が暗殺される10年も前に、信長の時代は短く、藤吉郎の世が来ることを予想しています(p91)。

そういえば、NHK大河ドラマ(黄金の日日、1978年)でこの安国寺恵瓊役を先日、他界された神山繁さんが演じていたことが記憶に残っています。

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